Episode 17 ―みなみ―
橘拓也はみなみが最後に残した日記をテーブルの上に置いてそのノートを見つめる。
どこにでもある大学ノート。今までみなみが残した日記帳にしては随分と安っぽい。
「タイトルを変えたのか?」
表紙にはタイトルが書かれているが、その文字は形が崩れ震えている。今までのみなみの丸みのある可愛いらしい文字とは明らかに違う。その表紙に手を置く。
彼女は最後のページに一体何を書いているのだろう?
気にはなる。気にはなるが彼女の最後の言葉を知る事が恐い。
拓也は不安を取り除く為、深く一度深呼吸をしてから表紙を捲った。
1
2015年12月30日(水) 19時
久しぶりの日記を書く。
今日からは新しいノートだ。
ノートも新しくなった事だし『今、想う』というタイトルも変更しようかなと思う。
う〜ん。
タイトルは……
うん。
これしかないでしょ!
今までのノートよりも安くてどこにでも売っているノート。
そして、安物のボールペン。
今までが形にこだわり過ぎていた。
文字も思う通り書けなくなっているんだから形にこだわるのはやめだ。
新しいタイトルの日記になった事だしこれからは日にちだけじゃなく何年の何月何日と曜日と時間も書く事に決めた。
今日は2015年の12月30日水曜日。時刻は19時になった。
入院中も今まで通り日記を書く事を決めた。
12月24日の拓也君達のクリスマス・イブコンサートに向う途中、私は路上で倒れた――らしい。
その記憶はない。
集中治療室に運ばれた。
病状が悪化して失神する回数も増えていた。
もう逃げられない。
あぁ、入院生活は長くなるんだろうな……
何も治療しなければ1年もたないだろうと言われているんだから退院出来る日が来る事が想像が出来ない。
心臓移植を受けないといけない…
私の命は消えかけているのが自分でもわかる。
もう、あとはおまけの人生だ。
おまけの人生でもこれは私の物語だ。
私の物語にハッピーエンドは無い。
そう思っていたけれど私は君と出会えて愛を知る事が出来た。
本当にキミと出会えてから毎日が楽しかったよ。
もしも、私達が付き合っていなかったら――きっと今頃私はもっと不安でもっと恐怖に怯えていた。
私、凄く助けられたよ。助けられてばっかだね。私だってキミを助けたいよ。
きっと君がこの日記を読む頃はくよくよしているんだろうね。
ねぇ、拓也君?キミは一体何をしたい?
考えて。
拓也君は一体何をしたいの?
私には限りある時間しかなかった。
だけどね、君にだって残された時間は短いんだよ。
みんな限られた時間しかない。
何をすべきなのか?
どうすれば良いのか?
まだ時間はある。
考える時間は今ならまだあるんだよ。
私はキミに何もしてあげられないけれど精一杯楽しんで生きてほしんだよ。
私の物語をハッピーエンドにさせてほしい。
それが出来るのはキミだけだから。
だってキミが悲しみながら生きていくのなら私の物語もハッピーエンドにはならないのだから。
*
「…俺は……一体何をしたい?」
拓也は自問自答をし日記に書かれたタイトルを指でなぞる。
「The Voice……確かにタイトルはこれしかないな。」
2
2015年12月31日(木) 18時30分
柴咲音楽祭はどうなったのだろう?
気になるけれど大田君が撮影した動画があるらしい。
一般病棟に移ればそれを見せる事を拓也君が母を通して伝えてくれた。
明日、私は一般病棟に移れる。そこで私は結果を知る事になる。
結果はもちろん気になるよ。だけど、今はみんなと会える事の方が正直楽しみだ。
クリスマス・イブコンサートも柴咲音楽祭も見れなかった。
拓也君達を側で応援したかったのに出来なかったのは本当に残念で仕方がない。
そして、みんなに迷惑を掛けたり不安にさせてしまった。
本当に申し訳ない思いで一杯だ。
みんなと会ったら謝ろう……ううん。違う。謝るんじゃない。私が出来る事はここから少しずつ元気になる姿を見せることなんだ。
そういえば……
拓也君。手紙、読んだよ。その手紙、ここに貼っておく事にするよ。
指輪もネックレスも手紙も私の大切な宝物だよ。
あ、それと私の指のサイズどうしてわかったんだろう?
