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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice vol.2
52/59

Episode 15―運命の日― 後編

[運命の時]



2015年12月27日(日) 20時15分


「The Voiceは感動すら覚える程のバラードでした。一方SPADEは激しさの中に楽しさと怪しさのある曲でした。さあ、ここで改めて両バンドの総合得点を発表致します。両バンドとも総合得点は325点。もしこの戦いで同点だった場合、これまでの戦いの中で最高得点を出した方が優勝となります。まずThe Voiceの最高得点は準決勝で出した87点。そして、SPADEが出した最高得点も同じく準決勝で出した得点88点。もし決勝で同点だった場合、わずか一点差でSPADEの優勝となります。SPADEの方が少し有利ではあります。それでは審査員の皆様、準備は宜しいですね?これが最後です。それではThe Voiceの得点をどうぞっ!」

会場全体が静まり返った。

司会者が得点を読み上げる声だけが響き渡る。

「10点。10点。10点。10点。10点。」

The Voiceの5人は全員が目を瞑っている。

雪の勢いが先ほどよりも弱まって来ている。

拓也はただ静かに点数を聞き、龍司は腕を組み仁王立ちをしている。春人は右手で眼鏡を覆う様にしているし凛は祈る様に両手を合わせている。そして、リーダーの真希は目を瞑ったまま天を仰いでいる。

「ここまで5人の審査員が満点を点けましたっ!」

The Voiceの横に並ぶSPADEの4人は得点を睨む様に凝視していた。

「10点。10点。10点。」

次は石原の採点の番だ。

(いらねぇ事すんなよ石原っ!)

龍司はそう心で呟いた。拓也達4人も同じ様な事を心の中で叫んでいた。

「10点。」

石原の10点に「おぉー!」という叫びにも似た歓声が上がった。

「さあ!10人目の審査員。ケイさんの得点は……」

(頼む!赤木さんっ!)

拓也は知らず知らず拳を強く握り石原の採点時よりも力強く心の中で叫んだ。

赤木はなかなか点数を出さない。

(ふー。得点は決まっている。迷う事もない。俺が出す点は決まっている。しかし、審査員は疲れる。もうこりごりだ…)

赤木は大きく息を吐き点数を出した。その瞬間、司会者が得点を言う前に今日一番の歓声が上がった。目を瞑っていたThe Voiceの5人にはその歓声の意味が分からなかった。

「じゅっ…10点っ!ケイさんが10点を点けましたっ!The Voiceの得点はもちろん100点っ!!今日の最高得点がこの決勝戦で出ましたっ!!そして、合計得点は……425点っ!!」

The Voiceの5人は一斉に目を開け得点を見つめた。

「マジかよ。」「うそっ。」「信じられない。」

龍司と凛と春人が小声で呟く中、拓也は何も言わずじっと採点を見つめ、真希は今度を目を開けたまま天を仰いでいた。

もうThe Voiceの優勝は確実だと観客達が言っているかのように歓声が鳴り止まない。それを制するように司会者が言う。

「さあ!追い込まれたSPADEですがここでThe Voiceと同じ100点を出せば同点に並びますっ!合計得点が425点と並んだ場合は最高得点で勝敗が決まります。その場合はSPADEが大逆転勝利となります!さあ、まだ戦いの行方はわかりませんっ!!」

そう言った後、司会者はわざとだろうかしばらく話すのをやめた。会場全体が静まり返るその時を待っていたのだろう。

「さて、皆様ご準備は宜しいですか?」

静かに司会者が話し出した。その声で会場全体が緊張感に包まれる。

「総勢132組の頂点に立つのは一体どちらのバンドなのか?

続いてSPADEの得点ですっ!それでは審査員の皆様宜しくお願い致しますっ!得点をどうぞっ!!」

審査員達はある者は首を捻り、ある者はため息を吐き、ある者は頭を抱えた。

その中で赤木と石原の2人は微動だにしない。

「10点。10点。10点。10点。10点。」

5人が10点を点ける。凛が両隣にいる拓也と春人の手を力強く握った。拓也は手を握ってきた凛の様子を確認すると目を閉じたまま俯いていた。拓也は左隣にいる真希の手を握る。真希も凛同様目を閉じているが顔は上を向いていた。拓也に手を握られた真希はその左隣にいる龍司の右手を握った。全員が手を握り目を閉じた。その一方で亮達4人は一列には並ばず詩を真ん中に取り囲む様に立っている。亮が詩の後ろから両肩を持ち詩が響と陸の両腕を組んでいる。

「よくやった。よく倒れずに最後まで演奏出来たな。ありがとな。」

亮は詩に囁いた。

「10点。10点。10点。10点…」

石原もThe Voiceと同じ最高得点の10点をSPADEにも点けた事で会場からは歓声が起こった。残りは赤木一人の審査を待つのみとなった。二組のバンドはその”とき”を固唾を飲んで待った。

しかし、赤木はなかなか得点を出さない。

赤木は自分が一番恐れていた場面に出くわしてしまった事に頭を抱えた。

(おいおいおいおい沙耶さんよぉ…俺の得点で2つのバンドの人生が変わる事なんてないんじゃなかったのかよ……)

赤木が出す得点は既に決まっていた。しかし、この得点を出す事によって生まれる敗者の事を考えるとなかなか得点を出す事が出来なかった。

(俺に…この二組のバンドの将来を決めろというのか…)

「重いな…」

赤木はつい小声でそう呟いた。それが隣に座る石原に聞こえたのだろう得点を出し終えた後、椅子に踏ん反り返った石原が赤木に声を掛けてきた。

「お前の得点であの二組の将来を決めるわけじゃねぇよ。俺達審査員は10人いるんだ。お前が全部を背負い込む必要はねぇ。」

「……そうだな。」

「さあ、ここから見える全員がお前の得点を待ってんぞ。お前が思った得点をさっさと出してやれよ。」

赤木は自分が思った得点を出した。その瞬間、地面を揺らす程の今日一番の大きな歓声が上がった。

「さ、最後のケイさんの得点はごらんの通りですっ!」

(一体何が起こった?この歓声はなんだ??優勝バンドが決まったからなのか?それとも二組連続満点を出したのか?赤木さんの得点は?)

拓也は得点が気になりつつも恐くて目を開ける事が出来なかった。

「第二回柴咲音楽祭王者は―――」



2015年12月28日(月) 17時30分


両親が面会に現れて今日の日付を佐倉みなみは聞いた。

みなみの意識はぼーっとしている。

昨日も両親とは話しをしたらしいが全く記憶にない。

昨日話した記憶がないみなみの為に母は一言一句違わぬ様に昨日と同じ会話をしてくれたみたいだ。その度にみなみも一言一句昨日と同じ言葉を同じ表情を浮かべて答えていたらしい。

拓也からのクリスマスプレゼントを見せられた時は素直に驚き、拓也からの手紙が入っている事を知ると素直に喜び、指輪が嵌められなかった時は泣きそうな表情を浮かべた。

母が指輪をネックレスに通しみなみの首にかけてくれた。これも昨日、母がしてくれた事だと説明してくれた。

そして、母はみなみに言った。ちゃんと産んでやれなくてゴメンね。と。

その言葉を聞いてじわじわと涙が押し寄せてくる。心の中で、耐えろ。耐えろ。と訴えるが涙は止まらなかった。

(昨日もそう言ってお母さんは泣いていたのだろうか?)

さっきまでは昨日と同じ事を言っていると会話の途中途中で言っていた言葉が今はなかった。

(同じ言葉を二度も言わせて辛い思いをさせてしまっているのだろうか…?)


ごめん。ごめんなさい。私……元気な体で産んでやれなかった。あなたを苦しめて不幸にしてしまったのは全部私のせい…」

母はみなみに抱きついた。みなみは母の腕をポンポンと叩いた。

「お母さん。違うよ。私、不幸じゃないよ。幸せだもん。大切な仲間がいて大切な家族もいる。そして、大切な人まで出来た。だから私、幸せなの。この世界に産まれて本当に良かったって本気で思うよ。だから、お母さん。もう泣かないで。」

母の涙はピタリと止まった。しかし、泣かないでと言った当の本人の方が涙が止まらない。

この涙を流す顔で、震える声で、母にどこまで伝わるものなのかわからない。だけど、みなみは偽りのない言葉を伝える事にした。

「お母さん。産んでくれてありがとね。」

その言葉を聞いて母は泣きながら笑った。

「お母さん?どうしたの?」

「みなみ。昨日も同じ言葉を言ってくれたの。」

「そっか。そうなんだ。じゃあ、これが私の偽りのない本当の気持ちなんだね。」

母はピタリと止まった涙をまた流し始めた。



2015年12月30日(水) 18時15分


今日二度目の面会に両親が現れた。

佐倉みなみは2人が面会に来てくれる度にほっとするのだが笑顔を見せようと思ってしまい自然な表情で笑顔を作れているのかは自分ではわからなかった。

「拓也君。今そこに来ているわよ」

壁の向こう側には拓也がいる事を聞いてみなみは嬉しくてたまらなかった。

「早くここを出て会いたいなぁ。柴咲音楽祭の方はどうだったんだろう?」

「指輪からみなみの想いを受け取ったって。ありがとう愛してるよみなみ、だって。」

「それお母さんに言ったの?」

「他に誰に言うのよ。」

「私しかいないでしょう。」

「今、会えないでしょう。」

「わかってるよ。だからお母さんにそんな事言って恥ずかしくないのかなって思って。」

「そんな事言ったら拓也君傷つくわよ。」

「そっか。」

「食欲の方は?」

みなみは顔を横に振った。

「食欲ないの?」

みなみは頷いた。

「お母さん。売店でボールペンとノート買って来てくれないかな?院長先生にはさっきボールペンとノートを持って来てもらってもいいかは確認したから。」

「ノートとボールペン?それなら家から持って来ようか?」

「ううん。新しいのが欲しいの。」

「売店に売られている物でいいの?」

「うん。何でもいいよ。」

「絵でも描くの?」

「うん。暇だから絵でも描こうと思って。」

「わかった。ボールペンとノートね。んっ?絵を描くのにボールペンで良いの?えんぴつは?」

「えんぴつはいらないよ。ボールペンとノートだけでいい」

「わかった。じゃあ、さっと買って来るね。」

「よろしくね。」

またみなみは笑顔を作った。

母が売店に向かった後、父がみなみに言った。

「無理に笑顔を見せるのはもうやめなさい。しんどかったらしんどいって言ってくれれば良いんだから。親に心配を掛けないなんて子供らしくないだろう。」

みなみは大きくため息を吐いた。

「…わかってたんだ。私、上手く笑顔作れてないんだね。笑顔も作れなくなってるんだね…」

「父親だからわかるんだよ。」

その言葉は父の優しさだった。決して上手く笑顔を作れているわけではないのだろう。

「…そっか。お母さんももちろん気付いてるんだよね?」

「母親だからね。」

「…だよね。」



2016年1月1日(金) 11時


年が明けた。

みなみは柴咲音楽祭の結果をまだ知らない。

昨年の12月28日から今日までの5日間、佐倉みなみは水を飲む練習やリハビリを行い容態が安定するまでの治療を集中治療室で行った。

母を通して一般病棟に移ったら太田が録画した動画を見せてもらう約束を拓也達としている。

そこでみなみはThe Voiceの結果を知る事となる。それが今日の予定だ。今からみなみは一般病棟に移れる。そして、画面を通して柴咲音楽祭の様子を見る事が出来る。

これから向かう病室にはもう拓也達が待っているとの事だ。

みなみは一般病棟に移れる嬉しさと拓也達に会える喜びと彼らの結果を知る事が出来るという不安とが入り混じっていた。

病室は真希や雪乃が使った事のある個室を大部屋と同じ価格で医院長が用意してくれた。

きっと今頃その個室で待機する龍司は、この部屋とは縁があるな。とか言っているのが想像できる。

みなみは両手で軽く顔を叩いた。

「笑顔、笑顔。笑顔で再会するんだぞ。」

みなみは自分にそう言い聞かせた。


     *


「サクラちゃんお帰りぃ〜アンド今年もヨロシクねぇ〜。」

みなみがこれから長い期間お世話になるであろう病室のドアを開けると結衣の元気な声が聞こえ、その後に続いて拓也達が一斉に「お帰りー!」と言った。

The Voiceの5人と雪乃と結衣と太田と相川と五十嵐の10人がいる。

みなみは彼らの顔を見て嬉しさのあまり涙が溢れた。

「…みんな、ありがとう。」

「サクラちゃん泣いてるぅ。」

そういう結衣も涙を沢山流していた。

(あぁ、泣いちゃった。拓也君とは笑顔で会うつもりだったのに…)

その拓也も笑顔を作りながら涙を流している。

みなみと拓也はお互い言葉を交わさず目だけの合図だった。

(きっと拓也君も笑顔で再会するつもりだったのよね。それが2人して涙流しちゃったね。)

