Episode 15―運命の日― 前編
11月24日の日記を読み終えた。
男はページを捲る度に彼女の死に近づいている事に今更ながら気が付いた。
次のページを捲ろうとした右手が震えている。
震える右手を震える左手で抑える。
*
[JOKER]
1
2015年12月27日(日) 11時30分
決勝トーナメント開始30分前。橘拓也達The Voiceの5人は既に特設会場の裏で待機していた。すぐ近くにはホワイトピンクの4人と相沢と間宮の姿もある。会場付近には大勢の客達が集まっておりステージではエンジェルのオーナー小野が審査員9名の紹介を始めている。残り一人の特別審査員の姿はまだない。
「そして次の審査員の方は女優穂波飛鳥さんに楽曲を提供し今話題のシンガーソングライター石原一成さんです。去年に引き続き宜しくお願い致します。」
9人目に紹介された審査員は去年に引き続き唯一2年連続で今年も審査をする石原だ。小野が石原の紹介を始めると龍司が、
「おい見てみろよ。石原の奴、右が緑で左がピンクだ。」
と気持ち悪い物を見るかのような目つきで真希に言った。真希も龍司同様の顔つきで、
「マジ無理。気持ち悪すぎ。」
と言っていた。
「しかし、石原は去年とは違ってもう無名ではなくなってきている。石原が目的でここまで足を運ぶ人もいるだろうな。」
春人がそう言うと凛は春人を見上げて、
「そうなの?そんなに有名になって来ているの?」
と聞いていた。確かに石原の名前はテレビでよく見るようになってきている。というのも穂波飛鳥が女優としても歌手としても人気が出始めているからだ。
「今年は去年の審査員5名から10名となりました。が、お気づきの通り一人まだ特別審査員の方が姿を現していません。それではそろそろ登場して頂きましょうか。10人目の審査員審査員はこの方!昨年の王者LOVELESSのリーダーケイさんです!皆様大きな拍手をっ!」
LOVELESSを知っている人が思った以上に会場に来ているらしくケイこと赤木圭祐の名前が呼ばれた瞬間大きな歓声が上がった。
「赤木ツ!おい赤木の奴が現れたぞ!真希、お前ひなから赤木が審査員だって聞いてたのかよっ!?」
龍司が興奮しながら真希に聞いた。
「知らないわよ!聞いてない!」
真希は驚きの表情を浮かべながら答えていた。
「はわわわわわ…ケイやぁ〜。ひ、ひな先輩の…リーダーの…ケイやぁ〜〜。ほんもんやぁ。」
ホワイトピンクの遥が驚きの声を出している。
赤木が席に座る際に横の席にいる石原に何か声を掛けていた。
「ケイさんを含め審査員の皆様には演奏が終わるごとに1点から10点の得点を出しバンドの評価をして頂きます。審査員10名ですので最高得点は一試合に100点です。点数は決勝トーナメントを勝ち進む程加点されていきます。例えば一回戦に50点で試合に勝ったとします。二回戦は40点だとすると一回戦で獲得した50点プラス二回戦の得点40点を含んだ総合点数90点が二回戦の得点となり勝敗が分かれます。つまり一回戦から1点でも多く得点を獲得する事がグランプリに近づけるという事になります。」
「どういう事だよ?あのオーナー何言ってんだ?」
龍司は真希に問い掛けた。
「つまり決勝トーナメントを勝ち進む程得点が加算されていくって事ね。」
「そして、今年からは新ルールとして演奏時間の5分をオーバーした場合はマイナス10点となりますのでくれぐれも演奏時間にはお気を付けください。それではここからは司会者の方に進行をお願いします。」
司会進行の男がステージ上に現れ小野がステージを降りる。その様子から目をそらした真希が凛に聞いた。
「ねぇ?凛?赤木さんが席に着く前に石原になんて言ったか聞こえた?」
凛は「もちろん。」と言って笑った。
「去年みたく変な点数点けたら容赦しねぇぞって。」
「あらあら。審査員席は物騒ね。」
真希と凛の会話を聞いて拓也は言った。
「石原の奴いくら龍司に恨みがあっても横に赤木さんがいるし去年の様な点数の点け方は出来なくなったって事だよな?」
「それもあるかもだけどアイツが去年のように1点をつけるのは立場上難しいでしょうね。あいつ自身去年とは立場が変わったからふざけた点数は今年は点けれない。それは自分が一番わかってるはずよ。」
「俺達に1点をつけ続けるような真似は石原には無理、か。俺達にとっては戦いやすくなったわけだ。おまけに俺達には赤木が付いてる。あいつ俺らに高得点くれるよな?」
「ありえないわ。ひなならそうしたかもしれないけど赤木さんの性格上私達に特別な採点をするとは考えられない。それは龍司、あんたが一番わかってるでしょう?」
「そりゃそうだな。」
「ま、ちゃんと審査員が審査してくれれば私達は文句はない。」
そう言いながら真希は左手に持ったスマホを見つめていた。
「KINGの動画?」
春人の質問に真希は、ええ。と答えた後、
「KINGも決勝トーナメントに進出しているみたいね。さて、何処の誰がKINGなんでしょうね。」
と言って人で一杯となった会場を見渡した。
2
2015年12月27日(日) 11時50分
決勝トーナメント開始10分前、結城春人達The Voiceの5人がステージ横の待合室と書かれたテントの中で出番を待っていると次に演奏するバンドらんらんも待合室に入って来た。
らんらんはいかにもビジュアル系バンドといった出で立ちの4人組バンドだった。
「なんだよ。俺達の初戦の相手がどんな奴らかと思ったら制服着たガキじゃねーかよ。」
「27にもなって10代の子供に喧嘩売るなよ。怖がってるだろう。ステージ上でお漏らしなんてされたら次演奏するの俺達なんだから臭くて演奏に集中出来なくなるだろうが。あんまビビらせんなよな。」
らんらんの4人が春人達をバカにして笑い始めた。春人は龍司の顔を見てマズいと思い、いつでも龍司を止められる位置に付いた。拓也も春人と同じ考えだったようで急いで春人の横に移動して来る。しかし、龍司は相手の挑発に乗るどころか後ろにいる4人を振り向く事もしなかった。龍司の横に立つ真希が、
「大丈夫?」
と聞くと龍司は、
「大事な日だ。我慢ぐらいはするさ。」
と呟いた。春人はその言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。
「みんなちょっといいか?」
春人は4人に声を掛けた。4人が春人に注目するのを待って話し始めた。
「一曲目、変更しないか?」
その言葉に真希は驚いた声を出した。
「ちょっ、ちょっと春人何言ってんのよ!」
「そうだよ。もう演奏開始まで5分前だよ?」
凛も真希同様に驚いている。
「わかってるさ。だけど、相手を見た感じ一曲目は違うと思う。」
The Voiceが一曲目に演奏しようと考えていた曲はバラードだった。しかし、初戦の相手であるらんらんを見た感じだとバラードで戦うのは違うと春人は思った。
「春人は一曲目に何を演奏したら良いと思ったんだ?」
拓也が聞いてくる。
「相手が見た目通りの曲を演奏すると予想すれば俺達が歌う曲はThe Endだと思う。」
The Endという曲はこの柴咲音楽祭では演奏する予定のなかった曲で拓也の悪魔の声と超高音で歌うとてもハードな曲調の曲だった。
龍司はThe Endという曲名を聞いて「ほう。」と春人の顔を見ながら言った。
「どうするリーダー?」
凛が真希に聞いた。真希は全員の顔を順に見て行く。真希が拓也の顔を見ると拓也は頷き、真希が龍司の顔を見ると龍司は頷き、真希が凛の顔を見ると凛はうんうんと頷いた。最後に真希は春人の顔を見つめ、
「採用。」
と言った。そして、真希はまた凛を見つめ。
「この曲はキーボードが必要ね。急いで準備しましょう。」
と言った。
「じゃ、時間がねぇ。キーボード準備前に急いで円陣組むぞ!」
龍司がそう言ったので春人達は急いで円陣を組み、いつも通り春人達は龍司の一言を待った。
「楽しもう!」
「おう!」
「おう!」
「おう!」
「おう!」
3
2015年12月27日(日) 12時
「がんばれぇー!」
一ノ瀬凛達The Voiceがステージに立つと雪乃の大声が聞こえた。凛は雪乃を見つめた後、にこりと微笑んだ。
雪乃は広い会場の一番前にいてその周りには亮、結衣、相川、太田、五十嵐、楓の姿があり和装のメンバーやホワイトピンク達も一緒にいた。間宮と相沢の姿もある。ただ一人みなみの姿だけがそこにない事が寂しかった。
■■■■■
「The End」
[拓 エッジボイス]くだらねぇ つまらねぇ それじゃ何も始まらねぇ
黙れ! そんな事はとうの昔に気付いてたんだからよ
何が出来る?何になれる?それすらもわからねぇまま
急かすな!自分の道は自分で見つける お前、少し、黙れ!
(龍&春)[拓]
(何も出来ないまま)ただ震えている?
(お前それでいいのか?)ただ震えてるわけじゃねぇ
[拓 デスボイス]
☆Hey! Don't give up until the last minute
I will never give up
I will continue to fight until the end
I can definitely do it!
push off
[拓 エッジボイス]
くだらねぇ!俺がただ突っ立ってるだけだと思っているのか?
なめるな!俺はココで逃げずに待ち受けているのさ それもわからないのか?