私、手がむくんでてサイズが合わない事を不安に思った。
案の定…指輪のサイズは合わなかった。
だけどその時の為にネックレスを用意していてくれた事を母から聞いた。
サイズが合わなかったらそのネックレスに指輪を通すなんてよく思いついたね。
嬉しかった。
私、嬉しかったよ。
ありがとう。
*
みなみへ
手紙を書いているのは2015年の12月25日。
昨日、クリスマス・イブコンサートだったよ。俺、俺さ…みなみがいてくれなかったから不安で仕方がなかったよ。けどさ、俺、頑張ったんだよ。
明日は柴咲音楽祭の予選の日です。
みなみ、キミが側にいてくれなかったら俺、恐くて不安でどうしたらいいかわからなくなったよ……きっと一人だったら俺ダメになってた。みんながいてくれるから何とか立っていられる。
明日、頑張って来る。いや、明日の予選を突破して明後日の決勝トーナメントで優勝してくる。
だから、みなみも頑張れ!!
みなみは一人じゃない。
そこに俺達はいなくても俺達はみなみの側にいる。
だから一人っきりで寂しくなっても絶対に負けるな。俺達が……俺がいる事を忘れるなよ。それで次会う時は笑顔で会おう!!
そして――目を覚ましたら……
これからはさ、たくさんデートして思い出たくさん作ろうよ。
橘 拓也
3
2016年1月1日(金) 22時
今日はクリスマス・イブコンサートの動画と柴咲音楽祭の予選までを動画で見せてもらった。
クリスマス・イブコンサートめちゃくちゃカッコ良かったよ!
もう、最高!
生で見たかったよぉ。
そして、柴咲音楽祭予選突破おめでとうっ!!
拓也君達がどんな結果を残すのか。
本当に楽しみだ。
あ、そうだ。
改めまして。
ただいまっ。拓也君。
*
「おかえり。おかえり……みなみ……」
4
2016年1月2日(土) 23時30分
拓也君が来ると早速柴咲音楽祭の動画を見始めた。
最初は拓也君の肩に顔を寄せ画面を見つめていたけど、決勝トーナメント一回戦一試合目に早速The Voiceが現れると私は拓也君の肩から離れ両手を合わせて祈る様に彼らの演奏を見つめ「拓也君頑張って」と隣にいる拓也君ではなく画面の中にいる過去の拓也君に言っていたのが自分でもおかしかった。
司会者が得点を発表する時は心臓の音が隣の拓也君にも聞こえているんじゃないかと思うくらいドキドキした。
結果は一回戦突破だった。
その結果を知って私は本当に安心した。
安心し過ぎて他のバンドの演奏をBGM程度にしか聴いていなかったけど、それでもやっぱりJADEの演奏は他とは次元が違うと感じた。
彼らとThe Voiceは戦うのだろうか?
戦うとしたら決勝戦しかない。
だけど、JADEが決勝に上がるには亮君率いるSPADEがいる。
亮君が柴咲音楽祭に出場しているのは驚いた。
この時点で拓也君達は亮君が出場している事は知らなかったらしい。
JADEとSPADE。どちらかが決勝まで駒を進める気はするよ。
どうだろう?私の予想は当たっているのだろうか?
*
「その予想さすがだよ。さすがThe Voiceの8人目のメンバーだ。」
5
2016年1月3日(日) 23時
拓也君が来ると早速昨日の柴咲音楽祭の動画の続きを見ようと伝えた。
今日は二回戦だけを見ると決め動画を再生する。
二回戦16組最初の演奏はもちろんThe Voiceだ。
昨日と同様私は画面の中にいる拓也君にむかって「拓也君頑張って」と祈る様に呟いた。
隣の拓也君はその様子を見て昨日と全く同じ事言ってるとクスクス笑っていた。
二回戦の曲は「キモチ」という曲だった。予選で披露した曲とも一回戦の曲とも全然違う曲を披露した事に会場がざわついているのが動画で見ていても伝わって来る。
得点は80点!
JADEの一回戦と同じ得点!