「じゃ、サクラちゃんベッドに移って楽にしてよ。ぜーったい無理しちゃダメなんだからね。しんどかったらしんどいって伝えるんだよ。」

結衣の言葉にみなみは、うんうん。と言葉が出せず頷くばかりだった。。

その後、みんなで会話を楽しんでいるとあっという間に1時間が過ぎ12時となった。

食事が運ばれて来ると10人はまた後で来ると告げて部屋を出て行った。

「すっごく賑やかだったわね。」

遠慮をして部屋を出て行っていた母が彼らの代わりに戻ってきた。

「うん。すっごく楽しかった。だけど、動画を見ている時間も拓也君とゆっくり話す時間もなかった。まだクリスマスプレゼントのお礼言えてないんだ。」

「2人っきりになってからでも遅くはないよ。」

「うん。そうだね。」とみなみは笑顔で答えた。

「ねぇ。お母さん?」

「なあに?」

「お母さんは柴咲音楽祭の結果、知ってるの?」

「…うん。知ってるよ。」

「そっか。みんなその話題に触れないから心配になってきちゃった。」

「私の口からでよければ結果を教えてあげるけど?」

「動画を見るからいい。」

そう言ってみなみは窓から外の景色を見つめた。



2016年1月1日(金) 13時


拓也達は1時には病室に戻って来たが相川と太田の姿はなかった。

佐倉みなみが2人はどうしたのかと拓也に聞くと拓也はすぐに戻って来るとだけ答えた。

「2人が戻って来るまでにみなみには予選前に配信をしたKINGの動画を見てもらおうかな。」

みなみは首を捻り、KINGの動画?と答えた。拓也が自分のスマホをみなみに手渡して来る。

画面にはKINGがバンドを組んでいる事。柴咲音楽祭に出場する事。優勝したらその場で自分がKINGだと発表する事が配信されていた。

それを見て、みなみが驚いていると病室のドアがノックされ相川と太田が戻ってきた。相川は大きなモニターを病室に運び込み太田がそのモニターで動画を見る為に接続を行う。

龍司がわざとらしく、ごほんっ。と咳払いをして、

「ではこれより、みなみが見れなかったクリスマス・イブコンサートと第二回柴咲音楽祭。一日目の予選の様子を流します。」

と告げた。続いて真希が、

「柴咲音楽祭の方はThe Voiceの演奏の他に沢山のバンドの演奏を太田君には撮ってもらってる。私達の演奏以外はどうする?」

と聞いてきたのでみなみは、

「うんっ!他のバンドの演奏も聴きたい!どんなバンドが残っていくのか本当に楽しみ。」

と答えた。

「流石に予選の方はThe VoiceとホワイトピンクとJADEの3組くらいしか録画してないけどね。」

太田がそう言ったので、みなみは、予選はその3組だけでいいよ。と答えた後、凛の顔を見て、

「動画ならJADEの演奏を聴いても凛ちゃん大丈夫だよね?」

と確認をとった。凛は、全然平気。と答え春人が、

「じゃあ、まずはクリスマス・イブコンサートの二曲を見て、その後、柴咲音楽祭予選の4組の様子とその夜の決勝トーナメント出場者発表まで見よう。とりあえず皆で一緒に見るのはそこまでにしようか。」

と言った。みなみは春人の言葉に頷いた。その仕草を見て太田が動画を再生させる。

クリスマス・イブコンサートの拓也はとても不安な表情を浮かべ歌っていた。

(それもそのはずだ。私はこの日に倒れて病院に運ばれたんだから――私が倒れた事も知らず、何故客席に来ないのかも、この時の拓也君はわからなかったはず。本当に不安にさせてごめんね。)

不安な表情を浮かべながらも拓也は堂々と歌っていたし真希達の演奏も凄かった。一番目立っているのは凛だろうか。凄まじい早さでピアノを弾いている。

「映像からでもコンサートの迫力が伝わってきた。鳥肌ものだよ。」

クリスマス・イブコンサートを見終えたみなみは拓也達にぽつりとそう告げた。すると雪乃が嬉しそうに、

「でしょ。ありがと。」

と答えた。

「雪乃。すっごい曲作ってたんだね。」

雪乃は、テヘヘ。と声を出しながらまた嬉しそうに笑顔を見せ照れていた。

「良い曲を聴いた後だけど…本当にごめんね…クリスマス・イブだったのに……せっかくのホワイトクリスマスだったのに…せっかくの大舞台だったのに……」

みなみは急に感情が溢れ出し泣き出してしまった。

拓也がみなみの肩を強く引き寄せた後、震えるみなみの背中をとんとんと優しく叩いた。

「せ、せっかくのコンサートだったのに…わ、私、見たかった…見たかったのに…楽しみにしてたのに……」

「クリスマスなんて1年に一度必ずある。雪が降るかどうかはわかんないけど、もしホワイトクリスマスがいいのなら場所を変えればいい。コンサートだって俺達がいくらでもやってやるよ。今度は俺達のライブに交響楽団達を呼んでオーケストラライブを開催してやるよ。必ず!」

みなみは声に出さずに、うんうんと頷いた。

「第二回柴咲音楽祭予選の動画はまた日を改めてでいいか?」

「ううん。大丈夫。今から見る。」

みなみは涙を拭きながらそう告げた。

「みなみ、しんどくはないか?」

龍司の問いにみなみは背筋を伸ばし座り直した後に深く頷いて、お願いします。と答えた。

「緊張するなぁ。」

震える声でそう言ってみなみは祈る様に手を組み合わせた。

「結果を知ってる俺も緊張してきた。」

相川がそう言って、その横で五十嵐も、本当に。と呟いていた。

JADEの映像が流れる。みなみは祈る様な姿のまま動画を見つめた。

続いてThe Voiceが登場するとみなみは前のめりになり見つめていた。

「凛ちゃんがいない。」

そう呟いたので凛が「ゴメン。一つ前のJADEの演奏を聴いてたら気持ち悪くなっちゃって予選に出れなかったの。」と謝っていた。みなみは映像から目を逸らさず、仕方ないね。と呟いた。The Voiceの演奏が終わり、みなみは大きく息を吐き前のめりになっていた姿勢を元に戻した。続いてホワイトピンクの映像が流れた。

ホワイトピンクの演奏が終わると映像が切れた。

「この後は決勝トーナメント出場者発表だよ。」

太田が映像が切れた画面で一時停止を押してからそう言った。みなみは深呼吸をしてから頷いた。

「この3組だけでも凄いレベル高いね。」

みなみの言葉に誰も何も答えなかったのは大会の結果を全員が知っていてネタバレになるような言葉は話さないように気を使っていてくれたからなのだろう。

太田が頃合いを見て動画を再生させた。画面の中では日が暮れ夜が訪れている。そして、ステージの上には一人の男性がスポットライトに照らされ立っている。

「皆様。大変長らくお待たせ致しました。これより見事予選を通過し明日の決勝トーナメントに進出した32組のバンドを発表致します。尚、決勝トーナメント進出したバンドの代表者には発表の後にメールを送ります。発表する順が明日の演奏順となります。トーナメント方式ですので、ここではあえて試合と表現させて頂きます。」

そう言った後、男は二つ折りの紙を広げる。その仕草を見ているだけでみなみはさっきよりも緊張が増してきた。

「では、発表します。予選通過バンド。The Voiceそして、らんらん。」

みなみはいきなりThe Voiceの名が出て来た事に意表を突かれた。

「あ、呼ばれた。」

みなみは普通にそう言った後、声を大きくして、

「呼ばれたっ。呼ばれたよっ!!」

と横にいる拓也の肩を何度も叩いた。もちろんその場を体験してきた拓也はみなみのそのテンションにどう反応したらいいのかわからず困った表情で笑い「あ、う、うん。そうなんだよ。俺も一番に名前を呼ばれるなんて思ってなかったから、みなみと同じ感じだった。」と言った。

「だよね。いきなりすぎて決勝トーナメント進出出来たんだって実感が持てなかったよね。」

真希がそう言うと春人も龍司も頷いていた。

「凛ちゃんなしで拓也君の声色も変えずに予選突破かぁ。みんなやるねぇ。だけど、本当の戦いはこれからなんだよね?」

みなみの問いに龍司が答える。

「そうだな。ここからが本当の戦いだ。」

「私達と一緒に動画を見るのはここまでにしよっか。」

と真希が言う。みなみは、どうして?と真希に聞いた。

「あとは拓也と2人っきりで見たいでしょ?」

みなみはそれもそうだなと思った。

「無理に一気に見るのはダメよ。何日か掛けてゆっくり見ればいいんだから。で、見終わったらLINEして。私達また集まるから。」

「うん。わかった。」

その後、一回戦32組の半分の16組のバンドの演奏を拓也と2人で視聴した。拓也自身も決勝トーナメントを最初から全部を見たのは今回が初めてらしい。

「この続きはまた明日見よう。さすがに俺も疲れたよ。」

「うん。そうだね。もうクタクタ。」

そう言ってみなみは拓也の肩に身を寄せた。

「拓也君。クリスマスプレゼントありがとね。大切にする。」

「残ってしまうような”物”は嫌だった?」

「ううん。嬉しかったよ。いいよねペアリング。離れていても一緒にいたんだなって思えた。これからこの病室の中で寂しくなって不安になって夜が恐いと思っても。きっとこの指輪を見れば勇気が出る。本当にありがとう。」

みなみはネックレスに通した指輪を持ち上げ見つめながら呟いた。

「これからはさ、たくさんデートして思い出たくさん作ろうよ。」

その言葉は拓也からもらった手紙に書かれていた言葉だった。

その言葉を聞いた拓也は、はっとした表情を浮かべた。

拓也はおそらくなんて言葉を手紙に書いてしまったのだろうと後悔したのかもしれない。なぜなら今のみなみの状況はいつ退院が出来るかもわからない上に今手紙を読むと死ぬまでに思いで作りをしようと書いているようにも読めるからだ。

「ごめん。違うんだ。」

「手紙、嬉しかったよ。」

「えっ?」

「デートなら病院内でもたくさん出来るよ。拓也君が良ければ、だけど。」

「うん。俺はみなみと一緒なら。」

「いつになるかわかんないけど退院したら映画館とかライブも行きたい。」

「うん。必ず行こう。」

「思い出、たくさん作ってもいいかな?」

「もちろんだよ。俺もそれを望んでる。だってさ。俺達ちゃんとしたデートってほとんどしてないから。」

「そんな事ないよ。私は拓也君が歌っている姿を見るのが一番好きだし。最高のデートだと思ってるよ。」

「みなみ。」

「うん?」

「おかえり、みなみ。」

「うんっ!ただいまっ。拓也君。」



2016年1月5日(火) 13時


佐倉みなみはこの3日間拓也が来る度、一緒に柴咲音楽祭の動画を見ていた。

2日に決勝トーナメント一回戦の残り16組の演奏を見終えた。次の日の3日に二回戦16組の演奏を見た。4日には三回戦の8組と準決勝の4組を見終えた。

みなみはThe Voiceの5人が柴咲音楽祭のステージに立つ度、拓也君頑張って。と呟き祈る様に両手を合わせた。そして、得点が発表される際には目を瞑り両手を力一杯強く握り、勝利した事が告げられると大きく両手を広げ、やったー!と叫ぶのを繰り返していた。

そして、今日。今から残りの二組The VoiceとSPADEの演奏を見るだけとなった。

「決勝まで残りそうとは思っていたけど亮君達と拓也君達か…亮君達と戦うってのは、なんだか複雑な気持ちだよ。」

一回戦で亮が出てきた時、みなみは驚きのあまり時が止まっていた。しかし、その後は亮がステージに出る度に亮の応援もしていた。亮のバンドの実力を動画の中で見てきたみなみはSPADEが決勝に進出した事を妥当だと思ったのだが拓也達は準決勝まで亮が柴咲音楽祭に出場している事を知らなかったらしく、決勝でまさか亮と戦うとは思ってもいなかったらしい。

「亮の存在を知らなかった俺達はJADEが決勝に上がってくるとばかり思っていたんだよ。」

準決勝の結果を見た後、拓也はそう言っていた。

「予選から準決勝戦まで拓也君は全部違う歌声だったけど喉の方は大丈夫だったの?」

「ああ。相沢さんにボイストレーニングをしてもらって大正解だったよ。ボイストレーニングしてもらってなかったら一回戦で喉ダメになってたかもしれない。」

「そっか。」

これまでの歌声を聴いていてみなみは不安になった。

拓也の歌声はいつもと違うと感じていたからだ。

動画の中の拓也の表情は不安で一杯といった感じだ。

(わかっている。その原因は私。拓也君の歌声がこれまで通りだったら…おそらく優勝はない。)

「この決勝の前にみなみの意識が戻ったって聞いたんだ。」

「そ、そうなのっ!?」

(じゃあ、決勝戦は本来の拓也君の歌声に戻れる?私、もしかして間に合った?)

みなみはリモコンを持ち上げ「はあ。」と息を吐いた後、

「じゃあ、最後の運命の時を見るよ。心の準備はいい?」

心の準備は特に必要ないはずの拓也だがみなみの問いに深く頷いた。

まずは拓也達The Voiceが『愛していた』というバラード曲を披露した。拓也が2つの声を同時に出すホーミーに観客は驚き、今までとはひと味もふた味も違う龍司の優しいドラムにも驚きこの2日間で初めて披露する真希のバイオリンと春人のウッドベース。そして、凛のピアノ。5人とも素晴らしかったが一番素晴らしかったのは凛なのかもしれない。間奏での凛のピアノソロは畏怖すら感じる程の早さだった。それは雪乃をも凌ぐ程の早さと表現力に感じた。

(拓也君の声が…本来の声に戻った。私、間に合ったんだ!)

