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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice‬ vol.1
5/59

Episode 3 ―初陣―


2014年4月28日(月)


-改めてバンド結成オメデト 今日は龍ちゃんとLINE交換するようにね!-

拓也は学校に向かう電車の中で時間を確認しようとスマホを見た時、結衣からメッセージが届いている事に気付いた。

(メッセージが届いた時間は朝の7時か…)

-りょーかいっす。-

と短い文章を結衣に返信した。画面に送信時間が書かれる。

(11時35分……寝坊したな〜…)

昨日の晩、拓也はバンドを結成する事が出来て興奮していたのか、なかなか眠りにつけなかった。そのせいで今日は遅刻をしてしまっていた。

(……これ、今から学校行く意味あるのか?)

そんな自問自答をしながら拓也は駅に着き少し駅前をぶらぶらとした。

(そういえばここ西宮駅周辺は転校して来てからまだ一度も散策した事なかったな…)

この際だから昼休みまでの時間を潰そうと考えた拓也は学校とは反対側へと向かった。

学校と反対側の出口を出るとすぐに西宮商店街という名前の小さな商店街があり、そこをぶらぶらと拓也は歩いた。

商店街の入口には中村屋と書かれた弁当屋があり優しそうなおばさんがお弁当を店先に並べて販売していた。その店を少し進むと1階が楽器屋で2階はレコード専門店となっている店を見つけた。

(ここにも楽器屋があるのか。柴咲駅周辺にも楽器店はあって数多くの品が並んでいたけど、ここの楽器店もそれに劣らず数多くの品があるな。)

拓也はまず2階に上がりレコード店に足を踏み入れた。

(レコードか。カッコいいな。バイトの金貯めてレコードプレイヤーでも買おうかな。あ、そうだサザンクロスのレコード盤なんてないよな?)

CDとは別にレコード盤が発売されていたのかはわからなかったが、サザンクロスのレコードが売られていないか拓也は無意識に広い店内を探し初めた。

しかし、サザンクロスのレコードはこの広い店内を数分では見つけられなかった。

(まあ…多分レコード盤は発売されてないだろうな…)

拓也は店を出て1階の矢野楽器店と書かれた楽器屋に入ってギターなどをただ見ながら広い店内を歩いていると見覚えのあるA3サイズのポスターが貼ってあった。

沢山の楽団員が演奏をしている写真とは別に一人の女性が別に大きく一人で写っているオーケストラコンサートのポスター。

(これは…ブラーの階段にも貼ってあったポスターだ)

その女性の写真の箇所に書かれた文字を拓也は心の中で読んだ。

(今話題の現役女子高生ピアニストと感動の共演を…か…

この人そんなに有名な女子高生ピアニストなのか?

去年の12月のポスターを未だに取らないで貼っているのはどういう事だろう?

特別素晴らしいデザインでもないのにな…まあ、どうでもいっか…)

その後、拓也は商店街を引き返し学校へと向かった。



学校に着く頃には拓也の計算通りちょうど昼休みが始まっている時間になっていた。

龍司の教室の前を通ると先に龍司が拓也の姿に気付き声を掛けて来た。

「こんな時間に通学かよ。考えられねぇな。」

(よくお前が言えたものだな…)

「昨日なかなか眠れなくって…」

「俺はこんな目と腕でもちゃんと遅刻もしねぇで通学して来たってのに。」

「ウソつけっ!1時間目終わった時、神崎学校いなかっただろっ!」

と龍司の代わりにBAD BOYのドラム担当となった相川が拓也の後ろからそう言いながら近づいて来た。

「二人とも学校来てないから二人揃ってサボってんのかと思ったぞ。」

「なんだよお前。昨日会ったからってもう友達面すんなよ。」

「龍司と相川って知り合いじゃなかったのか?」

「知らねーよこんな奴。中学も違うし。」

「いや、一緒だし…」

「あれ…?そうだっけ?同じクラスにはなった事ねーよな?」

「そうだな。でも、俺は神崎の事知ってたけどな。」

「俺、知らねーし。お前なんか連れじゃねーからな。気安く俺とタクに話しかけてくんなよ。」

「なんでだよっ!もう俺ら知り合いだし友達じゃねーかよっ!」

「いつ友達になったんだよっ!」

「昨日だよっ!」

「なってねぇーよっ!」

「ライブ見に来てくれただろっ!」

「別に俺は見に行ったわけじゃねーしタクもバイトしてただけだろーがっ!」

(ほっとけばこのくだらないやり取りいつまでも続きそうだな…)

「せっかくだから屋上でメシでも食おうぜ。3人で。」

「タク何勝手な事言ってんだよっ!」

「おぉ〜。橘は良い事言うな。そうしよう。んじゃ行こうぜ〜。」

「なんで3人なんだよっ。まったく…」

そう口では言いながらも龍司は本気で嫌がっているわけでもなさそうだった。

拓也は母親に作ってもらったお弁当を鞄から出し龍司はサンドイッチと牛乳をコンビニの袋から放り出し、相川はどこかで買って来たかなりボリュームのあるハンバーグをメインとした弁当を鞄の中からゴソゴソと取り出した。

「デラックス弁当…」

拓也は弁当に貼られたシールを声を出して読んでいた。

(この量を一人で食うのか?)

龍司と顔を見合わす。龍司も同じ事を思っているようだ。

「てか、相川その弁当って中村屋の弁当じゃねーか。」

「神崎よく知ってんな。そう中村屋の弁当。」

「その店、俺の母ちゃんがパートしてんだよ。」

「マジかよっ!」

と声を出して驚いたのは拓也だった。

「中村屋ってさっき時間潰すために俺その弁当屋の前通ったよ。優しそうなおばさんが弁当並べて売ってたけど、もしかしてあれ龍司のおばちゃんだったのか?」

「多分そだわ。」

「マジかよっ!」

と次に驚いたのは相川だった。

「俺、いつも中村屋で弁当買って来てるんだけど、あのおばちゃんが神崎のお母さん?信じられねー。」

「どういう意味だ?てか、タク。その商店街の奥も行ったか?」

「ああ。行ったけど?」

「矢野楽器店ってあったろ?そこ俺のバイト先な。」

「マジ?俺そこ入ったよ。てか、龍司の家ってあの商店街の近くなわけ?」

「そーなんだよ。」

「んじゃ、今度神崎の家行こうぜ。」

と相川が楽しそうに言った。

「なんでそーなんだよ。」

「俺いつも中村屋の弁当買ってんだぜ。神崎のおばちゃんとも顔見知りだぜ。」

「だから、なんなんだよ…」

「息子の連れだったって知ったらおばちゃんびっくりすんだろ?今度驚かせよーぜ。」

「驚かす意味がわかんねーな。てかさ…お前連れじゃねーしっ!」

「リュージったら照れてんじゃねーよっ!」

「照れてねーよっ!名前で気安く呼ぶんじゃねーよっ!」

「てか、俺も二人みたいにバイトしねーとな〜。」

相川はゴソゴソとまた鞄を探り始めた。今度は何を出すのかと興味深く拓也が見ていると驚く事に相川は鞄の中からもうひとつ全く同じデラックス弁当を取り出した。拓也と龍司は「えっ!」と一緒に声を出して驚いた。

「お…お前…その弁当2つも食うの?」

龍司が驚きながらその質問をした。拓也も全く同じ事を思っていた。

「そだよ。びっくりした?」

「ああ。びっくりしてる。」

「だよな。俺太ってる割には結構食わねぇんだよな…食えねぇデブっていう奴なのかな?フフ。」

「……」

「……」

(本気で言ってんのかこのデブ!)

(本気で言ってんのかこのデブ!)

拓也と龍司は同じ事を心の中で言っていた。相川は黙々と一つ目のデラックス弁当を食べ始めて、龍司は左手と口を使って器用に袋を開けサンドイッチを食べ始めた。拓也も弁当を食べ始めてから龍司の目と腕を見ながら聞いた。

「いつその腕と目は治るんだ?」

「んっ?わかんねぇ。でも、左目の眼帯は近々取れんじゃねぇ?腕の方は赤木のせいでまた痛めたからら治るの遅いかもな。」

静かになった相川にも拓也は聞いてみたい事があった。

「そういえば相川はQueenって知ってるか?」

「なんだよタク。まだその事気にしてんのかよ?」

「Queen?リュージもその質問されたわけ?」

「イギリスのQueenじゃなくって今この学校ではその話題ばかりらしいぜ。」

「ふ〜ん。知らね。」

(相川も知らないのか…話にくいけどこれはやっぱり太田に聞くしかないか…)

拓也がそう思っていると龍司の大声が屋上にこだました。

「お前どんだけ食うの早いんだよっ!」

相川は驚いた事にもう一つ目のデラックス弁当を食べ終わって二つ目に手を伸ばしていた。

「そうか?リュージが食うのおせーんじゃね?」

「お前がはぇ〜んだよっ!」

3人は笑いながら昼食を食べた。



あっという間に2つ目のデラックス弁当を食べ終えた相川はゴミを袋に詰め込んでから立ち上がった。

「で、お前らこれからどうすんだよ?」

「これからって?」

「バンドだよ。」

「どういう事?」

「おいおい橘君。キミまさか何も考えてないわけないんだろ?これから2人でやっていくとか他にメンバーを探すとか。もしくはもう目を付けてる奴がいるとか。」

「………。」

(何も考えてませんけど…)

「まさかなんにも考えてなかったのかよ?」

「いや…なんというか。やっと夢が叶ったな〜って思って…まだそんな先の事は…」

「マジかよっ!?リュージは?」

「んっ?そうだな。ギターとベースはなんとか探したいかな〜。」

「ドラムは?」

「俺がいるだろ?」

「ツインドラムとかどうだ?」

「お前まさか…俺らのバンドに入れてもらう事が目的で近づいて来たのか?」

「あわよくばな。どうだ?」

「ドラムは俺一人で充分だよっ!それにお前には赤木達がいるだろ?」

「俺もう嫌だよあいつら。西澤先輩に誘われて、赤木さんと一緒のバンドなら俺のヘタなドラムの腕も上がるかなって思ってメンバーに入ったんだけどよ。あの二人ほとんど練習しなかったし、気使うし…なんか赤木先輩いつもイライラしてるし…もう辞めようと思ってさ。橘はどう?ツインドラム。良くねぇ?」

「いや、俺も龍司と一緒でドラムは龍司だけでいいかな…」

「なんだよお前ら!せっかく一緒に弁当食ってやったのによ。本当の仲間欲しかったんだろ?俺が仲間に加わってやるって言ってんのに!俺が本物の仲間って奴を教えてやるからよ。」

「おい。こいつ昨日のタクのラップをディスってんぞ。」

「…だな。」

「ディスってねぇよ。仲間に入れろよ。」

「どーするタク?」

「う〜ん。相川はギターとかベースは?」

「出来ねぇけどドラムならなんとかできるから。だから、なっ。ツインドラムでどうだ?」

「断る。ごめん。」

「なんでだよっ!」

「龍司がいるからだよっ!」

「ちっくしょー!覚えてろよっ!もうぜってぇー一緒にメシ食ってやらねぇからなっ!二人で餓死しやがれっ!」

そう言い捨てて相川は走って屋上を出て行った。

龍司は冷めた口調で言った。

「なんだあの最後の捨てゼリフ?」

「さあ?まるで小学生だったな…」

拓也は気を取り直して立ち上がった。そして、景色を見にフェンスの側まで少し歩いた。

「でも、ギターとベースを探すなら龍司の腕が治るまでに見つけたいところだな。」

「どうして?」

「どうしてって龍司の怪我が治るまではライブなんて出来ないし。ライブが出来ない間にメンバー揃えた方がいいだろう?」

「ライブ?それだっ!ライブ!」

「えっ?」

「メンバー募集も出来て上手くいけばファンもできるかも。やっぱライブしかねぇな。」

「お前その目と腕でよくライブなんて言葉を吐けたな。」

「ライブっつっても路上ライブな。」

「だからドラムセットどうすんだよ?てか、そもそもドラム叩けないだろ?」

「俺、ボイパ出来っから。わかる?ボイスパーカッション。口でリズムとるやつ。」

「んな事わかるわっ!ってホントにボイパ出来んの?」

龍司は拓也にボイスパーカッションを披露した。それを聴いていると拓也は自然と首を軽く上下に振ってリズムに乗っていた。なかなかとういうか、かなり龍司のボイスパーカッションは上手かった。

「どうだ?これに合わせてタクが歌えば路上ライブくらいは出来んだろ?」

「龍司やるじゃないかっ!」

「フンっ。で、紙にでもギタリストとベーシスト募集って書いて置いておこうぜ。そしたら案外簡単にメンバー揃うかもしれねーぜ。」

「龍司すっげー。冴えてんなぁ。」

「それにタクのステージ慣れにもなるかもしれねぇしな。一石二鳥。いや三、四鳥くらいになるはずだ。」

「俺のステージ慣れ?」

「だってタクお前ってバンド組むの初めてなんだろ?それでいきなりライブハウスでライブっていうのはかなり緊張すると思うぜ。多分、路上ライブも一緒だろうけど路上ライブなら別に楽しくやれば良いから練習にはもってこいだ。タクは歌は上手いけど明らかに場数が俺よりも足りない。それを路上ライブで埋めていこうぜ!」

「おおぉ〜。龍司がそこまで考えが回る男だったとは思わなかったよ。お見逸れしました。」

「わかればよろしい。んじゃ、路上ライブ出来る所いろいろあるから今日中にどこか選んで許可取っとくわ。多分明日からライブ出来ると思うけど、どうする?」

「もちろんやる。」

「よっしゃ!決定!」

そこで昼休みを終えるチャイムが鳴った。拓也と龍司が屋上の扉を開けると真ん前に相川が立っていて拓也と龍司は声を出して驚いた。何故か相川も一緒に驚いている。

「びっくりしたー。お前なんでまだいるんだよっ!先行ったんじゃなかったのかよっ!

