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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice‬ vol.1
6/59

Episode 4 ―侵入作戦―


2014年5月7日(水)


ゴールデンウィークが終わり昨日からまた学校が始まった。橘拓也は先週の金・土・日のゴールデンウィーク中もブラーでバイトをしていた。ゴールデンウィークという事もあってこの3日間は大変忙しかった。間宮はさすがに二人ではキツいと思ったらしく、誰かバイトしたい奴がいたら紹介してくれないかと再び拓也に言った。拓也はすぐに相川の顔が浮かびバイトに誘ってみようと思っていた。路上ライブの方は天気にも恵まれブラーのバイト以外の日は毎日行う事が出来た。路上ライブはそこそこの人が立ち止まり歌を聴いてはくれたものの初日程の人は集まらなかった。人を立ち止まらせ歌を聴いてもらうという事は難しいものだと拓也は改めて痛感した。だが、その一方で笑顔で自分の歌を聴いてくれている人を間近で見れるのは本当に嬉しい事であった。路上ライブの楽しさと難しさがわかってきたここ一週間であったが、今日は先週から楽しみにしていた事が2つある。1つ目は路上ライブで飾るバンド募集の看板が完成する日だ。先週の4月30日水曜日の放課後、拓也と龍司は昼休みに自分達の為に喧嘩をしてくれた相川の様子を保健室まで見に行った。

「おう…橘。リュージ。ここまで運んでくれたそうだな…すまなかった…」

「いや…こちらこそ悪かった…」

龍司は頭を下げて謝った。

「やめろよ。俺はただ暴れたかっただけだからよ。」

「ケガは?」

拓也が聞くと相川は上半身をベッドから起き上がらせてボコボコの顔で笑顔を作った。

「だいじょーぶだ。心配すんな。」

「まったく…どーしょーもねぇバカだなお前…」

「リュージに言われたくねーよ。てか、お前ら今日も6時から路上ライブやるんだろ?」

「ああ。そのつもりだけどよ。これからタクと美術室に行ってバンド募集の紙作ってから向かおうと思ってる。」

「ところでダブルドラムの件どうなった?」

「お前本気で言ってたのか?やるわけねーだろ。」

「マジかよ…。俺なんの為にお前らの事助けたと思ってんだよ…」

「お前はただ暴れたかっただけだってさっき言ったろ?」

「チっ。」

相川がどこまで本気でダブルドラムでバンドに入れてほしいと言っているのかは拓也にはわからなかったが、正直ドラムは一人でいいと思った。保健室に相川を残して拓也と龍司はそのまま美術室に向かった。美術室のドアは開いていて何人かの生徒の声がした。

「ちょうどいい。美術部の連中がいるみたいだからさ。誰かに大きめの紙もらおうぜ。」

そう言って龍司は美術室に入って行きキャンバスに向かって絵を描く小太りな生徒の背中を見つけた。小太りな生徒が描く絵を拓也は後ろから覗いてみた。

(一体何がどうなってるんだ?)

一目見てもそれが何で何を表しているのかよくわからない油絵だったが色使いは鮮やかで目を引いた。

「ちょっと大きめの紙が欲しいんだけどさ。どれか紙もらってもいいか?」

龍司が声を掛けると絵を描く小太りな生徒は自分に声を掛けられているとわからなかったようだが何秒かしてからパッと勢いよく振り向いた。

「あっ…」

「おっ!あれ…お前…」

拓也は振り向いた小太りの生徒の顔を見て驚いた。

「あれ…?太田君って美術部だったのか?」

「えっ。あ。そー。だよ。」

「なんか意外だな〜太田が美術部って。」

龍司はまたオオタの事をフトダと呼んだ。

「でも、丁度良かった。俺達路上ライブやっててさ。それでバンドメンバー募集する為に紙にギタリスト募集とか書こうと思ってんだよ。大きめの紙があれば貰えないかな?」

「う〜ん。うちの部長そういう事厳しいんだよね。」

「そうケチケチすんなよ。俺達の仲じゃないかよ。」

(龍司…お前は太田と今日初めて喋っただろう…)

「バンド募集の紙が欲しいの?」

「そうなんだ。」

「そっか…」

「いらない紙でもいいからさ。あと、なにか書くものも貸してもらえれば助かるかな。」

「橘君…」

「はい?」

「も、もしよければさ…そのバンドメンバー募集の紙さ。」

「うん。」

「ぼ、僕にデザインさせてくれないかな?」

「えっ?」

拓也と龍司は顔を見合わせた。

「だ、だめかな…?」

「い、良いのか?助かるよ。なあ?龍司。」

「おう!マジ助かる!描いてくれんのか?」

「ぼ、僕でよければ。」

拓也と龍司は顔を見合わせてから太田に言った。

「助かります。」

「助かります。」

「ところでフトダ君。それっていつ頃完成するものなの?別に急いでるって訳じゃねーんだけど」

「ゴールデンウィーク明けまでには完成させとくよ。」

「おお!マジかっ!助かるよフトダ君。」

「そ、そのフトダってやめてくれないかな?ぼ、ぼくオオタなんだよ…」

「あだ名じゃん。じゃあ、よろしく頼むわ。フトダ。」

太田はあだ名と龍司に言われた時なぜか嬉しそうににやけていた。

「あだ名か…わかった。」

(わかったのかよ…)



今日楽しみにしている事の2つ目はバンドメンバーを誘いに栄女まで行く予定をしている事だ。4月31日木曜日の昼休みの事だった。拓也と龍司はいつもの様に屋上で昼食を取っていた。昼ご飯を食べ終わった龍司は自分のスマホを取り出し動画を再生し始めた。画面を拓也の方に向け音が聴こえる様に音量を上げた。

「Queenの動画?急にどうした?」

「昨日この動画を見てタクはまるで刀のような切れ味だって言ったよな?」

「んっ?ああ。それがどうした?」

「あるギタリストのカッティングを聴いて俺も同じように思った事があった。まるで刀のような切れ味のカッティングをする奴だなって。」

「それは誰?」

「元BAD BOYのヴォーカル兼ギタリストの姫川真希だ。」

「ほう。」

「最初この動画を見た時、真希がギター弾いてんのかと思った。けど、こいつは違う。凄くいい曲なのはわかるけど、コイツのギターはそんなに上手くないし、たどたどしい感じがする。それに真希は性格同様もっと尖ったカッティングだった。」

「へぇ〜。」

「それに真希は左利きだ。」

「だから、この動画を見て右利きかって言ってたのか…あの時、どうして利き手なんか気にするんだろうと思ってたんだよ。」

「ちなみに真希は良いところのお嬢さんだからこんな安物のギターも使わねぇな。」

「ふ〜ん。で、何が言いたいんだよ?」

「俺…真希をギタリストに誘おうと思った。この動画の奴よりよっぽどテクニックを持ってる。作詞も作曲も出来る。あいつがBAD BOYを辞めた時、トオルさんに言われたよ。お前らはバンドの心臓をなくしたってな。」

「トオルさんがそんな事言ったのか…トオルさんは真希って子の才能は認めてたんだな。」

「けど…あいつ…もうギターは弾いてないかも…」

「えっ!どうして?」

「俺のせいなんだ…俺のせいであいつバンドを辞めたんだ。だから、そう簡単にはメンバーに入ってくれないかもしれないんだけど…誘うだけ誘ってみようかと思ってさ…タクはどう思う?」