みなみはその演奏に震え、そして、感動のあまり一筋の涙を流した。

「凄い…本当に凄いよ。」

拓也は何も言わず画面だけを凝視している。

続いてSPADEの3人が先にステージに上がり、女性ベーシストが何故か遅れてステージに上がった。持ち時間5分の戦いは始まっているはずなのに亮とその女性ベーシストは何かを話していた。

「何を話してるんだろう?」

みなみは涙を拭き拓也に問い掛けた。

「決勝戦は3人で挑む事にしていたらしい。」

「どうして?」

「このベーシストは…病気なんだ。だから、無理をさせない為に。」

「拓也君達の演奏を聴いて無理をしてでも出なきゃいけなくなった?」

「そうみたいだな。俺が準決勝までの歌声のままだったら出てなかったみたいだ。」

「で、このベーシストは凄いのよね?素人の私でも凄さを感じるくらいなんだから。」

「ああ。かなり凄い。」

「そっか。この子を引きづり出したってわけか。拓也君達凄いね。」

「みなみのおかげだよ。みなみが目覚めてくれたおかげだ。それで俺は迷いなく歌える事が出来た。」

「だけど、私のせいでもあるよね。」

「え?」

「だって、私が倒れなかったら拓也君は最初っから普段通り歌えていたし、得点も一回戦からもっと高得点を出せていたと思う…私、間に合ったのは良かったけど足を引っ張ってた…」

「それは違うよ。みなみのせいではない。俺に覚悟がなかっただけだったんだ。」

「……覚悟?」

「ほら、亮達の演奏が始まったぞ。」

「…うん。」

拓也はみなみが倒れたクリスマスイブから柴咲音楽祭のこの日までの間に沢山の覚悟を決めたのかもしれない。

それはプロになる覚悟であったり、この柴咲音楽祭で優勝出来なかった時の事であったり、そもそも柴咲音楽祭に出場するかどうかも悩んでいただろう。そして、これからみなみが長い闘病生活を送り今まで通りの生活が出来なくなる事だったり、みなみの死であったり……きっと沢山の覚悟を決めたはずだ。

(きっとこれからもたくさん拓也君に辛い思いをさせちゃうな…)

ごめんね。そう言いかけてみなみはその言葉を飲み込んだ。

(違う。謝るのは違う。その言葉はもっともっと前に言うべき言葉でこれから使う言葉じゃない。)

SPADEの曲が終わった。時間オーバーにはならなかった事に胸を撫で下ろしみなみは拓也を見つめた。拓也はみなみを見つめ返し言った。

「運命の時だ。」

「うん。」

みなみはまた両手を祈るように組み合わせて目を閉じる。

審査員が全員The Voiceに10点を点けていく。

合計100点という結果に驚き、震え、感動した。

「す、凄いっ!100点っ!?」

拓也はこちらを見ずに呟いた。

「ああ。けど、ここでSPADEが100点を出して同点なら俺達の負けだ。」

結果を知っている拓也のその言葉を聞いてみなみは嫌な予感を覚えた。

「大丈夫。嫌な予感がする時ほど嫌な事は起こらないものだ。想像もしない事が起きる時はいつだって何の予感もしない時に起こるのだから。」

みなみは独り言を言ってから目を閉じ祈る。司会者が一人ずつ審査員の得点を言葉にする。10点が9回続く。最後の審査員である赤木がなかなか得点を出さない。頼むから早く得点を出して。みなみは顔をどんどん下に沈めていった。そして、司会者が叫ぶ。

「さ、最後のケイさんの得点はごらんの通りですっ!」

運命の時が訪れた。

みなみは得点が気になりつつも恐くて目を開ける事が出来なかった。

「第二回柴咲音楽祭王者はThe Voice!!!」

(!!)

「えっ?」

みなみは驚きのあまり口を開けたまま拓也を見つめた。拓也は笑顔でみなみを見つめ返す。

「ゆ、優勝……したの?」

拓也はピースサインを向けた。

「俺達優勝した!プロになれるんだっ!」

(ああ…私は以前からその言葉が聞きたいと望んでいた…)

「夢、叶えたんだ。」

拓也は満面の笑みを浮かべそう言った。

(その笑顔を……ずっと前から見たかったんだ…)

みなみは勢いよく抱きついた。

「おめでとう。おめでとう……」

(おめでとう。その言葉を何度も何度も何度も…心の底から言える時が来るのを、ずっと待ち望んでいたんだよ…)

「ねぇ、拓也君?」

「うん?」

「これからはさ。たくさんデートして思い出たくさん作ろうよ。」

拓也は満面の笑みを浮かべて、もちろん。と答えた。


「これからはたくさんデートしよう!」


画面の中では雪がちらほらと降っている。

光に照らされた雪がとても幻想的に映る。

その中でそれぞれの制服を着たThe Voiceの5人が抱き合って喜んでいる。


「おめでとう。」



2016年1月5日(火) 13時30分


5人で喜びを分かち合った後、龍司が俯く亮の肩を抱いて5人の中に入れる。その光景を涙目で見つめながら佐倉みなみは赤木が出した得点が気になった。

「赤木さんは一体何点を点けたの?」

「えっ?見てなかったの?」

「うん。目を閉じてたし司会者の声しか聞いてなかった。それに拓也君に抱きついちゃってたし…」

「そっか。赤木さんの得点は5点だった。」

「…ご…てん……?」

あまりにも低い赤木の得点に驚きみなみは聞き返した。

「5点って…低すぎない?」

「ああ。俺もそう思ったよ。だから後から真希がひなさん経由でだけど理由を聞いた。

俺達のバンドは5人とも全員がベストの演奏をしていた―らしいけど、亮達のSPADEは4人が全員ベストな演奏を出来なかったらしい。」

「そうなの?4人とも中学生とは思えないくらい凄かったけど…」

「赤木さん曰く。有栖詩の演奏が乱れに乱れていたらしい。俺はそれを聞いて納得出来ないでいたんだけど…今、動画を見直して詩のベースを意識して聴いていたら乱れていた事がわかった。」

「…そう、なんだ。いつものパフォーマンスが出来てなかったのは、病気のせい??」

「…ああ。有栖詩は次の日。12月28日に倒れてこの病院に入院していた。そして、昨日、東京の病院に転院したよ。」

「わざわざ東京に?」

「ああ。結城総合病院でも彼女の治療は難しいのかもな。」

「…そうなんだ。でも、まだ中学生だもんね。病気を治して元気になれば今年は亮君達が優勝候補だね。」

「亮達のバンドは昨日解散したよ。」

「えっ!?SPADEが?どうして??まだまだこれからじゃないっ!あんなに才能豊かな4人なのに…どうして?」

「来週、有栖詩は手術をする事になったから、かな。」

「手術は難しいの?そんなに重い病気なの?」

「…ああ。手術をすれば命は助かるらしい。だけど、手術に成功しても耳が聞こえなくなるのがほとんどらしい。」

「…そんな。」

「神経線維腫症II型っていう病名らしい。何もしなければいずれ聴力がなくなり命の危険性があるらしくかといって手術したとしても多くの場合で聴力がなくなり手術後、顔面神経麻痺などの後遺症が残ったりする可能性があるらしいんだ。だから、以前から彼女は読唇術の訓練を受けていたらしいよ。」

「読唇術?唇の動きで何を話しているのかわかる?」

「そう。」

「以前から、覚悟していたんだね。だけど、もし、手術後、聴力がなくならなかったら?バンドは再結成出来るんだよね?」

拓也はゆっくりと首を横に振った。それは、わからない。だったのかバンドの再結成はない。だったのか、みなみは判断出来なかったが、そっか。と言って俯いたがすぐに顔を上げて拓也を見つめた。

「KINGの正体って、もしかして……」

「ああ。有栖詩がKINGだよ。動画内でKINGはあえてベースではなくギターを弾いていたんだ。」

「準決勝のSPADEの演奏後、ステージを降りる詩ちゃんが猫耳フードを被ってたのを見て、もしかしてそうかなって思ったけど…そっかKINGが…詩ちゃんだったんだ……決勝戦で猫耳フードを被っていたから動画を見ている人はKINGだってわかっていたよね?私はそれどころじゃなかったから気にしなかったけど…ねぇ?どうして詩ちゃんはKINGだってわかるような猫耳フードを決勝で被ったのかな?」

「えっ?それは考えてもみなかったな。」

「優勝したら正体を明かすって動画で流してたのに決勝の舞台で猫耳フードを被ったら動画見ている人ならわかっちゃうよ。」

「確かに。」

「もしかして。覚悟を決めていたのかな?」

「覚悟?何の覚悟?」

「優勝は出来ないって覚悟。」

「…まさか。」

「そんな覚悟をさせるくらい拓也君達の演奏は凄かったよ。」

「そうだったのかな。」

「絶対そうだよ。だから、せめて動画を見てくれている人が観客の中にいるのなら私がKINGだと教えようと思ったんだよ。」

「ま、真相はKINGだけが知っているって事だな。」

「そうだね。」

拓也はしばらく沈黙した後、

「もし、ここでSPADEが優勝出来ていてもプロにはなれなかった。」

と言った。みなみは拓也が何を言い出したのかわからなくて「え?」と聞き返した。

「KINGの…有栖詩の言葉。亮が俺達に伝えてくれた言葉。」

「あ、うん。」

「ここで優勝出来てもプロにはなれなかった。だけど、あんた達と肩を並べ精一杯戦えた事が私は誇らしい。私はQueenに憧れあんた達にも憧れていたのだから。だから…私の分までプロの世界で頑張ってくれ――」


     *


――1日前。

結城総合病院 詩の病室にて


「――私はThe Voiceを応援している。別にプロになれなかった事は悔しくはない。さっきも言ったが私は優勝出来たとしてもプロになれなかったのだから。ま、亮達をプロにさせてやりたかったがな。

ただ、これからThe Voiceが曲を出す度に私は悔しさを感じるのだろう。

だって私はThe Voiceが曲を出す度にどんな曲なのか気になって楽しみにするのだろうから。だけど…私には残念ながらその曲がどんな曲なのか聴く事が出来ないのだから。」

「…詩。」

「必ず彼らに伝えてくれ。」

「…わかってる。しばらくは東京なのか?」

「そうなるな。」

「…帰って来るんだよな?」

「……」

「…おい。詩?帰って来るんだよな?」

「はぁ、KINGも引退だな。登録者数80万人。Queenの二番煎じの割には頑張った方か…最後の動画も出さないまま終わっていくのは…ま、仕方ないか。」

「詩。話しを逸らすな。」

「知ってたか?Queenは昨日、登録者数100万人を突破したよ。」

さっきから霧島亮の目を見ようとしない詩は時計を見つめた。

「…さて、そろそろ転院の準備をしないと。」

「詩?どうして亮の質問に答えない?」

響の問いにも詩は答えない。そして、詩は言った。

「私はバンドを抜ける。」

突然の詩の言葉に亮は何も言えなかった。沈黙が続きそれに堪え兼ねた陸が優しく言った。

「俺達は詩の帰りを待つよ。だからバンドを抜けるなんて言うな。」

「待つな!」

詩の声は震えていた。今にも泣き出しそうな声色だった。

「詩がバンドを抜けると言うのなら…SPADEは今日をもって解散するっ!」

「ふざけるなっ!お前達が揃っていればいずれプロになれる!解散なんてするなっ!」

「なら、俺達は詩が帰って来るまで待つ。」

詩は初めて亮達の前で泣いた。

「…無理だ。無理なんだ。私は音楽の世界にはもう戻れない。もう、ずっと前から覚悟をしていたんだ!なのに私を引き止めるなっ!余計に辛くなるんだっ!お前達の事を好きになったからっ!ずっと一緒にいたいと思ってしまったからっ!だけど、手術をしないと死ぬなんて言われてきたんだ…術後に耳が聞こえなくなるだろうって言われてきたんだ…耳が聞こえなくなった私はバンドなんて出来ないっ!頼む。もう、これ以上…引き止めないでくれ…私は……辛いんだよ。本当は悔しいんだよっ!!」

「……詩。お前の本当の気持ちが聞けて良かった。」

「俺達は詩の本心が聞きたかったんだ。」

「悪かったな。」

「SPADEは解散する。俺達3人で話し合った結果だ。詩が辞めるなら解散するって決めてたんだ。」

「詩がいないSPADEはもうSPADEじゃないからな。」

「ありがとな。詩。」

「ありがとう。詩。」

「ありがと。詩。」

詩はベッドの上でうずくまり、顔を伏せ泣き続けた。

亮が詩の背中に手を置くと続いて響と陸が亮と同じ様に詩の背中に手を置いた。そして、3人一緒に詩に感謝の言葉を述べた。

「ありがとう。楽しかったよ。」


     *


有栖詩は動画を回し始めた。

やはりKINGの最後の動画を配信しようと思ったからだ。

このまま終わっても良いがこれだけの登録者がいて応援してくれる人達がいた。

どんな形であろうと辞める事くらい配信しなければいけない。

重要なお知らせ

そう書かれたフリップを映す。しばらくして次のフリップを映す。それを繰り返すだけの動画。

第二回柴咲音楽祭

優勝出来ず

顔も性別も明かさないままではあるが

KINGはこの動画を最後に

引退をする

沢山のコメントに

たくさん励まされた

希望を持つ事が出来た

ありがとう

楽しかったよ


フリップを捲るだけの動画を止める。

しんと静まり返った世界で詩は深く頷いた。

これで良い。最低限の感謝の言葉を配信出来た。これで良いんだ。


――私、手術をしないと死ぬの…?

――手術に成功しても本当に耳が聞こえなくなるの?

――奇跡は……起こらないの?

――私は音楽の道で生きる為に生まれてきたの、

――だから、それが叶わないと言うのなら、

――音のない世界で生き続けろと言うのなら、

――死んだ方がマシだ!