まさか俺とタクの会話をドア越しに聞いてたのかっ!?」

「き、聞いてねーよっ!」

「じゃあ、何でまだここにいんだよ」

「知らねーよっ!お前らに関係ねーだろっ!」

「行こうぜタク。こいつマジ放っとこう。」

「リュージは冷たい奴だな。」

「うっせ!」

相川を屋上に残して階段を下りている途中で龍司が言った。

「俺、教室戻って鞄取ってくるわ。」

龍司がなぜ鞄を取って来るのか意味がわからなくて拓也は首をひねった。

「もう今日は帰ろうぜ。もう充分だろ。」

「え?俺、学校来たばっかだけど。」

「飯食ったじゃん。学生生活ちゃんと送ったじゃん。な?」

(送ってねぇけど…まあ、いっか。今更授業受けるのもダルいなと思ってたし)

「…そだな。そうしよう。」

「そーこねーとっ!」

龍司は教室まで走り一瞬で帰って来た。

「一本だけ連絡入れるわ。路上ライブの件。」

そう言って龍司は電話をかけた。

しばらく電話相手と龍司が話している間に拓也の目の前を同じクラスの太田が廊下を通った。

(太田にQueenの事聞いてみないとな…しかし、あいつ今俺と目が合ったのに無視したよな…)

「あっ。ちょっと待ってもらえます?聞いてみます。」

龍司はしばらく電話相手と話してから拓也に質問をしてきた。

「タク。お前バイト金・土・日だよな。それ以外なら6時からライブって出来るか?」

「そだな。あっ。でも祝日の前日もバイトだな。今日は関係ないけど。」

「オッケー。」

龍司はまた電話相手と少し話をした。そして、電話を切った瞬間に大声で叫んだ。

「明日っから俺ら駅前で路上ライブけってーいっ!!!」

周りの生徒達がびっくりして龍司を見ていた。拓也は路上ライブが出来る事は嬉しかったがそれよりも恥ずかしさが勝って龍司と距離をとった。


     *


一人屋上に取り残された相川念はしばらくフェンス越しに景色を見ていた。

次の授業が始まるというのにまだ屋上に残って話をしている生徒がまだ何人かいる。

そのうちの一組の会話が自然と相川の耳に入ってくる。

「おい西川(にしかわ)。さっきの奴、神崎だったろ?お前聞いたか?」

「ああ。聞いた。神崎と一緒にいた奴…確か昨日のライブハウスでバイトしてた奴だ。」

(昨日のライブを見に来てた奴らか)

相川は今会話をしている生徒の顔は見ないで景色を見ながら声だけを聞いた。どうやら男子生徒二人組のようだ。

「マジ?あいつらバンド組んだって事?」

「さっきの話を聞くからにはそうなんだろうな。」

「んじゃ、神崎は赤木のバンドから抜けたって事か?」

「そうなるな。てか、昨日のライブで既に神崎の代わりの奴いたじゃん。」

「そうだったな。てか、それならもう神崎シメても赤木は関係ないって事だよな?」

「そうだな。どうする?やっちまうか?」

「明日から路上ライブするって言ってたよな?」

高橋(たかはし)…お前…今スッゲー悪い顔してんぞ。」

「西川お前もな。」

「年下のくそガキになめられっぱなしなのはもう我慢ならねぇしな。」

相川は会話をしている1つ年上の先輩の顔を確かめた。銀色に髪を染めた男と肩まで伸ばした長髪男の二人だった。そして、屋上の扉を開けて階段を下りた。

(敵が多そうだね〜リュージくん。)



橘拓也は龍司と学校を抜け出して電車に乗り柴咲駅で降りた。

「あのバスロータリーのとこ。あっこで路上ライブが出来るから。土日はもう決まってるらしいんだけど平日なら大丈夫だってよ。ちなみに明日の祝日も大丈夫。

申請の紙書かないといけねーみたいだから俺今から書いて来るわ。タクは先にルナに行って待っててくれ。そっから明日の打ち合わせな。」

急遽明日から始める事となった路上ライブの打ち合わせをルナでするのが目的であったのだが、ついでだから路上ライブをする場所も見ておきたいと拓也は龍司に告げていた。実際路上ライブをする場所を見るといつも通学時に通っている場所でバスに乗る人や電車に乗る人がよく通る場所だった。

(ここで明日からライブすんのか…さっきは勢いでやるって言ったけど、実際ここでやる事を想像すると緊張するな…平日でも6時となると帰宅する人やらで人通りも多そうなのにデビュー戦となる明日は祝日…結構な人通りが予想出来る…)

しばらく路上ライブをする場所を見てから拓也はルナへと向かった。

ルナに入るとまず拓也は耳をすましてスピーカーから流れる音楽を聴いた。

(モーニンか)

「学校はどうした?」

新治郎はいらっしゃいと言うより先にそう聞いてきた。拓也が一瞬戸惑うと少し笑顔で言った。

「なんだサボりか。」

拓也は苦笑いを浮かべながら唯一この店で窓がある4人掛けの席に座った。新治郎が一人分の水を用意し始めたので拓也は龍司も後から来る事を告げると新治郎は目を細めて言った。

「なるほどな。二人揃ってサボりってわけか。」

「はあ、ま、まあ…」

新治郎は水を二人分置きながら言った。

「ゆっくりしていきな。注文は龍司が来てからでいいよな?」

「あ。はい。」

新治郎はなぜ学校をサボったとかは聞いて来なかった。いちいち聞かれると面倒だなと感じていた拓也にとってはこの新治郎の対応は嬉しいものだった。だから、自分から学校をサボった理由を話し始めていた。話を聞き終えると新治郎は嬉しそうに話した。

「寝坊で学校着いたのが昼休みか…俺なら学校に行こうとは思わないな。」

「……。」

「しかし、バンド結成が昨日で明日からは路上ライブか。早い展開だな。」

「ですよね。で、これから龍司と明日の路上ライブの打ち合わせなんです。」

「ふ〜ん。この街は昔からバンドマンにとっては恵まれているのかもな。ライブハウスも多いし路上ライブも駅前だけじゃなく他にも申請すれば出来る場所がある。喫茶店やバーでも週末になればライブをしている所も沢山あるしな。」

「それってやっぱりサザンクロスがこの街から生まれたからですか?」

「いや、あいつらがバンドを始めた頃からこの街はそんな感じだった。だから、逆にサザンクロスっていうバンドが生まれたのかもな。しかし、間宮の坊主も駅前でよく路上ライブをしてな。」

「えっ。トオルさんがですか!?」

「そんなに驚く事ではないだろ。あいつここに住んでたんだから。」

「あっ。そうか。」

「間宮の坊主と吉田だったかな。二人はよく路上ライブやっていたはずだ。もう20年以上も前の話だ。俺の記憶も曖昧だけどな。」

「うぃーす。俺ホット。」

店に入るなり龍司はそう言って拓也の前に座った。

「お前さんもホットでいいかい?」

「はい。一緒で。」

「なんだタク?お前待っててくれたのか。わりぃ。」

新治郎はコーヒーを作りにカウンターの中へと入って行く。

「タク?お前どんな曲歌える?とりあえず急な話になっちまったから最初のうちはカバーでいくしかないんだけど。」

拓也も一体何を歌えばいいのかと思っていたところだった。

「メンバーが揃えばオリジナルをやっていくって考えでいいんだよな?俺、作詞すんの好きだから作詞はしてみたいな。」

「そうだな。作曲できる奴が入ってくれればいいんだけどな…作曲…作曲…」

龍司は何かを考えるように作曲という言葉を連呼した。

「龍司作曲は?」

「まあ、出来るけど。」

「出来るのか!?」

「ああ。でも、他に作曲出来るメンバーがいた方がいいだろう。」

そう言って龍司はタバコをポケットから取り出しマッチで火を着けた。

新治郎がコーヒーを運んで来る姿が見えて拓也は急いで龍司に声をかけた。

「おい。タバコ。」

そう言っても龍司はタバコの火を消さなかった。

「お待ちどうさん。」

新治郎はホットコーヒーを2つテーブルに置いた。龍司がタバコを吸う姿を見ても何も言わずにカウンターの中へと引き返した。

どうやら龍司がタバコを吸っているのは新治郎は前から知っていたようだ。だから、何も言わずに去って行ったのだろうと拓也は思った。長年喫茶店をやっていれば昔から高校生がコーヒーを飲みタバコを吸う姿を沢山見てきたのだろう。

「最初タバコを吸ってる姿をマスターに見られた時は止められたよ。だけど、何度言っても聞かないと思ったんだろうな。もう何も言わなくなったよ。助かるよな〜。」

「それってマスターに見捨てられたんじゃねっ?」

「えっ……!?」

龍司は思いもしなかったと言わんばかりの表情を浮かべた。

「…それより龍司。バンドメンバー募集する為に紙に書いて置いておくって言ってたけど、その紙とか用意しないといけないんじゃないか?」

「んなもん明日学校で段ボールもらってそこに大きくギタリスト募集って書こうぜっ!」

「そっか。でも、明日学校休みだけど…」

「…じゃ、じゃあ明日はとりあえず練習を兼ねた本番って事でメンバー募集は明後日からにするか。」

「んじゃ、そうしよう。」

「あと決めないといけねぇ事ってなんかあったかな〜。」

「時間は?6時から何時まで?」

「8時まで。9時までいけるんだけど9時だと長いだろ?」

「2時間か。わかった。で、結局俺達何歌うんだ?」

「そうだなぁ〜。飲み終わったらスタジオ行こうぜ。今から電話して予約取っとくわ。」

「スタジオってどこにあるんだ?」

「ここら辺にスタジは一杯あるんだけど、今日は俺のよく行くスタジオにするわ。すぐ近くだし。」

「へぇ〜。楽しみだな。俺スタジオも初めてだし。」

楽器店からライブハウスや音楽スタジオまでこの街には沢山ある。路上ライブも駅前だけでなく他にも出来る場所があるという。新治郎がさっき言ったようにこの街はバンドマンにとって本当に恵まれている街だと拓也は思った。

龍司はポケットからスマホを取り出しスタジオの予約を取るため電話をかけ始めた。

拓也も鞄からスマホを取り出して画面を見ると結衣からLINEが届いていた。

(やばっ。学校の行きしに電車の中で結衣ちゃんのメッセージを読んだまま返信するの忘れてた…)

–どうして既読スルーしてるわけ?ちゃんと龍ちゃんとLINE交換した?–

受信時刻は12時30分と画面に書かれている。今が13時30分になったところだから、かれこれメッセージが届いてから1時間が過ぎていた。拓也は急いで返信の文章を打った。

–ごめん。ごめん。返信するのすっかり忘れてた。明日から急遽駅前で路上ライブする事になってさ。その打ち合わせに今ルナで龍司と話してる途中。龍司とLINEの交換するのも忘れてた。助かったよ。さすが結衣ちゃん。LINE今から聞いとくよ。–