「ダメもとで誘ってみよう。龍司やトオルさんが認めるギタリストに俺も会ってみたいし。」

「よしっ。じゃあ、ゴールデンウィークが明けたら栄女に行くぞ!」

「え?栄女って女子校じゃないのか?」

「しょーがねーだろ。あいつはそこの学校にいるし。家知ってるけど、俺あいつの親父さんに嫌われてるから行きにくいし…」

「…わかった。でも、なんで今日とかじゃないんだ?」

「バカかっ!こ、心の準備ってもんが必要なんだよ。」

「はあ…」

龍司と真希という子の間に何があったのかは気になったが、この時拓也はそれを聞く事はしなかった。

「おう…お前ら…待たせたな…」

屋上の扉が開き相川の掠れた声が聞こえた。龍司は相川の声を聞いて反射的に、

「別に待ってねーしっ!」

と言ったが龍司は相川の様子を見て、びっくりして立ち上がった。

「お、お前まさか今日もあの2人に喧嘩売りに行ったのか?」

相川は昨日よりもひどい顔になっていて血も制服に着いていた。

「あ、当たり前だろ…今日は西澤さんと一緒に戦ってきたぜ…」


     *


昼休みに入った直後、相川念は西川と高橋のいる教室に向かった。

「西川っ!高橋っ!ちょっとツラ貸せやっ!」

相川の大声で教室は静まり返った。西川と高橋は相川を見てもう嫌だという顔をした。

そこへ西澤がやって来て相川の肩を叩いて言った。

「お前一人で行くなよ。今日は俺が赤木の代わりだ。」

「本気っスか?俺一人でいいっスよ。なんか悪いし。」

「お前一人で勝てる相手じゃないだろう?」

「ま、別に勝つ事だけが目的じゃないんで。」

「龍司達の邪魔をさせたくないんだろう?」

「なんでわかったんスか?」

「赤木もお前と同じ感じなんだと思ったからさ。」

「えっ。赤木さんが?」

「赤木も多分あの二人の才能の邪魔をする奴らが許せないんだろう。」

「赤木さんが龍司達の為に昨日俺の助けをしてくれたなんて考えられないんですけど…」

「誤解されやすい奴だからな。」

「西澤さんも龍司達の邪魔をさせたくないから手伝ってくれるんスか?」

「俺は個人的理由だ。」

「個人的理由ねぇ…」

西川と高橋は恐る恐る教室から出て来た。西澤は二人に言った。

「今日は赤木じゃなく俺が相手だ。」

「そ、その件なんだけどさ…もう勘弁してくんないかな?」

「俺達もう神崎の邪魔なんてしねーからさ。」

相川はその言葉が出れば喧嘩を売るのをやめるつもりだったのだが西澤が鋭い目つきで言った。

「いいから着いて来い。」

西澤は有無を言わさない雰囲気を醸し出している。3人は黙って西澤に付いて行った。この間誰も話し出す者はいなかったが体育館裏に着いてから西澤が言った。

「お前ら俺と話す時と赤木と話す時では違うよな?お前ら俺をナメてるよな?」

「えっ!西澤の事をナメてなんかいねーよ。」

西川は今にも泣き出しそうな顔でそう言った。

「俺がライブ見に来てくれって言った時、お前らは用事があるからって断った。だけど、赤木がライブに誘ったらお前らは来た。俺の誘いは断ったのにな。」

「えっ?そんな…つもりじゃ…」

「たまたまだよ西澤。たまたま俺達その日用事がなくなったんだよ。」

高橋も泣きそうな顔をしている。

「お前らの様子を見てたらわかるんだよ。赤木の前ではペコペコしてるくせに俺の前ではそんな様子はない。前からそういうとこ気に食わなかったんだよな俺。」

「ご、誤解だって西澤。俺らそんなつもりはなかったんだ。本当だよ。」

「気を失ってもガードしろよっ!俺は殴るのやめないから。」

西澤は西川を相手に選び殴り掛かった。その様子を見て相川は高橋を相手にする事にした。相川は高橋に何発も顔を殴られた。連日の喧嘩のせいで少し殴られるだけで顔から火が出そうな痛みを感じたし拳に力が入らなかった。きっと高橋も同じように感じているはずだが何発殴ろうとも高橋は相川に向かって来た。

(やべぇなコイツ…目がイッてる…)

何分間もの間二人は力の入らない拳で殴り合いを続けた。相手の拳が顔に当たる度に痛くてたまらない。相川は力の入らない拳に出来るだけ力を込めて高橋めがけて殴り掛かった。

(これでもう終われっ!)

相川の渾身の一撃が高橋の顔に入った。高橋はその場に倒れ込んだ。

(立ち上がるなよ…)

相川は荒い息をはあはあと繰り返し戦いが終わった事を確認して膝に手を当てて俯いた。そして、西澤の様子がどうなってるか気になって見てみると恐ろしい光景が目に飛び込んで来た。西澤は西川の上に馬乗りとなり何度も何度も殴り掛かっていた。

「おいおい…マジかよ…」

思わず相川の口から言葉が漏れた。西川はもう気を失っている。このまま殴り続ければ死んでしまうと本気で思った。西澤を止めに行こうと思った時、急に腰の辺りに激しい痛みを感じて倒れてしまった。後ろから高橋がドロップキックを食らわせてきたのだ。相川がのろのろと立ち上がるとまた後ろから高橋の蹴りが今度は脇腹めがけて襲って来る。相川はまた同じ場所に倒れ込んだ。

(クソが…)

相川はまたのろのろと立ち上がった。今度は高橋の様子をずっと確認しながら。

「…西澤と西川の様子を見ろ…」

そう言っても高橋は相川しか見ていない。フラフラな足取りで近づいて来る。今の高橋には相川の言葉が届いていない。

(しょうがねぇ…ぶっ倒してやる…)

そして、また二人は殴り合いを始めた。

(さっさとコイツやっつけて西澤さんを止めねーと…)

早く高橋を倒して西澤の元に行きたかったが、どうしても力が上手く入らなかった。高橋も同じ様なものだった。

(やっぱ3日連続の喧嘩は疲れんな…)

何度殴っても向かって来る高橋を倒すのを諦めて相川は西澤達の様子を見るように訴えた。

「高橋…止まれ。あっちを見ろ。」

そう言っても高橋にはやはり言葉が届かず相川の方へ向かって来る。

(ちくしょう…仕方ねぇな…)

相川は全力で高橋に突進して身体を持ち西澤と西川の方へ突っ込んで行った。あわよくば西澤と西川の二人の元へ突っ込むつもりだったが前が見えない事もあり二人の横に倒れ込んでしまった。

そこでやっと高橋は相棒の西川が今どういう状況なのかに気が付いた。

もう気絶している西川相手に西澤は馬乗りになりずっと殴り続けている。もう何分間もだ。

「高橋ケンカは終わりだ。西澤さんを止めるぞ。」

相川と高橋は二人掛かりで何度も殴り続けている西澤の腕を持ち西川の元から離した。

「西澤さんやめましょう。こいつ本気で死んじゃいますよ。」

相川がそう言って西澤の腕を放すと西澤はまた西川の方へ殴りかかろうとした。慌てて相川と高橋はまた二人掛かりで西澤を抑えた。


     *


「赤木さんも喧嘩してる時恐かったけど、西澤さんの方が違う意味で俺恐かったわ。」

二つ目のデラックス弁当を食べながら相川はそう言った。

「あー。わかるわかる。あの人キレると赤木以上に見境なくなるからな。」

龍司は笑いながらそう答えた。

「笑い事じゃねーよ。俺マジ西川死んだと思ったんだからな。」

「無事だったんだろ?じゃあいーだろっ。」

とまた龍司は笑った。

「念。また明日も喧嘩売りに行くのか?」

橘拓也は喧嘩を止めさせるつもりでそう聞いた。

「いや、もう辞めるわ。あいつらももう戦う気ねぇみてーだし。それになんか赤木さんと西澤さんが入って来てあいつら可愛そうになってきたし…」

拓也はその言葉を聞いて安心した。

「そっか。それならよかった。」

「なーんだ。明日は俺が参加しようと思ってたのに。」

「バカかお前は…それじゃあ、またお前があいつらの標的にされんだろうが…。それじゃあ、俺がやった事が全部水の泡になるだろーが!」

「念?どうして俺や龍司の為にそこまでしてくれるんだ?別にあの二人に喧嘩売る必要なんて念にはなかったわけなのに…」

「……」

「なんで無言なんだよっ。俺もタクと一緒でお前が俺らを助ける本当の理由を聞きたかったんだよな。教えてくれ。どうしてそこまで体貼って俺が標的だったのを自分に標的が向くようにしてくれだんだよ?」

