50.お土産
「ただいまー! はい、これ」
イベントを終えた陽葵ちゃんがテンション高くリビングに入ってきて、紙袋を差し出してくる。見るからにお土産なのだけれど、明らかに量が多い。何個買ってきたの?
ラジオの仕事明けにゆっくり起きてのんびりしていたら、陽葵ちゃんから地方でのイベントに急遽朝から参加することになったから着替えを持ってきて欲しい、と電話が入った。
頼ってくれたことが嬉しかったし、宿泊の用意をするなんて恋人っぽい。いや、恋人なんだけれど。
皆が帰るまで待ってから渡したのに、忘れ物を取りに戻ったというメンバーにバッチリ目撃されて恥ずかしい思いをした。
「おかえり。陽葵ちゃん、買いすぎ」
「美味しそうなのが沢山あって。美月と一緒に食べようかなって思ったら増えちゃった」
へへ、と笑いながら選べなかった、なんて可愛すぎませんか? 私のためにお土産を選んでくれたってことがまず嬉しい。
「陽葵ちゃんが食べたかったんでしょ」
「そんなこと言って本当は嬉しいくせにー! 手洗ってくるねー」
つい素直じゃない返答をしてしまうけれど、顔に出てたのか、私が貸したバッグを置くとニヤニヤしながら手を洗いに行った。
「何から食べよっかなー」
戻ってくるなり、買ってきたお菓子をテーブルに並べて早速食べようとしているけれど、もうすぐ日付変わるよ? この時間だと普段は自分の家に帰るけれど、今日はお土産を早く渡したい、とそのまま来てくれた。
「え、今食べるの?」
「うん。ちょっとくらいなら平気でしょ」
卒業が近くなったら食事制限始めるから今のうちに、なんて笑ってるけど、卒業が決まって取材も打ち合わせも増えているみたいだし、更に不規則な生活になるんじゃないかって心配。
卒業日は4月の第3土曜日で進めているようで、その日に卒業コンサートを行うための準備が始まっていると聞いている。
「無理しないでね」
「平気。ありがと。美月も食べる?」
いる? と差し出してくれるけれど、今から食べたら太るしな……
「んー、食べたいけど太るから朝食べる」
「全然太ってないじゃん」
「わ?! 何してるの?!」
Tシャツを捲られてお腹を撫でられた後にわき腹をつままれた……全く、油断も隙もない。
「美月、こっち向いて?」
「なに……んぅ?!……んっ……はぁ……あま……」
捲られたTシャツを戻していたら陽葵ちゃんが呼ぶから振り向けばいきなりキスされて口の中に甘い味が広がる。
「ふふ、隙ありー!」
「もー、いきなりすぎ……キャラメル?」
「うん。ご当地キャラメル」
陽葵ちゃんを見れば、してやったりの表情をしていてちょっと悔しい。
「ご当地キャラメル、なんかすごい味のやつ買ってきたことなかった? 今回のは美味しい」
「明らかに無いなって思っても試したくなるじゃん?」
全然減らなくて、結局はメンバーとゲームをした時の罰ゲームにしたもんね。最後には陽葵ちゃんも負けて食べることになっていて皆で笑った記憶がある。
「私は試さないかな……」
「ま、バランスが取れてていいってことにしよ!」
この感じだとまた買ってくるんだろうな……凄いの見つけた! って嬉しそうにする陽葵ちゃんは可愛いけれど、あんまり変なものは買ってこないで欲しい。
「お風呂面倒臭いー」
「明日の朝入ったら?」
陽葵ちゃんは朝に強いし、今日はもう寝ちゃってもいいんじゃないかな。私はいつもギリギリまで寝ているからそんな時間が無いけれど……
「うーん……美月はもう寝る?」
「ううん。まだ寝ない」
今入ってきてくれれば髪を乾かしたりお世話できるんだけどな。
「美月も一緒にはいろー?」
「私もう入ったよ?」
「知ってる。だめ?」
あざとかわいい。そんなふうに甘えられたらなんでも聞きたくなっちゃう。
「服のままで洗ってあげる。行こ」
「えー」
不満げな陽葵ちゃんの手を引いて、ソファから立ち上がらせる。
「この中の服は洗うやつ?」
「うん。持って帰って家で洗う。バッグ借りてて平気? 用意してくれてありがとね」
泊まった日はお互いの服を洗濯するなんていつもの事だから気にしなくていいのに。付き合いたての時は服を置いたりしていなかったから、毎回持って帰ってきて自分で洗ってたな、と思い返すと懐かしい。
「洗っておくよ? 1組減っちゃったしそのまま置いておいたら?」
「え、いいの? ありがとー!」
お風呂に行く前に部屋着を取ってこないと。服を用意しておかないとタオル巻いただけで出てくるし……
着替えを選んでもらって、手を繋いで脱衣所に連れていく。
「陽葵ちゃん、入っていい時に呼んでね」
「はーい」
ドアの外で少し待つと呼ばれたから浴室に入る。背中を向けているけれど、背中から腰にかけてのラインが綺麗すぎていつ見てもドキドキする。
「ほんとに服着てる」
「もう入ったんだって。はい、前向いて」
ちら、と振り向いて私が服を着ている事に残念そうな顔をしたけれど、脱がないって。
丁寧に髪を洗ってコンディショナーまで終われば私の役目は終わり。
「じゃあ出てるからゆっくり入ってね」
「あれ、身体は??」
「自分で洗ってくださーい」
いつもの事なのに分かってて聞いてくるんだから……くすくす笑ってるし絶対楽しんでるよね。
「残念。もし眠かったら先に寝ててね? ありがと」
「……うん。ごゆっくり」
からかってきたと思ったら急に優しく気遣ってくれて、寝ないで待っててって言ってくれてもいいのにな、なんて思ってしまう。もっと甘えてくれていいのに。
「あ、起きてた」
ソファでスマホをいじっていると髪を拭きながら陽葵ちゃんが出てきて、まだ起きていたことに嬉しそうにしてくれる。
「髪乾かしたいな、と思って。タオル貸して?」
「わ、ありがとう!」
隣に座った陽葵ちゃんからタオルを受け取って水分を優しく拭き取る。
「ドライヤー取ってくるけど、歯磨き終わった?」
「うん。終わってるー」
終わってないと寝ちゃった時に起こすのが可哀想だからね。移動して疲れてるだろうし、多分途中でうとうとし始めると思う。
乾かし始めて少しすると案の定うとうとし始めて、頑張って起きていようとする姿が可愛い。普段しっかりしてるから余計に気の抜けた姿を見せてくれることが嬉しい。私以外の前でこんな無防備な姿は見せないで欲しいな。
「はい、終わり。歩ける?」
「もうここでいい……」
「あ、待って寝ないで?!」
横になって寝ようとするからなんとか立たせて寝室に連れていく。この様子だと1人の時はソファで寝てる事が多いような気がするな……
陽葵ちゃんの横に寝転びながらうとうとする様子を眺める。あれ、目覚まし大丈夫かな? 何時に起きるんだろう?
「明日何時起き? 目覚ましかけた?」
「んー? 5時……かけた」
かけたなら安心。むしろ朝起きれないのは私か……早く寝よ。今日来てくれるなんて思わなかったから、こうして隣で寝ているのが嬉しい。明日の朝も一緒に過ごすために頑張って起きるんだ。……きっと起きれるはず。多分。




