Episode 15―運命の日― 中編
[誤算]
1
2015年12月27日(日) 17時55分
円陣を組みながら神崎龍司は4人のメンバーの表情を確かめた。
「もう準々決勝だ。お前ら集中しろよっ!」
4人は「おー!」と声を上げる。
「相手は去年の準優勝バンド和装だ。わかってんな?」
「もちろん!」と真希が答えて龍司を睨みつける様に見つめた。
「和装との総合得点は一点差。この一点は重い。」春人が言って龍司を見る。
「私、絶対倒れない!優勝するまで立っていられる!だから、みんな感情を出す事をためらわないでっ!」凛がそう言って龍司を見る。拓也だけは龍司の顔を見る事なく何も言葉を発しなかった。
「タク。太田がちゃんと俺達のステージを録画してくれている。必ずみなみはその動画を見る。みなみがいないからって手を抜くなよっ!」
龍司の言葉を聞いた拓也はやっと龍司を見つめ「もちろんっ!」と強い眼差しを向けた。
「じゃあ、お前ら準備はいいか?」
龍司の問いに4人は深く頷く。その姿を見て龍司は、よしっ。と言ってから、楽しもう。と呟いた。
■■■■■
「Clap」
[凛]
トゥトゥールトゥ…トゥトゥールトゥ…
[凛&真]
トゥトゥトゥールトゥトゥトゥール トゥトゥトゥールトゥ
○(龍 バン)
[凛&真&龍&春]
トゥトゥルトゥトゥトゥトゥール トゥトゥルトゥ
[拓 女性1]
Step by Step でも、精一杯で 心が決まれば飛べるはず
☆どんなに心が弱っても oh
癒えたら言えるいつの日か oh
いつかいつかでもういっかってそんな悲しい諦めあるか
何も伝えられないまま?このまま? oh oh
それが嫌なら腕上げろ oh
それと一緒に声上げろ oh
それと同時に手を叩け fu
Clap La La… Clap
○repeat
[拓 女性2グローリーボイス]
☆repeat
○repeat
[拓 女性1]
☆repeat
○repeat
■■■■■
2
2015年12月27日(日) 18時
準々決勝第一試合、The Voice VS 和装の戦いが始まった。
予定通りアカペラ曲「Clap」をThe Voiceは披露した。
客席からは拓也が出す女性の歌声を聴いた人達から悲鳴にも似た歓声が沸き上がった。透明感のある女性の歌声と太く厚みのある女性の歌声の全然違う声色を使い分けて歌う拓也の歌声は圧巻だったし、龍司のボイパと真希、春人、凛のハーモニーも素晴らしかった。長谷川雪乃は彼らの歌声を聴いて彼らから目をそらす事ができなくなっていた。それどころか気が付けば瞬きする事すらも忘れていた。
(凄い。凄いよみんな……だけど……なんだろう……?この違和感は??拓也くん??拓也くんの歌声は素晴らしいしみんなの歌声だって凄い。だけど、違和感を感じる。凛ちゃん?凛ちゃんも辛そうだ…けど、違う。やっぱりこの違和感は拓也くんが原因だ。拓也くんが一人突っ走ってる感じがする…なんかもったいない……)
The Voiceの演奏が終わり得点が発表される。
「8点。8点。9点。9点。9点。9点。9点。9点。8点。7点。さー。合計得点は……85点っ!!準々決勝一回戦のトップバッターThe Voiceは素晴らしい得点を叩き出しましたっ!!それではThe Voiceの皆さんはステージ横でお待ち下さい。対戦相手の和装の得点が発表される時、またステージに上がって下さいね。」
司会者が興奮して話す中、横にいる結衣が、
「はぁ!?85点っ!!なんで今のがたった85点なのよっ!!」
と怒りをあらわにしていた。
「結衣ちゃん。これは良い得点だよ。」
「わかってる。だけど……もっと得点出てもおかしくないよっ!それに赤木さん、ヒドいよっ!なんで7点なのよっ!!」
「そ、そうだね。」
雪乃は結衣の勢いに負けてそう答えたが心の中は違った。
「10点出す審査員がいてもおかしくないじゃない!あの審査員達ちゃんとした評価出来てないじゃんっ!!なんで90点いかないのよっ!」
(結衣ちゃんには悪いけど、この得点は正しいよ。今の曲で90点越えは難しかった。The Voiceの5人の歌声からはほんの少し些細なズレが生じていた。それを招いたのは拓也くんの歌声。いや、歌声というよりかは歌に集中をしていなかったその姿勢だ。それをあの10人の審査員は見逃さなかった。だから10点を出す審査員はいなかったし90点を越える事が出来なかった。)
「これ…龍ちゃん達…負けないよね?」
結衣が不安そうに呟いた。
「大丈夫だよ。」
雪乃は両手を合わせて祈る様な仕草をしたかった。しかし、不自由な両腕は上手に合わせる事が出来なかった。
3
2015年12月27日(日) 18時5分
The Voiceの演奏が終わった瞬間、凛の体はフラフラと揺れていた。真希が凛の元へと駆け寄り体を支える。
もし、真希が一秒でも凛に駆け寄るのが遅かったなら凛は倒れていただろう。
「一ノ瀬凛。そろそろ限界が近そうだな。」
相沢裕紀はThe Voiceの得点が発表されている最中、腕を組みながら隣にいる間宮に言った。
「ああ。拓也の感情が出過ぎている様だな。凛の奴。次も耐えられるかな…」
「次も、か。お前あいつらが準決勝に進めると信じてるんだな。」
「もちろんだ。だが、それは拓也次第になるんだろうけどな。拓也がこのままだと凛は耐えられない。いや、それどころかここから先The Voiceには勝ち目がないだろう。」
「この準々決勝に勝てば次はホワイトピンクだ。今のままでは絶望的だな。」
「フン。お前もホワイトピンクが準決勝に進めると信じてるじゃないか。」
「いや、俺はよっぽどの事がない限りホワイトピンクが優勝すると思っている。」
「なるほど。たいした自信だな。その自信は一体どこからやってくるんだか。」
「与田芽衣。」
「…なるほどな。裕紀には悪いが芽衣はひな以上の逸材かもしれない。」
「かもしれない?間違いないだろう。」
「…そうか。親のお前が言うなら間違いないのかもな。だが、ホワイトピンクの問題は与田以外のメンバーだ。彼女達は与田の才能に付いていけていない。」
「そうかもな。だが、俺はホワイトピンクの問題は芽衣以外のメンバーではなく芽衣自身だと思っている。」
「どういう事だ?」
「俺は芽衣が自分の力に酔ってしまった時が一番の問題だと考えている。」
「3人の能力に合わせずに一人突っ走ってしまうという事か?」
「まあ。そんな感じだ。The Voiceは全員の能力が高い。もし拓也一人が最高のパフォーマンスをしたとしても突っ走ったとしても他のメンバーが付いて行ける。しかし、ホワイトピンクは違う。ホワイトピンクは芽衣一人だけだ。バンドの能力以上の力を芽衣が発揮しない事を祈っている。」
「まさか与田は自分の力を抑えているのか?」
「ああ。そう指示している。だが……どうだろうな?力を持った人間は必ずその力を使おうとするものだから…止めても無駄だろうな…」
「ま、お互い弟子を一番に思ってるって事か。」
「フン。トオル。俺の弟子は芽衣だけじゃない事を忘れるな。拓也も俺の大切な弟子なんだよ。」
「そうだったな。それなのにThe Voiceではなくホワイトピンクが優勝すると思っているのか?」
「ああ。それも芽衣次第だろうけどな。」
「ほう。あの子が裕紀にそこまで言わせる人材だったとはな。だが、そんな彼女が本気を出せないのは残念だな。」
「今はそれでいいんだ。個の力より全体のバランスを考えられる人間になってもらう為にもな。」
*
「85点、か。総合得点238点。The Voice、思ったより点、出なかったね。」
「85点以上なら私らの勝ち。」
「もし、私達和装が84点で総合得点238点になってThe Voiceと並んだ場合はどうなるの?」
「さあ?紀子どうなるか知ってる?」
「総合得点で並んだ場合は対戦相手との得点差になるから84点だと私達の負けになるわ。」
「マジっ!?」
「マジっ!」
「せっかく私達The Voiceより一点勝ってたのに一点差の重み感じないなぁ〜。」
「いいや。この一点はかなり重い。それは彼らが一番感じてるはず。私達は85点出せばいいだけ。私達なら85点出すなんて簡単な話しよ。」
「そ、そうね。でも、私、正直今の演奏聴いてどうして90点台が出なかったのか疑問だわ…」
「もー!なーに弱気になってんのよっ!」
「弱気になんてなってないよぉ。」
「みんな、時間よ。準備はいい?」
「もちろんっ!リーダー!」
「さあ、ここが私達にとっての大一番!行くわよ!!」
4
2015年12月27日(日) 18時6分
The Voiceがステージを降りるのとは反対に和装の5人がステージに上がる。和装のリーダー紀子が凛とすれ違いざまに立ち止まった。
「凛、勝っても負けても元気はなくさないように。」
「うん。紀子ちゃんもね。」
「じゃ、はい。コレ。」
紀子は着物の袖から板チョコを取り出して凛に渡した。
「んっ?」
「試合が終わって元気がなくなりそうになったら、チョコでも食って元気出しなっせ。」
ステージに上がった和装はいつもの様にすぐに演奏を始めず聞いているこちらの方が恥ずかしくなる自己紹介を始めた。
「南無阿弥こと中村あみです。」
「こし餡こと越野杏です。」
「蛍イカこと堀田瑠衣花です。」
「上から読んでも中田佳奈下から読んでも中田佳奈でっす。」
「そしてぇ〜。私はいい子ぉ〜?それとも悪い子ぉ〜?」
会場からは一斉に「いい子ぉ〜〜!!」と叫ぶ者達がいた。結城春人の横にいる結衣もその中の一人だった。
「そう。私はいい子。和装のリーダー飯塚紀子でぇ〜す。」
和装の自己紹介が終ると勢いよく演奏が始まる。
「何度聞いても聞いているこちら側が恥ずかしくなるな。」
春人が呟くと「全くだ。」と腕を組みながら龍司が深く頷いた。
準々決勝に勝ち残った8組のうちボーカルなしの曲だけの演奏で勝ち上がったのは和装ただ一組だけだった。
「実力は充分。三味線だけではなく尺八が入った事で演奏に重厚さが増えた。」
春人の言葉に真希が「そうね。以前聴いた時よりも実力が上がってる。」と呟く。
「今まで戦って来た相手とはひと味もふた味も違う。私達、さっきの演奏で良かったのかな…」
歌い終わった後もずっとしんどそうにしている凛がヘッドホンから爆音がもれているにも関わらずいつもと変わらぬ声音で不安そうに呟いた後に「一点が重いなぁ。思った程点数も伸びなかったし。」と弱気な言葉を吐いた。
春人達はもうステージ袖から和装の演奏を聴く事しか出来ず、ただ和装の演奏が終わるその時を待った。
5
2015年12月27日(日) 18時8分
「拓也?柴咲音楽祭に参加した事、後悔してない?」
真希のその質問に橘拓也は驚いた。
「まさか。」
「みなみの側にいたいって思ってない?」
「…それは、まあ。」
「あの時――柴咲音楽祭に参加するかどうかの判断が私達の最大の分岐点になるって話してたあの時ね。」
「…ああ。」
「あの時、やっぱりあの時が私達にとって最大の分岐点だったと思うの。来年も再来年も10年先だってみなみが元気でいるって思っていれば今年の参加は見送っていた。だけど、私達は…いや、私はその判断を下す事が出来なかった……」
「…真希。それは俺が望んだ事で真希のせいじゃ…」
真希は頭を振った。
「私ね。柴咲音楽祭に参加する事にした判断が正しかったのか?あの分岐点、正しい道を選んだのか?今でもわからないんだ。心の隅っこの方でやっぱり今年の柴咲音楽祭に参加したのは間違いだったんじゃないかって思ってしまうんだ。だって拓也辛いでしょ?本当は歌っていられる精神状態じゃないでしょ?」
「俺は出来るだけ早くプロになりたい。あの時、そう答えたけど、今だってそう思ってる。みなみの残り時間が少ない事もわかっている。」
「…拓也。」
「もし、このままみなみが目を覚まさなかったとしても……そして、もし、今日、ここで優勝出来なかったとしても……俺は…きっと後悔はしない。だけど、本気を出せないまま終わってしまったとしたら……きっと後悔するよな……俺…本気出せてない。このまま終わりたくない。それに俺はみなみに出来るだけ長く俺達の音楽を聴いてほしい。プロになろうがなるまいがそれは出来るけど、みなみは俺達の事すごく応援してくれてるだろ?だからプロになれればみなみはめちゃくちゃ喜んでくれる。今日、ここに参加しなかったらきっとみなみは自分のせいだと責めてしまう。俺、みなみに喜んでほしいんだよ。プロになりたい理由、みんなには悪いけど…今の俺はそれだけなんだ。だけど、それが俺にとっては何よりも大事なんだ……でも…ごめんなリーダー。俺、しっかり歌えていなかった。プロになりたいって言ってるだけでその思いを歌に乗せられていなかった。俺が不甲斐ないばかりに迷わせてしまって本当に申し訳ない。けど、俺達は正しい道を選んだはずだ。」
「次、ちゃんとしっかりと歌えばいいだけの話しだ。」
龍司が拓也と真希の会話に口を挟んだ。
(次……あるのかな……)
拓也は龍司の言葉を聞いてそう思ってしまった。真希も拓也と同じ事を思っていたのだろう不安そうな表情を浮かべて龍司を見つめている。
「真希、お前もしかしてここで俺らが負けると思ってねーか?」
「……」
「俺達はこの二戦和装より高い点数を出せてねぇ。前回準優勝の和装相手に一点差をつけられたのは重い。けど、俺はさっきの演奏が和装より劣っているとは思わねー。」
「…そうね。」
「まあ、確かに実力の半分も出せなかったけどな……」
(そう。実力の半分も出せなかった。負けるのには充分な理由だ。そして、もしここで負けるようなら…それは俺のせい…ここで負けたなら俺のせいなんだ…どうして…どうしてもっと本気を出せなかった?俺…プロになるんじゃなかったのか……)
6
2015年12月27日(日) 18時10分
和装の演奏が終わった。司会者がThe Voiceのメンバーをステージに呼び二組が並び、和装の得点を審査員に出す様に司会者が指示をした。審査員は一番左の席からゆっくりと点数を出し始める。
「9点。9点。8点。9点。」
咲坂結衣は司会者から点が発表される度に頭の中で点を足していく。
(35点。4人とも高得点を出しちゃってる。)
「8点。8点。」
(51点。よしっ!これ以上9点出さないでっ! あ〜。でも、どうしよう…紀子ちゃんの事も応援しないと…)
「8点。9点。」
(あー9点出ちゃった…68点。残り石原さんと赤木さんの2人だけ。石原っ!あんた9点以上出したら許さないからねっ!!あ〜。でも、紀子ちゃんが…だけどやっぱりここは龍ちゃんの応援を…)
「7点。」
(75点。和装とThe Voiceとの差は9点……赤木さんが9点出すなんて事ないよねっ??赤木さんっ!!)
「そして、最後のケイさんの得点は……はっ、8点っ!!合計得点は……」
(司会者計算遅すぎっ!83点だよっ!)
「83点っ!!総合得点は……The Voiceが238点。そして、和装の総合得点は……」
(……一点差)
「237点っ!わずか、わずか一点差で準々決勝一回戦はThe Voiceに軍配が上がりましたっ!!」
観客席から地面が揺れる程の歓声が上がった。
「勝った。勝ったよっ!雪乃さん見てっ!龍ちゃん達勝ったよぉ〜〜!!めちゃくちゃ…めちゃくちゃ危なかったよぉ〜〜。でも、めちゃくちゃかっこ良かったよぉ〜〜。」
「雪乃っ!!」
「えっ!?あっ!!呼び捨てね。あーしかし良かった。良かったよぉ〜〜。ギリギリだもんねー」
「……うん。」
大喜びする結衣とは打って変わって雪乃の表情は暗かった。
「雪乃さんじゃない雪乃、どうしたの?」
「ううん。何でもない。ギリギリだったけど勝てて良かった。」
「何か気になる事があるなら結衣に教えてよっ。」
「…なんにもないよ。」
「ウソばっか。みんなにはナイショだから。ねっ?教えてよ。」
「……ただ、このままの演奏だったらこれから先の相手には勝てないかなって思っちゃっただけ。」
「そうなの?確かに点は伸びなかったけど結衣は演奏自体は素晴らしいと思ったけど。それともやっぱり審査員がちゃんとした採点をしてないとか?」
「審査員の点数はきっと正しいよ。The Voiceの演奏に足りないものもわかってるだろうし。」
「足りないもの??」
「うん。」
「それは……なに?」
「集中力。」
「集中力?それだけ?」
「そう。ただそれだけ。」
「結衣は龍ちゃん達集中してたと思うけどな…」
「集中出来てなかったのは拓也くんひとりだけ。」
「あっ。」
「審査員達はそれを見逃さなかった。だから結衣ちゃんが思ったより点数が出なかったんだと思うよ。」
「…そっか。素晴らしい歌声だったけど、聴く人が聴くとわかるんだ……そっか。確かに今回は勝てたけど次は勝てるかわからないねぇ……」
「このままただ歌ってもThe Voiceに高得点は見込めない。アカペラを歌ってしまったばっかりに余計な音がなくなって審査員に見透かされた……これはかなりの誤算だよ。」
結衣はステージを見つめた。龍司が春人の肩に手をまわし笑顔で何かを話しながらステージを降りる。それとは反対に和服姿の和装のメンバーが俯きステージを降りる。
ステージを降りる寸前に両手で顔を隠す紀子の姿が目に入った。
(あんなに辛そうな紀子ちゃんの姿を見たのは初めてだ……結衣は一体どんな言葉を紀子に掛けてあげればいいんだろう……)
7
2015年12月27日(日) 18時13分
「去年の決勝戦。和装とラヴレスも一点差だった。けど、それは石原のふざけた採点があったからだ。本当なら大差でラヴレスは優勝してたはず……なのに俺達は……」
拓也は悔しそうにそう言った。その言葉を聞いて凛が「拓也君」と拓也を悲しそうな目で見つめた。
「俺らはちゃんとした採点を付けられても一点差、か。」
龍司がそう言った瞬間姫川真希は龍司の頭を叩いていた。
「点数なんてどーでもいいわっ!勝ちゃーいいのよ勝ちゃ!あんたら勝ったんだからくよくよすんなっ!!」
「なんだよっ!イッテーなっ!さっきまでくよくよしてたのはお前だろーがっ!」
真希はもう一発龍司の頭を叩いた。
「勝った方がくよくよしてたら負けた方がもっと悔しがんでしょーがっ!」
「そうだね。私達はもう3組も倒した。私達がくよくよしてたら私達に負けたバンドに失礼だよね。」
そう言った凛は板チョコを取り出しゆっくりと食べ始めた。
「勝った者に迷ったり弱気になっている暇はない、そういう事か。」
春人の言葉に真希は深く頷いた。
「もう、ここから先はくよくよすんのはやめた。」
真希がそう言うと拓也が「俺も」と呟き、
「俺も…集中しなきゃな…このまま優勝しても後悔する。いや、このままじゃ優勝なんて出来ない。」
と言った。
「私も…他のバンドの感情が入って来ようが関係ない。絶対耐えてやるっ!」
「おっせーんだよっお前ら。」
「頂上、見えて来たんだ。やれるだけの事はやろう。」
春人の言葉に真希は「そうね。」と答えた。
8
2015年12月27日(日) 18時13分
「エレクトーン、キーボードと来て次はオルガンかいっ!!どんだけ私ら鍵盤に好かれとんねんっ!!」
遥がステージ袖で対戦相手の女性3人組のオルトという名のバンドとすれ違い際にそうツッコミを入れていたので与田芽衣は慌てて遥の腕を取ってステージの階段を上った。
「遥、この準々決勝が私達にとっての大一番なんやからね。」
短い階段を上りながら芽衣は言った。
「わーてる。」
遥は気の抜けた返事を返して来る。芽衣達ホワイトピンクはこの二戦、自分達の得意な楽しい楽曲で勝負をしてきた。しかし、この準々決勝は今までの曲調とは違う。4人で話し合った結果、この準々決勝で披露する曲はバラードと決めた。思った以上に点が伸びなかったThe Voiceにここで点差を広げて次の直接対決である準決勝を有利に戦う事がホワイトピンクの作戦だった。
「遥、準備はいい?」
「もちろんやっ!オゾンだかオイルだか知らんが私らの相手ちゃうわっ!私らの最大の敵は次の準決勝やっ!」
「もうっ!まずは一勝。わかった?」
「わかった。わかった。ほな、行くでっ!」
18時15分。準々決勝3組目ホワイトピンクの4人はステージに上がりしっとりとした演奏を始めた。楽しい曲を歌うであろうと思い込んでいた人達が拍子抜けしている様に芽衣には感じた。
(私達…もしかして楽しい楽曲を求められてた?)
