59.卒コンリハーサル
明日の卒コンに向けて朝から会場での前日リハが行われることになっていて、まだ集合時間には早いのに皆落ち着かなかったのか続々と集まってきている。
そういう私も寝坊したら大変だから早く起きて、家にいるのも暇で早く来たのだけれど。
「陽葵さん、おはようございます!」
「おはよー。今日はリハよろしくね。お、髪型似合うね。皆なんか似てない? 合わせたの?」
「たまたま同じような髪型で」
「似合いますか? やった」
「陽葵さんもいつも通り素敵です!」
陽葵ちゃんが楽屋に入ってくると早速メンバーに囲まれて、髪型を褒めたりときゃあきゃあ盛り上がっている。卒業日の前日でもしんみりした感じはなくて、いつも通りの明るい雰囲気なのは陽葵ちゃんが意図的にそうしているのかな。
リハまで時間があるし会場を見てこようかな、と楽屋を出れば明日のための準備でスタッフさんたちが忙しそうにしている。邪魔をしないようにしないとね。
明日は陽葵ちゃんのファンでここが満員になるのか、と2階席からステージを眺める。みんなどんな思いで来るのかな……
「美月。ここに居たんだ」
「陽葵ちゃん? よく分かったね?」
「電話しようかと思ったけど、スタッフさんに聞いたら見かけたって教えてくれた」
わざわざ聞いてくれたんだ。どうしたんだろ?
「何かあった?」
「ううん、無いけど2人になりたいなって」
うわ、相変わらずの直球。照れる……
「あー、えっと、とりあえず座る?」
「なに、照れてるの?」
「まあ……」
「お、素直じゃん。かわいー」
周りに誰もいないし素直になってもいいかなって。嬉しそうに笑って隣に座って、もたれかかって手をぎゅっと繋いでくる。可愛いなぁ……
「いよいよ明日だね」
「うん。あっという間だったな」
「忙しかったしね。アイドルの陽葵ちゃんは明日で見納めかー」
「まあ、私自身が変わるわけじゃないけどね」
確かにそうなんだけれど。陽葵ちゃんはどんな気持ちで明日を迎えるのかな。きっと強がって涙なんて見せない気がする。
「明日は陽葵ちゃんの泣き顔が見られるのかなー?」
「なに、見たいの?」
「うーん……見たいけど、私にしか見せて欲しくないような?」
陽葵ちゃんが泣くなんて滅多にないもんね。私は何度も見られてるのに……ちょっと悔しい。
「ふふ、独占欲?」
「うん。嬉しそうだね?」
「嬉しい。でも笑顔で最後のステージを終えるって決めてるから」
「そう言うと思った。……そろそろ戻る?」
「そうだね」
繋いだ手はそのままに楽屋までの道を戻る。
「あ、陽葵さんに美月さん」
「え? 本当だ」
「やばい、手繋いでない?!」
「今、陽葵さんと美月さんが手を繋いで歩いてきてて。しかも恋人繋ぎ……!! いや、映したらバレちゃいますよ」
途中の休憩スペースを通り過ぎようとすると、メンバーの声が聞こえた。え、どこにいるの??
「集まって何してるのー?」
ちょうど私からは見えない位置に居たみたいで、陽葵ちゃんが私の手を引いて近づいていく。え、離さないの?!
「あ、陽葵さん……! 今生配信してて」
「そうなんだ。同期配信だね」
4期の高校生4人組で生配信をしていたみたい。
「おはようございまーす。工藤陽葵でーす」
「え、やばいやばい」
「最後に一緒に配信できるなんて……!」
「陽葵さん、美月さん前来てください」
「うわ、どうしよ?!」
陽葵ちゃんが画面に映り込んだらみんなのテンションが一気に上がった。手は繋いだままだけれど、最後だしいっか。
「いやいや、みんなの配信だし前にいな。何の話題だったの?」
「え、なんだっけ……」
「お2人を見かけてそれどころじゃなくて」
「コメントの盛り上がりが凄いですよ」
「美月さんも映ってくださいー!」
人数が多いとわちゃわちゃ感が凄い。なんか楽屋の様子そのままって感じ。
「おはようございます、山内美月でーす」
「美月さん、イケメンが1人混ざってるって言われてますよ」
「えっと……ありがとうございます?」
「嬉しいくせにー」
「うわ、やめて」
いや、イケメンって言われるのは嬉しいけどね? 頬をつつくのやめて……
「後ろでのイチャイチャがやばい……」
「いつもこんな感じ? はい、楽屋とかでもこんな感じです」
「わちゃわちゃしてて楽しそう、毎日楽しいですよ!」
「アーカイブ残す? えっと……先輩方どうですか?」
「私たちはどっちでも。ね? 美月?」
「うん。みんなの配信だから任せるよ」
4人で相談していて、結局残すことにしたみたい。そろそろリハも始まるし戻った方が良さそうかな、と陽葵ちゃんを見れば目が合って頷いてくれた。伝わったのかな??
