13.撮影
「おはようございまーす」
雑誌の撮影のため、みくさんにメイクをしてもらっていると、美月が楽屋に入ってきた。
「美月おはよ……う??」
「陽葵ちゃんおはよ。びっくりした??」
振り返って美月を見ると、しばらく会わない間に髪を切ったのか、彼女が更にイケメンになっていた。え、似合いすぎでしょ。
「おはよう。え、いつ切ったの?」
「陽葵ちゃんのソロコンの次の日。今までで1番短いかも?」
「えー」
「似合ってない? 結構好評なんだけどな……」
好評だろうから嫌なんだけど……これ以上モテるようになってどうするの? ソロコンの次の日ってもう1週間も前じゃん。他のメンバーは見てるってことでしょ? 教えてくれてもいいのに。
せっかく会えて嬉しいのに、なんだかモヤモヤする。美月に関しては本当に余裕が無い。
「えっと、切ったこと黙ってて怒ってる?」
私が黙っていると、美月が慌てだした。
「陽葵ちゃんには写真とかじゃなくて直接見せたくて。切った後の写真は陽葵ちゃんと撮ったやつを載せたかったから、SNSにも写真は載せないようにしてて……そんなに怒るとは思わなかった。ごめん」
待って、予想外の可愛すぎる理由だった。てっきり驚かせたかったくらいだと思ってたのに。しゅんとしてしまった美月が可愛くてにやけていると、みくさんから呆れた視線を向けられた。
「似合いすぎてて、これ以上モテたら困るなと思って。私より先に見たメンバーに嫉妬した。ごめんね」
「嫉妬?!」
そう言うなり真っ赤になってしまったけど、可愛すぎてどうしよう。家だったら即ベッドに連れ込むのに。今日は泊まりに来てもらう予定だから、今から楽しみで仕方がない。
「陽葵、目つきがやばい。ほら、メイクの続きするよ。美月はちょっと待っててね」
「はーい」
メイクをしてもらっている間も鏡越しに美月を見ていると、視線に気づいたのか目が合った。微笑むと、じわじわ赤くなって目をそらされてしまった。
はあ、可愛すぎ。久しぶりに会えたこともあって、どうしても視線が美月に向いてしまう。
「はい、終わり。美月と交代ね」
「ありがとう」
「みくさん、よろしくお願いします」
さっきまで美月が座っていた場所に移動して、メイクをされている美月を眺める。今までで1番短い、と言っていたけれど、確かにここまで襟足が短めなのはなかったかもしれない。またメンバーにキャーキャー言われるんだろうなぁ……
「陽葵、視線がうるさい」
「みくさんひどっ!!」
美月のことをじっと見つめていたからか、みくさんから苦情を言われた。当の本人は私の方を見ないようにしているけれど、照れたような表情をしている。嫌そうにされなくて良かった。
これ以上見ていると怒られそうだから企画書でも確認しよう。今日は雑誌の撮影とインタビューと言われているけれど、どんな撮影になるのかな。
……これ本気?? 企画書を見ると、趣旨としては私たちの仲の良さを知らしめるような内容になっていた。
カップルの日常って運営は何を考えているの…… グループのルールに男女交際禁止はあるけれど、同性同士なら運営公認ってことなの? とはいえ、まさか本当に付き合っているとは思っていないのだろうけれど。
撮影は絡みが多そうだし、気まずそうだなぁ……美月は表情には出さないだろうけれど、内心パニックになりそうだし。
美月は真っ直ぐだから、インタビューは私がメインで対応した方が良さそうだけれどどうなる事やら……
美月のメイクも終わり、衣装に着替えて撮影場所まで移動する。2人きりになるのが久しぶりすぎてなんだか緊張する。
「久しぶりだね。髪、よく似合ってる」
「うん。久しぶり。ありがと」
「「……ふっ、あはは」」
お互い黙ってしまって、顔を見合わせて同時に吹き出した。
「美月緊張しすぎ!」
「そういう陽葵ちゃんこそ!」
ひとしきり笑いあって、いつもの2人に戻った気がした。撮影の前に、今日の趣旨について美月にも伝えておかないと。
「あのさ、今日の撮影の趣旨が"カップルの日常"らしい」
「……は?! 嘘でしょ?」
美月が目を見開いて立ち止まった。そうなるよね……
「は? って感じだよね……それがバッチリ書いてあるんだわ」
「うわ、本当に書いてある……」
美月に企画書を渡すと目で追って、額に手を当てて項垂れている。これが純粋に仲のいいメンバー同士ならネタとしてありだけれど、私たちだとどうしてもガチ感がね……実際付き合っている訳で。
「2人での仕事は嬉しいけどこれはちょっとね」
「こんなに不安しかない仕事は久しぶりだよ」
撮影場所に着いてスタッフさん達と挨拶を交わす。顔見知りのスタッフさんも多くて、普段はいいけれど今日の撮影内容だと気まずいな……
最初は普通に2人並んでの撮影と個人の撮影で、これは問題なかった。着替えのために一度楽屋に戻ると、次の衣装は色違いのもこもこのルームウェアが用意されていた。
「うわ、可愛い!! 絶対陽葵ちゃん似合うよ!」
美月が用意されたルームウェアを見ながらはしゃいでいるけれど、自分も着るんだって分かってるのかな?