――手術はしないっ!もう死なせて。

――お願い。死なせて。


『俺の事覚えてるか?霧島亮だ。俺新しくバンドを結成しようと思ってんだけど、どうかな?』

覚えていたさ。あんたのギターはQueenをも凌ぐ。

『今のバンド解散するんだろ?じゃあ、丁度良くね?』

今のバンドを辞めて私は死ぬつもりなんだよ。

『一緒にプロ目指さないか?』

プロ?私はプロになる前に死ぬんだよ。

『俺さThe Voiceっていうバンドのバックギターやってんだ。最高なんだぜ。そのバンド。』

The Voice……あのQueenがいるバンドにコイツも?凄いメンツが揃ったものだ。

『俺さ。The Voiceを越えるバンドを結成したいんだ。その為には有栖詩。あんたの力が必要なんだ。頼むっ!バンドに加わってくれっ!一緒に最高のバンドを組んでプロを目指そう。』

もう少しだけ、生きてみるか。別に私はプロになれなくてもいい。ただ、才能のある彼らを私はプロにさせてあげたい。何故だかそう思った。

『KINGが詩っ!?』

お遊びのつもりだった。すぐに辞めるつもりだった。最後の舞台のつもりだった。なのに皮肉なもので登録者数がどんどん増えて私は希望を持ってしまった。

『詩っ!大丈夫か?お前急に倒れ込んだから心配したよ』

ああ。私は病気なんだよ。亮。お前達には私の病気の事を教えておく。

『さっさとプロになって、一日でも多くプロの世界で音楽を続けようぜ。』

その言葉は私に生きる希望を与えた。

『そして、一曲でも多く沢山の人達に俺達の音楽を届けよう。』

そうしたかった。だけど、私は音楽の道で生きる事より大切な事を教わったよ。


3ヶ月前は死にたいと願っていた私が今はこの世界で生きたいと願う。

音のない世界でも私は生き続けたいと願う。

そう願えたのはSPADEというバンドを組んだからだ。お前達と出会えたからだ。たった3ヶ月程度で私の願いは180度変わった。それは、かけがえのない大切な仲間が出来たからだ。

だから、私は耳が聞こえなくなってもいいから手術を受ける事にした。生きる事を選んだ。

この世界に生きて。お前達と一日でも長く笑って過ごしたいと思った。

音楽の世界で生きられないのは悔しい。私の耳が聞こえなくならなければいずれプロになれる自信もある。だけど…今は、もう、そんな事どうでもいい。

私に生きる希望を与えてくれた3人には感謝しかない。

ありがとな。亮。響。陸。私はお前達のおかげて少しだけ長く音楽の世界にいられた。夢を追いかけられた。そして何より、お前達は私に生きる希望を持たせてくれた。


例え耳が聞こえなくなってしまっても目を閉じれば頭に、体に、心に浮かぶメロディーが残っている。


――お前達の声……忘れないよ。


[別れのとき]



2016年1月10日(日) 19時


1月5日に柴咲音楽祭の動画を全て見終わった事を真希達に伝えると次の日から毎日の様にみんながお見舞いに来てくれた。

The Voicのメンバーや結衣はもちろん相川や太田や五十嵐。時には雪乃や楓もお見舞いに来てくれた。

佐倉みなみはみんながやって来てくれる事が嬉しかった。

しかし、面会時間が過ぎると一気に寂しさが訪れる。

母はいつもそれがわかっているかの様に面会時間が終わると病室に訪れてくれる。

「大丈夫?」

母の第一声はいつもこの言葉だ。

「…大丈夫だよ。」

「…そう。」

「面会時間過ぎてるよ。」

「知ってるわ。だけど、私はみなみの母親だから。」

「毎回言ってるけどさ。母親でもダメでしょ。」

「あ、そういえば明日よね。拓也君達。」

「えっ。あ、うんっ!」

明日、拓也達The Voicは東京へ向かう。

向かう先は大手音楽事務所『レディオ』。

『レディオ』といえばエルヴァンや柴咲音楽祭で審査員を務めた石原が所属しプロデューサーの吉田聡がいる。

そして、吉田がエルヴァンのプロデューサーとなる以前は間宮トオルがプロデューサーとして所属していた音楽事務所だ。

その『レディオ』に拓也達5人が向う理由はもちろんプロ契約を結ぶ為だ。

「あさってにはどんな様子だったか話し聞けるかな?」

「LINEで聞けばいいじゃない?」

「直接お話し聞きたいの。」

「アナログね。」

「アナログ最高だもん。」



2016年1月11日(月) 11時


橘拓也達The Voiceの5人は渋谷駅前にいた。

「おいっ!あれっ!」

龍司が突然叫んで上の方を指差した。

拓也が龍司の指差す方を見上げると巨大な大型スクリーンに映し出されたひな達LOVELESSの姿があった。

「エル・オー・ブイ・イー・エス・エス・ラヴレスのツーと。」

「ヒロと。」

「ケイと。」

「ヒナです。私達のデビューシングル『君が好き』は皆さん聴かれましたか?まだ、という方はぜひぜひチェックしてみて下さいね。さて、去年デビューした私達ですが早くもファーストアルバムを発売する事となりました。」

LOVELESSの4人がスクリーンの中で手を叩く。

「なーにがツーだ。お前の名前は勉だろーがっ。」

龍司が毒突くのを真希が「しっ。」と言って黙らせる。

拍手が終わるのを待ってひなが続きを話し始める。

「それに先駆け、なんと私達LOVELESSの全国ツアーが決定致しましたっ!」

再びLOVELESSの4人がスクリーンの中で手を叩く。

「2016年1月11日大阪公演を皮切りに2月29日まで広島、福岡、北海道、宮城、愛知、東京と続きますので私達に会いに来てくださいねぇ〜。」

ひな達が楽しそうに手を振り画面が暗くなる。そして、全国ツアーの日程が表示された。その後、LOVELESSのデビューシングル『君が好き』のミュージックビデオが30秒程流れ、ひな達の姿はスクリーンの映像から消えていった。

「す、凄いわね。」

「ああ。」

「少し前まですぐ近くで話していた人が…あんなにも遠くにいるだなんて…」

「ほ、ホントだな…すごく遠くに感じるよ。」

「随分差をつけられちまったな。けど、俺達もプロになれるんだ。さっさと追いつこうぜ。」

「だな。」

「てかさ。全国ツアー今日からじゃん。」

「あ、マジ。」

「え〜私、東京行きたいなぁ。」

「おい。真希。チケット貰っといてくれよ。」

「バカかっ!自分で買いなさいよっ!」

「そろそろ行こう。巨大なスクリーンを見上げるのにも疲れた。」

春人の言葉でやっと拓也達は大型スクリーンを見上げるのをやめた。

「いざレディオへ、か。エヴァはもう解散だろうな。」

龍司がそう言ったので拓也達は歩き出そうとしたのをやめた。

「近いうちにそうなるだろうな。」

春人がそう答えると龍司は春人の方をじっと見つめ、

「お前の師匠はどうすんだろうな?」

と問い掛けた。春人は柴咲音楽祭が終わった次の日から吉田からベースを習い始めていた。

「吉田さんは…退職を考えているみたいだ。」

「で、その前に私達をレディオ所属にって名乗りを上げてくれたわけだ。」

「そうみたいだな。」

「てかさ、去年もそうだったけどよ。優勝したらプロデビューなんてうたっときながら柴咲音楽祭の運営陣は音楽事務所には声を掛けてたのかよ?」

龍司が拓也も思っていた事を口にした。

「流石に声は掛けてるでしょ。去年はオアシスの沙耶さんがいたしちゃんとレディオの石原も去年に引き続き審査員としていたわけだし。」

真希の言葉に頷き凛が補足する。

「他の審査員もちゃんとした音楽事務所の人達だよ。だから、審査員に来ている人達の事務所から声を掛けられる仕組みになってるんじゃない?」

「そっか。それならいいけどよ。最初からここの事務所に所属って書いとけよな。」

「事務所によって音楽性が違うだろうから優勝したバンドがどの事務所に合うのか話し合うんじゃない?知らないけど。」

「そういう事にしとくか。で、吉田のおっさんは退職した後何すんだよ?」

「さあ?けど、退職前にやらなきゃいけない事があるって言っていた。」

「やらなきゃいけない事?」

「ああ。」

「吉田さんがやらなきゃいけない事ってなによ?春人は知ってるの?」

「いや、けど予想はつくよ。」

「ま、レディオに行けばわかる。」

「だね。」

「うん。早く行こ。もう人が多くて私ここ苦手。」

「じゃあ、龍司。春人。真希。凛。そろそろレディオに向おうか。」



2016年1月11日(月) 13時


広い会議室。そこで契約の説明を聞きサインをするまでに2時間近くかかった。

真希と春人の2人は説明に頷き時々質問を投げかけていた。

橘拓也はいつまでも続く説明に飽きて時々辺りを見渡した。

龍司と凛の2人も同じ心境だったのか3人で目を合わせる機会が多かった。

(ここは真希と春人に任せておこう。)

心の中でそう決めて拓也はただただ時間が過ぎるのを待った。

そして、13時を過ぎた頃やっと契約は結ばれた。拓也は黙って座っていただけだが終わった瞬間、疲れがどっとやってきた。真希や春人はもっと疲れているのだろう。

トントン。と会議室の扉がノックされ吉田聡が現れた。契約が結ばれる時間を見計らったのだろうがタイミングが良すぎて拓也は驚いた。

「君たちに紹介したい人物がいる。付いて来てくれ。」

そう言って吉田は拓也達をスタジオへと連れ出した。

しかし、スタジオの中には吉田が言う紹介したい人物の姿はなかった。

「紹介したい人物って?」

スタジオ内を見渡しながら真希が問う。

「一人はこれから苦楽を共にするマネージャーだ。そして、もう一人は君たちのプロデューサー。」

そう答えて吉田が椅子に深く腰掛けた時、スタジオの扉が開き一人の女性が入って来た。

「紹介しよう。君たちのマネージャー足立永遠(あだちとわ)だ。」

「はじめまして。足立永遠です。みんなの動画や柴咲音楽祭の活躍は全て見させてもらったわ。これからよろしくね。」

「今年レディオに入社したばかりの23歳の新米マネージャーだ。若いわりにしっかりしているし君たちと年齢も近く丁度いいだろう。」

足立永遠は笑顔が特徴的で話す時は常に笑顔を浮かべてニコニコとしている。

ロングの黒髪が似合いほっそりとした体型からマネージャーより女優やモデルの方が向いているのではないかと思える程の美人だった。

「あと、余談だが彼女は今売り出し中の女優、穂波飛鳥のマネージャーもやっている。」

拓也は穂波飛鳥という女優の名前をどこかで聞いた覚えがあった。

「…穂波飛鳥。どっかで聞いた覚えがあんなぁ。」

龍司も拓也と同じだった。

「石原が曲を提供した女優の名前よ。あんたが一番にその女優が出てるテレビを見て私達に教えたんじゃないのっ。もう忘れたの?」

「あっ!あの女優かっ!」

「あんたホント物忘れひどいわね。」

「悪かったな。てか、その女優の事務所もレディオって事か。」

「だから石原が楽曲提供したんじゃないの?」

「そういう事だ。」

と吉田が締めくくり拓也達が足立と一通り挨拶を交わした後、

「ところでプロデューサーは?」

と真希が吉田と足立の顔を交互に見て質問した。

「じきに来るさ。」

「吉田さんが俺達のプロデューサーになる気は?」

弟子である春人が問い掛けた。

「俺は退職する。以前にも春人には伝えたはずだ。それに俺にはプロデューサーの才能はない。」

「ねぇ、吉田さん。そのプロデューサーが来るまで時間ある?」

真希の質問に吉田はプロデューサーは2時に来る予定だと答えた。

「少し時間あるね。私さ。プロデューサーにはトオルになってもらいたいんだ。」

その言葉が出た途端、拓也は、俺も。と言ってその後に龍司達も同じ考えである事を吉田に告げた。

「プロデューサーが到着する前にみんなにトオルさんの過去の事を話してもいい?」

吉田は真希の問いに驚きながらも頷いた。

「トオルさんの過去?お前知ってんのか?」

龍司が驚きながら真希に聞いた。真希は辛そうな表情を浮かべて、

「ええ。以前に聞いたの。恋人ひかりさんの死の真相を。」

と呟いた。吉田は拓也達に座る様に命じ真希が間宮の過去の話しを始めた。

そして、真希が話し終わった頃、スタジオの扉がノックされた。

「着いたみたいだな。」

吉田が呟くと足立が返事をしながら扉の方へと駆け寄る。

ゆっくりと扉が開き、プロデューサーとなる予定の人物が姿を現した時、拓也達5人は驚きの声を上げた。

「お前達のバンドをプロデュースする男はこの世にこの人しかいないだろうと思ったから彼を呼んだ。」



2016年1月11日(月) 14時


「やはり、そういう事、か。」

間宮はスタジオに入るなりそう呟いた。

「まさか…おいおい吉田のおっさん。トオルさんに何の説明もなくここに来るように伝えたって事ないよな?」

「そのまさかだが?」

「てか、龍司あんたさ、吉田さんにおっさんをつけるのやめなさい。」

「なんでだよ?」

「立場をわきまえろって事だよ。」

「はぁ?立場?おいタク。何を言ってんだ?」

拓也は大きなため息を吐いて龍司に説明をしようとした。しかし、説明をする前に吉田が言った。

「俺はもう会社を辞める。もう立場なんてものはないからその呼び方で構わないさ。」

「だってよ。」と言って龍司は真希と春人の顔を交互に笑みを浮かべながら勝ち誇った表情でそう言った。真希と春人は拓也同様大きなため息を吐いた。

「で、俺が最後の仕事に選んだのがトオル、お前をプロデューサーに戻す事だと決めここに呼び出した。」

吉田は椅子から立ち上がり間宮の前へと歩を進めた。そして、じっと間宮を睨むように見つめる。間宮は吉田の視線から目を逸らす事なく黙ったまま立っている。

「トオル。どうだ?プロデューサーに戻らないか?」

「俺がプロデューサーに戻れば拓也達に面倒が掛かる。」

「ふんっ。そう言うと思ったよ。さっき真希の口からお前の過去の話しをしてもらったよ。彼らは全員お前の過去を知った。ひかりの死の真相を知った。その上で俺に言った。お前にプロデュースをしてほしい、と。」

「人殺しが世に出れると思うか?」

「ひかりを殺しただなんて思っているのはお前一人だけだ。エルヴァンのプロデューサー時代に真実を話さないからおもしろがって記者がやって来た。本当の事を話せばその記者だって必要以上にお前の元にやって来る事はなかったにも関わらずだ…あの記者は未だにお前の元に現れているじゃないか。」

「ひかりを殺したのは俺だ。それに間違いはないだろう。」

「殺したわけじゃない。あれは事故だろ。」

「それでも俺が殺した事には変わりない。」

「トオルさんがひかりさんの死をただの事故死には出来ない気持ちはわかる。大事な人を殺してしまったと責める気持ちもわかる。だけど、どうして記者がやって来た時に事故だったと言えなかったのっ!真実を話せば記事にしようとはしなかったはずなのにっ!どうしてトオルさんは逃げる事を選んだのっ!」

