18.嫉妬
やっぱりかっこいいなぁ……私の前では甘えたな陽葵ちゃんだけれど、グループのキャプテンとしてみんなを引っ張っていく姿は物凄くかっこいい。メンバーの前に立ってライブに向けての意気込みを話す姿は堂々としていて、この人について行けば大丈夫だって思わせてくれる。
9周年ライブの打ち合わせが今日から始まって、久しぶりにメンバーが集合している。全員集まるなんて滅多にないから、こうして集まれる機会は貴重。
メイキング映像用に普段の様子から撮影されることが増えるから、陽葵ちゃんとの距離感に気をつけないと。と言っても適度な距離感ってどれくらいだろう……? もう隠し撮りもされてて仲がいいのは知れ渡ってるし、あからさまに避けるのもおかしいもんね?
「毎年恒例のユニットコーナーですが、今年はアンケートで決めるそうです」
……アンケート?? どういうこと?
「私もさっき聞いたんですが、どんな組み合わせのユニットが見たいか、そしてどんな曲をやって欲しいか、ファンの皆さんにHPからアンケートに答えてもらって意見の多いユニットがいくつか採用されます。早速明日からアンケートが始まるので、この後運営から送られてくる内容を確認してください」
陽葵ちゃんの言葉に、ざわざわし出すメンバー多数。これは自由記述になるのかな?
「各自SNSでファンの皆さんにアピールしてもらって大丈夫なので、この企画をみんなで盛り上げていきましょう! では、30分後にまた集合お願いします」
アピールねえ……私はこういう企画がありますよってお知らせ程度にしておこうかな。
「美月、今のうちから覚悟しておいた方がいいんじゃない?」
「何をですか??」
凛花さんが近づいてきて、ニヤニヤしながらそんなことを言ってくる。
「絶対陽葵と美月のペアは入るでしょ。曲も禁断系に集中しそうだよね」
有難いことに陽葵ちゃんと私の組み合わせが好きだと言ってくれる方が多いから、選んで貰えたら嬉しいけれど。大人な歌詞の曲も結構あって、演出もペアによって毎回違っている。私たちがやるとすると、結構攻めた内容になる気はしてる……
陽葵ちゃんとは一緒にユニットをやりたいけれど、曲は普通のにして欲しいです……投稿するとフリかって言われるからしないけど。
陽葵ちゃんを探すと、若手メンバーに囲まれていてしばらく話は出来なさそうだった。陽葵ちゃんは個人の仕事が多いから、後輩達はこういう機会じゃないと会えないもんね。みんな陽葵ちゃんに憧れているし、可愛い子ばかりだから不安もあるけれど……
本当は独り占めしたいし、寂しいけれど、私は家でも会えるからこの期間はあんまり2人でいない方がいいのかな、なんて思ってしまった。今日泊まりに行った時に陽葵ちゃんに話してみよう。
「暇だからさ、いきなり曲をかけて踊れるかってやつやらない?」
30分もあるけど何しようかな、と思っていると、凛花さんから最近動画サイトでよく見るやつを提案された。
「うわ、私全く自信ないんですけど……」
正直、ダンスはそこまで得意じゃないけれど、最近は前より踊れるようになったと言って貰えることが増えた。もっとレッスンを頑張って上手くなりたい。
もう凛花さんが近くにいた後輩にスマホを渡して適当に曲をかけてくれるようにお願いしていて、やることは決まったみたい。
「美月、あっちの空いてるスペース行くよー」
ちょうど鏡の前が空いていたので、2人並んで軽くストレッチをする。
「あれ、凛花に美月、何やるの?」
「ランダムに曲をかけて踊れるかってやつ。一緒にやる?」
「「やるやる!」」
1期生の2人が参加することになったけれど、これって私不利じゃない?