拓也がメッセージを送るとすぐに既読の文字が画面に表示された。

–なんで店いんのよっ!学校わぁ!?–

–結衣ちゃん授業中だろ?スマホ触ってたらダメだろ?–

–よくそんな事を…自分達は学校サボってルナ行ってるくせにーー!!!–

–すっ。すみません–

–で、路上ライブ明日からするのに結衣に見に来てとかないわけ?–

–ああ…とぅ…とぅんまてん…明日の6時から駅前で路上ライブするから見に来てよ–

–ゴメン明日無理。バイト–

「なんだよっ!」

思わず拓也は声を出して突っ込んでいた。龍司は電話を終えていて拓也のいきなり出した声にびっくりした表情を浮かべていた。

「どっ…どした?」

「いや、結衣ちゃんとLINEしてて。」

拓也は結衣とのやり取りを説明した。

「はは。で、路上ライブ誘ったら断られたのか。あいつ、自分が行けないのにわざと誘わせたな。」

「そんな事して何の意味があるんだよ?」

「あいつ授業に飽きて遊んでるんだろ。」

「なんとっ。」

また結衣からのメッセージが届いた。

「ちゃんと相手してやれよ。」

「わかってるよ。そうだ。忘れないうちに龍司。LINEの交換しといていいか?」

「あー。そういやバンド組んだのに連絡先知らなかったな。オッケー。タクの連絡先知らないせいで今日結構不便だったんだよな。これでタクが学校サボっても連絡取れるし便利だわ。」

「おいおい…どの口が言ってんだよ…」

龍司とLINEの交換をしてから結衣のメッセージに目を通した。

–路上ライブは明日だけ??–

–明日だけじゃなくてこれから月曜〜木曜のの6時からやるつもり。–

–そーなんだね。じゃあ結衣も空いてる日に顔出すよ。今日はまだルナにいてるの?–

結衣の文章を読んでから拓也は龍司に聞いた。

「スタジオってもう取れたのか?」

「余裕。いつでも入れるってよ。そろそろ行くか?」

「だな。行こう。」

–これからスタジオに行って練習するからもう出るよ–

–なーんだ。つまんない。–

龍司はタバコを消しコーヒーを飲み終えて背伸びをした。その姿を見て拓也も残りのコーヒーをいっきに飲み終えて喫茶ルナを出た。

徒歩5分程で駅前近くのスタジオに着いた。駅前というよりブラーと目と鼻の先にある店だった。入口には立派な門がありローマ字でM Studioと書かれいた。門を通り抜けると少し先に真っ黒な縦長の建物が立っている。拓也が想像していたスタジオより、もっと立派な建物だった。

(これがスタジオ?立派すぎないか?)

迫力のある真っ黒な建物に驚き、門を潜ったところで立ち尽くしている拓也の様子を横目に龍司は入口に進んで行く。

「早く来いよ。練習すんぞ。」

「あっ。ああ。」

建物の中に入るとそこもまた立派なものでスタジオというよりライブハウスのような雰囲気を醸し出していた。

「ここ本当にスタジオ?」

「ああ。そーだけど?俺も何度も使わせてもらってる。どうしてだ?」

「いや、俺が想像していたスタジオってもっと狭くて汚い場所って感じだったからビックリしてる。」

「ははは。なんだそりゃ。」

龍司は笑いながら受付けに向かった。龍司が受付けを済ませている間に拓也はスマホを見た。

また結衣からメッセージが届いた。その文章を読んで拓也は驚いた。

–そう言えば昨日。トオルさん、ちゃんとひかりさんの指輪身に付けてたね。それ見て感動しちゃった。でも、それと同時にトオルさんも幸せになってほしいなって思ったよ。–

拓也は昨日間宮が指輪を嵌めていたのかちゃんと見ていなかったし気にしてもいなかった。

–マジ?ちゃんと見てなかったけどトオルさん指輪してた?…気が付かなかった。–

「タク。こっちだ。」

受付けを済ませた龍司が拓也を呼んだ。拓也はスマホを鞄に片付けてから龍司の後を追ってスタジオの一室に入った。



神崎龍司は部屋に入って早々マイクを取り拓也に手渡した。

龍司は練習するよりも先に拓也が持つ声色が何種類あるのかを確かめたかった。

龍司が知っている限り拓也の声は、低音の効いた激しく攻撃的な歌声と女性の様な歌声の二種類だが他にも出せる声があるのかもしれないと思ったからだ。

「タク。お前声を色々変えて歌えるよな?まずは地声で何か歌ってくれないか?」

「えっ。何かって言われても何を歌ったらいいんだ?」

「なんでもいい。何か頭に浮かんだ曲で。とりあえずサビまで」

「明日の練習は?」

「練習は後。」

「…わかった。」

拓也は目をつむり深呼吸をしてから地声で歌い始めた。拓也が歌う声を聴き終えて龍司は思った。

(こいつ。歌うめーな。)

「よし。じゃあ、質問なんだけどよ。お前河川敷で桜を見ながら歌ってた時の声は女性のような声だっただろ?ラップを歌った時は低音の効いた激しく攻撃的な声だった。」

「ああ。うん。」

「で、今の地声だろ?他にどんな声を出せるんだ?」

拓也は少し首を捻り上を見ながら考えた。その間に龍司はポケットからタバコを取り出し口に銜えて火を着けた。

「えーと。高音で歌う事出来るだろ?あと、裏声使って歌うとまた声質が変わるかな?あとは、どうだろう?それくらいかな?」

「よしっ!んじゃ順番にさっきの曲を声を変えて一つずつ聴かせてくれ。」

「わかった。」

拓也は女性の声を出して歌い出した。その瞬間龍司は鳥肌がぞくぞくと立ち今火を着けたばかりのタバコを落としてしまった。女性の歌声を聴いたのはこれでもう3回目だというのに鳥肌が立って驚いてしまった事に自分でも驚いた。落としたタバコを拾い灰皿で消しながら拓也の姿を見る。

(こいつ一体なんなんだ…無理をして声を出してるんじゃなく普通に女性の声で歌ってる…)

拓也が歌い終わるまで龍司はその場を動けなかった。

「……お前…その声で歌ってる時ってしんどくないの?」

「えっ?全然しんどくはないけど?」

「へぇ〜……そーなんだ…」

(すげぇーな…すげぇ意外の言葉が思い浮かばねぇ…)

改めて聴くと拓也の声の凄さが龍司にはわかった。だけど、拓也の持っている声はこれだけじゃない。それを確かめる為にも龍司は平常心を保とうと思った。

「んじゃ、次。ラップで歌ってた時の声な。」

「わかった。てか、その低音の割れるような声を出す時はしんどいかな。」

拓也は低音の効いた激しく攻撃的な歌声で歌い始めた。拓也の声の迫力が凄くて龍司はまた驚いた。

しかし、歌い終えた拓也は納得がいかないといった表情を浮かべていた。

「なんか納得してない顔してんな。どうしたんだ?」

「う〜ん。この曲はこの声じゃないよなって思って。」

「バカか。んな事はどーでもいいんだよ。俺はお前の声がどれだけ違うかを聴いておきたいだけなんだから。はい。次は高音で歌ってみてくれ。」

「わかったよ。ちょっと本気で声出して歌ってみていいか?」

「最初っから本気出せよっ!てか、本気出してなかったのかよっ!」

「す、すまない…とりあえず様子見で…」

「なんだ様子見って!まあ、いいや。なにか飲み物あった方がいいよな。俺お茶買ってくるわ。ちょっと待っててくれ。」

龍司は部屋を出て受付けに設置されている自動販売機でペットボトルのお茶を拓也の分と2本買った。

(アイツ…あれで本気出してなかったってのか…)


     *


橘拓也は龍司が部屋から出て行くのを見届けてからスマホを鞄から取り出した。

また結衣から1件のメッセージが届いていた。それを見て拓也は「えっ。」と小さく声を出した。

–もう!気付いてないの?てかさ、多分その感じじゃ拓也くん気をつけて見ててもわからないんじゃない?–

どういう事だと拓也は考えた。そして、自分でさっき送ったメッセージをもう一度読んだ。

–マジ?ちゃんと見てなかったけどトオルさん指輪してたのか…気が付かなかった。–

どういう事だと拓也はもう一度考えた。そして、考えた言葉通りを文字にして結衣に聞く事にした。

–どういう事?–

メッセージを送っても結衣からの返信はすぐには返っては来なかった。

返信が早く来ないかと思いながらスマホの画面を見ていた拓也だったが、龍司が部屋に戻ってきても結衣からの返信は届かなかった。

「ほれ。お茶。」

そう言って龍司がペットボトルのお茶を拓也に放り投げた。それを上手くキャッチしようとして拓也は手に持っていたスマホ派手に落としてしまった。

「何やってんだよ鈍臭いな〜。」

楽しそうに笑う龍司を見て拓也はおそらく龍司はこうなる事を狙ってペットボトルを投げたんだと思った。

「おごりだ。」

「ありがとう。」

拓也は礼を述べながらスマホに異常がないかを確かめた。派手に落とした割にスマホは無事だった。LINEのアプリが起動したままだったのでアプリを終了しておいた。

結衣は拓也のメッセージを見ていないようで既読の文字が表示されていない。スマホを鞄にしまいペットボトルのお茶のフタを空けた。お茶を飲みながら拓也は結衣のメッセージも気になるが、龍司が今自分の歌というか声を聴いてどう思っているのかが気になっていた。

(しかし、龍司の前で歌うの緊張するな…なんか試されているような気がする。お前のボーカルじゃダメだって言われそうで恐いな…)

拓也は龍司の様子を伺った。龍司は今左手だけで器用にペットボトルの蓋をあけている。

拓也はこの歌い方で良いのかが不安でなんとなく龍司の様子を見ながら歌っていた。


     *


神崎龍司は拓也に次の声で歌うように促した。

「えーと次は高音だったな。様子見とかいらねーから本気で歌ってくれ。」

「なんか試されてる気がしてて…ボーカル失格とか言われたらどうしようって思って…」

「ボーカル失格?んなわけあるか。むしろ俺はスゲーと思ってる。だから、本気でいけ。」

「よしっ!わかった。」

そう言って拓也はまた目を閉じ深呼吸をした。

(高音の歌声は地声同様俺の知らない歌声だ)

龍司は胸の鼓動が早くなるのがわかった。

(どんな歌声を聴かせてくれるのか楽しみで仕方ねぇ)

まるで好きなアーティストの新曲を初めて聴く時のような期待と不安が混じったような感覚だった。龍司はタバコを銜え火を着けた。その時、拓也は高音で歌い始めた。

龍司はその高音の歌声を聴いた瞬間また驚いて鳥肌が立った。そして、今回もまた火を着けたばかりのタバコを口から落として呆然と拓也を見つめていた。

(高音?コイツ…この声…高音どころじゃねぇ…超高音じゃねーかっ!こいつやっぱスゲェ…俺はとんでもない奴とバンドを組んじまったのかもしれねぇ…)

さすがに拓也は歌い終わった後、はあはあと息を乱していた。龍司は落としたタバコを拾って灰皿に捨てながら言った。

「お前…ホントに凄いな…」

「えっ?そうか?」

拓也は自分の凄さに気が付いていないようだった。龍司は初めて拓也と会った日の事を思い出した。龍司が声を掛けた後すぐに拓也は立ち去ろうとした。あの時、龍司は今この男を引き止めなければ何か大切なものを失ってしまうのではないかと本気でそう感じ拓也を引き止めた。

(あの時こいつを引き止めなかったら今はなかったんだ。本当にあの時タクを引き止めて良かった。

友達としてもいい奴だし。ボーカルとしても最高だ。俺の直感は間違ってはいなかった)

「えっと次は…なんだったっけ?」

「裏声。低音や高音の声出すよりかは楽かな…」

拓也はそう言ってすぐさま歌い始めた。

この声は女性の歌声に近いものがあったが男性の裏声とわかる歌声だった。だけど、ひとつ言えるのは地声も女性の声も低音も高音も裏声も全部違う人が歌っているように龍司には聴こえた。

例えばこの5種類の歌声を録音して誰かに聴かせても同一人物が歌っているとわかる人はこの世にはいないだろう。それ程拓也の声は違っていた。

拓也が歌い終わった後も龍司はただ突っ立って拓也の方をじっと見ていた。拓也は心配そうな顔でどうだったと聞いてきたのだが龍司はしばらくその言葉に反応できなかった。

 

    *


橘拓也はただじっとこちらを見て動かない龍司の姿を見て不安で仕方なかった。

(どうして龍司は何も言わずに突っ立っているんだ?)

