10.オフ
今日は久しぶりに美月が泊まりに来る。美月が柚葉ちゃん達に付き合っていることを伝えた日から、なかなか休みが合わずに随分時間が経ってしまった。
もう夜だけれど、明日の午前中はお互いオフだからのんびり出来そう。午後からも同じ仕事だから一緒に行けるしね。
美月の方が先に上がったから、私の家で待っていてくれているはず。
「ただいま」
玄関を開けると、パタパタと美月が駆け寄ってきた。帰ってきて美月が居るっていいな。
「わ、おかえり」
思わず抱きしめると、ぎゅっと抱き締め返してくれた。
「はー、なんか久しぶりな気がする」
「仕事では結構会ってたけど、家では久しぶりだもんね」
「外だとみつきたん冷たいもんなー」
前ほどではないけれど、やっぱりまだ恥ずかしいみたいでなかなかイチャイチャしてくれない。メンバーに言わせるとイチャイチャしてるらしいけれど、家での美月を知っているから物足りない。
「だって恥ずかしいし」
「その分家では甘えてね?」
「……うん」
今日はいっぱい甘えさせてあげよう。甘える美月を想像して、自然と顔が緩む。ご飯は食べてきたし、甘やかす時間は充分にある。
「美月、ここ座って」
ソファに腰掛けて、隣に美月を呼ぶ。まずは話をしちゃわなきゃね。
「この前柚葉ちゃん達に伝えた話だけれど、徐々に私たちの仲がいいっていうことが浸透したらいいなって思ってて。ファンの方にも、メンバーにも最近ではかなり好意的に受け止めてもらえてるかなって思ってる」
「陽葵ちゃんが態度を変えてないのってそういうこと?!」
「それは美月が居たら気持ちが溢れちゃってるだけかも」
元々隠すつもりも無かったし、むしろアピールしたいって思ってるくらいだから。独占欲が強いのは実感してるし。
「理想は、自然と付き合ってるんだろうなって認識されることかな。今がもうそれに近いかもしれないけど」
「確かに、メンバーも気づいてるけど聞かないでいてくれてる気がする」
「もちろん、受け入れられない子が居たらフォローが最優先だけれど」
今のところそういう子は居ないけど、隠してるだけかもしれないからね。
「もしメンバーに聞かれたら、隠さずに伝えるって言うのは変えなくていいと思ってるよ。まあ、直接聞いてくる子が少なそうだけど」
1期生とかはみんな知ってるし、他にも直接聞いてくるような子はもうほとんど知っている気がする。
「うん。みんなからそうなんだろうなって見守られてる気がする」
「何かあったら、隠さずに教えてね? 美月が大切だから、ちゃんと守りたい。もちろんメンバーもね」
「陽葵ちゃんもね? 私だって守りたいよ」
美月からそんな言葉が聞けるなんて。色々と溜め込む性格だからちゃんと見ておかないと。
「よし、真面目な話終わり。一緒にお風呂入ろ?」
「え、もう?」
「うん。美月に触れてないから結構限界」
見つめると、美月は真っ赤になったけれど、立ち上がって手を引くと素直についてきてくれた。
「美月、水」
「……んっ、ありがと」
ベッドにぐったり横になっている美月に口移しで水を飲ませる。目が合うと、目を細めて嬉しそうに笑ってくれた。
「はー、可愛い。ごめんね、身体辛くない?」
「うん。大丈夫」
一緒にお風呂に入って何もしないなんて無理で、ゆっくり湯船に浸かる間もなく寝室に連れ込んだ。
久しぶりで無理をさせてしまったけれど、文句も言わず受け止めてくれた。私の方が歳上なのに余裕が無くて情けない。
「ちょっと待っててね」
最近は朝晩冷え込むようになってきたし、身体が冷えるといけないから、2人分の着替えとドライヤーを取りに行く。
美月に服を着せてベッドに腰掛けてもらい、私も服を着てから美月の髪を乾かす。短いから自然乾燥でもいいって言うけど、気持ちよさそうにしてくれるからできる限りやりたいんだよね。美月もよく私の髪を乾かしてくれるけど、同じ気持ちなのかな。
*****
今日こそは私が主導権を握ると決意していたのに、見つめられてあっという間に主導権を握られてしまった。
私のことを沢山考えてくれて、大事にしてくれる陽葵ちゃんを私だって愛したいのに。