「それでは、私と美月はこの辺で。お邪魔しましたー」
「お邪魔しましたー!」
「あ、そろそろですもんね」
「私たちもすぐ行きます」
歩き出すと配信を終わりにすることを伝える声が聞こえてきて、最後にスクショタイムって言う会話が聞こえてくる。きゃあきゃあしていて微笑ましい。
「陽葵ちゃん、そろそろ手離して?」
「えー、このままでいいじゃん」
「いや、もう楽屋着くから」
「仕方ないなぁ……」
渋々手を離してくれたけれど、ぴったりくっついてくるからあんまり意味は無いかもしれない……
リハが始まって、今は陽葵ちゃんのソロ曲を客席から見ている。これからはこの光景が当たり前になるんだな、と寂しさが押し寄せてきた。ソロコンの時に感じた、今後も一緒にいられるのかなっていう不安はないけれど、当たり前だったグループでの活動が無くなるのはやっぱり寂しいよ。
ソロ曲が終わって、真剣な表情で打ち合わせを進める様子や、1期生の3人と楽しそうに笑っている姿を見ていたら涙が出てきて、溢れる涙をそのままに陽葵ちゃんを見つめていた。
また泣き虫って言われちゃうかな、と思ったけれど明日の本番は泣くのを我慢するであろう陽葵ちゃんを抱きしめてあげられるように、私も泣かないでいたいから今日は耐えなくてもいいよね?
「美月、平気?」
「柚……ありがと。柚もそろそろステージに行かないと」
隣に座って見ていた柚が優しく背中をさすってくれる。柚だって寂しさはあるだろうし、そろそろユニットの準備もしなきゃならないのに。柚はちょっとおバカだし、歳上? と思うくらい子供っぽいところがあるけれど、心が優しくて、一緒にいると私まで心が暖かくなる。
心配そうにしながらも準備のためにステージに向かっていった。
「美月、さっき泣いてたでしょ?」
「泣いてない」
休憩中、部屋の端っこに座ってスマホをいじっていたら陽葵ちゃんが近づいてきて、しゃがみこんで目線を合わせてくる。ステージから見えたんだ……
「意地っ張り。ほら」
おいで、と両手を広げてくるけれど、他のメンバーもいるし恥ずかしくて、ふいと顔を背けた。
「え、ここは抱きついてくるところでしょ?!」
大袈裟に嘆くから周りにいたメンバーからの笑い声が響く。
「陽葵振られてるじゃん」
「ツンデレだからなー。陽葵と2人じゃないと甘えないでしょ」
「陽葵が卒業したらフリーになって美月モテちゃって大変そう」
「フリーって……美月は天然タラシだから否定できないわ」
陽葵ちゃんと1期生の先輩達が好き勝手話しているけれど、誰が天然タラシ……
「天然タラシは陽葵ちゃんでしょ?」
「いや、誰が見ても美月でしょ」
「私は違うし」
「無自覚が1番怖いわ」
「よく言う……」
陽葵ちゃんこそ天然タラシだと思う。自分がどれだけ魅力的か分かってない。これからはソロなんだし本当心配……
「まあ、どっちもたいして変わらないけどね……」
陽葵ちゃんと言い合いをしていたら呆れたような凛花さんのつぶやきが聞こえて、他のメンバーも頷いている。そんなことないと思うんだけどな。
休憩明けには全体曲のリハが行われて、本番さながらの集中力でみんなをまとめて引っ張っていく陽葵ちゃんはやっぱり凄いと思う。全曲に出ているのに疲れた様子なんて全く見せないし。
「ここの3曲やば……」
「きっつ!」
「ちょ……息切れが……」
「陽葵さんなんでそんな笑顔なんですか……」
激しめのダンスの曲が続いて、しゃがみこんだり寝転がったりしているメンバーを見て笑っている。分かってたけどドS……
「ふふ、皆ならついてきてくれるかなって」
あー、またそんなこと言って。まあ、ついていきますけど。
「え、イケメン……」
「一生ついていきます!」
「一生?!」
美南ちゃん、一生ついていきますってファン方ですか……? 陽葵ちゃんもびっくりしてるよ?