拓也がそう思った瞬間龍司は大声で叫びながら拓也の元に詰め寄って来た。

「お前すげぇ〜〜〜〜よっ!感動した!ゾクゾクした!鳥肌立った!タバコ2本落とした!」

「なんだ?なんだ?急にどうしたんだ?」

「お前の声に感動したっつってんだよー!」

「えっ?あっ、ありがとう。」

拓也は龍司のその言葉が何よりも嬉しかった。



5種類の歌声を歌い終わった拓也は続いて龍司と明日歌う楽曲選びをした。そして、とりあえず90年代の歌を歌う事に決めて練習を始めた。龍司のボイスパーカッションは歌いやすく、まるで本物の楽器に合わせて歌っている様な心地良さを感じた。練習に没頭してしまって気が付けば時刻は7時を過ぎていた。時間を忘れるくらい歌った2人は練習はここまでにする事にした。

「なあ?龍司?明日路上ライブをやるにしてもマイクとかスピーカーとか借りないといけないよな?」

「ああ。それは大丈夫。矢野楽器店で借りるから。俺バイトしてっからレンタル料もいらねーし。だから明日は5時に矢野楽器店で待ち合わせにしよーぜ。」

「おお。ラッキー。てか、龍司ってその楽器店でいつバイトしてるんだ?」

「日曜だけだよ。日曜は一日中いる。まあ、1日前でもライブが入れば休ませてくれる店長だから助かってるよ。」

「昨日は?ブラー来るまでちゃんとバイトしてたのか?まさか途中で抜けてきたとか?」

「ちゃんとバイトしてたわっ!ブラー行くのちょっと遅かったろ?あれバイト帰りだったからだ。バイトさえなければ最初っから行ってやるつもりだったけどな。」

「そうだ龍司。」

拓也はそう言って真剣な眼差しで龍司を見て話した。

「これから新しくバンドを組む事になった以上はライブ中に喧嘩とかは辞めてほしいんだけど。」

龍司も真面目な顔になりはっきりと言った。

「わかってる。」

しばらく沈黙が続いてから龍司はまた言った。

「俺は変わりたい。もし、俺が暴れそうになったら止めてくれ。俺は必ずお前の言う事を聞く。」

「オッケー。ならいい。」

拓也は笑顔でそう龍司に伝えた。

「それより龍司腹減らないか?」

「ああ。減った。何か食いに行くか?」

「俺お好み焼きが食いたいな。ここら辺にお好み焼き屋ってある?」

「任せろ。近くにあるから連れてってやるよ。てか、どーしてお好み焼きなんだよ?」

「俺さ。この街来る前は大阪に住んでたんだよ。週一でお好み焼き食ってたから、それがなくなって最近無性にお好み焼きが食いたくなってるんだよな。」

「まあ、わからない事はないな。そっかタクはここに来る前大阪に住んでたのか。どうだった大阪?」

「楽しかったよ。もう少しでバンドも組めそうだったんだ。」

「なんかラップで言ってたな。ここに引っ越す事になってバンド組めなかったのか?」

「そう。」

「神様が俺と組めって言ってたのかもな。」

「ははっ。俺もそう思う。」

二人はスタジオを出てすぐ近くにある小さなお好み焼き屋に入った。

あっという間に二人はお好み焼きを食べ終わり拓也はそろそろ店を出ようかと思ったのだったが、龍司がタバコを取り出して火を着けながら、

「で、大阪の学校ではどんなバンドを組もうとしてたんだ?」

と聞いてきた。拓也はタバコを一本吸い終わるまで待つ事にした。

「ツインボーカルのバンドになる予定だった。俺と一つ先輩の女子生徒がボーカルの。」

「へぇ〜。その先輩お前と一緒に歌うってなると相当歌上手くないと付いていけねぇんじゃねーか?」

「その先輩がまた歌上手かったんだよなー。」

「マジっ?タクが上手いって言うからには凄いんだろうな。そのバンドはタクなしでバンド始めたのか?」

「そのはずだけど詳しくは知らないな。」

「しかしそのバンドを組もうとしてた連中はタクがバンド組み始めたって知ったら残念がるぜ。」

「どうしてだ?」

「お前の声は特別だよ。一生かかっても、もうお前みたいなボーカルに出会える事はないだろうからな。その人達にとっては悲しい事だろうよ。」

「そんな大げさな。」

「大げさじゃねぇって。その先輩歌が上手いんならボーカルなんて一人でいいだろ?けど、お前の声を知ってるからツインボーカルになったんだろ?」

「まあ、そうだけど。」

「お前の声が特別だったって事だよ。」

その先輩にも言われた。拓也の声は特別だと。そう言ってもらえて本当に嬉しかった。そして、今龍司からも全く同じ言葉を言われた事も拓也には嬉しかった。

だけど、拓也自身は声を変えて歌える事は特別だとは思っていなかった。子供の頃から歌を歌うのが好きで、遊びでよく声を変えて歌っていただけだったからだ。それが特別な声だなんて考えもしなかった。龍司はタバコの火を揉み消してから言った。

「ふぅ〜。食ったな〜。腹も膨れたし今日はもう帰るか。」

「そうだな。今日はありがとう。明日の良い練習になったよ。」

「あんま緊張しすぎんなよ。楽しくやろーぜ。」

「おう!」

「あっ。それからさ。」

龍司は何かを思い出した様子で席を立つのを辞めてイスに座り直した。

その姿を見て拓也も腰を上げるのを辞めた。

「路上ライブでは地声のみで歌ってほしいんだよ。」

「どうして?」

「声を変えれる能力はまだ披露しないでいこう。ちゃんとメンバーが揃ってオリジナルの曲を作る様になってからにしたいんだ。人の曲をいろいろと声を変えて歌われると聴いてる方からは違和感に感じたりすると思うんだよな。だから。」

「わかった。」

「よし。決定。」

二人は席を立ち家に帰る事にした。

その帰り道、龍司と別れた拓也はそういえば結衣からの返信が届いているかもしれないと思い道の端に立ち止まり鞄からスマホを取り出した。

スマホの画面を見ると思った通り結衣からの返信が届いていた。

そのメッセージを見て拓也は首を傾げた。

–だって、トオルさん拓也くんの前で既に指輪身につけてたと思うよ。–

(どういう事だ…??前にトオルさんの指に指輪が嵌まっていなかったのは確認済みなんだけどな…まあ、いいか。トオルさんが指輪を嵌めているかどうかはまた今度確認しよう。)



2014年4月29日(火・祝)


拓也は朝早くに目が覚めた。

(6時か…路上ライブまであと11時間…)

もう少しだけ寝ようと目をつむってはみるものの拓也は眠る事が出来なかった。

(今日から始める人生初の路上ライブに緊張してるのかな?まだ路上ライブまで11時間もあるっていうのに…体は正直だな…)

拓也は体を起こして今日路上ライブで披露する曲のCDを聴き込む事に決めた。

(こうなったらライブまでずっとCDを聴いてやる!)

それからずっと拓也はCDを聴きながら歌っていた。

(4時か…そろそろ矢野楽器店に向かうか…)

ゆっくりと深呼吸をしてから出掛ける準備を始めた。



矢野楽器店に着いたのは約束の5時の5分前だった。

途中で龍司の母親が働く中村屋をちらりと覗いたが龍司の母親らしき人の姿は見当たらなかった。

龍司はもう先に着いていて、店の前で店員さんと話をしていた。

「おっす。タク。こちら店長の矢野さん。」

龍司はバイト先の店長を拓也に紹介してから店長にも拓也を紹介した。

「で、さっき話してた学校の連れの橘拓也。」

「ほう。彼が。初めまして橘君。矢野楽器店の矢野(やの)だ。君凄い歌上手いらしいね。龍司が言うぐらいだから凄いんだろうな。」

店長の矢野は50代くらいで体格が良く年の割に腕の筋肉がガッチリしていた。

「いえ、そんな…あっ。初めまして橘拓也です。」

「俺も路上ライブ見たいところだけど、仕事休むわけにはいかないしな。残念だよ。」

矢野は本当に残念そうな顔でそう言った。

「店休みの月曜とか見に来てくれよ。バンドメンバー揃うまでしばらくは路上ライブ続けるつもりだしよ。なっ?タク。」

「そうそう。休みの日に是非来て下さい。」

「ああ。そうさせてもらうよ。」

矢野は無造作に置かれている立派なスピーカーとマイクを指差して言った。

「これ龍司に頼まれたマイクとスピーカーなマイク5本とスピーカー5台。これだけあれば足りるだろ?しばらく龍司に預けとくから好きに使ってくれ。」

「えっ。路上ライブ2人で始めるって言ったよな?多すぎだろこれ。」

「メンバー増やすんだろ?その為の路上ライブでもあるんだろ?」

「そーだけどよ…マイク5本は多すぎだろ…」

「まあ、持ってけよ。もし、誰かが急にバンドに入りたいって言って来てマイクが足りなかったらダメだろう。」

「いや、俺らボーカルグループ目指してねぇし…探すのはとりあえずギタリストとベーシストだし…」

「いいから持ってけって。言っとくけど貸すだけだからな。」

「じゃあ…タク…とりあえずマイク3本とスピーカー3台を貸りようか…。」

「なんだよ。全部持ってけよ。」

「メンバーが増えたらまた貸りるよ。」

「なんだよわかったよ。他に必要な物があれば貸すからな。ああ。そうだ。龍司のその腕じゃスピーカー運べねぇだろうから荷台に乗せて運べ。貸してやる。」

「さすが店長!気が利く。」

矢野は笑顔で荷台を取りに店内に入って行った。

「良い店長さんだな。」

龍司は笑顔で答えた。

「だろ?」

拓也が荷台を押して二人は商店街を歩いた。中村屋の前を過ぎようとした時、中から龍司の母親らしき人物が出て来て弁当を外のカゴに整列し始めた。

「おお。おふくろ。」

「龍司。あんたどこ行くんだい?」

「今日から路上ライブするんだよ。言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ。」

「俺のおふくろ。こちら前話した転校生の橘拓也。俺新しくこいつとバンド組んだんだ。」

「はじめまして。龍司の母です。いつも龍司がお世話になっています。」

龍司の母親は拓也に丁寧に頭を下げて言った。優しそうな雰囲気で龍司と違いおっとりとしている印象を受けた。

「はじめまして。橘拓也です。こちらこそお世話になっています。」

「この子。友達いないから仲良くしてあげてね。あんたも大事にするのよ。」

「何言ってんだよ。友達いるし。」

「中学の頃まではね。高校入ってから友達なんていないでしょうに。」

「うっせーな。行こうぜ。タク。」

「ちょっと待って。」

龍司の母親は二人を引き止めて店の中に入って行ったかと思うとすぐに出て来て昨日相川が食べていたデラックス弁当を二つ拓也に手渡した。

「はいこれ。良かったら食べて。今日中にね。」

「おー。ありがとうございます。」

「そろそろ時間だし俺ら行くわ。夜飯これ食うから用意しなくていいからな。」

「そのつもりだけど?気をつけて行ってらっしゃい。喧嘩しないようにね。最近あんた喧嘩ばっかりしてるみたいだから。」

「わかってるよ。俺はもう変わるんだよ。んじゃ、行ってくるわ。」

その言葉を聞いた龍司の母は嬉しそうに笑顔になって、気をつけて行ってらっしゃい。とまた言って二人を店前で見送った。

「良いお母さんだな。」

「だろ?」

「てか、俺の事話してくれてたんだな。」

「なんだよ。悪りぃかよっ!」

「いや…悪くはないけど、なんか意外だなーって思って。」

「親父がいねぇから俺が話相手になってやってんだよ。」

「ふ〜ん。」

(龍司の意外な一面を見れた気がするなぁ)



午後6時拓也と龍司が路上ライブの準備をしていると電車から降りて来た人や今から乗る人。これから飲みに行く人。帰宅する人。デートをするカップル。様々な人達が拓也と龍司を横目で見ながら通り過ぎて行く。路上ライブが盛んでそこら辺で当たり前にやっている街だけあって物珍しさで足を止める人は一人もいなかった。

スピーカーにマイクを通す前に龍司が聞いた。

「緊張してるな…」

「ああ…かなり…」

「やれるか?」

「やるよ。」

龍司は口の端を上げてニヤリとしてから言った。

「よしっ。やるかっ!楽しもう。」

「ああ。」

「準備が出来たら合図をくれ。」

「わかった。」

二人はマイクを持ち少し離れて立った。拓也は目を閉じ深呼吸をする。そして、しばらくしてからパッと目を開けた。立ち止まる人は当然まだいない。拓也はゆっくりと龍司の顔を見て頷いた。

(これが俺の…いや、俺達の初陣だ)

二人は自己紹介なしでいきなり歌い出した。道ゆく人が驚いてこちらを見るのがわかった。


10


最初緊張していた拓也は歌い出すと笑顔になり楽しくなってきていた。たくさんの人達が二人の目の前を通り過ぎる。時々立ち止まりこちらを見て歌を聴いている人もいるのだがすぐに立ち去ってしまう。拓也は歌いながら人を引き止めて歌を聴いてもらう事が難しい事に早くも気が付いていた。

だけど、歌う事が楽しかった。歌い始めてから45分が過ぎた頃、二人は休憩をする事にした。

「龍司。一人も立ち止まってくれないんだけど…」

「さっき少しはいただろ?」

「ずっとはいないし…」

「この街じゃ路上ライブなんて珍しくないからな。その分街の人らは慣れっこで立ち止まる事なんてなかなかなしないのかもしれないな。おいタク。これ開けてくれ。」

龍司はさっきもらったデラックス弁当を取り出して言った。右腕が使えない龍司の代わりに拓也が弁当のフタを開け続けて自分の分の弁当のフタも開けた。龍司は割り箸を口で割って勢いよく食べ始めたが慣れない左手という事で、ほぼほぼ口で食べているようなものだった。