その時が来るのを!その時が来たならば次は俺の番
さあ!人々の驚愕の顔が目に浮かぶ 笑いが止まらねぇ
(龍&春)[拓]
(何も出来ないまま)ただ突っ立ってんじゃねぇ
(お前それでいいのか?)逃げずココで待ち受けている
☆repeat
push off push off
(龍&春)[拓]
(何も出来ないまま)終れるわけがねぇ
Hey! Don't give up until the last minute
I will never give up
Go!!
■■■■■
The Voiceの演奏が終った。
演奏を始めると対戦バンドであるらんらんの4人が驚きのあまり口を開けっ放しになっている。この曲の歌詞に出て来た通りの驚愕の顔で笑えた。らんらんだけでなく会場に来ている多くの人がThe Voiceの演奏を聴いて驚いた表情を浮かべていたのだろうが凛にそれを確認する程の余裕はなかった。
(きっと拓也君の声に驚き、真希のギターテクニックに驚き、龍司君のドラムを叩く早さに驚き、春人君の深みのあるベースに驚いているんだろうな……)
1曲を演奏し終えた後、凛は歩くのもままならないくらい疲れ果てていた。
(ヤバい…まだ一回戦…一曲を演奏しただけなのに…)
司会者の男が現れて審査員に点数を出すよう指示している。
ステージ中央へと歩く凛はフラフラだった。その凛を支えてくれたのは真希だ。
「大丈夫?」
「…うん。平気。」
「…そう。エンジェルの店内で休んでもいいように了解をもらってるから一緒に行こう。」
「…先に休める場所確保してくれてたんだ…ありがとう。」
「一緒に行くわ。」
「…でも。」
The Voiceの得点が出そろった。
司会者の男が点数を口に出して発表し始める。
「7点。7点。8点。7点。8点。9点。7点。7点。」
(8人目で60点。)
凛は審査員の得点を目で見る余裕がなく司会者が発表する点数で自分達の得点を確認した。
(次の得点を出すのが石原で最後の得点を出すのが赤木さん、か。)
「6点、7点。合計73点!」
(この得点は高いのだろうか?それとも…)
得点が出揃った凛達はこの得点が高いのか低いのかわからないままステージを降りた。 The Voiceと入れ違いにらんらんがステージに上がる。
すれ違う時、らんらんの4人は下を向いたまま凛達と顔を合わせなかった。
龍司が「俺達の演奏に縮こまっちまったみたいだな。」と彼らに聞こえる様に言ったので真希が龍司の後頭部をグーで殴り「挑発に乗らずに偉かったと見直してたのにここで挑発してんじゃないわよ。」と言っていた。龍司はしゃがみ込み後頭部を抑えて「いてぇ。」と踞っていた。
フラフラの足取りでステージを降りた凛は先ほど話しの途中で終ってしまった真希との会話を再開させた。
「真希、エンジェルには私一人で行く。真希は勝敗の結果を。」
「わかった。でも大丈夫?」
「ありがとう。私は大丈夫だから。」
「じゃあ、結果が出たらエンジェルに行くわ。」
「真希は他の人達の演奏を聴いて。他の演奏者の曲を聴くのが真希のリーダーとしての勤めでしょ。」
「…わかったわ。でも16試合全てを見る必要はない。だからホワイトピンクの八試合目までは見たら向かうわ。」
「…わかった。ありがとう。」
「一人で歩ける?」
「…うん。大丈夫。」
(私がこのバンドのジョーカーだとしたら…今、私はThe Voiceにとって敵となっている…)
4
2015年12月27日(日) 12時10分
「6点、7点、6点、6点、7点、7点、6点、6点、5点…よ、4点。」
赤木が出した4点という得点に会場全体がざわついている。
「合計得点は60点!第一試合勝者は73点を獲得したThe Voice!この73点が第二試合の勝敗に大きく関わって来る事になりますっ!」
「よしっ!」
真希が大きく腕をふりかざした。
「どうやら赤木の奴は得点をあまり出さねぇタイプみたいだな。」
神崎龍司が呟くと横にいる春人が、
「赤木さんの採点は石原の様な嫌がらせの採点じゃない。筋が通っている気がする。」
「ああ、元々音楽には厳しい奴だったからな。」
「その分赤木さんを満足させるのは難しい。赤木さんを満足させられるバンドがこの音楽祭の覇者になれるのかもしれないな。」
「俺達が満足させてやるさ。しかし、ハルの選曲、大成功だったな。あいつら俺らの曲を聴いて演奏前から自信をなくしてた。次の対戦相手の曲を聴いてまたハルが選曲してくれよ。真希もそれでいいよな?」
「ええ。是非そうしてもらいたいわ。」
「せっかく演奏順まで決めたのにか?」
「問題ないわ。ね?拓也?」
「……」
「ねぇ拓也?聞いてるの?」
真希が拓也の横に行って肩に手を置こうとしたその真希の手を龍司は持ち首を振った。
「そっとしておいてやろう。」
拓也は今、歌う曲やプロになる事よりみなみの事で頭が一杯なのがわかった。
(この状況でこのまま曲を演奏し続けて、俺達は本当に優勝出来んのか?)
5
2015年12月27日(日) 12時15分
3組目のバンドの演奏が終った。姫川真希は雪乃達と一緒にステージ一番前で演奏を聴いていた。
3組目のバンドの得点が発表される。
「66点、か。どうやら俺達の得点は高い方みたいだな。」
龍司が言ったが春人は「まだ安心は出来ない。これから得点が一気に上がっていくかもしれない。」と答えていた。
「大丈夫だいじょーぶ。みんなの演奏は演奏したバンドの中でいっちばーん凄かったから。」
そう雪乃が言ったので真希は冷めた口調で「まだ3組しか演奏してないからね。」と答えてから龍司と春人に向かって話し掛けた。
「ねぇ?他のバンドの演奏聴くのはあんた達に任せていい?」
「あんっ!?どうしたんだよ急に。腹でも痛くなったのか?」
「違うわよっ!やっぱり私凛が心配なの。凛の所に行ってもいい?」
真希がそう聞くと春人が「ああ。俺も凛の様子が気になるから頼む。」と言ってくれた。
「大丈夫だろう?いつもの事だ。時間もあるし次の演奏までには元に戻ってんだろう?」
龍司がそう言ったのを聞いて真希だけではなく春人も驚きの表情を浮かべて龍司を見つめた。
「な、なんだよ?」
「あんた…それ本気で言ってんの?」
「何がだよ?俺今何か変な事言ったのか?」
龍司は春人に聞いた。春人は首を横に振って呆れたという感じだった。
「…凛は……」
真希はそう呟いたが続きを話すのをやめた。
「とにかく私、凛の元に行って来る。」
「ああ。こっちは任せてくれ。凛を頼む。」
真希は小走りでエンジェルへと向かった。
店内入ってすぐの椅子に俯いて座る凛の姿があった。
「凛。」
真希の声に驚いた表情を浮かべた凛が顔を上げる。
「…真希。」
「他のバンドの演奏聴くのは春人達に任せた。」
「…そう、なんだ。」
「他のバンドの分析をするのは私より春人の方が向いてるみたいだしね。それより凛、大丈夫?」
凛は俯き首を振った。
「…そう。今も私が声を掛けるまで気が付かなかった感じだもんね。」
凛は俯いたまま頷いた。
「私達の演奏しかしていないのに凛がそういう状態になったって事は私達の演奏から感情が伝わったって事なんだよね?」
凛はこくりと頷いた。
「今まではそんな事なかったのにね。」
「…仕方ないよ。プロが掛かった大会だもの。多少はみんなからの感情が伝わって来る事も覚悟をしてた。」
「ねぇ凛?正直に答えて。私達あなたがそんなにフラフラになるまでの感情を剥き出しにして演奏をしていたの?違うよね?」
凛は何も答えなかった。
「拓也、だよね?」
凛は一度は首を横に振ったがその後頷いた。
「やっぱりか。やっぱり拓也のみなみに対する感情が歌っている時に爆発しているんだ。」
凛はまた頷いて言った。
「不安と希望とが入り混ざったような感情。拓也君が今とんでもない恐怖と戦っている事が伝わって来た。助かってほしい。助けたい。だけど自分にはそんな力がない。無力で何も出来ないけれど歌を届けたい…そんな、そんな感じだった。」
凛は顔を抑えとても辛そうに泣いていた。
「辛いなら…凛はもう…」
「辛いのは拓也君!私は耐えられるっ!」
真希の言葉を遮るように凛は顔を上げ真希を見つめそう言った。
(そっか。そうだよね。辛いのは…拓也、だもんね…)
「私、優勝したい!みんなとプロになりたい!その為なら私、どうなったっていい!」
凛はそう言うが真希はもう凛は限界だと感じていた。
「よく言った凛!命掛けぐらいじゃなきゃ何も変わらねーよな?」
龍司の声がして真希は驚き入口を振り向いた。凛も龍司がそこにいる事には気付いていなかったらしく相当驚いていた。
「あんたいつからいたの?」
「ずっといた。お前ら気付かねーからいつ気付くんだって思いながらな。」
「あんたには他のバンドの演奏を聴く様に頼んだでしょっ!」
「そんなのはハルが一人いればいいだろうが!それより凛、お前の覚悟は伝わった。死んでもお前は演奏をしろっ!いいな!」
「うんっ!」
「あんたわかってる?1曲よっ!たった1曲演奏しただけで凛はこの状態なのよ!これから勝ち続ければ凛は他のバンドの曲も聴き続けなければいけないの。きっと決勝にはあのJADEが上がって来る。今の凛に耐えられると思う?ヘタしたら本当に凛は倒れるわ。」
「私は大丈夫。倒れても演奏を続ける。」
「倒れたら演奏出来ないでしょっ!龍司みたいな事言わないでよ!」
「凛は命掛けて演奏するって言ってんだよ。わかってやれよ。」
「命を掛けるだなんて凛は一言も言っていないでしょっ!」
真希は龍司を睨みつけた後、凛を見つめた。
「私は大丈夫だから。だから真希、お願い。」
「だけど…」
(本当に倒れられたら私達はきっと失格になる…それなら4人で……いや、凛がいなければ私達に優勝は無理だ……いや、違う。私は重要な事を忘れている。5人で演奏をして優勝しなければ意味がないじゃないか!)
