お酒
「なにニヤニヤしてるのー? 陽葵さん?」
「え? ニヤニヤなんてしてないし」
収録の休憩中にスマホを見れば、陽葵ちゃんから今日は早く帰れそう、と連絡が来ていた。
最近すれ違い生活だったし、こっちも撮影が1本延期になったから今日はゆっくりできるかも、と嬉しくて顔に出ていたらしく、隣にいた柚葉がニヤニヤしながらからかってくる。返信をしようとすれば、後輩から遠慮がちに声をかけられた。
「美月さん、今ちょっとだけいいですか?」
「ん? いいよ。あっち行こうか。……どした?」
「あの、急なんですけど、今日の夜空いてませんか……? 相談に乗って欲しくて……」
みんなから少し離れた場所に移動して問いかければ、不安そうな表情で切り出してくる。最近悩んでる様子だったし、気になっていたから相談しようと思ってくれたことが嬉しい。
後輩の相談を断って陽葵ちゃんを優先しても喜ばないのは分かっているから、心の中で陽葵ちゃんに謝っておく。
「もちろんいいよ。予約しておくから、ご飯でも食べに行こう」
「すみません……ありがとうございます……!」
申し訳なさそうにしながらも、ホッとしたように笑ってくれて少し安心した。
撮影があればこれくらいかな、という時間に家に着けば、陽葵ちゃんは寝てしまったのか電気はついていなかった。明日は遅かったはずだし、起きてるかな、って思ってたけど疲れてたのかな。仕方ないけどおやすみくらい言いたかったなぁ……
「……ん?」
電気をつければ、目に入ったのはテーブルの上に突っ伏して眠っている陽葵ちゃんとビールの空き缶。え、この量を一人で飲んだの??
近づいてみれば、見た感じメイクもそのままだし、お風呂にも入っていないかな? 飲んだ後ってお風呂良くないんだっけ?
「陽葵ちゃん? おーい? 起きられる?」
「あさー?」
「ううん。もうすぐ23時」
隣に座って声をかければ、薄目を開けて顔を上げたけれど、間延びした口調の陽葵ちゃんは寝起きでぼんやりしているのかまた机に突っ伏した。
「ふふ、また寝るんだ」
「……んぁ? みつきたん?? 帰ってきたの!? おかえりー!!」
「ぁはは、気づいてくれた? ただいま」
少し経って意識がはっきりしてきたのか、私に気づいたらしく飛びついてくる。
「ねぇねぇ、一緒に飲もー?」
「いやいや、飲みすぎだって」
「えー、ノリ悪ー! みつきたんも飲もうよー!」
「もう遅いしおしまい。陽葵ちゃん結構酔ってるよ?」
「むぅ……酔ってないし! じゃあ一人で飲むからいいもーん!」
サッと離れて、残っていたらしいビールを一気飲みして、フイっと顔を逸らされた。あれ、拗ねちゃった?
「え、まだ飲むの!?」
「飲むよー!」
「もうやめときなって」
「あ、相手するのめんどくさいってこと!?」
「いやいや、全然」
酔った陽葵ちゃんとか珍しいし、むしろ可愛いから。
「どーだか。ビール取ってこよ……ぉわっ」
「ちょっ、危なっ!」
ビールを取りに行こうと立ち上がった陽葵ちゃんがよろけたから咄嗟に抱き寄せれば、赤らんだ頬に瞳は潤んでいるし、恥ずかしそうに目を伏せる仕草にクラっとする。色気やば……
「ごめん、ありがと……」
「ううん。もう今日は飲むのやめておこう?」
「うん。えへへ、みつきの匂いー」
今度は素直に聞いてくれて良かった。明日遅いとはいえ二日酔いなんてまずいしね。
するっと首に手が回されて大きく息を吸ったかと思えば、満足気に息を吐いた。
「ちょ、まだシャワーもしてないし嗅がないで!?」
「やー! いい匂い。すき」
そう言うなり首筋に顔を埋めてくる。臭くなくて安心したけど、吐息がかかるし、この距離ですりすりされるとやばいんですけど……
「まだお風呂入ってないよね? シャワー浴びる?」
「浴びたい! みつきたんも一緒に入ろー?」
「かわっ……!!」
酔ってふわふわしてるし、こんな状態の陽葵ちゃんを1人でお風呂に送り出すのは心配だったから一緒に入ろうと思っていたけれど、上目遣いの破壊力……!!