「この腕さえ動けば人を止められる自信はあるんだけどな…まっ。しゃーねーよ。」

「俺の声では人を止められないみたいだ…」

「なーに言ってんだ。時々立ち止まってるって。」

「すぐにどっか行ってしまうだろ?俺に力があればもっと近寄って歌を聴いてくれるはずだ…」

「ちゃんと聴いてるって。」

「一回だけ声を変えて歌ってみてもいいか?なんかその方が立ち止まってくれる気がするんだけど。」

「声を変える必要なんてない。あせる必要はねえって。まだ初日だろ?地道に行こうぜ。それにお前の声はちゃんと道ゆく人に届いてる。歩きながらあの人歌うめぇーなってみんなきっと思ってるよ。今度ゆっくり歌を聴いてみようってな。」

「そうかな〜?みんなすました顔で歩いて行ってるけどな〜。」

「大丈夫。大丈夫。みんなすました顔しててもお前の声は聴こえてる。俺はむしろ手応えを感じてる。俺を信じろ。そして、自分もな。7時になったらまた始めるからさっさと弁当食え。」

「わかった。」

二人は弁当を食べ終わりまた歌う準備をした。すると何人かの大学生らしき女性達が数人近くに寄って来た。

「さっきここ通ったら凄く上手い人が歌ってたの。」

「へぇー。」

そんな声が聞こえた。拓也が龍司の方を見ると龍司は笑顔で言った。

「なっ!俺は手応えを感じてる。自信持っていこう!準備が出来たら合図をくれ。」

拓也は休憩を挟んだせいでまた緊張してきている事に気が付いた。しばらく目を閉じ深呼吸をする。今度はゆっくりと目を開けた。目を開けると大学生らしき女性達4人が足を止めて歌うのを待っていてくれた。そのおかげなのかサラリーマン風の男達も足を止めてこちらを見ていた。拓也は龍司の方を見てゆっくりと頷いた。歌い始めた瞬間歓声と拍手が起こった。歌い始めて10分程でなかなかの人だかりが出来た。1時間前の誰も立ち止まらなかった事が嘘のようだと拓也は思った。


     *


銀髪の男西川が長髪の男高橋に言った。

「高橋。神崎の奴見つけたよ。」

「どこ?」

「ほれ。バスターミナルのとこ。」

「ホントだ。なんだよ。こんなに探したのにアイツあんな目立つとこで路上ライブしてたのかよ。」

「けど、見つけられて良かったぜ。」

「そうだな。西川も俺もやっとこれでアイツに仕返しが出来るな。」

「ああ。今までは神崎のバックには赤木がいるから俺も本気を出せなかった。だけど、もうあいつは赤木のバンドを抜けたし関係ねぇ。それに一昨日も神崎の奴赤木と一触即発だったろ?神崎と赤木の関係は悪化辿ってるし神崎をシメても赤木は出てこねぇな。」

「西川。お前って悪い奴だな。まあ、今の神崎は腕もあんなだし、左目も見えてねぇ。シメるなら今が最大のチャンスだ。てか、一昨日赤木と一緒に神崎シメときゃよかったな。」

「バカかお前。赤木が暴れ出したらどうなるか知ってるだろ?敵味方関係なくあいつ暴れるんだ。だからモメる前に店を出て正解だったんだよ。」

「そっか。でも、結局モメなかったみたいだな。なんでモメなかったんだ?神崎の奴あんなに目がイッてたのにな。」

「西澤が言ってたけど、1個下の奴が神崎を止めたらしい。」

「へぇ。大したもんだ。あの神崎を止めれるなんて。」

「その止めた奴が今歌ってるあいつだよ。」

「なるほどね。てか、メチャクチャ歌上手いなあいつ。」

「…ああ。」

「で、歌ってる奴はどうする?」

「邪魔だし神崎と一緒にシメちまおう。」

「西川マジかよ?アイツは関係ねぇだろ?」

「神崎だって俺の連れっていうだけで関係ない奴殴りやがったんだ。俺も同じ事してやるだけだ。それに俺、歌の上手い奴って嫌いなんだわ。」

「そっか。奇遇だな。俺も歌上手い奴は嫌いだ。んじゃ、そろそろ行きますか。」

「ああ。なかなか人が集まって来た。」

「ちょうどいい。」

西川と高橋はニヤニヤと笑みを浮かべ拓也と龍司の元へと歩いて行く。

そして、路上ライブを見る人だかりを押しのけて拓也と龍司の目の前へと辿り着いた。


11


拓也と龍司が歌う姿をたくさんの人が笑顔で楽しそうに見ている。その顔を見ながら歌っていると拓也も自然と笑顔になった。しかし、突然それを邪魔する者達が現れた。

「邪魔だっ!どけっ!」

大きな声を出しながら銀色に染めた髪の男と肩まで伸ばした長髪の男が人だかりを押しのけ拓也と龍司が歌う目の前へとやって来た。二人の男は一番前にやって来てニタニタと拓也と龍司の歌を聴いている。

(あの2人…確か一昨日のライブを見に来てた奴らだ…)

二人の男に気を取られながらも拓也が歌っていると銀色の髪の男が右手に持っていた空き缶を龍司の目の前に放り投げた。銀色の髪の男はニタニタと龍司の方を見ている。龍司はボイスパーカッションを止めてその男の方を睨みつけた。

(マズい…)

拓也は歌うのを止め龍司に近づいた。今まで歌を聴いていてくれた人達もザワザワとしだした。

「龍司。落ち着け。ライブ中に喧嘩をするのは止めてくれって俺言ったよな?」

龍司は拓也の言葉には反応せずに銀色の髪の男を睨みつけている。

「龍司。お前必ず俺の言う事を聞くって言ったよな?」

龍司はその言葉で拓也の方をやっと見た。

「今ここで暴れるな。歌を続けよう。」

「わかってる…」

歌を再開しようと龍司がマイクを口元に持っていった時、長髪の男が大きな声で言った。

「みなさん。歌はここまでです。俺達これからケンカしまーす。」

次に銀色の髪の男が龍司に言った。

「神崎!今までの恨み返させてもらうぜ。お前今までの様にバンド活動が出来ると思うなよ。俺らはお前をずっと邪魔してやる。もう赤木もいねぇし俺は何も恐くねぇ。」

龍司は口元まで持って来ていたマイクを下ろして言った。

「西川…高橋…オマエら俺に勝てると思ってんのか?」

銀色の髪の男西川が笑いながら言った。

「その目と腕ならな。ククッ。」

長髪の男高橋が続いた。

「ま、俺らがやりたいのは復讐だ。お前に勝つ負けるの話じゃねぇんだよ。お前のバンド活動の邪魔がしてぇ。ただそれだけだ。今日だけじゃなく何度でもな。」

龍司は手に持っていたマイクを強く握りしめ目を閉じた。怒りで体が震えているのが拓也にもわかった。

「龍司落ち着け。」

せっかく集まった人達の何人かが去って行った。

(まずい…まずすぎる…どうにかして龍司を止めないと…)

龍司を止めるにはどうすればいいかを拓也が頭の中で考えていると少し遠くから大きな声が聞こえてきた。

「おいおい歌えよ。歌もっと聴かせてくれよ〜。」

拓也と龍司を含めた人達が一斉にその声の方を見た。相川だった。相川はズカズカとこちらに歩いてくる。

「そこの銀髪と長髪。あいつらは今日が大切な初陣なんだよ。そんな大切な日に邪魔してんじゃねーよっ!わかったらさっさと帰れっ!」

その声につられてサラリーマン風の男達も相川の味方をしてくれた。

「そ、そうだ。邪魔するなら帰れっ!せっかく歌聴いてるってのに。」

西川がサラリーマン達を睨み迫力のある声で叫ぶ。

「なんだとっ!」

サラリーマン風の男達は後ずさった。

「警察に連絡しましょ。」

大学生らしき女性4人組の一人がそう言ったのを聞いて相川も言った。

「それはまずいよな〜。さっき投げた空き缶よく見るとビールだもんな〜。高校生がビールはマズいよな〜。」

西川と高橋はしまったという顔をした。

「神崎。お前これで終わりじゃないからな。俺らは何度でもお前の邪魔してやる。」

西川はそう言い捨てて高橋と二人その場を去って行った。

「気を取り直して続き歌ってくれよ。」

サラリーマン風の男が優しそうな笑顔で言った。大学生らしき女性4人組の一人も続いて言った。

「うん。歌って歌って。」

拓也はそれが嬉しくてお辞儀をした。龍司もさっきまでの怒りはなくなった様で笑顔で深々とお辞儀をした。周りからはなぜか拍手が起こる。

「ありがとうございます。」

拓也はマイクを使って言った。そして、目の前に近づいて来た相川に拓也は小声で囁いた。

「相川。本当にありがとう。」

相川は照れ臭そうに言った。

「いいってそんなの。んじゃ、俺行くわ。」

「え?今来たところじゃないのか?歌聴いてくれないのか?」

「聴きてぇけど、まだやる事あっから。」

龍司が横から聞いた。

「やる事ってなんだ?」

「あいつらシメて来るわ。」

「え?シメて来るって…」

「んじゃ、俺も行くわ。タク?ライブ中じゃなかったらケンカしてもいいだろ?」

龍司がそう言うと相川は軽く龍司の頭を叩いた。

「お前バカかっ!お前らはここで歌ってろ。それにリュージ。目と腕を怪我してるお前は足手まといなだけだ。んじゃ、俺急ぐから。」

「おい。待てよ。お前一人で大丈夫かよ。」

「心配いらねーよ。俺、強いから。」

そう言って相川は走って行ってしまった。


12


8時に路上ライブが無事終わり片付けを済ませると拓也は缶コーヒーを自動販売機で2つ買い1つを龍司に手渡しながら言った。

「無事終わったな。」

龍司は缶コーヒーを手に持ってさっきまで路上ライブをしていた場所に俯きながら座った。

「すまない。俺…さっき暴れ出しそうだった…相川が来なかったら、きっと俺はタクの言う事を利かずに暴れてた…すまない。」

「コーヒー開けれるか?」

「…ああ。大丈夫だ。」

缶コーヒーを開けてひと口飲んでから拓也は言った。

「人はそんなに早く変われないよ。俺はそう思う。だから、少しずつでいい。」

「…すまない。」

「相川…大丈夫かな?心配だな…」

「…ああ。」

「どうして相川は俺達の事助けてくれたんだろう?」

「……さあ?わかんねぇ…」

「なあ龍司?」

「…なんだ?」

「俺、今日…楽しかったよ。最初はめちゃくちゃ緊張したけどさ。人の前で歌ってみんな笑顔で俺達の歌聴いてくれてて…上手く言えないんだけど、俺…歌ってて楽しかったし嬉しかったよ。こんな気持ちになれたのも龍司が路上ライブしようって言ってくれたからだ。本当にありがとう。」

「…そう言ってもらえるとは思わなかったな…」

「なんでだよ?」

「なんでだよって、俺さっきタクとの約束やぶりそうになったんだぞ。もっと責められるかと思ってさ。」

「あの2人組一昨日のライブにも来てた。」

「ああ。1コ上の先輩で銀髪が西川。長髪の黒髪が高橋。」

「そうか。先輩か…しかし、相川の奴は無事かな?」

「どうだろな…二人相手は厳しいんじゃねぇかな…」

「あの2人組とはどういう関係なんだ?」

「高校1年の始業式に…」

龍司がそう話始めようとした時、相川の声が聞こえて来た。

「おー。なんだよもうライブ終わったのか〜?残念。こっちは思ったより時間掛かっちまった…」

龍司は話すのをやめて声を掛けられた方を向いた。拓也も同じ様に相川の声がする方を見た。

「なんだその顔?お前大丈夫かよっ!」

龍司はそう言って立ち上がった。相川の顔は殴られたせいでボコボコになっていた。

「全然大丈夫。意外と手こずっちまったけどな…」

「すまねぇ。俺のせいで…」

拓也も龍司に続いて改めて礼を言った。

「相川本当にありがとう。」

「いいって。いいって。念でいいって。」

拓也と龍司は顔を見合わせて同時に相川に聞いた。

「ねんって?」

「ねんって?」

「俺の名前だよっ!お前ら名字しか覚えてなかったのか!?」

「……」

「……」

「なんだよそれ。お前らサイテーだな。」

「すんません。」

「すんません。」

「てか、相川。お前屋上で俺とタクが話してたのやっぱ聞いてたろ?」

「聞いてねーよ。てか、念でいいよ。」

「んじゃ、なんでタクと俺がここで路上ライブするって知ってたんだよっ!お前話聞いてたから路上ライブ見にここに来たんだろ?」

「知らねーよっ。ここでやるなんてあん時言ってなかっただろっ。」

「……」

「……」

「あっ……」

「やっぱ猫耳立てて聞いてんじゃんかよっ!」

「お前らの話屋上で聞いてたのはさっきの銀色と長髪だ。」

「なに?じゃあ、あいつら昨日の昼に屋上にいたのかよっ!?だから、今日俺らが路上ライブするの知ってて邪魔しに来たのか…」

「あいつらもどこで路上ライブやってるかまでは知らなかったはずだし、俺みたいに必死に探してたんじゃないか?」

「やっぱお前聞いてたんじゃねーかよっ!」

「そのおかげで助けてやれたんだろっ!あいつらリュージをシメてやるって屋上で言ってたからよ。俺お前らに教えてやろうと思ったのにお前ら二人してあの後学校サボって先帰っただろっ!なに俺を放って帰ってんだよっ!」

