19.翻弄
陽葵ちゃんを追いかけて浴室に入ると、私が追いかけてくると思わなかったのかかなり驚いていたけれど、椅子に座ってもらって髪を洗い始めると気持ちよさそうに身を委ねてくれた。信頼してもらえているのが実感出来て凄く嬉しい。
「少し上向ける? 流すよー」
声をかけると、素直に上を向いてくれる陽葵ちゃんが素直で可愛い。流し始めるとぎゅっと目をつぶったから、目にかからないように丁寧に泡を流して、トリートメントを手に取る。
「こうして陽葵ちゃんの髪を洗うの久しぶりで嬉しい」
一緒にお風呂に入るのも久しぶりで、一緒に入るのは恥ずかしいけれど、後ろに居れば見られないから大丈夫。
「洗ってくれてる美月が嬉しいの?」
「うん。髪とか身体に触れられるのって信頼してないと無理じゃない? こうして陽葵ちゃんに触れられるのは私だけでしょ?」
不思議そうに聞いてくるけれど、触れることを許してもらえてることがまず嬉しいんだ。こんな風に身を任せてもらえるのは私だけだよね?
時々陽葵ちゃんの人気に不安になることもあるけど……私より素直で可愛い子なんていっぱいいるし。
「……うん。美月だけ」
「良かった。浮気しないでね?」
「ふふっ、するわけない」
いつか陽葵ちゃんに言われた台詞をそのまま返す。笑いながらしないって言ってくれるけれど、心配は尽きない。
「流すよー、はい、OK」
「ありがと。身体は自分で洗うから大丈夫。次は美月が前来て……って見えないんだけど」
陽葵ちゃんが洗ってくれようと振り向こうとしたから、慌てて目元を手で押さえた。
すぐに終わるから、と断って陽葵ちゃんが体を洗っている間に急いで髪を洗う。ゆっくりしてると陽葵ちゃんが湯船に浸かる間に見られちゃうから早くしないと。今更って思うけれど、やっぱり恥ずかしい。
陽葵ちゃんが髪をまとめて湯船に浸かると、水を足し始めた。私が入るとは思ってなかったから熱いんだと思う。私に合わせてくれようと調整してくれていると思うとくすぐったい気持ちになる。
「陽葵ちゃん、ごめん少し前行ける?」
少し前に行ってもらって、空いたスペースに座って陽葵ちゃんを背中から抱きしめる。髪をまとめているから、綺麗なうなじが目に入って大人の色気にドキドキする。キスマークが綺麗につきそうだな……
そんな不埒なことを考えたけれど、撮影で髪をまとめることもあるだろうし、こんな目立つところには付けられない。ちょうどいい温度になったから水を止めて、陽葵ちゃんの肩に顎を乗せる。
「デレみつきなの? 可愛い。どうした?」
どうした? って言いながら声は弾んでいるから、喜んでくれてるのかな。
「あのさ……陽葵ちゃん、さっき私が言ったことで傷つけた? なんか辛そうな顔してて気になって」
傷つけたかもしれなくて、甘えてみようと思ったけれど、肩に顎を乗せるとさらに密着して私の心臓の音が聞こえてるんじゃないかなって思うと恥ずかしい。甘えるのには慣れてないし、絶対に顔を見せたくない。
「なに、みつきたん心配してくれたの? 優しー」
「私じゃ歳下だし頼りない? 陽葵ちゃんは大人だから、自分で解決しちゃうんでしょ? 弱いところだって見せて欲しいよ……」
教えてくれるつもりは無いのかな……でも、私には遠慮なんてして欲しくないし、支えになりたい。
「頼りないなんて思ってないよ。弱音吐いて幻滅されたくないだけ」
「幻滅なんてしない。陽葵ちゃんが甘えられる相手でありたいし、弱いところも全部受け止めたい。ずっと、弱いところも見せて貰えるようになりたいなって思ってた」
時間が解決してくれるのかなって思っていたけれど、この際全部言っちゃおう。
「今でも甘えてるのに重くない? きっと面倒臭いよ?」
「全然。私にだけ甘えてもらえるのが嬉しいし、むしろ大歓迎……うわぁ?!」
話途中で陽葵ちゃんが振り向いて、正面から抱きつかれた。待って、心の準備が……
視線を感じるけれど、とても見られなくて視線がさ迷ってしまう。
「えっと、逆上せそうだから出ようかな。続きは出てから話そ? 出られないから離れて欲しいなー、なんて」
まだ話は終わってないけれど、落ち着いて話せないし、本当に逆上せそう。仕方ないなぁ、と離れてくれたのでお先に、と浴室から脱出した。
ソファに座って髪を拭いていると、バスタオルを巻いただけで陽葵ちゃんが出てきた。この前は下着だったけど、そのうち裸で出てくるとかないよね?
