55.お返し
ダンスレッスンを終えて、ラジオまでの空き時間に家に帰ろうと思っていたら陽葵ちゃんから電話がかかってきた。
『美月、今ってまだレッスン場にいる?』
「いるよ。これから着替えて帰ろうかなって思ってたところ」
『ちょっとそのまま待ってもらうことって出来る? 10分くらいで行けると思うんだけど』
家に帰っても特にすることがある訳じゃないし、会えるならもちろん待つ。
「時間大丈夫なの?」
『うん。撮影が早く終わって少し時間できたから』
「気をつけてね」
持っていたリュックを置いて椅子に座ると自主練の為に残っていた後輩メンバーがニヤニヤしながらこっちを見てくる。
「美月さん、電話陽葵さんですか?」
「帰るのやめたんですか??」
「あー、なんか陽葵ちゃんが時間できたから来るって言うから」
後輩からの生暖かい視線が恥ずかしい……寒いし中で待ってた方がいいかなって思ったけれど、失敗だったかな。
「陽葵さん来るんですか??」
「え、会いたい!!」
ちょっと居心地が悪いけれど、皆喜んでるからいっか。
「皆お疲れー!」
「陽葵さん!! お疲れ様です!」
陽葵ちゃんが到着すると、自主練をやめて皆集まってきた。
「適当に買ってきたから好きな物持っていってね。望実ちゃん、これお願いしていい?」
「はい!! ありがとうございます」
「「ありがとうございます!」」
望実ちゃんに袋を渡して、私の隣にぴったりくっついて座ってくるから思わず顔が緩む。
「美月、お疲れ。帰る間際にごめんね」
「お疲れ様。ううん、全然。どうしたの?」
「やっぱり分かってなかったか」
ん? なんかあったっけ?
「はい、これお返し」
「え、このためにわざわざ??」
そっかホワイトデー。忙しいのに買ってくれてたんだ。気にしなくていいのに律儀というか……
「今日は渡せないかなと思ってたけど持ってきておいて良かった」
「ありがと」
渡せないかもって思いながらも持ってきてくれてたとか可愛くない? やば……
「美月もう帰っちゃう?」
「ううん。陽葵ちゃんが次の仕事行く時に一緒に帰る」
せっかく来てくれたのに帰るわけない。少しでも長く一緒にいたいし。
「せっかく来たしちょっと練習してもいい?」
「うん。私もする」
陽葵ちゃんが練習している所を見るのは他のメンバーにとっても勉強になるだろうし、もうこんな機会も無くなっちゃうから今のうちに吸収できるものはしないとね。陽葵ちゃんはレッスン着じゃないけど、まあ問題ないでしょ。
「ちょっとストレッチするわ」
私はさっきまでレッスンしてたし、軽くで平気かな。せっかくだし、向こうで陽葵ちゃんが買ってきたものを手に休憩しているメンバーにも声を掛けてこようかな。
「休憩中にごめん。陽葵ちゃんが少し練習するって言うから一緒にどうかなって」
「本当ですか?! 是非!!」
「一緒にやります!!」
皆キラキラした目で見てきて可愛い。普段のレッスンだと人数が多いけれど、今日は色々教えて貰えるチャンスだもんね。
「陽葵ちゃん、みんなも一緒に練習するって」
後輩たちを連れて陽葵ちゃんの所に戻る。
「お、いいね。一緒にやろ。苦手な曲あれば教えて……って多いな?!」
後輩達から、陽葵ちゃんの卒コンのセトリに入っている曲がどんどん出てくる。今日もレッスンでやったけれど難しい振りの曲が多いもんね……陽葵ちゃんの卒コンは前に聞いていた日程から変更はなくて、もうしばらくしたら公式から発表になるみたい。
意見が多かった曲を中心に練習をしたけれど、やっぱり陽葵ちゃんのダンスは目を引く。普段は可愛らしいのに、なんでこんなにかっこ良くなっちゃうのか……
ダンスが好きなのが伝わってくるし、アイドルをやめたらこんなに近くで見ることも出来なくなると思うと今がすごく貴重に思える。
「はー、あつっ……」
「お茶あるけど飲む?」
「飲むー」
服をパタパタ扇いでいるから胸元がチラチラ見えてドキドキする。色気やば……
「いい汗かいたー! やっぱり楽しいね」
「楽しかったです!」
「いつ見てもダンス上手すぎます」
皆の陽葵ちゃんを見る目がキラキラしている。皆にとっても憧れだろうし、もうすぐ卒業しちゃうからこんな機会も無くなっちゃうもんね。
「よし、そろそろ次の仕事行くわ。皆はまだ練習してく?」
「はい! まだ残ります」
「もう少しやってから帰ります」
「そっか。無理しないでね? お疲れ!」
お疲れ様です! という元気な声に見送られて部屋を出て歩き出しながら、陽葵ちゃんがニヤリとしたから嫌な予感がした。
「美月、さっき何考えてた?」
「さっき?? え、いつ?」
なんの事? そんなにニヤニヤするような事あった?
「ダンス終わったあと」
「……なんのこと?」
胸元が見えてドキドキしてたのバレてる? そんなに見てたつもり無かったんだけど、変態みたいじゃん……
「最近お泊まりできてないもんね? この前も私寝落ちしちゃったし」
「陽葵ちゃんが思ってるようなこと考えてないよ?!」
陽葵ちゃんはくすくす笑ってるけど、別に変なこと考えたわけじゃないって……
「私が思ってるような? 何考えたの? えっちー」
「えっ……そっちがでしょ?!」
すぐそういう方向に持っていこうとするんだから……私の反応見て楽しんでるでしょ?
卒業までは忙しいだろうし、ゆっくり過ごせるのは陽葵ちゃんが卒業してからになるかな? いや、シたいとかじゃなくてね??
「なかなか一緒に過ごせなくてごめんね」
「ううん。無理しないでよ?」
急に優しく微笑むから感情が忙しい。私の事はいいから休める時に休んでほしい。
「ありがと。じゃあ、仕事行くね。美月もラジオ行ってらっしゃい」
「気をつけて。来てくれてありがとね」
笑顔で手を振って仕事に向かっていった。忙しい中、少しでも時間を作ろうとしてくれて、申し訳ないと思うけれど嬉しい。不安にさせないようにって色々考えてくれているのかなと思うと大事にされてるなって思う。
残りの期間、アイドルの陽葵ちゃんと過ごせる時間を大切にしたいな。