「あっ。すまねー。」

「まあ、いいけどよ。それよりリュージ。あいつらとはどういう関係なんだよ?」

「それ今からタクに話すとこだったんだよ。ま、座ろうぜ。」

龍司はその場に座って上手に缶コーヒーを片手で開けた。

「あいつらとの話をする前にお前本当にあの2人シメて来たのかよ?」

「ああ。長髪の…高橋だっけ?あいつは一発だったけど、西川って奴は強かったな。負けるかと思った。」

「あの高橋を一発?お前やるな〜。その話を先に聞かせてくれよ。」

「いいけど。橘も聞きたいか?」

「ああ。そうだな。どうなったのかは気になるし。」

「じゃあ俺の話から始めるか。」

相川はそう言って龍司と同じ様にその場に座った。拓也も龍司と相川に続いてその場に座る事にした。そして、龍司が缶コーヒーを一口飲むと相川は言った。

「それひと口俺にくれ。」

「嫌だ。てか、さっさと話せ。コーヒーはそのあとだ。」

「ちゃんと残しとけよ。

まず、お前らがどこで路上ライブやってんのか俺は知らなかったし、急いで西宮駅付近を探したんだよ。けど、路上ライブやってる奴らは何人かいたけど1時間探してもお前らの姿は発見出来なかった。で、これはもしや柴咲駅の方だなって思った俺は急いで電車に乗った。駅を降りてどこで路上ライブやってるかわからねぇから片っ端から探してやろうと思ってたんだけどよ。駅を降りてこっち側に来たらすぐに見つけられた。」

そこまで話を聞いた龍司は冷たく相川に言った。

「そこらへんの話はいいからさ。あの二人を追って行った時からの話をしてくれないか?」

「黙って聞いてろよっ!今から話そうとしたんだからよっ!ちゃんとコーヒー残しとけよ。」

「わかったから。早く話せよ。」

相川は咳をゴホンっとしてから続きを話し出した。


     *


相川念はすぐに西川と高橋を追いかけた。二人は人通りの少ない裏通りへと向かっている。

西川と高橋は裏通りで待機して頃合いを見計らってから再度龍司達にケンカを売りにいくつもりなのだと相川は予想した。

(そうはさせるかよ)

相川は裏通りに入ると勢いよく走り出した。

「おいっ!銀髪と長髪野郎!」

西川と高橋が振り向いた。相川は手前にいた高橋の顔面めがけて殴り掛かった。

高橋が勢いよくその場に倒れ込んだのを見て西川が叫ぶ。

「テメェー!このデブっ!いきなり卑怯だぞっ!」

「うっせー!2対1のままなら俺が損だろーがっ!」

「テメェ。ただじゃ済ませねぇぞ。覚悟しろよ!」

「先輩。覚悟すんのはあんたの方だよ。言っとくけど俺マジでケンカ強いっスよ。」

「なめやがって…お前一体誰だ?」

「俺?BAD BOYの新しいドラムの相川念だ。あんたライブ見に来てくれてただろ?」

「BAD BOY…」

「安心しろよ。赤木さんは関係ねぇ。なんかやたらと赤木さんにビビってるよなお前。」

「クッ…」

「それにもう俺バンド抜けるから。だから、安心してかかって来い。」

「覚悟しろよテメェ…」

「だから。覚悟すんのはお前だよ銀髪。」

西川はいきなり相川の鳩尾めがけて飛び蹴りを食らわせた。見事に鳩尾に蹴りを食らった相川だが怯む事なく足を素早く掴み西川を放り投げた。

「やるじゃねぇか…銀髪…効いたぜ…」

「さっさとかかってこい。デブ。」

「カッチーン!さっきからデブデブ言いやがって!アッタマきたっ!!」

相川と西川はお互い一歩も引かずに殴り合いを続けた。相川も西川も顔がボコボコになり、はあはあと息を荒くしている。二人とも立っているのがやっとの状態だった。

「はあ、はあ…先輩…やるじゃないっスか…」

「お、お前も…神崎も…ただ…じゃ済ませねぇ…」

「ただじゃ済まないのは先輩……お前だよ………はあ、はあ…はあ…はあ…」

相川は何度も顔を殴られたせいで意識が朦朧としてきていた。

フラフラの状態の相川の様子を見て西川は最後の力を振り絞って相川に殴りかかってきた。

相川がやばいと感じたその時、西川は相川の目の前でいきなり倒れ込んだ。

「えっ?」

西川は相川を殴る前に意識が飛んでしまいその場に倒れ込んだようだった。

「…もしかして…俺…勝った?……てか、ヤバかった……」


13


「わっはっはっはっ!」

相川の話を聞き終えた龍司は大声で笑った。

「なんだよそれっ!お前高橋には不意打ちで西川とはほぼ互角でなんとか勝った程度じゃねーかよ。もっと頑張れよっ。」

「勝ったんだからいいだろーがっ!」

「俺ならもっと簡単に倒したけどなー。」

「嘘つけっ!」

「ホントだっつーの。この腕が治ったらだけどな…」

「俺でも手こずった相手だぞ!リュージに勝てるはずねーだろっ!」

「お前は俺の強さを知らないからそんな事言えんだよっ!」

「なんだとっ!じゃあ、今から確かめてやるよっ!」

「よーしっ!立て相川。ボッコボコのフルボッコにしてやるっ。」

龍司はそう言って立ち上がった。

「上等だっ。」

相川も同じく立ち上がった。二人が冗談なのか本気なのかわからない言い争いを始めたので橘拓也は急いで止めた。

「二人とも座れよ。怪我人同士が争ってもみっともないだろ?やめとけよ格好悪い。」

「なんだよみっともないってっ!」

「なんだよ格好悪いってっ!」

「怪我人同士が戦っても格好悪い光景しか想像できねーけど?それよりも次、龍司の話聞かせてくれよ。」

「…わかったよ。」

龍司はその場にまた座り相川も座る様に促した。

「あの2人とはどういう関係だって話だよな?」

龍司は1年前の入学式の話を話し出した。

「あいつらとは高校1年の始業式に…」

「その前にちょっと待てリュージ。」

相川が龍司が話し出すのを止めた。

「なんだよっ!」

「コーヒー残ってねーんだけど?」

相川は龍司が飲んでいた缶コーヒーを持ちブラブラと振って見せた。

「お前の話が長いから全部飲んじまったんだよ!」

「なんだとー!残しとけって言ったろーがっ!立てこのヤロー!」

「上等だー!」

二人はまた立ち上がった。拓也はその様子を見て大声を出した。

「だからー!二人とも座れよっ!龍司お前の話を聞かせてくれっ!」

二人は文句を言いながら座った。そして、龍司は気を取り直して話し始めた。

「あいつらとは高校1年の始業式に…」


     *


―1年前 2013年―


神崎龍司は入学式当日に寝坊をした。学校に着いた頃にはもう全校生徒が体育館から次々と出て来ているところだった。だが龍司はちょうど良かったと思った。

(長い入学式が終わって今から教室に行くところだな。俺のクラスは何組だろう?)

自分が何組なのかわからなかった龍司は体育館に向かい教師がいれば自分が何組なのかを聞こうと思った。体育館から出て来る生徒達とは反対に龍司は体育館に入って行く。すれ違う全員が龍司の方を見ている。

「おい。お前誰?まさか1年?」

すれ違いざまにそう声を掛けて来たのが銀色に髪を染めた西川だった。龍司は無視をして体育館の中へ入ろうとしたが、それを邪魔する様に長い黒髪の高橋が龍司の前に立ちはだかった。

「入学早々遅刻か金髪?」

西川と高橋は二人で龍司を囲み前へ行かさないようにした。

「調子こいてんなコイツ。いきなり金髪に染めて来るなんて。」

「目を付けて下さいって言ってるようなもんだぞ。」

龍司は交互に二人を睨みつけて言った。

「邪魔だ。どけっ。」

「おー。生意気なくそガキが入学して来たみたいだな〜。」

「先輩には敬語だって事を教えてやらねーとな。」

「そうだな〜。よし。金髪。付いて来い。」

「今からちょっと付き合ってもらうぜ。」

「はあ?断る。」

「なんだよ〜。金髪に染めてる割にビビってんのかよ〜?」

西川と高橋は龍司を引っぱり外に連れ出そうとした。それを止めたのが赤木だった。

「おい。西川。高橋。なにやってんだ?」

「おっ。赤木良いところに来た。見ろよこの頭。入学早々金髪に染めてやがんの。」

「調子こいてる1年が入学して来たから今から西川と俺で更正させてやろうと思ってよ。赤木も手伝えよ。」

「そいつ。俺のバンドメンバーなんだわ。金髪に染めてるからってお前らケンカ売ったのか?」

「えっ?お前の…?な、なんだ…バンドマンなら金髪に染めてるかフツー。はははっ…」

「んじゃ、西川。今日のところはコイツ見逃してやろうぜ。」

「ああ。そーだな。」

西川と高橋はその場を去ろうとした。しかし、龍司は二人の後ろから間に入り込み西川と高橋の肩を両腕で回してから小声で言った。

「逃げんなよ。ケンカ売ってきたのはオマエらだろ?俺は見逃していらねーよ。」

龍司は薄笑みを浮かべて二人の肩から手を離した。西川と高橋は振り返り赤木の方をチラチラと見ている。龍司はその様子を見て言った。

「なに赤木にビビって俺に手を出すのをためらってんだよ。赤木は手出ししねーから安心してかかって来いよっ!」

「てめぇ…赤木が来た途端に強気になりやがって!」

「はあ?俺はわざわざ移動すんのが嫌だっただけだ。今、ここで勝負してやる。」

「教師が来たら面倒なんだよ。裏に来い。」

「断る。大丈夫だって。一瞬で終わらせてやるから。」

「なんだと…」

西川は怒りのあまり顔を真っ赤にして震えていた。

「じゃあ、行くぜ。」

龍司はまず高橋のアゴめがけて腕を振り上げた。高橋は一発で倒れ込んだ。西川が、このやろう。と言いながら龍司めがけ突進してくる。龍司は西川のパンチを軽く避けて鳩尾を狙っておもいっきり殴った。見事に西川の鳩尾に龍司の拳が入り西川はその場にしゃがみ込んだ。

「ぐぇ。」

西川は息が出来なくてその場でうずくまっている。龍司はうずくまっている西川の頭めがけて強烈な膝蹴りをかました。西川も高橋もその場に倒れ込んで動かなかった。騒ぎになっに気が付いた教師達が来て龍司を押さえ込んだ。神崎龍司は入学早々停学となった。


14


「わっはっはっはっ!」

龍司の話を聞き終えた相川は大声で笑った。

「お前入学早々停学食らってたの?マジすげー。伝説だな。」

「うっせーよ。」

今の話を聞いて橘拓也には納得がいかない事があった。

「でもさ龍司?あの二人は入学式に龍司にやられただけなのか?なんか相当龍司に恨みがあったように感じたけど。」

「そだな。それだけじゃねーんだよ。恨まれるのもわかる。1年前のあの頃。俺は特に荒れてる時期だったんだよな…バンドメンバーの一人が抜けてさ…」

「真希って子?」

「ああ。」

真面目な顔をして龍司はその後の話を始めた。


     *


―1年前 2013年―


停学があけた神崎龍司は昼休みになると毎日のように1つ上の学年に行き西川と高橋にケンカを売っていた。

「また来たぜ。先輩。」

西川も高橋も毎日龍司に殴られて顔は赤く腫れ上がっていた。

「すまない。もう勘弁してくれ。」

「なに言ってんだよセンパイ。先にケンカ売って来たのはテメェらだろ?相手してくれよ。俺、最近嫌な事あってイライラしてんだよな。うさ晴らしにオマエらちょーどいいんだよ。」