「わかったわ。凛、あんたDJヘッドホンがあるんだからちゃんと付けて演奏しなさい。あと、他のバンドが演奏してる時もね。小さなイヤホンより音防げるでしょ。」
「あっ。そっか…その手があったね…私、全然気付かなかったよ。」
(凛が倒れれば私達はそこで終わり。だけど、凛が最後まで立ち続けられれば私達の優勝は見えて来る。予想通り凛はジョーカーで間違いなかったって事か…)
6
2015年12月27日(日) 12時30分
一回戦第四試合、前回準優勝の和装の出番。和装のメンバーはいつも通り全員が着物を着ている。ステージに上がるとこれもまたいつも通りマイクを手に取り一人一人挨拶を始める。
「南無阿弥こと中村あみです。」
「こし餡こと越野杏です。」
「蛍イカこと堀田瑠衣花です。」
「そしてぇ〜。私はいい子ぉ〜?それとも悪い子ぉ〜?」
去年準優勝しているだけあってこの柴咲音楽祭では「いい子ぉー!」という声が客席からそこそこの返答が聞こえた。
「そう。私はいい子。和装のリーダー飯塚紀子でぇ〜す。そしてぇ〜今年から新たに和装のメンバーに加わってくれた〜。」
飯塚はマイクを持っていない手を新メンバーである田中に向けた。
「栄真女学院1年。上から読んでも中田佳奈下から読んでも中田佳奈でっす。」
何度この挨拶を見ても見ているこちら側が恥ずかしくなるな、と霧島亮は思う。
(…しかし、侮れない相手ではある事は確かだ。)
そう思いながらも亮はこの自己紹介の時間もちゃんと演奏時間には含まれている事を彼女達はわかっているのだろうかと心配になる。
曲は栄真女学院祭で最初に演奏された曲だった。1分程経ってから中田がサビの部分で尺八を吹き始める。その瞬間客席から拍手が起こる。The Voiceを含めたこれまでの6組のバンドには起こらなかった事だった。完全に和装は観客を味方に付けている。しかも和装は亮が心配した演奏時間も5分で収まるようにしていた。
「それでは昨年の準グランプリ和装の点数をお願いします!
8点、7点、7点、8点、7点、8点、7点、8点、7点、7点。」
最後の7点を赤木が出した時、会場からは「おぉー!」という歓声が起こった。それは7組の演奏が終わり赤木がどの審査員よりも点数に厳しい事がもう明らかになっていたからだ。これまで赤木が7点を点けたのはThe Voiceと和装の2組だけで他のバンドは4点か5点ばかりだったが赤木の点数は確かなものだと何故か納得してしまう自分がいた。
「去年の準グランプリ和装は74点!The Voiceの73点を上回り現在トップにっ!」
司会者の言葉でまた会場から歓声が起こる。
(The Voiceは去年の準優勝バンドと1点差、か。このまま勝ち続ければThe Voiceと和装は3回戦、つまり準々決勝で戦う事になる。まだ1点差。まだ大丈夫。2回戦で引き離されない限りまだ射程圏内だ。だけど…この1点は相当デカい。真希さん、龍さん、春さんはいつも通りの安定した演奏だった。だけど、拓さんはいつもと違う。そして、凛も1曲目の演奏から明らかに変だった。原因は拓さんの感情なのだろう。真希さんは凛がジョーカーと言っていた。凛の感情を読み取れる能力が敵にも味方にもなる事からそう言っていたのだろうが今、凛を敵にしているのは間違いなく拓さんだ。この1点の差は圧倒的にThe Voiceが不利だと告げている。この1点がこの後大きく勝敗を左右する事になるのかもしれない。)
7
2015年12月27日(日) 13時10分
369Mirai VS ホワイトピンクの第八試合が始まった。
ホワイトピンクの4人は既にステージ横に向かった。
咲坂結衣は手を組み祈る様に369Miraiの演奏を聴いている。
369Miraiはオリジナル曲ではなく漫画の曲を自分なりのアレンジをくわえて演奏している。演奏は素晴らしい。エレクトーンを熟知していて才能が溢れている。それは素人の結衣にでもわかる。しかし、インストゥルメンタルで自分の曲でない演奏がどれ程の得点を獲得出来るのかがわからない。
369Miraiの演奏が終わり得点が発表される。
「5点、6点、6点、7点、6点、7点、6点、6点、5点、4点。合計得点は58点。」
369Miraiの演奏は素晴らしかった。しかし、今のところ今大会最低得点だった。オリジナル曲ではない事がこの柴咲音楽祭では認められなかった。369Miraiの古川みらいは次のホワイトピンクの演奏が始まる前に負けを察したのだろう泣きながらステージを降りて行く。その姿を見て結衣は悲しくなった。古川みらいはエレクトーン奏者として才能に溢れていると思う。今回のこの結果が全てではない事に気付いてほしいと心から願っていた。
13時15分。ホワイトピンクがステージに上がる。ホワイトピンクの演奏は誰もが楽しくなる様な曲調で観客席では演奏に合わせてジャンプをする者達もいた。ホワイトピンクは和装以上に会場を盛り上げた。
演奏が終わり司会者が審査員に点数を出す様に指示する。結衣はThe Voiceが演奏を始めた時から出場するバンド全てにずっと祈る様に手を組んでいる。龍司に見られたら、俺達以外のバンド応援すんなよ。とか言われそうだ。もちろんThe Voiceに優勝してほしい。それは心から思っている。しかし、結衣は出てくるバンド全てに頑張って欲しいと思っている。
司会者が得点を発表していく。組み合わせている手に自然と力が入る。
「7点、8点、8点、7点、8点、7点、7点、7点、7点、キュっ9点っ!!合計得点75点!トップの和装の74点を塗り替え現在ホワイトピンクがトップにっ!!」
赤木がこれまでで一番の最高得点をホワイトピンクに出した。
結衣は隣にいる拓也の顔を見上げた。常に厳しい表情を浮かべて演奏を聴いていた拓也がこの時は嬉しそうに笑みを浮かべたのが印象的だった。
一回戦全16試合のうち半分の8試合が終った。
「ふぅ。残り16組か。流石に疲れたな。」
眼鏡の位置を整えながら春人が言った。
「俺、もー無理だわ。疲れたし腹減った。」
相川の言葉に結衣だけじゃなく和装のメンバーも頷いていた。
「結衣なんてThe Voiceの演奏が始まってから今までずーっと緊張しっぱなしだよ。」
「ああ、わかるっ!僕も見ているだけなのに何故か緊張しっぱなしだよ。出場しているメンバーはもっと凄い緊張感があるんだろうねぇ。」
結衣と太田の会話に五十嵐や楓達も頷く。全員が緊張をしながら16組の演奏を聴いていた事がわかったというのに雪乃が「あぁ〜お腹空いたなぁ。」と緊張感のない声を出した。
「周りに模擬店がたっくさーん出てるのに誰も買いに行ってないし、みんなお昼食べてないよねぇ。」
雪乃はそう言ったが音楽祭に出場している人達はみんなお腹が空いたといった感じではなかった。
「ちゃんと食べないと力出ないよぉ!」
雪乃の言葉はここにいる結衣達の緊張感を和らげた。
「そうだね。何か食べておいた方がいいかもしれない。」
春人がそう言うと和装も先ほど演奏を終えて戻って来たホワイトピンクのメンバーも周りの模擬店を見渡していた。
「しっかし凛ちゃんダイジョーブかなぁ。心配だなぁ。」
「結衣ちゃんはお腹減ってないのか?」
春人がそう聞いて来たので結衣は「もうペコペコ。」と答えた。
「そうか。模擬店で何か適当に買って凛達の元へ行こう。タクもそれでいいよな?」
拓也が頷くと相川達音楽祭に出ていないメンバーも模擬店へと向かいホワイトピンクと和装はそれぞれ別の場所へと歩いて行った。ステージ上では演奏が続く中、結衣は拓也と春人と共に凛達の分のお昼ご飯を買いエンジェルへと向かった。
「ホワイトピンクや和装のメンバーはドコ向かったんだろうね?」
「さあ?二組とも1回戦を突破して少し安心したから人が少ない場所でほっとしたいんじゃないかな?」
「拓也くんと春人くんもほっとしたかった?」
「正直言うとそうだね。雪乃はずっとステージ前で他のバンドを聴くって言ってたけど大丈夫か?自分は車椅子だからって気を使ってるんじゃないだろうか?」
「ダイジョーブだよ。本人が32組全ての演奏を聴きたいって言ってたんだから。」
「雪乃はお昼ご飯はどうする気なんだろう?」
「相川くん達が雪乃さんに何食べるか聞いてたよ。」
「そうか。ところで亮は?」
(亮くんは…そろそろ出番のはずだ…)
「さ、さあ?相川くん達と一緒にいるんじゃない。ほ、ほら、春人くん達と一緒にいたら邪魔になると思ったとか?」
「そっか。俺達のメンバーなんだから気を使わなくていいのにな。」
「そ、そだねぇ。」
(亮くん。演奏聴けなくてゴメンっ!でも、応援してるから頑張ってねっ!)