といってもJADEはマイナス10点されているんだけどね…
この段階で拓也君達はJADEが10点引かれての80点だった事を知らなかったらしい。
全員の演奏を聴いている程余裕がなかったって拓也君は言っていたけど、それって私のせいだよね?
ってダメだダメだ。また暗くなりそうだ。私のせいなのは間違いないから暗くなるのは仕方がない事なんだけど…とにかくThe Voiceは二回戦も突破出来た。
安心して次の和装の演奏やホワイトピンクの演奏、SPADEやJADEの演奏を聴く事が出来た。どのバンドも素晴らしい演奏だった。一体この中のどのバンドが優勝するのだろう?
*
「みなみ。余裕がなかったのはキミのせいなんかじゃなかったんだよ。俺自身のせいだったんだ。」
6
2016年1月4日(月) 22時45分
拓也君が病室に入るなりデートに行こう。と言ってくれた。
その後にデートと言っても病院の敷地内だけど。とも付け足していた。
拓也君。キミがここに来てくれて私と一緒に動画を見ている。
これは紛れもなくデートだよ。
私は毎日このデートを楽しんでいるよ。
だから私は柴咲音楽祭の結果が凄く気になるから動画の続きを見たいと告げた。
拓也君は少し残念そうな表情を浮かべたけど結果を知らない私の気持ちを考えてくれて、じゃあすぐに見ようと言ってくれた。
昨日の続きを再生する。三回戦の対戦相手は和装。
昨年の準優勝バンドで紀子がいるバンド。
The Voiceは一か八かの掛けに出た――と私は思う。
だからこそClapというアカペラ曲を選んだのだろう。
客席からは悲鳴にも似た歓声が沸き上がっていた。
透明感のある女性の歌声と太く厚みのある女性の歌声の全然違う声色を使い分けて歌う拓也君の歌声は圧巻だった。龍司君のボイパや真希、春人君、凛のハーモニーも素晴らしかった。
歌い終わった後の凛はフラフラだった。真希が凛の元へと駆け寄り体を支えていた。
もし、真希が凛に駆け寄らなかったら凛は倒れていただろう。
もう凛ちゃんは限界だ。
きっと拓也君の感情が出過ぎているんだ。
その原因はもちろん私で……
そんな不安を抱えつつ得点が出るのをドキドキしながら画面を見つめた。
The Voiceの得点は85点だった。点数的には悪くない。あとは和装がどれほどの点数を出して来るかだった。
和装はいつも通りの自己紹介を終えて演奏に入る。
その演奏はやはり素晴らしいものだった。
和装の得点が発表される瞬間、私の鼓動は早くなり祈る両手に自然と力が入った。そして、司会者が一人ずつ審査員の得点を発表する映像を見るのが恐くなって目を瞑ったまま司会者の声に耳を傾けた。
和装の得点は83点だった。総合得点はThe Voiceが238点。和装の総合得点は237点。たった一点差。ギリギリでThe Voiceは和装に勝利し準決勝へと駒を進めた。
三回戦の演奏で印象的だったのはホワイトピンクとJADEの演奏だった。二組とも時間オーバーしていたがどちらのバンドとも凄かった。そして、もちろん亮君達のSPADEも。この4組がセミファイナルに残ったのは納得だ。
そして、そのまま今日は準決勝を見た。
次はホワイトピンク。相沢さんの弟子対決になる。
相手がJADEのように敵だと分かりやすければ戦いやすいのに…一緒に練習したりステージに立って仲良くなった分、直接対決は避けたかったよね。
残り4組。
明日には私もどのバンドが優勝したのか知る事が出来る。
結果を知るのが恐い。
そう思っていると拓也君がこの4組の中にKINGがいます。さてKINGは誰でしょう?と問題を出して来た。この4組の中にKINGがいる?