「龍司。もうやめとけ。」

そう言ってやって来たのは西澤だった。

「お前。真希が辞めてからおかしいぞ。イライラする気持ちもわかるけど、そいつらに当たっても意味がないだろう?」

「イライラする気持ちがわかる?なんでお前がわかるんだよ?」

「本当はそいつらは関係ないだろ?俺達が気に食わないんなら俺達に当たればいいだろ?」

「誰もお前らが気に食わねーとは言ってねーだろうが!それにお前らに当たったら俺はバンドにいれなくなるだろ…」

「もう誰かに当たるのはやめろ。」

龍司がこの頃本当に殴りたかったのは赤木と西澤だった。だけど、二人を殴ってしまうと自分がバンドを辞めなければいけない事になる。それだけは避けたかった。

(俺がバンド辞めたら真希が帰って来れねぇ…あいつがいつでも帰って来れるように俺はこのバンドを続けなきゃいけねぇんだ…)

「わかった一週間に一回ペースにしてやる。お前ら西澤に感謝しとけよっ。」


     *


橘拓也は驚いて聞いた。

「龍司毎日あの二人にケンカ売りに行ってたのか?」

「ああ。そうだ。」

相川がボコボコの顔で笑顔を浮かべながら言った。

「それ良いな。」

「何がいいんだよ…でも、龍司…バンド辞めて良かったのか?今の話聞くと真希っていう子が帰って来るのを待ってたんだよな?だから仲も良くないのにバンド続けてたのか…」

「あの頃はな。でも、タクが気にする事ねーよ。俺が勝手に思ってただけで真希はもう帰ってくる気なんてなかったんだよ。それにバンドは俺から辞めたんじゃなくて辞めさせられたんだからしょうがねーよ。で、相川…お前なにさっきからニヤニヤしてんだよ?気持ちわりぃな。」

「毎日ケンカ売るってか…フフフ。」

「おい?相川人の話聞いてんのかよ?」

「あっ。いや、ちょっと考え事してた…てか、腹減らねぇ?」

「お前。変な奴だな……俺達さっき弁当食ったとこなんだよ。なあ?タク。」

「ああ。中村屋のデラックス弁当ウマかったなぁ〜。」

「なにぃ〜!お前ら俺に内緒でデラックス弁当をっ!なんか俺に食わせろっ!てか、オゴれよなっ!」

拓也と龍司は笑顔になった。

「いいよ。オゴる。」

「えっ?橘いいの?」

「そーだな。タクと俺がオゴる。なんか食いに行こーぜ。俺も話したら腹減ったし。」

「相川はなんかここら辺でウマい店知ってる?」

「おいおい橘。念で良いって。」

「わかった。念ここら辺でウマい店知ってる?」

「はい。次リュージ。ほれ。念て呼んでみ。」

「なんだよ面倒くせーな。店知ってんのかよ念。」

「任せろっ!」


15


2014年4月30日(水)


–世間はゴールデンウイークだけどバイトはいつも通りの金・土・日でいいからな。んじゃよろしくっ!–

1時間目が終了した時、鞄からスマホを取り出すと間宮からLINEが届いていた。橘拓也は了解した事を返してからスマホをまた鞄に片付けた。そして、太田が座る机へと歩いて行く。始業式の日、太田にネットで人気のQueenって知ってるって聞かれてから結構な日にちが経った。それからずっと拓也は心の隅でQueenが気になっていたような気がする。今日は龍司も相川も拓也の教室に姿を現さない。きっと二人ともまだ学校に来ていないのだろう。今のうちに太田にQueenの事を聞いておこうと拓也は考えた。太田が座る一番前の席に行き拓也は声を掛けた。

「太田君。ちょっと教えてほしいんだけどさ。」

太田に話しかけると今まで話し声でいっぱいだった教室が静まり返った。教室にいるクラスメイトのほとんどがこちらをチラチラと見ている。拓也が太田に話しかけた瞬間みんなは会話をするのをやめてどんな話を太田とするのか聞き耳を立てているような気もした。太田がクラスの誰かに話しかける姿は転校して来てからまだ一度も見ていないし逆にクラスの誰かが太田に話しかける姿もまだ一度も見ていなかった。太田はよく休み時間に一人でスマホを見てはブツブツと何かを言っている。だから、周りは気持ち悪がって近寄らないのだと思う。クラスメイトも無視をするわけではないのでいじめとはまた違うが独特な太田の雰囲気にみんなどう接したら良いのかわからないといった感じだった。実際のところ拓也も太田とはどう接したら良いのかわからなかったが、Queenの事を聞くなら太田が一番いいと思っていた。正直、拓也はQueenの事を聞くのはクラスの誰でも良かったのだが学年問わず噂になっているQueenの事は例外を除いておそらくみんなが知っている。そんな人気のQueenの事を知らないというのは恥ずかしい事だと思い始めていた部分もあり、誰とも仲良くしていない太田なら別に拓也がQueenの事を知らないと知ったところで誰かに言う事もないと考えて太田に聞く事にしたのだったが…

(みんな聞き耳立ててる…)

今ここでQueenの話を太田に聞くと、ここにいる全員に拓也がQueenを知らないという事がバレてしまう。だけど、もう太田に声を掛けてしまった以上、引く事が出来なくなってしまった。

拓也はQueenを知らない事を堂々と言う事にした。

「始業式の日にさ。Queenって知ってるって聞いてくれただろ?俺、知らなくてさ…その時、イギリスのロックバンドの事だと思ってたんだよ。」

教室がザワザワとし始めた。拓也にはそのざわめきが橘の奴Queenも知らないのかって言っている様な気がした。太田は自分に話しかけられた事に驚いたのかQueenを知らない拓也に驚いたのかはわからないがなかなか言葉を話さなかった。

「あ、ああ、あ…Queenね。動画サイトですぐ出てくるんだけどな。」

太田は手に持っていたスマホを少し触ってから拓也の方に向けた。

「これだよ。」

太田は自分のスマホを拓也に手渡した。Queenの動画はギターを弾く動画だった。黒色の壁の部屋でベッドの上に胡座をかいてギターを弾いている。部屋には窓が一つあり雨が降っている。男なのか女なのかはこの動画では判断出来ない。というのも、首から上が映像に映っていないのだ。服装は黒色で統一されていてダボダボとしたものを着ていて体格もわからない。唯一肌の露出があるのはギターの弦を握る左手だけで、ピックを握る右手には黒い手袋をはめていた。動画の中のQueenは今バラード調の曲を弾いていて凄くメロディアスな美しい曲だった。

「いい曲だな。」

「でしょ?この動画はバラード曲なんだけどさ。次のこの曲聴いてみて。ギターの腕凄いからさ。」

そう言って太田は一度スマホを拓也から取りまた渡してくれた。次の動画の曲は激しい曲だった。拓也はそのギターを聴いて体がゾクゾクとした。

「凄い早さでギターを弾いてる…」

「でも、メロディーも綺麗だろ」

服装は前の動画と全く同じ真っ黒で同じ部屋で同じ格好をしてギターを弾いていた。

窓の外は晴れていて遠くの景色が映っている。

「いつもこの格好でこの服装なのか?」

「そうだよ。」

「男か女かもわからないな。」

「このTシャツはおそらく男物だけどね。」

「この曲は誰の曲?Queenて人が作曲してるわけ?」

「そうだね。一番最初の画面に戻してみて。そしたら曲名がテロップで出るから。」

太田に言われた通り拓也は動画を最初に戻した。タイトルは『叫び』。

「凄く攻撃的な演奏に感じるな。」

「安物のギター使ってんな〜。でも、凄いカッティングの技術だ。右利きか…」

(カッティング?ああ。このカツカツと音を区切るギターテクニックか…だから、俺には攻撃的な演奏に感じたのかな?)

「太田よく知ってるんだな。このカッティング…まるで刀のような感じがする。なんていうかな。刀のような鋭い切れ味って感じが…でも、右利きだからなんなんだ?」

「えっ。ぼ、ボクじゃないよ。」

「タク。なかなか良い表現だな…刀のような鋭い切れ味か…」

「えっ?」

動画ばかりを見ていた拓也は後ろから龍司がスマホを覗き込み話しかけていた事に全く気が付かずに太田が話していると思っていた。

「龍司来てたのか?」

拓也が振り向くと後ろには龍司と相川が立っていて拓也が持つ太田のスマホ動画を覗き込んでいた。

「もう一回最初のタイトルが出るところまで戻してくれないか?」

相川がそう言ったので拓也は動画のテロップが出るところまで戻した。

「ふ〜ん。なるほどね。」

「念。何かわかったのか?」

興味津々に拓也が相川の顔を見ながら聞いた。龍司も太田も相川が何に気付いたのかわからずに相川の顔を伺った。

「タイトルは叫び。こいつ日本人だな。」

拍子抜けの答えに拓也はため息をついた。

「当たり前だろ!お前何言ってんだよ。」

龍司がそう突っ込むと太田が真面目な表情で答えた。

「そう。多分日本人。最近まで英語のタイトルばかりで日本語タイトルは一度もなかったからQueenがどこの国の人かわからずにみんな見ていたんだよ。ネットの世界だからね。少し前まで僕はQueenを外国の人だと思ってたよ。」

なるほど。相川が言った事は拓也には拍子抜けの言葉だと思ったがそうではなかった。だが、しかし、

「でも、じゃあまだ日本人だとは限らないって事だよな?どこかの国の人が日本語タイトルを使っただけなのかもしれない可能性だってあるし。Queenって名前は英語?日本語じゃないんだよな?」

「英語のQueenだよ。橘君が言うようにまだ日本人だとは決まったわけではないんだけど。」

「んっ?これ」

龍司は拓也が持っていた太田のスマホを取り上げて言った。

「この窓の外のこの建物…教会じゃないか?」

拓也と相川が龍司が持つスマホを覗き込んだ。

「えっ?本当だ。」

拓也がそう言うと相川は否定した。

「そうか?これ教会じゃねーだろ?」

「でもこれって十字架だろ?」

「俺もそう思う。」

「十字架が付いてても教会とは限らねーだろ?」

「じゃあ、念はなんだと思う?」

「わかんねーけど…教会とはちょっと違うような気がするんだよな〜。」

「僕にも見せて。」

龍司はスマホを持ち主の太田に返した。

「はいよ。太田君。」

この時龍司は太田の事をオオタではなくフトダと呼んだ。

「オオタだよ。」

太田は恐る恐る弱めに突っ込んだ。そこで2時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。

「あっ。そうだタク。昼休みちょっと付き合ってくれよな。また誘いに来るわ。」

「わかった。」

「ついでだから念も昼付き合えよ。」

「あっ。わりぃ。俺は昼休みやる事あっから二人でどうぞ。」

「太田。お前は?」

この時も龍司は太田の事をフトダと呼んでいた。太田はスマホを覗き込んだまま龍司の声に反応しなかった。

「聞いてんのかよ全く…まあ、いいや…俺、教室戻るわ。」

龍司と相川が教室を出て行くのと同時に龍司の担任の倉本が入って来た。

(次の授業は英語か…)

拓也が自分の席に帰ろうとした時、ちらっと太田の方を見ると太田はスマホを見ながら一人で何かブツブツと言っていた。

(やっぱ変な奴だな…)


16


昼休みに入ると龍司が拓也を誘いに教室に入って来た。

「タク昼飯持ってちょっと付いて来い。」

「どこ行くんだ?」

「いいから。いいから。」

どこに行くのかと疑問に思いながら龍司に付いて行くと辿り着いた先は学校の3階にある美術室だった。

「今日から路上ライブの時に置くギターとベース募集の紙を頂こうと思ってよ。」

「なるほどね。でも、勝手に入っていいのか?」

「ま、いいっしょ。」

そう言って入口のドアを開けようとした龍司だったが美術室のドアは鍵が掛かっており開かなかった。

「龍司どうする?」

「とりあえずここで昼飯でも食おうぜ。美術部とか来たら事情を説明して紙をもらおう。できるだけ大きい紙な。」

二人は美術室のドアの前に座り込み拓也はお弁当を龍司はコンビニの袋を鞄から取り出した。二人が昼食をとっていると男子生徒の声が聞こえてきた。

「あいつ昨日も西川と高橋に喧嘩売ったらしいぜ。」

「マジ?それで今日も喧嘩売りにきたわけ?なんかそういうの去年もなかったか?確か去年の入学式に金髪のなんとかっていう奴と…」

会話をしながら歩いて来た3年の男子生徒数人は美術室の前にいる龍司の顔を見て黙り込んだ。拓也と龍司は顔を見合わせた。

(念の事だ…)

