24.企み
最近はライブに向けて仕事では一緒にいられる時間が増えたけれど、忙しくてプライベートでは一緒にいられる時間が減った。
少しでも一緒にいたくて、遅い時間に仕事が終わっても、同じ仕事の時はどちらかの家に帰るようになった。
メイクもそのままに倒れ込むように寝てしまう事もあるけれど、朝起きて美月が居てくれるとそれだけで頑張れる。
今日は振り入れ後最初の泊まりの日で、美月の家に行く事になっている。
早く帰りたかったのに収録の後に打ち合わせに呼ばれてしまい、楽屋に戻るともうみんな帰ったあとで、残っているのは美月だけだった。
「ごめん、お待たせ」
「打ち合わせお疲れ様。帰ろっか」
色々と出しっぱなしにしていた私の小物類も片付けてくれていたみたいで、すぐに帰れる状態になっていた。
「色々出しっぱなしでごめん」
「ううん。適当に入れちゃったから後で確認してね」
家までの帰り道、今日の収録の話だったり、楽屋でのメンバーの様子を話しながら一緒に過ごす時間が好きだったりする。
美月は普段と特に変わった様子はなくて、振り入れの時の話を覚えている感じはしない。さて、どうやって切り出そうかな……
美月から誘い受けをしてもらう方法を考えていたら、いつの間にか家に着いていた。口数が少なくなって変に思われたかな?
家に着くなり、明日も朝から仕事だし早めにお風呂に入ってのんびりしたいと、真っ先にお風呂の用意をしに行った。
一緒に入りたいところなんだけど、今日は別に入るつもり。絶対手を出しちゃうからな……
「お風呂の準備できたけど、陽葵ちゃん先に入る?」
「ううん。先に入って」
普段は一緒に入ることが多いけれど、美月から一緒に入ろうって言ってくる事は滅多になくて、大抵こんな風に先にって言ってくれる。私が一緒に入ろって誘うと、恥ずかしがりつつ一緒に入ってくれるんだよね。
少し待つと、歯ブラシをくわえて髪をタオルで拭きながら戻ってきた。お風呂上がりの美月はイケメンで甘えたくなってしまうけれど、ぐっと我慢して、交代でお風呂に向かう。
「おかえりー。私も入ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」
ゆっくり過ごす時間が減るから、今日はシャワーだけにしよう。いつもは髪は濡れたままで、服も着なかったりして美月が世話をしてくれるけれど、今日は歯磨きも終わらせて、しっかり髪も乾かして、ちゃんと服も着てから部屋に戻る。
美月はソファに座ってスマホをいじっている。まだ私に気づいていないから多分ゲームかな。
冷蔵庫から水を取って、あえて少し離れてソファに座る。いつもなら私から隣に座って抱きついたりして甘えるか、美月を呼んで横に座らせて甘やかすけれど、今日は美月から甘えてきて欲しい。
「出たよー」
「おかえ……り??」
声をかけると、驚いたように見つめてきた。驚かれる要素がありすぎてどれについて驚いているのかは分からない。
しばらく見つめ合う形になったけれど、美月が先に視線を逸らした。スマホに視線を戻したけれど、手が止まっているから集中出来ていないのが分かる。
チラチラこっちを気にしているけれど、今のところ近づいてくることは無さそう。このまま待ってみてもいいけれど、もう寝室に行っちゃおうかな。
「美月、私先に寝室行ってるね? おやすみー」
「え? あ、おやすみ?」
キョトンとする美月が可愛すぎて、抱きしめたくなったけれど、ここで抱きしめたら台無しだから足早に寝室に移動する。さて、美月は来てくれるかな?
電気を消してベッドに横になると、美月の匂いでいっぱいになった。安心する匂いで寝ちゃいそう。早く来てくれないかな……
そんなに待たずに美月が寝室に来てくれて、もう寝る体勢の私を心配そうに覗き込んで、恐る恐る隣に座ってくる。
「陽葵ちゃん、体調でも悪い?」
「ううん、悪くないよ」
珍しく直ぐに寝ようとするから体調を崩したと思ったのかな? 熱は無いね、とおでこに手を当ててくる。私の下心になんて気づきもせずに、純粋で優しい。
「ね、私なんかしちゃった?」
体調が悪くないなら機嫌が悪いのかと、しゅんとして様子を伺ってくる。落ち込んじゃって、素っ気なくしてごめんって思うけれど、物凄く可愛い。気を抜くとニヤけそう……
「どうして?」
「だって、すぐに寝室行っちゃうし……」
できる限り優しい声で問いかければ不満そうな返事が返ってきた。
「なにかしたいことあった?」
「え? そういう訳じゃないけど……」
まあ、素直に言うわけないよね。
「そっか。それなら寝ようかな。美月も早く寝なね」
「うん……」
困惑する様子には気付かないふりをして目を閉じる。どうするのかな、と待っていたら美月もベッドに入ってきて、遠慮がちに胸元に頭を乗せてくる。
私が頭を撫でると、ふにゃりと安心したように笑って目を閉じた。何この子、可愛すぎない?