8
2015年12月27日(日) 14時05分
拓也達が一斉に去って行った。今ステージ前で演奏を聴いているのは長谷川雪乃と間宮と相沢の3人だけとなった。
ステージ上では第十試合目19組目のバンドが演奏を行っている。
雪乃がそのバンドの演奏を聴いていると目の前に二人組の男が雪乃の前に立ちふさがった。
「なんていうバンド名でしたっけ?」
「さっきも言ったろだろうが!JADEだよジェ・イ・ド!!」
「そいつらが演奏を始めたら写真撮るんすかぁ?」
雪乃は目の前に来た男達に気が付いてもら為に「コホンっ。」と咳払いをした。
「そうだよっ!何度も言わせんなバカがっ!」
「そんなに凄いバンドなんすか?そいつら。」
「凄いかどうかなんて関係ねーんだよ。俺が目をつけたバンドだ。間違いねぇよ。」
尚も2人の男は雪乃に気付くどころか会話を進めた事に苛立ち大声を出した。
「ちょっと!おじさま達!そんな所に立たれると演奏が全然見えないわ!もしかしてわざと私の目の前に立っていらっしゃるのかしらっ!!」
雪乃が告げると男達は振り向いた。一人は目つきが鋭くもう一人は高そうなカメラを手に持っている。
目つきの鋭い男の顔を見て雪乃はどこかで会った事があるような気がした。
その目つきの鋭い男は雪乃が車椅子に乗っている下に目線を下げ、
「あぁ〜。お嬢ちゃん悪かったなぁ。悪気はなかったん……あ、あれぇ?間宮さんと相沢さん?こんなステージ真ん前にいたんすかぁ?弟子達の演奏こんな目の前で見るなんて熱心すねぇ。」
と言ったので雪乃は首を捻り問い掛けた。
「おじさまはトオルさんとひなちゃんのおじ様とお知り合い?」
間宮と相沢は「違う。」と答えたが目つきの悪い男は「そうだ。」と答えた。
雪乃はまた首を捻りどちらが本当の答えなのかがわからなかったが正直知り合いだろうが知り合いじゃなかろうが答えはどちらでも良かった。
「ところでおじさま。どこかで会った事ありません?」
「お嬢ちゃんと俺が?」
「うん。」
「お嬢ちゃん。お名前は?」
「雪乃。長谷川雪乃。」
男は車椅子に乗る雪乃を下から上へとゆっくり見つめた。
「長谷川雪乃ちゃん、か。君とは会った事はないと思うけどねぇ。」
「そうかなぁ〜?私は会った事がある気するなぁ。」
「雪乃。コイツとはあまり関わらない方がいい。」
相沢が雪乃にそう言った。雪乃は「どうして?」と聞いたが相沢は「どうしてもだ。」としか答えなかった。
「あぁ、長谷川雪乃さん。申し遅れましたが俺は京虎一。週刊誌の記者をやってる。」
「記者さんかぁ。じゃあ、横にいるのはカメラマンさんだ。」
「カメラマンではなく俺と同じ記者さ。俺もカメラを持ち歩いているが2人でいる時はコイツにカメラを任せてる。」
「京さんの相方の工藤守っす。よろしくね雪乃ちゃん。」
「雪乃っ!」
「へっ?」
「もういいだろう?場所、変えてもらえないか?」
間宮が雪乃の横に立ち京に告げた。
「わっかりましたよぉ。んじゃ、雪乃ちゃん。また後でねぇ。」
「うん。」
京と工藤は少し離れた場所に移動したが雪乃達との距離はそんなに離れていない。そうこうしているうちに亮の出番がやって来て演奏を始めた。間宮は亮に気付いていなかったらしく演奏が始まった瞬間驚きの表情を浮かべてステージを見つめた。
「誰かと思えば……亮…あいついつバンドを…んっ?あいつらは…」
「トオルさんもひなちゃんのおじ様も拓也君たちにはまだナイショだよぉ〜。」
「拓也達は亮がバンドを結成した事、知らないのか?」
「うん。まだ知らない。」
「そうか。しかし…亮の奴、良いメンバーを揃えたな。」
「うんっ!結成間もないみたいだけど息が合ってる。きっと相性が良いんだろうねぇ。」
「これは…どこが優勝するかわからなくなってきたな。」
「だね。しっかし……お腹減ったなぁ。相川君達遅いなぁ……もう待てないよぉ。」
「俺が買って来ようか?」
「トオルさんっ!本当にっ!?」
「けど、念達にも頼んだんだよな?」
「それも食べる!」
「そ、そうか。」
「私そこのホットドッグが良いっ!」
「わかった。」
9
2015年12月27日(日) 14時17分
「JADEの得点は……今大会最高得点のは80点となりますっ!」
「さ、最高得点すよっ!本来ならもっと差を付けれたってのにもったいないっすねー。しかし、さっすが虎さん!記者の目は正しかった。良いバンド見つけましたねぇ〜。見た目も良いし2人ともアクセントに赤を入れちゃって衣装も決まってますもんね。」
工藤がそう言ったので京虎一は苦笑した。
「バカがっ!お前の記者としての目は節穴か?」
「えっ?それどういう意味っすか?」
「気付かなかいのか相棒?俺が記者として目を付けたって事がどういう事なのか。」
「あっ!えっ!?マ、マジでっ!?アイツら何かネタ持ってんすか?」
「大ありだバーカ。アイツらには是非優勝してもらいたいもんだよ。そん時は泳がすだけ泳がせて一瞬で潰してやる。フハハハハハ……」
10
2015年12月27日(日) 14時50分
14時55分。5分早く第一試合32組の演奏が終わりを迎えようとしていた。
霧島亮のバンドはThe Voiceより一点低い72点で一回戦を突破した。
亮はThe Voiceに得点で勝てなかった事をバンドメンバーに謝るとベースの有栖詩は「まだ一試合が終ったばかり、私達は上位の得点を叩き出した。戦いはこれからだよ。それにあんたが謝る必要は全くない。」と言った。ボソボソと話す詩だったがその言葉に亮は勇気をもらえた。
(しかし、拓さん達が観客席から離れてくれたおかげでまだ俺がバンド結成した事がバレずにすんで良かった。まぁ、早めにバレてもいいんだけど、もし一回戦負けとかだったらバレずに終わりたかったから内緒にしてただけなんだけどな…)
そして、十四試合目に登場したJADEは相変わらずの狂った歌詞と狂った曲調だったが得点は一回戦の最高得点の80点を獲得し難なく2試合目へと駒を進めた。
「1位がJADEの80点、2位がホワイトピンクの75点、3位が前回準グランプリの和装74点、4位が73点のThe Voice、で、俺らが72点の5位、か。悪くはない順位だ。」
ボーカルの文月響が言うとドラムの向井陸が、
「しかし……JADEの得点は飛び抜けている。」
と言ったので亮は悔しかったが認めざるを得なかった。
「しかもアイツらは…」
「亮、気にするな。ケイはホワイトピンクに9点。The Voiceと和装に7点。JADEには6点だったよな?」
詩が言った言葉に亮は頷き、ああ。と答えた。
「ケイは前回の王者だ。あの人は私達の演奏に8点を点けた。前回の覇者で採点の厳しいあの人から8点を獲得出来たのはかなりデカい。」
詩の言葉を聞いて無くなりかけていた自信が今一度持てたのは亮だけではなく響も陸も同じだったに違いない。2人とも「やってやるかっ!」と声を出している。亮は自分の顔を2度両手で叩き気合いを入れてから詩達3人に言った。
「まだまだ戦いは始まったばかりだ!勝負はこれから!いくぞっ!お前らっ!」
[覚悟]
1
2015年12月27日(日) 14時50分
一回戦を突破したバンド名と得点がステージ上に大きく書かれている。The Voiceの次の対戦相手ラヴィンの得点は70点。たった3点しか差がない。しかし、そんな事よりもJADEが80点という高得点を出していた事を知って橘拓也は愕然とした。
「俺達は73点の4位、か。この7点差はデカいな。」
ステージ袖で龍司が誰に言うでもなく呟いた。拓也は黙ったまま頷いた。
「JADEと当たる時は決勝だ。得点差よりもまず次の演奏だけに集中しよう。タクも龍司もいいな?」
春人の言葉に拓也は、
「あ、ああ。そうだな。そうしよう。」
と答え龍司は円陣を組む事を皆に告げ拓也達は円を作った。
「次の対戦相手ラヴィンはバラードが得意なロックバンドだった。」
円陣を組みながら春人が言った。その言葉を聞いた龍司は、
「バラード対決でも悪くなさそうだな。どうするよリーダー?」
と真希に聞いた。真希は「う〜ん。」と言った後、
「いや、バラードは最後までとっておこう。歌う曲は『キモチ』でいこう。」
と全員の顔を見ながら言った。
「キモチ、か。でもどうしてその曲を?」
JADEの80点が脳裏から消えず心の中では動揺している拓也が真希にそう聞いた。キモチという曲はロックナンバーで凛が作詞し真希が作曲をした曲で一番は拓也の地声で歌い二番は凛が歌う。そして、拓也以外の4人が交互に一フレーズずつ歌った後拓也の歌声で締めくくる曲だ。