「俺は…お前らにホレたんだよ…」

「……」

「……」

相川は急いで否定した。

「へ、変な意味でじゃねーぞっ。俺は…お前らのラップを聴いて感動したんだ。本当に心底震えた。

簡単に言えば…ファンになったんだよな。で、お前ら二人の邪魔をしようとしたあいつらが許せなくてさ…それで…」

「そっか。」

「ありがとな。念。」



5月に入りゴールデンウィークも終わると長袖では少し暑くなってきている。拓也は薄い水色をした制服のカッターシャツの袖をめくり自分の教室に入った。すると龍司が先に太田の元にいて話をしていた。何故か相川も一緒にいる。相川は何故か一人だけまだ紺色の学ランを着ている。龍司の様に学校指定の紺色のカーディガンを着ている生徒は何人かいるが、他の生徒は拓也も含めて全員がカッターシャツ姿だ。相川が学ラン姿のせいでクラスメイト達が皆不思議そうに相川の方を見ている。最初、拓也はクラスメイト達が見つめる視線を追ってそう思った。しかし、クラスメイト達の視線は太田にある事に気が付いた。太田が楽しそうに誰かと話をしている姿を見てクラスメイト達は皆驚いていたのだ。拓也が教室に入って来たのに龍司が気付いて声を掛けて来た。

「おいタク。コレ見てみろよ。フトダすっげーの描いて来てくれたぞっ。」

拓也は太田が描いて来たギタリストとベーシスト募集のポスター2枚を交互に驚きを隠せない表情で見た。縦長の画用紙にギタリスト募集と文字で書かれた方にはギターを弾く人物のイラストが描かれており、ベーシスト募集の方にも同じ様にベーシスト募集と文字で書かれベースを弾く人物が描かれている。それがとても格好良く拓也が想像していたよりも凄かった。拓也は思わず笑みをこぼした。

「驚いたな…太田ってこんなに才能があったなんて…」

「だろ?俺も驚いたんだよ。これならすぐに目を引くし目立つしカッコいいし。サイコーだよな。」

満足そうに龍司も笑う。しかし、当の本人は凄く照れ臭そうに目を合わせずに言った。

「そ、そ、そ、そんな事…な、ないよ。二人ともお、大げさだな…」

「もし俺とタクで作ってたらギタリスト募集って文字で書くだけだったよな?」

「ああ。絶対そうなってた。てか、そのつもりだった。こんなに格好良く作ってもらえるなんて想像もしてなかった。」相川は太田の肩をトントン叩きながら言った。

「いやいや。俺も一目見て太田の…いや、フトダのファンになったよ。」

「お前って…すぐファンになるな…」

「相川君まで…ぼ、僕の事をあだ名で呼んでくれるなんて…こ、光栄だよ…」

「よし。仲間が増えたところで昼は屋上でぱぁーっといこうぜ。俺、お前らにコーヒー奢ってやる。」

「マジかよリュージっ!」

「仲…間…こ、ここここ、光栄だよ。神崎君が僕を仲間に入れてくれるなんて…」

拓也はこの3人を見ていて思った。

(へ、変な3人だ…こいつら全員変わってる…)

「フトダ。俺の事は龍司と呼べ。」

「わかったよ。龍司君。」

「違う。呼び捨てで龍司だって。」

「ありがとう。龍司君。それから拓也君も念君も。僕…初めて仲間が出来たんだ…う、嬉しいよ…」

そう言って太田はわんわん声を出して泣き始めた。第三者から見ればまるで拓也達が太田をイジメているかのように見える。

「……」

「……」

「……」



昼休みになり4人はこぞって屋上へと向かった。屋上に着いた拓也は母が作ったお弁当を出し、龍司はコンビニのパンを出し、相川はデラックス弁当を2つ出した。太田はというと鞄からおにぎりを2つ出した。

「フトダお前そんだけ?ダイエットでもしてんのか?」

相川がそう言うと太田は照れ臭そうに言った。

「ぼ、僕は食べれないデブなんだ。」

「おお〜!俺と一緒だな。」

「どこがだよっ!」

と龍司が勢いよく突っ込んだ後、はいよ。と言って学校に設置してある自販機で買った缶コーヒーを4人分それぞれに渡した。

「ありがとう。龍司君。」

「フトダ…その呼び方男にされるとしっくりこねーからやめてくんないかな…」

「いいじゃないかリュージくん。」

「お前絞め殺すぞ念。」

「やってみろっ!」

「よ〜し立て。」

二人が立ち上がったのを見て太田は喧嘩が始まると思ったのだろうオロオロとしていた。拓也は大丈夫と太田に言って龍司と相川を止めた。

「念…龍司に缶コーヒー奢ってもらっておいて喧嘩始めるのか?」

「それもそーだな。」

相川はすぐに座ってデラックス弁当を食べ始めた。

「しかし、俺がデラックス弁当を食うの知っててよくコーヒーを買って来れたよな。米とコーヒーが合うわけねぇのフツーわかんだろっ!」

座りかけていた龍司はその言葉を聞いてまた立ち上がった。

「よ〜し立て!念。俺は缶コーヒー奢ってやるって言った通り缶コーヒー買って来ただけだろーがっ!」

「もういいから座って食べよう。龍司。そのネタもう飽きたからさ…」

「ネタじゃねー。ネタじゃねーからなっ!」

「わかった。わかった。座って食べよう。せっかく太田も仲間に入ったんだから。」

「ま、そーだな…」

龍司は座り、いつもの様に片手と口を使って袋を開けパンを食べ始めた。

「フトダって下の名前なに?俺知らねーんだけど。」

龍司が太田の名前を聞いてから拓也も実は太田の下の名前を知らない事に気が付いた。

「すすむ。道を進むの進。」

「へぇ〜。知らなかったな。」

拓也はつい声に出して言ってしまった。そこにすかさず龍司が突っ込んで来た。

「おいタク。お前フトダと一緒のクラスのくせに名前もしらねーなんてヒドい奴だな。」

「おいおい。リュージ…お前、橘にそんな事言えんのかよ?お前なんてどーせフトダの存在自体知らなかっただろーが。」

「念もだろう。」とこれは心の中だけで拓也はつぶやいた。

「んっ?ん、んなことねーよ…」

「全く橘もリュージもヒドい奴だけど気にすんなよフトダ。」

「ぼ、ぼくは嬉しいよ。橘君は転校して来て目立ってる人だし、龍司君も人気のある人だし。そんな人と友達になれて本当に嬉しいんだ。」

そう言って太田はまた泣きそうな顔をした。

「俺は転校生だってだけで、そんなに目立ってはないと思うけど…」

「そんな事ないよ。いつも龍司君と一緒にいる事が多いから目立ってるよ。」

「お前のせいか…龍司…」

「タクが転校生で目立ってるのはわかる。だけどよ、俺は人気なんてねーだろ?タクが転校して来るまで俺も友達なんていなかったし。」

「龍司君は気付いてないだけだよ。みんな龍司君と仲良くなりたがってる。運動神経いいし、ドラム叩いてる時なんて凄くカッコいいし。ただ、龍司君が人を寄せ付けようとしないからなかなか近寄れないんだよ。」

「なんでフトダが俺の演奏知ってんだよ?」

「お前バカだな。」

と言って相川が話し出した。

「運動神経がいいのはお前が体育祭で活躍したからみんな知ってんだよ。それにお前らのバンド…あっ。前のバンドのBAD BOYの方な。それ他の中学でも結構有名だったみたいだぞ。だから入学して来てリュージの事知ってた奴は多いんだろーよ。」

