10.メッセージ
ツアーのリハが終わり、ホテルに戻ってご飯を食べていたら隣に座っている凛花さんがスマホを見ながらなんだかニヤニヤしている。
「凛花さん、どうしたんですか?」
「え? ううん、なんでもない」
明らかになんでもないって感じじゃないけどな……
「スマホ見てニヤニヤしちゃって、何見てるんですかー?」
柚の言葉に、同じテーブルについているメンバーの視線が凛花さんに集中する。
「今陽葵とメッセージやり取りしてて。変なスタンプ送ってくるからさ」
ほら、と見せられたスタンプにみんな笑っていて、この場にいなくても盛り上げるなんてさすが陽葵ちゃん。本人にはそんなつもりは無いだろうけれど。
「陽葵さんもツアー始まりましたもんね」
「それより、髪切ってイケメン過ぎませんか?!」
「分かる! 髪色もいいしね」
陽葵ちゃんの話題で盛り上がり始めたのを見て、凛花さんがスマホを見せてくる。スタンプはもう見せてもらったけどな……
美月の背中に覚えは? 19:15
陽葵:もちろんある。美月には秘密にしといてー! 19:20
どうしよっかなー 19:21
陽葵:絶対楽しんでるでしょ 19:22
「……背中??」
陽葵ちゃんが送ってきたスタンプの前のやり取りを見せてくれたけれど、背中が何?
「キスマークついてる」
「……え?! あ、ごめん。気にしないでー」
小声で言われた言葉に思わず大きな声を出してしまって注目を浴びて慌てて誤魔化す。
陽葵ちゃん、何してくれてるの……
「下着の上辺りかな。ちゃんと隠れるところだったから安心して」
「うわ、良かった……」
陽葵ちゃんが見えるところにつける訳がないって分かっているけれどそう言われると安心する。自分だと見えないし……凛花さんは着替えの時に気づいたのかな?
「全然気づかなかった?」
「気づかなかったです」
キスマークをつけられたことも、それをメンバーに見られたことも気づかなかった。確かに視線は感じていたけれど。
「着替えの時になんか見られてるな、とは思ったんですよね……」
「美月は白いし、濃いから目立つからね」
「濃い……」
「うん。くっきり」
「もう、凛花さんニヤニヤし過ぎです!」
あー、恥ずかしい。いつ付けられたんだろう? 陽葵ちゃんも言っておいてよ……陽葵ちゃんからの独占欲が嬉しい、と感じたのは私だけの秘密。
関係を知っているメンバーに見られるのも恥ずかしいけれど、何より若手メンバーに見られていませんように。
ご飯の後に部屋でシャワーを浴びてベッドに横になりながら、陽葵ちゃんにメッセージを送る。
何か言うことはありませんか?? 20:05
陽葵ちゃん:あ、聞いちゃった? 朝起きたら美月の綺麗な背中が目の前にあったからつい。 20:07
つい…… 20:07
陽葵ちゃん:キスマークだけで我慢した私偉い。 20:09
何を?! 20:09
陽葵ちゃん:さー、何でしょう? 今度の1日オフの時は我慢しないのでー 20:11
だから何を?! 20:12
陽葵ちゃん:楽しみだなー 20:13
すぐに返事が来て何度かやり取りをしたけれど、我慢ってそういうことだよね? 朝からとか無理なんですけど。
色々と思い出してしまって一人で赤面してしまった。柚が戻ってくる前で良かった。
「美月ただいまー!」
「おかえりー」
「これから凛花さんの部屋行こー」
ホテルに泊まると元気なメンバーは誰かの部屋に集まって騒ぐのが定番で、今日は凛花さんの部屋みたい。
「「お邪魔しまーす」」
「どうぞー」
柚と凛花さんの部屋に行くともうメンバーが集まっていてがやがやしている。
「え、美月さんイケメン……」
「美月さんお風呂上がりですか? 濡れ髪やば!!」
里香ちゃんと未央ちゃんが頬を赤らめて見つめてくるけど別に珍しくないと思うけどな……
「お疲れ様です。この2人は放っておいてください……」
「咲希ちゃんお疲れ。そうするー」
「美月ー、ちょっとこっち来てー」
「凛花さん、なんですか?」
テレビの前にいる凛花さんに近づくとテレビから柚の声が聞こえた。
「寝起きドッキリ始まったよー」
うわ、今日だっけ。凛花さんはどんな反応だったんだろう?
「メイクポーチ開いてるなと思ったら柚ちゃんか……」
「あ、言ってなかった。すみませんー!」
「別にいいけど」
凛花さん優しいな。まあ、仲良いしね。
「凛花さん可愛いー!」
「え、メイクしたまま寝てます?」
「すっぴんー」
「肌綺麗すぎません?!」
メイクしてなくても普通に可愛い。そして寝起きが良い……私とは大違いじゃん……
「柚葉怯えすぎ」
「美月寝起き悪いもんなー」
「え、そうなの? 陽葵はふにゃっと笑うから可愛いってデレデレだったけど」
「それは陽葵限定でしょ」
私の寝起きの悪さに怯えながら凛花さんに役目を押し付けようとしていて、なんだか申し訳ない。小声じゃなくて普通に話してるのに全然気づかなかったな……
そして陽葵ちゃん……いつそんなこと話したの? 他に変なこと話してないよね??