真希は叫んび訴えたがトオルは何も答えなかった。

「逃げたわけじゃない。守ったんだろ?」

「守った?吉田さん…どういう事?」

「お前は恋人殺しの記事が出た場合、誰が一番傷つくのかを考えた。それは間違いなくひかりの両親だ。ひかりの死から何年も経っているというのに記事が出るとまたひかりの両親に迷惑がかかる。そう思ったんだろう?事故だったと言えば記事にならないかもしれない。しかし、トオルの口からは事故だったとは口が裂けても言えない。何故ならひかりの両親はお前が娘を殺したのだと言っていたんだからな。だから、もし事故で恋人を亡くしたプロデューサーなんて記事が出たとしても、ひかりの両親からはお前がひかりの死を事故だと認めたのだと思われてしまう。どっちにしろひかりの記事が出てしまうとひかりの両親は傷つくか怒りの感情がまた芽生えるのは想像が出来た。だから、お前は記事に出される事を嫌った。ひかりの両親にこれ以上迷惑を掛けない為にも。だからお前はプロデューサーを辞めた。それは同時にエルヴァンを救う事にも繋がるとも思ったのだろう。」

「トオルさん。俺、ずっと前から願ってたんだ。俺らがプロになれた時、その時はトオルさんが俺らのプロデューサーになってほしいって。」

「…拓也。」

「その未だにやってくる記者がどんな奴かはわかんねーけどよ。俺らはトオルさんにプロデューサーになってもらいてぇんだ。」

「今すぐに返事がほしいわけじゃない。俺達のデビューはまだ先なんだから。だけど、プロデューサーになるかどうかちゃんと向き合って考えて欲しい。」

龍司と春人がそう言った。一ノ瀬凛は自分も後に続かなきゃと思った。しかし、言葉が見つからなくて続く事が出来なかった。

「トオルさんのひかりさんへの愛はご両親にもきっと伝わってるよ。」

間宮は首を左右に振った。

「じゃあさ。私が一緒について行ってあげるからさ。ひかりさんのご両親に会いに行こうよ。もう随分と会っていないんでしょ?」

間宮が黙っていると吉田が、

「ひかりの葬式以来か?」

と聞くと間宮は俯き呟いた。

「…いや、俺達がバンドを解散した後…俺がプロデューサーになる2年程前にひかりが生前書いていたという日記を持って会いに来てくれた。」

「会いに来てくれたの?それなら…」

「真希、すまないな。違うんだ。」

「違う?何が?」

「俺にひかりの両親を守りたいという気持ちはある。だけど、それよりも前にひかりを殺したのは俺なんだと認めているんだ。ひかりが死んだのは俺のせいで間違いない。それを否定する事は出来ない。だから、また記者がやって来て恋人殺しかと問われれば否定をする気はない。そうなればお前達に迷惑が掛かる。だから―」

「―だからプロデューサーにはなれない?」

真希が問い掛ける。間宮はゆっくり頷く。

「…そうだ。」

「…ひかりさんの死が自分のせいでそれを否定する事が出来ないのはわかった。それをずっと貫いてきたわけだし、これからもそれを貫けばいいわ。ひかりさんの死はトオルさんのせいなのは間違いないんだし。」

「真希っ!」と龍司が叫ぶのを真希は手のひらを龍司の顔の前に出して制した。

「けどね。ひかりさんを殺したどうのこうので今更他人に迷惑が掛かる事なんてない。私達にもひかりさんのご両親にも兄である相沢さんにも天国にいるひかりさんにだってね。

トオルさんの事を知っている人はみんなその”事故”の件が蒸し返されたとしても今更傷ついたり迷惑がったりトオルさんに怒りを示す人なんてもういないっ!

何故ならトオルさんのひかりさんへの愛はこの何十年も変わらなかった事をみんな知っているから!ずっとひかりさんの事を想い、後悔して生きてきた事を知っているから!トオルさんを知る人はみんなそれを知っている。ひかりさんへの愛はみんなに伝わっている。だから何も心配する事はない。ましてや誰かに迷惑を掛ける事もない。だから、だからだからだから私達のプロデューサーになって!」

暫くの沈黙が続いた。間宮の返答はない。すると今度は拓也が口を開いた。

「…昔、記者がやって来た時、サザンクロスの仲は冷えきっていた頃だったんだろうし、ひかりさんの両親もまだまだトオルさんを許していなかった。だからトオルさんの事を守ろうとする人はいなかった。トオルさんの代わりに真実を話してやるって人が現れたとしてもひかりさんのご両親の事を考えてくれとトオルさんに頼まれたら、その当時は動けなかったと思う。

だけど、今は違う。

ひかりさんを殺したとトオルさんが言ってもみんなが真実を話す。

吉田さんも奥田さんも沙耶も相沢さんだってトオルさんの事を守ろうと動くだろうし俺達The Voiceのメンバーもトオルさんに代わって真実を話し必ずトオルさんを守る。

例え恋人殺しだのという記事が出たとしてもトオルさんはもう昔の様に一人じゃない。」

凛にはわかる。さっきの真希の声も今の拓也の声も間宮の心の中に響いていると。

「頼むトオルさん。俺らのプロデューサーになってくれ。」

龍司がそう言って頭を下げる。続いて春人も頭を下げながら、

「お願いします。トオルさん。」

と伝え続いて真希と拓也も頭を下げた。間宮の視線が凛へと向けられた。凛は、はわわ。と声を出し慌てて皆と同じ様に頭を下げた。

間宮が大きくため息をつく声が聞こえた。

「わかったから。頼む、頭を上げてくれ。」



2016年1月11日(月) 18時30分


結城春人達5人がレディオを出たのは5時をまわった頃だった。

間宮トオルをプロデューサーに戻す事が出来た。もう一度間宮トオルが表舞台に立つ。それが本当に嬉しかった。

その後、足立が紹介したい子がいると言い間宮と吉田の元を離れ長い廊下を歩いた。そして春人達が通された部屋には女優の穂波飛鳥の姿があった。

「可愛い。顔ちっちゃい。」

穂波を見た瞬間、凛がそう呟いた。

穂波はテレビでは満面の笑みを浮かべハキハキと話すイメージだった。しかし、実際に会うとぼそぼそと挨拶をし春人達とは一切目を合わせる事がなかった。

穂波と挨拶を終えた後、足立は「ごめね。」と春人達に謝った。

「あの子、根暗なの。陰キャなの。典型的オタクタイプなの。カメラがまわったり歌を歌う時は別人になるんだけどね。」

「変わった人が多いんだねぇ〜。」

凛がしみじみ言うのを聞いて春人は心の中で『凛も負けず劣らずだけどな。』と呟いた。

足立に事務所を一通り案内され全てが終わったのはつい先ほどだ。事務所を出ると拓也がさっきまでいた大きなビルを見上げ呟いた。

「ああ。疲れた。でも、トオルさんをプロデューサーに戻す事に成功した。まるで夢のようだ。」

間宮は今後の打ち合わせを含めまだ吉田達とこのビルの中にいる。

春人達4人も拓也同様ビルを見上げていると後ろから、

「おやおや。もしかして優勝者って君たちぃ〜?」

という声が聞こえた。最初、春人はその声が自分達に向けられたものとは思わなかった。

「さっそくね。」

真希が顔だけで後ろを振り向いてそう言った。

「これはこれは間宮トオルのお弟子さん。偶然っすねぇ。そっか。ヴォイスが優勝って聞いてたけど、名前と顔が一致しなかったんだよねぇ。そっかそっか。君のバンドか。大した事なかったのに優勝できたんだぁ。凄いねぇ〜。まさか裏で何か取引でもあったのかな〜。おじさん疑っちゃうよぉ。」

「なんだコイツ?」

「こいつが昔トオルさんに恋人殺しの記事を出すって脅迫した記者、京虎一よ。あんた私達が優勝したって知ってるからここにいるんでしょっ!」

「知らねーし。最後まで見てねーし。ただ、今日、柴咲音楽祭の優勝バンドがここに来て契約を交わす事は知っていたけどねぇ。」

「…かなどめ…とら…ひと……」

龍司が記者の名前を呟いた。京という男はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらふざけた話し方で喋って来る。しかし、京の目は鋭く油断してはいけない人物だと春人は本能的に直感した。

「てか、今お嬢ちゃん脅迫って言った?俺、そんな事してませんってばぁ、もうヤダなぁ。誤解っすよ。ゴ・カ・イ。」

「てめぇがトオルさんの邪魔をしたのかー!!」

そう叫んだかと思うと龍司は春人達が止める事すら出来ない早さで京の真ん前に飛び出し殴り掛かった。その時、止まっている車の窓からピカッと光が放たれた。

京は派手に後ろに倒れ込んだ。

「あ、あんたいきなり何やってんのよっ!」

真希が龍司の正面に急いで回り込み肩を両手で押さえながら叫ぶ。

いててぇ。と顎を擦りながら京はその場であぐらをかいて座り込んだ。そして、右後ろを振り向き、

「おい。相棒、撮れたか?」

と先ほど光が放たれた車に向って大声で叫んだ。京が振り向いた先には黒いステップワゴンが止められていて窓が開いている。

嫌な予感がした春人は、

「…まさか、今の光。」

と呟いた。隣に立つ凛が、何がまさかなの?と聞いて来る。春人が答えるよりも早く京が先に口を開く。

「そのまさかだよ。そこにはカメラを持った相棒がいる。」

京はそう言って口の端を上げるとカメラを構えた男が窓越しに姿を現した。

「京さん。その金髪のパンチ早すぎて撮れなかったッス。すんません。」

京は「はぁ?」と言いながら立ち上がり、

「何やってんだよっ工藤っ!じゃあ、何か?俺、殴られ損じゃねーかよっ!」

と言って工藤と呼ばれた男の元へ行きカメラを奪い取った。

カメラの確認を終えた後、京は工藤の頭を殴った事で、ちゃんと撮れていなかった事が春人達にも伝わった。

「証拠はなくても殴られた事には違いねぇ。お兄ちゃん達、タダで済むと思うなよ。」

その鋭い目が怒りに満ち溢れている。

「あんたどうしたの?少し落ち着きなさい。私の言う事は聞けるわよね?」

龍司の目も京に劣らないくらい鋭く怒りに満ち溢れていた。

「これはマズいぞ。拓也、凛も一緒に止めるぞ。こんな道端で、しかも記者相手に暴れたら俺達はもうプロになれない。」

拓也も凛もその言葉に驚き春人と共に龍司を止めに入る。

「殴られた分は倍にして返してやるよ。兄ちゃん。」

「ふざけんなよっ!当たってもいねぇのに大げさに倒れ込みやがって!」

「ちゃんと写真が撮れてたらめちゃくちゃ殴られてるように見える技ありの避け方だっただろう?」

「ふざけやがって!けど今のを避けるとはさすが元プロボクサーだ。てめぇの動体視力は一瞬で素人の俺の拳くらい避けられるんだからよぉ。」

春人は龍司の体を抑えながら、

「んっ!?」

と声を出し首を捻った。

「あんた、京虎一の事を知ってんの?」

暴れる龍司を抑えながら真希が聞くと龍司は京の方を真っすぐ見つめ、

「ああ。」

と答えた。

「コイツは記者になる前にプロボクサーだった男だ。」

「へぇ〜。兄ちゃん、すげぇーな。俺のボクサー時代を知ってるとわ。なかなかマニアックだな。まさか兄ちゃん。俺のファン?」

京の声を聞き龍司は激しく4人を振りほどこうとした。

「龍司、周りを見ろ!人だかりが出来ている。直に警察が来るぞ。」

「あんたせっかくプロになれたのに全て台無しにする気?少しは落ち着きなさいっ!」

「大丈夫だ。安心しろ!」

「ふざけんなよ!何が安心しろだ!プロになれなかったら俺一生龍司を許さないからなっ!」

「タク!どけっ!」

「どけるかっ!」

「ったく野蛮なガキ共だよ。で、間宮トオルはお前らのプロデューサーになる気か?」

「だったらどうする?」

「金髪の兄ちゃんは血気盛んだねぇ。ま、俺は嫌いじゃねーよ。で、間宮トオルがプロデューサーになったらどうする気かって?」

ニヤニヤと笑みを浮かべながら話す京はそこで言葉を切り充分に間を取った。そして、真剣な表情を一瞬で作り出し、

「潰すにきまってんだろうがっ!」

と叫んだ。急に表情が変わった京を見ていると春人は恐怖を感じた。しかし、龍司はひるまない。春人達が抑えているから動かないが、抑えていなければ今頃また京に殴り掛かっていたはずだ。

「お前、俺らの事は調べたのか?」

龍司が聞く。京はまたニヤニヤとした笑みを浮かべ、

「調べるわけねーだろ。」

と言い放った。

「だろうな。トオルさんの事もろくに調べずに恋人殺しだとか記事にしようとしたぐらいだもんな。お前は詰めが甘いんだよっ!記者として3流以下だ!」

「まずい。サイレンの音がする。きっとこっちに向ってるよ。」

凛がそう言った。春人にはまだそのサイレンの音は聞こえていないが、凛が言うのだから間違いなくサイレンは鳴っているのだろう。そして、間違いなく目的地はここなのだと確信を持てた。

