2人の始まり(中)
美月視点
「これ、プレゼントです!」
「私のも受け取ってください!」
「陽葵さん、大好きですー!」
陽葵さんが23歳の誕生日を迎えてから、グループでの最初の仕事の日、楽屋に入ってくるなりメンバーに囲まれた陽葵さんを少し離れたところから見ていた。
「おー、みんなありがとうー! 私も大好きー!」
あーあ。そんなに可愛い笑顔を見せたらダメだって……好き、とか簡単に言うからずるいよなぁ。
あ。頭なんて撫でちゃってるし……真っ赤になる後輩を見ていたらモヤモヤして、今すぐ引き剥がしたいな、なんて思ってしまった。そんな時に陽葵さんと目が合って、思わず目を逸らした。
「陽葵さん、写真いいですか??」
「もちろん! 撮ろー!」
陽葵さんが優しいのは私にだけじゃない事なんて分かってる。
沢山いるメンバーの1人でしかないし、陽葵さんの背中を追いかけている私が隣に並べるなんて思ってない。
陽葵さんへの気持ちが恋愛感情だと気づいて、隣に並べるくらい成長出来たら気持ちを伝えたいな、と思うようになったのはいつからだろう。
気付けば、メンバーに囲まれて笑顔を見せる陽葵さんを見るのが辛くなった。私だけに笑いかけて欲しい、なんて独占欲もあるけれど、陽葵さんが甘えてくれるのは私にだけだから、今はそれで充分。
「美月は行かなくていいの?」
「うん。もうプレゼントは渡したから」
「え、いつの間に!!」
「誕生日当日にランチ行った」
「いいなー!! 私も陽葵さんの所行ってくるね」
「いってらー」
柚を見送って、椅子に座ってSNSを開けば早速メンバーと陽葵さんの写真が投稿されていた。
陽葵さんとの写真は恥ずかしくて距離を取ってしまうし、投稿しないのは自分なのに、笑顔のツーショットの数々に羨ましいな、と思ってしまった。
他のメンバーとはくっついて写真を撮っても何も感じないけれど、陽葵さんが相手だとそうはいかない。
元々ファンだったからなのか、特別な気持ちを抱いているからか、もう同じグループに入って何年も経つのに情けない。
「美月ちゃーん!」
「ぅわっ?! 陽葵さん!!」
背中に感じる柔らかい感触と首に回された腕にドキッとする。突然のハグは全然慣れない。この人は本当に心臓に悪い。
「ぼーっとしてどうした?」
「え、ぼーっとしてました? あの、離れてください」
「してたしてた。疲れてる?」
「疲れてる訳じゃないですけど……あの、聞こえてますよね? 離れてもらってもいいですか?」
「やだー。さっきも目逸らされたし、なんかあった?」
離れて、という要望は聞いてもらえないらしい。周りからの視線も感じるし、恥ずかしすぎるんですけど……
「ほんと、恥ずかしいんで……」
「うわっ、かーわいい」
陽葵さんにしか聞こえないくらいの声で言えば離れてくれたけれど、絶対ニヤニヤしてるんだろうな。
「で、どうしたの?」
「陽葵さんって人たらしですよね」
「……は??」
隣に座って覗き込んでくるから思っていたことを伝えればポカーンとしている。どんな顔でも綺麗な人だなぁ。
「え、それで目逸らされたの?」
「はい」
「それってさ……嫉妬?」
「えっ……ぃゃ、そんなことは……」
素直にそうです、なんて言えるわけがない。気持ちに気づいてから隠してきたし、隠せていると思っていたのに。
「そうなら嬉しいんだけどな。私は美月が他のメンバーとイチャイチャしてると嫉妬するし」
「え……?」
待って待って、それってどういうこと??
