Episode 14ー分岐点ー
男は9月10日の日記に目を通した後、そのページを開けたまま机の上に置いた。
今日はとてもいい日でした。
男はこの日の日記にはもっと様々な言葉が書かれているのだろうと想像していた。しかし、彼女は一行しか文章を残していなかった。
「俺達が付き合った日。なのに…なあ?どうしてこんなに短い文章なんだよ…」
最初この日の日記を見た時、男は正直がっかりした。
しかし、何度もこの短い文章に目を通すうちに何故だか彼女の喜びの”声”が伝わってくる気がした。そして、この短い文章を笑顔で書く彼女の姿が頭に思い浮かんだ。
「きっと…この日の日記を書く時、君は笑顔だったんだよな?」
男はその日のページをまるで彼女の頭を撫でるかのように2度ゆっくりと上から下へと優しく擦った後、日記の上に頭を置いて恋人の名前を呼んだ。この時も男の声は涙で上手く言葉になっていなかった。
1
2015年12月24日(木) 21時10分
オーケストラライブが終った。鳴り止まない拍手の中、橘拓也は急いで楽屋に戻った。無事演奏を終えたという安堵感はない。あるのは不安だけだ。楽屋のテーブルに置いてあったスマホを手に取り急いで確認する。
(みなみからの返信がない)
拓也は不安で一杯になった。無意識に電話の発信を押す。しかし、やはりみなみのスマホは電源が切れているらしく呼び出し音が鳴らなかった。
拓也は歌っている間、結衣達が座る席を見つけ、みなみがいるかどうか確認した。
みなみが座るはずだった席は空いていた。
拓也はみなみの身に何かあったのかと急に不安になった。その感情が想像以上に歌に出ていたのだろう凛が拓也の方を見て口を動かし、集中。と伝えていた。イヤホンで別の曲を聴きながら演奏している凛に伝わる程だからよっぽど強い感情が拓也から放たれていたのだろう。
真希達もみなみが来ていない事に気付いていたらしく全員が楽屋に戻るとスマホを確認していた。
拓也が「みなみの家に行ってくる。」と告げて楽屋を出ようとした時、どこかに電話を掛けていた春人が「拓也待て。」と言って拓也を止めた。
春人は電話の相手に「はい。では失礼します。」と言って電話を切った。そして、拓也の事を真剣な眼差しで見つめて来た。
じっと何も言わずに見つめて来る春人に嫌な予感を覚えた拓也は不安そうに春人に聞いた。
「何だよ?どうしたんだよ?」
自分でも思った以上に声が震えていた。
「落ち着いて聞いてくれ。」
「…だから、何だよ?」
「今日の午後6時前にみなみが病院に運ばれた。今は集中治療室で眠っている。」
「集中治療室……午後…6時?一体どうしてっ!?」
「落ち着きなさい拓也。」
真希がそう言い終えた瞬間、拓也は「俺は落ち着いてんだろっ!」と叫んでいた。真希は拓也の大声に驚き目をまん丸としていた。
「タク、お前全然落ち着いてねーぞ。」
龍司がそう言ったが拓也はその言葉を無視して春人に「みなみに何があったんだ?早く教えてくれ。」と勢いよく聞いた。
「ここに向かう途中でみなみちゃんは路上で倒れたみたいだ。」
「…路上?…まさか…あの時の救急車?俺がタクシーに乗っていた時にすれ違った救急車……?時間も6時前だった……じゃ、じゃあ、あの人だかりの中には倒れたみなみが……」
拓也は頭を何度も振った。
「タク落ち着け。」
春人はそう言って拓也の両肩に自分の両手を置いた。しかし、拓也はその春人の手をすぐさま払った。
「何度もうるせぇなっ!俺はちゃんと落ち着いてるっ!
俺、行くから。雪乃に申し訳ないって伝えておいてくれ。」
「タク!どこに行く気だ?」
「みなみに会いに行くに決まってんだろ!」
「無理だ。面会制限もされている。みなみにはご両親しか会えない。」
「だからなんだよっ!俺はみなみに会いに行く!顔は見れないかもしれないけど俺はみなみの側にいたいんだ…ハルなら…春人ならこの気持ちわかってくれるだろう?」
「……悪かった。そうだな……だけど、会う事は……」
「……わかってる。春人すまない俺も悪かった。それと…明日のバンド練習なんだけど…」
「柴咲音楽祭の前日練習は中止にする。私も練習なんてしてる気分じゃないし。」
「ごめん。」
深く頭を下げ全員に謝った後、拓也は急いで楽屋を出た。手が振るえ、足が振るえ、体全体が震えていて上手く前に進む事が出来ない自分がもどかしくて情けなかった。
(みなみ無事だよな?)