「落ち着け!ここまでにしよう。」

「お前ら、離せ。」

「離すわけないだろっ!」

「いいから離せって!俺はこいつを殺す。」

「殺すって…あんた何バカな事言ってんのよ!落ち着きなさいよ!あんた一体どうしたっていうの!?」

サイレンの音が遠くに聞こえ始めた。

「京虎一。俺達の事をちゃんと調べろ。そして、トオルさんの事もちゃんと調べ直して出直して来い。それまで殺すのは待っててやる。」

「何を偉そうに…てか、お前、頭ヤバいんじゃねーの?」

「とりあえず、殺すのは今度にするにしてもお前を一発殴らねーと気が済まねー。」

龍司が止めに入っている春人達を簡単に振りほどき京目掛けて殴り掛かった。

「ガキが!お前ごときの拳が俺に当たるわけ……」

まだ話しの途中だった京だが龍司の拳をいとも簡単に避けた。

「おいおい。兄ちゃん。お前本気だな。」

「ああ。本気だよ。けど、流石だ。俺の拳を簡単に避けるんだからな。」

「フン。元プロボクサーを舐めるなよ。」

「お前の顔面を今から思いっきりぶん殴ってやるその前に俺の名前を教えといてやるっ!」

「ああ、わかった。わかった。兄ちゃんの名前、聞いといてやるよ。」

「俺の名は神崎龍司だっ!このボケがぁ!!」

龍司は大きく振り被り京目掛けて殴り掛かった。

「…なっ!」

京の右頬に龍司の拳が当たる。

京が殴られたその瞬間、カメラのフラッシュが光った。

京は龍司の名を聞いて驚きのあまり拳を避けるのを忘れていたかの様に春人の目には映った。

京が後ろに倒れ込む。

龍司は右手をブラブラと振って、

「逃げんぞっ!」

と言って走り出した。春人達は急いで龍司の後を追う。パトカーのサイレンはもう近くまで来ている。

真希も拓也も凛も龍司を追いながら怒りをあらわにしているのが表情を見てわかる。

龍司の足の速さには誰も追いつけなかった。龍司との距離はどんどん離れて行く。

「あの路地を曲がった!」

拓也が指を指し叫んだ。春人はそれを確認してから後ろを振り返った。

真希と凛の姿は見えない。

春人と拓也はなんとか龍司の姿を確認出来ているが遥か後方の真希と凛は龍司を見失っているのだろう。

「ヒメと凛の姿が見えない!」

春人が叫ぶと拓也が走りながら後ろを振り返った。

「春人どうする?引き返すか?」

「いや、このまま龍司を追おう!ヒメには凛が付いている。」

「だな。」

春人と拓也は路地を曲がった。すると龍司が両手を広げて待っていた。

拓也はその場で膝を着き、はあはあと息を切らしながら龍司に言った。

「危ねぇなっ!ぶつかるだろう!」

「なんだよ。ここで待っててやったのに。」

春人は走り疲れて何も言葉が出ない。

「…龍司、お前、記者に暴力を振るって…タダで済むと思ってんのか?」

拓也は息を切らしながら龍司にそう言ったので続いて春人も息を切らしながら龍司に告げた。

「…龍司のせいで、俺達はもう…プロデビューが出来ないかもしれない。」

「大丈夫だ。」

龍司がそう答えると拓也が、ふざけんなよっ!と叫び龍司の胸ぐらを掴んだ。

「龍司!お前何をしたのかわかってんのか?俺達はもうプロだ!プロになれたんだっ!なのに、お前は…チクショウ…写真まで撮られた……」

「タク離せ。あれはただの親子喧嘩だ。」

「龍司…お前…こんな時に…ふざけるのはやめろっ。」

「ふざけてねぇって。あいつは昔、俺とお袋を捨てた親父だ。」

龍司がそう言って拓也の手を振りほどいた。

「……」

「……」

沈黙が数秒続いた後、春人と拓也は互いに顔を合わせ同時に龍司の顔を見つめた。

「マジっ?」


数分後、凛と真希が遅れて春人達の元に辿り着いた。

「よくこの場所がわかったな。」

「あんた達の話し声を便りに凛に場所を教えてもらった。」

真希が息を切らしながらそう言った。

「で、凛がさっき聞き取ってたんだけど…京虎一があんたの父親って本当なの?」

「凛、お前マジで地獄耳だな。」

凛は真希以上に息を切らし何も言い返せない。

「京虎一。ガキの頃に蒸発した俺の親父だ。あいつは俺とお袋を置いてある日突然いなくなった。もし、俺達を捨てた親父に会う事が出来たら俺は親父を殺すつもりでいた。けど、出来なかった。プロになるからにはもうあいつを殺す事は出来ねぇな。チクショウ。」

「記者になっていた事は知っていたのか?」

春人の質問に龍司は首を振りながら答える。

「いや、知らなかった。俺が覚えているのはプロボクサーとして強かった親父と…弱くなっていく親父。そして、酒に溺れていった親父の姿だ。ボクサーを引退した後の事はどこでどう暮らしていたのか何も知らない。まさかトオルさんの記事を書こうと邪魔ばかりしていた記者が俺の親父だったとは…」

「ボクサーを引退し酒に溺れ蒸発した後、記者になったという事か。」

「だろうな。」と龍司は興味がなさそうに答えた。

「とにかく…本当に親子喧嘩だったって事は記事にはならないよね?警察沙汰にもなんないよね?」

凛が不安そうに聞くと龍司は素っ気なく「それはアイツ次第だな。」と答えた。


     *


何が起こったのかと警察が走りよって来る。京虎一は口を拭い立ち上がった。

「京さん。あの金髪のガキ…じゃなかった。青年は本当に京さんのお子さんなんスか?」

京は、ああ。と答えた。工藤は、マジっスか。と驚きの声を上げていた。

警察には、ただの親子喧嘩だと伝えると呆れたと言わんばかりの表情を浮かべすぐに引き返して行った。

「じゃ、俺達も一度会社に戻りましょうか?」

京は車のドアを開け龍司が走って行った方を眺めた。

「……いつの間にか…あんなにデカくなっていたんだな。」

京は額に片手を当てた。その様子を見た工藤が言う。

「京さんのそんな顔、初めて見ましたよ。で、間宮トオル含めこれからどうします?」

「俺は……」



2016年1月11日(月) 18時


「久しぶりの大阪はどうだ?」

「……」

「…おい、ツー。移動ばっかでろくに外に出てねぇのにその質問はないだろう。」

「それもそうだなっ。」

郷田は豪快に笑った。その大笑いにつられて西野も笑っている。

(なに笑っとんねん…赤木は赤木でスマホばっか見とるし…あと一時間でライブやって言うのに緊張感なさすぎっ!)

「ヒナ?誰か知り合いは来るのか?」

赤木が椅子に座りスマホを見ながら栗山ひなに質問をしてきた。

(誰も呼んでへんわ!)

「お、おい。ヒナ?お前…大丈夫か?」

郷田がひなに近寄って来て目の前で手を振る。

(邪魔すんな。集中したいねんっ!)

「…おい。まさかヒナ…緊張しているのか?」

(そ、そりゃーちょっとくらい緊張はするわっ!初めての全国ツアー初日やぞっ!あんたらが緊張しなさすぎやねんっ!)

「…ヒナ、ステージの上に立って歌えないとかないだろうなっ!」

西野がひなが座っている前でしゃがみ込みそう言った。

(高校の時、そんな事もあったな…でも、今はもうプロや。なりたてやけど…。けどステージに立ったらちゃんと歌える。ウチを舐めんなっ!)

「…おいおい大丈夫かよ。」

「ヒナ緊張しすぎて俺らとの会話も出来なくなっちまってる。」

「沙耶さんに報告をしよう。このままでは本当に本番で歌えないかもしれないから。」

赤木が黒崎の事を話題に出した時、丁度楽屋のドアがノックされ黒崎が現れた。

「みんな。調子はどう?リハは最高だったけど。」

赤木がひなの方を無言で指差す。ひなの姿を見た黒崎はひなの表情を一目見て、マジかー。と呟き頭を抱えしゃがみ込んだ。

「ま、まあ…なんとかなるか。」

そう言って黒崎はすぐに立ち上がった。

「どこをどう見てそう思えたんだよっ!」

「ツー。とりあえず本番まであと一時間あるから大丈夫。」

「俺には時間が解決してくれるとは到底思えないが。」

「黙りなさいヒロ。とりあえず先に貴方達に紹介したい人がいるの。」

「紹介したい人?」

「そう。」

「一体誰を紹介しようってんだ?」

「高校生。」

「はっ!?高校生?」

「そっ。とりあえず入ってもらいましょう。」

黒崎が楽屋のドアを開け、どうぞ入って。と言うと髪を白っぽいピンクに染めた女の子が俯き加減で入って来た。

「こんな髪色でごめんね。この子、バンド組んでたから。ま、私も流石に今日までには黒く染め直して来ると思ってたんだけど。この4月まではこの髪色でいたいみたいなの。」

「おいおいおいおい。なんだよ急に!?まさか新メンバーを入れるとか言い出すんじゃないだろうなっ!」

郷田が叫ぶと赤木が「んっ?」と言いながらその子の様子を伺う。不審に思った西野が、

「ケイ?知っているのか?」

と問い掛ける。

「顔を上げてくれ。」

赤木の言葉にその子が顔を上げる。

その顔を見た瞬間、赤木は椅子から立ち上がり、

「キミはホワイトピンクの…」

と驚きの声を上げたその瞬間、ひなが歓喜の声を上げながら赤木の背中を押しのけ、その人物の目の前に駆け寄りながら早口で、

「は、はるカンっ!はるカンやんかっ!!どうしたんっ!?なんで?なんでなんで?沙耶さんと?ま、そんな事より久しぶりー!!」

と言いながらひなは目の前に現れた堀川遥に抱きついた。抱きついてからもひなは尚も話し続ける。

「なになに?どうしたん?あ、そうかウチらのライブ見に来てくれたんかっ!!ありがとうな。」

ひなは抱きついた後、遥の肩に腕を回しながら横並びになり、

「紹介するわ。ウチの高校時代のバンドメンバー堀川遥。」

と赤木達に遥を紹介した。しかし、んっ?と思い首を捻った。

「でも待って。やっぱ気になるわ。沙耶さん、なんではるカンを知ってるん?」

「柴咲音楽祭に出場してた。」と赤木が答えてもひなはまだ首を捻っている。

「説明するわ。私が柴咲音楽祭の様子を見に行った時、堀川さんがいた。彼女はヒナの近くに行きたかった、と同じバンドメンバーに話してたのを聞いた。だから、私は聞いたの。

君、それはつまり一緒に演奏したいとか自分もプロになりたかったとかじゃなく、ただ単に、純粋にヒナの側にいたいって事って。そしたら彼女――」

「そうってはるカンは言ってくれたんやな。」

「いや、逃げたわ。」

「逃げた?」

「そう、逃げた。私を不審者と思ってね。で、追いかけ回した後にはっ倒して捕まえたわ。」

「…はっ倒して捕まえたってどういう状況?」

「言葉通りよ。で、私が遥さんの上に馬乗りになって問いただした。」

「…馬乗り…彼女には相当恐い状況だっただろうな。」

と郷田は言った。

「で、何を問いただしたんだよ?」

西野の問いに黒崎はニヤリと微笑んだ。

「あなた、ヒナの側にいたいんならマネージャーになる気あるかって。」

ひな達4人は一斉に「マネージャー!」と叫んだ。

「最高やんっ!それ最高やんっ!はるカンがマネージャーになってくれるなんて最高やんっ!!はるカンっ!あんたなんて答えたん?」

「なれるものならなりたいよって。」

「で、なれるからなれよって伝えて今日ツアー初日が大阪だったから来てもらったってわけ。みんな彼女がマネージャーになってもいいわよね?」

ひなは両手を上げ、もっちろーんっ!と叫んだ。

「高校卒業してからだから4月からにはなるけど堀川遥さん。LOVELLESのマネージャーとして宜しくね。んじゃ、遥さん。一言。」

「一言?」

「そ、どうぞ。」

「じゃ、じゃあ…」

「あ、ちょっと待って。」

「なんやねん沙耶さん。はるカンの一言聞いてからでいいやろっ!」

「いや、すぐ終わるから。」

「ほな早く言って!なに?」

黒崎はこほんっと咳払いをした。

「遥さん。私の事オバハンって言った事、私一生忘れないから。」

遥はびくりと体を震わせた。

「んな事伝える為に待ったかけんとって。ほな、はるカン気を取り直して一言よろしくっ。」

「あ、うん…じゃあ、ひな先輩。いや、ひなさん。いや…」

「ヒナでいいし。」

「あ、うん。じゃあ…ヒナケイヒロツー…」

「なんか売れへんゲームの二作目みたいやな…」

「右も左もわからない私ですけど…宜しくお願いしますっ!」

遥は深々と頭を下げた。ひな達は、よろしくー。と言って遥の周りに集まった。それを見つめ黒崎は微笑んだ。

「マネージャーも手に入れてヒナの緊張も解けた。あとは本番開始を待つのみ。さあ!ツアー初日!気合い入れていくわよっ!」

黒崎の言葉に遥を入れた5人が一斉に「おー!」と声を出した。黒崎は、うんうんと嬉しそうに頷いていた。


     *


「なんてこった。」

京虎一は一人スマホを片手に呟いた。The Voiceの動画チャンネルはLOVELESSのチャンネルと配信の仕方が似ている。しかし、動画を配信し始めたのはThe Voiceが先だった。

京は今まで調べたLOVELESSの資料が入ったバインダーを開き目を通す。そこでわかった事は栗山ひなと橘拓也が同じ高校に通っていた事実と橘拓也が転校した先の高校に龍司と一つ上の学年に赤木圭祐がいたという事がわかった。

「なるほどね。しかし、The Voice。こんなにすげぇバンドだったとは…」

京は今の今までThe Voiceの演奏をちゃんと聴いていなかった。

いや、曲自体は柴咲音楽祭の予選でちゃんと聴いた。しかし、このバンドは一曲ではわからないバンドだったのだと初めて知った。

「あの赤髪。こんなにも全く違う声を出せるボーカリストだったのか…」

去年の8月、大阪でのライブ映像がある。その動画をタップすると橘拓也と龍司の他に相沢の弟子がいるホワイトピンクの姿もあった。そして、驚く事に相沢裕紀本人の姿もあり彼らと共に歌を歌っていた。

