36.1期会
今日最後の仕事が終わって、家に帰ろうとしたところでスマホが鳴った。見れば凛花さんからの着信で、電話を取る。
「はい、山内です。お疲れ様です」
『あ、美月? お疲れ様。仕事終わった? 今大丈夫?』
「はい。ちょうど終わったので大丈夫です」
今日は卒業された1期生も参加して陽葵ちゃんの家で飲み会をしているはずで、凛花さんもそこに参加していると思うのだけれど、どうしたのかな?
『今日さ、陽葵の家に1期生で集まってるって聞いてる?』
「聞いてます。どうされました?」
ライブの次の日に陽葵ちゃんが生配信で1期生で集まりたい、と言ったみたいで、年明け前に集まろうとその日中にグループトークで決まったらしい。1期生、行動が早すぎ……
『ちょっと皆で陽葵に飲ませすぎちゃって、潰れちゃった』
「……え??」
陽葵ちゃんもお酒には強い方だと思うのだけれど……なんでそんなことに??
『明日会う予定なんでしょ? これから来られたりする?』
「え、いやでもせっかくの1期会なのに……」
明日は久しぶりの1日オフで、しかも陽葵ちゃんもだから映画でも見に行こうか、と話をしていた。1期生との飲み会は遅くまで続くだろうから泊まりではなく、お昼前の集合にしてある。
『もうほとんど帰ってて、今は私の他に卒業メンバー3人しか残ってないし、美月に会いたいって言ってるからこっちは全然大丈夫! このまま陽葵が起きなかったら鍵かけられないし』
「それならこれから向かいますね」
『合鍵持ってるんでしょ? 陽葵寝てるし、普段通り鍵開けて入ってきてね』
了承の返事をして電話を切って、陽葵ちゃんの家に向かう。合鍵を使うのには慣れたけれど、改めて言われるとなんだか照れる。
「失礼しまーす」
鍵を開けて、軽くノックをしてからリビングに続くドアを開ける。
「お、来た! 急に電話してごめんね」
「久しぶりー!」
「映像で見てはいるけどかっこよくなっちゃって……」
「ロングヘアだったロリ時代が懐かしい……」
リビングに入ると、陽葵ちゃんはソファで寝ていて、凛花さんと卒業メンバー3人はラグに座ってお酒を飲んでいた。
結構な量の空き缶が袋にまとめてあるけれど、酔っている感じはしない。先に帰ったメンバーも飲んでいるだろうから、さすがにこの量を4人で飲んだ訳では無いよね? 空き缶をキッチンに持っていき、手を洗ってリビングに戻る。
「お久しぶりです。皆さんお元気でしたか?」
「元気元気! あんなに泣き虫で赤ちゃんみたいだったのに大人になっちゃって……」
「もう20歳だもんねぇ」
「それでも若いけどね!」
1期生のデビューから大体2年後に2期生として加入して、先輩たちにとって初めての後輩ということもあって、かなり可愛がってもらったし、色々とお世話になった。出来ないことばかりで沢山迷惑をかけて、悔しくてよく泣いていたから、こんな風に未だにその時のことをネタにされるんだよね……
「先輩方が卒業する頃にはもう泣いてなかったですよ」
「いやいや、うちらの卒業コンサートとか泣いてたよね?」
「……泣いてません」
笑顔で送り出そうと思っても、メンバーの卒業は寂しい。
メンバーでもあんなに寂しいのに、陽葵ちゃんの卒業が決まったらどうなっちゃうんだろう? まだ卒業の事は考えたくないけれど、何となくそろそろかなって思っているから、今のうちから心の準備をしておこうと思っている。
「うー、きもちわる……」
昔のことを弄られつつ雑談をしていたら、陽葵ちゃんが目を覚ましたみたいで、まだ目は閉じたまま唸っている。
「陽葵ちゃん、大丈夫? 水持ってこようか?」
「みつきの声がするー。会いたすぎて幻聴? さすがに飲みすぎたかな……」
近づいて声をかけると、私は来る予定じゃなかったから、声がするのは気のせいだと思っているみたい。会いたいと思っていてくれていて嬉しい。
「ふふ、幻聴じゃないよ?」