「え、待って2期生私だけじゃないですか! 柚、一緒にやろうよ」
「動画撮るから無理ー! 頑張って」
見学モードのメンバーの中に柚を見つけて巻き込もうとしたけれど、動画を撮る気満々で断られた。私も見学したいな……
「さ、始めるよー! 曲お願いしまーす」
1曲目が流れると、知っている曲で安心した。1曲目から踊れないのは避けられてよかった。
「うわ、懐かしい!」
「これサビだけ踊ればいいですか?」
「サビだけの編集になってないから全部踊ろ!」
所々怪しいところがあったりしたけれど、凛花さんや他の先輩を鏡越しに見つつ1曲目は何とか踊り切った。
「美月、怪しいところあったでしょ」
「うわ、バレてました?」
「でも上手くなったよね」
褒められてちょっと照れる。先輩達は入ったばかりの時に全く踊れなかった私を知っているから、上手くなったと言って貰えるのは素直に嬉しい。
次の曲行きますね、と流れた2曲目は1度も踊ったことがない曲だった。
「私この曲踊ったことないですー」
「フリーダンスでいいよ?」
「えぐっ!! 見学しまーす」
柚の隣に移動して、先輩達のダンスを見学する。やっぱり1期生はみんな上手い。そんな1期生の中でも陽葵ちゃんが1番上手いんだもん凄いよな……歌も上手いし、トークも上手いしダメなところが見つからない。
ライブは好きだけれど、自分との差を見せつけられる瞬間でもある。少しでも近づけるように努力しよう。
「美月ー、戻っておいでー!」
3曲目もしれっと見学しようと思ったのに呼ばれてしまって渋々戻る。
「あ、私この曲大好きです!」
オリメンではないけれど、好きな曲が流れてテンションが上がる。この曲はMVがかっこよくて、何回も見て練習したから踊れるはず。陽葵ちゃんの髪が短い時でイケメンなんだよね。
「うわ、美月オリメンじゃないのによく踊れるね?!」
「好きすぎて練習しました」
「美月この曲合うね!」
思わぬ所で披露することが出来て練習した甲斐があった。続けて何曲か踊ったところでいい時間になったから終わりにする。
「あー、疲れた……」
「これからダンスレッスンなのにもうやり切った感あるんだけど」
「分かる……」
「楽しかったです!」
最初は乗り気じゃなかったけれど、なんだかんだ楽しかった。元気な私に、これが若さか、なんて言っているけれど私は1曲見学していますからね。
ダンスレッスンが終わり、陽葵ちゃんの家に帰ってきてソファで寛いでいる時にライブの準備期間はあんまり2人でいない方がいいのかなって思ったことを伝えてみた。
……のだけれど。あれ、なんか不機嫌そう?? というか辛そう? なんだろう。
お風呂に入る、と行ってしまったからソファに座ってみたけれど、さっきの表情が気になってどうにも落ち着かない。きっと自分の中で消化して何も無かったように出てくるんだろうな、って思ったらいてもたってもいられなくて陽葵ちゃんを追いかけた。
*****
「思ったんだけど、ライブの準備期間、あんまり2人で居ない方がいいよね?」
「……なんで??」
美月から言われた言葉に、思わず不満げな声が出てしまった。
「陽葵ちゃんと話したい子は沢山いるだろうし、私が独り占めしてたらダメかなって」
私はキャプテンだし、美月が言っていることはよく分かる。私情で贔屓はしちゃいけないけれど、美月といることで支えてもらっている部分が大きいのは事実で。近くにいるのに一緒に居られないのは辛すぎる。美月は平気なのかな?