私はまさかの真希?と答えた。その答えはまだ教えてくれていない。
明日には答えを教えてくれるらしい。
そして――準決勝。ホワイトピンクは3回戦で時間オーバーをしている為、心の中は焦っているのかもしれない。
先に歌うThe VoiceはClap2という曲を選んだ。さっきのClapとはまた全然違う曲調だった。
真希がギターではなくサックスを手に持つ。
曲調はホワイトピンクが得意とする楽しい曲調だった。
The Voiceの得点は87点。総合得点は325点。
対するはホワイトピンク。特にボーカルの与田芽衣。彼女の存在は群を抜いている。
彼女の歌声は以前に動画で聴いた時よりもぐんと上手くなっていた。
流石、相沢裕紀と言うべきなのだろうか。
ホワイトピンクの得点は92点。そして、総合得点は324点だった。たった一点差でThe Voiceが決勝に進んだ。このセミファイナルだけの得点ならホワイトピンクの勝ちだった。そして、三回戦でホワイトピンクがマイナス10点されていなければここでThe Voiceは負けていた。
「本当なら俺達の負けだった。運が良かった。それだけだ。」
横にいる拓也君が真剣な眼差しをモニターに向けたまま呟いたのが印象的だった。
本当なら負け、か。だけどね。私、思うの。運を引き寄せられる人こそが本物の証なのだと。
それに…確かに運もあったけど決して運だけではこの柴咲音楽祭は勝てなかった。様々な声色を出す拓也君がいて様々な音楽性を表現出来るみんなだからこそファイナリストになれたんだ。
そして、セミファイナル二戦目。
SPADE対JADE。
勝利したのはSPADEだった。
やるね!亮君。バンドを組んだ事も柴咲音楽祭に参加している事も拓也君達に言えなかった気持ちなら私わかるよ。亮君もきっとここまで残れるだなんて大会にエントリーした時は想像もしていなかったんだと思う。
だけど、拓也君達にとって最後の敵が亮君だなんて少し悲しいね。
*
「ファイナリストに残れたのは運だけじゃないのか…未だに俺は運だけで勝てたと思ってるよ。」
7
2016年1月5日(火) 23時
第二回柴咲音楽祭王者はThe Voice!!!
優勝した!拓也君達がThe Voiceが優勝をした!
私は最後の結果を聞くのが恐くてずっと目を閉じていた。
体が震えていた。優勝した瞬間は体が固まりさっきとはまた違う体の震えを覚えた。
横にいる拓也君のピースサインを向けた姿が浮かぶ。
「俺達優勝した!プロになれるんだっ!」
私はずっと拓也君の口から聞きたかった言葉を聞く事が出来た。
「夢、叶えたんだ。」
拓也君は満面の笑みを浮かべそう言った。
その笑顔を……ずっと前から見たかったんだ…
嬉しすぎて私は勢いよく抱きついた。
おめでとう。おめでとう。本当におめでとう。
私嬉しいよ。嬉しすぎて今日は眠れないかも。
24時をまわった。
うん。予想通り眠れない。
The Voice優勝の興奮からは落ち着いた。だけど、今度はKINGの事で頭が一杯になっている。
QUEENに憧れ真希がQUEENだとわかる程の耳を持つ少女。
そんな才能あふれる少女には時間が制限されていた。
当たり前に出来ていた事が出来なくなる恐怖とずっと戦っていた。
詩ちゃんはこれから音の無い世界で絶望を味わうのだろうか?
音楽が出来ない人生なら生きている意味がないと思ってしまうのだろうか?
昨日まで出来ていた事が出来なくなっても例え好きな事が出来なくても私は生きていたいよ。生きたいと思わせてくれる人達がまわりにいるから。詩ちゃんもきっと私と同じ気持ちだよね?詩ちゃんのまわりには亮君達がいるんだもん。
8
2016年1月6日(水) 19時
昨日に柴咲音楽祭の動画を見終わった事を真希達に伝えると早速今日からみんながお見舞いに来てくれた。
The Voicのメンバーや結衣ちゃん、相川君、太田君、五十嵐さん。
みんなが来てくれて楽しかったー。
みんな拓也君と2人っきりで動画を見終わる今日まで待ってくれててありがとね。
私はThe Voicのメンバーが揃って来た時におめでとうって伝える事が出来た。
そんなに元気におめでとうって伝えられなかったかもだけど、ほんっっとーにおめでとーって感じのテンションマックスだったんだよ。
面会が終わりになる時間が迫ってくると寂しくて悲しかった。
もっとみんなと長く一緒に過ごしたいな。
そうだ退院したらどこに行こう?
