42.年越し
今年最後の仕事が終わって、レッスン場にメンバーが集まっている。遅い時間だから中学、高校生メンバーは居ないけれど。毎年年越しはメンバーで集まっていて、今年も年明け早々に歌番組への出演があるから、ここからバスで移動する。
高校を卒業して、昨年の年越しから参加出来るようになったけれど、ゲームをしたり歌ったり、とにかく楽しかった記憶しかない。今年はどんな年越しになるのかな。
「何するー?」
陽葵ちゃんがメンバーにやりたいことを聞くと、みんなが一斉にやりたいことを話し出す。
「待って、1人ずつね? 全然聞き取れなかったわ」
「えー、陽葵さん聞き取れなかったんですかー?」
「無理だって! え、無理だよね? 柚葉ちゃん聞き取れたの?」
「いえ、全く」
「ほら、無理じゃん。焦ったー」
柚に弄られて本気で焦ってる陽葵ちゃんが可愛いくて思わず頬が緩む。
「えっと、カードゲーム、ポッキーゲーム、王様ゲーム、山手線ゲーム、イントロクイズ、ダンスの振りで曲当て、生配信……全部は出来ないから、多数決で決める?」
「カードゲームは前やったよね? 陽葵が負けてたやつ」
「悔しかったからもう1回やりたいけど、最近やってないやつがいいかな? 最初は山手線ゲーム辺りにしとく?」
カードゲームは負けて甘えてきた陽葵ちゃんがあざと可愛かったやつね。
「いいですね! お題どうしますか?」
「カップリング曲とか?」
「カップリングかー」
「そもそも何曲あるの?」
「ソロ曲も含みますよね?」
シングルにつき2曲だとしても50曲近く? タイトル出てこなさそう。
……はい。出てきませんでした。後の方だったし、2週目になると、まだあるはずなのにもう出尽くした感がある。
「美月の負けー! 罰ゲームどうする?」
「え?! 罰ゲームなんて聞いてませんよ?!」
嘘でしょ? 罰ゲームありなの??
「美月さん、萌え台詞言ってください!!」
「うわ、聞きたい!」
「絶対嫌っ!!」
美南ちゃん、配信で言ってたの諦めてなかったんだ……
「萌え台詞いいじゃん! それにしよ」
「待って、本気ですか?!」
他のメンバーも乗り気になってしまって、ほぼ決まりムード……
「えー。それ誰に向かって言うの?」
陽葵ちゃんだけはちょっと不満そうだけれど、この空気は陽葵ちゃんでもさすがに止められないよね……
「それはもちろん陽葵さんに向かってですよね?」
「なら良し。何て言ってもらおっかなー?」
「陽葵にやけすぎ!」
「陽葵さん切り替えはやっ!!」
即答だし悪ノリしてるじゃん……これくらいの方が盛り上がるのは分かるけど。
「セリフ何にします?」
「普段ツンデレな美月さんからっていうシチュエーションだけで萌える」
「美月さんめちゃくちゃ嫌そう」
嫌というか、何を言わされるかが不安すぎる……さすがにやばいのは陽葵ちゃんが止めてくれるって信じてるよ??
「陽葵さんが……で、美月さんに……」
「いや、こっちの方が……」
「え、やば!」
あれこれ楽しそうにセリフ候補が話し合われていて、セリフが紙に書き出されている。
「決まりました!! ここに立って、陽葵さんに向けてこの台詞お願いします」
「ここで首を傾げて、ここはためてください」
「え、注文細かっ!!」
まさかの指示あり……
「あ、上目遣いでお願いね??」
「動画撮って、動画!!」
隣に来た陽葵ちゃんと向き合う。めちゃくちゃ笑顔だし……恥ずっ!!
「はい、では美月さんの萌え台詞まで、3、2、1……」
「いつも素直になれなくてごめんね? ちゃんと好きって伝わってる……?」
あーもう無理。恥ずかしすぎる……ほんと無理。もうみんなのこと見れない。
「ふふ、かわい。よく頑張りました」
そう言って陽葵ちゃんが顔を覆ってしゃがみこむ私の頭を撫でてくれる。
「可愛いー!!」
「え、陽葵さんイケメン……」
「なにこれ? やらせといてなんだけどやばい!!」
「ガチ感すご!!」
「動画撮れてる?!」
もうヤダ帰りたい……陽葵ちゃんは悶える私をからかわずに寄り添ってくれている。いつもは悪ノリするくせに、ツボを外さないからこういうところ本当にずるい。
「さ、次はどうする? もう1回やるか違うのにする?」
陽葵ちゃんが私の手を引いて立ち上がって元の位置に連れていってくれる。悔しいからもう1回やりたい。
「もう1回やりましょ! 次は負けません!」
「そう言って美月また負けるんじゃないのー?」
「うわ、柚には負けたくない!」
次は柚が恥ずかしい思いすればいいのに……!