「そ、そーなのか?」

「だから、フトダもライブ見に行った事あるんだろ?」

「うん。僕は龍司君とは違う中学だったけど噂を聞いて見に行った事があったんだ。」

「そーだったのか。フトダ。お前話しかけて来いよな。」

「む、無理だよ…龍司君入学早々喧嘩したり誰とも仲良くしようとしなかったし…僕なんかが近寄れる雰囲気ではなかったし…」

「それよりフトダ。リュージとタクの事は出て来たけど俺は?俺の事はどー思ってんだよ?」

「ご、ごめん相川君の事は…この前初めて知ったからさ…」

「あ、ああ…そ、そう…」

そこで昼休みを終えるチャイムが鳴った。拓也はブラーのバイトに相川を誘おうと思っていた事をここでようやく思い出した。

「そうだ。ところで念さ。この前バイトしないとって言ってたのどこか探してるのか?」

「どーしたタク?まさかブラーでバイトでも募集してんのか?」

「そうなんだ。今俺とトオルさんしかいなくってさ。もし念が良ければどうかなって思って。どう?」

「やる。いつ面接行けばいい?」

「はやっ。そーだな。多分早くて明後日の金曜だと思うけど。トオルさんにLINEして聞いとくよ。」

「おお。頼むわ。」

「多分面接終わったらそのままバイトだと思うけど。」

「おっけー。おっけー。」

「ちょっと聞きたいんだけどさ…」

二人の会話を聞いていた太田が静かな声で質問をして来た。その言葉に龍司が反応した。

「俺も聞きたかったんだよな…多分、フトダと同じ事だと思う。聞くべきか聞かざるべきか悩んでたんだよな。」

拓也も龍司のその言葉の意味がわかって、

「あえてみんなそれには触れないでいるのかと思ってたけど。」

と言った。相川は何の事だと頭をひねっている。太田もこの時何故か一緒になって頭をひねった。

「何の事だよ?」

相川はわけがわからないといった感じでそう言った。

「念?お前どうしてこの時期に一人だけ学ラン着てんだよ?」

龍司がそう言うと拓也も、

「見てて暑苦しいな。どうして上脱がないんだ?」

と言った。相川は恥ずかしそうに頭を掻いてから、

「うっせーな。学ランの下寝間着なんだよ。」

と答えた。どうやら相川は朝寝ぼけていて寝間着の上に学ランを着てしまったせいで暑くても学ランが脱げないらしい。

「おい。ちょっと学ラン脱げよ。」

龍司が言った。相川は立ち上がり龍司から逃げた。

「ボンタン狩りならぬ学ラン狩りかよっ!いつの時代だよっ!」

龍司と相川が走り回っている間、太田は何かブツブツと言っていた。

「どうした?太田?」

拓也が聞くと太田は言った。

「ちょっと聞きたいんだけどさ…」

静かな声でまた太田は同じ言葉を言った。

「あれ?太田も相川の学ランが気になっていたんじゃなかったのか?」

「あ、うん。違う。」

走り回っていた龍司が相川の学ランを手に持って戻って来た。

「おい。あいつ見てみ。」

相川は可愛らしいクマのキャラクターの絵が描かれた寝間着を着ていた。

拓也も龍司も太田でさえも大声で笑った。

「お前毎日それ着て寝てんのかよっ!」

「うっせーな。寝間着なんて何でもいいんだよっ!」

しばらく笑ってから拓也は太田に声を掛けた。

「で、太田聞きたいことって?」

「え、あ、うん。」

「なんなんだよフトダ。聞きたい事あんならはっきり言えよ。」

龍司がそう言うと、

「僕が聞きたかったのは…」

と前置きをしてから太田は恐る恐る3人の顔を見ながら質問をした。

「今日7日だけどさ。みんな大丈夫なの?」

「何がだ?」

拓也は太田が何を言いたいのかが全くわからなかった。龍司も相川も拓也と同じ様で太田が何を言いたいのか検討が付かないといった感じで太田の顔を食い入る様に見ている。

「ちょうど来週には中間テスト入るけど…みんな路上ライブやバイトやってて大丈夫なの?テスト勉強とかは?」

「……」

「……」

「……」

しばらくの間沈黙の時間が流れた。その沈黙を破る様に拓也は言った。

「さ、さあ、そろそろ…教室戻ろうぜ。」

4人は無言のまま屋上を出て行く。急に現実に突き落とされた拓也は階段を降りながら気を取り直すつもりで、スマホを取り出し間宮に相川がバイトを出来る事をLINEで告げた。すぐに間宮からの返信がきて相川の面接は拓也が思ってた通り明後日の金曜日となった。その事を相川に告げたのだったが、

「しかし、フトダに言われるまでテストなるものがある事俺忘れてたわ…。」

と急に相川は不安になった様だった。一方で龍司の方はお気楽なものだった。

「気にしねぇ。気にしねぇ。どうにかなるって。」

「それはならないだろう…龍司どうする?1週間路上ライブは休むか?」

「ん?俺は別に休まなくてダイジョーブだけどな。タクは休みたいのか?」

「う〜ん。ま、いっか。」

「いいのっ!?」

驚きの声を出したのは太田一人だけだった。

「ま、もともと勉強なんて出来る方じゃないからテスト勉強したって変わらないかなって…」

「そんな…テスト勉強したら少しは変わると思うけど…」

「テスト勉強より今は路上ライブを一日でも多くやっておきたいんだ。俺には場数が足りないからな。もし、急に今ライブハウスで歌う事になっても緊張して上手く歌えないだろうし。だから、今は路上ライブを数多くやっておきたいんだよ。」

「その意気だぞタク。テスト出来なかったからって死ぬわけじゃねーし。俺達はとりあえずテスト勉強なんかより路上ライブ頑張ろうぜっ!」

「おう!」

太田と相川は拓也と龍司を見て同じ事を思っていた。

(2人ともバカだ…)

そして、ギタリストを勧誘に行く放課後を迎えた。



拓也は龍司が進む道を付いて行った。

学校を出て電車に乗り柴咲駅で降りた。そして、路上ライブをしているバスロータリーに止まっているバスに乗り込んだ。バスは拓也の家を通り過ぎなだらかな坂を上って行く。

「姫川さんってどんな人?」

「そーだな。気の強い奴だよ。物事をはっきり言うし。おっ。そろそろだな。降りるぞ。」

15分程バスに乗り、ちょうど坂を上りきった辺りで龍司はバスを降りるためボタンを押した。バス停の名前は花咲坂(かさきざか)。バスを降りて辺りを見渡すと大きな家ばかりが並ぶ閑静な高級住宅街だった。

龍司はバス停の向かいへと続く歩道橋を上り始めた。歩道橋を進む龍司が足を止め指を指した。

「あのグラウンド見えるか?あっこが栄女な。」

龍司が指す場所は木が生い茂りここからではあまりよくわからなかったが、立派な建物が木の影から見え隠れしていて距離もそんなに遠くはない事はわかった。

「ああ。なんとなくわかるけど、木が多くてわかりづらいな…ん?何か礼拝堂みたいなのが見える。」

拓也は龍司の後に付いて行くとどんどんと栄真女学院が見えてきた。いかにもお嬢様学校という出で立ちで高い塀に囲まれている。

「おい…龍司?ホントにこの学校に俺ら入れるのか?なんか立派すぎてビビってきたんだけど…」

「大丈夫。大丈夫。バレなきゃいいんだよ。」

(バレなきゃ??)

「まさか…お前どっかからよじ登って侵入する気じゃないだろうな?」

「はっ?正面から俺らみたいのが入れるわけねーだろ?見てみろよこの制服、西高だぞ。栄女に入れるわけねーだろ」

(マジか…)

龍司は正門の前を通り過ぎ塀ばかり見ている。学校から出てくる栄女の生徒達がこちらをチラチラと不審者を見る様な目で見ている。栄女の制服は深緑のブレザーとチェックのスカートで男から見てもオシャレな制服だった。有名なデザイナーがデザインした制服なのかもしれない。

「正門の前で待ち伏せするっていう気はないのか?」

「バカか。目立つだろう。それに俺達には時間がねーんだ。6時にはいつも通り路上ライブしなきゃならねーからな。それまでに真希が学校から出てくるとは限らねーだろ?」

「そもそも真希って子は放課後に学校いるのか?クラブ活動とかやってないのか?」

「部活には入ってねーんじゃねぇの?知らねーけど。」

「…ならもう家帰ってるかもしれないだろう?」

「それはねーよ。あいつ親父さんと上手くいってねーんだよ。だから学校終わってすぐ帰ったりはしねーはずだ。中学ん時も親父さんが家に来てる日は遅くまで学校いたし。

あ。真希の家はこの辺りの金持ちの家なんだけど、両親というか親父さんと上手くいってなくて中二の時からばあちゃんの家に住んでたんだよ。そのばあちゃんの家が俺の家と近くってさ。それで中学は俺と同じ学校だったわけ。まあ、中一まではここの近くの中学通ってたけどな。」