「ふぇ?! なんで?? みつきたんが居る……本物??」
目を開けて私を認識して、きょとんとしている陽葵ちゃんが可愛すぎる。
「凛花さんに呼んでもらって、来ちゃいました」
「わ、凛花ありがとう! あー、本物の美月だ。ここ来て?」
身体を起こして嬉しそうに笑って、隣に座るようにとソファをぽんぽん叩いている。要望通りに座ると、胸元に頭を寄せてぎゅっと抱きついてきて、へへっと笑っている。頭を撫でながら、今日も甘えただなぁ、とにやけてしまう。
「どういたしまして。起きたと思ったら早速イチャイチャするんだから……」
「え、いつもこう??」
「そう。楽屋でもこんな感じ」
「陽葵、美月と居るとまるで別人……」
「動画撮ろ、動画」
3人の在籍中から仲は良かったけれど付き合っていなかったし、個別で会うことはあっても、私といる時の陽葵ちゃんのこんな姿を実際に目にするのは初めてで驚いているみたい。
同期がいても安心したように身を任せてくる陽葵ちゃんが愛しくて仕方がない。
「陽葵ちゃん、水は? 飲むなら取ってくるよ」
「いらない。ここにいて?」
すぐに離れようとしたからか、ちょっとムスッとしている。あー、もう可愛い。こんなに可愛いなんてずるい。しかもこんな態度をとるのは私にだけだと言うのが堪らない。
先輩たちがニヤニヤしながら見てくるけれど、陽葵ちゃんが離れたがらないから、しばらくこのままかな。
「お腹空いた……」
「ご飯ちゃんと食べた?」
「飲みながらちょっと食べた」
体調が良くなってきたのか、お腹が空いたらしい。冷蔵庫の中に何かあるかな?
「何か作ろうか。少しだけ待ってて?」
「うん。待ってる。 ありがと」
キッチンに移動して作れそうなものを確認すると、ご飯が炊いてあるからお茶漬けにしちゃおうかな。確か玄米茶があったはず。薬味を用意しながらキッチンから声をかけると、全員食べるって言うから先輩たちの分も用意する。
「お待たせしましたー。薬味はお好みで使ってください」
テーブルに並べて、陽葵ちゃんの隣に座る。陽葵ちゃんは薬味を全種類入れていて、美味しい、と笑顔を向けてくれた。ただただ可愛い。
「美月、できる彼女って感じ」
「あはは、ただ具材切っただけですけどね」
簡単なものだけれど、みんな美味しいって食べてくれて良かった。
「ご馳走様ー! さて、お邪魔しちゃ悪いし、そろそろ帰りますか」
「うわ、もうそろそろ日付変わるじゃん! 時間経つの早……」
「まあ、陽葵は途中寝てたしね?」
玄関まで移動しながら、わいわい盛り上がる先輩たちを眺める。かなり飲んでいたのに元気だな……
「お邪魔しました。また仕事でね」
「おやすみー」
「末永くお幸せにー!!」
「お幸せにー!!」
いや、最後……テンション高く帰って行った先輩達を見送って、今日はもう遅いから湯船は張らずに交代でシャワーを浴びた。
陽葵ちゃんはソファに座って私に髪を拭かれながら、SNSを更新している。
「久しぶりに集まれて楽しかった?」
「楽しかった! 美月とのことを聞かれたから話したのに、惚気すぎだって飲まされて潰されたけど……」
一体何を話したの……? 内容を聞くのが怖いから聞かなかったことにしてドライヤーで髪を乾かす。
ブローをして艶々になった髪に謎の達成感がある。陽葵ちゃんは途中からうとうとしていたから、ソファで寝ちゃう前に寝室に引っ張っていく。
よほど眠かったらしく、ベッドに倒れ込むようにして横になると、すぐに眠りについた。
陽葵ちゃんは酔うと寝るタイプなのかな? 酔った所を見た訳じゃないけれど、寝起きを見る限りでは酒癖が悪いってことは無さそう。
明日、二日酔いにならないといいけれど。もし体調が悪そうなら家で1日のんびりするのもいいな。胃に優しいものを作ってあげよう。
気持ちよさそうに寝ている陽葵ちゃんの寝顔をしばらく堪能して、私も寝ようと目を閉じた。