バラードを披露すると決めた理由はThe Voiceとの点差を広げる目的とは別にもう一つ理由があった。というのも今回の対戦相手オルトがこの二戦幻想的なバラード曲を披露していた事を芽衣達は知っていた。だからあえてホワイトピンクもバラードを歌いオルトとのバラード対決を挑んだ。
このバラード曲で挑むと決めた時遥は、
「私らの準々決勝は女と女のがめついけどしっとりバラード対決やな。」
と言った。芽衣はすかさず、
「がめついかどうかはさておき、このバラード対決が吉と出るか凶と出るか…」
と不安一杯に遥に伝えたが遥は、
「与田ぁ。あんたの歌声はバラードで光るんやから自身持ってーや。」
と言ってくれた。その言葉に自信を持ち励まされたのだが…
(手応えがない……会場全体が静まり返ってる…今までの二戦は歓声が鳴り止まへんかったのに、こんなに静まり返るなんて……めっちゃ、不安やんか……)
芽衣は最初のうちは不安で一杯だったが歌っているうちに気持ちが良くなった。
そして、自分も気付かないうちに芽衣は歌に感情移入し酔いしれていった。
歌が終わる最後の最後、芽衣は出来るだけ長く声を出し続けた。そのロングトーンに観客席からはどよめきが起こった。
(長い。普段ではこんなに長く声を出し続ける事なんて出来ひんのに)
声を出しながら冷静にそう思った。普段ならもう声を出し続ける事は出来ない。しかし、今は違う。まだまだ声を出し続ける事が出来る。遥達の演奏はとうに終わっている。芽衣の声だけが響き渡っている。
(出来るだけ長く。この声を出来るだけ長く出し続ければホワイトピンクはThe Voiceに点差を広げる事が出来る!今、私は絶好調やっ!)
ブーン ブーン ブーン
芽衣がロングトーンを繰り広げている最中、突然大きな電子音が会場に鳴り響いた。
芽衣ははっとした表情を浮かべてロングトーンを止めた。
『芽衣。お前はバンドの事を一番に考えろ。』
相沢の言葉が頭によぎった。
『お前が全力を出し過ぎると遥達はお前に付いていけない。お前と遥達3人にはそれ程の差がある。だから、出来るだけお前は遥達3人の限界を知り自分の力を抑える事を考えるんだ。あと、自分一人で突っ走るな。3人の演奏に合わせろ。いいな?』
(し、しもた……やってしもたっ!!!)
9
2015年12月27日(日) 18時22分
演奏が終わり堀川遥達ホワイトピンクはステージ上に一列に並び審査員達の得点を待っていた。
遥は右に立つサトと左に立つ芽衣の手を握った。芽衣は下を向き今にも泣き出しそうだ。そんな芽衣の肩をまどかが左側から優しく腕をまわし立っている。
(芽衣のロングトーンは何秒やった?もしかして1分を越えていた?)
芽衣は絶好調だった。だが、その絶好調が仇となった。これは遥達にとっては誤算だった。
さっきの大きな電子音が耳から離れない。
ブーン ブーン ブーン
タイムオーバーを告げる音。
「それでは得点をどうぞっ!」
ホワイトピンクの得点が発表される。自然と手に力が入る。手を繋いでいるサトと芽衣の2人も遥の手を強く握り返してくる。芽衣を挟んで左側にいるまどかからは大きく、ふぅー。と息を吐く声が聞こえて来る。
「9点。8点。8点。9点。9点。9点。9点!9点!!」
次の石原がなかなか点数を出さない。
「9点が5回連続で出ましたっ!さあ!次の石原さんの得点は……8点。そして、最後のケイさんの得点も8点っ!合計得点は……86点っ!高得点っ!高得点が出ましたっ!!……し、しかし演奏時間内に収まらなかった為、ここから10点が引かれホワイトピンクの得点は76点となります。」
(イタい…これはイタい……)
「そして、ホワイトピンクの合計得点は……232点っ!!」
(……232点!?ヤバっ!!The Voiceは総合得点238点やった。この二戦でThe Voiceとは3点差をつけてたのに…ここで6点差をつけられるなんて……)
「ごめんな。みんな。私、やってしもた…時間内に収まっていれば高得点やったのに……マイナス10点なってしもた……もしかしたら…もしかしたら私らここで負けてしまうかも。ほんまにゴメンっ!!」
芽衣は深く頭を下げた。
「大丈夫や。ここで私らが負けるわけない。」
そう答えた遥の声は震えていた。
「10点引かれへんかったら…」
「与田っ!ええか?たら、れば、はなしや!こんなところで負けてたまるかっ!私は次の対戦相手The Voiceしか見えてへんっ!こんなところで……」
芽衣はステージを降りるとしゃがみ込み泣き出してしまった。
(……これは……大…誤算や……)
10
2015年12月27日(日) 18時23分
ホワイトピンクの演奏が終わり続いて準々決勝二回戦4組目のバンドであるオルトの演奏が始まった。オルトはボーカルがオルガンを弾きバイオリン奏者とチェロ奏者がいる女性三人組バンドで幻想的なバラード曲を歌っている。
ステージの袖から遥が腕組みをしてステージで演奏するオルトを睨みつけている姿が目に入った。
「10点引かれなかったら242点で私達の238点より4点も上だったね。」
一ノ瀬凛が誰に言うでもなく呟くと横にいる結衣が「うん。」と言って頷いた。
「与田さん。悔しいだろうね。ここで負けても凛ちゃん達に負けてもずっと後悔しちゃうだろうね。もう、優勝するしか与田さんが後悔せずに済む方法はないねぇ。」
結衣はとても悲しそうな声でそう言った。
「…なにやってんだあいつら…俺らと戦う前に負けるなんて事ねーよな?」
龍司が凛を見て聞いて来た。凛は私に聞かれてもと心の中で思いながらも龍司の問いに答えた。
「正直この準々決勝を勝つのはかなり難しいかも。だって今演奏してるオルトは総合得点148点だもん。この戦いでもし84点を出されたら総合得点で並んで直接対決の得点で負ける。」
「…そっか。そいつはヤベェな……」
「しかし…与田芽衣の最後のロングトーン素晴らしかったわ。あれがなければ点数はもっと低かったでしょうね。」
真希はそう言った。凛は確かにと思ったと同時に与田の才能に末恐ろしささえ感じた。
「けど、10点も引かれてたら意味ねぇよ。」
「いや、点数以上の価値があるわ。」
「点数以上の価値ねぇ。」
と龍司は腕組みをし空を見上げ呟いた。
18時28分。オルトの幻想的な曲が終わった。
ホワイトピンクの4人がステージに上がりオルトの得点が出るのを待っている。得点が出るのを待つホワイトピンクの姿は4人が4人とも両手を組み合わせ目をつむったまま祈る様な姿だ。凛も彼女達の姿を見て何故か同じ様に両手を組み合わせて目を閉じた。
(おそらく、ホワイトピンクが上がって来たらきっと私達の脅威となる。だけど…それでも…私はあなた達と戦ってみたい。)
「9点。9点。9点。9点。9点。さあ!今回も9点が5回連続でました!そして…8点。8点。8点。7点。7点。うーん。これは良い勝負では?得点の方は……はっ、83点っ!合計得点は……148点に83点を足して231点っ!!わ、わずか一点差で準々決勝第二回戦はホワイトピンクの勝利っ!!!準々決勝は二戦連続一点差の名勝負が続きましたっ!!」
目を閉じ両手を組み合わせていたホワイトピンクの4人が一斉に叫び声を上げて抱き合う。4人とも涙を流して喜んでいる。その姿を見て真希が、
「泣くのはまだ早いわよ。」
と笑顔を見せて呟くと龍司が、
「だな。次俺達と戦って負けるその時まで涙は置いといてほしかったな。」
と真希同様笑顔を見せながら呟いた。
「次の対戦相手はホワイトピンク、か。6点差はあるものの厄介な相手なのは間違いない。」
春人が眼鏡を親指と人差し指と中指の3本を使って持ち上げながら呟いた言葉を聞いて凛は、
「うん。次こそ本気出さないと完璧に負けるね。」
と呟いた。
(本気…出せるかな私……自分達の演奏でも拓也君の感情が入って来る。いや、拓也君だけじゃない。真希達の感情だって入って来る。和装の演奏の時だってホワイトピンクの演奏だって今のオルトの演奏の時だって…今までの私なら倒れていた。今、倒れていないのが不思議なくらいだ……)
「凛?あんた一度この場から離れたら?」
「でも…」
「あんたこのまま倒れて次の試合出れないとか許さないから。だから、少し休んで。」
「…うん。そうだね。真希の言う通りだね。少し休んで来るね。」
11
2015年12月27日(日) 18時26分
ステージでオルトの点数が発表されている中、響と陸がステージに向かう。その後を詩と霧島亮が続く。
突然、前を歩く詩が立ち止まり頭を抱えた。
「詩?」
亮が声を掛けた時、詩の体は亮の方へと勢いよく倒れ込んでくる。それを亮は必死に受け止め支えた。
もし亮が後ろを歩いていなければ詩は大怪我を負っていたかもしれない。
「おいっ!詩!しっかりしろっ!」
響と陸は亮の声に振り返り詩が倒れている姿を見て急いで駆け寄って来る。
目を閉じ亮に支えられた詩はすぐに目を開けた。
「…だ、大丈夫だ。」
「でもよ…」
亮が支えていた詩の体は自分の意志で前へと進む。
「心配ない。行こう。」
そう言ってステージに向かおうとする詩の手を亮は掴んだ。
(次の対戦相手マッドフラッドの総合得点は137点。俺達の総合得点は151点。普通に演奏すればまず負ける得点ではない。ここで一気に得点を稼ぎたかったが…詩に無理をさせるわけにはいかない。誤算だが、仕方がない)
亮が黙ったまま詩の手を掴んだままでいると詩は無表情のまま亮を見つめ返して来た。
「…詩。ここで無理はするな。この準々決勝に詩がいなくても俺達は勝てる。」
「大丈夫。心配はいらない。」
詩は亮の腕を振り払った。
「おいっ!詩っ!」
「私はこの柴咲音楽祭を少々侮っていた。」
「……」
「簡単に優勝出来るものだと思っていたが。そうではなさそうだ。この音楽祭、想像以上にレベルが高い。これは私にとっては誤算だった。無理しないと優勝なんて無理だ。それは亮、お前も気付いているだろう?」
詩はそう言ってステージに向かおうとする。急いで亮は詩の前に立ちはだかった。すると詩はゆっくりと首を振った。
「今、ステージの前にはThe Voiceの4人がいる。」
(4人?ああ、凛は休憩中って事か…)
「お前がバンドを結成してここまで勝ち進んで来た事を彼らは初めて知る事となるだろうな。」
詩は冷めた目でそう言い放って亮の横を通り過ぎたがすぐに立ち止まる。亮は詩がいる左斜め後ろを振り向いた。詩はステージを見つめたまま立ち止まっている。詩はおそらく鋭い目つきでステージを睨みつけているのだろう。
「宣戦布告する時が来た。覚悟を決めろ。」
ステージからはホワイトピンクとオルトのメンバーが戻って来る。それと入れ違う形で詩がステージに向かって歩き始める。亮はステージの方へと向きを変え詩の後ろ姿を見つめながら小さな声で呟いた。
「…詩。絶対無理すんなよ。」
詩は片手を上げて返事をした。
12
2015年12月27日(日) 18時28分
亮率いるSPADEがステージ上に登場した。
「んっ!?あれ亮じゃね?」
一番最初に気が付いたのは龍司だった。
「なに言ってんの亮のわけな……ほっ、ホントだ…あいつステージに出て何しているわけ??」
「普通に考えれば俺達に内緒でバンドを組んでこの大会に出場してたって事だな。」
「俺達に内緒でっ!?亮が俺達に内緒でバンド組むわけねーしこの大会に出るわけがねぇ!」
龍司はそう叫んだ。
「昨日も亮君達頑張ってたよ。応援してあげようよ。」
長谷川雪乃がそう言うと龍司が、
「待て待て雪乃っ。雪乃は亮がバンド組んでいた事もこの大会に出場していた事も亮本人から聞いていたのか?」
と勢いよく雪乃に問い掛けてきた。
「私が知ったのは昨日の予選。朝早くからここに来てたからね。亮君達SPADEの演奏時間も早くてバッチリ見ちゃったの。」
「どうして?どうして私達に教えてくれなかったの?」
真希が恐くて雪乃は顔を出来るだけ隠しながら言った。
「だって亮君が真希ちゃん達には黙ってて欲しいって言うから…」
「そう言われたって教えてくれたっていいじゃんっ!」
「だってぇ〜。私、口固いんだよ。」
「口が軽いとか固いとかの問題じゃないのっ!全く、どうして亮は私達に何も言わずに…」
真希はそう言って睨みつけるようにステージを見上げる。
「あいつ、俺らに喧嘩を売る為に内緒にしてたのか?」
龍司もステージを睨む様に腕組みをしながら睨みつけている。
「違うよ龍司君。亮君はただ言い辛かっただけだよ。」
「あいつは俺らの仲間だ。なのに言い辛いってなんだよ?」
龍司も恐くて雪乃はさっきと同じ様に顔を出来るだけ隠しながら言った。
「仲間だからこそ言い辛い時だってあるんだよぉ。」
「ねーよそんなもん。」
「あるもんっ!」
「ねーってっ!」
「あるんだって!」
雪乃と龍司が言い争っている最中、春人が冷静な面持ちでステージを見ながら、
「しかし、どうやってあんな凄い3人を亮は見つけたんだ?」
龍司が腕組みをしていたのを解いてステージをしばらく見た後、拓也を見つめた。拓也は龍司がなぜ自分を見ているのかがわからない様子で首を捻っている。
「…あいつ、見た事ある…なあ、タク?」
拓也は尚も首を捻っている。
「あいつって?」
拓也がステージを凝視した後、あっ。と言った時、真希も、
「あれっ?私も見た事ある。どこで見たっけなぁ?」
と言った。
「なんとかっていうバンドの中坊だ。ブラーであいつの演奏を俺たちは見ていた。確か俺達が見たライブの日が解散ライブだった。」
「そうそう。そうだっ!龍司よく覚えてるな。」
「あいつだけやたらと上手かったからな。」
「そうっ!解散ライブっ!」
と真希が大きな声を出すが春人だけは見覚えがない様子だ。
「俺は見覚えがないし解散ライブを見た記憶もないけど…あいつって?」
春人の質問に龍司と真希が同時に答えた。
「あのドラムだ。」
「あのベース。」
「えっ?」
「えっ?」
龍司と真希は同時に顔を見合っている。先に言葉を放ったのは真希だった。
「そうよね。あのベースの子がいたバンドの解散ライブを一緒に見たのは凛だったし場所もブラーじゃなく暁だった。確か空と蒼と詩っていうそんなバンド名だった。」
「思い出した!中学生バンドのインディアンズだ!ドラムの彼だけが上手かったバンドで解散ライブっていうのに観客もまばらで寂しかった。」
拓也がそう言うと龍司は、それだっ!と言った。
「あのボーカルも含めて時を同じくしてバンドを解散した3人を亮君が誘ったらしいよ。バンドを結成するならあの3人だって決めてたみたいだから本当に運とタイミングが合ったんだって亮君言ってた。」
「私も雪乃さんと同じく亮くんが柴咲音楽祭に出場してたの知ってたの。亮くん。トントン拍子でバンドを結成出来たものだから余計に龍ちゃん達に報告するタイミングがなかったんじゃない?」
それまで静かにしていた結衣がそう言うと龍司はあからさまに怒りをあらわにした。
「ちょっと待て結衣、お前も知ってて俺に黙ってたのかよっ!」
雪乃も龍司と同じく結衣に対して怒りをあらわにした。
「結衣ちゃんヒドいよっ!」
「な、なに?雪乃さんまで」
「おぉ。どうした雪乃?なんで雪乃が怒ってんだかわかんねーけど、このバカ結衣に言ってやれ!」
「ひっどいっ!バカってなによっ!バカって!」
「バカはバカだろーがっ!」
「龍ちゃんひどいっ!バカって言う方がバカって教わらなかったのっ!バッカじゃないっ!!」
「うっせーなっ!悪かったよ。謝る。けど雪乃!このバカじゃないけどバカ結衣に言ってやれっ!」
「うんっ!どうして結衣ちゃんはいつまで経ってもそうなのっ!?」
「な、なにが?雪乃さんは一体何に怒ってるの?」
「いつまで経っても雪乃さん。雪乃さん。いつになったら雪乃って呼んでくれるのっ!?」
「えっ!?」
「…おい?雪乃?」
「ヒドいよ結衣ちゃん。私はずーっと結衣ちゃんの事お友達だと思ってたのに結衣ちゃんは違ったんだねっ!!」
雪乃は叫んだ。叫んだが龍司と結衣は雪乃の言葉を無視して話しを進めた。
「ダメだ。話しを戻すぞ結衣。」
「う、うん。そうした方がいいね…ありがと雪乃さん。冷静さを取り戻せたよ。」
「雪乃っ!」
「う、うん。雪乃、さん。」
「雪乃だってばっ!!」
「もういい。亮の話しに戻す!亮が報告するタイミングがなかったわけねーだろ。いつだって報告は出来た。俺は喧嘩を売られた気持ちだ。あいつ。ここまで勝ち進んでおいて俺らに報告もなしかよ。さっきまで一緒にいたのによぉ!」
「だからぁ!タイミングがなかったんだよっ!」
龍司と結衣が冷静さを取り戻したのは一瞬だった。
「タイミングタイミングってタイミングってなんだよっ!」
「亮くんなりにあるんだよぉ!タイミングってのがぁ!」
「あいつのタイミングなんかしらねーよっ!喧嘩を売りたかったなら買ってやるよっ!ただしボッコボコにしてやるっ!裏切り者は許さねぇ!血祭りに上げてやるっ!さんざん後悔させてからぶっ殺す!」
「殺すまでいかなくていいでしょっ!」
「じゃあ、結衣に免じて半殺しだっ!」
「はわわわ。龍司君の裏切り者を許さない考え…恐ろしいわ…」
雪乃はそう言って震え上がった。
「亮。このまま勝てば準決勝はJADEとの戦いになるな。」
拓也がそう言うと真希が「そうね。」と頷いた。
「なかなか面白い事になってきた。JADEを倒すのは俺達だとばかり思ってたけど、案外JADEを倒すのは亮みたいな元JADEのメンバーなのかもな。」
「おいおいハル。亮は俺達のサポートメンバーでもあるんだぞ。決勝で俺達と当たった場合は案外俺らを倒すのは亮みたいなサポートメンバーが結成したバンドだとでも言うのかよ?」
「なきにしもあらず、だ。俺達はもっと早く他のバンドの演奏を見ておいた方が良かったのかもしれない。ここにきてこんな凄いバンドがいたのかと俺は驚いている。決勝の相手は正直JADEだろうと勝手に予想していたが…これでわからなくなった。亮だけでもとんでもないギタリストなのにベースもドラムもボーカルもとんでもなく凄い。演奏だけ聴いてたら中学生だなんて思えない。」
春人は真剣な眼差しでステージを見つめている。
SPADEのベーシスト有栖詩はステージを動き回り演奏をしている。その姿を春人同様真剣な眼差しで見つめながら真希が呟いた。
「あのベーシスト…亮の化け物じみたギターに引けをとらないわね。」
「ああ。彼女だけではなくドラムもボーカルも超一流だと言っても過言ではないな。」
春人と真希につられて龍司もまたステージを睨む様に見つめた。
「まだ準々決勝だ。ここであいつらの存在を知れたのに遅いって事はないだろう。相手が誰であれ俺達は優勝する。負けれない相手が一つ増えただけだ。」
「いいねっ!燃え上がるねっ!私も全力で応援してあげるからねっ!」
「雪乃が俺達を応援するのは今日で最後にさせてあげるよ。だから、次は雪乃の番だからね。」
以前にも聞いたような事を春人はまた雪乃に言った。雪乃は春人の顔、真希達の顔を見て深く頷いた。
「みんなが優勝したらね。優勝したら。私も頑張るから。だからみんな頑張って!」
「うん。その時は結衣も雪乃さんの事雪乃って呼んだげる。」
「絶対だよ。」
結衣は雪乃の右手を両手で握った。
「うんっ。約束する。」
(みんなが今日優勝したら私も前を向こう。音楽を、続けてみよう)
13
2015年12月27日(日) 18時33分
審査員達がSPADEの得点を発表する。
The Voiceの得点を上回る86点だったがSPADEの総合得点は237点でThe Voiceの総合得点の238点まではわずか1点届いていない。
(1点差、か。The Voiceに初めて得点で上回った。しかし、総合得点ではまだ負けている。)
そして対戦相手のマッドフラッドの演奏が終わり有栖詩達はまたステージに上がりマッドフラッドの得点が発表されるのを待った。
マッドフラッドの得点は82点で総合得点が229点だった。
(悪くない得点だ。もし亮の言う通り私がここで休み演奏をしていなければ負けていた得点でもある。やはり、想像以上にレベルが高い…)
マッドフラッドの長身の男は顔を真っ赤になりながらも悔しさをかみ殺しているのがわかった。
詩は泣いているマッドフラッドの女性ギタリストを見つめた。
