49.イベント代行
卒業を発表してから、メンバーと過ごせる時間を今まで以上に大切に思うようになった。卒業するまでに出来るだけ沢山のメンバーと話をしたり写真を撮るようにしている。
午前中の収録は私以外は全員中学生メンバーで、何だか自分まで若くなった気分。休憩中の楽屋で写真を撮っていると、マネージャーさんが入ってきて、明日の朝から地方でのイベントに出る予定のメンバーが体調不良と伝えられた。
「体調は大丈夫そうですか?」
「熱が高いから病院に行ってもらっているところです。急ですが、陽葵さん今日のうちに移動出来ますか?」
私も同じイベントに午後から参加するために明日の朝移動する予定になっていた。今日は20時には終わるから、仕事の調整をしなくても問題なく移動出来る。
「大丈夫です。夜の仕事が終わり次第移動しますね」
「お願いします」
マネージャーさんは他の仕事の調整があるのか、足早に楽屋を出ていった。
「陽葵さん、荷物とか大丈夫ですか?」
「元々明日日帰りの予定だったんですよね?」
「え、20時まで仕事入ってますよ……取りに帰る時間ありますか……?」
取りに帰ると遅くなるし、頼めば取りに行ってもらえるだろうけれど、女性マネージャーさんが行ってくれるとしても下着とかもあるしな……
「服とか下着は買えばいいかなー……あ。ごめん、ちょっと電話してくるね」
スケジュールを見ていたら、美月は朝方までラジオの仕事だったから、午後からのスケジュールになっていた。もう起きてると思うけど、どうだろ?
『もしもし? 陽葵ちゃんどうしたの?』
「ごめんね、今平気?」
『うん。大丈夫』
少し離れたところから電話をかけると、すぐに出てくれたし、声もはっきりしているから起きてからそれなりに経っていそう。
「明日のイベント、朝から出ることになって。1泊分の着替えとかを収録の時に持ってきてもらうことって出来る?」
『うん。服は家に置いてあるやつでいいの? 希望があれば陽葵ちゃんの家に取りに行くけど』
優しい……でもそれなりに置いてあるし、わざわざ取りに行ってもらう必要はないかな。
「置いてあるやつで大丈夫。ごめんね」
『全然。充電器とか他に必要なものは?』
なんか、対応がイケメンだよね……
「充電器は持ってるし、特に無いかな」
『もし必要なものが出てきたら連絡してね』
「ありがと。よろしくね」
電話を終えて戻ると、どこか落ち着きのないメンバーに迎え入れられた。
「今の電話って……」
「ん? 美月。午後の収録の時に会うから、1泊分の着替えとかを持ってきてもらうことにした」
「え、鍵とかどうするんですか??」
家に取りに行ってもらうと思ってるのかな? まあ、鍵渡してあるけどね。
「美月の家に置いてある服を持ってきてもらうよ」
「置いてるんですか?! 凄い!」
入ってそんなに経っていない子達だとそこまで接点もないし、詳しいことは知らないもんね。きゃあきゃあ盛り上がる子達が可愛らしい。
「今日はお疲れ様。みんなも体調に気をつけてね」
「はい! お疲れ様でした」
「ご馳走様でした!!」
「ありがとうございました!」
収録が終わってからランチをして解散する。中学生メンバーしかいない仕事なんて初めてだったから、色々と話が出来て良かった。
「陽葵さん、おはようございます!」
「おはよー。収録よろしくね」
楽屋に戻ると、午後からのメンバーが何人か来ていて、口々に話しかけに来てくれる。卒業を発表した事もあって、皆も話したいと思ってくれているのなら嬉しい。
「陽葵さん、今日の夜移動するんですよね? 着替えとか大丈夫ですか?」
スケジュールは共有されているから、望実ちゃんが心配そうに聞いてくれる。気遣ってくれて優しいな。
病院に行っていた子からもメッセージが来ていて、気にせずゆっくり休むように返信しておいた。
「うん。美月に頼んであるから大丈夫」
「わ! そうなんですね!!」
望実ちゃんのテンションが一気に上がった気がする。望実ちゃんもこういう話題好きだもんね。