お風呂とベッドで満たされて消耗したけれど、髪を乾かしてもらう間に随分回復した。
今度は私の番、と陽葵ちゃんからドライヤーを受け取って髪の毛を乾かす。身を任せてくれてるようで、この時間が結構好きだったりする。
髪を乾かしていると、陽葵ちゃんはいつも眠くなっちゃうけど、今のところ大丈夫そうかな。
うとうとする姿は可愛いけど、今日は寝られちゃうと困る。今から緊張してきた……
「はい、終わり! 歯磨きして寝よー」
「ありがと。もう寝るの?」
いつもこんなに早く寝ないからちょっと不思議そうに見られたけれど、手を引いて移動を促す。
歯磨きをしている間も視線を感じたけれど、見ちゃったら動揺に気づかれそうで気付かないふりをした。
「美月、来ないの??」
寝室に戻ると、陽葵ちゃんがベッドに座った状態で隣をぽんぽん叩いて呼んでくれるけれど、ちょっと心の準備が……
逸る気持ちを抑えてベッドに登り、陽葵ちゃんを優しく押し倒す。
「どうしたの? 足りなかった?」
私を優しい目で見つめて、頬を撫でてくれながら聞いてくるけれど、押し倒された状況でも自分がされる側になるとは思っていないみたい。私からなんてほぼなくて、いつも気づけば押し倒されているのは何故……
「ううん。次は私がしたい」
「……えっと、したいってそういうこと??」
暫く見つめていると、理解したのか視線をさまよわせた。いつも余裕だからこんな陽葵ちゃんはなかなか見られない。少しでも動揺させられたなら嬉しい。
「うん。嫌?」
「嫌じゃないけど……」
私を攻める時はあんなにいきいきしているのに、恥ずかしそうに視線を逸らす姿が堪らなく可愛い。これを機に今後の主導権を引き寄せて、攻守を逆転させてみせる。
そう思っていたのに、攻めていたのは私のはずなのに全然余裕がなかった。経験値の差?? 初めて触れた時はリードされてやっとって感じだったし……たとえ慣れたとしても、きっと落ち着いてなんていられない気がする。
ベッドに広がる長い髪も、私を見つめる視線も、艶っぽい表情や声全てに煽られて早々に理性を飛ばしてしまった。
キスマークを沢山つけてしまったけれど、辛うじて見える部分に付けないだけの理性が残っていたようでほっとした。
「美月に攻められるのなんて久しぶりで油断した……」
寝転んで息を整えている陽葵ちゃんを見ていると、さっきまでの乱れた姿を思い出してしまって身体が熱くなってくる。
もう一回はさすがにダメかな……?
「……うわっ?!」
じっと見つめていたら腕を引かれてあっという間に組み敷かれてしまった。
「……えっと、陽葵さん?? なんで押し倒されてるんでしょう?」
「なんで敬語? そんな目で見てくる美月が悪い。美月が誘ったんだから覚悟しておいて?」
「どんな目……?! 誘ってないし、それなら私がもう1回……んーっ?!」
途中で深いキスをされ、ニヤリと悪い顔をした陽葵ちゃんに見つめられてすっかり力が抜けてしまった。
「陽葵ちゃん体力ありすぎ……」
「探り探り触れてくる美月が愛おしすぎたのに、潤んだ目で見つめられて我慢できなかった。ごめんね?」
ぐったりする私を見て、眉を下げて謝ってくる陽葵ちゃんが叱られた子犬みたいで可愛すぎる。さっきまで嬉々として攻めてきていた姿とのギャップがすごい。こんなの即許すしかない。
「ギュッてしてくれたら許す」
「ーっ?! 突然のデレ?!」
驚いた顔をした後、満面の笑顔で抱きしめてくれた。
「はー、落ち着く。しばらくこのままでもいい?」
触れる素肌が気持ちよくて、服を着るのがもったいないと思ってしまった。もっとイチャイチャしたい気持ちはあるけれど、何度も攻められて消耗したからか、目を閉じたらすぐにでも寝てしまいそう。
「もちろん。え、可愛い。なんなの? デレみつきの破壊力やばい」
目を閉じて擦り寄ると、抱きしめてくれる力が強くなった。頭を撫でられてキスを落とされたりしているうちに意識が遠のいていく。
おやすみ、と声が聞こえたけれど、返答は言葉になっていなかったかもしれない。