(泣くな。あなたのギターからは才能を感じたよ。)
その言葉を掛けてあげれば彼女は救われるのかもしれない。しかし、中学生の自分にそんな言葉をもらったところで彼女は本当に救われるのだろうかとも思った。
そんな事を考えていると突然キーンと耳鳴りが始まった。
(…またか)
詩は右手で右耳を抑えた。目眩がして体がふらついた。顔を下に向け左右に振った後、時が止まったかのよに顔を振るのを止めた。地面の一点だけをじっと見つめると目眩が止み耳鳴りも収まった。(ふぅ。さっきの様に倒れる事はなさそうだ。しかし…最近増えてきたな…)
「大丈夫か?」
亮はすぐに詩の異変に気が付く。それが面倒な時もある。今が正にその面倒な時だった。
詩は亮がせっかく心配をしてくれているのに無視をした。
ステージをマッドフラッドと共に降りると長身の男が大声で「くそっ!!」と短く叫ぶ。隣にいた化粧の濃い女が「よくステージを降りるまで我慢したわね。」と言って長身の男の肩に優しく触れる。
「俺らの負けだ。いや、戦う前から俺らはお前らに負けていた……それがわかっていたから俺らはお前らに声を掛けた…………ガキ扱いして悪かったな。お前ら…絶対優勝しろよ。」
長身の男は詩達にそう言ったがその顔は俯いていてこちらを見ようとはしない。亮達は驚いた表情を浮かべたまま長身の男の方を見つめた。
詩はマッドフラッドのメンバーに話し掛けようとしたが先に亮が彼らに話し掛けた。
「俺らはもっと圧倒的な点差で勝つつもりだった。だけど、それが出来なかった。ここまで残った奴は運がいい奴か実力がある奴かのどちらかだ。あんたらは一体どっちだったんだろうな。」
(私達の様な子供に励まされても悔しさが増すだけだ。言葉はこれだけで充分だろう)
14
2015年12月27日(日) 18時34分
間宮トオルが一人屋台でビールを買っているとJADEがステージ上に登場した。ステージ上で左手をお腹に右手を背中に回し丁寧にお辞儀をする姿が見えた。その紳士的な挨拶とは裏腹に演奏が始まると相変わらず狂った曲調が鳴り響き出した。相変わらず狂った演奏だとビールを飲みながら間宮は思った。
「間宮さぁーん。彼らどうっすか!?」
いつの間にそこにいたのか京が相棒の工藤と共に間宮の後ろにいた。間宮が黙って歩き出すと京達も付いて来る。
「京。お前はどうしてJADEを気にする?お前の目にはあいつらが一番の優勝候補に映っているのか?」
京は高らかに笑った。
「やだなぁ〜。俺は音楽の才能を見抜く目は持ってませんよぉ。」
「だろうな。」
「けど俺は真実を暴く目を持っている。あんたが恋人殺しだと見破った目がある。」
「恋人殺しと見破ったのにトオルさんを犯罪者に出来なかったのはなぜ?」
「んっ?誰だお前?」
突然真希の声がして驚いたのは京だけではなかった。
「真希?いつの間に?」
「私は姫川真希。The Voiceのリーダーでトオルさんの愛弟子よ。」
「あぁ。弟子の。」
「質問に答えて。どうしてトオルさんを恋人殺しだと見破ったのに犯罪者に出来なかったの?」
「キミ。恋人がどうやって死んだか知らないだろう?何も知らないお子さんが――」
「知ってるわ。全部聞いた。」
「ほう。それはそれは。驚いたねぇ。だけどよぉ犯罪者にならない殺し方、あるんだよなぁ。ですよね?間宮さん?」
「犯罪にならない殺し方。そんなもの…」
「あるんですよぉー。お嬢ちゃん。」
「例えあったとしてもそれはトオルさんとは関係ない!あなた記者だったらちゃんと調べなさいよっ!ちゃんと調べずに記事を出そうとすんなっ!いつまでも三流記者のままじゃなく一流になりなさいよっ!あなたがちゃんと調べて記事にしていれば今頃トオルさんは立派なプロデューサーのまま音楽業界を席巻していたのにっ!あなたはひかりさんの死の真相を最初から調べ直しなさいっ!そして、真実を知った時、トオルさんに土下座しなっ!いや、それだけじゃ足りないわ。一生をかけて償いなさいっ!今からでも遅くない。ちゃんと調べ直しなさい。」
「捲し立てるねぇお嬢ちゃん。調べなおす、か。そんな事するわけねーだろめんどくせぇ〜。」
「それだからあなたはいつまで経っても三流記者のままなのよ。」
「手厳しい。ま、次の準決勝頑張って下さいよ。えーっと次はホワイトピンク、か。良いカードだよなぁ。間宮トオルの愛弟子と相沢裕紀の愛弟子が激突とは。昔の様に間宮さんと相沢さんがバチバチの関係ならもっと面白かったのによぉ。ざーんねんっ。」
京はそう言って去って行った。その後ろ姿を見つめていると、
「トオルさん。戻ろ。」
と言って真希は間宮の手を取り元いた場所へと向かった。
元いた場所へと戻るとブーンブーンブーンと時間オーバーを告げる電子音が会場全体に鳴り響いた。拓也達は呆然とステージに立つJADEの姿をただ見つめていた。
「まただ。」
結衣が言った。
「まただ?どういう意味だよ?」
龍司が聞き返す。
「…実はね。JADEは一回戦からこれまで時間通りに演奏を終えた事がないの。」
結衣の言葉を聞いた真希が驚きの声を上げながら結衣の元へと足早に駆け寄る。
「結衣。それは今までの二戦で合計20点もの失点をしてるって事?」
「…う、うん。」
「マジかよ…」
龍司がため息を吐く感じで囁いた。
「これまでのJADEの得点は一回戦が80点。二回戦が75点。俺達はただ点数が下がっている事にばかり気を取られていた…だが…まさか得点を引かれていたとは…」
春人もかなりのショックを抱えている様子だ。
「って事は…一回戦、俺達は80点を出したJADEに驚きとショックを抱いていたのに本当の得点は90点だったって事なのか?」
拓也の言葉に結衣が言葉を出さずに頷く。
「二回戦は75点だった。俺は点数が下がってあいつら大丈夫かって思ったけど、本来なら85点も出していたって事かよ?」
龍司の問いにも結衣は黙って頷く。
拓也達4人は時間オーバーの電子音が鳴り響く中演奏を辞めようとしないJADEのステージを見つめた。
「そこまでー。そこまでですよっ!もう時間オーバーしすぎなので強制終了です。」
JADEの演奏は司会者がなんとか強引に終わらせ得点の発表を始めた。
「9点。9点。8点。9点。」
得点が発表されている最中結衣が、
「ショックを受けると思ってみんなには言えなかったんだ。ゴメンね。」
と拓也達に謝っていた。
「8点。9点。9点。」
「…あいつら…ふざけやがって!」
真希は悔しさと苛立ちで拳を握りしめていた。
「9点。7点。6点。さあ、得点の方は……83点。ですが時間オーバーで10点のマイナスとなり得点は73点となりますっ!そして合計得点は228点となりましたっ。三戦連続時間オーバーはもったいないっ!」
「点は下がっているものの本当ならJADEの総合得点に勝てているバンドはいないって事か…」
拓也の声は震えていた。
「俺達は総合得点で10点勝ってる。けど、本来なら…JADEの総合得点は258点。俺達より20点も上だ…」
春人の言葉に拓也も真希も龍司も驚きと悔しさが入り混じった表情を浮かべながらステージに立つJADEの姿を微動だにせず見つめている。
「ここにはルールがある。そのルールを守れなければいくら点数を出したってダメだ。」
間宮もJADEの姿を見つめながらそう言った。
拓也達の視線を感じたが間宮はJADEから目をそらさなかった。
「まだ負けた気になるのは早い。次はホワイトピンクだ。知っての通りJADEよりも手強い相手なのは間違いない。お前らは次の相手、次の曲に集中すればいいだけの話しだ。」
拓也達は黙ったまま頷いているのが横目でわかった。
そして、JADEの対戦相手であるバンド7月の雪は準々決勝の得点が73点と得点でJADEと並んだが総合得点の結果で7月の雪は敗退した。
JADEの総合得点228点。それに対して7月の雪の総合得点は225点だった。JADEは僅かな差でセミファイナルへと勝ち進んだ。
「さあ!大会も大詰め!4組が勝ち残りました!
総合得点トップで勝ち上がったのは238点のThe Voice!
総合得点3位232点ホワイトピンクは先ほどの戦いでタイムオーバーでマイナス10点が悔やまれます。
総合得点2位237点を叩き出したのは中学生バンドSPADE。1位との差は僅か1点!
総合得点4位228点のJADEは3戦連続タイムオーバーでこれまで30点もマイナスされてもこの得点です!
実力揃いの若さ溢れる4組が残りました!どのバンドが勝ち残るのかはまだわかりませんっ!
セミファイナル1回戦The Voice VS ホワイトピンクはこの後7時からです。皆様それまでしばしの間お待ち下さい。」
司会者の声を聞き龍司が言った。
「んっ!?俺ら総合得点で1位なのか?」
「ああ。結果的にそうなったみたいだな。」
春人が呟くと真希は「今のところは、ね…」と言った。
「2位の亮達との差が1点とはいえ総合得点1位だなんて実感は全くねぇな。」
「ああ、そうだな。」
「春人が言うように結果的にそうなっただけ。私達は他の3組のバンドに勝てているとは思えないわ。」
間宮は拓也達4人に言った。
「大丈夫。自信を持っていけ。」
(拓也と凛が本来の力を出し切れていない。つまりそれはまだ可能性があるという事でもある。お前らが本気を出していれたら…きっと圧倒的に点差は開いていたさ。)
「お前らの力はまだまだこんなものじゃないんだろう?」
[セミファイナル]
1
2015年12月27日(日) 18時50分
(あと10分で龍ちゃん達の演奏が始まるのか。なんだか今まで以上にキンチョーしてきたな…)
咲坂結衣がThe Voiceの登場を待っていると紀子が無言のまま隣にちょこんと座った。和服が汚れちゃうのにと思ったが当の本人は気にしていない様子だ。他の和装のメンバーも近くにいるが紀子の様に地べたに着物姿で座っているメンバーは流石にいない。
何も言わずにステージを見上げる紀子に結衣は恐る恐る話し掛ける。
「寒いねぇ。今晩も雪、降りそうだね。」
紀子の反応はなかった。
(負けたばっかりだもんね…しばらくそっとしておこう)
結衣はそう思った。しかし、紀子は急に「あぁーー!!」と叫び始めた。
「マジ腹立つなぁー!!結衣の彼氏サイアク!もう、マジ最悪!!」
紀子は和服でその格好はないだろうと言いたくなるくらいの態度の悪い座り方をした。
「紀子…ちゃん…お、お着物汚れちゃうよ。」
「いいんだよ!」
そう言った紀子は何故か両手に板チョコを二枚持っていて交互に食べ始めた。
(…どうして味の違うチョコを交互に!?)
「…あっ。ほ、ほら。やっぱり雪も降り出してきたよ。」
「いいんだ!どーせ今日の為の着物だからな!今日しか着ねーしなっ!」
「ら、来年また着れば…」
そう言ってしまってから結衣はしまったと思った。
「はぁ?来年??」
「あ、いや…なんでもない…」
「来年同じ着物を着ろってか!?」
「いや…あの…その…」
「今負けたところで来年の事を考えられるかっ!てか、負けた着物着て来年挑むとかどう考えても縁起が悪りーだろーが!考えてから物を言えよっ!!」
「き、紀子ちゃん?どうしちゃったの?別人みたいになっちゃってるよ。」
「別人にもなるだろーがよっ!こっちは優勝する気で挑んで負けてんだからよっ!」
(うぇーん。こんな紀子ちゃんは嫌だぁ)
「去年の優勝者のラヴレスは高3だったよ。ヴォイスもジェイドも高3。ホワイトピンクは高3と大学生。紀子ちゃん達の和装より年上ばかりなんだから来年でも遅くないよ!まだ高1なんだから。可能性の固まりだよ。」
「スペードはまだ中坊だよな?」
「……」
「スペードが優勝したら?年齢なんてカンケーねーよな?」
「う、うん。年齢なんて関係ない。関係ないなら紀子ちゃんもいくつになっても関係ないよね?」
「若けりゃ若い方が良いにきまってんだろーがっ!」
「年齢を重ねたら味やテクニックが身に付くものよ。」
「んなものプロになってからでいーだろーが!」
その後、紀子はふんっと言った後、しばらくの沈黙が続いた。
「…ぶっ倒す。」
「えっ!?」
「覚悟しとけよ!」
「な、なに?恐いよ紀子ちゃん…」
「ヴォイスが優勝出来ずに負けたら結衣の彼氏ぶっ倒すから!」
「は、はあ…え?どーしてそーなるの!?」
紀子は俯きそれまでの激しさが嘘のようにゆっくりと語り始めた。
「私……正直また決勝に残れるものだって思ってたんだ……」
「…うん。」
「だけど…あいつらは…The Voiceは…私の想像以上のバンドだった。」
「…そっか。」
「負けて悔しかったけど。あのバンドに負けるなら仕方がない。そう思えた。」
「ありがとう。」
「別に…結衣の彼氏がいるバンドだからとかそういうのは関係ないよ。」
「うん。」
「…来年……また頑張るよ。」
そう言って紀子は顔を上げた。顔を上げた紀子の目からは溢れる程の涙が頬を伝っていた。
「頑張れ。紀子。」
結衣は優しくそう言って紀子の肩に手をまわした後、頭を軽くポンポンと叩いた。
紀子は結衣の体に寄り添い人目を気にせず泣き崩れた。
2
2015年12月27日(日) 18時50分
「KINGの動画が更新されていない。」
あと10分で演奏が始まるというのに一ノ瀬凛はステージ袖でKINGの動画をチェックしていた。真希が後ろから覗き込み「ホントだ。」と呟く。
「まさか負けたとかないよな?」
龍司がステージ袖から会場を見つめながらそう言うと凛は、まさかっ。と言って龍司の顔を見た。
「そう言えばさっきKINGが接触して来た。どこにいたのかはわからないけど、少し話しが出来た。」
「さっきっていつだよ?」
「準々決勝の和装戦の前。」
「何を話した?」
「KINGは私が演奏から感情を読み取れる能力がある事を知っていた。」
龍司と凛の会話に春人が口を挟む。
「それはおかしな話しだ。凛のその能力を知っているのは限られた人物だけだ。」
「…そう。私もそれを考えていた。」
「思い当たる人物は?」
真希の問いに凛は首を振った。
「けどよ。残ってるメンバー見てみろよ。KINGっぽい女ギタリストなんていねーぞ。絶対負けて残ってねーんだろう。」
龍司がそう言うと春人が「負けているかどうかはまだわからないさ。」と言った。
「なんでだよ?」
「この4組の中にKINGはいるのかもしれない。」
「それはねぇって。JADEの芹沢はピアノとボーカル新川はドラムだ。SPADEのギタリストは亮。可能性があるとしたらホワイトピンクのギタリスト赤羽サトくらいだけど、あいつのギターはKINGのギターと比べると劣っている……」
そう言った後、龍司はじっと真希の方を見つめた。真希は「な、なによっ。」と龍司が目を細めて見つめる姿に体を引きながら答えていた。
「ここにいた。まさかてめぇー!QueenとKINGの2つの仮面被ってるってオチじゃねーだろーなっ!」
「んなわけないでしょっ!!」
「亮は?」
拓也がそう言った。一瞬凛達の時間が止まった。
「そんなわけない!私ちゃんとKINGの声を聞いた。あの声は間違いなく女性の声だもんっ!」
「前にも言ったけどよ。もし亮がタクと同じ様に女性の声を出せるヘンタイだったら?」
「亮がそんなヘンタイなわけないでしょ!」
「だよなぁ……亮はヘンタイじゃねーよなぁ。じゃあ、やっぱりKINGはお前、真希だろう!」
「だから違うわよっ!」
「じゃあ、KINGは誰なんだよ。亮や真希なら凛の能力も知ってんだろう。しかもこの4組の中で女性ギタリストはホワイトピンクの赤羽だけだ。赤羽は凛の能力知らねーし。あっ。けど、準々決勝までに残っていたバンドならもう一人女性ギタリストがいたな。」
「SPADEに負けたマッドフラッドの女性ギタリストか。確かに才能のあるギタリストだったしその線もあるが……しかし、どうだろうな?凛の能力を彼女がいつどうやって知る事が出来たのか?彼女達と凛に接点はなかった。それに俺はやはりこの4組の中にKINGがいると思っている。」
「春人さんよぉ。じゃあ、聞くけどどうして今まで勝つ度に短い動画を出してたKINGが今は動画を公開しねーんだよ?」
龍司の問いに春人は顔を捻ってから答えた。
「決勝に進んだら公開する…とか?」
と言った瞬間凛の耳には『おしいが、違う。次の動画は優勝したら公開するのさ。』とKINGの声が聞こえた。
凛が右に左に顔を振り辺りを見渡している姿がよっぽど異常な行動に見えたらしく真希が、
「どうしたの凛?」
と凛の肩を持ちながら落ち着かせようとして話し掛けてきた。
「今、KINGの声がしたの。それで辺りを見てた。」
「んだとっ!KINGの奴は今なんて言ったんだ?」
「次の動画は優勝したら公開するのさって。」
「…あぁんっ!優勝だぁ?ふざけやがってっ!おいボケ!!聞いてっか地獄耳野郎!優勝すんのは俺達だっ!お前が次の動画を公開する時は今後一切ねーんだよっボケがぁ!!」
「しかし、セミファイナルに進出していたって事か…この4組の中にやはりKINGはいる。」
「だからハルさんよぉ。この4組のうちに女性ギタリストは真希か赤羽の2人だけなんだよ。って事はギターの上手さから言ったら…」
そう言って龍司は言葉を止め真希を見つめた。
「だから、私じゃないって。」
「凛。お前、俺達をハメようとしてねーか?KINGに話し掛けられたとかも全部嘘とか。」
「そんな事して何の意味があるの?」
「だよなぁ。けどよホワイトピンクの赤羽がKINGだとは思えねぇし真希も違うとなると…まさか…」
「まさか?なに?」
「やっぱ亮か?」
「そんなわけ…ん?でもそう言えば栄女の学園祭で紀子がKINGの話題を出した時覚えてる?」
(確か紀子がQueenよりKINGの方が勢いがあるみたいな事を言って。)
「そうだ。KINGの名前が出た時、反応してた。」
真希は凛の言葉を聞いて「そう!」と力強く言った。
「って事はやっぱ亮がKINGって事か?」
「亮はただKINGの事を知っていただけじゃないのか?凛に話し掛けて来るKINGは間違いなく女性なんだろう?」
春人の問いに凛は深く頷いた。
「だから!亮はタクと同じ女の声を出せるヘンタイなんだよ!あいつヘンタイをずっと隠してたってわけだ。」
「どうしてそーなるわけ?隠す必要なんてないでしょう?」
「真希、お前はバカか。自分がヘンタイなんだとカミングアウトすんのは勇気もいるし恥ずかしい事だ。だからだよ。」
「それじゃあ、拓也はどうなんのよっ!」
「こいつは人の目を気にしない奴で自分がヘンタイだって事にすら気が付いてないドヘンタイだったから恥ずかしさなんてこれっぽっちもなかったんだよ。」
「なによそれ。」
その会話を聞いていた春人がごほんと咳払いをしてから話し出した。
「例えば、もし、凛に話し掛けてきている女性とKINGが同一人物じゃなかったら?それなら亮が女性の声を出せなくてもKINGの可能性は出てくる。」
「はぁ?同一人物じゃねーだ?そんな事して何の意味があんだよ?」
「意味があるかないかはわからないが男なのか女なのかはわからなく出来る。今の俺達の様に残り4組となった今でもKINGの正体がわからないのはそのせいなのかもしれない。ま、ただの憶測で例えばの話しだけどね。」
「わからなくできる…まさか…」
「まさか何?」
凛は急かすように真希に聞いた。
「私、大きな間違いをしていたかもしれない。KINGは全員を欺く様な行動をしていたんだ。」
「どういう事だよ?」
龍司が真希に質問をした時、
「The Voiceの皆さん。出番です。」
と司会者の声がマイク越しにステージから聞こえた。
「時間がない。とにかく次に集中しましょう。」
そう言って真希は靴と靴下を脱いで隅の方に雑に放り投げた。
「待てよ真希!気になって集中なんて出来ねーだろーが!」
「続きは後よ。今は対ホワイトピンク戦に集中!いい?わかった?」
「仕方ねぇ…わかったよ。お前ら円陣だ!」
全員が頷いて円陣を組み、龍司を見つめた。
「KINGの話しが気になるが時間がねぇ。それに次はホワイトピンクだ。今までの相手とは違う。」
「大一番、か。」
春人がそう言うと龍司は深く頷いてから言った。
「楽しもう!」
「おう!」
(そう。楽しむんだ。どんなに辛くたって。私、楽しんでやるっ!)