「今は学校が近いから両親の家に住んでるって事か?でも、本当に親父さんと上手くいってないのなら今もおばあちゃんの家から学校に通うんじゃないのか?」

「きっとあいつは我慢して両親と一緒に暮らしてるんだよ。それは俺のせいだ…」

「それどういう事だ?バンドを辞めたのも龍司のせいだって言ってたよな?」

「それは全部まとめて後で話すわ。」

龍司はそう答えて学校の裏側まで来た所で、

「ここら辺でいいか。」

と言って塀を登り始めた。片腕がギプスだというのに難なく塀を登りきり龍司は言った。

「ほらタク。お前も早く登れよ。侵入作戦開始だ。」

(やれやれ…)

拓也と龍司は栄女の塀を乗り越え中腰で校内に入って行く。人に見つからないようにゆっくりと行動をする二人だったが、途中何人かの生徒と鉢合わせて驚かせてしまったが学校の4階の廊下までなんとか侵入する事ができた。拓也は小さな声で前を行く龍司に尋ねる。

「4階まで上って来たけど龍司どこに向かってんだ?」

「音楽室に決まってんだろ。」

「そこに姫川さんいるのか?それに音楽室って4階にあんのか?」

「知らね。」

「マジか…」

「音楽室は大体最上階って決まってんだ。とりあえずこの廊下を真っすぐ進むぞ。」

廊下を真っすぐと中腰で歩く二人の目の前に栄女の生徒が歩いて来た。そして、二人の姿を見るとびっくりしてその場に立ち止まった。

「どうする龍司?逃げるか?」

「バカか。逃げたら余計怪しいだろう。あの子に真希の事を聞く。もう何人かの生徒に見られてるんだ。そろそろ侵入者がいるって教師の耳に入ってるかもしれねえ。教師が出てくる前に真希を見つけよう。」

龍司は立ち止まっている栄女の生徒の前まで堂々と歩いて行き話しかけた。

「あのさ。この学校に姫川真希って子いるだろ?今どこにいるか知らない?」

声を掛けられた生徒は胸元にノートをぎゅっと両手で抱え龍司に怯えていた。

「ごめんね急に。龍司びっくりさせてるぞ。もっと丁寧に優しく聞けよ。」

「ああ。悪りぃ驚かせて。あの…姫川真希さんって知ってないっすか?」

「ああ…あの…びっくりしてるのは違う意味で…」

「え?」

「どーゆー事?」

「いえ…えっと姫川さんですよね?姫川さんこの時間ならまだ音楽室にいると思います。」

「ビンゴっ!」

大声で龍司は叫んだ。それを拓也はしーっと言って黙らせた。

「で、その音楽室ってのはどこですか?」

拓也がそう聞くとその女子生徒は下を向き俯いた。

「もっと優しく聞けよなタク。」

「あっ。ご、ゴメン。」

そんなに強く聞いたつもりはなかったのだが拓也は女子生徒に謝った。

「で、音楽室ってどこ?」

「龍司…全然優しく聞いてないだろうが!」

女子生徒は下を向いたまま動かない。女子生徒が心配になった拓也は何か声を掛けた方がいいのかそれともこの場から立ち去った方がいいのかわからなかった。

(何か言わなきゃ。でも、何を言おう。そうだ。怪しい者ではない事を告げよう。いや、待てよ。怪しくないって言う方が怪しいし…それに女子校に潜入してるだけでもう充分怪しすぎるよな…こういう場合何を言っても怪しいな…………なんて話せばいい?)

拓也が何か言わないとマズいなと思い「あの…」と言うと女子生徒も拓也と同時に「あの…」と言った。女子生徒と目が合った拓也は急いで聞き返した。

「なに?」

「いえ…」

そう言って女子生徒は顔を横に振りながらまた俯いてしまった。

(今、この子俺に何か聞こうとしたのか?)

女子生徒は下を向きながら身体の向きを変えゆっくりと腕を拓也達の進行方向に向けて伸ばし指差した。

「ここを真っすぐ行けば音楽室です。今なら先生もいないので音楽室に入っても大丈夫だと思います。」

「え…あ、ああ。ありがとう。」

「ほーらビンゴー!」

また龍司は叫んだので拓也もつい、

「おいっ!龍司大声出すなっ!」

と大声を出して注意してしまった。二人の様子を見て女子生徒はクスクスと笑った。

「そういや、真希は吹奏楽かなんかクラブに入ってんのかな?」

「いえ、入ってはいないみたいです。姫川さんはただ吹奏楽部と一緒に練習をしてるだけみたいです。

私も姫川さんと直接話をした事はないんですけど、友達の吹奏楽部の子が言ってました。」

「そうか。わかった。サンキューな。助かった。」

「ありがとう。じゃあ、龍司早く音楽室に行ってみよう。」

二人は真っすぐ駆け足で音楽室に向かった。

「今の子。結構可愛かったよな。なんかタクを見る顔が恋する乙女って感じがしたけど?」

「初対面で?それはないだろう。」

「一瞬で恋に落ちたとか?」

「ないない。でも、あの子…」

「可愛かったよな。ID交換しときゃ良かった。シクッター」

(あの子…どこかで見たような…)



「どうだ?いたか?」

囁き声で拓也は聞いた。

「いや、見当たらない。」

拓也と龍司は音楽室の入口から吹奏楽部が練習する姿を覗き込んで真希を探した。といっても拓也は真希の顔を知らない為、龍司に頼るしかなかった。

「どーするよこれ?」

「仕方ない。正々堂々と姫川さんがどこにいるか聞いてみよう。」

「マジ?」

「それしか手がないだろう?このまま覗き込んでいたらただの変態だ。」

「んじゃ。タク。任せるわ。」

(まったく…)

拓也は恐る恐る音楽室に入り声を掛けた。

「あの〜。すみません。」

「…………」

拓也の小さな声は大きな音を出して練習をしている吹奏楽部には届かず誰一人こちらを振り向かせる事は出来なかった。それを見て龍司が入口のドアに隠れながら大きな声を出した。

「あのー。すみませーんっ!」

一斉に音楽室は静まり返り吹奏楽部全員の視線が拓也に集まった。

(コイツ…そこまでバカでかい声出さなくても…俺が言った事になってるじゃないか…)

拓也は自分に集まる視線に緊張しながらも話し出した。

「柴咲西高校から来ました橘拓也と申します。音楽室に姫川真希さんがおられると聞いて会いに来たのですが、姫川さんはどちらにおられますか?」

静まり返っていた音楽室はザワザワとし始めた。そして、メガネを掛けた髪の長い少女が拓也に近づいて来る。その少女は目つきが鋭くいかにも吹奏楽部の部長といった感じの少女だった。

「真希なら最近は大会が近い吹奏楽部の邪魔にならないようにって屋上で一人で練習をしているわ。」

この学校も屋上行けるのかと思いながら拓也は極力怪しまれないように答えた。

「そ、そうですか。ありがとうございました。」

そそくさと音楽室から離れようとしたのだが、

「ちょっと待って下さい。あなた…あら、もう一人いたの…」

部長らしき少女はいかにも怪しい不審者を見るかのように拓也と龍司を見た。

「あなた達ちゃんと入口で身分証などは出されましたか?ここは女子校で関係者以外の学内の立ち入りは禁止されています。」

「も、ももももちろんです。」

「あら。金髪の方は大変動揺されていますが入場許可証は?お持ちではないようですが?」

「い、入口に忘れてきたんだよ。な?」

「えっ。あ、ああ。」

「西高の橘さんでしたっけ?学校に問いただしてみても宜しいですか?」

「いや、でも学校とは関係のない話が姫川さんとはありまして…」

「すまない。どうか今日だけは見逃してくれ。どうしても俺。いや、俺達真希に会いたいんだ。俺中学ん時アイツと同じ学校でさ。同じバンドのメンバーだったんだ。」

「だからってこの学校に入ってもいいわけはありませんよね?」

「頼む!今日だけは見逃してくれ。真希と話したらすぐに出て行くから。問題なんか起こさねーから。」

「………仕方ないですね。」

「いいのか?」

「今日だけですよ。もし今後あなた達の姿をこの校内で見た時はすぐに西高に私が連絡を入れます。」

「…わかった。」

「お名前をお聞きしておいていいですか?こちらの方は橘拓也さんでしたね?あなたは?」

「俺は神崎龍司。俺もタク…いや、拓也と同じ西高の2年だ。」

「そう。わかりました。私は吹奏楽部の部長3年の五十嵐智美(いがらしさとみ)です。では、先生が来られる前に早く真希に会いに行って下さい。」

「すまない。」

二人は深々とお辞儀をして急いで屋上へと向かった。

「やっぱりあの五十嵐って人部長だったんだな。俺部長っぽいなーって思ってたんだよ。」

「おいおいタク。何のんきな事言ってんだよ…今結構危なかったんだぞ…」

龍司はスマホを出して時刻を確認した。

「6時25分か…予想以上に時間が過ぎちまったな…」

「バレないように侵入してたからな。今日の路上ライブどうする?」

「やるつもりだよ。でも、今日は真希と会うのを優先させて路上ライブの時間は遅らせよう。しかし、侵入作戦は最初で最後かもしれねーな…今日中に真希と連絡取れるようにしねーと次はねーかも…」

(おいおい。何度も侵入する気でいたのか?)