「少年が寝てる」
「美月さんイケメン……」
「今もそうだけど、いつもそんな格好?」
「はい。大体そうですね」
Tシャツ短パンが楽だって。ゆったり過ごしたいし。
「全然起きない! ウケる!」
「これはひどい……」
「揺すっても起きないじゃん」
私の寝起きの悪さにメンバーが盛り上がる。そんなに笑わなくても良くない?
「え??」
「指輪……」
「あれ、なんか見覚えが……」
あー、やっぱり映るよね。そりゃ寝起きドッキリだもん起きる瞬間は映るか……
「は? ってやば!」
「めちゃくちゃ機嫌悪いじゃん」
「ふにゃっとなんて欠片も無い」
「ダルそうな美月さんもかっこいい……」
番組が終わってから、至る所から視線を感じるけど、目を合わせないでおこう。
「さて! ゲームでもするー?」
「そうですね! 何しますか?」
「定番なやつからやろー」
「カードゲーム持ってきてるよ!」
凛花さんと柚が何事も無かったようにテレビを消して話し始めると、察した先輩が乗ってくれてゲームをする流れになった。
助かります……ありがとうございますー!
「オフショット撮りますよー!」
「わ、すっぴんなので待ってくださいー!」
しばらくゲームをして盛り上がって、柚が写真を撮ろうとするとすっぴんのメンバーが慌てて避けている。そのままでも可愛いけどな。
それぞれオフショットを撮ったり、今日の分の投稿をしようとスマホをいじり始めて少し静かになる。私もスマホを見れば陽葵ちゃんからメッセージが入っていた。
私がいない時の寝起きが違いすぎて新鮮だった!
仕方ないけど、寝てる姿見せたくなかったな 20:50
しょんぼりしたスタンプが送られてきていて、可愛いな、とほっこりする。
そういえば、陽葵ちゃんに寝起きの機嫌が悪いって言われたことがないけれど、そんなに違うのかな? 聞いてみよ。
「柚、ごめんね、フォローありがとう」
「ううん。先輩達も察してくれて良かった」
明日もあるし、と早めに解散して部屋に戻ってきて柚にお礼を言う。明日先輩達にもお礼を言っておかないと。
「さっきエゴサしてみたけど、番組の感想結構投稿されてたよ」
「本当? 気づいた人いるかな……?」
「見てみる?」
柚が早速投稿を開いてくれて、覗き込むと沢山投稿してくれていて嬉しい。さて、投稿はあるかな……
「あ。陽葵さんの指輪と同じじゃない? って投稿あるね」
「やっぱり気づいた人居るかー」
「陽葵さんは隠してないもんね」
「そうだね」
ピアスの時みたいに陽葵ちゃんと私の写真が投稿されていた。ちょっとの変化でも気づいてくれるし、ファンの方たちは本当に凄い。
「陽葵さんはなんて?」
「撮られた日に電話したら指輪してくれてるんだねって喜ばれた」
「……惚気?」
いや、惚気のつもりはないんだけどな。陽葵ちゃんは全然驚いてなくて、むしろ見せびらかしちゃおう、くらいな気がする。
「今日は連絡取ってないの?」
「取ってるけど、指輪については特に触れてなかったよ」
やり取りの詳細はとても言えないけど。
「そっかぁー。まあ、想定内なんだろうね」
「うん、多分」
この前も、放送されたら少し騒がしくなるかもね、程度だったし。
「そろそろ寝ますかー。明日ちゃんと起きてね?」
「うん。柚に迷惑かけないようにするから安心して」
「あんまり起きなかったら陽葵さんに電話するからね」
「……起きるからやめて」
陽葵ちゃんが悪ノリする予感しかない……ちゃんと起きよう。
そういえば返信来てるか確認してなかったけど来てるかな? ベッドに寝転びながらスマホを見れば結構前に返信が来ていた。
寝起き、そんなに違った? 21:10
陽葵ちゃん:違う違う。こんなに違うのかってちょっと嬉しくなった。寝起きはデレしかないもん。思い出すとニヤける 21:35
思い出さないでください 22:05
陽葵ちゃん:え、無理。今日は誰と同室? 22:16
柚と同室 22:16
陽葵ちゃん:柚葉ちゃんか。ちゃんと起きるんだよ 22:18
うん。ちゃんと起きる 22:19
陽葵ちゃん:美月がいないと寂しいなー 22:20
かわいい 22:20
陽葵ちゃん:美月は? 寂しい? 22:22
どうかなー? 22:23
陽葵ちゃん
相変わらずツンだなー。どんな美月も好きだけどね。
夜更かししないで早く寝るんだよ? おやすみ 22:25
陽葵ちゃんは普段通りに好きとか寂しいとか送ってきてくれるけど、私はメッセージでもついツンな感じになっちゃうんだよね……
でも私が会いたいとか、寂しいとか送ったら喜んでくれるのかなって思うと、メッセージくらいでは素直になりたいなって……
なんて返そうかしばらく悩んで、打っては消して、やっと一言だけ送って布団に潜り込む。
私の方が好き 23:05
送ったものの物凄く恥ずかしくなって、取り消したい衝動に襲われるけれど、ぐっと我慢して目を閉じる。
陽葵ちゃん、喜んでくれたらいいな。