目が覚めると、珍しく私の方が早く起きたみたいで陽葵ちゃんはまだ眠っていた。朝起きて陽葵ちゃんが隣に居ることに幸せを感じる。毎日一緒にいられたらいいのにな。
陽葵ちゃんが寝返りを打つと、素肌が見えてドキッとした。そういえば裸のまま眠ったんだった。布団から覗く胸元のキスマークに、今更ながら恥ずかしくなる。
昨日、久しぶりに抱いたけれど、いつも陽葵ちゃんのペースに持っていかれてなかなか私から攻められない。未だにこんな綺麗な人に触れていいのかって戸惑いもあるけど、もっと色んな陽葵ちゃんが見たいから頑張らないと。
しばらく見つめていると、アラームが鳴って陽葵ちゃんが目を覚ました。私が見ていることに気づいて、ふわりと笑ってくれる。寝起きだからか、いつもより幼い表情にきゅんとした。
「おはよ。起きて美月が居るっていいな」
「おはよう。私も同じこと思った」
これ、ちゃんと隠れるかな? と胸元に触れると、くすぐったかったのか陽葵ちゃんがくすりと笑った。
「しばらく胸元が開いた服は着れないな」
「自分でも引くくらい付けすぎた。ごめん」
「前に好きなだけ付けていいって言ったのは私だし、美月がそれだけ夢中になってくれたのが嬉しい」
引き寄せられるようにキスをして、陽葵ちゃんを抱きしめる。もっと触れたいけれど、午後から仕事だからぐっと我慢。
2人でシャワーを浴びて軽く朝ごはんを食べる。朝から仕事の時はバタバタしているから、こんなにのんびり過ごす朝は貴重。
ソファに寄りかかって座る私の足の間に陽葵ちゃんが座ってきて、もたれかかってくる。え、可愛いんですけど!!
背中から抱きしめて、首筋にキスを落とすといい匂いがして変な気分になってきた。気を抜くと昨日の陽葵ちゃんを思い出してしまってニヤケが止まらない。今日の仕事大丈夫かな……
そのまま暫く無言の時間が流れたけれど、穏やかで安心する時間だった。一緒にいて無言が苦じゃなくなったのはいつからだろう。隣にいるのが当たり前になって、こうして一緒にいられる時間が幸せすぎる。陽葵ちゃんも同じように感じていてくれたらいいな。
あっという間に時間が過ぎて、2人揃って家を出る。今日は同じ仕事だから一緒にいられる時間が長くて嬉しい。
「2人ともおはよう。一緒に来たの?」
「凛花さん、おはようございます」
「凛花おはよー。昨日美月が泊まりに来てくれてて」
陽葵ちゃんの言葉に、凛花さんは相変わらず仲良しですねー? とニヤニヤしながらからかってくる。
今日は流せそうにないから、際どいことは言わないで下さいと願うしかない。
メンバーも集まってきて、衣装に着替えるのだけれど、人数が多いし、下着姿になるのなんてもう抵抗がないから仕切りなんてない。
入ったばっかりの子は端で着替えていたりするけれど、今日は1期生と私たち2期生しかいないから、堂々と下着姿で雑談していたりする。私は恥ずかしいからいつも背中を向けて着替えている。
みんな早く服着ようよ……まあ、陽葵ちゃん以外は見てもなんとも思わないから別にいいのだけれど。
陽葵ちゃんもいつもは気にせず着替えるけれど、今日は私のせいで脱げない理由があるから、みんなが着替え終わって楽屋を出たあとに着替えるつもりみたい。ほんとごめん……
「あれ、陽葵着替えないの?」
「着替えるよー。まだ時間あるからいいかなって」
凛花さんが不思議そうに言うと、他のメンバーも口々に絡み出した。
「いつもすぐに着替えるのに珍しくない?」
「え、そう?」
「うん。一番最初に着替え終わってるくらいじゃない?」
普段と違う行動に何かあるな、と思ったのか1期生のお姉さま方が集まってきた。
「脱げない理由でもあるのかなー?」
「美月がいるから恥ずかしいってことはないよね?」
「え、美月が居るのなんて珍しくないし違くない?」
親しいメンバーだから遠慮がないし、私たちの関係も知っているからニヤニヤしながら絡んでくる。
「もしかして美月、陽葵さんにキスマークでも付けちゃった?」
柚……普段ちょっとおバカなのにこういう時だけなんでそんな鋭いのかな??
