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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice vol.2
58/59

Episode 18 ―The Voice―


2016年3月26日(土曜) 19時


橘拓也はまだ誰の連絡にも答えていない。連絡を取る気分にもなれていないが以前の廃人の様ではない。

拓也は外に出た。

見慣れた風景なのに。

何も変わっていないはずなのに。

何かが違う感じがするのは、この世界にみなみがいないからなのだろうか?

体力もない。

拓也は息を切らし目的の場所へと歩を進める。

向う先はブラー。

間宮トオルがいる場所。


     *


入口に続く短い階段を一段降りる度に拓也の緊張度はどんどん上がって行く。

(なんだか久しぶりだな。この感覚)

入口のドアに飾られたアンティーク調の看板を見つめながら拓也は立ち尽くす。

店内からは音は洩れて来ない。

(まだライブは始まっていないのだろうか?)

(まあ、その方がゆっくり話せるけど)

「ブラーへようこそ!」

そう言った瞬間、間宮は驚きの表情を拓也に向けていた。

店内には間宮と数名の客がいるだけだった。

間宮は驚きの表情を浮かべたままカウンター席に座る様に手を差し出す。

「今日、ライブは?」

「あ、ああ。ないんだ。」

「相川は?」

「休みだ。」

「バイト休み続けて申し訳ないです。」

「お前はクビだ。」

「……ですよね。」

「勘違いするなよ。これからプロになるんだろう?こんな所でバイトなんてするな。音楽で食っていけ。その為のクビだ。で、少しは楽になれたのか?」

「…はい。少しは…」

「だろうな。だからここに来れた。」

「はい。…トオルさんはいつまでこの店を?」

「もう、ほとんど相川に店は任せている。あいつが次期店長だ。」

「そうですか。」

しばらく沈黙が流れた。

「オレンジジュースでいいか?」

「あ、いえ…はい。」

間宮はカウンターにオレンジジュースを置き「サービスだ。」と告げた。

拓也は急に何を話したらいいのかわからなくなって黙り込んだ。

間宮も何も話し掛けて来ようとはしない。おそらく拓也が話し掛けて来るのを待ってくれているのだろう。

何も会話をしないまま時刻は19時30分になっていた。

もうかれこれ30分も拓也は黙ったままカウンター席に座り続けている。

「トオルさん。」

突然、拓也が大きな声を出したものだから間宮は驚いていた。

「ど、どうした?」

「……俺、歌えなくなった。俺、みなみの日記を読んで気持ちが楽になったんだ。だから…だからまた歌いたいって思ったんだ。だけど…この一週間、歌おうと思っても…歌えないんだ。歌おうと思っても声が出ないんです。」

「そうか。」

「……俺、どうしたらいいんでしょうか?」

「…そうだな。歌いたいと思えたのならそれはとても大きな一歩だ。」

「…だけど。」

「歌えない。」

拓也は俯き「…はい。」と答えた。

「…俺は…ひかりが亡くなってから何もしない時間が長く続いた。拓也、お前よりも長く何年間もだ。もちろんプロとしては活動していたよ。だけど、何もしていない。俺はひかりが残した日記を読むのが遅すぎた。ひかりが残した日記を読んで気付いた事があった。お前はみなみを亡くして気が付いた事があるか?」