「一回戦のThe Endで私達はハードロックもしくはメタルバンドだと多くの人に思われたはず。それを覆す為にあえて違う曲調の曲にする。文句は?」
拓也は真希の言葉を聞き面白い選曲だと思った。それは春人も同じだったらしく「文句はない。」と答えていた。龍司も拓也と春人と同じ気持ちだったのだろう。口の端を上げ微笑んでいた。
「あとは凛次第ね。」
真希がそう言うと拓也達4人は円陣を組みながら凛を見つめた。凛は先ほどから全然話しに参加しない。その理由はDJヘッドホンを取り出して大音量で曲を聴いているからだ。
凛がみんなの視線を感じ取ってヘッドホンを取り外した。
「な、なに?」
「二回戦、私達が選んだ曲は『キモチ』よ。どう歌える?」
真希の言葉に凛は頷いた。
「大丈夫。歌える。」
凛の力強い答えが返って来て龍司は声を抑え気味に「おっしゃー!」と叫んだ。
「やるからには思いっきりだ。わかったな凛。」
「うんっ。わかってる!」
歌う曲が無事決まった時、龍司が「楽しもう。」といつもの言葉をいつもより気合いを入れて言い放った。
真希はステージに上がる前にいつもの様に裸足になり龍司も気合いを入れる為に自分の顔をパンパンと叩き、春人は眼鏡拭きで眼鏡を拭き凛は外していたヘッドホンを耳に当て位置を合わせた。すぐ側のステージ上では最終組のバンドが演奏を行っている。いくら大音量でヘッドホンをいていたとしても凛の耳にはステージ上で演奏されている曲が聴こえているのかもしれない。凛の表情は暗く、そして、しんどそうだ。しかし、何故だか目には力があるように拓也には思えた。
そして、拓也はというとステージに近づくほど歌を歌う事やプロになる事よりもみなみの事しか考えられないようになってきていた。
14時55分。ステージに上がると観客席はさっきよりも人が増えているように思えた。
(間違いない。さっきよりお客さんが増えている。)
ステージ中央に立つと緊張で負けそうになる。拓也は瞳を閉じ魔法の言葉を呟いた。
「俺には出来る。俺には出来る。」
拓也はパッと目を開いた。
「みなみ。」
拓也がみなみの名前を呟いた時、いつもより近くの位置に立つ真希が「大丈夫。あんたの声はみなみに届くから。」と真っ正面を見つめながら呟いた。拓也も真希の顔は見ずに深く頷いた。
(ありがとう真希。俺の近くにいてくれて。いや、真希だけじゃない。みんな俺の側にいてくれている。きっと、みなみだって…)
■■■■■
「キモチ」
[拓 チェスト]悔しさ涙 声が出ない
濡れた頬にそっと手を触れ
もうダメなんだと伝わった
「君の心に僕はいないね」
心の中で呟いて
お別れする事を決めたんだよ
寂しくなんてなかったよ
ただ 自分が情けなかっただけ
気づいた
優しさよりも強さが欲しい
全てが好きだった
声も目も口元も髪も背の高ささえも
全てが必要だった
言葉も笑顔も仕草だって
僕の全てがoh君だったんだohohoh
いつまでも いつまでも
いつまでも いつまでも
本当に大好きなんだ
[凛]伝う涙 声も出ない
あちゃっ!マジっ?これじゃダメ?
何度も聞く私にため息吐いた
キミだって同じ事何度も聞いちゃうくせに
その度私は答えてたよ
なのにキミはため息ひとつで終わらせちゃうの?
寂しくなんてなかったよ
これは私達の未来のため
気付いたの
キミのそばにいるべき人は
きっと きっと 私じゃないね
全てが好きだった
声も目も口元も髪も背の高ささえも
全てが必要だった
言葉も笑顔も仕草だって
私の全てがoh君だったんだohohoh
いつまでも いつまでも
一緒にいたらダメになる
[真]別れた日から何かが足りない
[春]別れたあの日から何も出来ない
[凛]あの日から君が足りない
[龍]こんなに君が必要だったなんて
[真]無くしたものの大きさを知った
[春]君がいればきっと強くなれるのに
[凛]君がいれば優しくなれたのに
[龍]もう戻れないのか?もう本当にダメなのか?
[真]これが私達の決断なんだから…
[拓 チェスト]
oh oh oh oh
oh oh oh wowwowwow
oh oh oh wowwowwow
oh oh
oh気付いたんだ
優しさこそが強さだと今ならわかる
俺なんかいなくともキミは生きてゆける…
そのままでoh変わらないでoh oh oh
あなたのままで いてほしい
大切なものなくさないでね
そうキミは 願っていて くれたんだoh oh oh
キミはそう 願っていて くれたんだねohohohキモチ
■■■■■
2
2015年12月27日(日) 15時
会場全体がざわついているのがわかった。一回戦とは全く違う曲を歌ったThe Voiceと拓也の全く違う歌声に意表を突かれている。
審査員席でもThe Voiceの事を知らない審査員達はお互いの顔を見つめ困惑している。
「さて、審査員達はどういう判定をくだすかねぇ。」
間宮が嬉しそうにそう呟いた。長谷川雪乃もその言葉を聞いて得点が発表されるドキドキ感よりもワクワク感が勝っていた。
「それでは審査員の皆様、第二回戦一試合目のThe Voiceの得点をどうぞっ!」
司会者の言葉で審査員達が得点を一斉に出した。それを司会者の男は声に出し始める。
雪乃は司会者の言葉に合わせて審査員の得点を順に目で追った。
「7点、8点、9点、9点、9点、8点、7点、9点、7点、7点の…」
「80点だっ!良いよ!良いよ!JADEと並んで最高得点だっ!」
横にいる結衣がジャンプをしながら雪乃に言った。
「だけどJADEの80点は本当は…」
太田がそう口を開くと結衣は太田の事を「フトダっ!!」と呼び、
「うっさいなっ!80点は80点でしょっ!!」
と頬を膨らませて睨んでいた為、太田は「す、すみません。」と後輩である結衣に謝っていた。
「そして、一回戦の得点と合わせますとThe Voiceの合計得点は………153点です!」
「良い。良いよっ!これはきっとなかなかの高得点のはずだよっ!」
まだ二回戦初戦でThe Voiceしか演奏を終えていないというのに何故か雪乃はそう確信を持って言った。
3
2015年12月27日(日) 15時5分
二回戦The Voiceの対戦相手であるラヴィンの演奏が終った。甘く切ないバラードだった。咲坂結衣は龍司から貰った腕時計を見て時刻を確認した。
「予定より5分早くなってるねぇ。」
結衣は演奏を終え戻って来た龍司に言った。
「ああ。そうみてーだな。」
龍司は結衣を見る事なくステージ上を睨む様に見つめている。
「それではラヴィンの得点をどうぞっ!」
司会者の言葉で審査員が得点を一斉に出す。
「8点、7点、9点、6点、9点、7点、8点、8点、6点、ご、5点。」
「思ったより点が割れたな。」
「…うん。」
「ラヴィンの得点は……」
司会者が言う前に結衣は「73点。」と口にした。
「俺達の一回戦の得点と同じだ。悪くはない。」
「赤木さん5点しか付けなかったけど、もしかして龍ちゃん達の味方してくれた?」
「はっ、まさか。そんなわけねーよ。あいつにはラヴィンのバラードが甘ったるいだけにしか聴こえなかっただけだろう。俺もそう感じたし。」
「そ、そか。そうだよね。赤城さんは甘くなさそうだもんね。」
「そして、ラヴィンの合計得点は……」
また結衣は司会者が得点を言う前に「143点」と得点を口にした後、
「やった。やったよ龍ちゃんっ!10点差も付けて勝ったよぉ〜!!」
と言って龍司に抱きついた。
「やめろよっ!まだ二回戦だ。得点を稼げたのはいいが本当の戦いは次からだ!」
そう言って龍司は抱きついた結衣を離した。
「そ、そうだね。喜ぶのはまだまだ早いよね。ゴメンっ!」
「でもラヴィンは一回戦で70点、二回戦で73点。もし対戦相手がThe Voiceじゃなかったら二回戦突破出来てたかもねぇ。」
「そうだな。相手が悪かったな。」
「だね。」
「って、お前なんでそんなに悲しそうな顔してんだよっ!さっきまで喜んでたくせにっ!」
「そだけど、龍ちゃん達が相手じゃなかったら三回戦いけてたのかもって思うと可哀想になってきちゃって…」
「そんな同情はいらねーんだよ。…ま、出演してねぇ結衣にそういうのは任せるか。俺らは対戦相手の事まで考えてる余裕はねーから。」
4
2015年12月27日(日) 15時15分
二回戦二試合目の和装の演奏が終った。彼女達は二試合目も自分達のお決まりの自己紹介を忘れなかった。演奏は一回戦よりも遥かに高い技術が必要な曲だったが難なく和装のメンバーは演奏をこなしていた。
「和装の一回戦の得点は74点、さあ、二回戦の得点をどうぞっ!
9点、8点、9点、9点、7点、8点、8点、8点、7点、7点……合計80点!