「陽葵ー、ちょっといい?」
「あ、はーい。じゃ、また仕事終わりにね」
ぽんぽん、と頭を撫でて、陽葵さんはスタッフさんに呼ばれて行ってしまった。1度泊めてもらってから、休みが合えば泊まりに誘ってくれることが何度かあって、今日も泊まりに行くことになっている。
仕事中も、集中しなきゃいけないのに、さっきの陽葵さんの言葉がずっと頭の中を巡っている。陽葵さんがどういう意味で言ったのか、考えても分からなかった。
急遽打ち合わせが入ってしまった陽葵さんを待っている間に、メンバーはみんな帰って私だけになった。エゴサをしてみたり、ゲームをして時間を潰していたけれど、朝早かったこともあって物凄く眠い。誰もいないし、10分くらいなら陽葵さんも戻ってこないかな、とアラームをかけて机に突っ伏した。
頬を撫でられる感触に目が覚めれば、目の前には優しく微笑む陽葵さんがいて、心が温かくなった。起きて最初に目に入るのが陽葵さんだなんて、贅沢すぎる目覚め。……ん? 陽葵さん?? なんで陽葵さんが目の前に??
「ぅわっ?!」
「ぇっ?! なに??」
ガバッと起き上がれば、陽葵さんが驚いたように目を見開いた。
机の上に置いてあったスマホを見れば、30分は経っていて、アラームを無視し続けていたらしい……
「すみません、かなり待ちましたか?」
「ううん、全然。待たせちゃってごめんね」
待ってくれていたとしても言わない気がする。寝起き悪いのに、なんで起きれると思ったんだ私……
「本当にすみません……」
「いや、全然待ってないから。もっと可愛い寝顔を見ていたかったくらい」
「えっ?! 何言ってるんですか?! 帰りましょ!!」
さらっと可愛いとか、本当にやめて欲しい。それじゃなくても、会う度に好きが溢れて困っているのに。
「みつきー、なんで置いてくのー?!」
リュックを持って足早に楽屋を出ると、後ろから陽葵さんの拗ねたような声がした。
可愛すぎるのでちょっと抑えてください……
「お邪魔します……」
「どーぞ! お風呂入ってきちゃうから適当に座ってて。あ、一緒に入る?」
「入りませんって!!」
「ふふ、行ってきまーす」
くすくす笑いながらお風呂に向かった陽葵さんを見送って、ソファに座らせてもらう。明日は2人とも午後からだし、のんびり出来そう。陽葵さんが寝落ちしなかったらだけれど。
初めのうちは私が先に入らせてもらっていたけれど、私が入っている間にソファで眠っていたことがあったから先に入ってもらうことにした。
毎日忙しくて疲れているだろうし、ベッドで寝て欲しかったけれど、貧弱すぎてベッドまで運べなくて、メイクだけ落として、寝室から拝借した掛け布団をかけておいた。
悔しくて筋トレを始めたけれど、まだ試す機会が無いから成果は分からない。
その時はラグに座って、ソファにもたれかかって陽葵さんの寝顔を眺めていたら私も寝ちゃっていて、朝起きた陽葵さんが物凄く落ち込んでいたのが可愛かったんだよね。
「みつきー、次どうぞー」
「ありがとうございます。お借りしますね」
陽葵さんに呼ばれて振り返れば、すっぴんに部屋着の完全オフな姿にキュンとする。髪が濡れたままだから、急いで入ってきて乾かしてあげよう。
お風呂を借りるのは毎回ドキドキする。陽葵さんが寝ちゃうかもしれないからそんなに長く入ることは無いのだけれど、陽葵さんと同じ匂いを纏うと、陽葵さんに包まれているような気分になって逆上せそうになるのもいつもの事。
「陽葵さん、お風呂ありがとうございました」
「いいえー。あ、乾かしてくれんの?」
「はい」
ドライヤーを持っている私を見て、無邪気な笑顔を見せる陽葵さんが可愛い。すっぴんだと幼くなって余計に可愛い。
残念ながら表情は見えないけれど、こうして髪を乾かすのを許してもらえるのって特別な感じがして嬉しい。他のメンバーにもこんなに無防備なのかなってちょっと心配になるけれど。
「はい、終わりましたよ」
「ん、ありがと」
「いいえ。ちょっと戻してきちゃいますね」
振り返ってお礼を言われて、なんだか照れてしまって逃げるようにリビングを出た。
「美月さ、今日私が言ったこと、覚えてる?」
「げほっ、覚えてます……」
のんびりテレビを見ながら、お茶を飲んだところで陽葵さんに聞かれて思いっきりむせた。ソファに座る陽葵さんを見上げれば、じっと見つめられてなんだかそわそわする。
「そっち行っていい?」
「ぁ、はい」
陽葵さんが私の正面に座って、頬に手が添えられた。これはどういう状況?? 今までにない甘い空気にどうしたらいいか分からない。
「美月、好き。私と付き合って?」
「ぇっ、え??」
好き?? 付き合う? 私が、陽葵さんと……? 今日、甘えてもらえるだけで充分、って再確認したばっかりなのに、何この急展開……
「美月は私に対して、憧れの気持ちしかないだろうけど、恋愛対象として見て欲しい。返事は急がないから、考えてくれる?」
「陽葵さんが、私を……?」
これは現実ですか? 今も楽屋で寝ていて、夢の中、とかってことはないよね??