「マジかよ。相沢裕紀が…歌っている……」

アンコールでは龍司がステージに上がりドラムを叩き始める。その曲に京は聞き覚えがあった。

「サザンクロスの……声…」

橘拓也と相沢がステージに上がり龍司のドラムにのせて歌う。

「…サザンクロスの声を相沢裕紀が…歌っている…」

相沢がサザンクロス解散後、『声』を歌っている話など今まで聞いた事がない。

「この曲を一緒に歌うくらいコイツらの事を相沢は認めているって事か…いや、そもそも…姫川真希が間宮トオルの弟子で与田芽衣が相沢裕紀の弟子だと思っていた事自体が違うのか?相沢裕紀の弟子は与田芽衣だけではなくこの赤髪も?じゃなきゃこの状況は普通にありえねぇ。」

それから京はThe Voiceの動画の全てを見た。

橘拓也の特別な歌声。特に男性と女性の声を同時に出す歌声は本当に一人で2つの声を同時に出しているのかと疑い何度も動画を見直した。

「ここまではっきりと同時に2つの歌声を出せる人間がこの世にいるとは…」

リーダーの姫川真希のギターも流石に間宮トオルに師事していただけあり素晴らしい。しかも彼女はバイオリンもサックスもプロ顔負けの演奏をしている。

DJの一ノ瀬凛もシンセサイザーを鮮やかに使う恐ろしく才能のある少女だが彼女はピアノの腕も天才と呼べる程の才能を持っている。と音楽に関しては素人だがそう感じとれた。そして、ベースの結城春人。あまり目立たないベース。それが第一印象だった。まわりが凄すぎるから埋もれているのかとも思えた。しかし、最近の動画はベースが目立つ機会が増えている気がする。そして、神崎龍司。龍司も過去の動画と今の動画では演奏が全然違う。過去の演奏では力任せにドラムを叩くイメージだったがどうしてここまで繊細なドラムを叩けるようになったのだろう繊細さがその音から伝わって来る。

(まさか…橘拓也や姫川真希だけじゃなく…こいつも?)


「……喜べクソガキ。お望み通り全て調べ直してやるよ…」



2016年1月15日(金) 12時


Queenの動画登録者数が110万人を越えたこの日、The voiceの登録者数も10万人を越えた。つい最近まで登録者数1万人だったチャンネルがここまで登録者が増えた理由はKINGが柴咲音楽祭を宣伝していた事とLOVELESSの人気に拍車が掛かり第一回柴咲音楽祭の優勝バンドである事が世間に知れ渡ったからでありその為第二回王者がどんなバンドなのか検索する人が増えたのだと姫川真希は分析した。

真希はみなみにQueenの登録者数110万人突破とThe voiceの登録者数10万人突破を報告した。みなみは「ホントにっ!?」と言って目をまん丸にして驚き喜んでいた。真希は自分のスマホをみなみに手渡し登録者数を確認してもらった。

「ほ、ほんとに110万人突破してるっ!この前100万人突破したところなのにもう10万人増えたの!?The voiceも凄いよっ!」

「The voiceのチャンネルにはLOVELESSと動画の配信の仕方が似てるだのLOVELESSの配信のパクリだのといったコメントが多いの。今頃、沙耶さん。もしかしたらそのコメント読んで申し訳ない気持ちで一杯かもね。」

「なんかムカつくLOVELESSが真似したのに!黒崎さんにちゃんと文句言うべきじゃない?」

「誰かが気が付いてそれを書き込んでくれているからそのうちわかるでしょ。」

「…それなら良いんだけど。」

「それよりみなみ。スマホは持たないの?」

「あ、うん。とりあえず退院してから、かな。だからいつになるかわかんないな。」

「一人の時暇じゃない?」

「みんなから色々もらってるから充実してるよ。」

そう言ってみなみはテーブルに置かれている凛からもらった絵本を見つめた。

「そ、ならいいけど。拓也達今日はまだ?」

「ううん。さっきは龍司君と結衣ちゃんが来てた。みんな毎日来てくれるのは嬉しいんだけど申し訳なくって。」

「気にしない。気にしない。皆みなみと会いたいんだよ。」

真希がそう告げた時ドアがコンコンとノックされ「はーい。」とみなみが返事をした。ドアを開けて入って来たのは春人と凛の2人だった。

「そこで凛と出会って。」

と春人がドアを開けながら告げると凛が春人の横をするりと通り抜け、

「真希!110万人突破おめでとうっ!」

と真希に告げながら病室に入って来た。

「あ、ヒメも来ていたのか。」

とそこで初めて春人は真希がいる事を知った。

「凛、ヒメがいるの知っていたのなら教えといてくれよ。」

「どうして?真希がいると嫌だったの?」

「嫌じゃないけど、それなりに心の準備が必要だろう?」

「それ、どういう意味よ?」

真希は怒りを抑え聞いた。春人は、いや別に。と小さな声で呟くのではっきりしろと心の中で思い怒りがふつふつと沸いてくる。

「ふふふ。」

とその様子を見てみなみが面白そうに笑い声を上げる。

真希は楽しそうに笑うみなみの姿をじっと見つめた。

(ま、みなみが笑ってくれているなら良いか…)

みなみに免じて春人は許してやろう。



2016年1月20日(水) 12時


佐倉みなみはもう学校へは通えない。

通えないが卒業は出来るはず。しかし、大学受験は無理だ。来年は大学受験が出来るだろうか?

拓也と龍司は大学には行かない道を選んだ。真希は東京の音大を希望し、春人も東京の一流大学を希望している。真希と春人が希望の大学へ受かったとしてもプロのミュージシャンとしてちゃんと大学生活を送れるのかはわからない。

だけど、2人なら大学生としてもプロのミュージシャンとしても両立出来る気がみなみにはする。問題はまだあと2年も高校に通う凛だろうか。実は一番大変な生活がこれから待ち受けているのかもしれない。

「どうしたの?ぼうっとして。」

母の声でみなみは我にかえった。

「あ、ああ。ちょっと考え事。」

「…そう。」

「移植登録、明日するんだよね?」

「うん。」

「これから長く入院生活になるのにお金掛かるね……」

「バカね。お金の事はあなたが心配する必要なんてないのよ。」

「…でも。」

「みなみが元気になれるのならお金なんて必要ないから。」

「だけど…」

「大丈夫。お父さん頑張って働いているから。はいっ。この話しはもうお終い。違う話ししましょう。そうだっ!退院したら旅行に行かない?もちろんお父さんには内緒で2人っきりで!お母さん温泉に行きたいなぁ。」


―大丈夫。

その言葉にこれまでどれだけ救われてきただろう。

だけど、これから母が使う大丈夫と言う言葉は母自身にも言い聞かせるおまじないになるのだろう。

いや、今までも母は不安で一杯の中、大丈夫という言葉を使い娘と自分を安心させていたのだろう。



2016年1月30日(土) 20時


あっという間に2016年も1ヶ月が終わろうとしている。拓也も龍司も真希も春人も凛も結衣もみんな毎日の様に病室に訪れてくれる。

そして、佐倉みなみは毎日の様に拓也とデートを重ねた。

デートは病院内。だけど場所なんて関係ない。一緒にいるだけで楽しい。嬉しすぎて笑顔が溢れる。そして、いつも胸のドキドキが止まらない。

(今更だけど、私、恋をしている。最初で最後の恋。その相手が拓也君で本当に良かった。)

心からみなみはそう思った。

(拓也君がいると思うだけで、この暗闇も恐くない。一人寂しい夜だって乗り越えられる。

拓也君。あなたは私に勇気をくれるの。あなたは私に希望をくれるの。)

今日、笑顔で顔がくしゃくしゃになる拓也の横顔を見つめて思った事がみなみにはあった。


―私は…拓也君に一体何をしてあげられるのだろう?


10


2016年2月10日(水) 12時


佐倉みなみは食事前にトイレに行こうと思いベッドから降りた。

一歩、歩き出そうとした時に体がふらついてそのままベッドに腰掛けた。

額を手で押さえるその姿を見て母が心配そうに見つめ言った。

「体調悪い?看護師さん呼ぼうか?」

「少し休めば大丈夫。」

そんなはずはないのにそう言ったのは母の心配と自分自身によぎる不安を取り除く為のおまじないだった。

「本当に大丈夫?」

「…うん。」

みなみが一人で立とうとしたのを横から母が肩を支えてくれた。

「トイレまで一緒に行くわ。」

「…う、うん。ありがとう。」


―悔しかった。一人で歩く事も出来ない自分が悔しくて……そして、もしかしたらこれから一人で歩く事も出来なくなるのかと思うと急に恐怖を感じ私の体は震えていた。


11


2016年2月12日(金) 13時


The Voiceの5人が佐倉みなみの病室に現れた。

今までもそうだった様に5人は事前に今日のこの時間にみなみの病室に訪れる事を約束していたわけではなかったみたいだ。それを証拠にみんなバラバラの時間に病室を訪れていた。

「約束なしでこの5人が揃うのも珍しいな。」

「だな。」

「5人がほぼ同じ時間に偶然私の元に現れてくれた。その事に何か意味があるのかな?」

みなみの問いに5人は顔を引きつらせていた―様にみなみは彼らの表情を見てそう思った。

「意味、か。何も意味なんてないんじゃない?」

真希が言うと真希の隣にいる凛が、

「そうだね。ただの偶然だし。」

と言った。みなみは5人に気を使わせない様に笑顔を作って、だよね。と言ったが、気まずい空気が流れてなかなか誰も話し始めようとはしなかった。場の空気がこうなってしまった以上、無理に戻しても仕方がない。今が丁度良い時なのだろう。そう思ってみなみは皆に教えて欲しかった事を尋ねてみる事にした。

「ねぇ?人はどうして生まれてくるんだろうね?」

みなみの質問の意味がわからないといった様子で5人は首を捻った。

「私さ。死後の世界とか産まれ変わりとか信じてないんだよね。死んだら終わり、その人の感情は残らないって思ってるんだ。だけど、それなら私が生まれた意味ってなんなんだろうって思うんだ。最後はみんな死ぬのに生きる意味がわかんなくて。

人にはそれぞれ生まれてきた意味があるというのなら、私が生まれて来た事の意味…ううん。私が生きる意味、知りたいんだ…」

真希は上を見つめ、凛は俯き、龍司は腰に両手を当て、春人は眼鏡のズレを直す。そして、拓也は腕を組み「生まれてきた事の意味…生きる意味…」と呟いた。

「う〜ん。それは…とても哲学的な質問だねぇ。」

凛がそう言った後、しばらくの沈黙が続いた。

しばらくして龍司が少し首を捻り、哲学的?と言った。

「生きる事の意味なんて難しく考える必要なんてないだろう?」

その言葉にみなみは、えっ。と声を出して驚いた。

「だってそうだろう?その答えはすぐそこにある。」

凛が首を捻り問う。

「すぐそこ?」

龍司は腕を組み、ああ。と答える。

「難しく考える事じゃない、すぐそこにある、か。」

拓也がそう呟いた。その表情から自分の生きる意味を考えている事がわかる。

「じゃあ、龍司の生きる意味って何なんだい?」

春人が龍司に問う。龍司は自信満々に春人の問いに答えた。

「俺は一つでも多く笑っていたい。」

みなみは、んっ?と頭の中がハテナで一杯になった。拓也達もみなみと同じ感じなのだろう全員が首を捻っている。

「俺は一日でも多く笑っていたい。俺は…辛い事、一つでも減らしたいから。だから一日でも多く笑ってたいんだ。それが俺の生きる意味だ。生きる意味なんてそんなもんなんだよ。難しく考えなくていい。些細な事で良いんだよ。」

「すぐそこに生きる意味はある、か……。」

そう呟き真希は天井を見上げてから横に立つ春人に視線を向ける。春人は首を振った後、腕を組み凛を見つめる。凛も首を振った後、両腕を後ろに回してから首を捻り拓也を見つめる。拓也も首を振り、すぐそこにある生きる意味。と呟いた。

龍司以外が首を振ったのはそれぞれが自分の生きる意味を考え答えが出なかったという事なのだろうとみなみは思った。すると遠慮気味に凛が、あのさ。とみなみに言ったのでみなみは凛を見つめ話し出すのを待った。

「自分の生きる意味は今まで考えた事なかったんだけどさ。本当に死後の世界はないのかな?生まれ変わりはないのかな?私、死んだらそこまでって嫌だな。寂しい考えだよ。何かあってほしいって思うよ。大切な人、天国で見守りたいよ。応援したいよ。

今まで出会った人、手に入れたもの、経験した事、それら全てがすり抜けてしまうなんて考えたくないよ。」

「だけど、それが現実だと思うんだ。」

みなみの言葉を聞いた真希は、ため息を吐いた後、まったく。と呟き、

「都市伝説好きなくせにそこはやたらと現実的だね。」

と言ったのでみなみは、

「都市伝説は都市伝説。現実は現在だよ。」

と答えた。

「みなみちゃん。私、思うんだ。人間の常識とは一切関係なくこの宇宙には理解出来ない法則がきっとあるんだよ。だから、上手く言えないけど死んだ後の世界だってあるのかもしれないよ。」