ずっと先になるんだろうけどそんな事を考えると気持ちは楽になった。
友達がいてくれるだけで私は助かっているんだね。そして、もちろん拓也君がいてくれるから私は寂しくなっても希望を持てるんだ。こんな私に付き合ってくれてありがとう。感謝してるよ。
*
「…俺の方が……俺の方こそだよ。感謝してる。ありがとう。」
9
2016年1月7日(水) 18時30分
今日は昨日来てくれたメンバーだけじゃなく雪乃と楓もお見舞いに来てくれた。
もう病室はパンパン。
病院なのに騒がしかっただろうな。
だけど、私があまり話さないから皆は気を使って早く帰ろうとした。それを私は帰らないでほしいと引き止めた。
みんなが思い思いに話している姿を見るのが好きなんだ。
私がしんどくて口数が少なくても喜んでいた事をわかってほしい。
みんなが一斉に帰ると病室はしんと静まり返るその瞬間は辛い。
「大丈夫?」
母の第一声はいつもこの言葉だった。
大丈夫だよと答えてもお母さんの寂しそうな表情は変わらない。
いや、お母さんより私の方がもっと寂しそうな表情を浮かべていたんだろうな。
だけど、そうだ。みんながいなければもっと私は孤独で寂しかったのだろう。
そして、私亡き後の拓也君は今の私以上の孤独と寂しさを味わうのかもしれない。
ごめんね、拓也君。
私が寂しいとか言ったらダメだよね。
はあ、
今日は疲れたなぁ。
いつも以上に疲れている。
今日はもう眠った方がよさそうだ。
*
「今のこの寂しさは……俺は……」
10
2016年1月8日(金) 18時
The Voicのメンバーと結衣ちゃんと雪乃が今日お見舞いに来てくれた。
でもね拓也君。実は午前中に雪乃は亮君と一緒に一度お見舞いに来てくれていたの。
雪乃は今日まで実家に帰っているって昨日聞いていたから午前中に来て欲しいって頼んでいたの。
何故かって?
以前に私、雪乃に日記を書いている事を教えていたの。
それを雪乃がちゃんと覚えてくれているのかが気になったからその確認をしたかったの。だからわざわざ来てもらった。結果、雪乃はちゃんと覚えてくれていた。
忘れるわけないって怒られちゃった。
で、雪乃が亮君は今何してるだろうって言い出して亮君を病院に呼び出したの。
亮君ね、私に謝っていたわ。
The Voicを裏切って悪かったって。
私は別に言いよって答えた。
拓也君達も全然怒ってないし亮君がいつまでもサポートメンバーでいる必要もないんだよって言った。もちろんちゃんとThe Voicのメンバーじゃない私が勝手に言っているだけだけどって付け加えたんだけど。亮君は俺達The Voicの6人目と7人目と8人目のメンバーなんだぞって言ってた。
「そうだったね。私もThe Voicのメンバーなんだ。だけど、足を引っ張ってばかり。」
私はそう言った。すると雪乃が「私も足を引っ張った。」と言って亮君は「俺は足を引っ張るどころか裏切った。」と言っていた。
雪乃は足を引っ張ってないし亮君も裏切ったわけじゃないよって伝えたけど2人は頷かなかった。
「いつか恩返しが出来たら良いなぁ。」
雪乃がそう言うから私も亮君も頷いちゃった。
うん、そうだね。私達は拓也君達に恩返しがしたいんだ。
*
「この日、病室を出た後、亮は俺達に改めて謝罪をしていたよ。そんな事しなくていいんだって伝えたのに亮は勝手にバンドを組んだ事、報告をしなかった事は裏切り行為だって言っていた。そんな事、俺は気にしてなかったけど。だけど、亮はそれをちゃんと謝りたかったみたいだ。今後、亮はバンドを組む気はないらしい。かと言ってギターは辞めないと言っていた。今後あいつがどうなるのか本当に楽しみだよ。あいつは化け物だからね。」
11
2016年1月9日(土) 18時30分
今日はThe Voicのメンバーと結衣ちゃんの他にトオルさんがお見舞いに来てくれた。
トオルさんがお見舞いに来てくれるなんて思ってもいなかったから驚いたし嬉しかったよ。
だけど…前以上にお話をするだけで疲れが出ている。
もう、ご飯を噛む事だけで疲れる。話すだけで疲れる。
だけど、一日でも多く私は生きたい。
キミがいる世界に少しでも残っていたいんだ。
おそらく…きっと…私のこの病気は数年経てば助かる病気になるのだろう。
私がもし数年遅く生まれていたのなら、ここまでの症状になる事はなかった…命の心配もする事なく……そう思うと悔しくて悔しくて言葉では言い表せない。
どう表現したらいいのかがわからない。
だけど、一つだけ確かな事は――私が数年遅く生まれていたならこれまで出会った大切な人達と出会う事はなかった。
私はきっと、大切な人達と出会う為にこの時、この場所に生まれて来たのだろう。
私が生きる意味。以前拓也君にも言ったよね。
私の生きる意味は沢山の愛を知る事。
それが私が生きる意味。そして、私はキミと出会って沢山の愛を知ったよ。
これからもキミと一日でも一緒に生きて私は沢山の愛を知りたい。
だから――
またあした、朝の光を浴びられますように!