「ふふ、何やってるの?」
「ぃや、なんか信じられなくて」
頬を抓ってみたけれど、普通に痛かった。
「まぁ、そういう反応になるよね。今日はソファで寝るから、美月がベッド使って? 歯磨きしてくるね」
陽葵さんを見送ってハッとした。私返事してない……
陽葵さんとしては保留されたって思うよね?? 追いかけて、私も好きです、って伝える? え、私伝えられる? 好き、って言って貰えた時に、なんですぐに私も、って言えなかったんだろう……驚きすぎてそれどころじゃなかったんだけれど、もう1回やり直したい。
しかも、陽葵さんがソファで寝る?? それなら私がソファでしょ。いや、でも両思いなら別で寝る必要なんてないよね? でも、両思いだって分かって寝れる? いや、無理。
私の脳内はもうパニック状態で感情が忙しい。
「美月、大丈夫? 困らせてごめんね」
いつの間にか戻ってきていた陽葵さんが頭を抱える私を不安そうに見つめている。困ってるわけじゃないし、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「あの……」
「美月も歯磨きしておいで」
「はい……」
分かってる、というように微笑まれたけれど、陽葵さんはきっと勘違いしている。伝えていないんだから当たり前なんだけれど。
歯磨きをして戻れば、陽葵さんはソファに横になっていた。本当にここで寝るつもりらしい。
さて、どうやって伝えようか……
「陽葵さん」
「ん? どうしたの? ベッド使っていいよ?」
近づいて名前を呼べば、体を起こしてくれたけれど、一緒に寝室に行ってくれようとはしない。
「本当にここで寝るんですか?」
「うん。私が隣にいたら美月も落ち着かないでしょ?」
「そんなことないです」
「え? うーん……正直に言うと、一緒に寝たいんだけど、辛いんだよね」
「辛い……?」
今まで、私と一緒に寝るのが苦痛だったってこと? それはちょっと、いや、かなりショックかも……
「うん。好きな子と同じベッドだと、触れたくなるから」
「あっ」
辛い、ってそういうことか……付き合うってなったら当然そういうこともするんだよね。うわ、やば……
「美月、真っ赤。かわい……付き合ってもいいな、って思ってくれたなら、その時は一緒に寝ようね」
「……もう思ってます」
「……え??」
「私も陽葵さんが、その……すき、です」
陽葵さんに届いたか分からないけれど、ちゃんと伝えられた。私にしては物凄く頑張ったと思う。
陽葵さんは固まってるし、恥ずかしすぎる……よし、逃げよう。
「ベッドお借りします! おやすみなさい!」
「待って」
「ーっ?!」
急いで陽葵さんの傍を離れれば、追いかけてきた陽葵さんに腕を掴まれた。
「美月、さっきのって本当?」
「……はい」
「付き合ってくれる?」
「はい」
「美月、好きだよ」
「私もです」
じっと見つめられて、さっきと同じように頬に手が添えられた。陽葵さんの表情が色っぽくてドキドキする。こんな顔するんだ……
親指で唇を撫でられて、ぎゅっと目を瞑れば、柔らかいものが触れた。
陽葵さんとキスしちゃった……
「美月、いこ」
陽葵さんの顔が見れなくて俯いていたら、手を引かれて寝室に誘導される。
寝室に入れば、ベッドが目に入って急に恥ずかしくなる。これは、そういうこと?? 私ももうすぐ19歳になるし、知識はあるけど想定外すぎて……
もしかして、このまま今日、しちゃう?? 心の準備なんてできていないし、こういう時はどうしたらいいんでしょうか……?