「……気が付いた事?俺には……トオルさんは一体何に気が付いたんですか?」

「俺が無駄に過ごした時間はひかりが生きたがっていた時間だった。それに気付いて俺は、ひかりが生きたがっていた時間を無駄にした事を後悔した。」

拓也ははっと顔を上げ間宮を見上げた。

「みなみが亡くなってから今日まで…そして、お前がこれから生きる時間全て…それはみなみが生きたいと願い生きられなかった時間だ。

これからお前がどう生きる時間を使うのか。それはお前自身が考えろ。

…ただ、そうだな…生きられなかった命の分まで生きること。

笑えなかった分まで笑うこと。

お前は、これからそれを意識して生きていけ。

拓也、お前はみなみの分まで生きるんだ。楽しむんだ。笑うんだ。」

間宮はそう言った後また「生きるんだ。」と呟いた瞬間、拓也は壊れてしまったのかと思う程涙を流した。

間宮はカウンターで項垂れる拓也の背中に優しく手を置いた。

「お前は早くにそれに気が付いた。だからもうきっと大丈夫さ。それにお前には仲間がいる。かけがえのない仲間が。そうだろう?拓也。」



2016年3月26日(土曜) 20時


「真希達に連絡は?」

橘拓也がやっと泣き止んだ頃、間宮が聞いた。全く連絡を取っていない事を伝えると間宮は首を左右に振った。

「…そうか。なら知らないだろうが今、真希達はプロデビューするまで路上ライブをやっている。」

「…そう、でしたか。」

「場所はどこかわかるよな?」

「……」

間宮は時計を見つめ、8時か。と呟いた後、

「まだやっているな。見て来たらどうだ?」

と言った。拓也は「でも」と呟き俯きながら首を振った。

「…俺は…勝手にバンドを抜けた。連絡もせずに…」

「あいつらはお前がバンドを抜けたなんて思っちゃいないさ。ずっとお前を待っている。」

拓也は顔を上げ間宮を見つめる。

「今日、その場で歌えなくても良いんだ。ただ、真希達にお前が外に出られた事を見せてやれ。あいつらを少しは安心させてやれ。だけどな、拓也。矛盾する話しをするが、残念ながらお前を待っていられる時間はもう残り僅かだ。歌えないとか勝手にバンドを抜けたとかお前の覚悟を待っている時間はもうない。

僅かな時間をどう使うべきなのか…お前はもうわかっているよな?」

拓也は何度も頷いた後、カウンター席から立ち上がった。


     *


柴崎駅のロータリー。そこには今、大勢の人達がいる。その中心には真希達の姿があるはずだが拓也の位置からはその姿を確認する事が出来ない程の人だかりだった。

(こんなに大勢の人が!?)

拓也の知らない曲が演奏されている。

拓也は大勢の人達を掻き分け真希達の元へと少しずつ近づいた。

ギターを弾きながら歌う真希の姿が見えた。

ウッドベースの春人、ドラムの龍司、DJの凛の姿が見えた。

そして、4人の後ろにはギターを演奏する亮の姿もあった。

拓也は前へ前へと進みたい気持ちが人によって遮られる事に焦りにも似た感覚を持ちながら人だかりを掻き分け一番最前列にまでやっとの思いで辿り着いた。



2016年3月26日(土曜) 20時15分


拓也がこっちにやって来る。

その姿に姫川真希は気が付いた。

左後ろにいる春人を見ると春人が頷いた。拓也がいる事に気付いているのだ。

右後ろにいる凛の方を振り向き続いて真後ろにいる龍司の方を向く。

2人とも春人と同じで真希の顔を見て頷いて来た。3人とも拓也がそこにいる事に気が付いている。

今歌っている曲が終わると真希は後ろに下がり亮を含めた5人で集まった。

「あいつ…やっと外に出られたんだな。」

龍司が言った。

「じゃあ、あの曲やるんだよね?」

凛がそう言うと春人が、

「拓也がやってきたら演奏するって決めてたからね。」

と答えた。

「じゃあ、あのバカに聴いてもらおうか。」

真希はそう言ってマイクの元へと歩き出した。

今の真希には拓也しか見えていない。

拓也は真希と視線が合い涙を流しながら不安そうに怯えた表情を浮かべている。

(泣きたいのは私らの方だ。なんであんたが先に泣いているんだ。てか、まだ泣くの早いっつーの)


■■■■■


「色ノナイ世界」

☆この世界を輝かせたいんだ

今、そこが灰色の世界なら

この世界に色を与えてあげる

言葉なんかは必要ないの


何もないきみを世界は笑った

きみの悲しみはぼくの悲しみ

ならばぼくが立ち向かうしかないでしょう

ぼくが立ち上がるしかないでしょう


変えたい今があるのなら

光さす方へ そう ぼくがいるこの場所へ

☆repeat


何もないぼくを世界が笑った

ぼくの悲しみはきみの悲しみ

ならばきみが立ち向かうしかないでしょう

きみが立ち上がるしかないでしょう


変えたい今があるのなら

光さす方へ そう きみがいるその場所へ

☆︎repeat


何もないぼくたちを世界が笑ったんだ

ぼく達がいなけりゃ何もない世界のくせに


Wow oh oh oh Wow oh oh oh oh oh oh

Wow oh oh oh Wow oh oh oh oh oh oh

☆repeat

言葉なんか必要ないよな?ちゃんと届くよな?