3
2015年12月27日(日) 19時00分
結城春人はステージから観客席を見渡した。
「セミファイナルの曲は?」
数分前まで準決勝で披露する曲は決まっていなかった。春人のこの問いに真希は、
「Clap2よ。」
と答えた。春人達はその曲名を聞いて驚き準決勝のホワイトピンクを相手にその曲で勝てるのかと疑問を口にした。
何故なら『Clap2』という曲はホワイトピンクが最も得意とする楽しい曲調の曲だったからだ。
準々決勝で歌った『Clap』とは曲調が全然違う曲でアカペラではなく楽器も使う。
楽しい曲調対決となればホワイトピンクの方が有利のはず、しかし、真希はこの曲を選んだ。
「本当にその曲で良いのか?Clap2はギターじゃなくてサックスだぞ。ギターを使わなくていいのか?」
春人は真希に確かめた。真希は深く頷いた。
「サックスもバイオリンも持って来ているんだから使ってあげなきゃ。ま、この寒さでサックスを持つのは冷たくてかなりの凶器だけどね。」
と笑顔で答えた後、急に真顔になり、
「ホワイトピンクは準々決勝でバラードを歌ってタイムオーバーとなり点が伸びなかった。次の準決勝では確実にホワイトピンクが得意とする楽しい楽曲を演奏するはず。それなら私達も真っ正面から挑みたい。」
と言った。真希がそこまで言うのならここは真希のリーダーとしての資質を春人は信じる事に決めた。もちろん拓也達も反対はしなかった。
(だけど…不安だな)
声には出さなかったが春人の頭の中はその言葉を繰り返していた。
この曲を歌うと決めた真希も含め全員が不安に思っている事は間違いない。
何故なら今の拓也に楽しい曲を心から楽しんで歌えるとは誰も思っていないはずだからだ。
(だけど…歌うと決めた以上はやるしかない。)
春人はステージ上で目をつむり上を向いた。
舞い散る雪が頬に当たる。
(あともう少し…あともう少しだよ貴史……)
■■■■■
「Clap2」
[龍]ohhh,LaLaLaLaLa,okiedokie!easy!peasy!LaLaLaLa
ohhh,LaLaLaLaLa,okiedokie!easy!peasy!LaLaLaLa
[拓ファルセット]空を見上げた 今までそんな 余裕なんてなかったのにな
綺麗な青で 笑顔が溢れ それだけで 幸せになれた
もっと自然な笑顔を きっと出せるはず
もっと今まで以上に きっと楽しめるはず
[真&龍]青い空 風が吹く 感じるだけで笑顔
単純 だけど それだけで Feel Happy
([拓ファルセット]ohhh)[真&龍]LaLaLaLaLa,okiedokie!easy!peasy!LaLaLaLa
([拓ファルセット]Clap,Clap,Clap,Clap)
([拓ファルセット]ohhh)[真&龍]LaLaLaLaLa,okiedokie!easy!peasy!LaLaLaLa
([拓ファルセット]Clap,Clap,Clap,Clap)
[拓ファルセット]風揺れる花 今までそんな 気にする事なかったのにな
綺麗な景色 すぐ側にある そんな些細な事に気が付いた
もっと自然な笑顔を きっと出せるはず
もっと今まで以上に きっと楽しめるはず
[凛&春]青い空 風が吹く 感じるだけで笑顔
単純 だけど それだけで Feel Happy
([拓ファルセット]ohhh)[凛&春]LaLaLaLaLa,okiedokie!easy!peasy!LaLaLaLa
([拓ファルセット]Clap,Clap,Clap,Clap)
([拓ファルセット]ohhh)[凛&春]LaLaLaLaLa,okiedokie!easy!peasy!LaLaLaLa
([拓ファルセット]Clap,Clap,Clap,Clap)
([拓ファルセット]ohhh)
[真&凛&龍&春]LaLaLaLaLa,okiedokie!easy!peasy!LaLaLaLa
([拓]Clap,Clap,Clap,Clap)
([拓]ohhh)
[全員]LaLaLaLaLa,Clap,Clap,Clap,Clap,LaLaLaLa
■■■■■
演奏が終わった瞬間、真希が真っ先に凛にかけ寄った。しかし、準々決勝の演奏後には今にも倒れそうだった凛が今はちゃんと立っている。
「大丈夫。」
凛は笑顔で呟いていたが額からはうっすらと汗が滲んでいるのが春人の目には映っていた。
「無理しないの。」
真希はそう言って凛の腰に手をまわし得点が発表されるのを待っていた。
春人は拓也の横に立ち横目で拓也を見る。
歌っている時は楽しそうに笑顔を見せていた。だけど、それはあくまでも楽しそうであり、楽しんでいるわけではない事がわかる。
(おそらく…審査員の中で赤木さんだけはそれを見抜いているだろうな……)
4
2015年12月27日(日) 19時05分
「さあ!ただいまのThe Voiceの得点をどうぞっ!!」
司会者のその言葉で審査員達が順に点を発表する。
「8点、10点、9点、10点、9点、8点、10点、9点、8点、6点。さあ!3名の審査員から10点が出ました!気になる得点は……87点!!着実に点数を出してきています!そして、合計得点は……325点!」
「…凄い。私達……これで90点台を出さないと勝てなくなっちゃった……準々決勝で私がミスってへんかったらまだ勝てる可能性あったのに…」
与田芽衣は声を震わせながら言った。
「与田。まだ負けたわけちゃう。最後の最後まで諦めんな。」
「ねぇ?もし、もし彼らに勝てたら…優勝できひんくってもバンド続けへん?」
「……考えとく。」
遥はそう言って芽衣の肩を叩きステージへと向かう。続いてサトとまどかが遥と同じ様に順に芽衣の肩を叩きステージへと向かって行く。それを見送ってから芽衣は深く頷きステージへと向かった。その途中で演奏を終えたばかりのThe Voiceの5人とすれ違う。
芽衣は立ち止まり彼らの顔を見つめていたがThe Voiceのメンバーは誰一人としてこちらに声を掛けて来なかったし目も合わせようとしてこなかった。それが芽衣には悲しかったし寂しかった。
(そっか。そーやんな。今は敵、やもんな…)
5人が通り過ぎて行く。芽衣は振り向き彼らの背中を見つめた。
もしかしたら彼らが振り向いて何か言ってくれるかもしれない。そんな期待があった。しかし、彼らは声を掛けてくれるどころか振り向いてもくれなかった。
芽衣は両手で頬をパンパンと叩いた後ステージの方を見つめる。
雪がライトの光に照らされキラキラと輝き舞い散る。
「そうやんな。私ら戦友かもしれんけど仲間やないもんな。よしっ!なんか気合い入ったわ!!」
■■■■■
「少女の恋〜裏の顔〜」
きっともっと変われるはずだから 今から始める この歌に
恋という名の希望乗せて あなたに届けてみせましょう
チクタクと時だけが過ぎていくのさ
さすがに伝えなきゃ 無理
自然と気持ちが伝われば
こんなに苦しむ事ないでしょう
☆言葉に出来ないままキミの前へ
何も言えないまま立ち尽くす
でも この恋伝えに来たんだし
勇気振り絞り声を出しまーす
(ヤイヤ ヤイヤ )
はにかむ笑顔で間を作り 笑顔一杯に愛を告げま−す
きっとこの季節が来る度に 葉が揺れる その度に
私の事を思い出させては 懐かしい思いにさせてあげましょう
だけど上手くいけばそんなの意味ないし
気持ちが伝われば 勝ち
今この時だけ頑張ればと
悟られぬよう震え隠してます
☆repeat
はにかむ笑顔で間を作り 笑顔一杯に愛を告げま−す
Give me Give me love Give me Give me love yeah!
little by little Give me Give me love
きっとバラバラな2人でも 愛という名の下に
ひとつになっていけるはず きっと思い合えるはず
☆repeat
恋という名の希望乗せて 愛という名の鎖つけまーす(Wao!)
■■■■■
演奏が終わった。3分弱の楽しい曲。それに全てを掛けた。
先ほど演奏を終えたThe Voiceがステージに上がって来る。それを待って司会者が審査員達に得点を出す様に指示した。
「10点、10点、9点、10点、8点、10点、9点、9点、9点、8点。さあ!さあ!さあ!4人が10点をつけましたっ!!得点は……きゅ、92点!!」
会場がどよめいた。
「……勝った。得点でThe Voiceに勝った。」
5
2015年12月27日(日) 19時09分
「俺ら負けたのか…?」
ホワイトピンクの得点を聞いて神崎龍司は自分達が勝ったのか負けたのかわからなかった。横にいる拓也が顔を横に振りながら言った。
「…頭が回らない。けど、負けたんなら俺のせいだ…」
「負けても誰のせいにもならない。俺らの総合得点は325点。こいつらの総合得点は?おいどうなんだよ?」
誰も龍司の問いに答えず前だけを見ている。
「得点ではホワイトピンクはThe Voiceより上回りました!しかし、合計得点の方はどうでしょうか?さあ!ホワイトピンクの合計得点は……さっ324点!!と言う事は…二戦連続一点差でThe Voiceが決勝に駒を進めました!!」
司会者が大きな声でそう言った。
「……1点差。」
拓也が悔しそうにそう呟いた。
「選曲ミスね。私もリーダーとしてまだまだね。」
真希は俯き頭を掻きながら言った。
「んなことねーよ。」
龍司は真希の肩に手を置いてそう答えた。
「準々決勝でホワイトピンクがマイナス10点されていなかったら私達総合得点でも負けてた…」
「だな。けど、勝ちゃーいいんだろ?和装戦の後に真希が言った言葉だ。勝ったんだから素直に喜んどけ。」
「…運が、良かったな。一試合一試合の得点勝負なら俺達は負けだ。総合得点ルールに助けられた。」
春人が眼鏡を外して目を抑えながら言った。
「お前ら何負けた気になってんだよ。勝ちは勝ちなんだよ。運も味方に付けたって事でいいだろう?勝った方は素直に勝ったって喜んでりゃいーんだろ?」
「素直に喜べないよ。私はあんたみたいに単細胞じゃないからね。」
真希は悔しそうだった。拓也も春人も凛もみんな悔しそうだった。当然、龍司だって本当は悔しかった。
「次が正真正銘最後の戦いだ。素直に喜んで勢いに乗らなきゃ次勝てねーだろーがっ!さっさとステージから降りんぞ!次の奴らの邪魔だ。」
拓也達は肩を落としトボトボとステージを降りて行く。その後にホワイトピンクの4人も同じ様に肩を落としてステージを降りて来る。この戦いに勝者はいない。龍司はそう感じた。
ステージを降りるとホワイトピンクの4人が円になって抱き合い泣き始めた。それを横目に龍司達は歩を進める。
「勝った気がしないね。」
真希が言った。
「…うん。ホワイトピンクの4人にも掛ける言葉が見つからなかった。」
と凛が答えた。
「同情はいらねーよ。そりゃーあいつらは悔しいだろうけど。」
龍司がそう言うと結衣が近くに来ていて仁王立ちで龍司達を待ち伏せていた。
「優しくないっ!!」
「なにがだよっ!勝負の世界なんてこんなもんなんだよっ!」
「そうは思わない!一言ぐらい声を掛けてあげなさいよっ!」
「そう思わないのは勝負の世界に踏み込んだ事がないからだ。確かに俺らは得点であいつらに負けた。あいつらが準々決勝でミスらなければ総合得点でも負けてた。俺だって勝った気はしてねーよ。」
「戦いに負けて勝負に勝った。」
「ああ。そうだ。ハルの言うとおりだよ。けどな、勝ちは勝ちだ。勝った俺らがあいつらに声を掛けたところでなんの慰めにもならねーんだよ。」
龍司は拓也達全員の顔を順に見た。
「いいかお前ら。俺らにはあと一戦残されてんだ。もうこんな勝ち方じゃ誰も納得しねぇ。次は圧倒的な力の差を見せつけて勝つ!ここにいる全員を俺達の力で納得させるんだ!わかったなっ!!」
「…そうね。勝てた気は全然しないけど負けた気でいるのもダメよね。」
真希は力強く頷きそう呟いた。
「しかし…あいつら本気で解散する気なのか?」
龍司が問うと真希が「そうでしょうね。」と静かに答えた。するとホワイトピンクの遥一人だけがこちらに向かって歩いて来る。そして、真希の背中をトントンと軽く叩いた後、
「頑張って。」
と呟いてすぐにバンドメンバーがいる場所へと戻って行った。
6
2015年12月27日(日) 19時11分
先にステージ袖から観客席に歩いて行くThe Voiceの後ろ姿を追いながら堀川遥達ホワイトピンクの4人も泣きながら後に続いた。
相沢がこちらを見つめ立っている姿が目に入ると何故だか遥はほっとした。
「よくやった。」
相沢は4人の頭に手を置き一人一人に笑顔でそう言ってくれた。芽衣は大泣きをしながら相沢に抱きついた。
「ごめん師匠!負けてもうた…私…私が準々決勝でミスらへんかったら勝ててたのにっ!私のミスで…負けてもうた…」
「与田…あんたのせいなわけないやろっ!」
遥はそう言ったが芽衣にはその言葉は届いていない。
「……みんなゴメンっ!」
「だから与田のせいちゃうって。」
「…勝ててた。勝ててたのに…私、悔しい…悔しいねん…こんな負け方は嫌や。もういっぺん。もう一回だけチャンスがほしい…みんな…お願い!もう一年だけチャンスを下さいっ!」
赤羽と生島が涙目で深く頭を下げる遥を見つめている。
負けたら解散。芽衣は最後までそれに反対をしていた。遥だって本当はバンドを解散したくはない。しかし、今年優勝出来なかったらバンドを解散しようというのは芽衣を除く3人で約束した事だった。
(ごめんな。与田。)
遥は目を瞑り芽衣に言った。
「あと一年。続けたところで私らが来年優勝出来るとは限らへん。」
「…なんで?なんでそんな事言うん?私ら…ううん。私がミスらへんかったらこの準決勝勝ててたやん!私ら負けてへんやんっ!」
「私らは負けたんや。それは事実や。」
「得点では勝ってた。準々決勝で私が時間オーバーしてへんかったら総合得点でも勝ててた。私らは負けてへんっ!」
「与田。私らは負けたんや。」
「遥はそんなにバンドを続けたくないん?」
「私らホワイトピンクが準決勝まで駒を進められたんは与田。あんたの力だけやよ。私らに音楽の才能なんてこれっぽっちもない。だから、私らはこの大会で優勝できひんかったら解散する事を決めて音楽を辞める事も決めた。でも、あんたには音楽の才能がある。あんただけはプロを目指してまた来年この舞台に帰ってきたらええ。」
「…私はホワイトピンクがいい。他のバンドなんて興味ないわっ!」
「私らはあんたが成長する度に音楽の才能の差を感じてた。もうこれ以上は無理やねん。あんたの足を引っ張りたくないねん。」
「…なんで…なんでそんな事言うん…」
相沢が泣き崩れる芽衣の頭を抱え込み自分の胸に引き寄せた。
「芽衣。これ以上遥達を辛い思いにさせるな。遥達3人はお前だけはプロになってほしい。もっと他に才能のあるメンバーとバンドを組んでほしい。そう思ってるんだ。」
「ごめんな。与田。」
「…私はこのメンバーじゃなきゃ嫌や……」
「もっと才能のあるメンバーとバンドを組めばあんたはすぐにでもプロになれる。でも、このままホワイトピンクを続けても私らが足を引っ張ってしまう。来年までの一年間で与田以外の私らがこれ以上成長するとは思われへんねん。だから、もう無駄な時間を過ごすんは辞めにしとき。」
「足を引っ張ったんは私の方やんかっ!」
「あんたは何も足を引っ張ってへんっ!あんたの歌声なくして私らの演奏で準決勝まで進めたはずないやろっ!もっと…そう…例えばThe Voiceのようにプロ並みのメンバーがいればあんたはもっと輝いてたし今回だって10点マイナスされたところで負ける事はなかった。私らでは無理やねん。あんたのレベルに追いつかれへんねん。」
「…言い訳や。それはただの言い訳や。」
「…芽衣。わかってやってくれ。遥達もホントはバンドを解散なんてしたくないんだ。」
相沢がそう言ってくれた。しかし、芽衣は、
「解散したくないんやったら続けてくれたらいいやんかっ!私の為って言うんやったら続けてくれたらいいやんかっ!」
「与田。ごめんな。私らがバンドを続ける事はあんたの為にはならへんねん。」
(私だってバンド続けたいよ。けど、それじゃアカンねん。)
「私らはあんたにプロになってほしいねん。その歌声を日本中に広めてほしいねん。そうなるにはドラムは私じゃアカンねん。力不足すぎんねん。だから…」
遥は深く頭を下げて震える声で言った。
「今日をもってバンドは解散する。」
7
2015年12月27日(日) 19時13分
「なんだよ。お前らの弟子対決だったのかよ。見逃しちまったな…あー残念。」
長谷川雪乃の真後ろから大きな声が聞こえて来て雪乃は体をびくりとさせて振り向いた。
「海!?お前…ここにいていいのか?新曲出るんだろう?」
間宮も驚いた様子で奥田を見つめそう言った。
「おぉ!よ〜く知ってんな。アルバム出したとこなのに、もうシングルだ。だが、もう録音は終わった。」
「ならプロモーションなど忙しいんだろう?なのにわざわざ来てくれたのか?」
「トオルよぉ。お前はバカか?俺らはバーチャルバンドで演奏してる俺は正体を明かしてねぇんだ。プロモーションなんてするはずがねーだろ。プロモーションは全部映像がしてくれんだよ。忙しいのは映像を作ってくれてるクリエイター達だ。それから!俺はわざわざ来たんじゃねーよ。弟子が心配でいてもたってもいられなくなって様子を見に来たわけだ。龍司の奴はちゃんとやってんだろうな?」
「ああ。龍司は心配ない。」
「なんだよその言い方。龍司以外に心配な奴なんていないだろうが。」
「…拓也だ。」
「はっ?拓也が?そりゃ意外な答えだな。」
奥田がそう答えると泣いている与田達を連れて相沢が戻って来た。
「おう!相沢。違うバンドに2人の弟子がいるのはどんな気分だよ?」
「フン。いずれ拓也と与田が戦う事になる事は想像出来ていた。覚悟はしていたさ。ただ……」
「ただ?」
「俺はどうしても負けた方に情が出てしまう。」
「そうか。で、拓也はどうなんだ?」
「あいつはまだ実力の半分も出せてないな。」
「それで決勝進出してんのかよ…」
「このまま実力を出せずに負けてしまったら拓也は自分を責めてしまうだろうな。ここにいる芽衣も自分が足を引っ張ったと責めている。」
相沢が与田の名前を出すと「ねぇ?師匠?」とまだ泣き止まない与田が相沢に言った。
「このまま拓也君が実力を出せないままだったらどうなるかな?」
「……対戦相手がSPADEだろうがJADEだろうがさすがに勝つのは無理だろうな。」
「師匠……拓也君を助けてあげて。」
「俺には芽衣や拓也に歌を教える事ぐらいしか出来ない。今のあいつを助ける事なんて出来やしないさ。無力なもんだ。」
「そんな事はない。」
間宮がそう言った。
「お前はそうやって芽衣の側にいてやっているじゃないか。今度は拓也にもそうやって側にいてやってくれるだけで良いんだ。側に誰かがいてくれるのといてくれないのとでは全然違うからな。」
「…悪かったな。お前の時は側にいてやれなくて。」
「そんなつもりで言った訳じゃない。」
「わかっているさ。」
相沢が間宮にそう言うと奥田は頭をぐしゃぐしゃと掻き、
「雪、積もりそうだな。」
と呟いた。
8
2015年12月27日(日) 19時15分
「さあ!セミファイナル第二回戦は72点、79点、86点と点数を上げて来ているSPADE対80点、75点、73点と点数が下がって来ているJADEとの対決です!合計得点は237点のSPADEと228点のJADE。その差は9点!しかしJADEはこの三戦全てで時間オーバー。合計30点も引かれています。本来なら258点という高得点だったわけですからこのセミファイナルで時間内に演奏を終われればまだまだ勝者の行方はわかりませんっ!」
準決勝第二回戦。司会者が興奮気味でこれまでの得点を説明した後SPADEがステージに呼ばれた。霧島亮を先頭に4人はステージへと歩き始めた。
「おい。亮!お前らみたいなクソガキが俺らに勝てると思ってんのかよ?」
後ろから芹沢が亮に話し掛けて来る。響と陸が芹沢の言葉に反応し振り返ったが亮は後ろを振り向かなかった。
「負ける気がしねーな。」
亮はゆっくりとステージへと歩き出した。
■■■■■
「マイノリティ」
大切にしていた 人と違う所を
けれどそれは違うらしい
人と合わせなきゃいけないらしい
息苦しいな 気持ち悪りぃな
変人扱いされようが 人と違うと言われようが
産まれた環境も違えば考え方だって違う
それでいいだろう?