総合得点は……154点!The Voiceの153点を一点差で上回り現在トップです!」
「準々決勝の相手は予想通り和装ってわけか?」
龍司が腕を組みながら呟いた。
「決まりだろうね。和装の対戦相手レノンの一回戦は65点だった。彼らがここで88点以上を出せるとは考えにくい。しかし、俺達は和装との一点差が埋まらなかったな。」
結城春人がそう告げると真希が、
「さて、次の対戦相手も決まったようなものだし私は凛に会いに行って来るわ。あんた達はどうする?」
と聞いて来たので春人は、「ホワイトピンクの演奏が終ったら俺達も行くよ。」と答えた。真希がエンジェルに向かって行く背中を見つめながら龍司が春人に問い掛けて来た。
「しっかし凛の奴、二回戦では問題なく歌えたけど演奏後は今にも倒れそうって感じだったよな。準々決勝あいつちゃんと演奏できんのかよ?」
「二回戦で歌を歌わせたのは失敗だったと思うか?」
「ああ、正直失敗だったと思う。ハルは?」
「俺は…そうだな。二回戦で凛を歌わせておいて良かったと思ってる。」
「どうして?あいつ倒れるかもしれねーぞ。」
「倒れるまで演奏するって目をしてたけど?」
「ま、まあ。凛は死ぬ気でやるつもりだけどよ。」
「じゃあ、尚更二回戦で凛が歌って正解だよ。」
「なんでだよ?」
「きっともう凛は歌えないから。」
「えっ?」
「凛が歌うとなるとヘッドホンを外さなきゃいけないだろう?だけど、ここから先の対戦相手はより感情が強い者だけが残ると思う。それにもちろん勝ち残るバンドも減って相手の曲も聴かないといけない状況になってくる。次の準々決勝までは大丈夫だけどそれでも凛の体力を回復している時間がない。準決勝になれば今みたいにエンジェルまで行っている時間の余裕すらなくなる。そうなるといくらヘッドホンをしていても凛の耳には感情が入って来る。
凛はもう歌う事もコーラスをする事も厳しいだろうな。だから真希は凛が歌う曲を二回戦で選んだんだろうね。早めに凛に歌わせておきたかったんだよ。」
「凛の奴が倒れたら俺達はこの大会を辞退するよな?」
春人は今の会話をちゃんと聞いているのか聞いていないのかわからない拓也の顔を見つめながら呟いた。
「ああ。そうなるな。」
「凛…最後まで立っていられるかな?」
春人はステージ上で演奏するオルトという名のオルガンを弾きながら歌う女性をみつめながら「随分無理をさせているからな。」とだけ呟いた。
5
2015年12月27日(日) 15時20分
姫川真希がエンジェルに到着すると先ほどと同じ場所の椅子に座る凛の姿があった。先ほどと違うのは凛がスマホを見つめていた事だ。
(凛…スマホを見れる程の余裕が出て来たの?)
「あ、真希。」
真希の姿に気が付いた凛はしんどそうにそう呟いた。
「凛?何を見てたの?」
「あ、うん。KINGの動画。真希は見た?」
「ううん。見てない。見せて。」
「…うん。」
凛はやはりしんどそうで声に覇気がない。KINGの動画を凛が再生させると画面全体に真っ黒な画面が映し出された。真っ黒な画面は常に真っ黒ではなく少量のライトの光が射していて撮影者が移動している事がわかる。しばらくすると真っ黒な画面は特徴のある黒い壁だとわかった。
「この壁っ!」
真希がそう言い放った瞬間、壁にセロハンテープで貼られたスケッチブックの切れ端が映し出された。
『一回戦突破』それだけが書かれた文字を映しながら動画はフェードアウトされていく。
配信されたのはほんの数分前だった。
真希は辺りを左右に見回した。
「…KINGはもういないよ。」
今見ていた動画の黒い壁は間違いなくエンジェルの壁だった。凛は椅子から立ち上がり壁を指差した。
「ほら、ここ見て。真希が来る前に見つけたんだ。」
「なに?」
「セロハンテープ。少しだけど取り残されてるの。」
確かにセロハンテープの後が残されており何かを壁に貼っていた事がわかった。
「店の人はこんな低い位置にポスターとか貼らないだろうしKINGで間違いなさそうだね。」
「撮影場所は間違いなくここ、か。数分前までここでKINGは撮影をしていたとはね。」
「私が来てからこの出入り口を通った人はいなかった。動画を配信するもっと前、いや一回戦を戦うより以前に撮影を済ませていたのかもしれない。」
「なるほどね。勝ちを見越して一回戦突破前に動画を撮っていたのか。だとしたらムカつくわ。」
凛が椅子に座り疲れ果てた顔つきで真希を見上げた。
「KINGとは……今日戦う事になるのかな?」
「きっとそうなるでしょうね。」
(何故だか、そう思うんだ。)
「KING。あなたも音から人の感情が伝わってくるの?」
凛はセロハンテープの後が残されていた壁の方を見つめてそう呟いていた。
6
2015年12月27日(日) 15時34分
二回戦四試合目のイチカという女性2人組の演奏が終った。彼女達2人は2人ともがキーボードを弾きボーカルをこなすといった演奏スタイルで彼女達の二回戦の得点は78点だった。一回戦の得点69点を足せば合計147点。ホワイトピンクは一回戦が75点だった為、72点以上出せば準々決勝に進出出来る。
「エレクトーンの次はキーボードかいっ!」
堀川遥はツッコミを入れてから真剣な眼差しをステージに向けた。
「ほな、行こか。」
堀川が呟くように言うと与田達は黙ったまま頷いた。
演奏を終えたばかりのイチカがホワイトピンクの横を通り過ぎる。
その際にイチカの2人から視線を感じたが遥はイチカの2人を見る事はなかった。
(悪いな。あんたらは私らの相手じゃないねんか。)
7
2015年12月27日(日) 15時40分
ホワイトピンクの演奏が終った。一回戦の楽しい曲と同様二回戦もホワイトピンクが得意とする楽しい楽曲だった。審査員達がホワイトピンクの得点を出す。それを司会者が順に発表していく。
「9点、8点、8点、8点、9点、8点、8点、9点、7点、7点。合計点は……81点っ!!そして、一回戦の75点を足すと……156点っ!!また最高得点が更新されました!」
「しゃーーーっ!!」
遥が嬉しさのあまり大声を上げていた。
「俺達とは3点差、か。また離されたな。」
神崎龍司が厳しい表情をして呟いた。
「たった3点じゃん。まだ大丈夫だよ。」
結衣はそう言ったが龍司は、
「たった3点。されど3点なんだよ。」
と腕を組み呟いた。
「その前に次の相手は去年の準優勝バンド和装だ。これまで以上の演奏が必要になる。」
春人がそう言った後、龍司の方を見つめた。
「和装とはたった1点差。されど1点差、か…。」
龍司は拓也の顔を見つめた。歌っている時の拓也は鬼気迫る迫力を感じる。しかし、歌っていない時の拓也は正気を失っている。
(とにかく。俺達が勝ち進む為には拓也と凛が平常心でいられる事だ……だけど…チクショウ……こんなにも普通の演奏をする事が難しいだなんてな……)
「そろそろ真希と凛の元に行こうか。」
春人の言葉に龍司と拓也は頷く事はせずに自然と2人のいるエンジェルへと歩き出していた。
8
2015年12月27日(日) 16時
拓也達がエンジェルにやって来ると真希はKINGがこの場所で動画を撮影していた事を教えていた。龍司は春人のスマホで動画を再生させて自分は横から覗き込んで「ホントだ。ここで撮影してやがる。」と言っていた。拓也はというと心ここにあらずといった感じで動画を見ようとはしていない。
「次の対戦相手は和装だけど歌う曲は?」
動画を見終わった春人と龍司の2人に真希が聞いた。
春人は椅子に座る一ノ瀬凛をじっと見下ろしてくる。その様子を見て凛は春人が凛を歌わせたいけれどこの調子で歌わせるのは無理だと思っている事がわかった。
「去年作った『ボクのココロ』でどうかな。」
春人がそう言った。
「雪乃がいた時の曲だね。でも、凛はピアノ?」
真希が春人に質問をした。
「いや、凛はDJとして演奏してもらう。」
「悪くなさそうね。みんなそれでいい?」
真希が確認すると龍司も拓也も頷いた。しかし、凛は頷かなかった。
「ホントにその曲で良いと思ってる?他に歌いたい曲、あるんじゃないの?」
「……」
「……」
「……」
「……」
4人は凛の問いにすぐに答えられなかった。答えられないという事は他に演奏したい曲があるという事だった。
「大丈夫。私は歌える。」
凛は立ち上がりそう告げた。
春人が心配そうな表情を浮かべて「だが…」と言ったのを凛は遮り、
「私の心配はいらない!本当に私達が歌うべき曲は何?教えて春人君っ!」
凛は力強く聞いた。
「…凛の覚悟はわかった。」
春人は呟いてまた凛をじっと見つめた後、ゆっくりと話し出した。
「和装は三味線と尺八。歌を歌わない。それなら俺達は楽器を使わず声だけで勝負したいと思った。つまり―」
「つまりアカペラって事か。」と春人が言う前に龍司が言った。
「曲は?」我関せずといった感じだった拓也が聞いたのには凛も真希達も驚いた。それと同時に頭に浮かんだ曲があった。