今日だって休憩中に1期生に混ざって踊る姿にみんな釘付けで、そこかしこから、美月さんイケメン! と黄色い声援が飛んでいた。恋人が人気者なのは誇らしいけれど、無性に私のだって主張したくなった。独占欲が強すぎて自分が嫌になる。
美月はダンスは苦手だと言っているけれど、努力の成果は現れていて、魅せ方が上手くなっていると思う。自己評価が低いだけで、1期生に混ざっても負けていなかった。
「えっと、怒ってる?」
思い返せば毎回私が嫉妬して、その度にこんな風に不安そうな顔をさせている気がする。これじゃどっちが歳上なのか……
私の彼女だって実感したくて、美月に触れたいけれど酷くしそうだから少し冷静になった方がいいかもしれない。
「ううん。ごめん、先にお風呂入ってくるわ」
何か言いたげな美月を置いてお風呂に向かい、頭からシャワーを浴びる。お湯を止めて、シャンプーを取ろうとしたところで美月の声が聞こえた。
「陽葵ちゃん、入るよ」
「え、美月?!」
慌てて振り向こうとすると、はい、ここ座って、と肩を押されて椅子に座らされた。
「シャンプーはこれから?」
「そうだけど……」
洗ってあげるね、と美月がシャンプーを手に取った。えっと、これはどういうこと? 酷くしそうだからお風呂に逃げたのに、来ちゃダメじゃん……何も言ってないから私がそんなことを考えてるなんて知るはずもないから仕方ないけれど。
「少し上向ける? 流すよー」
言われた通りに上を向くと、美月の裸が目に入って慌てて目を閉じた。お風呂だから裸なのは当たり前で、普段なら遠慮なく見るところなんだけど、今はまずい。
一緒にお風呂に入るのも久しぶりだし、こうして洗ってもらうのもいつぶりだろう。
「こうして陽葵ちゃんの髪を洗うの久しぶりで嬉しい」
同じことを考えていたみたいで、嬉しいと言ってくれる美月に心が温かくなる。
「洗ってくれてる美月が嬉しいの?」
「うん。髪とか身体に触れられるのって信頼してないと無理じゃない? こうして陽葵ちゃんに触れられるのは私だけでしょ?」
あ、もちろんヘアメイクさんとか美容系のお仕事の人は別ね? と言いながら、丁寧にトリートメントをしてくれている。
「……うん。美月だけ」
「良かった。浮気しないでね?」
「ふふっ、するわけない」
いつか私が言ったセリフをそのまま使われて思わず笑ってしまうと、陽葵ちゃんに憧れている子が多いから心配、と小さく呟く声が聞こえた。
私だけじゃなくて、美月も嫉妬してくれてたのかな。
「流すよー、はい、OK」
「ありがと。身体は自分で洗うから大丈夫。次は美月が前来て……って見えないんだけど」
交代で洗おうとしたら、すぐに終わるから、と断られてしまった。振り向こうとしたら目元を手で隠されたから、多分恥ずかしいんだろうな。
洗い終わって、髪の毛をまとめてから湯船に浸かる。私にはちょうどいいけれど、美月には熱いかな……
「陽葵ちゃん、ごめん少し前行ける?」
水を入れていると美月も洗い終わって、私と同じ向きに座り、後ろから抱きしめてくれた。
「陽葵ちゃん、もう水大丈夫。ありがとう」
そう言うと水を止めて、私の肩に顎を乗せてくる。え、凄いデレてくるじゃん……
「デレみつきなの? 可愛い。どうした?」
「あのさ……陽葵ちゃん、さっき私が言ったことで傷つけた? なんか辛そうな顔してて気になって」
その体勢のまま、遠慮がちにさっきのことに触れてくる。変化に気づいて、心配して追いかけてきてくれたんだ……
「なに、みつきたん心配してくれたの? 優しー」
「私じゃ歳下だし頼りない? 陽葵ちゃんは大人だから、自分で解決しちゃうんでしょ? 弱いところだって見せて欲しいよ……」
からかうように聞いてみたら、真剣な声が返ってきてドキッとした。甘えてはいるけれど、私の方が歳上だし、憧れだと言ってくれる美月に弱いところは見せたくなかった。
「頼りないなんて思ってないよ。弱音吐いて幻滅されたくないだけ」
「幻滅なんてしない。陽葵ちゃんが甘えられる相手でありたいし、弱いところも全部受け止めたい。ずっと、弱いところも見せて貰えるようになりたいなって思ってた」
そんなふうに思ってたなんて知らなかった。充分甘えてるのに、これ以上いいのかな……
「今でも甘えてるのに重くない? きっと面倒臭いよ?」
「全然。私にだけ甘えてもらえるのが嬉しいし、むしろ大歓迎……うわぁ?!」
向きを変えて正面から抱きつくと、さっきまでの落ち着きが嘘のように慌てだした。
じっと見つめると、みるみる赤くなり、視線がさまよっている。
「えっと、逆上せそうだから出ようかな。続きは出てから話そ? 出られないから離れて欲しいなー、なんて」
出てから、ってことはこのまま何でもないじゃ納得してくれなさそう。結構頑固なところがあるからな……私も人のこと言えないけれど。
もう少し照れる美月を堪能したかったけど仕方ない。まだ夜は長いし、チャンスはあるはず。