※ここには平等なんてない
あるのは洗脳にも似た統一感 はあ?
全員同じって気持ち悪りぃ
マイノリティで構わない
いや マイノリティが希望です
鼻で笑い 蔑むのはやめろ
ただ少し ほんの少し違うだけ
ホントは何も変わりはしない
それを大げさに違うと言いきるなよ
産まれた環境からしてみんな違う
平等の立場なんてハナからないだろう?
※repeat
時代は変わっても変わらないものがあるのなら
そんなものは必ず変えてやるから さあ見てろ
常識を覆す時がきた
※repeat
息苦しい 気持ち悪りぃ 全員一緒じゃ笑えねぇ
そのうち逆転してこっちがマジョリティ はあ?
■■■■■
9
2015年12月27日(日) 19時16分
「さっきの話しの続きだけどさ。」
亮達SPADEの演奏を見つめながら姫川真希が誰に言うでもなく呟いた。
「さっき?」
案の定、龍司が首を捻り尋ねてくる姿を見て真希は大きくため息をついた。
「KINGの話しよ。」
「あ、ああ。それより…ヒメ…背中…」
「背中?」
「何でもねぇ何でもねぇ…ハル、先に真希の話し聞こうぜ。で、KINGのなんだっけ?」
真希はまた大きくため息をついた。
「KINGは全員を欺く様な行動をしていたんだ。確かヒメはそう言っていたね。」
春人がそう言うと龍司は、
「あ〜そーだったな。で、それはつまりどういう事なんだよ?」
拓也と凛、そして、その横にいる雪乃と結衣も亮の演奏よりも真希の方に注目をしていた。
「凛はKINGの動画で演奏を聴いた時、どう思ったんだった?」
真希は凛に話しを振った。しかし、凛は、
「それより真希…背中…」
と春人と同じ事を言ったので龍司が、
「凛。今はKINGの話しが優先だ。違う話しは後にしろ。」
と告げた。
「そ、そうなの?そ、そっか。えーっと。KINGの動画を見た時、確か最初は私どこかで聴いた事がある演奏だなって思った。」
「私も凛と同じなの。KINGのギターというより曲調に聞き覚えがあったんだ。」
「そう言えば…いつかのLINEで確かに書いていたな。KINGのギターは聴いた覚えがなけど曲調ならどこかで聴いた覚えがある気がする、と。」
「…ハル。お前そんな文章覚えているなんてスゲーな。凄い記憶力だ。」
「いや、おかしな文章だったからよく覚えているんだ。真希も凛も2人ともがギターの記憶より曲調に覚えがある感じだったからね。」
「って事は…つまりKINGは……」
龍司が言葉を続けないのでそれまで黙っていた拓也が代わりに疑問系で答えた。
「ギタリストじゃない?」
「まさか」とみんなが驚きの表情を見せた中、雪乃だけはにやりと笑っていた――ように見えた。
「KINGはギタリストだろ!だって動画内ではギターを…」
「KINGはギタリストではなく――」
真希はそこで言葉を止めステージで演奏するSPADEの方を見つめてから言った。
「ベーシスト。」
全員がステージ上で演奏するベーシストの女性を見つめた。
「…まさか…あの小娘が……」
SPADEのベーシスト有栖詩はフードを被っていない。それが龍司にはKINGだという確信を持てなくしてしまっている様子だ。
「髪の色は?KINGは毛先だけがブルーとほんのりグリーンが混ざっていた。」
春人はそう言った。有栖詩の髪は黒い。しかし、毛先の色が黒でないかどうかはステージの近くにいてもわからない。ライトが当たっているからという意味で色がわからないのではなく有栖詩は毛先を上着の中へ入れているからだ。
「あいつがKING……なのか……?」
「あのベースの曲調、KING独特の曲調と一緒だよ。」
真希はそう言うと凛は深く頷いたが龍司は「そうかぁ?」と言って首を捻っていた。すると、
「直接聞けば早いよね?きっと今の会話、彼女がKINGなら全部聞こえているよ。」
とそれまで黙っていた雪乃が楽しそうに言った。
龍司達が真希に声を掛けろと言う様に見つめて来るが真希はその役を凛に譲る為に凛を見つめた。
「えっ?私なの?」
凛は自分を指差して真希に聞いてきた。真希は早く聞けと言わんばかりに有栖詩に向けてあごをしゃくった。
「ふぅ〜。わかった。まずは彼女の感情から。」
凛は深呼吸をしてから、それまで付けていたヘッドホンを外した。そして、凛はこう呟いた。
「焦り、不安、恐怖、死。」
「え?」
真希は凛の言葉に思わず声を漏らした。
「それが…あのベーシストの感情なの?」
凛が頷く。中学生の女の子の感情とは思えないネガティブな感情に真希は目を見開いて有栖詩の演奏を見つめた。
「やっと見つけたよ。KING。」
凛のその言葉は有栖詩がKINGだと確信を持っていた。
「待って凛。以前に。空と蒼と詩の解散ライブに行った時、あの子からそういった感情は伝わってきていたの?」
「確か…絶望にも似た諦めの感情は伝わってきていた記憶はあるけど…それはバンドが解散するからそういった感情が出ていたものだとばかり思っていた…けど、そんな単純な感情ではなかったんだ……私は…それに気がついてあげられなかった…」
SPADEの演奏が終わった。亮のギターテクニックは流石だった。他のメンバーの演奏も申し分ない。そして有栖詩のベーステクニックは恐ろしい程素晴らしかった。
彼ら4人は演奏を終え一列に並び静かに自分達の得点が出されるのを待っていた。
凛が声を掛けたにも関わらず有栖詩には特別変わった様子は伺えない。
SPADEの得点が発表されていく中、龍司は、
「あいつKINGじゃねーんじゃねぇの。」
と言っていた。
「得点は……88点!!そして合計得点の方は………325点!!これは先にファイナルへと進んだThe Voiceと同じ得点ですっ!!」
司会者の大きな声よりもより大きな歓声が地面を揺るがした。
「つまり、俺達は亮のバンドに追いつかれたって事でいいんだよな?」
龍司は亮を睨みつけながら言った。亮がステージ上で龍司を見てしょぼんと下を向いたのがわかった。
「ま、そうなるわね。あんまり睨まないであげて。亮は私達の――」
「仲間だから筋は通さなきゃいけねー事だってあんだよ!あいつがバンドを組んだって言ってくれていればこんなに俺は怒らなくて良かったんだっ!それにこれでもしあいつのバンドにKINGがいてみろっ!あいつは俺らにKINGの事も黙ってた事になるんだぞっ!」
「きっと言えなかっただけでしょ?私達は亮を送り出してあげなきゃいけない。笑顔でね。」
「フンっ!俺には無理だ。」
「出来るわよ。あんただってね。」
「フンっ!」
そのままSPADEの4人は一度ステージを降りて行こうとする。真希は亮の視線を感じながらも有栖詩の方をずっと見つめていた。凛達も同じだ。有栖詩はこちらに目もくれないでステージ袖へと歩いて行く。なぜかその歩き方はふらついていた。ふらつく足取りで詩は上着に隠れていた髪を出した。そして、上着の中からフードを引っ張り出し深く被った。毛先の色はライトの光が当たっても正直わからなかった。しかし彼女が被ったフードには猫耳が付いていた。
そのまま彼女はステージ袖へと向かうものだと思った。しかし、真希の予想は外れた。
猫耳フードを深く被った有栖詩がこちらを向く。表情は見えないが口元が笑っている事が見て取れる。その口元が動き出し真希達に向けて彼女は何かを言った。
「今、有栖詩はなんて言った?」
真希はすかさず凛に聞いた。
「…… 優勝するまでバレないと思っていたって。」
10
2015年12月27日(日) 19時19分
ステージを降りた途端、有栖詩は目眩を感じた。
耳鳴りがし、体がふらつく。そして、体が横へと倒れて行く。
それを支えてくれたのはまたしても亮だった。
「大丈夫か?」
「……よく、支えられたな。」
「体がふらついていたからな。また倒れそうだなって思って…」
「……そうか。」
「次こそ俺達はお前なしで演奏をする。」
詩は支えてくれていた亮の腕を振りほどいた。
「次こそ?お前はバカか。次は決勝だ。私なしで優勝出来ると思っているのか?」
「相手はあの 拓さん達のThe Voiceだ。詩なしでは難しいのはわかっている。だけど…」
「私なら大丈夫だ。最後まで戦える。」
「詩、お前、もう限界だろ?お前のおかげで俺達はここまでこれた。総合得点もThe Voiceに追いつけた。あとは俺達に任せろ。」
響がそう言った。陸も隣で頷いている。詩は3人の顔を見てからゆっくり頷いた。それを見て亮が言った。
「決勝は俺達3人で演奏する。詩には……いや、俺達4人でバンドを続けられるのにはタイムリミットがある。プロになるのに来年では遅すぎる。今年…いや、今日。俺達は必ず優勝する!優勝してプロになって少しでも長く4人でバンドを続ける為に決勝は3人で演奏する。いいな?」
響と陸が「おう!」と答え詩は頭を下げて皆に「すまない。」と伝えた。
「お前ら本当に俺達に勝てると思っているみたいだな。」
そう言って対戦相手JADEの芹沢が詩達の横を通り過ぎる。
芹沢の隣を歩く新川の足取りは詩以上にふらついていて芹沢が支えないと歩けない状態だ。
「芹沢…俺らはあんたらになんか負けるはずがねぇ。」
芹沢は亮の言葉を聞いても立ち止まる事なく新川を支えながらゆっくりとステージに進む。
「あんたこの大会で優勝する気あんのかよ?そもそもプロになる気はあんのかよ?」
その言葉にも芹沢は答えなかった。ステージに上がった芹沢が小さな声で新川に、
「次は愛を歌うぞ。」
と言っている声が詩には聞こえた。もちろんこの距離で芹沢の声が亮達に聞こえるはずもない。
「…もう決勝?」
と新川が芹沢に聞いている。
(どうしてあの女は決勝と思ってるんだ?変な奴。コソコソ話してるつもりだろうけど私にはまる聞こえだ。)
「しっかりしろ!日和。まだセミファイナル。準決勝だ。」
「そうなの?ま、そんな事どうでもいいわ。それより優勝したらホントに薬くれるんだよね?」
薬という言葉を聞いて詩は目を丸く見開き2人の様子を伺う。芹沢は新川の問いに答えず新川の肩を押しながらステージ中央に立った。そして2人はいつもの様に左手をお腹に右手を背中に回し丁寧にお辞儀をした。2人とも真っすぐ立っていられず体が揺れている。
「…薬?」
ステージの方を見つめて呟く詩の言葉に亮が「えっ。」と驚きの声を漏らした。
「もしかして、芹沢の奴…今、薬の話ししてたのか?」
「……ああ。あいつら…もしかして…」
「そう。薬物に手を出しているんだ。」
「亮、お前はそれを知っていたのか?」
「凛が教えてくれた。凛は歌を聴いたら感情が入って来る事は前に教えたよな。凛があいつらの演奏を聴いて、あいつらの感情から薬物を使用している事がわかった。」
「そう…だったのか。」
「…嵐、あなたおかしいよ。ふっ。ふふっ。…ま、まるで普通。薬…やった方がいいんじゃない?」
新川が不気味な声音で芹沢に言っている。
「薬物を使用している奴の感情を読み取った時、凛は本当に辛いみたいだ。恐ろしい感情が入って来て気持ち悪くなって…ただでさえ色んな奴の感情が勝手に入って来て辛いだろうに。」
「…私の耳には制限がある。なのに凛には制限もなく特別な力まである。この差は何だ…私は一ノ瀬凛が嫉ましい。」
「あいつはあいつで大変なんだよ。他人の感情が一方的に入って来るなんて最悪だろ。ましてや音楽で生きていこうとする者にとっては邪魔でしかない能力だ。音楽人生で役に立つ事なんて何一つもないだろうな。ヘタしたら精神的におかしくなるかもしれない。」
「だが、死ぬ事はない。」
「……」
11
2015年12月27日(日) 19時20分
■■■■■
「愛」
助けたい 君を助けたい
だけどいつも助けられているね
ホントは君を助けたいのに…
ごめんね 頼りなくって
だけど、いつか、必ず、命に掛けても君を守る
さあさ、さあさ、これから変われば
いつかどこかで君を守れるかもしれないからさ
さあさ、さあさ、今変わるしかない
君を守る為にもね
今では……君を守れなかった事を悔やんでいる
君を変えてしまった…
あんなに真っ白で純粋だった君を壊してしまった
君が君じゃなくなった日を今でもよく覚えているよ
壊れてしまった 壊してしまった
さあさ、さあさ、これからあなたを変えられるだろうか?
いや、無理だ もう無理だ あの頃の君はもういない
そうしてしまったのは誰のせい?
そんな事はわかっているさ…
もし、時が戻りあの日に戻れるならば
君と出会う事は避けるだろう
君を壊してしまわないように
昔の君に戻って欲しい
君はもう過去に戻ろうとは思っていない
今を ただ今だけを君は生きている…
愛しているんだ 君を助けたいんだ だけど…
■■■■■
芹沢嵐が今演奏している愛という曲を歌うと新川に告げた時、新川が「…もう決勝?」と聞いてきたのには理由がある。この曲は決勝で歌うと決めていたとっておきのバラード曲だったからだ。
(ちくしょう。予定が変わった。この曲を準決勝で歌わないといけなくなるとは…あのガキ相当腕を上げやがった。いや、それだけじゃねぇ。他のメンバーもガキとは思えない程の実力者だ。
しかし、どうして俺はこんなにも冷静で普通で落ち着いて物事を考えられている?どうしてだ?