「次のお題は何にする?」
「アルバム曲は?」
「アルバムに入ってるシングルもあり?」
「シングルは無しにしよ」
「うわ、無理かも……」
今度は最初の方の順番になったから大丈夫かな。残念ながら柚は負けることなく次のゲームに移った。
「次は曲当てやろうよ」
「1部分だけ踊って、何の曲かってやつですか?」
「範囲は? カップリング、アルバム曲もあり?」
「あり。全部で」
凛花さんの希望で曲当てになったけれど、範囲広いし難しそう。人数が多いからグループ分けをして、今は陽葵ちゃんのグループがやっている。
「1番正解が少なかったの誰?」
「えっと、陽葵さんですね」
「意外!!」
「ダンスあんなに得意なのに……」
陽葵ちゃんはダンスを覚えるのは物凄く早いけれど、しばらく踊らないと結構忘れるって言ってたもんな……ただ少し映像を見たりすればすぐ思い出して踊れるみたいだけれど。
「陽葵さん罰ゲームー!!」
「何やってもらいます??」
「うわ悔しー。しゃーない。どんとこい」
楽しそうなみんなを見て苦笑いしているけれどさすが潔い。罰ゲームが何になっても、陽葵ちゃんはノリノリでやりそうだよね。
「変顔とか?」
「え、そんなのでいいの?」
「むしろ乗り気」
変顔は楽屋とかでふざけてやってたりするからあんまり罰ゲーム感はないかも?
「アカペラで1曲歌うとか?」
「何聞きたいー?」
「陽葵じゃ上手すぎて罰ゲームにならなくない?」
確かに陽葵ちゃんじゃ罰ゲームにはならないよね……私なら絶対やりたくない。
「陽葵さんにとっての罰ゲームって何ですかね??」
「陽葵が嫌がりそうなこと……」
「え、そこでなんでみんなして私を見るんですか??」
まさかの巻き込まれるパターン?? 私関係ないよね?
「美月と誰かがポッキーゲームするのを見てるとか??」
「うっわえぐ……!!」
「それって私と選ばれた相手への罰ゲームですよね?!」
そんなの誰がやりたがるの……
「いや、美月相手ならやりたい人いるよね?」
「はい!!」
「え、ずるい! 私も」
「そんなの私がやりたいわ」
「陽葵さんは負けたのでダメですー」
乗り気なのおかしくない?? 陽葵ちゃんはダメって言われて膨れてて可愛いけれど、選ばれた相手に申し訳なさすぎ……
「美月と美南ちゃんどっち先がいい?」
「どっちでも。美南ちゃんどう?」
「じゃあ、先で」
結局、やりたいって言ってくれた美南ちゃんとポッキーゲームをすることになったけれど、顔近いな……
「じゃ、食べますよー」
少し食べ進めると、美南ちゃんが動揺したのかポッキーが折れた。正直折れてくれてホッとした。
「やばい、美月さん近い! 近い!」
「美南ガチ照れじゃん」
「顔面綺麗すぎて無理ですって」
なんだか照れてる美南ちゃんって珍しい気がする。普段は陽葵ちゃんと私を見て悶えてることが多いし……
「美南さんいいなー」
「これで陽葵への罰ゲームは終了ー」
「見てるだけとか本当罰ゲームだったわ……さて、日付が変わる前にこの後の生放送に向けて通しで確認するよ」
もう陽葵ちゃんは気持ちが切り替わっていて、一瞬で空気が変わる。本番さながらの緊張感で、真剣な表情の陽葵ちゃんは何度見てもかっこいい。
「うん。いい感じ。本番もこの調子で行きましょう。さー、カウントダウンするよー!」
陽葵ちゃんの言葉にホッとした空気が漂って、一気に盛り上がる。誰よりもはしゃぐ陽葵ちゃんが可愛くて目が離せない。2人きりではないけれど、今年も年が変わる瞬間に陽葵ちゃんと居られて嬉しく思う。




