52.卒業シングル
今日は陽葵ちゃんの卒業シングルの振り入れの為にメンバー全員が集まっていて、明日にはもうMV撮影があるから皆真剣に練習している。
『一旦休憩にしようか』
先生の言葉に、私も含め倒れ込むメンバー多数。きっつ……
「これ、今までで1番難しいですか……?」
ダンスが得意な陽葵ちゃんでさえそう思うなら私なんてどれだけかかるやら……
歴の浅いメンバーの絶望感が凄い。一緒に頑張ろうね……
全体練習の時間内にどうにか踊れるようにはなったけれど、まだミスが多いし、見せられるレベルにはなっていないなって思う。
今日はもう仕事はないし、ひたすら反復かな……
陽葵ちゃんやダンスが得意なメンバーはかっこよく踊っていて、もっと頑張らないとなって気合いを入れ直す。
「お疲れ様でしたー」
全体練習は終わりになって、後は帰る組と自主練組に別れる。もちろん私は自主練組。
「美月、ちょっといい?」
「え? あ、はい」
練習を始めて少しすると先生に呼ばれて、打ち合わせスペースに連れてこられた。中に入ると、次の仕事に行ったと思っていた陽葵ちゃんが待っていた。
少し待っててね、と先生は居なくなってしまって2人で残される。
2人だけ呼び出されるって何?? 陽葵ちゃんとの関係について何か言われるとか……? こわ……
「なんだろう……何か聞いてる?」
「聞いてない。美月何かしたー?」
え、なんかちょっと楽しそうじゃない?
「え、してないよ?!」
「ドッキリか何かかな? カメラ探す?」
私はそわそわ落ち着かないのに、陽葵ちゃんはどこか楽しそうにカメラを探している。なんでそんなに余裕なの? 撮られている可能性があるから話す内容に気をつけないとならないから相談も出来ないし……
「ねえ、誰も来ないんだけど……」
当たり障りのない内容を話しながら待っているけれど、誰も来ない。
「来ないねー」
「陽葵ちゃん、絶対何か知ってるでしょ??」
最初から楽しそうだったし、今もニヤニヤしてるし。
「実は……美月に話があって」
「何??」
「私の卒業シングルのカップリングに、美月とのユニット曲が収録されることが決まりましたー!」
「……え?」
カップリング?! 卒業コンサートでもう1回ユニットをやるとかじゃなくて?
「あれ、嬉しくない?」
「え、いや、嬉しいけど……ドッキリじゃなくて本当に?」
「疑いすぎ」
いや、疑うでしょ。最初にカメラ探したのもわざと? 警戒させようとしてくれたのかな?
「……今ってカメラ回ってる?」
「うん。あそこにある。まあ、これが使われるかは分からないけれど、伝える所を一応撮りたかったらしくて」
場所を教えられても分からないや……特に面白い反応もしてないし、使われなくていいです。
「MVも撮るらしいから、いいものにしようね」
どんな感じになるのかな。2人だけでのMV撮影なんて絶対緊張する……
部屋を出て、陽葵ちゃんは取材に向かい、私は自主練に戻る。
間違えずに最後まで踊れるまで帰らない、と決めて練習を始めてからもう何回踊ったのか分からないけれど、さっきは完璧に踊れたと思う。やっと帰れる……
周りを見ればまだ多くのメンバーが自主練をしていて、私と同じように苦戦しているように見える。お腹も空いたし、何か食べ物でも買ってこようかな。
「色々買ってきたから、少し休憩しない?」
「わ、ありがとうございます!!」
各自好きなものを選んでもらって話を聞けば思った通り苦戦していたから、出来ないと言っている所を実演しつつ一緒に練習をする。ある程度出来るようになってきたけれど、もう20時半を過ぎているし中高生メンバーはそろそろ解散した方がいいかな。
「もう遅い時間だから終わりにしよう! 後は家でやるか、明日の午前中に頑張ろ」
ダンスバージョンの撮影は午後からだと言っていたし、まだ時間はある。不安そうなメンバーには無理をせずちゃんと寝るように伝えて解散した。
次の日は朝早くから集合して、メンバー全員が陽葵ちゃんとの最後のMV撮影を楽しもうと盛り上がっている。
順調に撮影が進んで、撮り終わったメンバーからお昼休憩に入る。私は初めの方に終わったからずっと休憩みたいなものだったけれど。
陽葵ちゃんは昨日も夜中まで仕事だったし、メンバー全員と撮っているから疲れてるだろうな……
「あれ、美月どこ行くの?」