屋上の扉を開けると勢いよく風が吹いて来て拓也は無意識に腕で顔を防いだ。

綺麗な音が聴こえる。

(これは…バイオリンの音…)

殺風景な屋上に一人の女子生徒の後ろ姿が目に入る。その子は綺麗な音色でバイオリンを弾いていた。バイオリンを弾く体が揺れてその後に肩までのサラサラの黒髪のボブヘアも一緒に揺れる。その後ろ姿が夕日と共に拓也の目に映りとても妖艶に見えた。しかし、この屋上を見回しても練習しているのは彼女だけでギターを弾いている姫川真希らしき人物はここにはいなかった。

「無駄足だったな…しょうがない。龍司。もう帰ろう…」

「なんでだよ?」

「だってこの屋上にはあのバイオリンを弾いてる子しかいないし…」

そう言ってから拓也はその子のスカートが以上に長いのに気が付いた。

(一昔前のスケバンのようだ)

拓也はそう思いながら視線を下へと下ろしていった。するとその子の傍らには靴下が入れられた靴が置かれている。

「てか、あの子。スカート長過ぎじゃね?しかも裸足って…」

龍司は左腕を上げて拓也が話すのを制した。

そう言えば―と拓也は去年いた大阪の高校の事を思い出す。

(大阪の女子高生はみんなこの子のようにスカートが長っかったな…でも、神奈川に来てスカートが長い生徒を見るのはこの子が初めてだ…この子も俺みたいにもしかして大阪から転校して来たのかな?)

龍司はバイオリンを弾く後ろ姿を見ながらそっと言った。

「あいつが真希だ。」

拓也は龍司のその言葉に驚いた。

「はっ?なに言ってんだよ?」

(俺はギタリストを勧誘しに来たはずなのにいつからバイオリニストを勧誘しに来たんだ?

そもそも最初から俺は勘違いしててバイオリニストと龍司が言っていたのにギタリストと思い込んでしまっていたのか?いやいや、そんなはずはない。ちゃんと龍司の口からギタリストだと聞いていたはずだ。なのに…今、目の前にいる子はどうしてギターじゃなくバイオリンを弾いているんだ?)

拓也は頭の中が混乱していた。

「あの…龍司?あの子ギターじゃなくてバイオリンを弾いてるぞ?」

「そうだな。」

「俺達ギタリストに会いに来たんだよな?」

綺麗な音色が止まり静寂が訪れた。うっすらとさっきの吹奏楽部の演奏だけが聴こえる。

「よし。演奏が終わった。行くぞ。タク。」

龍司はバイオリンを弾いていた子にゆっくりと近づいて行った。

「真希…久しぶり。」

何秒間か静寂が訪れた。そして、真希は振り向かずに言った。

「なんであんたがここにいるわけ?」

龍司もすぐには答えなかった。

「……お前に会いに来た。」

また静寂が訪れた。その静寂に我慢できなかった龍司は続けて言った。

「……真希…聞いてほしい話がある。こっちを向いてくれないか?」

龍司は真希の返事を待っている。真希はなかなかこちらを振り向かない。ただじっと真希は夕日を見つめているように拓也には見えた。何度も訪れる静寂にまた龍司は我慢が出来なくなって言った。

「わかった。そのままでいい。聞いてくれ。」

真希はこちらを振り向いた。と、同時に龍司の元に近づきもの凄い勢いで龍司の頭を殴った。龍司は不意の出来事に対応できずに頭を抱えてしゃがみ込んだ。

(なんだ?なんだ?どうして龍司は殴られたんだ?)

拓也は一瞬の出来事で今目の前で何が起きたのかわからなかった。

「あんたバカなの!ここ女子校。わかってる?男子禁制なわけ。わかってる?どうせ勝手に入って来たんでしょ!バッカじゃないの?殴るわよ!」

「もう殴ってんだろっ!グーで殴ってんじゃねーよっ!イッテーな!」

真希は龍司を殴った拳を振って痛みを和らげている。

そして、拓也がいる事に気付いたようでじっと拓也の顔を見ている。真希は見るからに気の強そうな目をしている。顔をじっと見られている拓也は蛇に睨まれたカエルのようにただじっとしたまま何も言えなかった。何か言わないとと頭では思っているのだが、拓也が考えている事はなぜか真希の身長の事だった。細身でスラッとしているため離れた所から見ると背が高く見えていたが、近くに寄って来られると身長は160センチ程だった。そんな事を思っていると真希は拓也に冷めた口調で言った。

「あんた誰?まあ、いいや。」

拓也は自己紹介をする時間も与えてもらえなかった。

「龍司。あんたこんな所に来て先生にバレでもしたら私まで迷惑なんだけど?」

「わかってる。だけど、どうしても聞いてほしい事があるんだ。」

「あんたが言う事なんてわかるわよ。もう1年も経ったんだ。そろそろバンドに帰って来ないか?でしょ。」

「違う。バンドには帰って来なくていい。」

真希はその言葉が相当意外な言葉だったらしく、目を大きくして驚いた。

「そう。」

真希は悲しそうな目をしてそう呟いたように拓也には思えた。

「BAD BOYには帰らなくていい。」

「帰るわけないでしょ!そもそもなんで女性メンバーがいるのにバンド名BAD BOYなのよ。」

「ま、まあ…お前あの時はショートカットでボーイッシュだったし…てか、髪伸びたな…」

「そんな事を話に来たんじゃないんでしょ?」

「あ、ああ。」

「ま、時間ないし聞かないけど。じゃ、もう私帰んなきゃ。」

真希は靴下と靴を履きバイオリンを片付け始めた。龍司は拓也の肩を引っ張って言った。

「ちょっと待ってくれ。俺こいつとバンド組む事にしたんだ。」

「へぇ〜。」

「こいつ。橘拓也な。こいつがボーカルで俺がドラム。まだ2人だけなんだ。」

「へぇ〜。私には関係ないんだけど。」

「真希…ギター辞めちまったのか?」

「……」

真希は何も言わずに歩き始めた。龍司は真希の背中を追いながら言った。

「もし、良かったらギタリストとしてバンドに入ってくれっ!頼む!」

真希は歩き始めた足を止めて龍司の方を振り向かずに言った。

「あんた…そのケガ…エンジェルで?」

「えっ?あ、腕はな。目は赤木のせいだけど…でも、どうしてエンジェルでって?やっぱり真希があっこのオーナーに声を掛けてくれていたのか?だから俺達呼ばれたのか?」

「あんた本当にバカね…オーナーから連絡があったのよ。ライブに出ないかって。もちろんBAD BOYを辞めて違うバンドをやってるならって前提でね。だけど、私はもう一度BAD BOYにチャンスをあげてほしいって頼んだのよ。もう一年も経ったんだから3人とも変わったはずだって言ってね…なのに…」

そこで真希は振り向いた。

「なのになんで去年と同じ様に暴れてんのよっ!あんたなんにも変わってないじゃないっ!あんた達は本来あんな有名なライブハウスで演奏出来るようなバンドじゃないのよっ!せっかく汚名返上のチャンスをあげたのに全部台無しにしてっ!ホントあんた達バカねっ!エンジェルのオーナーからその後さんざん言われたのよっ!私のメンツ丸潰れじゃないっ!あんた達は変わったと期待した私が馬鹿だったわ。さすがにもう暴れたりしないだろうって思ってたのに!同じ場所で同じ事繰り返すなんてね!ホントバカ!」