「Clap。」
「Clap。」
凛と同時に同じ曲名を呟いたのは春人だった。
「よしっ!次の曲はそれでいこうぜっ!アカペラってのが冒険だけどよっ!」
勢いよく龍司が言ったのを真希が「却下。」と告げた。
「なっ…なんでだよっ!今話しはまとまってたじゃねーかよっ!」
「いい?凛?あんたわかってる?私達は5人揃って優勝するの。誰か一人欠けたならその時はこの大会は諦める。来年があるとも思ってない。今、この大会に賭けているの。あんた本当にここから先耐えられるわけ?」
「大丈夫。歌える…そりゃ、歌った後は倒れ込むかもしれないけど…」
「私は別に次の三回戦だけの話しをしているわけじゃない。決勝まで凛が耐えられるかって聞いてるの。」
「……」
「もし、そこまでの自信がないのなら凛には歌わせない。」
「…歌える。私、絶対に倒れない。優勝するまで立っていられる。だから、次の曲はClapでお願い!」
「凛。あなた演奏するだけでも一杯一杯でしょ?」
「次の相手は和装。今までの演奏じゃきっと勝てないのは私にもわかってるよ。私、倒れても歌い続けるからっ!」
倒れたら歌えないだろう!何を言ってるんだ!と自分に言った言葉に心の中で凛はツッコミを入れていた。しかし、真希は今の凛の言葉には応えず厳しい表情を和らげ頷いた。
「わかった。次の曲はClapでいこう。」
「えっ?いいの?」
「凛。倒れたら承知しないからね。」
真希は笑顔で凛にそう告げた。
「うん。覚悟してる。」
[宣戦布告]
1
2015年12月27日(日) 16時15分
神崎龍司達はエンジェルから柴咲音楽祭の野外ステージへと戻って来た。JADEの演奏はさっき終わったところらしく今は二回戦最後のバンドが演奏をしている。演奏を終えたばかりのJADEの点数が気になり龍司は得点を確認して驚いた。
真希も春人も凛も覇気のない拓也までもが龍司と同様に驚いている。
「な、なんだ?何が起こったんだ?」
龍司は雪乃の顔を見ながら聞いた。
「う〜んとね。演奏がね…良い方に言うと難解だったって事かな…」
「難解?」
真希が首を捻り雪乃に問うと雪乃は「うん。」と答えた。
「ようするに意味がわかんねー曲だったって事か。」
龍司はそう呟いてもう一度二回戦のJADEの得点を確認した。
75点。
「あいつら点数下がってんな。」
「他のバンドは上がってるのにね。あと8組か。もう、準々決勝だしそろそろあいつらがどんな演奏をしているのか見とかなきゃね。」
真希がそういうと凛が、
「決勝の相手として見ておくの?」
と質問をしたが龍司は、
「あいつら決勝まで上がってこれねーんじゃねぇか?」
と答えた。
「別にあいつらが決勝に上がってこようがこまいがどっちでもいいけど、この二回戦が終るまで半分のバンドしか見てこなかったから、そろそろ全バンドを見ておく必要があるなって思っただけよ。凛は無理しなくていいからね。準決勝までいったらどうせ曲を聴く事から逃げれないだろうからそこまでは他のバンドの演奏を聴く必要ないからね。」
「うん。ありがとう真希。」
二回戦最後のバンドの演奏が終わり得点が発表さている。その様子を見ながら龍司は凛に聞いた。
「今のバンドの演奏聴いててもお前大丈夫そうだったけど?」
「…うん。なんか負けを認めていた感じであんまり感情出てなかった。」
「ふーん。負けをねぇ。」
龍司は今演奏を終えたバンドの得点を見つめた。
75点。対戦相手のJADEは同じ得点だが総合得点で勝っていた。
(JADEギリギリじゃねーか。てか、今のバンドもっと本気で演奏をすればJADEに勝てたかもしれねーのにどうしてアイツら負けを認めながら演奏なんてしちまったんだ?)
「次は第三回戦、準々決勝となります。準々決勝は予定通り午後6時から行います。それまで一時休息となります。」
司会者のその言葉に真希は司会者にも届くんじゃないかと思う程の大声を出した。
「そうなの!?そんな話し聞いてないわよっ!!」
周りの人達が一斉に真希を見つめた。春人が小さな声で、
「タイムスケジュールにちゃんと三回戦6時スタートって書いてある。時間確認してなかったのか?」
と真希に冊子を見せながら言った。
「タイムスケジュール?そんなのいちいち確認してるわけないでしょっ!ちまちましてないで次々演奏させてさっさと優勝者決めればいいじゃんっ!!運営は何やってんのよっ!!6時までどうしろって言うの!?もう作戦会議もしちゃったわよっ!」
「落ち着け。ゆっくり休むのも大事だ。」
「……」
「睨むなよ。」
「チッ。睨んでないわよっ!そうね。休息も大事。」
「今舌打ちしただろう?」
「してないわよ!春人あんた最近うるさくなったわねっ!龍司みたいになってしまうわよっ!」
「どうして俺が出てくんだよっ!」
「うっさい!黙れ1」
「真希さぁん…ヒドいぃ〜〜。」
「あぁ!もううっさいうっさい!私のまわりにはうっさい奴ばっかだわ。」
そう言った後、真希は拓也をちらっと見つめてからため息を吐いた。
「一人でいたい人もいるだろうしこの休憩時間はそれぞれバラバラに有意義に過ごしましょう。」
「そうだな。真希も荒れ始めた事だし一度バラバラになって落ち着けるのは助かる。」
「ハァ?龍司今なんつった?私がいつ荒れ始めたって言うのよ!」
「今だよっ!なんで自分で気付いてねーんだよっ!!」
そう叫んだ瞬間、真希の拳が龍司の頭頂部目掛けて振り落とされた。
龍司はそれを避ける事が出来ず強烈な痛みを感じたと同時に気を失った。
何故か気を失ったはずなのに真後ろに倒れ込む龍司を結衣と春人の2人が支えてくれた事は記憶の片隅に残っていた。
2
2015年12月27日(日) 16時20分
「ふぅ〜。落ち着け、私。」
姫川真希は一人大きくため息を吐いた後、呟いた。
「私は一体何にイライラしてるんだろう。落ち着こう。」
一人になった真希はスマホでKINGの動画を確認した。
「更新されてる。」
独り言が止まらない。
「時間は…つい5分前、か。」
猫耳フードを被った人物が画面上に映し出されるが顔までは映っていない。場所の特定は出来ないが全体的に暗い。どこかのトイレの中なのかもしれないし、どこかの部屋にいて電気を消しているだけなのかもしれない。
毛先だけがブルーとほんのりグリーンが混ざった髪が現れた。その瞬間、随分とヒントを出したわね。と真希は呟いた。KINGの動画はたった15秒。「残り8組」そう書かれた紙を映し出し映像が暗くなった。
「KING。あなたも準々決勝に残っているのね。残り8組のバンドに毛先だけをブルーとほんのりグリーンが混ざった染め方をしている人物ならすぐに見つかる。曲を聴いてKINGとわかるより先に容姿を見て正体がわかるかも。」
3
2015年12月27日(日) 16時30分
(ふぅ。あと三戦、か。)
結城春人は一人ステージから一番遠い場所にやって来ていた。体育座りをし眼鏡を拭いた後にじっくりと辺りを見渡した。
(しかし、凄い人達だ。演奏をする時はこの人達全員が俺達を見るのか…少し前のタクなら緊張しすぎて倒れていたかもな…そう思うと俺達はこの一年で成長したものだ。)
春人は夕焼けに染まってきた空を見上げ呟いた。
「貴史、見ててくれよな。残り三戦。俺達、必ず最後まで立っててみせるから。最後まで立っていられたら俺達の夢、掴めるんだ。」
4
2015年12月27日(日) 17時
一ノ瀬凛は春人から100メートル程離れた場所にいた。人は沢山いるが春人が今は亡き幼なじみに話し掛けた声が聞こえて春人がそこにいる事に気が付いた。もちろん春人の方は凛がここにいて声が聞こえていた事は知らない。
(春人君は幼なじみの為に、龍司君は結衣ちゃんの為に、拓也君はみなみちゃんの為に、真希は指揮者の遠藤さんの為に、そして、私は師匠の為に。それぞれが誰かの為にこの大会で優勝してプロになろうとしている。それがきっとバンドの為になっているんだね。)
「聞こえるか?」
突然聞こえてきた聞き覚えのあるその声を聞いて凛はとっさに立ち上がった。
「KINGっ!?」
凛は顔を左右に動かした。
「聞こえているようだな。」
「どこ?どこにいるの?」
「落ち着いてそこに座れ一ノ瀬凛。」
「あなたは私の顔も名前も知っている。なのに私はあなたの正体を知らない。それって卑怯じゃない?」
「卑怯?そうは思わないな。私達のバンドが勝ち続ければいずれ正体がわかる。」
「そうだけど…負けたら私はあなたの正体がわからないままになっちゃうよ。」
「負ける?私達が?それはないな。」
「凄い自信。」
凛はそう呟いて木にもたれ掛かりながらゆっくりと座った。
「さっさとプロになりたいからな。」
「…そう。それじゃあ私達と一緒ね。」
そう呟いて凛は春人と同じ様に体育座りをした。
「悪いが貴方達The Voiceは私達の敵ではない。」
「宣戦布告しに来たってわけ?」