もう充分可愛いところが見られたし、そろそろネタばらしをしようかな。
*****
お風呂に向かった陽葵ちゃんを待つ間、スマホでゲームをしていたら、出たよ、と声をかけられた。
顔を上げると、何故か少し離れたところに座っている。今日はちゃんと髪も乾いているし、服も着ている。おかしくはないけれど、珍しい。おかえり、と言ったものの疑問形になってしまった。
しばらく見つめあったけれど、恥ずかしくなってゲームの続きを開いた。でも全然集中出来ない。
なんで今日は隣に来てくれないんだろ? 私から行けばいいのだけれど、恥ずかしくて行動に移せない。気になってチラチラ見てしまうけれど、今日に限って全然気づいてくれないし。
「美月、私先に寝室行ってるね? おやすみー」
……え?? もう寝ちゃうの? いつもなら寝る前にソファでくっついてのんびりすることが多いのに。
「え? あ、おやすみ?」
あれ? 本当に寝室行っちゃったし。帰り道でも口数が少なかったし、具合でも悪かったりするのかな?
ソファでのんびりしようと思っていたから、残念だけれど仕方ない。
具合が悪いなら薬飲んだ方がいいし、様子を見に行ってみようかな。
寝室に入ると薄暗くて、横になって寝る体勢になっていた。暗いから顔色は分からないけれど、特に苦しそうではないよね。そっと隣に座って、おでこに手を当ててみる。
「陽葵ちゃん、体調でも悪い?」
うーん、熱は無いなぁ……
「ううん、悪くないよ」
体調が悪いわけじゃないんだとほっとした。
でも、じゃあなんで?? なにか怒らせるようなことしたかな、と考えても特に思い当たることは無い。
「ね、私なにかしちゃった?」
「どうして?」
いつもと違う陽葵ちゃんに不安でいっぱいになるけれど、返事をしてくれる陽葵ちゃんの声は優しい。
「だって、すぐに寝室行っちゃうし……」
「なにかしたいことあった?」
陽葵ちゃんの行動がわからなくてつい不満げな声が出てしまったけれど、そんな私に気づいていないのか気付かないふりか、したいことがあるのかなんて聞いてくる。
「え? そういう訳じゃないけど……」
正直になんて言えなくて、つい可愛くないことを言ってしまった。
「そっか。それなら寝ようかな。美月も早く寝なね」
いつもならニヤニヤしながら、寂しいの? とか弄ってくるのに。寝ちゃうなんて今日はやっぱりおかしい。
「うん……」
もう目をつぶっちゃったし、本当に寝ちゃうのか。今日は1人になりたい気分なの?
嫌がられるかな、と思ったけれど、くっつきたくて胸元に頭を乗せて横になってみた。心臓の音が聞こえて安心する。
頭を撫でてくれたから嫌がってないんだな、と安心して目を閉じたのだけれど、くるっと体勢を変えられて、なぜか見下ろされている。……これはどういう状況??
「美月さ、振り入れの時の話覚えてる?」
「え?」
振り入れ? いきなり何??
「やっぱり分かってなかったか。誘い受けして? ってやつ」
「なっ……!! 無理って言ったじゃん?!」
素っ気ない態度だったのはそういうこと?!
陽葵ちゃんの事だから、直接言ってくるだろうって思ってたからまさかこんな流れで誘導されるとは思わなかった。
「無理ってことは嫌ではないって事でしょ?」
「なにその屁理屈……!!」
都合のいいように考えすぎでしょ……確かに嫌とは言わなかったけれど。
「素っ気なくしたら可愛く誘ってくれないかなって。しゅんとしたり甘えてきたり、可愛かった」
え、待って、全部バレてたってこと? 自分の行動を思い出して恥ずかしい。多分真っ赤になってるから部屋が薄暗くてよかった。でも絶対誘い受けは出来てないよね。
「寂しかった?」
顔を見なくても声で分かる。絶対ニヤニヤしてる。私ばっかり翻弄されて悔しい。
「寂しくないし」
「あんなにくっついて来たのに?」
どうせ分かってるんでしょ? 絶対素直になんて言ってあげない。
「陽葵ちゃんの願望じゃない?」
「全く意地張っちゃって素直じゃないな」
頬を撫でられて、そのまま唇をなぞられる。顔が近づいてきて、キスしてくれるのかなって思ったのに触れる寸前で離れていった。
そういえばユニットの振りでもこんな感じの振りがあるな……最初に見せてもらった時、先生たちがキスしちゃうんじゃないかって凄くドキドキした。
本番は私と同じように、ファンの皆をドキドキさせられたらいいけれど。
「何考えてるの?」
そんなことを考えていたら、陽葵ちゃんの不満そうな声がした。
「ユニットでもこんな感じの振りがあったなって」
「こうやって、本当にしちゃう?」
ああ、あれね、なんて言いながら今度こそ唇が重ねられた。
「んーっ?! ……しないっ!!」
しかもガッツリ舌入れてきた……これを本番で?! なんでこんなに変態なの?!
「こんな表情、とても見せられないもんね」
「それはこっちのセリフだし……」
そう言いながら口角を上げて見つめてくる陽葵ちゃんこそ、年齢制限が必要になるよ?! 目力強すぎ……
「さて、このまま寝る? イチャイチャする?」
え、私に選べってこと? どうする? ってニヤニヤしながら見るのをやめて欲しい。
「ちゃんと見て? どうしたい?」
顔を背けたら、両頬に手が添えられてしっかり見つめ合うことになってしまった。
なんで今日は最初からSっ気が強いのか……
言葉では言えなくて、どうしようか考えて陽葵ちゃんがしてくれたように頬を撫でて唇をなぞると、今日はこれでいいかって笑ってキスをしてくれた。
え、今日はってことは次があるって事?
陽葵ちゃんは可愛かったって喜んでくれたけれど、誘い受けなんて私には無理だって……