そうか。完全に薬が抜けているのか…そうか。日和のドラムもとても落ち着いた演奏だ。これなら圧倒的な差で亮のクソガキ共に勝つ事が出来る。)
12
2015年12月27日(日) 19時25分
JADEの演奏が終わった瞬間会場全体が静まり返った。その静けさは司会者がステージに立ち話し始めても続いた。異様な静けさ。異様な雰囲気。それは誰もが感じ取っていた。
JADEの演奏は狂っていた。全体的にハードな楽曲だったが急にバラード調になったり落ち着きがなかった。演奏する新川も落ち着きなくドラムを叩き、同じく芹沢も落ち着きなくピアノを演奏していた。芹沢に関しては何を歌っているのかわからない箇所が多かった。違う言語のように歌っているのか呂律がまわっていないのか判断出来ない。狂ってはいたがこれは芸術だと言われればそう思えるが曲を聴いている者にその判断が出来ない人が多数だった。だから会場全体が彼らの演奏にどう反応したらいいのかわからず異様な雰囲気を醸し出していた。
そんな空気の中、司会者が亮達SPADEをステージに上がらせ審査員達に得点を出すよう指示した。そして、司会者が放つJADEの得点だけが静かな会場に響き渡る。
「10点、10点、10点、10点、10点。」
審査員達はJADEの演奏を芸術と捉えたのだと橘拓也は判断した。
(マズいぞ。亮…)
「10点、10点、10点、9点……」
(石原が9点も出すなんて……じゃあ、赤木さんは?)
「6点……」
赤木の6点という低得点に司会者が動揺の声を出した。隣にいた真希が、
「妥当よ。司会者は点数が低いと捉えたみたいだけどね。ま、元の曲がどんなのかわかんないけど…いえ、きっと全然違う曲調なんだろうね。しかし、赤木さんが本物で良かったわ。彼だけは本物の採点をしている。」
と言うと龍司が、
「しかし、今の曲…本当はバラードだったりして。」
と小馬鹿にするように言った。
「はっ。それだったら笑っちゃうわ。」
真希は一切笑わずにそう答えた。
「合計得点はなんと95点!!セミファイナルでやっとJADEは時間通りに演奏を終え初めてマイナスがありませんっ!そして、本日最高得点が出ましたっ!」
それまでの静けさが嘘だったかの様に会場全体が一気にどっと歓声が上がった。
(95点!?ここで得点を上げてくるとは…こ、これマズいんじゃないのか??)
「合計得点323点!と、いう事は……おーっと最高得点を出しましたがこれまでのマイナスが仇となりましたっ!325点のSPADEにはわずか2点及ばずっ!!
2点差で決勝進出を決めたのはSPADEです!!SPADEの勝利っ!!」
「今まで引かれた30点がなければ合計得点353点。圧倒的に凄かったのにね…」
JADEの演奏中、会場から出来るだけ離れていた凛が今までで一番辛そうな表情を浮かべながら戻って来てそう言った。
「フン。あいつらが素の力だったら昨日の段階で予選落ちよ。あいつらは悪魔に魂を売ったのに結果を残せなかった。きっとこの代償は大きいわ。それより凛。あいつらの演奏は聴こえなかった?」
「うん。大丈夫だった。出来るだけ遠くに行こうと走ったから。おかげでまだ汗が止まんないよ。」
(嘘だ。)
凛は引きつった笑顔でそう言った。凛の顔は青白かったし冬だというのに汗をかいていた。ここでそれを凛に伝えても走ったからと答えるだけだろうと思い拓也は凛に顔色が悪い事は伝えなかった。きっと凛には芹沢と新川の感情が入って来ていたのだろう。決勝に響かなければいいがと拓也は心の中で願った。
「決勝戦のThe Voice対SPADEの戦いはこのあと8時からとなります。両バンドとも総合得点325点!同点です!」
司会者の声を聞いて時間が空く事を知った真希がまた、
「30分もあるじゃないっ!さっさと演奏させてよねっ!!」
と文句を言うと春人が、
「この30分は無駄ではない。少し作戦会議でもしないか?」
と言った矢先に春人のスマホが鳴った。すまないと春人はスマホの液晶を見つめた後、ちらりと拓也の方を見つめてから電話に出た。春人が電話に出ている間、拓也は真希に対して「背中…」と言って声を掛けたがすぐに龍司が拓也を止めた。そして、龍司は春人の方を見る様に拓也に指でジェスチャーしてきた。
電話をしながらも春人はちらちらと拓也の方を見つめながら電話の相手に「はい。」「わかりました。」と返事をしている。拓也は電話の相手は春人の父で、その内容はみなみの事だと確信を持った。
春人が電話を切り拓也の側に歩いて来る。
「父からだ。」
春人の電話の相手は拓也が想像した通りの相手だった。
次に出てくる春人の言葉が恐かった。思わずごくりと唾を飲む。
拓也は覚悟を決めて春人に対して頷いた。
「みなみが意識を取り戻したそうだ。良かったな。」
その言葉を聞いて拓也は膝から崩れ落ちた。「大丈夫か?」と春人に腕を引っ張ってもらってやっと立ち上がる事が出来た。
拓也は立ち上がった瞬間、駆け出した。向う先は結城総合病院。
春人が「今行ってもみなみとは面会出来ないぞっ!!」と叫んでいる。
みなみと会う事が出来ない事はもちろんわかっていた。しかし、拓也は走った。少しでもみなみの近くに行く為に。
13
2015年12月27日(日) 19時15分
ゆっくりと目が開いた。
うっすらと光が滲む。
起きなきゃ。すぐにそう思った。
次に今何時だろう?という疑問が頭に浮かぶ。
いつもスマホを置いている場所に手を伸ばそうとしたが上手く腕が上がらない。
スマホを取るのは諦めて窓の方を眺めた。
カーテンはされていない。
外は真っ暗な闇。
窓の位置が違う。違和感を覚えながらも思考が止まり頭がぼーっとしてそれ以上の考えが進まない。
ただ外だけをしばらく見つめていた。
ぼーっとした頭がまわり始めた。
今日は12月24日。雪が降り積もっていて。The Voiceのコンサートで…
暗闇にも目が慣れてきたところで、ん?と疑問に思う事があった。
あんなに降っていた雪が…あぁ、そっか眠っている間に雪の勢いも収まり始めたのね…
ん?とまた疑問が浮かぶ。
私はコンサートに向かう為に家を出た…そして、雪が降り積もる道を確かに歩いていた……
まさかと思い起き上がろうとしたが体が上手く動かない。
首だけで辺りを見渡す。
ここが自分の部屋でない事にそこでやっと気が付いた。そして、佐倉みなみは悟った。
(そっか……)
諦めにも似たため息を吐いた。
(今日は何日だろう?)
(私は一体何日眠っていたのだろう?)
さっきは上がらなかった腕がゆっくりと上がる。
腕を額の上に置くつもりが手加減が出来なくて勢いよく額に落ちて来る。
「…イタいなぁ。」
体が震え涙が滲む。
悔しくて情けなくて寂しくて不安で…そし…とても恐ろしい……
[ラストチャンス]
1
2015年12月27日(日) 19時35分
「結局、作戦会議なんてやってる時間はねーな。」
拓也がみなみのいる結城総合病院へと向かった為、神崎龍司達は決勝までの残り時間を持て余し4人で会場を行く当てもなく歩いていた。
「拓也君、ちゃんと決勝戦までに戻って来るよね?」
凛が不安そうに聞く。
「戻って来なかったら承知しないわ。」
「しかし、次の決勝は望みが見えて来たな。今までは拓也は本気を出せなかった。だけど、みなみが無事だった事で気持ちも楽になったはずだ。それに凛もこの時間を使って休憩も出来る。次の決勝の拓也の声や凛の演奏はこれまでとは断然違う。」
「戻って来なかったら私達の負けは確定だけどね。」
「おいおい真希さんよ。タクがいなくても俺らがあんなガキ共に負けるわけがねーだろ?」
「ふんっ。私達の対戦相手もそう思って負けていったのかもしれないわよ。ま、次の決勝はバケモノがいるバンド。それだけでも凄いのに…一筋縄では勝てないでしょうね。」
「相手は真希ですら化け物扱いする亮。しかも、ベースにはKING。ボーカルもドラムも素晴らしい。とても中学生とは思えない。拓也が本気を出してやっと同じ位のレベルなのかもしれないな。」
「俺はそうは思わねーけどな。」
会話が途切れた。凛がスマホの時刻を確認した。
「あと、25分、か。私、一人になりたい。一人になってもいいかな?」
凛は歩くのを止めてそう言った。
「なんだ?まさかKINGの詩様から少し話さないかとでも言われたのかよ?」
龍司は当てずっぽうでそう凛に聞いたのだが凛は、
「うん。だからちょっと詩ちゃんと話しをしたいの。」
と答えた。
「行ってらっしゃい。そのかわりファイナルで歌う曲は私達3人が勝手に決めさせてもらうわよ。」
真希の言葉に凛は声を出さず頷き、一人会場の隅の方へと歩いて行った。
「真希…少し言いにくいんだけどさ…」
龍司はそろそろ真希に伝えてやるべきだと思った。
「何よ。」
鋭い目が恐ろしい。また後で伝えようと直感的にそう思って龍司は躊躇した。
(出来る事なら伝えたくない。だけど、伝えなければいけない。決勝が始まる前までには…)
何も話し出さない龍司に真希の怒りが募り始めたのがわかった。
(後じゃ手遅れになる。今、今伝えねぇと…チクショウあいつ…くだらねぇ事しやがって……けど、笑える。真希の奴全然気付いてねぇ。そうか!伝えずにこのまま優勝すれば一生のネタになる…いや、待て。優勝出来なかったら?いや、優勝するのは最低条件だ。ならこのまま…いや、待て待て。このまま伝えなかったら全部俺のせいになる…)
龍司は意を決した。
「真希…背中にさ…」
龍司はつい笑みを浮かべてしまった。
「背中?なによニヤニヤして気持ち悪いわね。そういえばみんなさっきから背中を気にしてたわよね。」
真希はそう言いながら龍司に反対方向を向けさせ龍司の背中を確認した。
「違う。俺の背中じゃねー。」
龍司は笑いながら答えた。
真希は自分の背中を両手で探った。そして、「んっ?」と言った。真希がそれを取る前に龍司は言った。
「準決勝が終わってからずっとお前の背中に張り紙が張られてんぞ。」
真希は龍司を睨みつけながら背中の張り紙を取った。
そこにはひらがなで、ばぁーか。と書かれていた。
準決勝が終わって遥が真希の背中をトントンと軽く叩いた後、「頑張って。」と呟いたその時、遥はこの張り紙を真希の背中に張っていた。龍司達はすぐにその張り紙に気付いた。拓也も春人も凛も張り紙に気が付いて真希に教えようとしたが龍司はそれをなんとか阻止した。
真希はずっと背中に張られていた、ばぁーか。という文字を見つめ両手がわなないていた。一瞬で誰が張った紙なのかを理解したようだった。
「あのくそガキがぁ〜〜!!!」
そう言って真希は紙を激しく丸め龍司目掛けて投げた後、龍司の頭を勢いよく殴った。
2
2015年12月27日(日) 19時35分
―少し話さないか?
KINGからの誘いがあった。一ノ瀬凛も詩とはゆっくり話したかった。凛は詩から指示された会場の隅へと歩を進めた。
―会場隅に大きなくすの木があるからそこで。
「ここか。KING…いや、詩。着いたわよ。ここで待てばいいのね?」
凛は小さな声で言った。おそらく今の声でも詩には聞こえているはずだ。
「待たなくてもいい。」
詩の声がすぐ近くから聞こえてきた。
(近い。今までで一番近くに詩がいる。場所は…この大きなくすのきの反対側。)
凛はゆっくりとくすのきの反対側へと回り込む。しかし、詩の姿はそこにはなかった。
(確かに声はここから聞こえてきたのに…)
「やっと話せる時が来たな。」
またくすのきの反対側から詩の声が聞こえた。凛は首を捻った。
「もしかしておちょくってる?」
「いや。」
「私がそっちに向かえば君はこっちに来るんでしょ?もう君の顔も正体もわかった。逃げ隠れする必要がある?」
「今まで顔を合わせずに話していたんだ。これでいいだろう?」
「なにそれ。意味わかんない。」
「フフ。怒っているのか?」
「怒るわよ。この距離で顔を合わせて話さないとかありえないからっ!」
「落ち着け。私達の会話は最後までこれでいいだろう?」
凛はため息を吐き、まったく…と呟いた。
「君が極端な恥ずかしがり屋さんだってわかったわ。仕方ないからこのまま話してあげるわ。」
そう言って凛はくすのきを背に座った。
「私が座ったの音でわかったでしょ?君も座りなさいよ。」
そう言うとしばらくして詩が座る音が凛にはわかった。
詩は話し掛けて来ない。時折、靴で砂利が動く音はするのでそこにいる事はわかるが一向に話し掛けて来ようとしてこない。
(少し話さないかと言ってきたくせに話し出さないってどういう事?)
凛は仕方なくこちらから話し掛ける事に決めた。
「今、猫耳フードは被っているの?」
どうでもいい質問ではあったが、詩は、ああ。と答えるだけでそれ以上話して来なかった。
「どうでもいい質問なのはわかっているわよっ!だけど、君が話そうって言ってきたんだから、ああ。じゃなくってもう少し話しを広げなさいよっ!」
「なんだ。本当に会話では私の感情は読み取れないのか。」
「えっ。」
「実は話し声だけでも感情が読み取れるんじゃないかって思っていた。」
「そう。おかげさまでそれはないわ。会話途中で感情なんか入ってきたら私、頭おかしくなるわ。」
「そうか。」
「だから、会話を終わらせないでよ。話しするんでしょっ!」
「そんなにイライラするな。」
「じゃあ」と言った後、凛は自分に落ち着けと言い聞かせてから話し始めた。
「KING、いや、詩。君に聞きたい事がある。答えてくれる?」
「ああ。やっと会って話し合う事が出来たからな。」
「面と向かって話すわけじゃないけどね。ま、いいわ。じゃあ、質問。どうして詩は私の耳は大丈夫かと聞いてきたの?それってどういう意味だったの?それから私の音楽人生は限られているのかって聞いたよね?それってどういう意味?」
「言っただろう。私の感情を読み取ればわかる事だ。」
「私は感情を読み取れる。だけどそれは相手の考えている事がわかるわけじゃないの。君から読み取れたのは焦りや不安や恐怖や死。それ以上の事はわからない。」
「役に立つのか立たないのかよくわからない能力だな。」
「私はこんな特別な力いらないわ。」
「贅沢ものだな。」
「どういう意味?喧嘩売ってるの?生演奏を聴く度に感情が勝手に入って来るのよ。その辛さを知らずに贅沢ものだなんて言わないで。怒るわよ。」
「私にはさっきから貴方が怒っているようにしか思えないが。」
(ムカつくっ!)
「私の音楽人生は限られている。限られた時間しかないと言っただろう?」
「ええ。」
(確かに聞いた。)
「私は貴方と同じくらい耳がいい。だけど、私は貴方のような特別な能力を授かれなかった。特別な力どころか限られた時間しかない。」
「…限られた、時間ってどういう事?」
「神は貴方には特別な能力を与えたのに私からは音を奪おうとする。こんな理不尽な事があるなんて許せないと思った。しかし、亮から貴方は貴方で演奏を聴いて感情が入って来る事に悩まされている事を知った。だから、今の私は貴方からの嫉妬心はない。安心しろ。」
「…勝手に嫉妬してただけでしょう?」
「そうだな。ここで一つ貴方が気になっていた答えを言おう。感情を読み取れると知っていたのは同じバンドの亮から聞いたからだ。」
「でしょうねっ!今ならわかるわよっ!てか、キミさ、さっきから私をからかってるでしょ?」
「そして、もう一つの答えだが貴方の耳を心配していた事と私には限られた時間しかないという事に関して説明しよう。」
「完全にからかっているわね…まあ、いいわ。ええ、そうね。それは是非とも聞いておきたいわ。一体どういう意味なの?」
「私は貴方の耳の良さを知り、私と同じ病気ではないかと心配していた。」
「同じ…病気?」
「神経線維腫症II型。」
「え?」
「病名だ。何もしなければいずれ聴力がなくなり命の危険性がある。かといって手術したとしても多くの場合で聴力がなくなり手術後、顔面神経麻痺などの後遺症が起こる可能性がある。もちろん何度も治療はしている。だが、無理だろうな。いずれ私の耳は聞こえなくなる。今現在、難聴、めまい、ふらつき、耳鳴りがある。今日だけでもめまいやふらつきが出てしまって亮に決勝戦は私抜きで演奏すると言われたよ。」
(焦り、不安、恐怖、死…そういう事だったのか……だけど…)
「……決勝戦、出られないの?」
「仕方がない。プロとして少しでも長く続ける為だ。」
「決勝は私達よ。簡単に優勝出来ると…」
「簡単に優勝出来るとは思っていないさ。そこまで貴方達を舐めていない。だが、今のあのボーカルでは私達の方が優勢だろうな。この大会ではあのボーカルは全然駄目だ。今までの凄さがない。彼はもっと凄いボーカリストだったはずだ。」
「そうね。だけど、決勝戦は必ず本来の力を出すわ。あなたを引きずり出すかもしれないわよ。」
「ふん。」
そう言うと詩は急に静かになった。凛は空を見上げ舞い散る雪を眺めた。詩から鼻を啜る音が聞こえた。
「寒いね。そろそろ戻ろっか。」
詩からの返事はない。しばらく凛が空を眺めていると、
「読唇術、あなたも訓練を受けておいた方がいい。いざという時の為に。」
と詩が震える声で言った。
「読唇術?唇の動きで何を話しているのかわかるようにする訓練?」
「そうだ。読唇術の訓練を受けているおかげで随分と口の動きだけで何を話しているのかわかるようになった。だが……私は……音が………音が聴きたい……音のない世界なんて恐怖でしかないだろう…」
詩は寒さで震えているのではなく泣いているのだとわかった。凛は立ち上がり詩がいるくすの木の反対側へと向かった。
猫耳フードを被った詩が小さくなって泣いていた。
「詩……」
凛が名前を呼ぶと顔を上げた。フードで目は隠れているが涙で頬が濡れている。凛は手を差し伸ばした。
「私、あなたから受け取った感情は焦り、不安、恐怖、死と言ったけど、だけど…さっき新たにもう一つ受け取った感情があった。あなたは気付いていないのかもしれないけれどね。」
詩は首を捻った。
「もうひとつの感情?」
「そう。詩。あなたから最後に感じ取った感情は希望だった。」
詩は震える声で「希望」と呟いた。
「あなたは希望を持っている。それは亮達と出会えたから芽生えたんだよね?」
詩は何も答えないかわりに凛が差し出した手を握った。
「次会う時は敵同士だね。」
凛がそう言うと詩は口だけで笑った。
「次会うのはすぐだろうが。」
そう言いながら詩は片手で目を抑え立ち上がった。
3
2015年12月27日(日) 19時40分
「京さん。マズいっスよ。早く出ましょうよ。」
「いいから付いて来い。」
「不法侵入ですってば。」
「いいから黙って付いて来い。」
京虎一は相棒の工藤を連れエンジェルのスタッフオンリーと英語で書かれている扉を開けた。
「扉の向こうは廊下っスね。ここで誰かと鉢合わせたら通報されるかも。」
「いいから黙れよ相棒。」
「てか、京さん誰か探してるみたいっスけど、一体誰を捜してんスか?」
「見つけたら教えてやるよ。だから黙って付いて来い。わかったな!」
「…うぃっす。やっぱ誰か探してんスね。」
京は目に見える扉という扉を次々と開けて行く。その度に工藤は「マズいっスよ」だの「京さん」だの声を出す。
(コイツ。黙れって言ってんのがわかんねーのか?)