*
「朝の光を浴びられますように、か…朝を迎えられるかキミがこんなに不安がっていた事を俺はちゃんとわかってあげられていただろうか…」
12
2016年1月10日(日) 18時15分
朝の光を浴びて、あぁ、私、生きているんだと感じた。
あしたもまたこの光を浴びたいと願うんだ。
明日The Voicのメンバーは東京へ向う。
向かう先は大手音楽事務所『レディオ』。
プロ契約は何ごとも無く無事終わるだろうか?
LINEではなく直接聞きたいと伝えている。
明日が楽しみだ。
今日も とても 疲れた 早く眠ろう。
あした 朝の光を浴びる為に。
*
「みなみ?君は限界を感じていたのか?もう、長くはないって恐怖に負けそうになっていたのか?」
13
2016年1月11日(月) 18時
今日、拓也君達ははどうだったのだろう?
無事にプロ契約を結べたのだろうか?
明日、拓也君の口から聞くお話が楽しみだ。
14
2016年1月12日(火) 18時15分
また朝を迎えられた。まだ大丈夫。そう願うように呟いた朝、キミは現れた。
キミの顔を見た瞬間、プロ契約は上手くいったんだとわかったよ。
トオルさんがThe Voicのプロデューサーになる事を承諾してくれたんだ。
良かったね。拓也君。
良かったね。トオルさん。
きっとこれから素晴らしい音楽を拓也君達は生み出して行く。
私はどこまで彼らの音楽を聴いていられるのだろう?
一曲でも多く彼らの音楽を聴きたいな。
*
「みなみ……俺、プロになれたけど…だけど……全然嬉しくないよ。」
15
2016年1月13日(水) 18時40分
一昨日に京虎一という記者と会った話を聞いた。
その記者は昔、トオルさんが恋人を殺したと記事にしようとした記者だったらしい。そして、京虎一は龍司君の実の父親だった。龍司君は何度もトオルさんに「俺の親父が迷惑を掛けた」と謝っていたらしい。トオルさんは「お前は関係ないし記事にもなっていない」と伝えていたらしい。
「結局、記事として世間に出る事はなかったけど、トオルさんと何度も接触しトオルさんを苦しめたのは親父だ」龍司君は自分の父親がトオルさんを苦しめていた記者だったと知った時は父を今まで以上に恨み、それと同時に自分を責めたのだろう。
龍司君の父、京虎一はあのエルヴァンの闇を暴いた敏腕記者と呼ばれている。そして、今はJADEの芹沢嵐と新川日和の薬物をどうやって手に入れたのかを調べているうちに芹沢嵐の父の会社が麻薬密輸に関与していた事に辿り着き、テレビの報道では芹沢コーポレーションという会社名を聞かない日はない。
龍司君や真希は京虎一の事を三流記者と呼んでいたけど、それはきっと正しくないね。
確かにトオルさんの件ではちゃん調べられていなかった。だけどそれはプロボクサーから転職したばかりだったし記者としてはまだまだ素人だったはず。だから、その当時は三流記者だったのだろう。
だけど、今は違う。昔は三流記者だったけど今では一流の記者だ。
龍司君。
お父さんの今を見てあげて。
許してあげてとは言わないけれど、ちゃんと今のお父さんを見てあげて。過去に過ちを沢山してしまった人なのかもしれないけれど、その過ちを龍司君のお父さんならきっと償っていこうとすると思うから。だって龍司君がその立場だったら必ずそうすると思うから。
16
2016年1月15日(金) 19時
Queen動画登録者数110万人突破おめでとう!
