恋人未満 前編
不意に書きたくなった第2弾、本編開始1年数ヶ月前くらいの2人です。
「おはようございまーす……?」
いつも通りに楽屋に入ると、なんだか空気が重い気がする。
「美月さんやっと来た……」
「待ってましたよー」
「これでもう安心ですね」
なんだかすごい歓迎されてるけどなに? 周りを見渡してみたら陽葵さんが部屋の端に座ってスマホをいじっていた。
普段ならメンバーとわいわい盛り上がっているのに今日はそんな気分じゃないのかな? こんなことは滅多にないからみんな戸惑って静かになってるってことか。
近づいてみても、いつもなら美月ー! って飛びついてくるのに、今日はちら、と視線を向けられただけですぐに逸らされてしまった。
一瞬目があっただけだけれど、なんだか泣きそうな顔をしていたから、なにか辛いことがあったんだろうなって分かった。
「陽葵さん、大丈夫ですか? 何かありました?」
そっとしておいて欲しいかもしれないけれど、こんな陽葵さんを放ってはおけなくて目の前に膝をついて目を合わせる。もし拒否されたら少し離れて様子を見よう、と思って少し待つと、鼻をすする音がする。
「この前さ……みんなで考えた企画あるじゃん?」
「はい」
「さっきの会議でまだ早いって却下されちゃった」
時間が無い中、私たちなりに一生懸命考えた企画だったから、陽葵さんも絶対通せるように頑張る、と気合を入れていたのを知っている。
「企画自体はいいって言ってもらえたけど、実現にはまだ力不足だろうって判断されちゃって……そう思わせたことが悔しいし、私に任せてくれたのに、頑張ってくれた皆に申し訳ない」
顔を覆って俯いていて、こんな風に泣く陽葵さんは滅多にないし、私の方が歳下でただの後輩だけれど支えたいなって思った。
そんなことを思ったって、気の利いた事なんて言えないし、ただ隣にいることしか出来ないけれど……
「美月、ありがと。切り替えて今度こそ認めて貰えるように頑張る!」
隣に座って背中をさすっていたら、しばらくして落ち着いたのか照れくさそうに笑って、いつもの陽葵さんに戻った。いつだって笑顔で、キャプテンとして頼られる立場だからって強くあろうとしてくれているんだと思う。
高校を卒業した辺りから陽葵さんの中で変化があったのか、私にだけは甘えてくれるようになって、特別なようで嬉しいのに、メンバーからの視線が恥ずかしくてつい冷たい態度を取ってしまう。
本気で嫌がっている訳じゃないって伝わってたらいいけど……
「元気が出たみたいで良かったです。頼りないですけど、話くらいは聞けますので」
「ううん、いつも助けられてる。ありがとね」
そう言って笑ってくれた笑顔が可愛くて、この笑顔を私が守れたらいいのにな、なんて思うんだ。絶対笑うから言うつもりなんてないけれど。
「あ、そうだ。美月、今日この後って暇?」
「あ、はい。暇です」
「この前見たいって言ってたDVD見に来る?」
「え……」
陽葵さんの家ってことだよね? 最近一人暮らしを始めたんじゃなかった? うわ、どうしよ……
「あ、嫌なら後でDVD貸すけど」
「嫌じゃないです!」
言葉に詰まったからか、嫌がっていると勘違いされたのかな、と思わず食い気味に答えてしまった。失敗した……陽葵さんニヤニヤしてるし。
「ふーん? 来たいんだ?」
「そんなこと言ってません」
「でも嫌じゃないんだもんね?」
「まあ……」
じゃ決定! 一緒に帰ろうね、と私の返事は待たずに、心配そうに見守っていたメンバーの元に向かって行った。
うわ、決まっちゃったよ……今から緊張する……
少し離れたところからはさっきまでが嘘みたいにはしゃいでいる陽葵さんの声が聞こえてきて、こっちはこんなに緊張してるのに、とちょっと悔しい。
陽葵さんは普通に後輩を誘っただけだし当たり前なんだけど。
「お邪魔します……」
「どうぞ。適当に座って」
「はい。ありがとうございます」
収録が終わって陽葵さんの家にお邪魔して、ついキョロキョロしてしまう。
「何か気になるものあった?」
「いや、綺麗にされてるな、と思って」
「昨日掃除したばっかりだからね。そうじゃなかったら急に呼べないよ」
そんなこと言って、きっと普段も綺麗なんだろうな。
買ってきた夕飯を並べて、陽葵さんがDVDをセットしてくれる。
DVDを見ながら、隣に座っている陽葵さんとの距離が近くてドキドキする。もう随分前から、この感情が憧れなのか恋愛感情なのか、自分でも分からない。
せっかく私が好きだと言ったお店に寄ってくれたのに、気になってしまってご飯をゆっくり味わう所じゃない。
「何回見ても面白いわー。どうだった?」
「凄く面白かったです!」
最初は隣に座る陽葵さんが気になっていたけれど、内容が進むにつれ、面白くて夢中になって見ていた。
時計を見ればもう21時を過ぎていて、そろそろ帰らないとまずいかも。
「陽葵さん、そろそろ帰りますね」
「あ、もうそんな時間か。いっその事泊まってく?」
