間奏曲 4 ―今、想う―
2月16日
朝から雨が降り止まない。風は冷たく底冷えがする。
一人は俯き
一人は天を仰ぎ
一人は目頭を抑え
一人は泣き崩れ
一人は隣に立つ者の腕に寄り添った。
そして、一人は離れた場所からただ呆然と立ち尽くしている。
菜々子は降りしきる雨を見上げ涙のような悲しみの雨だと思った。
きっとこの雨は娘の涙だ。まだ生きたかったと願い流す娘の涙だ。
「さあ、風邪を引くといけない。中に入ろう。」
夫が菜々子の肩に腕をまわし誘導してくれるが菜々子はまともに歩けない。
親より先に子が死ぬなと小さな頃に言われていた意味が娘を亡くしてやっとわかった。
2月17日
娘の机の引き出しから鮮明な赤色をした日記帳を手に取った。
「日記、書いてたんだ。」
娘の友達から娘が日記を書いていたと聞かされたのは今朝の事だった。
菜々子は日記帳に優しく触れた。
鮮明な赤色をした日記帳の下にも他に4冊の日記帳がある。
今、想う―そう書かれた表紙にはナンバリングが書かれている。
菜々子は1と書かれた紫の日記帳を選び手に取った。
黙々と菜々子は娘が綴った文字を読み。娘の”声”に耳を傾けた。
3月1日 〜午前〜
5冊目の日記を読んでいる途中で菜々子は日記の続きを読むのをやめた。日記にはまだまだ続きがある。しかし、これ以上は自分が読むべき物ではないと思った。
「もう、これ以上私がこの日記を読むのはよくないよね?」
菜々子はここから先の日記はきっと自分達に向けて書いた日記ではないとわかった。
「きっとここから先は彼への思いが詰まった日記なのよね?お母さん彼に日記を届けるよ。」
菜々子は娘が書いた赤色の日記帳を閉じた。
「日記…読んでもらおうね。」
そう呟いて菜々子は5冊目の日記を手に取り抱き寄せた。
そして、うんうん。と頷いた後、菜々子は立ち上がった。
彼の家に向う前に行きたい場所がある。
まずは、そう。
2人が出会った場所――桜が咲く季節はもう少し先だけれど、あの河川敷へ。
河川敷に向った後は、娘がバイトをし彼らが集まった場所、喫茶ルナへ。
その後は、彼らが路上ライブを行っていた場所に向かいライブハウスへと向おう。
そして、この日記帳を彼の元へ。
娘の声を届けよう。
3月1日 〜午後〜
3度目のチャイムを鳴らした時やっと応答があった。
菜々子が自分の名前を告げるとインターホン越しの男が驚きの声を出したのがわかった。
菜々子は娘の赤い日記帳を大事そうに両腕で抱きしめながらその人物が現れるのを待った。
ドアを開け現れた娘の恋人だった男は菜々子が尋ねて来た事に驚きの表情を隠しきれていなかったが、その顔つきは覇気がなくまるで廃人のように菜々子の目には映った。
娘が日記を書いていた事を話すと彼は知らなかった様子でさらに驚きの表情を浮かべた。
娘の日記を途中まで読んだ事を告げ菜々子は日記帳を手渡した。
やっと、渡す事が出来たよ――菜々子は心の中で今はもういない娘にそう告げた。
菜々子は歩を止め彼を振り返る。
日記帳を受け取った彼は大事そうにその日記帳を両手で抱き深く深く頭を下げていた。
その姿を見て菜々子もまた深く頭を下げた。
――彼を助けられるとしたらあなただけよ。―
―それをあなたもわかっていたのよね?―
――みなみ――