京は工藤を無視して次の扉を開けた。今まで開けた部屋は全て電気が消えていた。しかし、今開けた扉はうっすらと電気が点いていて部屋の奥には人影が見えた。
工藤が「物置部屋みたいっスね。」と言ってくるのを京は口元に人差し指をもって来て話さないように指示を出す。
京はゆっくりと音をたてずに部屋に忍び込む。さすがの工藤も異変に気付き京に続く。
「京さん…探していたのって……まさか…」
京は鋭い目つきで工藤を睨め付ける。
部屋の奥には2人の男女の姿が見える。
(やっと見つけた。)
まだ2人は京達が同じ部屋に入って来た事に気が付いていない。
京は工藤のカメラを見つめ顎を突き出した。工藤は合図を理解し頷いた。そして、首に掛けていたカメラを持ち、いつでも写真が撮れる様に構えた。
京は頷き2人がいる場所を指差した。その瞬間、工藤のカメラのフラッシュが光る。
普通ならそのフラッシュになんらかの反応をするはずだが2人の男女は全く反応しない。
「完全にあっちの世界に行っちまってんな。」
京は頭をポリポリと掻き椅子に座る2人の元へ向かった。
「…全く。探したぜ。JADE。」
芹沢は左手にパイプを持ち火を点けている。京の言葉への反応はない。
「クリスタルメス。」
「なんだぁ?もう俺らの出番か?日和。準備しろ。」
芹沢は京が音楽祭の出番を呼びに来たスタッフだと勘違いしている様子だ。
「京さん。クリスタルメスって?」
工藤が耳元で京に聞いて来る。
「アッパー系のドラッグ。アッパー系っつーのは神経を興奮させる作用のある覚せい剤。吸えばテンションが上がる。」
「へ、へぇ……」
「あと、二戦?あぁ…三戦か?まぁ、あと何戦でもいい。圧倒的な力でねじ伏せてやるからよ。うひゃひゃひゃひゃひゃ。」
「京さん。こいつ負けた事わかってねぇんスか?」
「おそらくな。それより…あの女の方……」
「悲痛な顔しながら注射器打ってますけど…」
「あれは…まさか……いや、そんなバカな……この日本であんな物が手に入るわけがねぇ……」
「京さんっ。何スか?あの子がやってるの何かマズいんスか?」
京は新川の近くに歩を進める。芹沢は新川の横でずっと笑い声を上げ、後ろに付いて来る工藤はずっと京の名を呼び続ける。
「相棒。お前ちょっと黙ってろ。」
そう言ってから京は自分の声が震えている事に気が付いた。
(今まで何度も恐怖を味わってきた。死にかけた事だってある。けど、その時とは全く違う恐怖心がある。)
「……マジかよ…実物を見るのは初めてだ……」
「京さん。その子がやってるドラッグって?」
「か、カルフェンタニル……」
「かるふぇん……?なんなんスかそれ??」
「死に至るドラッグ……デスドラッグと呼ばれている……とてつもなくヤバいドラッグだ……どうしてこんなガキが?しかもこの日本で……」
新川は立て続けに二本目の注射器を手に持った。
「やめろっ!お前死ぬぞっ!」
京が止めるのを阻止する形で芹沢が急に悲鳴を上げ立ち上がり京の前に立ちふさがったかと思うと急に抱きついて来る。思った以上の力と予測出来ないその動きに京は新川の元に辿り着けない。その間に新川は二本目を何の躊躇もなく打った。
京は芹沢を何とか振りほどき新川の横に辿り着いた。
「雑な打ち方しやがって……」
新川は椅子に座ったままぐったりとして動かない。
「死んだみたいに動かないっスね…」
「カルフェンタニルはダウナー系だからな。一本打ちゃーこうなる。それを立て続けに二本も打つとは……相棒。救急車を呼べ。」
「えっ?あ、はいっ。」
工藤は急いでスマホを取り出し電話を掛けている。
「ったく。なぁにやってくれちゃってんだよ。俺はお前らが優勝すんの楽しみにしてやってたんだぜ。それなのにセミファイナル止まりって。がっかりさせんなよな。」
電話を切った工藤が、
「京さんこの子達に目を付けてましたもんねぇ。」
と言う。京は床に跪き笑い続けている芹沢に近寄り片足を地面につけ、首を両手で掴んだ後顔を強引に引き寄せた。
「まったく。俺はお前らに期待してたんだぜ。プロになれよっ!売れろよっ!売れるだけ売れた後は俺がどん底を教えてやるつもりだったのによぉ!」
「えっ!?京さん。もしかしてこの子達がクスリやってるの気付いてたんスか?」
「当たり前だ。じゃなきゃ、俺がこんなクソつまんねぇガキに興味を持つわけねーだろ?」
「さすがっスね…けど、残念でしたねぇ。」
「全くだ。時間掛けて温めてやるつもりだったが仕方ねぇ。プランBでいこう。」
京は芹沢の首を掴んでいた両手を激しく離した。芹沢は派手に倒れ込んだというのにまだ笑い続けている。
「プラン…B!?」
「ああ。こんなガキがどうやってこんな死に至るドラッグを手に入れられたと思う?」
「えっ?どうしてっスか?」
「親の力だよ。コイツはあの芹沢コーポレーションの御曹司だ。金ならある。いや、親父が絡んでいるとしたら金以上の裏の取引があるのかもしれねぇ。」
「芹沢コーポレーション!?かなりの大手じゃないっスかっ!!そんな大企業が裏取引だなんて…」
「調べる価値はある。どうやってこんな物をガキが手に入れる事が出来たのか。」
「ま、まぁ…そうっスけど。まさかあの芹沢コーポレーションが関わっているとは俺には思えないっスよ。」
「芹沢コーポレーションには過去、黒い噂がたくさんあった。だが、全て揉み消されたって聞いているよ。政治や芸能にも幅を利かせている。このバカ息子のおかげで本当の姿が明るみにでるかもな。」
「プランB……もしかすると大スクープになるかもしれないっスね…」
「だが…そのかわり、命がけになるかもな。」
「ま、マジっすか!?」
京がニヤリと口角を上げて呟くと拍子が抜けた声で芹沢が「で、俺らの出番はあと何分後だ?」と言った。京は立ち上がり、上から芹沢を軽蔑する目で見下した。
「柴咲音楽祭、どうします?」
「最後まで見る価値あんのか?間宮の弟子の姫川真希。相沢裕紀の弟子の与田芽衣。この2人さえ覚えてればいいだけの話しだ。結果なんてハナから興味なんてねぇよ。」
4
2015年12月27日(日) 19時41分
「探したよ。まさかこんなステージの真ん前で陣取っているとはな。」
後ろから聞こえたその声を聞いて相沢裕紀は懐かしさと驚きを同時に味わった。おそらく横にいる間宮も奥田も同じだっただろう。相沢達3人は同時に振り向いた。
「吉田。お前…こんな所に来ていていいのか?」
「トオル。その前に、久しぶり。だろ?」
「あ、ああ。」
「エルヴァン。大変な事になっているな。」
奥田も久しぶりに会うであろう吉田に挨拶ひとつせず言った。
「沙耶から伝言は聞いていた。京がエヴァに接触してきたんだよな?」
間宮がそう言うと吉田は小さな声で、
「ああ。やられた。」
と力なく呟いた。
「俺やトオルの前にも現れた。」
「…そう、だったのか。」
「だが、どうしてお前がここに?」
「あぁ、俺が連絡したんだ。」
「海が?」
「ああ。トオルと相沢に弟子がいて柴咲音楽祭に出場する。面白いだろうからお前も来いって伝えた。まさか売れっ子プロデューサーがわざわざここまで足を運ぶとは思ってなかったけどな。」
奥田はそう言って豪快に笑った。
「俺の弟子は2人いてな。直接対決で一人は負けて一人は勝った。勝った方にはトオルの弟子と海の弟子がいる。The Voiceというんだが見事に決勝進出だ。」
「お前ら3人が教えたんなら不思議じゃないさ。」
「もしそのThe Voiceがこの大会で優勝してトオルがプロデューサーに復帰する様な事があったら京は昔のデタラメ記事を出すつもりでいる。」
「くだらねぇな。」
「全くだ。」
「そもそも俺はプロデューサーに復帰するつもりはないが…」
「お前の気持ちなんてどーでもいい。あいつらが優勝した時はあいつらの希望に応えてやれ。」
「……」
間宮が黙り込むと吉田が話題を変えた。
「もう、エヴァは終わりかもしれない。トオル…すまない。俺の力不足だ。」
「そんな事はないさ。あいつらの素行の悪さのせいだ。お前のせいじゃない。」
「…すまない。お前から託されたのに……」
「俺が言うのもなんだが、よくやってくれたよ。ありがとな。」
「……すまない。」
「エヴァは解散するのか?」
「そうなるだろうな。」
「素行の悪さもあったかもしれねーがエヴァの人気も落ち気味だったろ?そこに相沢の娘の登場だ。いずれ世代交代になったはずだ。それが少し早まっただけだ。お前は次に進め。」
奥田はそう言ったが吉田は、いや。と答えた。
「俺はエヴァと一緒に音楽業界からは消える。」
「……そうか。だけど…もし、The Voiceが優勝してお前に時間があるのなら。The Voiceのベーシストにベースを教えてあげて欲しい。そして、あいつらのプロデューサーになってやってほしい。」
「…俺なんかのベースでよければ教えるさ。だが、俺は音楽業界からは消える。もう決めた事だ。だから、プロデューサーになるのは俺じゃない。お前だよトオル。」
5
2015年12月27日(日) 19時42分
「ちょちょ、ちょっとちょっとケイ。聞こえてる?」
赤木圭祐が審査員席で休んでいるとそんな小さな声が後ろから聞こえてきた。声の主は黒崎だ。
赤木が振り向くと黒崎はこれでもかと言わんばかり隠れている。
「どうしたんだよ?上がって来いよ。」
「そこに姫川真希がいる。」
「だから何だよ。」
「会いたくないのぉ。」
「どうしてだよ?」
「わかってる?私は真希に動画の編集を教わったのよ。」
「ああ。知っている。」
「ああ。知っている。じゃないわよっ!私はThe Voiceの動画チャンネルをまるパクリした女よ。暫くはサブチャンばかり動画配信を行ってメインチャンネルは温めておいた。彼らのやり方まるパクリ。まるパクりしたくせに先に登録者数上回っちゃって次彼らがデビューしたらLOVELESSの動画チャンネルのまるパクリだって彼らの方が言われちゃうわっ!本当は私達がパクってるのに。」
「だから会い辛いと…」
「それ以外に理由がある?」
「いや、ないが。一ついいか?」
「何よ。」
「そんなに堂々とまるパクリした認識があるなら堂々と謝れよ。」
「謝る前に会いにくいのよ。だって気まずいでしょ。」
「それからもう一つ。」
「一つじゃなかったの?」
「俺達の動画チャンネルだがパクったのは沙耶さんだ。だから私達がパクってるとは言わず私がパクったと言いきって頂けると助かる。」
「いいじゃない。連帯責任じゃん。」
「あんたマジで何しにきたんだよっ!!」
「大きな声出さないでよっ!見られるでしょっ!」
「知るかっ!」
「前からわかってたけど、あなたって冷たい男だわ。」
「言ってろ。それにあいつらの動画の件だけど、開設日とか見たら俺達より先に始めたって分かるんじゃないのか?」
「あっ。」
「あっ、じゃねーだろ。ほんとあんた今日何しに来たんだよっ!?」
「…気になったの。」
「……」
「彼らがね。どうなるのか気になったからここまで来たの。決勝にまで進んでるみたいで良かったわ。安心した。」
「…そうか。あいつらを気にしてんなら挨拶してやれ。」
「遠目でこっそりと応援したい派なの。」
「気まずいだけなんだろ。」
「それもある。」
「ったく。去年みたく審査員でここ座ってろよな。どうして俺が審査員なんだよ。」
「仕方ないでしょ。私は忙しいし審査は疲れんのよ。それに私がそこに座るより去年の王者のあんたが座る方が相応しいでしょ。」
「重いんだよっ!審査員は…もし俺が出す得点で2つのバンドの人生が大きく変わる事になってみろ。俺は死ぬまでこれで良かったのかと自問自答する事になる。」
「ははっ。考え過ぎよ。あんたの得点で2つのバンドの人生が変わる事なんてないわよっ!」
「てか…まさか沙耶さんが断ったから俺が審査員に選ばれたのか?」
「バカね。そんなわけないでしょ。音楽祭側が決めた事よ。」
「だよな。」
「そうよ。音楽祭側はヒナをと言ってきたけどね。そこは私がきっぱり断ったわ。あの子はダメ。感情的になりすぎる上に人の評価は出来ない。しかも知人にはえこひいきするだろうってね。」
「それで、まさか俺の名前を出したんじゃないだろうな。」
「私はただケイなら審査員として向いてる上にスケジュールも空いてるって伝えただけよ。」
「俺をすすめてんじゃねーかよっ!やっぱりあんたが断ったから俺が審査員になってんじゃねーかよっ!スケジュールが空いてるって俺らはこの一週間で47都道府県のレコードショップをまわって握手会をしてんだぞっ!それをわざわざ俺は今日休んでまで審査員してんだぞっ!しかも…まさか俺はヒナの次の候補だったとはなっ!」
「ケイはリーダーだけど握手会いなくても大丈夫っしょ。ヒナはバンドの顔だし握手会に必要だよね?それにヒナは握手会の後はボイストレーニングが入ってる。ヒロとツーも握手会後に動画撮影あるし。しっかし、リーダーのあんたよりヒロとツーを審査員にって言われた時は驚いたわ。私はケイをオススメしてたのに…やっぱり動画サイトに出てるだけあってケイよりあの2人の方が目立ってるみたいね。」
「…まさか俺はあんたとヒナの代わりでもなくヒロとツーよりも後の最終候補だったとはな……」
「ま、いいじゃない。今はリーダーっぽさはないけど結果的にあんたが一番審査員に向いているってわかったから。これからリーダーらしくなれるわよ。多分。」
「サラッと傷つく事言うなよ…」
「あんたはこんな事で傷つかないって百も承知よ。」
「…まあ……いい。それより沙耶さん。あっち見えるか?」
黒崎は赤木が指差す方向をひっそりと隠れながら見つめた。
「あっちに誰かいるわけ?」
「サザンクロスの4人が揃って会話している。」
「はぁ?そんなわけないでしょ。」
そう言って黒崎は審査員席に身を乗り出し会場を見渡していた。
「気を付けろ。思ったより近くに4人はいるから。」
赤木が忠告すると黒崎は急いで審査員席から裏側へ飛び移った。
「ま、マジだ。どどどどど、どうして4人揃っちゃってんのよっ!!」
「さあ?直接聞いて来いよ。」
「無理に決まってんでしょ!吉田までちゃっかりいるんだからっ!」
「仲間だろ?」
「昔の、ね。今は吉田なんて私達に負けた敗北者でしかないんだから私が何を言っても悔しがるだけよ。ざまぁ!」
「じゃあ、嫌味ったらしく上から目線で話して来いよ。」
「嫌よ。昔の仲間なのよ。これ以上傷つけるのは良くないわ。」
「……どっちだよ。」
6
2015年12月27日(日) 19時43分
結城春人達は今さっき間宮から吉田を紹介された。大手音楽事務所、しかも、あのエルヴァンのプロデューサーの吉田がここにいる事に驚いた。しかし、それ以上に間宮の一言に春人は驚いた。
「春人、もしお前らが今日優勝出来たら吉田がお前にベースを教えてくれるとさ。」
春人は驚きのあまり声も出なかった。
「良かったね春人。」
「そうなれば俺らは完全にサザンクロスの後継者ってわけだな。」
真希と龍司はそう言うが春人は何も言えなかった。
「なんだ?俺のベースじゃ物足りないって言うのか?」
「ま、まさか。光栄です。」
「早まるなよ。優勝したら、だ。」
「わ、わかってます。その時は宜しくお願いします。」
春人がお辞儀をしたところで凛が「なにしてるの?」と言いながら春人達の元へ戻ってきた。凛にも間宮は吉田を紹介して、もし今日優勝したら吉田が春人にベースを教える事を約束した事を告げた。
凛は吉田が春人にベースを教える事よりもサザンクロスの4人が揃っている事に驚いていた。
「あと、一人、拓也が戻ってきたら紹介するよ。」
「自慢の俺の弟子だ。さっきまで不安で一杯といった感じだったが、おそらく次の決勝は本気で歌える。吉田。お前覚悟しとけよ。」
「相沢がそこまで言う人物だ。覚悟しとくよ。」
「しかし、あと15分くらいだけど…あいつ戻って来れんのか?」
龍司がそう言った。春人もその事が気がかりだった。
7
2015年12月27日(日) 19時45分
橘拓也は結城総合病院の集中治療室の前にいる。横にはみなみの父と母もいる。両親ともみなみが意識を取り戻してからまだ面会はしていない。
「拓也君。わざわざありがとね。」
みなみの母は言った。拓也は、いえ。と言った後、何と言えばいいのかわからずそこで言葉を切ってしまった。
「柴咲音楽祭は?どうなったの?」
「8時から決勝です。」
「そう。」
それ以上みなみの母は何も聞いて来ない。拓也達The Voiceの結果が気になっているのだろうが聞きたくても聞けないのだろう。だから拓也は、
「決勝まで残りました。あと一勝です。」
と集中治療室のドアを見つめたまま力強く言った。
「良かった。安心した。」
「ありがとうございます。」
「さあ、もう戻らないと。みなみは意識を取り戻した。君は歌に集中して。」
拓也は出来る事ならここで待ちたかった。みなみの顔を一目でも見たかった。だから、拓也は首を横に振った。
みなみの母は大きく息を吐いて拓也の両肩を持って、自分の方へと体を向かせた。
「みなみの事が大好きなのはわかってる。だけど、みなみも君に負けないくらい君の事が好きなのを理解してあげて。みなみは君たちを、君を応援している。時間に間に合わなかったらきっと怒る。だから、急いで。せっかく決勝まで駒を進めたのにここにいたせいで君が決勝に出られなかったら、あの子自分のせいだって後悔するから。あの子の為にも。ね?」
拓也は目を瞑り頷いた。そして、気が付けば全速力で走り出していた。
8
2015年12月27日(日) 19時50分
佐倉みなみは集中治療室の中にいた。今日は12月27日の8時前だとさっき知らされた。クリスマスコンサートが終わり柴咲音楽祭も終盤に差し迫っている事を知りみなみは自然と涙を流した。そして、先ほど、みなみが意識を取り戻した事を知った拓也が集中治療室の前に来てくれていた事も聞いた。拓也達The Voiceがどうなったのか気になったがそれは拓也本人から聞きたかった。
(あぁ…せっかくのクリスマスが…ホワイトクリスマスだったのに……拓也君達の大切なコンサートだったのに…そして、拓也君達の運命を決める柴咲音楽祭も私はその場で応援が出来なかった…私は病院の中で意識もなくただ眠っていた……なんの役にも立たなかった。いや、きっと拓也君の足を引っ張るだけの存在だった……拓也君達は一体どんな演奏をしていたんだろう?応援、したかったなぁ…)
時刻は19時50分。母と父が面会に来てくれているが時間制限があってたった15分だけしかここにいられない。
(もっといてほしい。拓也君に会いたい。みんなとも会いたい。)
「ジャジャーン。これ、拓也君から。」
母がそう言って指輪とネックレスをみなみに見せた。
「クリスマスプレゼントだって。」
「え?」
「クリスマス・イブに拓也君から預かったの。箱が開いているのは拓也君の希望でね。箱から出して渡して欲しいって。だから、みなみの近くにいつも置いてあったのよ。」
「そうだったんだ。」
「ペアリングとネックレス。拓也君はペアリング嵌めてたよ。心の中にはいつもみなみがいた。みなみは眠っている間も拓也君を応援出来てたよ。一緒にいれたんだよ。」
「…そっか。そうだったんだね。」
「それから、袋の中を見てごらん。」
そう言って母は紙袋をみなみに手渡した。
「手紙も入ってる。」
「嬉しい。嬉しいなぁ。」
「拓也君だけじゃなく真希ちゃんと凛ちゃんと龍司君と春人君の4人もみなみに会えないのをわかっていてこの部屋の前まで来てくれていたのよ。」
「そうだったんだ。早くみんなと会いたいなぁ。」
みなみはゆっくり時間を掛けて拓也からの手紙を読み、プレゼントの指輪を嵌めようとした。しかし、指輪は手がむくんでいて上手く嵌める事が出来なかった。みなみは泣きそうな表情を浮かべた。
「その指輪が通らなかった時の為のネックレスね。」
そう言って母が指輪をネックレスに通しみなみの首にかけてくれた。
「ペアリングとネックレス……嬉しいなぁ。まるで…サンタさんだ。
お母さん。私ね。さっき今日の日付を聞いて愕然とした。最悪なクリスマスだったんだと思った…だけど、そうじゃないみたい。」
「…良かったわ。」
そう言うと母はさっきまで普通に話していたのが嘘の様にポロポロと泣き出した。
「どうしたの…お母さん?」
母は首を横に振った後、手を口元に持って来る。必死で涙をこらえようとしているがこらえきれない。母は涙声のまま言った。
「ちゃんと、産んでやれなくて…ゴメンね……」
その言葉を聞いてじわじわと涙が押し寄せてくる。心の中で、耐えろ。耐えろ。と訴えるが涙は止まらなかった。
「…そんな事ない…そんな事ないよ。」
母はさっきよりも首を激しく振った。
「ごめん。ごめんなさい。私……元気な体で産んでやれなかった。あなたを苦しめて不幸にしてしまったのは全部私のせい…」
母はみなみに抱きついた。みなみは母の腕をポンポンと叩いた。
「お母さん。違うよ。私、不幸じゃないよ。幸せだもん。大切な仲間がいて大切な家族もいる。そして、大切な人まで出来た。だから私、幸せなの。この世界に産まれて本当に良かったって本気で思うよ。だから、お母さん。もう泣かないで。」
母の涙はピタリと止まった。しかし、泣かないでと言った当の本人の方が涙が止まらない。
この涙を流す顔で、震える声で、母にどこまで伝わるものなのかわからない。だけど、みなみは偽りのない言葉を伝える事にした。
「お母さん。産んでくれてありがとね。」
9
2015年12月27日(日) 19時51分
「拓也達は優勝出来るやろか…」
そんな声がして黒崎沙耶は立ち止まった。会話をしているのはピンク色に髪を染めた女の子2人だった。
「遥…大丈夫?」
「…うん。The Voiceのリーダーに張り紙も張れたしスッキリしたわ。」
「ウソばっか。辛いって顔してる。本当にバンドは解散でいいの?」
「サトさん…私さ。ひな先輩に近づきたかってん。」
「うん。」
「でも、私では無理やってわかった。」
「……」
(髪色は2人とも明るいピンクなのに会話は暗いのね…)
黒崎はその場を去ろうと歩き出した。しかし、二歩進んだ所で歩を止めた。
(んっ?ひな先輩?拓也の名前が出てきてるからひな先輩ってヒナの事よね?)