■■■■■



2016年3月26日(土曜) 21時


色ノナイ世界という新曲を聴いてから橘拓也はずっと泣いていた。

いや、真希達の姿を久しぶりに見た瞬間から涙は溢れていたのかもしれない。

拓也の為に作られた曲である事は歌詞を聴いてすぐにわかった。

(あぁ…みんなは…こんな俺の為に…)

真希達4人の路上ライブが終わるまで拓也は涙を流し演奏を見つめ、聴いていた。

21時ちょうどに真希が路上ライブ終了を告げた。拓也は真希達の元に早く行きたかった。しかし、気持ちとは裏腹に一歩が踏み出せない。真希達が黙々と撤収作業を行い始めると次第に大勢の人達は少しずつ去って行く。

拓也は真希達が撤収作業をする前に自分の元に駆け寄って来てくれるのではと思ったが実際はそうではない。真希達はこちらを一切見ない。

人がまばらになった。

真希達は片付けを終え亮を含めた5人は何かを話し終えた後こちらを見る事なく荷物を持ち始めた。

(えっ?どうして?みんなは俺が来た事に気が付いているのに…どうして何も告げずに帰ろうと?)

真希達が拓也に背を向け歩き始める。拓也は急いで真希達の元に駆け寄った。

「待って。待ってくれ。みんな…」

拓也の声は真希達に届いている。しかし、真希達は振り向いてくれない。

「どうして?どうしてこっちを向いてくれないんだよ?」

拓也は歩くのをやめたが真希達は歩くのをやめない。

「どうして……」

真希達との距離は離れて行く。



「あのバカにチャンスをくれてやるか。」

神崎龍司がそう呟いて歩を止めた。

「うん!それが良い!」

「チャンスは一度きりよ。」

「そのチャンスを逃したら?」

全員が真希を見つめた。真希は何も言わず顔を振る。

「じゃ、円陣組むぞ。」

亮を含めて龍司達は円陣を組んだ。

柴咲音楽祭の時と同様、拓也のスペースは空けている。

「さっさと走って。拓也君。」

凛は祈る様に呟いた。続いて春人も呟く。

「みなみが亡くなって悲しんでいたのは拓也だけじゃないんだからな。」

「バンドを続けられる心境じゃなかったのはわかってる。だけど…」

真希が地面を凝視しながら呟いた。その続きを龍司が続ける。

「急に何の連絡もなしにバンド活動を辞めたからにはそれなりに筋を通してもらわなきゃいけねぇ。だから、ここに来て筋を通せ。それが出来ないなら俺達はお前なしでプロになる。」

「拓さん。」

「そこから動け。」

「今すぐに走るんだ。」

「ここに来て。」

「バンドを続けたいと言うんだよ。」

龍司達の願いも虚しく拓也が円陣に加わる事はなかった。

「タイムオーバー。」

真希はそう言って円陣を崩した。

「ちょっと待てよ!」

「チャンスは一度きり。」

「真希っ!」

「拓也は最後のチャンスを逃したわ。」



真希達は円陣を組んでいた。

円陣は拓也が入れる様に一人分空けてある。

橘拓也はこのまま走って円陣に加わっていいものかどうか判断が出来なかった。

しばらくして、真希が円陣を崩しその場から立ち去ろうとする。

「やっぱり俺に入れって事だったんだよな…俺、バカだよな。せっかくのチャンスを今無駄にしたんだ。でもさ、俺…バンドに戻るにはやっぱり歌うしかないと思うんだよ。」

そう呟いた時、凛が今の言葉を聞き取ったのだろう真希を呼び止めている。

(今なら歌える気がする。みなみ…俺、歌うよ。歌えるよ。)

拓也は裏声と高い女性の声とを同時に出し歌い始めた。


■■■■■


「Voice」

(ホーミー)

形のない恐怖に怯えるのはもう嫌だ。

私がもらったのは 希望 希望 希望

キミは 私に勇気をくれるの。キミは 私に希望をくれるの。

一人 寂しい夜だって 乗り越えられる。


いつも胸のドキドキが止まらない。

キミと一緒にいるだけで嬉しすぎて笑顔が溢れる。

一緒にいるだけで楽しい。

デートの場所なんて関係ない。

キミがいると思うだけで この暗闇も恐くない。

これは 最初で最後の恋。


私は 恋をしている。

私は キミに何をしてあげられるだろう?