真希は息もつかずにそう捲し立てた。

「…すまない…だけど…俺…変わるから。ライブ中にはもう絶対暴れたりしねーから。タクとも約束したんだ。」

「ライブ中に暴れたりしない?どういう事?今回のエンジェルだけじゃなく他のライブハウスでもあんた暴れてるわけ?」

「え…いや…その……」

「私がバンドにいる時あんたが暴れたのはライブ中だったっけ?違うよね?よそのバンドが演奏してる途中だったわよね?よそのバンドにヘタクソだのなんだの言ってあおってそれで乱闘になったのよね?それで私は…………もう、あんたの言葉なんて信じれるわけないでしょ?」

龍司はその言葉に何も言い返さなかった。真希は拓也の方を見て言った。

「こいつと一緒にいてもろくな事ないから。裏切られて傷つくだけ。そうなる前に違う人とバンド組みな。こいつとバンドを組んだ事をあなたはそのうちきっと後悔するわ。」

そう言って真希は歩き出した。真希の背中にまた龍司が声を掛ける。

「真希…俺達今路上ライブやってんだ。柴咲駅のロータリーで。一回で良いから見に来てくれ。頼む。」

真希は屋上の扉を開けた。

「月曜から木曜までの6時から8時まで。」

ドンっと勢いよく扉は閉められた。しばらくの間拓也と龍司の二人は真希が出て行った扉をただ黙って見つめていた。

(姫川真希は赤木さんと同じ様な事を言った。龍司とバンドを組んだ事を後悔すると……後悔なんかしないよ。)



栄女を出る時は日も暮れた事も幸いして誰とも出くわす事なく無事に出る事が出来た。

「脱出成功っ!ふ〜俺ヒヤヒヤしたよ。」

拓也がそう言っても龍司は何も言わなかった。真希と別れた後、龍司は一言も声を発していなかった。バスを待つ間拓也は龍司に声を掛けた。

「姫川さんの連絡先…聞き出すまでいけなかったな…」

「…すまない。」

「さっきのエンジェルってその腕折られたライブハウスの事だよな?」

「ああ。」

「前にもライブした事あったのか?」

「ああ。俺が初めて暴れてしまった店だった。この1年いろんな店で暴れてるせいでそんな事忘れてたんだけどな…暴れ終わってから同じ場所で同じように2度も暴れた事を思い出した。1度目のエンジェルで暴れた時は真希をメンバーからなくした。2度目の今回は俺がバンドをなくした。どっちも俺のせいなんだ…ホント俺は馬鹿だ…真希の言う通りだ…」

龍司は下を向き黙り込んだ。拓也も同じ様に黙り込んでしまった。バスに乗り柴咲駅に着いた頃にはもう7時を過ぎていた。拓也は黙り込んでいる龍司の顔を覗き見た。

「今日路上ライブはどうする?やれてもマイクとか取りに帰ってたら30分もできないかもしれないけど。」

「やるよ…俺急いで家にマイク取りに帰ってくるわ。」

「ああ。頼む。じゃあ、俺は太田が作ってくれたポスター学校に置いたまんまだからそれを取りに行って来るわ。この時間でもうちの学校はすぐに入れるだろうし。」

拓也は笑顔でそう言ったが龍司は笑顔を見せなかった。そして、走り出そうとした龍司を拓也は止めた。

「龍司…。姫川さん…その…あの子と何があったのか知らないけど、ダメ元で行ったんだし気を落とすなよ。それに、もしかしたら路上ライブ見に来てくれるかもしれないんだし。」

龍司はそこでようやく笑顔を見せて言った。

「タク…お前…慰めるのヘタだな…とりあえず気持ちを切り替えて今日も路上ライブ頑張るかぁ〜。んじゃ、急いでマイク取って来るわ。タクも急げよ。」

龍司はなんとかいつもの調子に戻ってくれた。

「ああ。わかった。」

この日のライブは30分と短い時間だけだったがなかなかの人が集まった。やはり太田がデザインしたポスターが目を引いたのだと拓也は思った。だがしかし、30分と短い時間でも残念ながら最初から最後まで歌を聴いてくれる人はいなかった。人を立ち止まらせる事はなんとか出来ている。だけど、最後まで歌を聴いてくれる人は少ない。拓也はこれ以上何をすればいいのかがわからなかった。その事を龍司に話すと龍司は続ける事が大事なんだと言った。確かに何度か歌を聴きに来てくれる人もいる。そういう人達を増やす事が龍司の目的なのかもしれない。

「やっぱり真希の奴来なかったな…」

「わからないぞ。どこか遠くで見てたのかもしれないし。」

「赤木と西澤みたいにか…それもあり得るな。よしっ!飯食いに行くぞ。俺腹減って死にそーだ。」

「そうだな。路上ライブ前に飯食えなかったもんな。どうする?どこ行く?」

「久々にルナで何か食うか!」

「おっ!賛成!あ、でも水曜日って休みだよな?」

「いや、ルナの休みは決まってねーよ。マスターの気分次第。」

「そうなのか?前にルナに寄って水曜日休みだったから定休日は水曜だと思ってたよ。」

拓也と龍司は喫茶ルナへと向かった。龍司の言った通りルナは休んではいなかった。そして、今日は珍しくマスターと結衣が一緒に仕事に入っていた。

「マスターと結衣ちゃんが一緒に働いてる姿初めて見たよ。」

「いつも結衣と一緒に店入るとモメるから嫌なんだよな〜。」

新治郎は頭を掻きながらそう答えた。

「な〜に言ってんの!それは結衣のせいじゃないでしょ!」

「一体何にモメてるんだよ?」

「龍ちゃん聞いてよ。新治郎と店番するといっつも店内でかかる曲でモメんのっ!結衣は曲だけなんて嫌。ボーカルがある方が好きなの。でも新治郎ったらいつもボーカルなし。信じられない!」

(確かに。今までこの店に入って流れている曲はジャズで統一されているがマスターがいる時に流れている曲はいつもボーカルなしだった。それに対して結衣が店に入っている時はいつもボーカルが歌っていた)

「そんな事でモメんなよ〜。」

「そんな事とはなんだ。音楽は雰囲気作りに大切なもんだろうが!」

「そうよ。そんな事なんて言わないでよ!」

「なんだよ。モメてたんじゃなかったのかよ。てか、曲がかかってんなら俺はそれでオッケーなんだけど…」

「こだわりだよ。」

「こだわりなの。」

「わかった。わかった。悪かったよ。」

拓也と龍司はこの店で唯一窓がある4人掛けの席に座った。

(今流れている曲は…ジュリー・ロンドンが歌うクライ・ミー・ア・リヴァーか。マスターが結衣に曲の権限を譲った事になるのだろう。)

「何食う?俺ルナドッグにしようって思ってるけどタクは?」

「そう言えばここで何か食うの初めてかも。」

「そーなの?じゃあ、ルナドッグで決定だな。オススメだから。」

「へぇ〜。じゃあ、それで。」

タイミングよく結衣が水を持って来てくれた。

「お決まりですか?」

「ルナドッグ2つとホット2つ。で、いいよな?」

「ああ。それで。」

「あいよ。」

結衣が去ってからから拓也は龍司に問いかけた。

「姫川さんの事。食べ終わったら聞いてもいいか?」

「ああ。俺もそのつもりだった。」

カウンター越しからマスターが話しかけて来る。

「お前ら路上ライブは真面目にやってんのか?」

「ああ。順調。順調。後はメンバー増やすだけ。」

「ほ〜。」

「マスターも結衣も一回も顔出さねーんだもんな〜。」

「最近は毎日店番やってるから俺は無理だ。」

「なんでマスター毎日働いてんだよ?結衣がいんだろ?」

「結衣もバイトの子もテストが近いからそんなにバイト入ってくれないわけ。お前らもテスト近いんだろ?路上ライブなんてやってて大丈夫なのか?」

「龍ちゃんが大丈夫なわけないじゃん。」

「おい。結衣。俺とマスターとの会話に入ってくんなよ。」

「いいでしょ別に。ホントの事なんだから。」

「じゃあ、テスト終わったら見に来てくれよ。」

「結衣はそのつもりだよ。暇でも新治郎は多分行かないだろうけど。」

「マジで?」

「ああ。休みの日はゆっくりしたいんだ。」

「なんだよ冷てぇな。」

「そのかわり結衣が行ってあげるから。気を落とさな〜い。落とさな〜い。」

結衣がルナドックとホットコーヒーを持って来てそのままカウンターの席に座ってノートを取り出した。ここで勉強しながら店の手伝いをしているようだ。拓也も龍司も相当お腹が減っていた為、すぐに完食をした。