「陽葵ちゃん、服は?!」
「用意するの忘れたー」
「前も言ってたよね?!」
とりあえず何か着て、と陽葵ちゃんの背中を押して寝室に押し込む。タオル巻いてるんだからいいじゃん、とごねる陽葵ちゃんの言葉は聞こえなかったことにしてドアを閉めた。ちゃんと話がしたいのに、そんな姿でうろつかれたらドキドキしちゃって話どころじゃない。
「お待たせ」
「ちゃんと服着た?……って、え?!」
ソファに座って待っていると、戻ってきた陽葵ちゃんは雑誌の撮影で着たモコモコのルームウェア姿だった。
「買っちゃった」
「うわ、やっぱり良く似合う! 可愛い!!」
撮影の時にも思ったけれど、よく似合っている。撮影の時は周りに沢山の人がいてそういう目で見る暇はなかったけれど、今は2人きりだから触れたいなって思ってしまう。でも今はまだ我慢しないと。
「先に髪乾かしてきちゃうね」
「待って、私がやってもいい? ドライヤー取ってくる」
髪を乾かしに行こうとした陽葵ちゃんを引き止めてソファに座ってもらい、ドライヤーを取りに行く。
「美月はさ、メンバーが居る時にあんまり話したくない?」
タオルで髪を拭いていると、陽葵ちゃんがぽつりと呟いた。正面を向いているので表情は見えない。
「え? そんなことないよ。なんで?」
「今日もメンバーとくっついて写真撮ってたけど、私とは撮ってくれないし……まだ敬語だし。皆にキャーキャー言われて嬉しそうだった」
あれ、これは拗ねてる?
「それは、距離感が分からなくて……嬉しそうだったのは、ダンスを褒めてもらったからで、変な意味は無いよ」
敬語も、もう使ってないのなんて知れ渡っているけれど、なかなか無くすことが出来ないでいる。家との切り替えが出来なくなりそうで、未だに敬語を使い続けていたけれど、やっぱり気にしてるよね。
「さっきの、2人でいない方がっていうのもそういうこと?」
「うん。メイキング用とかで普段の様子から撮影されることが増えるでしょ? だから距離置いた方がいいのかなって」
「……え、むしろ怪しくない? もうドッキリとか配信とかで普段の感じ出ちゃってるよね」
それは私も思ったんだけど、やっぱりそうなのかな……
「それはそうなんだけど……」
「別にずっと一緒にいる訳じゃないし、2人だけばっかりにならないようにするから、距離置くとか言わないで欲しい」
言い終わると、膝を立てて顔を埋めてしまった。何この可愛い人……やばい、ニヤケが止まらない。こんなしまりのない顔を見られてなくてよかった。
「うん。ごめん。もう言わない」
軽く頷いたのは分かったけれど、顔を上げるつもりはないみたいだからこのままドライヤーをかけちゃおう。
「前髪乾かすから顔上げて?」
渋々と言った具合に顔を上げてくれたので覗き込むと、照れてるのか、微かに赤くなっていた。揶揄うとまた拗ねちゃいそうだから我慢我慢。
「はい、終わり」
サラサラになった、と頭をぽんぽんすると、振り向いてありがと、と嬉しそうに笑ってくれた。服装も相まって破壊力がすごい。もう可愛いしか出てこない。かっこいいと可愛いのギャップが凄すぎて、翻弄されっぱなし。
今日はこの可愛い陽葵ちゃんのままかな? 甘えたのままだったら、このままベッドに連れていきたい。
頬を撫でると、擦り寄ってきてくれた。
「あのね、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「うん。なあに? 私に出来ることなら」
ちら、と上目遣いで見つめられて、なんでも聞いてあげたいなって思っていたんだけれど……
「ルームウェア、美月の分も買ってあるから着て?」
「……え?」
撮影の時に似合わなすぎてもう着ないって思ってたのに、また着るの?
「寝室に出してあるから」
「着なきゃダメ?」
「さっき出来ることならって言ってくれたでしょ?」
そういう陽葵ちゃんはもうさっきまでの可愛らしさなんて無くて、強い視線で見つめてくる。あれ、さっきまでの可愛い陽葵ちゃんはどこへ……??
ばっちり言質を取られているし、行ってらっしゃい、と笑顔で送り出されてしまった。
寝室のベッドの上には、袋から出されてタグも切り取られたルームウェアが置いてあって、後は着るだけの状態になっていた。さっき着替えに行った時に準備したってことだよね……
完全に陽葵ちゃんの手のひらの上で転がされている気がする。ただ、陽葵ちゃんに振り回されるのが嫌じゃないのが困ったところ……
着ない方法はないかな、と考えたけれど、ああなった陽葵ちゃんに勝てる気がしないから諦めてルームウェアを手に取った。