動揺してしまった私の反応で確信したのか、お姉さま方が沸いた。逃げていいかな……?
*****
凛花視点
撮影のために楽屋で衣装に着替え終えると、いつもは真っ先に着替え始める陽葵が座っている事に気づいた。聞いてみると、まだ時間があるからまだ着替えない、なんてらしくない事を言っている。
これは何かあるな、と他の1期生を見ると、同じことを思ったのか自然と陽葵と美月の周りに集まった。
「脱げない理由でもあるのかなー?」
「美月がいるから恥ずかしいってことはないよね?」
「え、美月が居るのなんて珍しくないし違くない?」
好き勝手話をしながら陽葵を見ると、なんとなく美月の方を気にしている気がする。美月関係なのは間違いなさそうかな、と思っていると思わぬ所から答えが飛んできた。
「もしかして美月、陽葵さんにキスマークでも付けちゃった?」
柚葉ちゃんの質問に明らかな動揺を見せた美月を見て、全員が確信した。わかりやすっ!!
「キスマークか」
「キスマークだね」
「えっちー!!」
「みんなテンション上がりすぎでしょ……」
陽葵が苦笑しながら言うけれど、あの美月だよ? キスマークなんて付けるタイプに見えないのに。美月を見ると、陽葵にめっちゃ謝ってる。
「着替えるからあっちいってくれる?」
しっし、と追い払う仕草をするけれど、私含め誰一人動こうとしないのを見て、諦めたように着替え始めた。
「え、待って思ってたよりやばい……!!」
「これは確かに見せられないわ……見ちゃったけど」
「えっろ!! 今日の衣装大丈夫? 結構際どくない?」
「ーっ!! ちょっと御手洗行ってきますー!!」
あ、美月が逃げた。
服を脱ぐと胸元に沢山のキスマークが付いていた。1~2個くらいかなと思ってたのに、こんなに付けるって美月が攻めなの……? しかもだいぶ激しめ。昨日泊まったって言ってたし妄想が…… そりゃ付き合ってるんだもん体の関係もあるだろうと思ってたけど実際に名残りを見ちゃうとこっちが照れくさい。
「めっちゃ濃かったけど最近?」
「え、昨日」
「付けたのって美月だよね?」
「他に誰がいるのよ?」
「だって美月ってそういうタイプに見えないからさ」
あ、私と同じこと思ってるわ。やっぱり昨日だったんだ。美月が居たから配慮してたけど、逃げちゃったからもう隠しもせず堂々としてる。陽葵は元々下ネタとか平気なタイプだもんね。
「美月はクールだし、陽葵の方が好きなんだろうなって見えてたから、ちゃんと美月も思ってるんだなってなんか安心した」
それは分かるかも。恥ずかしがってるんだろうけど、自分から陽葵に触れたりしてないもんね。ドッキリの映像やさっきのを見る感じ、2人の時は全然違うんだろうけど。前に陽葵が美月はメンバーがいると敬語だし冷たいってぼやいてたこともあったし。まあ、美月は気を遣いすぎるし真面目だからね。
「なに、心配してくれてたの?」
「最近は随分受け入れるようになってきたけど、最初の方はほんとに付き合ってる? ってくらい塩対応されてたじゃん」
そうそう。それはもうデレの欠片も無かったもんね。
「そんな所も可愛いでしょ? 最近では2人の時とのギャップもありかなって」
「はいはい。ご馳走様ー」
「そうやってすぐ惚気けるー!」
わいわい盛り上がっている間も、美月は戻ってこない。
「ね、美月遅くない?」
「真っ赤だったからねー」
「反応が良くてついからかいたくなっちゃう」
ニヤニヤしながら話していると、陽葵がニヤリと笑った。うっわ悪い顔。
「あんまりいい反応されるとさ、ついいじめたくなるよね」
「……陽葵が言うとそういう意味にしか聞こえないからやめて?!」
「美月逃げて! すぐ逃げて?!」
「もうそういう風にしか見れなくなるじゃん!!」
……美月が攻めかもって思ったけど、この感じだとないな。
結局美月は撮影開始ギリギリまで戻ってこなかった。戻ってきた時に陽葵を見て、キスマークが隠れてることにほっとした表情をしていた。美月、仲がいいのはいいけれど、次からは付けすぎないようにね?