「ウマかったー。」

「ごちそうさま。」

そう二人が言うと結衣は勉強していた手を止めてお皿を下げようとしたが、拓也が丸めて置いていたポスターに興味を示して質問をして来た。

「拓也くん。これなに?」

「ああ、同級生の友達にギタリスト募集とベーシスト募集のポスターを作ってもらったんだ。見る?」

「見る。見る。」

ポスターを見た時の結衣の顔はとても驚いていた。

「同級生にこんなステキなポスターを作れる人がいるんですね〜。驚いちゃった。ねえ。新治郎も見てよ。」

「ああ、見てる。大したもんじゃないか。」

「だろ?俺もタクもここまで才能のある奴だとは思ってなかったからびっくりしたんだよ。てか、タクそのポスター家に持って帰るのか?」

「今日は持って帰って明日学校に持って行くつもりだけど?」

「そっか。いちいち明日家にポスター取りに帰るのかと思った。」

しばらくポスターに見惚れていた結衣は拓也達が食べ終わったお皿を下げてちゃんと洗いものを済ませてからまたカウンター席に座り勉強を始めた。その姿を見て拓也は本当に偉い子だと結衣の事を改めて感心した。

「結衣ちゃん偉いね。店の手伝いも勉強もして。」

「ホレんなよ。」

「は、はあ…」

龍司はその会話を聞きながらタバコを吹かしてニヤニヤとしていたが急に真面目な顔になり、

「タク。真希の事だけどな。」

と言って真希の事を話し始めた。



「真希は中学2年の時に俺が通ってた学校に転校して来てさ。家も近かったし、それなりに仲良かったんだ。その頃俺ドラム始めてよ。それをあいつに言ったらあいつ子供の頃からギターを弾いてるって言ってさ。それが頭に残ってたんだろうな。中3になって赤木と西澤からバンド組むからお前もどうだって誘われた時にそれならギターやってる奴がいるからって言って真希を連れて行ったんだよ。初めて真希のギターを聴いた時は驚いたな。赤木もギターの腕は相当なものだったけど、それ以上だった。俺達3人はそのギターテクニックに驚いた。詳しく聞くとあいつの両親はどっちも音楽をやっていて親父さんがバイオリニストでお袋さんがサックスをやってるんだって。だから子供の頃からバイオリンとサックスを習わされたらしいんだけど、あいつ自身はそのどっちも本当は嫌いなんだって言ってた。小学生の時にギターを弾いているおじさんの姿を見て、ああ自分の好きな楽器はこれなんだって思ったんだってよ。でもよ、両親はギターを弾くのを許さなかった。バイオリンとサックスだけをやっていればいいって感じだったみたいだ。だから、おじさんに隠れて教えてもらっていたらしい。けど、中学に入ると毎日のようにバイオリンとサックスの練習を入れられてどんどんと好きなギターの練習をする時間がなくなっていってしまったんだと。多分その頃、真希がおじさんに内緒でギターを教わっていたのが両親にバレたんだと思う。あいつはこのまま両親の言われた通りバイオリンとサックスのレッスンを受けていれば、いつか自分の好きなギターをやれなくなる。そんなのは絶対嫌だって思ったんだと。」

「まさか。それでおばあちゃんの家に?」

「そう。あの気の強さだ。バイオリンもサックスも大っ嫌いだってはっきり両親に言って自分からおばあちゃんの家で住む事を決めたんだろうな。もう、両親の家には帰らないつもりで。それが中学2年になろうとしていた頃だ。」

(中学2年生で…だけど、今は両親の家で暮らしている。我慢をして両親と暮らしてるって龍司は言っていた。それは自分のせいなんだと。)

龍司はもうとっくに吸えなくなったタバコを灰皿で揉み消し水を一気に飲み干した。そして話の続きを話し出した。

「で、真希は中3の時に俺らのバンドに入ったわけ。本当は赤木がボーカル兼ギターをやるつもりだったんだけどさ。真希の奴歌も上手くってよ。そんでボーカル兼ギターは真希になったっていうわけさ。バンド組んで最初の1年はライブハウスで演奏した後はこことかコンビニとかで仲良く反省会とかしてさ。楽しかったんだよ…ライブ中に仲間同士でケンカをするような事は一切なかった。

けど…真希が辞めてから俺達は仲間同士でも見に来てくれた客ともよくケンカするようになっちまった。」

「姫川さんがバンドを抜けるようになったのってエンジェルで暴れたからなんだよな?」

「俺のせいなんだ…全部。あいつを傷つけたのも、あいつがバンドを辞める事になったのも、あいつが一緒に暮らさないと決めた両親とまた暮らす事になったのも…全部俺のせいなんだ…」

いつの間にか勉強をやめていた結衣が新しいホットコーヒーを差し出した。

「はい。これサービス。」

龍司は頭を下げた。拓也は「ありがとう。」と笑顔で結衣に言った。結衣は先ほど座っていたカウンター席にまたちょこんと座ったが今度は勉強をするのではなくじっとこちらを見つめ龍司が話の続きを語り出すのを待っている。龍司は静かに話し始めた。

「真希がバンドを辞める事になったきっかけは去年の春。高校入学前のエンジェルでのライブでだった…それまでライブハウスでケンカした事なんてなかったのに…あの時から俺はライブ中にケンカするようになった…なのに俺…今年そこでライブして暴れ終わるまで真希が辞める事になったライブハウスだったって事忘れてた……俺…ホントバカだよな…」

そう言って龍司は1年前の話を始めた。拓也は龍司の話をただ黙って聞いていた。


     *


(焦った…まさか学校にあの二人が現れるなんて思ってもいなかった…自己紹介くらいすれば良かったな…)

佐倉みなみは学校の正門を出た所で立ち止まり振り返って校舎を見上げた。

(姫川さんか…)


     *


(どうしてアイツ学校に来てんのよっ!バカじゃないのっ!)

姫川真希はいつか龍司がバンドに戻って来いと言いに来る日がくるじゃないか。そんな予感はしていた。そんな日が来るのを待っていたのかもしれない。

だけど、いざ本当にそうなると真希はためらった。龍司との再会は真希にとって嬉しいものだったのか迷惑なものだったのか自分でもよくわからない感情となった。

(私はどうすればいいの?)

(私は今一体何がしたいの?)


     *

間宮トオルは夜空を見上げてしばらくの間月を見ていた。そして、夜空に輝く星達を見て囁いた。

「今日も夜空の星達は綺麗だな。」



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今、想う


4月22日


6時30分。バイトの時間まであと30分。いつも通りの時間にルナに辿り着いた。

お店の前に自転車を止めていると紺色の制服を着た赤髪の人がお店から出て来た。

なんだか急いで駅の方に向って走って行ってしまった。

ああ。びっくりした。でも、もう少し早く来れば良かったってちょっと後悔。

お店に入ると昨日の金髪の人がカウンター席に座っていてバイトのゆいちゃんと何か話をしていた。

いらっしゃいませと言っても金髪の人は私の顔も見ずに挨拶をした。

そのまま店の奥にある更衣室に入って着替えを済ませている間に金髪の人は店内にはいなかった。

ゆいちゃんはあの二人と友達なのだろうか?

気になっていたけど、ゆいちゃんには聞けなかった。

するとゆいちゃんはさっきの金髪の人がバンド活動をしていてライブが近々あるから一緒に行かないかと誘ってくれた。

私はそのライブに行く事を決めた。

赤髪の人も同じバンドメンバーなのだろうか?

赤髪の人が気になる。

私はあの赤髪の人にまた会いたい。



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