The voice動画登録者数10万人突破おめでとう!
つい最近までThe voiceは登録者数1万人だったのにホント凄いよ!
Queenがもっともっと有名になってThe voiceも有名になって真希が自分がQueenだって公表するその時を私は見たいなぁ。きっとその時は世界を驚かす事になるんだろうなぁ。楽しみだなぁ。
*
「世界を 驚かす…」
17
2016年1月16日(土) 19時10分
あ、という間に時は過ぎ月日が流れるのは早いなと感じる。今年ももう半月が過ぎた。過ぎてしまえばあっという間だ。
2016年1月17日(日) 18時5分
満月が綺麗だ。
いつか人類は宇宙で住めるのだろうか?
宇宙人とはいつか会えるのだろうか?
何が起こっても不思議じゃない。だから、いつか人類は宇宙で住める様になるのだろうし、いつか宇宙人とも会えるのだろう。そんな日をこの目で見れればいいのになぁ。
2016年1月18日(月) 19時35分
ハルになれば桜を見たい。
2016年1月19日(火) 19時50分
ナツはやっぱり花火かな。あ、いや、大きな入道雲が見たいかも。
2016年1月20日(水) 19時30分
アキは紅葉より落葉かな。
2016年1月21日(木) 19時40分
フユは白い白い吐息が見たい。
2016年1月22日(金) 18時50分
昨日、私は移植登録を行った。
私は生きる事を諦めない。
だから、私には見たいものが沢山あるんだ。
2016年1月23日(土) 19時10分
なにより。私は、キミの笑顔とキミの歌う姿を見ていたい。
2016年1月24日(日) 18時45分
汚い文字。それでも私は文字を書く。
2016年1月25日(月) 19時30分
今、書く事を辞めたら。きっともう文字は書けなくなるのだろう。
2016年1月26日(火) 19時50分
少しでも 一文字でも多く 文字を残すんだ。私の声を残すんだ。
2016年1月27日(水) 19時
言霊。人間は思考と共に物を作れるのなら言葉にすれば全部形になるのだろうか?
2016年1月28日(木) 18時40分
私は 今を大切にして 今を生きる。
2016年1月29日(金) 19時20分
私は 一秒でも多く生きていたい。
2016年1月30日(土) 19時30分
私は 少しでもキミと一緒にいたい。
2016年1月31日(日) 18時15分
私は キミに何をしてあげられるだろう?
2016年2月1日(月) 18時45分
私は 恋をしている。
2016年2月2日(火) 18時
これは 最初で最後の恋。
2016年2月3日(水) 18時20分
デートの場所なんて関係ない。
2016年2月4日(木) 19時
一緒にいるだけで楽しい。
2016年2月5日(金) 19時20分
キミと一緒にいるだけで嬉しすぎて笑顔が溢れる。
2016年2月6日(土) 18時40分
いつも胸のドキドキが止まらない。
2016年2月7日(日) 18時35分
キミがいると思うだけで この暗闇も恐くない。
2016年2月8日(月) 18時5分
一人 寂しい夜だって 乗り越えられる。
2016年2月9日(火) 18時55分
キミは 私に勇気をくれるの。キミは 私に希望をくれるの。
2016年2月10日(水) 19時25分
私がもらったのは 希望 希望 希望
2016年2月11日(木) 19時
形のない恐怖に怯えるのはもう嫌だ。
*
短い文章が続く。
あと2日。あと2日しかない。
みなみが倒れるまで日記を書いていたとしたらあと2日分の日記が書かれているはず。
あと2日……
拓也は涙を流し次のページを捲った。
18
2016年2月12日(金) 18時5分
例えば、
長い長い横断歩道があるとして、
信号が赤になるまでに渡りきれず真ん中の中央分離帯で一人取り残されたとしたら――
とっても恥ずかしいよね。
*
(んっ?)