「えっ?! 何も準備してないし、帰ります」
泊まりなんて心臓持たないし。
「服とか貸すよ? ご両親厳しいっけ?」
「いや、そんなことは……」
ずっと陽葵さんに憧れている事も知っているし、陽葵さんのことを話しすぎてはいはい、って生暖かい目で見られているから、泊まるって言ったら良かったねって言われそう。それでいいのかって感じだけれど。
「遅くなっちゃったし、帰るなら送っていくから」
「いや、大丈夫ですよ。送って貰ったら陽葵さんが帰るの遅くなっちゃいます」
仕事でこのくらいに帰ることもあるし、一人で大丈夫だと言っても譲ってくれない。
じっと見つめられて、泊まるのか送ってもらうのかの選択を迫られている。目力が強いんだからそんなに見つめないで……
「ちょっと家に電話してみます」
帰ってこい、って言われれば帰りやすいな、と思って電話をしたはずなのに、途中から陽葵さんが親と電話で話をして泊まることが決まっていた。
「はい、スマホ返す。先にお風呂入る?」
「電話までしてもらってすみません……」
「代わってって言ったの私だし、美月はまだ未成年だからね」
お風呂の準備してくるね、と席を立った陽葵さんを見送って、4歳差だけれどすごく大人だな、と感じる。
ここでも陽葵さんが折れなくて先にお風呂に入らせてもらった。メンバーの家に泊まったことなんて今までもあるのに、陽葵さんの家にいると思うとそわそわして落ち着かない。借りた部屋着からも陽葵さんの匂いがするし、かなり挙動不審になっていると思う。
「美月、水飲む?」
「わっ、はい!」
「え、驚かせた?」
いつの間にか陽葵さんが出てきていて、キッチンから声をかけてくれる。今までにホテルが同室のこともあったし、すっぴんも部屋着も見たことがあるのに、陽葵さんの家ってだけでなんだか特別な感じがするのはなんでだろう。
「すみません、ぼーっとしてて。お水ありがとうございます」
水を貰って飲めば少し落ち着いた気がする。
「せっかくだからさ、SNSに載せる写真撮ろ。はい、こっち向いてー」
「え? 載せるんですか?!」
「あはは、かわいい」
「うわ、消してくださいよ!!」
すっぴんでも綺麗すぎる陽葵さんの横でポカーンとしている私……不意打ちはダメですって。
「え、やだ。もう1枚撮ろ。うん、こっち載せよう」
「載せるのは決定なんですね……」
消してくれなかったけれど、載せるのは違う写真になったから一安心。
「さて、明日も仕事だし寝よっか」
寝室こっちね、と案内してくれる陽葵さんについて行くけれど、まさか同じベッドじゃないよね?
「壁際がいい? それとも手前?」
「えっ、え??」
「ん?」
当たり前のように一緒にベッドを使う流れになっていて、困惑する私に不思議そうに首を傾げる陽葵さん。
「あ、枕出さないと。ちょっと待ってね……」
クローゼットを開けて枕を取って、陽葵さんの枕の隣に並べてくれる。
「慣れないと壁際の方がいいかな。落ちることはないと思うけど一応ね」
「……失礼しまーす」
私が先に寝ないと陽葵さんも寝れないわけで……ベッドに横になれば、電気が消されて陽葵さんも隣に寝転んだのが分かった。
「あ。聞く前に消しちゃったけど、真っ暗で寝れたよね?」
「はい。大丈夫です」
多分ダブルベッドだと思うから広さは十分なのに何となく距離が近い気がする……布団からもいい匂いがするし、陽葵さんに包まれているようで眠れる気がしない。
「美月、眠れない?」
落ち着かなくて何度も向きを変えていたからうるさかったかな?
「あ、すみません気になりましたか?」
「うん。なんかずっと緊張してるよね?」
目が慣れてきて、陽葵さんがこっちを向いているのが薄ら見える。
「……分かります?」
「何にもしないから安心して」
「……っ?! そんな心配してません!!」
暗くても分かる。絶対ニヤニヤしてる。余計意識しちゃうからやめて欲しい……
「ふふ、焦りすぎ」
「もう変な事言うのやめてくださいよー!」
暗くて良かった。きっと赤くなってるだろうから……
「ごめんね。可愛くてつい」
「……可愛くないです」
「可愛いよ。今度こそおやすみ」
陽葵さんの方が断然可愛いし、頭を撫でられてそんなことを言われたら余計に眠れない。本当、天然タラシだよなぁ……
ホテルで相部屋になると同じベッドで寝るメンバーもいるみたいだけれど、みんなどうしてるんだろう? 女の子同士だし、ドキドキすることは無いのかな?
私は一人で寝たいタイプだから他のメンバーと一緒に寝たことは無いから、陽葵さん以外の時にどんな気持ちになるのか分からない。
陽葵さんは他のメンバーともこうやって一緒に寝るのかな……さっきの感じを見ると抵抗なく寝るんだろうけど、考えたら嫌だな。
きっとみんな私と同じようにドキドキすると思う。陽葵さんに憧れているメンバーは沢山いるし。
少しすると陽葵さんの寝息が聞こえてきて、眠ったことが分かる。朝弱いし、私も頑張って寝ないとね……