龍司は通り過ぎようとした3年の男子生徒に話しかけた。

「ちょっと先輩方。そいつら今どこに行ったか知ってます?」

龍司に話しかけられた男子生徒達はオドオドとしている。

「え。ああ…た、多分、屋上に3人で行ったと思う。」

「行こう。拓也。」

龍司は急いで走り出した。拓也も急いで龍司の後を追った。


     *


昼休みのチャイムが鳴り相川念は1階上の3年生の教室に向かった。向かう先は西川と高橋がいる教室。昨日龍司が毎日あの二人に喧嘩を売りに行っていた事を聞いて自分もそのマネをしようと考えた。毎日あの二人に喧嘩を売ればあの二人は龍司に恨みを晴らすどころじゃなくなり、恨みを晴らす相手は自分となる。そうなればいいと相川は考えた。どうしてそこまでして西川と高橋の二人に龍司と拓也の邪魔をさせたくないのか?答えは簡単だ。あの日。念が初めてBAD BOYのドラムとしてライブをした日。龍司と拓也の才能に感動した。誰にもあの二人の才能を邪魔させたくない。ただ、それだけだ。西川と高橋がいる教室を探す途中の廊下で赤木と出会った。

「お前ここで何してる?」

「あー。赤木さん。いや、ちょっと用事がある奴らがいて。あっ。そうだ。赤木さんにも話したい事あったんだ。」

「なんだ?」

「俺、BAD BOY辞めますわ。一回しかライブしてませんがスンマセン。」

「……」

「そう言えばリュージのあのケガ。赤木さんがやったんスよね?バンド辞める時はそれなりに落とし前が必要なんスかね?」

「龍司の目は俺だが腕は違う。それよりお前今時間あるか?」

「スンマセン。後にして下さい。今から用事あるんで。」

「西川と高橋だろ?」

「な、なんで知ってんスか?」

「昨日たまたま西澤と柴咲駅付近にいててな。それでお前があの二人を追って行くのも見てた。」

「ふ〜ん。ま、その二人を先にやっちまうんで赤木さんはちょっと待ってて下さいよ。俺、逃げも隠れもしないんで。んじゃ、急ぐんで。」

「……」

相川は近くの教室に入ろうとしたがすぐに赤木の元に戻った。

「西川と高橋って何組っスか?」

「…二人とも1組だ…」

「りょーかいっス。」

「……」

相川は3年1組に向かおうと廊下を進んでからまた踵を返し赤木の元に戻って言った。

「言っとくけど俺、ケンカ強いっスよ。覚悟しといて下さいよ。」

「………」

今度こそ相川は西川と高橋のいる1組の教室に向かった。教室のドアを勢いよく開けて相川は大声で叫んだ。

「西川っ!高橋っ!ちょっと付き合えやっ!」

教室にいる生徒達は驚いて相川の方を見ている。西川は立ち上がって小声で言った。

「てめぇ…神崎みてぇな事しやがって…」

相川は教壇に上りまた叫んだ。

「二人まとめてかかって来いっ!」

高橋も立ち上がり大声で言った。

「調子に乗りやがって!屋上に来い!」

相川はニヤリと笑った。

「いいね〜。」


     *


橘拓也が屋上に向かう階段まで走って行くと龍司が拓也を待っていた。

「あいつ。俺の話聞いて同じ事しようって考えてたんだ。多分今日から毎日ケンカ売るつもりだ。…バカな事考えやがって。」

「きっと俺達の為にそれをしようって念の奴考えたんだよな?」

「…多分な。」

「でも、どうして?俺ら最近仲良くなったばかりなのに…」

「知るか。念は俺らの為に西川と高橋にケンカを売ろうとしてる。多分あいつらが毎日路上ライブの邪魔をする気だからそれを阻止する為にだ。この原因を作ったのは俺だ。俺が念を止めないと…ライブ中じゃなきゃケンカして良いいよな?関係ねぇよな?」

「友達を助ける為だからな。それより急ごう。もう結構時間経ってるのかもしれない。」

「ああ。」

二人が屋上に付くともう喧嘩は終わっていて二人の男が立っていた。龍司は驚いた声で言った。

「マジかよ…なんで…」


     *


―数分前。

西川と高橋は先に屋上に辿り着いていた。遅れて相川念が屋上へとやって来る。昨日みたいに相川がいきなり後ろから殴り掛かって来る事を避ける為に西川は距離を置いて来るよう相川に指示していた。

「今日から学校ある日は毎日ケンカ売ってやるからな。覚悟しとけよ。」

「まさかお前、昨日俺達に勝った気でいるのか?そんなわけねぇよな?いきなり後ろから高橋殴っといてよ。」

「俺は勝った気でいるぜ。西川と1対1なら勝ったし。」

「なんとか勝てたぐらいだろ?それに今は2対1だぜ。」

「ハンデとしては充分だろ?2対1でやってやるよ。」

「…お前ムカつくな…自分の実力をわかってねーみたいだ…」

「おい。西川。まずは俺からやらせてくれ。俺はいムカついてんのは俺の方だ。」

「わかった。」

「まあ、あいつが気絶する前にお前も参加してくれていいぞ。2対1でいいって言ったのはあいつだからな。」

「最初から2人で来いよ。ボッコボコにしてやるっ!さあ、かかって来い!」

高橋は相川がそう言った直後に飛び蹴りを相川に食らわせた。相川が倒れ込んだのを見てすかさず高橋は馬乗りになり相川の顔面を連打した。

「調子こいてんじゃねーよっ!」

何度も何度も高橋は相川の顔を殴り続けた。相川は必死に顔を腕で防ぎ馬乗りになった高橋をなんとか体重を使って振り落とした。

「おー。やべぇやべぇ。このままやられるかと思ったわ…」

相川は自分の鼻から血が出ているのを腕で拭いてから高橋に殴り掛かった。二人はほぼ互角でどちらが勝つかはわからない状況が続いた。その様子を見て西川が自分の銀色の髪を両手で掻き上げてからニヤリと笑った。

「そろそろ。俺も参加しますか…」

西川は高橋と殴り合っている相川の脇腹を横から蹴り上げた。グフっと言って倒れた相川の制服の襟元を掴み勢いよく頭突きを食らわせた。

「クソガキがっ!自分は強いと勘違いしやがって。」

(こいつら強ぇな…1対1ならなんとか勝てるんだろうけど二人まとめては俺には無理だ…龍司の奴…本当にコイツらを一瞬で倒せたのかよ…まあ、いい…俺の目的はこいつらに勝つ事じゃねぇ…こいつらの標的を俺に向ける事だ…)

相川は今の頭突きで意識が飛びそうになった。その時、屋上のドアが開き声がした。

「お前…本当に強いのかよ…」

(リュージか…?)

「全く…俺が相手してやるよ。西澤は手を出すな。」

(西澤…?って事は…この声は…赤木…さん…?)

「おいおい。ちょっと待てよ赤木…」

西川は後ずさりしながら手を振っている。今にも泣き出しそうな顔だ。

「お前。コイツが俺のバンドメンバーって知ってて手出したんだよな?」

「えっ…あ、ああ…だけど…コイツ昨日…バンド辞めるって言ってたぜ…」

「そうだな。」

「じゃ、じゃあ。赤木には関係ないよな…?」

「俺らのバンド解散したんだわ…」

「へぇ〜…し、知らなかった…残念だ…」

「解散した事コイツにまだ言ってなくてよ…言おうと思ったら先にコイツからバンド辞めるって言われちまったよ…」

「ハ、ハハハ…生意気な奴だな…」

「さっきコイツは辞める時はそれなりに落とし前が必要なのかって聞いてきた。勝手に俺と西澤でバンド解散を決めてたからコイツにそう言われて落とし前つけなきゃいけねぇのは俺の方だなって思ってよ。だから俺コイツの手助けするわ。」

「……え?」

「覚悟しろよ。俺、ケンカ強いからな。」

「ま、待てよ…落ち着けよ赤木…」

赤木は一発で西川を倒し続いて高橋も一発で殴り倒した。

「マジかよ…なんで…」

と龍司の声がして赤木と西澤は振り向いた。

「どうしてお前らが念の味方してんだよ?」

「バンドメンバーの助けをしてやっただけだ。西川。高橋。聞こえてんだろ?明日は西澤と相川がお前らの相手だ。散々可愛がってもらえ。」

そう言って赤木は屋上を出て行った。


17


橘拓也は急いで相川の元に駆けつけて声を掛けた。

「おい念っ。大丈夫か?」

相川は腫れ上がった顔で笑顔で親指を立てた。

「よ、よゆーだ…」

「無茶しやがって…だけど…ありがとうな。」

西澤は拓也達に近寄って言った。

「俺と赤木さ。昨日たまたまお前らが路上ライブしてるの遠くで見てたんだわ。それ見てさ。俺。感動したよ。でもな、感動したのと同時に俺はお前らに勝てないって感じたよ。実力の差を見せつけられたっていうだけじゃない。

れだけじゃなくて元々持ってる才能が違うってな。俺は本気でそう思ったよ。赤木もそう思ったんだろうな。」

「え?」

龍司は驚いて西澤の顔を見た。拓也も驚いて西澤の顔を見る。

「お前らの路上ライブを全部聴き終えてから赤木が言ったんだ。もうバンドは解散しようって。」

「……」

「……」

「そういう事だから。すまないな相川。バンドは解散だ。赤木はまた違うバンドでやるかもしれないが俺はもうベース辞めるから。」

「……俺…さっき赤木さんにバンド辞めるって言ったのによ…ま、まさか先に解散してたとは…」

「すまない。俺らの勝手でバンドに誘ったのに。また俺らの勝手でバンド解散しちまって…」

「…い、いや…助かりました…お、俺…一人じゃコイツらに勝てなかったんで…」

「じゃあな。龍司。」

「ああ。」

西澤も屋上から出て行った。それを見届けて拓也と龍司は言った。

「肩貸してやる。立てるか?」

「ああ…すまねぇ………太ってて……」

「謝るのそこかよっ!」

拓也と龍司は相川に肩を貸した。フラフラの足取りで階段を下りながら相川は言った。

「お前らの初陣…凄かったんだな…一つのバンドを解散させちまったよ…」

龍司は真剣な顔で言った。

「それは違うな。きっと赤木はここでは終わらない。俺にはわかる。練習嫌いのあいつがこれからは練習ばかりするようになるんだ。俺らは凄いギタリストを本気にさせちまったんだ。」

拓也も真剣な眼差しで言った。

「俺らも負けてられないな。」

龍司は嬉しそうに、だな。と言った。


     *


間宮トオルは桜並木をバックに金髪の男と赤髪の男の姿が写る写真を手に取って眺めた。

金髪が間宮で赤髪が吉田。

「この頃…お前は俺より吉田の方が好きだったんだよな…」

(ひかりはこの時、ファインダー越しに俺じゃなく吉田を見てたって思うと今更ながら嫉妬するわ。)

間宮は新しく買ってきた写真立てを取り出し写真を大事そうに写真立てに入れて店に飾った。



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今、想う


4月21日


春からバイトを始めた喫茶「ルナ」に入る。

今日はバイトとしてではなく、久しぶりにお客さんとしてだ。

座る席はこのお店で唯一外が見えるテーブル席。

のつもりだったけど先着のお客さんがいたのでカウンター席に座る。

私が座ろうとした席には髪を赤く染めた人の後ろ姿が見える。そして、その前には金髪の人が座っている。

何人かの人達がこのお店でゆっくりとした時間を過ごしている。

バイトとしてこの雰囲気を味わうのも好きだけど、やっぱりお客さんとしてこの雰囲気を味わうのはひと味違う。

店内でゆっくり過ごす人。コーヒーを飲むとすぐに出て行く人。様々な人がいる。そして、私はマスターと話をしている人だ。

スーツを着たサラリーマン風の男性もいるけどお客さんのほとんどが女性だった。

やっぱりここは女性に人気があるお店だ。

時計を見る。夕方6時30分。

時間を見て火・木・土のこの時間ならもうルナに着いていて着替えとかして7時からバイトの時間だなって思った。

私が座ろうとしていたこのお店で唯一外が見えるテーブル席のお客さん二人が席を立った。

高校の制服を着た金髪の人と赤髪の人だった。

私は『んっ?』と思った。

もしかして1ヶ月前に河川敷で見た二人なのではないかと。

赤髪の人が会計を済ませている。私はじーっとその人を見ていた。

河川敷で女の人みたいな歌声で歌っている人が目の前にいる。

そう思うととても緊張した。別に私と話しているわけでもないのに…

ただ近くにいる。それだけで私はなぜか緊張していたのです。

赤髪の人はチラリとこちらを見た。

私は急いで目をそらした。

二人はお会計を済ませて店を出て行った。

二人とも高校生だったんだ。

あの紺色の制服は確か西高。




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