さっきまで泣いていたのが嘘のように涙は止まり、拓也の思考までも同時に止まった。
「何の話しだ?中央…分離帯……?」
訳がわからないまま次のページを捲っていいものかどうか拓也は悩んだ。
おそらく次のページが最後のページでみなみの最後の言葉になる。
(どうしてこんな文章を?)
拓也は落ち着く為にも深く深く深呼吸をした後、覚悟を決め頷いた。
「きっと…君はどんな時だって楽しんでいる事を伝えたかったんだね。」
そして――震える手で次のページを捲る。
15
2016年2月13日(土) 17時45分
桜の咲く季節に 私は恋に落ちました。
*
最後の日記は、最後にするつもりのない文章だった。
まだ続きを書くつもりの文章。一日で書く事が出来ないから短い文章を続けていた。
次のページを捲ってもその次のページを捲ってもみなみの”声”は残されていない。
静かな部屋の中で拓也がページを捲る音だけが鳴る。
何度も何度もみなみの”声”がその後のページに残されていないか確認をした。
しかし、やはりみなみの”声”は残されていない。
正真正銘これが最後の日記だった。
「あぁ…あぁ…」
拓也はみなみの日記に額を押しつけ声を抑え激しく泣き出した。
何十分も泣いた後、顔を上げみなみの日記を見つめた。自然と涙が止まる。
「みなみ…」
拓也はペンと紙を取り出しみなみの日記を何度も捲り一心不乱に文字を書き始めた。
しばらくペンを走らせてから、
「んっ?」
と呟きペンを止めた。
「違う。」
拓也は呟き、今見つめるページをゆっくりと読み上げる。
「11月1日。リーダーを先頭にステージに上がって行く。その後ろ姿が私はたまらなく好きだった。
その写真がどうしても撮りたくて私は彼らのライブ前に使い捨てカメラを買った。
ちゃんと撮れてるかな?
現像してみないとわからないこのドキドキ感が好きだけど、この写真だけはちゃんと格好良く撮れていて欲しい。」
みなみが残してくれたものはこの日記が最後じゃない。これだけじゃない。
「使い捨てカメラ…そう使い捨てカメラがあるはずだ。」
みなみはカメラが壊れた後、使い捨てカメラを使用していた。
その使い捨てカメラで撮られた写真が一枚も日記帳に貼られいない。
11月1日の日記に書かれていた俺達がステージに上がって行く瞬間を撮ったという写真。
そして、もう一枚。
みなみが倒れたあの日――2月14日に拓也達は病室で写真を撮った。
The Voiceの5人とみなみが映っている写真。
その写真がない。
あの使い捨てカメラはまだ現像されていない。
それに気付くと拓也は部屋を飛び出した。
身繕いも整えず家を飛び出す。
向う先はみなみの家。
みなみの家に到着すると何度も何度もインターフォンを押してしまっていたた。
寝間着姿で髪もボサボサの拓也の姿を見た菜々子は大変驚いていた。
「ど、どうしたの?」
拓也は息を整えるのも忘れて、
「カメラ…カメラがあるはずなんです。使い捨てカメラ。みなみが倒れる前まで使っていたカメラが…」
菜々子は「えっ。」と驚きの声を漏らす。
「使い捨てカメラ……あっ!そうだ!使い捨てカメラ!」
菜々子はそう言った後、拓也に何も告げず家に入って行った。
数分後、使い捨てカメラを持った菜々子が戻って来た。
菜々子から使い捨てカメラを受け取った後、拓也はすぐに写真の現像に向った。
27枚撮りの使い捨てカメラ。27枚中3枚だけ写真は撮られていた。
一枚は仲間の証であるピンク色の星形のキーホルダーを撮った写真。
もう一枚は俺達がステージを上がる写真。
そして、最後の一枚はみなみが倒れた日に6人で映っている写真。
これが正真正銘みなみの最後の贈り物だった。
*
どうしてだろう?
写真を見つめ何度も繰り返し日記を読み終えた後、拓也は思った。
――どうしてだろう?
――不思議だな。
――穴があいたように心が痛かったのに…今は痛くない。
みなみの写真
みなみの”声”
それを見て読むうちに心が楽になった。
――何故だかみなみとはまた会える。そんな気がするんだ。
「ありがとう。俺、キミに助けられたよ。」
「みなみ。また会おうな。」