「皆で写真撮らない? 卒業までに沢山撮りたくて」
「撮りましょう!! 卒業寂しいです……」
「2人でも撮って欲しいです」
「撮ろうー!」
個別での写真を撮っている時に美月が入ってきて、目が合うと微笑んでくれて、部屋の隅にバッグを置きにいった。
「美月さん、お疲れ様です!!」
「お疲れ様。なにニヤニヤしてるの……?」
バッグを置いて戻ってきた美月が周りを見渡しているけれど、他のメンバーも同じような感じで困惑している。
「え、なに?」
「なんでもないので気にしないでください」
「明らかになんでもないって感じじゃないけど……まあいいや」
不思議そうにはしているけれど、追求しないことにしたみたい。
「お疲れ様でしたー!」
収録が終わって、皆が帰った後に美月から荷物を受け取る。皆がいる時に受け取っても良かったのだけれど、美月が恥ずかしがるから……
「中身確認しておく?」
「ううん。心配してないからいい」
「うわ、プレッシャー」
大丈夫だと思うんだけどな、と入れたものを思い浮かべているけれど、私よりしっかりしているし、全く心配していない。
「あ。1つだけ聞いていい?」
「うん。なに?」
「どの下着を選んでくれたのー?」
「……はっ?! 知らないっ!!」
赤くなっちゃって可愛いな。もうニヤケが止まらない。
急な移動になったけれど、宿泊の荷物を届けてもらうなんて恋人っぽい事が出来て得した気分。
「美月、怒った?」
声をかけても反応が無くて、背中を向けて椅子に座りスマホをいじっている。
「みつきー? みつきたーん?」
この距離だし、絶対聞こえてるよね?
「ねー。無視??」
え、もしかして本気で怒ってる??
「美月、ごめ……って笑ってるじゃん!!」
「ふっ、ははっ、途中から本気で焦ってるからさ」
謝ろうと思って、床に膝をついて顔を覗き込んだら笑ってる……怒っていなかったのは良かったけれど、心臓に悪い。
「珍しく怒ってるのかと思って焦った」
「すぐそういうこと言うから、たまには仕返ししようと思って」
無視してごめんね? なんて首を傾げられたらもう敵わない。可愛すぎる。
「はー、良かった」
美月の腰に抱きついて、お腹に顔を埋めれば宥めるように背中を撫でてくれた。
「そろそろ離して? 次の仕事行こ?」
「はーい」
美月から離れて立ち上がってドアの方を向くと、ニヤニヤこっちを見ているメンバーと目が合った。……あれ? なんでいるの??
「どうしたー? 帰ったんじゃなかったっけ?」
「えっ?!」
美月も、まさかまだ居たなんて思っていなかったからびっくりしている。
「忘れ物を取りに戻ってきたらお2人がイチャイチャしていたので……」
「皆で覗いてました」
「陽葵さんが可愛すぎて……」
結局目撃されたし、メンバーが帰るまで待った意味がなかった。
「忘れ物は見つかった?」
「あ、まだです」
「声掛けてくれて良かったのに」
「いや、もう尊すぎて邪魔するなんて出来ません!」
うん。望実ちゃんの気持ちは充分伝わったわ。最近美南ちゃんに負けないくらい隠さなくなってきたな……
「ありました!」
「お、良かった。2回目だけど、皆今日はお疲れー」
「お疲れ様でした!」
今度こそメンバーが帰って行って、また2人になる。楽屋を出ると、美月はすたすた歩いて行ってしまうからかなり動揺しているんだと思う。いつもは隣を歩くから分かりやすい。
「じゃあ、また。移動気をつけてね」
「うん。服とかありがとね」
服とか、の所でやり取りを思い出したのか、視線が泳ぐ。
「お土産買ってくるね」
「え、いいのに」
「お礼ってことで。じゃ、この後も仕事頑張ろ」
美月と別れて歩き出しながら、何が有名だったかな、とお土産を考える。せっかくなら喜んでもらいたいしね。
仕事で色んな所に行くとつい色々買っちゃって、買いすぎって言われるから今回もきっとそうなるんだろう。呆れつつ嬉しそうにする美月を見るのが楽しみ。長い移動時間はお土産を調べる時間にしようかな。