黒崎は2人の会話に聞き耳を立てた。
「ほんの少し前までは一緒にバンド組んでたっていうのに遠すぎるっ。悔しいけど私ではひな先輩に近づく事すら出来ひん。でも、相沢裕紀の弟子である与田は違う。」
(相沢裕紀の弟子っ!!知ってるっ!動画で見たっ!ホワイトタイガーだかピンクラヴィットだかいう大阪のバンドの子だっ!!)
「与田はプロになれる。けど周りが私らでは無理やねん。足引っ張るねん。」
「わかってる。わかってるよ。ここに芽衣はいない。遥、泣くなら思いっきり泣いてもいいねんで。」
遥と呼ばれている子はサトと呼ばれている子に抱きついてわんわん泣き出した。
「私にもっと才能があれば与田と一緒にバンド続けられたのになぁ。」
あまりにも大声で泣き出したので黒崎は聞き耳を立てて近くにいる事が大変申し訳ないと思い始め歩き出した。しかし、
「あぁ。悔しいなぁ。栗山ひなの近くに行きたかったなぁ…」
その言葉が聞こえた途端、黒崎は遥に声を掛けていた。
「君、それはつまり一緒に演奏したいとか自分もプロになりたかったとかじゃなく、ただ単に、純粋にヒナの側にいたいって事?」
涙目のまま遥は黒崎を瞬きもせず見つめている。
「君、ヒナとは知り合いなのよね?」
「お、オバハン…人の話し聞いてたん?」
「お、オバハン……」
黒崎はその場にしゃがみ込み「オバハン。オバハン」と何度も同じ言葉を繰り返した。
「だ、大丈夫…この人?」
「大丈夫ちゃうやろっ。遥、逃げるで。」
2人は黒崎からダッシュで逃げ出した。それを黒崎は「待ぁ〜てぇ〜。」と叫びながら追いかけた。
「ヤバいヤバい。あのオバハン必死の形相で追いかけてきおるで。」
「待ちなさぁ〜いっ!」
「ほんまやっ。あのオバハンめっちゃ恐いねんけどっ。」
「聞こえてるぞー!まぁ〜てぇ〜!」
10
2015年12月27日(日) 19時55分
姫川真希達はステージ袖でその時を待っていた。しかし、拓也はまだ来ない。拓也なしで決勝の舞台に上がるのか?それとも辞退するのかの判断を真希は迫られていた。
「うっさいな。」
真希はエンジェルの方向を見ながら吐き捨てるように言った。パトカーや救急車のサイレンが鳴り響きエンジェル前で鳴り止んだ。
「何か事件か事故かもな。」
春人もエンジェルの方向を見ながら呟いた。
「で、どうする?真希。」
真剣な眼差しを浮かべた龍司が聞いて来る。龍司は決勝の舞台に上がるのか辞退するのかの最終決断を真希に委ねる。龍司も春人も凛も真希の言葉に従うといった表情で真希を見つめていた。
真希は後ろ髪をバサバサと掻いた。
「悩む必要もない。答えは簡単よ。拓也が間に合ったら出場。間に合わなければ辞退。」
「わかった。それでいこう。」
春人が落ち着いた様子で言った。凛も頷き、龍司は顔をパンパンと叩いた。
「もう来年なんてないぞ。わかってるよな。これが俺らThe Voiceのラストチャンスだ。」
龍司が独り言のように言ったその言葉は拓也に向けて言ったのか真希達に言ったのか判断出来なかった。しかし、ここで辞退、もしくは優勝出来ないようならThe Voiceは間違いなく解散をするだろう。それはきっと全員が覚悟をしている。
(拓也。わかってるでしょうね。決勝に挑むも挑まないもあんた次第だからね。その決断を下すのは私じゃない。あんただからね。)
「ちょっと言いにくいんだけどさ。」
と凛が真希を見つめ言ってきた。
「なによ?なにか言いたい事があるならさっさと言って。」
真希が聞くと凛はもじもじしながら話し出した。
「さっきはサザンクロスのメンバーがいたんで言い辛かったし今は拓也君が来ないからまた言い辛いんだけどさ…」
「だから何?もじもじしてないで言いなさいよ。すっきりしたいから話し出したんでしょ?」
「…うん。実はさ、黒崎さんが来てる。私達には気付いて欲しくないみたいでコソコソしてる。」
「はっ?」
全く関係のない事を凛が言い出して真希は肩の力が抜けた。
「凛、お前…今それを話す必要あんのか?」
拍子抜けした龍司が問う。
「だから言いにくいって言ったじゃん。」
「で、どうして沙耶さんがコソコソする必要があるのよ。てか、私達に気付いてほしくないの?トオルさん達サザンクロスじゃなく?」
「うん。真希に動画編集を教わったうえに配信のやり方まで私達と同じ様にしたものだから会いにくいみたい。」
「なにそれ?気にしなくていいのに。」
「で、今は何故かホワイトピンクの堀川遥さんを追いかけ回してる。」
「なんだよそれ。」
「よくわからない人だな。」
「あんのくそガキ…私も沙耶さんと一緒に追いかけ回したいところだわ。」
真希がそう言うと凛は突然はっとした表情を浮かべた。
「さっきのサイレン……」
凛がエンジェルの方向を見て呟いた。
「さっきのサイレン。事故か事件かわかったのかよ?」
龍司もエンジェルの方向を見つめながら凛に聞いた。
「JADEの2人が捕まった。」
「…そう。」
真希が一言答えると凛が急に向きを変えたので真希は少し驚いた。
「拓也君が来る!必死で走ってる!もうすぐここに来るよっ!」
「えっ!?本当に?」
「うん。もうすぐあっちの入口から入って来る。」
凛が言う通り必死に走って来る拓也の姿が見えた。その姿を目で追いながら真希は言った。
「いつまでも沙耶さんにコソコソされても困るから後でこっちから挨拶に行きましょう!」
「ついでに優勝報告もしようよ。」
「決まりだな!」
「さあ!円陣組むぞっ!」
拓也が辿り着く前に真希達は円陣を組んだ。拓也の場所は空けてある。拓也は息を切らせながら走るスピードを落とさずそのまま円陣に加わった。その勢いで円陣のバランスが崩れるが、なんとか円陣を崩さず持ちこたえた。拓也がはぁはぁと肩で息をするものだから円陣が上下に揺れる。
「はぁはぁ…みんな……遅れて悪い。」
「おい、タク。歌えるよな?」
「ああ、もちろんだ。はぁはぁ…歌う、曲は?」
「愛していた。」
『愛していた』は最初拓也は地声で歌う。サビでは裏声と女性の声を同時に出すホーミーで歌いあげる楽曲で真希はバイオリン、春人はウッドベース、凛はピアノを演奏するバラード曲だ。曲の最後のサビでは凛だけのピアノ演奏だけとなり全員が歌う。自分達でも曲の最後は圧巻で鳥肌ものだと自負している曲だ。その曲を決勝戦に選んだのは真希自身だった。ここでバラードを歌うかどうかを迷ったが拓也の本当の実力を引き出すにはこの曲が一番だと考えての選曲だった。
「わかった。」
拓也が返事をすると凛が、ありがとう師匠。と呟いた。真希達には聞こえない遠くの雪乃の声が凛には届いているのだろう。
「雪乃、何て言ってるの?」
「みんな頑張れって。」
「そう。雪乃?聞こえてるよね?」
真希は下を見つめたまま呟いた。もちろん真希には雪乃の声は聞こえない。隣にいる凛が頷いたのがわかった。
「私達、今から夢を掴みに行く。だから、雪乃?次はあなたの番だからね。」
真希はそう呟いた後、凛を見つめた。拓也達も凛を見つめる。凛は顔を横に振った。雪乃からの返事はないという意味なのだろう。真希は次に龍司を見つめた。それに気付いた拓也が龍司を見つめ続いて春人と凛も龍司を見つめた。龍司はわかったと言わんばかりに頷いた。
「いよいよだな。」
龍司はそう言った。真希達は静かに頷く。
「次が最後。だが決勝だからといって特別な事をする必要はねー。いつも通りだ。わかってんな?」
真希達はまた静かに頷いた。
「よし!じゃあ、行くか。」
龍司はそう言って言葉を切り少ししてから、楽しもう。といつも通りの言葉を放った。
「決勝戦は、これまで一つのバンドとは思えない程の変幻自在な演奏とその歌声で勝ち上がってきたThe Voiceと15歳の中学生バンドとは思えない程の技術を披露しシンプルかつ日本人好みの楽曲を演奏するSPADEの二組となりました。
最後の戦いは二組続けて演奏をしてもらい演奏が終了してからの採点となります。では皆様準備は宜しいでしょうか?」
司会者のその問いに大きな歓声が上がった。その歓声を聞いた司会者は深く頷き、お腹の底から声を出す。
「総合得点はどちらも325点。この直接対決で運命が決まります!!それでは、第二回柴咲音楽祭ザ・ファイナル開幕です!!」
裏方のスタッフが真希達を手でステージに誘導する。真希は靴と靴下を脱ぎ雑に放り投げステージに向かった。
11
2015年12月27日(日) 20時
■■■■■
「愛していた」
Uh u Uh u
[拓 チェスト] 愛するあなたに会いたいと 夢の中でも願い会い
朝、目覚めた時に浮かぶ顔も 夢の中と一緒だよ
[拓 ホーミー] 愛してた 愛していたの あなただけを想い
愛していたよ 震えながらも 失う事をおそれ ながらも 愛していた
[拓 女性1] あぁ目の前から消えそうと
[拓 ファルセット] 自信がないから
拓 チェスト] 弱い心が蝕んでく
拓 女性2] あなたを遠ざけてく
[拓 ホーミー] 怯えてた 怯えていた 目の前から消えそうと
ただ愛する気持ちに変わりはなく あなただけを愛していた
Yeah Yeah Uh
Na Na Uh
[拓 ホーミー]&真&龍&春&凛
離さない 離さないと 心の中に誓い
いつだって君の 事だけを愛し 続けると決めたのに
Ah Ah Ah Ah Ah Ah
ラララララ ララララ
ラララララ ラララ
■■■■■
The Voiceの演奏が終わった。圧倒的な歌唱力だった。拓也の男性と女性の声を同時に出す歌い方には会場全体からどよめきが起こった。彼らがホーミーと呼んでいる2つの声を同時に出す歌唱法を初めて聴いた人達は最初、拓也と真希もしくは凛が一緒に歌っているものだと思って聴いていたのだろう。驚きの声が上がるまで時間が掛かり、まるで波のごとく歓声が上がった。それに加えて凛のピアノが恐ろしく感じる程凄まじかった。霧島亮は次は自分の番だという事も忘れ彼らの演奏に圧倒され続けた。
「亮、行くぞ。」
響の声で亮は自分が演奏を聴きに来たのではなく演奏をしに来た事を思い出した。そして、亮達SPADEの3人はThe Voiceの5人とすれ違いステージに立った。もちろん会話も挨拶もない。
ステージに立った亮の足は震えていた。詩がいない。次の曲は詩がいてこその激しく楽しい曲だ。しかしそれ以上にさっきのThe Voiceの演奏が凄まじかった。
(なんだよ。拓さん、あんた今までの歌い方と全然違うじゃねーかよ。表現力半端ねぇーよ。今までで一番の歌声だった……)
観客席からは詩がいない事に少しのざわめきがあった。
(これ以上、詩に無理をさせるわけにはいかねーんだ。チクショー。震え止まれよ。今まで震えてなんかいなかっただろっ)
3人で演奏を始めようとしたその時、遅れて詩が小走りにステージに上がって来た。驚いた亮は詩に駆け寄る。
「詩…お前…約束が違うだろっ。決勝は俺達3人で…」
「橘拓也。あいつ今までと全然違う。やっと本気出しやがった。私なしで優勝出来る相手じゃないでしょっ!」
いつも淡々と話す詩とは違った。詩が本気でこのままでは負けると感じている。それほど拓也の歌声は凄かった。それは亮にだってわかっていた。しかし――
「お前をこれ以上無理させるわけにはいかない。」
「無理しなきゃ勝てない。あんただってさっきの演奏を聴いてヤバいって思ってるんでしょ。」
亮は何も言い返せなかった。
「俺達には詩が必要だ。KINGに本気出してもらおうぜ。」
響が亮の右肩に自分の左手を置いてそう言った。続いて陸が亮の左肩に右手を置いた。
「詩。めまいや耳鳴りはないんだろうな?」
「ないと言えば嘘になるだろうな。だけど、今日倒れる事はない、と自信を持って言える。だから…決勝は4人で挑む。いいな?」
詩の言葉に亮は静かに頷いた。
「頼んだぞ。詩。」
「ふんっ。誰に言っている。」
詩はそう言って微かに微笑みを浮かべ自分の定位置に立った。ステージに上がった時から演奏開始となっている。少しタイムロスをしてしまったが決勝の曲は4分程。
「大丈夫。落ち着いて演奏すればいいだけだ。」
亮はそう呟いた。詩だけにはこの声が聞こえている。詩は猫耳フードを被りながら口角を上げ頷いていた。
(やってやる。やれる事全てやってやるっ!だって詩には…俺達4人には…一緒にバンドを続ける時間が限られているのだから…例えプロになれても4人での活動期間は短いのかもしれない。だけど…それでも俺達は少しの期間でもいいからプロとして詩と一緒に音楽を楽しみたい。)
いつの間にか亮の震えは止まっていた。
「もう、次はない。俺達にとってこれがラストチャンスだ!」
亮は左に立つ詩を見つめた。
詩をバンドに誘った数ヶ月前の記憶が一瞬で亮の頭の中を巡った。
一緒に最高のバンドを組んでプロを目指そう。
そう言って亮は詩と響と陸の3人を誘った。
3人とはライブハウスで何度か顔を合わせていたし会話もそれなりにしていた。そして、4人が4人ともそれぞれの才能を高く認めていた。
亮がバンドに彼らを誘った時、ちょうど3人が3人ともバンドを解散する事が決まっていた。
奇跡とも呼べるタイミングに亮は彼らとバンドを組む事が運命だったのだと本気で思った。
バンド結成後すぐに詩は、本当は以前のバンド『空と蒼と詩』の解散後、自分は音楽を辞めるつもりでいた事を亮達に告げた。
そして、自分の病気の事を話し出した。あと1年もしないうちに手術をする事になるだろうとも言った。
手術をすれば治るんだろ?
詩の病気の恐ろしさをまだ理解していなかった亮は軽い気持ちでそう聞いた。
亮の質問に詩は首を横に振った後、治す為の手術ではない。生きる為の手術なんだと答えた。
手術というものは病気や怪我を治す為にするものだという考えが根本にあった亮は詩のその答えに何も言えなかった。
このまま手術をしなければ死ぬ。手術をすれば命は助かるだろうと詩が言う。
なら。と亮が次に言葉を話す前に詩が遮る。
命は助かるだろうが奇跡が起こらない限り私の耳は聞こえなくなるだろう。そういう手術だ。
子供の頃から音楽の道で生きようと決めていた私にとっては手術を受けようが受けまいが死ぬのと何ら変わりがない。
詩は唇を噛み締め涙を堪えていた。
だけど、悪くない。少しの期間でも音楽を楽しめるなら。私はそれでいい。例えそれが短い期間だったとしても私がお前達をプロの世界へと導いてやる。そうなれば、きっといい思い出になるだろうな。
前のバンドを解散した後、詩は音楽をやめようとしていた。それを引き止めたのは自分だ。
知らず知らずのうちに詩には残酷な選択をさせてしまっていた。
自分には音楽の世界に詩を引き止めた責任がある。
その責任を取る為にも必ずプロにならなければならない。
俺達は今日優勝してプロになる!そして――
■■■■■
「唄歌う」
心が晴れない日だって唄歌えば心躍る
いつかいつか心の底から楽しめる日が来るんだって
そう言い聞かせて唄歌う
望んでいる 待ち焦がれている
一人悩み落ち込む日の脱却
○心がギュッギュッギュッと苦しいよ
だからホッホッホーと唄歌う
☆ホホーさあ、心から歌えよホーホーホー
傷つき悩んだ日がバカげていたと思えるくらいにホッホッホー
膝を抱え思い悩み続けるよりいいでしょホーホー
さらば過去の自分 これからは新たな自分に変わるのさホッホッー
[亮&詩&陸]△ホホホホホ オオ ホオオ ホオオ
ホホホホホ オオ ホオオ ホオオ
消えてくれ心の中で渦巻く恐怖
激昂、不安、悲痛も歌に変換 幸福とした
心昂る唄歌う ここから始まる新たな自分
きっとここから きっとここから何もかも上手くいく
きっとこれから きっとこれからだ
○repeat
☆repeat
☆repeat
△repeat
■■■■■
詩に最高の思い出作りをさせてやるんだ。それが例え短い時間だったとしても。