「いや。一つ聞きたい事があってな。」
「聞きたい事?顔も見せずに?答えるわけないでしょ、まったく…」
「私は貴方を心配している。」
「心配?何の?」
「貴方の耳は大丈夫?」
「私の…耳?」
「…一ノ瀬凛。貴方の音楽人生は限られているのか?」
「KING…?さっきから何の質問をしているの?私にはあなたの質問の意味がわからないわ。」
「そうか。貴方の耳は大丈夫だという事か。」
「耳が大丈夫?どういう意味?」
「私の音楽人生は限られている。限られた時間しかないんだ。」
「それは…どういう事…?質問の答えに――」
「なっているさ。私を見破り感情を読み取ればわかる事だ。」
凛は立ち上がり辺りを見回した。
「どうしてっ!?ねぇ?なぜ?あなたは私が演奏から感情を読み取れる事を知っているのっ!?」
「さあ?なぜ、だろうね。」
「…やっぱり、私も質問がある。私ずっと思ってたの。あなたも演奏から感情を読み取る事が出来るんじゃないかって。ねぇ、教えてKING!あなたも演奏から感情を読み取る事が出来るの?」
「いいや。」
「じゃあ、どうしてっ!?どうして私が感情を読み取れる事を?どうして耳の心配を?限られた音楽人生って何?限られた時間しかないってどういう事?ねぇ?答えてっ!」
「質問攻めだな。次は直接話せるといいな。」
そう言った後KINGの声は聞こえなくなった。しばらく突っ立ったままいた凛はゆっくりと座り込み、
「……そうね。」
と力なく呟いた。
5
2015年12月27日(日) 17時30分
橘拓也はこの1時間弱ずっと結城総合病院にいた。
みなみがいる集中治療室を壁越しにじっと見つめる事しか出来ないのだが、みなみの近くにいると思うと何故か安心する事が出来た。
「もう5時半、か。みなみ、俺、そろそろ戻るよ。」
拓也は壁越しにみなみに告げてから歩き出した。
いつもより暗く感じる病院内を歩きながら拓也は気合いを入れる為に自分の顔を両手でパンパンと二度叩いた。しかし、気合いなんてものは入った感じが全くしなかった。
拓也は歩いた道を振り返りみなみが眠る集中治療室を見つめた。
「一番聴いてほしい人がいないのに歌う意味なんてあるのか……?」
そう言ってしまってから拓也は大きく頭を振った。
「違うっ!みなみが目を覚ました時、優勝したよって。プロになれるよって伝える為にも俺は歌わないと……」
もう一度拓也は自分の顔を両手で叩いた。次は少しだけ気合いが入った――ような気がした。
6
2015年12月27日(日) 17時45分
霧島亮がバンドメンバーのボーカル響とドラムの陸と一緒にいると4人の男女が「コンニチワー!」と馴れ馴れしく近づいて来た。男3人女1人の4人。派手な服装と髪型。亮は一目見ていけ好かない連中だと判断した。
「こんちわ。」
陸は声を掛けられてつい反応して返事をしたといった感じで挨拶をしていた。
「キミ達次の私達の対戦相手だよね?」
化粧の濃い女がそう言った。
「あ、そうなの?」
響はそう言って亮の顔を見てきたが亮も次の対戦相手がどんなバンドなのか興味がなかった為、顔を捻った。
(なるほど。この派手な服装は衣装ってわけか。だとするといけ好かない連中と判断したのは悪かった)
「ちょっとちょっと次の対戦相手ぐらい把握しといてくれよな少年達。俺達はマッドフラッド。宜しくなくそガキ。いや少年。」
(くそガキ?前言撤回いけ好かねぇ)
長身の男が握手を求めて手を差し出したが亮はそれを無視した。
「あれ?もう一人女の子がいたはずだけどもう一人は?」
化粧の濃い女が亮達に聞くのではなく自分のバンドメンバーにそう聞いた。
「次の対戦相手が俺達だから負けを覚悟して逃げ出したんじゃね?」
長身の男は嫌味というより挑発的な目でそう言った。さっき亮が握手を無視した事を根に持ったのかもしれない。化粧の濃い女はキャハハハとうっとうしい程高い声で笑った。
「少年よ君らは若い。若いからまだいくらでもチャンスがある。来年だって再来年だって。ヘタすりゃ10年後だってプロになるのは遅くない。まだまだ未来がある。だから俺達に負けても希望を持ってくれ。」
亮はこの長身の男を殴りたくなった。だが、それがこいつらの本来の目的なのかもしれないと思った。
(コイツらは俺達にビビっている。わざわざ俺達の前に現れたのは俺達の演奏を脅威に感じたから。暴力を振るわせて俺達と戦うのを避けようとしている。見え見えなんだよ。)
「あんたらはいくつだよ?」
亮は4人の顔を見ながら聞いた。
「30過ぎくらいか?」
響が亮の言葉に付け足すと続いて陸が、
「おばさん化粧でごまかしてる感じすっから40近めの30代かもな。」
と更に言葉を付け足した。相手バンドの女性がみるみる表情を険しくする。心の中で『このくそガキがぁ!』と言っている声が聞こえる。
「全員年齢は27だよ。」
一人落ち着いた雰囲気の男がそう答えた。亮は長身の男の前に立ち顔を見上げて言った。
「27にもなってお前らわかんねーのかよ?」
「何がだよ?」
「お前がさっき言った言葉だよっ!」
「はっ?」
「若いからまだいくらでもチャンスがある?まだまだ未来があるだ?お前はバカか?まさか全人類皆平等に同じ時間が与えられてると思ってんのか?あぁん?どーなんだよ?」
(相手は俺を挑発して暴力を振るわせようとしているのはわかっている。相手の狙いは不戦勝だ。)亮はそれがわかっていながらも話せば話す程自分が興奮してきていた。もう少しこの次の対戦相手と会話をすれば手が出ていたかもしれない。そんな時、何をしている?とこの場にいなかったベースの詩の声が聞こえて亮はそれまでの興奮状態から一気に冷静さを取り戻す事が出来た。
「このおじさん達、俺らの次の対戦相手らしい。わざわざ挨拶に来てくれただけだ。そうだよな?おっさん。」
「くそガキがぁ!」
「殴りたきゃ殴れば良い。でも、覚悟しろよ!俺を殴った瞬間お前らの戦いは終わりだ。プロになりたかったら我慢しろよおっさん!年齢的にもこれがラストチャンスじゃねーの?」
「チッ。くそガキ。」
「ま、俺らに勝てないと思ったからぞろぞろと挨拶に現れたんだろうけどな。」
「てめぇ!!」
長身の男が叫びながら亮に向かって来た。しかし、他の3人がその男を止めた。
「あーあ。せっかく不戦勝になったのに止めんのかよ。」
「黙れクソガキっ!」
化粧の濃い女がそう叫ぶと周りに次々と人だかりが出来始めた。
マズいと思った4人は悔しそうな顔を浮かべて去って行く。
「おっさん達。俺達に宣戦布告した事、次の試合で後悔させてやるからなっ!」
4人の姿が見えなくなるまで亮は彼らの背中を睨め付けていた。
「圧倒的な点差で勝ってやろうぜ!」
響がそう言ったので亮は、当たり前だ!と強い口調で答えた。
「すまないな。お前達。」
亮達は詩のその言葉を聞いて何も答えてやれなかった。
(普通ならアイツらが言う通り若けりゃいくらでもチャンスがあるのかもしれない。いや、普通ってなんだよ普通って…若いからっていくらでもチャンスがあるわけじゃない事はこれまで出会ってきた人たちだけでもわかるだろ。俺達は今年優勝してプロにならなければいけない。例え世話になったThe Voiceのメンバーを裏切る事になったとしても……)
「俺、そろそろThe Voiceのメンバーにこの音楽祭に参加している事を伝えないとな。」
「そうだな。だが気を付けろ。それはThe Voiceに対する裏切りであり、宣戦布告でもある。あいつらに戦う意志を伝えられるか?」
「伝えなきゃ。俺、今日優勝してプロになる事を決めたから。」
「おっせーな。もっと早く覚悟決めとけよ。」
「だな。最初からそうしていたら何も問題は起きなかった。」
「まだ何も問題は起きてねーだろっ!」
「起きているだろう。亮、お前の心はずっと揺れていた。」
「……準々決勝を勝てれば拓さん達に宣戦布告してくるよ。」
「ああ。裏切り者扱いされる覚悟しておくんだな。だが、亮。私達の準々決勝の演奏を彼らが見ないという保証はない。その時は演奏で彼らに宣戦布告する事になる。」
亮は詩のその言葉を聞いてはっとした。自分達の演奏をいつまでも聴かない保証はなかった。凛がいるからあまり演奏を見ないはずだという予想はしていた。しかし、そろそろ凛以外のメンバーは他のバンドの演奏も見始めるかもしれない。
「まさか。そんな事も考えていなかったのか。」
「…あ、ああ。」
「彼らが勝手にバンドを結成してステージ上で演奏する亮の姿を見たらショックだろうな。一番ヒドい裏切り行為かもしれない。」
「…だよな。」
「宣戦布告。面白いじゃないか。The Voiceはまだ本気の演奏が出来てなさそうだ。彼らが本気で演奏するのが楽しみじゃないか。」
あまり笑わない詩が話し終わった後にクスッと笑った。
亮は何故かこの時もやもやしていた気持ちが楽しみじゃないかという言葉で救われたような気がした。