耐えろ私……!!
「陽葵ちゃん、気持ち悪かったりしない?」
「大丈夫」
「良かった。私も髪洗っちゃうから陽葵ちゃんは身体洗ってて?」
「うん」
無心で陽葵ちゃんの髪を洗い終え、身体を洗うように言えば素直に従ってくれてほっとした。身体も洗うのはちょっとね、変な気分になっちゃうし……
「陽葵ちゃん洗えた?」
「うん」
「……流すね」
髪を洗い終えて陽葵ちゃんを見れば、泡まみれの姿をバッチリ見てしまって、動揺が隠しきれていなかったと思う。普段の陽葵ちゃんなら間違いなくからかってくるのに、大人しくて調子が狂うよ……
「みつきたん、タオルちょうだいー」
「待ってね……はい」
「……」
「陽葵ちゃん?」
急いでタオルを巻きつけてからタオルを差し出すけれど、受け取ってくれずにじっと見つめてくる。もしかして拭けってこと……?
「へへ、ありがと」
拭いてあげれば正解だったらしく、ニコニコ笑っている。あぁ、かわいい……
理性を総動員して陽葵ちゃんのお世話をして、寝る準備を終えてベッドに連れてきた。よく頑張ったぞ私……!
「陽葵ちゃん、あんなに飲んで、何かあった?」
「……」
横にいる陽葵ちゃんを見れば、気まずそうに目を逸らされた。
「言いたくない?」
「笑わない?」
「うん」
私が笑うような理由ってこと? しばらく視線をさまよわせていたけど、ちら、と上目遣いて見上げてくる。今すぐにでも抱きしめたいけど、まずは聞かないとね。
「……から」
「ん?」
「嫌だったから」
「嫌? 何が??」
「後輩に信頼されてる美月が誇らしいのに、嫉妬した自分が」
待って? 理由が可愛すぎる。それであんなに飲んだってこと?
「え、かわい……」
「凛花から撮影が1本無くなったって聞いて、美月が早く帰ってくるかも、って期待しちゃって。ちゃんと連絡してくれて、美月が頼られてて嬉しいなって思ったのに、帰りを待つ間寂しくて……」
「で、あんなに飲んだ、と」
「そう」
陽葵ちゃんはどこまで私を夢中にさせるんでしょうか??
「寂しい思いさせてごめんね?」
「ううん。ちゃんと分かってるから。でも、今は私だけ見て?」
無理。可愛すぎて無理。心配しなくたって陽葵ちゃん以外目に入らないのに。
「もちろん。陽葵ちゃんしか見てないよ」
「うん。なんか話したら眠くなってきた……」
「え、寝ちゃうの?!」
嘘でしょ!? 私のこの胸の高鳴りはどうしたら?
「もう秒で寝れる……」
「陽葵ちゃん、明日ゆっくりだったよね?」
「え? うん」
「抱きたい。だめ?」
「……だめじゃない。みつき、キスして?」
わぁ、陽葵ちゃん積極的……!! 組み敷いて見つめれば、両頬に手が添えられて、唇が触れるギリギリまで引き寄せられた。主導権は私に渡してくれるらしい。今日はヘタレなんて言わせない。
「ん……はぁ……は……」
「かわい……もっと?」
「うん……もっと」
いつもはあんなに攻めてくるのに、じっと私がすることを待っている陽葵ちゃんが可愛くて仕方がない。
私が攻めているはずなのに、仕草の一つ一つに煽られる。
酔ってるし優しくしないと、って思ってたのに可愛すぎる陽葵ちゃんの前では無理だった。
「陽葵ちゃん、まだ寝ちゃだめ」
「え、もうむり。ねる……」
「だめ。私が陽葵ちゃんしか見てないって分かってもらわないと」
「もう充分分かったから……んっ!?」
嫉妬してくれた陽葵ちゃんが可愛かったし、それで落ち込んで飲みすぎちゃうとか珍しい姿も見られた。どんな陽葵ちゃんも受け止めたいから、これからも色んな姿を見せてね。
お読みいただきありがとうございました!