お弁当を食べ終わって、ゴミをまとめて立ち上がると、陽葵ちゃんに呼び止められた。ちょうど陽葵ちゃんと1期生の3人が撮影を終えて休憩に入るところだったみたい。
「ゴミを捨てに行こうと思って」
「捨てたら戻ってきて??」
え、可愛い。急いで戻ってこよう。ゴミを捨てて戻ると、陽葵ちゃんが隣の席をぽんぽん叩いて呼んでくる。
「お邪魔します」
「どうぞー! 昨日、若手の自主練に付き合ってあげたんだって? 皆大丈夫そう?」
席に座ると、凛花さんが少し心配そうに聞いてくる。難しいし、昨日の今日だから心配だよね。
「昨日の段階で随分踊れるようになっていましたし、さっきも練習してたので大丈夫だと思います」
「美月が食べ物買ってきてくれたり、優しく励ましてくれて、丁寧に教えてくれたって喜んでたよ」
誰かから聞いたのかな? 少しでも役に立てたのなら嬉しいな。
「あんなに可愛かった美月がすっかりイケメンになって……」
「踊れなくて泣いてた美月がねぇ……」
「うわ、やめてくださいよ! 後輩達だっているのにー!」
ニヤニヤして昔のこと言うのやめてください……卒業された先輩達もそうだけれど、昔を知られている1期生には敵わない。
「入った頃の美月さん可愛いですよね!」
「当時の写真とか可愛すぎます」
「もう昔の話はいいからっ!!」
後輩たちまでいじってくるし。
こういう時にニヤニヤしながらからかってくる陽葵ちゃんは一言も話してない……疲れちゃったのかな?
「陽葵ちゃん、大丈夫? 疲れてる?」
「平気」
あれ、なんか素っ気ない。というか不機嫌??
「えっと……何か怒ってる??」
「途中休憩の時目合ったのに無視したでしょ??」
「え、してないしてない! 手振ったよ?」
陽葵ちゃんからは見えなかったかな? 休憩中は他のメンバーが話したいかな、と近くには行かずに手を振ったんだけれど。
「見えなかったし」
「わ、それはごめん! 最後のMV撮影だし、皆話したいだろうから行かなかっただけだよ」
陽葵ちゃんを無視するわけないのに、そう思わせちゃったなら悪かったな……撮影中はそんな様子を全く見せなかったのに、今は不満を前面に出してムスッとしながらお弁当を食べている。
先輩たちは楽しそうに見てくるだけで助けてくれそうにない。後輩メンバーも近くにいるし、どうしようかな……
「陽葵ちゃん、飲み物持ってこようか? ……おーい??」
ちら、とこっちを見たけれど、無言でお弁当を食べ続けている。えー、どうしろと??
「美月は話せなくても別にいいんでしょ?」
「え?! そんなことないって」
私だってできることなら独り占めしていたい。でも陽葵ちゃんがメンバーとの時間を大切にしたいって思ってる事をちゃんと分かってる。
私がいると陽葵ちゃんもメンバーも気を使って話せないこともあるだろうから。
「ふーん? 本当に?」
「うん」
好きで離れてるわけじゃないって事は陽葵ちゃんも分かってくれてると思ってたけれど……
「ちゃんと言って?」
「……何を?!」
本当は話したいしずっと一緒に居たいって?? 2人きりでもそんなこと言えないのに、こんな所でなんて無理でしょ……
陽葵ちゃんを見れば、言葉に詰まる私を見てにんまりしてる……もしかして、最初から拗ねてなんかなかった??
「うわ、拗ねたフリ、わざと?!」
「ふふ、この前の仕返し。でも半分は本当」
この前っていつの話?? 着替えとか届けた時のやつ?
「さて、放っておくといつまでもイチャイチャしてるからそろそろ行きますか。美月だって最後なんだし、午後はもうずっと一緒にいたら?」
「イチャイチャしてません! 私はまだカップリングの撮影もあるので」
カップリングの撮影がなかったら、他のメンバーを優先してもらおうなんて思えなかったかもしれない。
「最後にカップリングでユニットなんて、運営公認だよね」
「ほんとそれ! どんな曲なのか楽しみ!」
先輩方楽しそうですね……
休憩明けから始まったダンスバージョンの撮影は練習の甲斐があってしっかり踊れたと思う。
陽葵ちゃんが卒業後のセンターを任せてもいいと思ってもらえるように今まで以上に頑張っていきたい。
私はキャプテンなんて器じゃないから、次のキャプテンをサポートして、陽葵ちゃんが引っ張ってきたグループを盛り上げていきたいな。