私は 少しでもキミと一緒にいたい。

私は 一秒でも多く生きていたい。

私は 今を大切にして 今を生きる。


言霊。人間は思考と共に物を作れるのなら言葉にすれば全部形になるのだろうか?

少しでも 一文字でも多く 文字を残すんだ。私の声を残すんだ。

今、書く事を辞めたら。きっともう文字は書けなくなるのだろう。

汚い文字。それでも私は文字を書く。

なにより。私は、キミの笑顔とキミの歌う姿を見ていたい。


■■■■■


拓也が歌う姿を見ていた龍司が急いで拓也の元に戻りドラムとマイクの準備をする。その姿を見て真希が、春人が、凛が、亮が拓也を囲む様にスタンバイを始めた。

真希達は初めて聴く拓也の曲に合わせて即興で音を奏で始めた。

それはまるで初めて聴く曲ではないかの様に全員の息が合っていた。


■■■■■


私は生きる事を諦めない。

私には見たいものが沢山あるんだ。

フユは白い白い吐息が見たい。

アキは紅葉より落葉かな。

ナツはやっぱり花火かな。あ、いや、大きな入道雲が見たいかも。

ハルになれば桜を見たい。

ラララ〜 ラララ〜

桜の咲く季節に 私は恋に落ちました。

龍司

(ラララ〜 ラララ〜咲き誇る頃は美しく 

ゆらゆら ゆらゆら 揺れている

散りゆく時は儚げで 

ひらひら ひらひら 風に舞う

散りゆく時に花びらは

希望に満ち溢れているのでしょうか

それともこれが最後だと

諦めてしまっているのでしょうか

ゆらゆらゆらゆら 揺れながら

ひらひらひらひら 飛んでゆく

これが最後の別れでしょうか

それとも新たな旅立ちでしょうか)

(ホーミー)

満月が綺麗だ。

何が起こっても不思議じゃない。

あ、という間に時は過ぎ月日が流れるのは早いなと感じる。

過ぎてしまえばあっという間だ。

また朝を迎えられた。まだ大丈夫。

朝の光を浴びて、あぁ、私、生きているんだと感じた。

あしたもまたこの光を浴びたいと願うんだ。


私の生きる意味は沢山の愛を知る事。

これからもキミと一日でも一緒に生きて沢山の愛を知りたい。

だから――

またあした、朝の光を浴びられますように!


寂しくなっても希望を持てるんだ。

私には限りある時間しかなかった。

だけどね、君にだって残された時間は短いんだよ。

みんな限られた時間しかない。


何をすべきなのか?

どうすれば良いのか?

まだ時間はある。

考える時間は今ならまだあるんだよ。


私は君が大好きで…この気持ちを抑える事が出来なくて…

最後の一瞬まで側にいて欲しい。


何気なく

ささやかで

穏やかな日常を

普通に

出来るだけ長く

ただ送りたい。


私はいろんなものをこれから手放していかなければいけない。

その覚悟を決める時がやってきてしまったのかもしれない。


☆ぼくが泣いたら キミも泣くかな?

そう想像して泣くのを我慢したら

見えやしないけれど心が痛いんだ


ぼくが泣いたら キミも泣くかな?

そう目を瞑ったらキミが笑っていたんだ

見えやしないけど心がわらったんだ


拓也&真希&龍司&春人&凛


☆repeat


■■■■■


     *


いつの間にか人だかりが出来ていた。

拓也はこの曲を聴いてくれた人達に深くお辞儀をした後、真希達に向っても深くお辞儀をした。

「みんな…俺…みんなと一緒に歌いたい。俺をもう一度仲間に入れてくれないか?」

真希が無言のまま拓也の右肩に腕を回し、続いて龍司が拓也の左肩に腕を回す。そして、春人と凛と亮が加わり円陣を組む形となった。

「言葉なんて必要ない。」と真希が呟く。

「まったく。待ちくたびれた。」と龍司が呟く。

「今の曲で充分だよ。」と春人が呟く。

「息、バッチリだったもんね。」と凛が呟く。

「やっぱこのバンドには拓さんが必要だよ。」と亮が呟く。

拓也の目は涙で溢れた。

「みんな、ありがとう。」

拓也は真希、春人、凛、亮の顔を見渡たし、最後に左隣にいる龍司の顔を見つめた。

真希達も龍司の顔を見つめると龍司は深く頷いた。

「楽しもう!」

その言葉に全員が一斉に大声で返答した。

「おう!」

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