着てみると着心地がいいし可愛いし、自分用に買ってもいいかも。
美月はどうかな、と待ってみるけれどなかなかカーテンが開かない。普段は絶対に選ばないようなルームウェアだから抵抗があるのかな?
「美月、着れた?」
「着れたけど、絶対似合ってない……陽葵ちゃんは似合いすぎ」
落ち着かない様子で出てきた美月を見て、これを選んだ衣装さんに感謝したくなった。普段とのギャップが凄くいい。本人は似合わないって言うけれど、お揃いで買って家でも着せようと誓った。
ここからはカップル設定で撮影していきますねー、と声をかけられ、色々と指示が飛んでくる。
軽く抱きしめられてカメラ目線だったり、見つめあったり、いつもみたいに美月を後ろから抱きしめたりと指示に答えていく。美月も楽屋での落ち着かない様子からは考えられないくらい堂々としていて、真剣な表情をしている。
『陽葵さん、ベッドの上に座って貰えますか? 美月さん、陽葵さんを押し倒してみましょうか』
「……え?!」
あ、私が押し倒される側なんだ。美月はさっきまで堂々としていたのに一気にあわあわしていてスタッフさんの笑いを誘っている。
「陽葵さんを押し倒すんですか?! え、ほんとに??」
うわ、どうしよ、と焦る美月に微笑ましげな視線が向けられている。
「えっと……失礼しまーす」
「どうぞー」
ゆっくりと後ろに倒され、顔の横に両手をつかれる。そのまま指示通りに見つめあったり、美月の頬に手を添えたりした。
OKです、と声がかかると美月がものすごい速さで私の上から飛び起きた。必死すぎて思わず笑ってしまうと、拗ねたように睨んできた。可愛いわー。
その後もソファで美月の肩にもたれたり、美月を上目遣いで見上げたりと撮影を進めていく。
世間一般のイメージとしては私が受けなのか……? 確かに外だと私が甘えていることが多いし、外見も美月の方がボーイッシュだしそう見えるのかもしれない。実際には逆だけれど、と思いニヤニヤしていたら、美月から怪訝そうな視線を向けられた。
予定していた撮影が終わり、着替えのために楽屋に入ると、美月がふうっと息を吐いた。撮影で随分消耗したみたい。
「緊張したー! この後インタビューがあるんだもんね。大丈夫かな……」
「インタビュー苦手だもんね」
「苦手。特に陽葵ちゃんの事聞かれるとどう答えたらいいか分からなくなる」
お互いのエピソードは人気があるのか、よく聞かれるんだよね。
付き合い始めてから2人だけでインタビューされるのって初めてかも。
*****
着替えを終えて、編集者の方と対面する。さっきの撮影のベッドシーン辺りで女性スタッフさん達と一緒に盛り上がってた方かな?
編集者:今日はよろしくお願いします。
陽・美:よろしくお願いします。
編集者:撮影を終えて、どうでしたか?