みなみは凛のその言葉にはなるほどなと関心をした。

「面白いね。凛ちゃんも都市伝説好きになってきたの?」

「みなみちゃんの影響、受けたのかな。」

凛がそう言うと病室内はなぜか静まり返った。

みなみが生きる意味を問いた気まずい空気とは全く違う気まずさが室内に漂った。


その後、みんなが帰って病室には拓也だけが残った。

「凛の言葉に全然納得してない感じだったね?」

「顔に出てた?」

「うん。」と拓也は笑った。

「凛の言葉を聞いてもみなみは死後の世界はないと思ってるわけだ。」

「そうだね。死後の世界は今生きている人が思い描く幻想だと思ってる。」

「本当は何もない。死んだ人が見守ってくれているなんて生きている者の願望って事?」

「そう、だと思ってる。ま、私も死んだ事ないからわかないけどね。だけど、凛が言うこの宇宙には理解出来ない法則っていうのには期待してみたいかも。」

「だよね。」

「ただ、死後の世界は置いといて龍司君の生きる意味を聞いて生きる意味は小さな事で良いんだって思えた。」

「うん。それは俺も初めて気付かされた。」

「拓也君の生きる意味は?」

「う〜ん。考えとく。みなみは?」

「私の生きる意味は、きっと――」

「きっと?」

「沢山の愛を知る事だったんだと思う。」

拓也は黙ってみなみを見つめていた。きっと今の言葉が過去形だった事に対しての沈黙なのだろう。

「私、沢山の愛を知れたよ。拓也君の愛もそう。真希達の愛もそう。両親の愛もそう。沢山知れたんだ。この若さでだよ。凄くない?」

尚も拓也は黙ったままみなみを見つめている。

「拓也君の生きる意味はさ、これからだよ。」

「え?」

「拓也君の生きる意味はきっと沢山の人に様々な想いを届ける事だよ。人としてミュージシャンとしてね。」

「俺はみなみにさえ想いが伝われば良い。」

「ダメダメ。それはプロ失格だよ。」

「俺はみなみさえ側にいてくれればそれでいい!」

拓也は震える声でそう言って強くみなみを抱きしめた。

拓也の体が震えている。その震えを少しでも止められればいいのにとみなみは優しく拓也の背を擦った。


―私が死んだ時、天国で見守る事は出来ない。だから、私がいつまでも拓也君の側にいると思わないで。私が死んだ後、私の想いや感情なんてものはこの世に残らない。だから……だからさ、拓也君にはさ。新しい恋を楽しんでほしいんだ。私は嫉妬とかしないよ。死んだら私の感情なんてないのだから。ただ、拓也君にはこれから幸せになってほしい。だけど、拓也君の為に何も出来なくなるのはやっぱり悔しいな。少しでも拓也君を助けてあげたい。だって大好きな人を寂しさと暗闇の中に突き放すのは私なのだから。


12


2016年2月13日(土) 11時


「昨日はちょっとみんなを複雑な気持ちにさせちゃって悪かったなって反省してるんだ。」

佐倉みなみは今日も足を運んでくれた拓也に俯きながら言った。

「昨日?ああ。生きる意味の事?」

「そっちは龍司君のおかげで私も勉強になったよ。」

「あいつホントたまーに良い事言うからな。」

「私が反省したのは死後の世界の事。」

「死んだら終わり、その人の感情は残らない。」

「うん。残るのは生きている人の心の中だけ。」

「死んだらどうなるのかはわかんないけどさ。凛が言うようにみなみの考え方は寂しい考えなのは確かだよね。みなみはきっと自分が死んだ後の事を考えてそういう事を俺達に告げたんだよな?」

拓也はお見通しだった。みなみは何も答えられなかった。

「自分が死んだ後、自分の感情は何も残らないから俺に次の恋にいっても良いって。自分の事をずっと想わなくって良いって。そう言いたかったんだよな?」

図星すぎて固まってしまった。だけど、ここで何も答えなかったら余計に拓也を苦しめる事になる事にみなみは気付く事が出来た。みなみは精一杯舌をだし、べー。と言った。

「私、そう簡単に死なないけどね。」

精一杯ふざけた顔をした。拓也は、ヒドい顔。と言って楽しそうに笑っている。


―大丈夫。まだ人を楽しませる力は残っている。


13


2016年2月14日(日) 15時


佐倉みなみのお見舞いにまた拓也達The Voiceの5人が来てくれた。

最近、雪乃に会えていない事、亮や間宮が時々来てくれる事をみなみは話した。

「今日も朝からトオルさん来てくれてたんだよ。スーツ姿だった。格好良かったよ。」

みなみは真希の顔を見ながら伝えた。

「スーツ姿?見た事ないけど。」

拓也がそう答えた。

「今日なんだって。ひかりさんの命日。」

「…そう、だったんだ。」

と真希が呟いた。

「ひかりさんのお墓の場所、聞いてるけど教えようか?」

みなみは真希に告げたのだが龍司が教えてくれと言ってきた。しかし、みなみは真希の返答を待った。真希は俯き返事をしない。

「真希?」

「えっ?あっ、うん。教えて。私、個人的に行ってみるから。」

「なんで個人的に、なんだよっ!今から全員で行きゃーいいだろっ!」

龍司の言葉に凛が「龍司君も個人的に一人で行けばいいでしょ。」と言ったが龍司は「俺はみんなで挨拶に行きてーんだよっ。」とここは病室だというのに大きな声で叫んでいた。

「とにかく真希にだけ教えるからみんなは後で真希から聞いといてよ。」

そう言ってみなみはこの話題を強制的に終わらせた。龍司はぶつぶつ言っていたが丁度その時、結衣が病室に訪れた。

「そうだっ!最近ね、私写真撮ってないんだ。もし良かったらさ…」

「写真、撮ろうよ。」

みなみが言う前に真希が先に言った。みなみはそれがとても嬉しくてきっと満面の笑みを浮かべていたのだろう。真希がこっちを優しい表情を浮かべてみつめていた。

みなみが引き出しから使い捨てカメラを取り出しみんなに見せる。

「うん。いいね。」

「じゃあ、結衣が撮ってあげるよ。」


パシャ。


「じゃ、龍ちゃんは結衣に付いて来て。」

「は?なんでだよっ!」

「病室でそうやって叫ぶからよっ!さっきも叫んでたでしょっ!廊下まで声聞こえてたんだからっ!さっ行くわよっ!」

結衣は強引に龍司を病室から連れ出した。

「いいなぁ。龍司君。」

凛がそう言って龍司と結衣が出て行ったドアの方を見つめながら呟いた。

「凛は龍司君が羨ましいの?」

みなみは凛が結衣ではなく彼氏の方の龍司を羨ましがっている事が不思議だった。

(結衣の様な彼女が出来た龍司君が羨ましいの?普通は彼氏が出来た結衣を羨ましいと思うはずだけど…)

「そうだよ。だって今日、バレンタインだもんね。今から結衣ちゃんにたっくさんチョコ貰えるんだよ。羨ましいなぁ。」

「あ、そういう事か。そうだよね。2人が付き合ってもう随分経つし今さら羨ましいなんておかしいものね。」

凛はみなみの言葉に首を捻って「ん?」と言っていたがみなみは首を振り、何でもない。と告げた。

「バレンタイン、か。じゃあ、そろそろ私達も出ようか。みなみも早く拓也にチョコ渡したいだろうし。」

「えっ!?」と驚いて拓也がみなみを見つめる。

「まさか入院中だから用意してないとでも思った?それとも病人がチョコレートなんて用意出来ないとでも思ってたのかな?」

みなみの言葉に拓也は面白い程あたふたとした。きっと何も貰えないと思っていた証拠だ。

「じゃあ、みんな。今日は早いところ2人にしてあげましょう。」

真希がそう言って拓也を残しみんな病室を出て行った。それと入れ違う様に母が病室に入って来て拓也と挨拶を交わしていた。

「私も出直そうか?」

母はそう言ったがみなみはここにいても大丈夫だと伝えベッド上で起き上がった。

「じゃあ、拓也くん。ちょっと待ってて。チョコ持って来るから。」

「持って来る?どこから?」

「売店。」

「それ用意してないじゃんっ!」

「売店で買おうとは思ってたし。」

「じゃあ、チョコ持って来るじゃなくて買って来るって言わないと…」

「そんな細かい事言わないのっ。」

そう言ってみなみはベッドから立ち上がった。

歩けるかどうか本当は不安だった。

だけど、愛の力は素晴らしい。ゆっくりだがちゃんと一人で歩く事が出来る。

拓也は一緒に行くと言ったがみなみはそれを断った。

「チョコ持って来るから拓也君はここで待ってて。」

みなみはドアを開ける前に拓也を振り返りにこりと笑顔を見せた。


14


2016年2月14日(日) 15時15分


「ねぇ。お腹空かない?」

姫川真希が言うと「もうペコペコ。」と凛が答えた。

「じゃあ、食堂に行こう。」

「じゃあ、春人の奢りね。」

「なんでだよっ。まあ、いいけど。」

「ラッキー!何食べようかなぁ?」

「結城総合病院の食堂の味は俺が保証するよ。」

3人で食事をしていると凛が龍司と結衣が食堂に入って来ると言ったので真希は入口を向き2人が入って来た瞬間手を振った。

「なんだよお前ら。まだ帰ってねーのかよ。」

「それはこっちのセリフよ。」

それぞれが食事を終え食後にジュースを飲み始めると、

「今日が命日、か。」

と龍司が呟いた。

「ひかりさん?」

春人が問い掛けると龍司はジュースをずずっと飲み干してから、ああ。と答えた。

「ひかりさん。トオルさんにチョコ渡せたのかな?」

凛が聞くと龍司は、まさか。と言った。

「ひかりさんが亡くなった日は別れ話を切り出した日なんだろ?それなら渡してないだろ。」

龍司が言う通り、ひかりが亡くなった日はひかりが間宮に別れを告げた日だった。

「そっか。そうだったね。」

「で、真希。お前これから墓参りに行くのか?」

龍司の問いに答えようとした時「待って。」と凛が突然叫び出し真っ青な顔で立ち上がった。


15


2016年2月14日(日) 15時20分


「みなみ…戻って来ないですね。遅くないですか?」

「きっと持ちきれないくらいのチョコレート買って来るわよ。」

「でも……」

「歩くのに時間が掛かってるだけかもしれないし。あと少しだけ待ってあげましょう。」

そう言われても橘拓也はじっとしている事が出来なかった。

「少し様子を見て来ます。」

拓也はみなみの母にそう告げて病室を出た瞬間、長い廊下の先の方から何やら騒がしい声が聞こえてくる。しかし、その声は廊下を曲がった先でここからは声を出す人の姿はまだ見えない。

(エレベーターがある場所から沢山の人の声…)

悲鳴にも似た声が聞こえてくる。嫌な予感がした。拓也は急ぎ廊下を走り出した。廊下の先を右に曲がった瞬間、エレベーターの周りには沢山の人だかりが円を描く様に出来ていた。それを見て拓也は立ち止まった。

「エレベーターが開いた瞬間、倒れ込んで来たんだって。」

野次馬の声が聞こえる。拓也がゆっくりと歩を進める。

倒れている人の姿はまだ見えない。看護師が医師を呼び、医師は看護師に野次馬を遠ざける様に指示を出す。

拓也が人だかりの隙間から倒れた人の様子を見た時、真希達が真っ青な顔をしてエレベーター横の階段から駆け上って来た。

「拓也っ!凛が声を聞いたって!みなみが助けてって言っている声をっ!」

「拓也君っ!みなみちゃんが…」

真希達が階段を上りきった時、すぐ側にみなみが倒れている姿が目に入り真希達はその場で拓也同様立ち尽くした。

意識のないみなみが冷たい廊下に倒れている。

ストレッチャーに乗せられ拓也の元から離れて行く。

拓也は追う事も出来ずにただその場に立ち尽くした。

みなみとはこのまま会えなくなるんじゃないのかと嫌な予感だけが拓也の心を不安にさせた。


『大丈夫。嫌な予感がする時ほど嫌な事は起こらないものだ。想像もしない事が起きる時はいつだって何の予感もしない時に起こるのだから。』

柴咲音楽祭の動画を見ながらみなみが呟いていた言葉が脳裏によぎった。


     *


間宮トオル達サザンクロスの元にプロ契約をしたいと連絡があったのはひかりが亡くなる前日だった。

間宮達はプロになる最後の希望としてデモテープを様々なレコード会社に送った。

地元ではプロのスカウトが来ていただのプロ契約間近だのと勝手な噂が囁かれていたが実際は沢山デモテープを送った中の一社だけがサザンクロスに目を付けぎりぎり拾われたプロへの道だった。


2月13日。18時。

練習予定もなかったこの日、間宮と吉田と奥田はいつも練習で使っているスタジオに集まるようにと相沢から急に呼び出されプロ契約をしたいと言っている会社から連絡をもらった事を告げられた。

相沢の話しを聞いても間宮は自分達がプロになれるなんて嘘だと思った。

『これから俺達はプロに向けて動き出す。準備はいいな?』

相沢の言葉に間宮は本当にプロになれるのかと疑いながらも力強く答えたような気がする。

『妹にはプロになれる事を早く伝えてやれ。』

『気が早いな。まだ完全にプロになれるってわけじゃないだろう?プロ契約してから伝えるよ。』

『気が早くても良いんだよ。ひかりはお前がプロになっていく過程も楽しみにしているんだから。俺なんてもう嫁にプロになれるって伝えたよ。めちゃくちゃ喜んでくれた。ひかりも俺の嫁と同じだって。』

相沢とはそんな会話をした覚えがある。そして、

『俺達…本当にプロになれるんだよな?』

間宮が天井を仰ぎ呟くと奥田が、

『あったりまえだろーがー!』

と叫び間宮の肩に腕をまわしてきた。吉田も反対側から間宮の肩に腕をまわして来る。間宮は密接してくる2人に離れろと叫び2人から逃れようとしたが相沢が逃れられない様に前から抱きついて来たのだった。

『おめでとう!俺達っ!!』

酒の瓶片手に相沢が叫ぶと続いて奥田と吉田も相沢と同じ言葉を叫ぶ。それにつられて間宮も同じ言葉を叫んでいた――ような気がする。

曖昧な記憶の中、一つだけ確かなのは4人で心から笑い叫んだのはこの日が最後だったという事だけだ。




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今、想う













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