「今日はリハーサルありがとうございました。明日の本番もよろしくお願いします」
オフの時は終始和やかな雰囲気で、本当に明日で最後なのかな、と思うような感じで前日リハが終わった。
陽葵ちゃんはまだスタッフさんと話をしていて楽屋に戻ってきていない。着替えてから次の仕事に向かおうと楽屋を出ると、ちょうど正面から陽葵ちゃんが歩いてきた。
「陽葵ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ。会えてよかった。もう行っちゃう?」
「うん。まだ時間あるけど早めに行っておこうかなって。陽葵ちゃんもこの後まだ仕事でしょ? 家に帰ったらちゃんとご飯食べてベッドで寝てね」
明日は卒コンだし万全の状態で迎えてほしい。
「子供じゃないんですけどー」
「今までのこと思い出して?」
「忘れましたー」
「いやいや、早いから」
自分でも気づいたら寝てるって言ってたでしょ。
さすがに今日は大丈夫だと思うけれど。
「美月、ちょっとこっち」
「え、どこ行くの?」
楽屋には入らずに何故か反対方向に歩き出した陽葵ちゃんに慌ててついていく。送ってくれるってこと??
「はい、入ってー」
「え、ここってメイク室?? なんで鍵もってるの?」
なんで今メイク室? みくさんに呼ばれたとか?
「さっきみくさんに鍵借りてきたー」
「最後にドッキリか何かするの?」
メンバーになにか仕掛けるのかな? あれ、鍵閉めてる?
「ううん、しない」
「じゃあ何……」
振り向いた陽葵ちゃんにじっと見つめられてなんだかそわそわする。ついカメラを探してしまう。
「カメラなんて無いから安心して。ちゃんとみくさんと他のスタッフさんにも確認したから」
「確認したんだ……」
密室に2人きりって久しぶりな気がする。カップリング曲の発表はカメラがあったし。
「ちょっとだけ時間ちょうだい」
「いいけど……っん……は……いきなりすぎ」
話の途中で唇を塞がれて文句をいえばニヤリと笑ってまた口付けが降ってくる。
「隠れてキスとかしてみたかったんだよね」
「変態……っ!」
鍵も閉まってるしカメラもちゃんと確認したらしいけど、ドアの外をスタッフさんが歩く音がしたりして落ち着かない。
「顔真っ赤。あー、可愛い。失敗したな……」
「何が??」
「シたくなる」
「……はっ?! どれだけ変態なの……」
しばらく触れられてないけれど、シたいとかこんなところで言わないで欲しい。
「明日の夜まで我慢するけど、早く抱きたい。はー、つら……」
抱きついてきて首筋に顔を埋めて話されるとくすぐったい。急に甘えてきて可愛いけど、言ってることは可愛くない……
明日は卒コンを終えて気が抜けた陽葵ちゃんを甘やかすって決めてるから、攻めるつもりでいるみたいだけれど主導権は渡さないからね。
「よし、今日の残りと明日も頑張ろ!」
「うん。頑張ろ」
しばらく抱き合っていたけれど、そろそろお互い行かないとね。メイク室を出て陽葵ちゃんが鍵を閉める。
「じゃ、みくさんの所行ってくる。また明日ね」
「うん。また明日」
鍵を返しに向かった陽葵ちゃんを見送りながら、なんて言ってみくさんに鍵を借りたのかな、と気になったけれど知らない方がいい気がして考えるのをやめた。
さて、残りの仕事も頑張りますか。