陽葵:美月と2人での撮影が初めてだったのですが、初回から攻めた内容だなと思いました
編集者:ベッドシーンもありましたね
陽葵:突然の指示に美月が慌てていて笑いそうになりましたね
美月:こっちは必死でしたよ
陽葵:顔見知りのスタッフさんも多くて、恥ずかしかったです
編集者:見ているこちらがドキドキしてしまいましたが、今日の撮影での裏話などあれば教えてください
陽葵:ベッドで美月に腕枕をされて目を閉じるシーンがあったんですが、安心しすぎて寝そうになりました。笑
美月:いや、寝ないでくださいよ! 私は緊張しすぎて動けませんでした……
編集者:お2人はプライベートでも仲がいいと聞いていますが、よく一緒に過ごされるんですか?
陽葵:そうですね。オフの時はお互いの家に泊まったりしています
編集者:家ではお2人でどのように過ごされてますか?
陽葵:料理をしたり、映画を見たりのんびり過ごすことが多いですね
編集者:きっと今日のように仲良く過ごされているんでしょうね
陽葵:仲良く……ご想像の内容と同じかは分かりませんが、仲はいいと思います
際どい質問も結構あって私はずっと緊張しっぱなしだったけれど、陽葵ちゃんが全く動揺を見せずに答えてくれてほっとした。私だけだったら言葉に詰まる自信がある……
インタビューも無事終わり、スタッフさんに写真を撮ってもらって2人揃って陽葵ちゃんの家に向かう。こんなに早く仕事が終わるのも、陽葵ちゃんの家に行くのも久しぶりで、顔が緩むのが分かる。
「おかえり」
「……ただいま」
陽葵ちゃんがドアを開けてくれて、おかえりと言われた瞬間、凄くほっとした。会えなかった間、精神的に張り詰めていたんだなと気づいた。
まずは夜ご飯を作ろうかなと冷蔵庫を開けると、食材がほとんど入っていない。
「陽葵ちゃん、ちゃんと食べてた? ビールばっかりなんだけど」
「んー、買ってきたりとか、おつまみ程度には」
陽葵ちゃんは料理ができないわけじゃないのに面倒くさいと適当に済ませることが多い。ソロコンの準備とかで忙しかったのは分かるけれど、身体を大事にして欲しい。
「何か食べに行く?」
「あるもので適当に作ろ。確か乾麺がこの辺に……あった。ナポリタンなら材料あったと思う」
陽葵ちゃんが乾麺を取り出して、冷蔵庫を物色している。材料を並べてドヤ顔の陽葵ちゃんが可愛くて思わず写真を撮ってしまった。
お互いに写真を撮り合いながら分担して調理を進める。料理をしているだけなのに楽しくてずっと笑っていた。この感じも久しぶりだな。
ご飯を食べ終わり、ソファに並んで座ってSNSを開く。カット後の後ろ姿と、スタッフさんに撮ってもらった陽葵ちゃんとのツーショットを投稿し終わると、陽葵ちゃんも投稿したみたいでお知らせ通知が来た。
工藤 陽葵
美月と撮影のお仕事してきました!
今日はお泊まりー!
陽葵ちゃんはさっき撮ったツーショットを選んだみたい。またそんな思わせぶりなコメント書いてるし……泊まりって改めて書かれると恥ずかしいな。
いいねやコメントが沢山来はじめているみたいで、一つ一つ読みながらニヤニヤしている。きっと反応が良かったんだな。
「どこいくのー?」
食器を洗っちゃおうと立ち上がると、陽葵ちゃんに腕を掴まれた。
「食器洗っちゃおうかなって」
「後でやるからいい」
そう言うなりぐっと引っ張られて陽葵ちゃんの腕の中に収まる形になった。
「今日の撮影とは逆だね」
照れ隠しに笑ってみたけれど、ドキドキするし安心するし、感情が忙しい……
「今日の撮影見る限り美月が攻めって思われてるよね。本当は逆なのに」
「……っ!」
背中を撫でられながら、普段より低めの声で囁かれてゾクッとした。私が陽葵ちゃんの声に弱いの知っててそういうことするんだからずるい。
見上げると、悪い顔で笑っていて、これは逃げないとまずいなと思うのだけれど力が抜けてしまって逃げ切れる気がしない。
というより、いままで本気になった陽葵ちゃんから逃げられたことなんてなかったかもしれない……