*
柴咲交響楽団と柴咲合唱団の人達がにこやかな表情を浮かべて楽屋に戻って来る。演奏していた者全員が達成感で一杯なのだろう。
「みんな無事演奏を終えて一安心って感じだな。俺らは安心感も達成感もねーけどな。」
龍司が言った言葉に姫川真希は「そうね。」と言って頷いた。
真希が靴下と靴を履き、バイオリンとギターをケースに片付けていると、
「素晴らしい演奏だった。」
と言う声が後ろから聞こえてきた。片付ける手を止めて真希が振り向くとそこには指揮者である芦名の姿があった。
「私はキミを止めるべきだった。」
「……」
「ギターなどやらずバイオリン一本で柴咲交響楽団を続けてくれ、とね。ま、そんなこと言ったらキミには逆効果だったんだろうけど。」
「……あの時はすみませんでした。」
「いや、こちらこそだ。そして、ありがとうね。」
「えっ?」
「遠藤さんのお葬式で私は言っただろう?私を後悔させる程の人物になってくれ、と。キミは私を後悔させてくれた。嬉しかったよ。キミの演奏は素晴らしい。バイオリンも、もちろんギターもだ。きっとこれからもっと私は後悔する事になるのだろうね。」
「…そう言ってもらえて光栄です。だけどあれは遠藤さんが認めた子に伝えてくれと頼まれた言葉でしたよ。」
真希は初めて芦名の前で笑った。
「はははっ。そうだったね。ではその子に伝えてくれ。私はキミを手放すべきではなかった。後悔している、と。」
芦名も初めて真希の前で笑った。
*
柴咲市民ホールから結城総合病院まで橘拓也は雪が積もる中全速力で走った。徒歩で10分位で着くはずの距離が雪の影響で20分は掛かった。息が切れたまま拓也が集中治療室の前に着くとそこにはみなみの両親の姿があった。
「わざわざありがとうね。」
みなみの母は拓也の姿を見るとやつれた表情を浮かべてそう言った。
「みなみ、みなみは?」
「大丈夫。きっと大丈夫よ。」
みなみの母は自分に言い聞かすように呟いた。
「今日、ここにいてもみなみには会えないわよ。私達家族でさえ面会時間が決められているから。」
「しばらく…ここにいます。みなみに近くにいる事、伝わると思うので。」
「…そう。」
「…そうだ。みなみにクリスマスプレゼント。みなみが目を覚ましたら渡してもらえませんか?」
「わかったわ。もしかして何度もみなみに連絡をくれたのかな?みなみのスマホは雪にさらされてダメになっちゃったみたい。だから、院長先生に頼んで春人君に連絡を入れてもらったの。連絡頼むのが遅くなっちゃったんだ。ごめんね。」
「…いえ、そんな…こちらこそすみません。俺が今日のコンサートにみなみを誘ったんです。俺が誘わなかったらこんな事には…」
「そうじゃない。そうじゃないわ。君がみなみを誘ったのと今日みなみが倒れたのは関係ない。それにね。みなみね、今日のコンサートすっごく楽しみにしてたのよ。」
「でも……」
みなみの母は俯いた。
「拓也君。みなみはこれから長い入院生活を送る事になると思う。それがいつまで続くのかもわからない。これ以上、普通の生活を送るのは無理なの。こうなる日が来る事をみなみは覚悟していた。私達も覚悟していた。だけど、拓也君、あなたは?」
みなみの母は拓也を見つめる。拓也もみなみの母を見つめて答えた。
「覚悟はしていました。」
「みなみとお別れする?その方があなたの為だと思うの。」
拓也はみなみの母の言葉に驚き声も出なかった。そして、顔を横に振りながらみなみの母を見つめていた。
「みなみと別れるなら今よ。今ならまだ間に合う。あなたにとってもみなみにとっても最低限の傷で済む。」
「……嫌です。俺はみなみと一緒にいたい!別れる気なんてないです!」
「…………そう。きっと、みなみもそれを望んでいるんだと思う。私もあなたにはみなみの側にいてあげてほしいとは思ってる。だけど…みなみがあなたの重荷になるんじゃないかって思うのよ。あなたは本当に耐えられると思う?中途半端な覚悟なんて必要ないの。少しでも自信がないなら今すぐみなみと別れてほしい。入院生活が長引いても君との恋人関係が長く続くのなら良いけど、もしどこかのタイミングであなたがみなみと付き合っている事が辛くなって別れてしまうような事があれば……みなみはきっと耐えられない。」
「大丈夫です。さっきも言いましたが覚悟はしています。」
「今はそうなんだろうね。」
「今だけじゃないです!」
「まだ君は若いからそう言い切る事が出来るけど時間が経てば変わっていくわ。」
「俺は変わりません!ずっとみなみの事が好きです!今までだって、これからだって。」
「若いわね。ただ…私がここまで言うのには理由があるの。」
みなみの母は俯いた。
「さっき、院長先生に言われたの。このまま何もしなければ来年は持たないよって。いよいよ心臓移植を受けないといけない段階に来ているって。私は恐れていた時期がとうとうきたんだなってその言葉で思い知らされたわ。これから私はみなみと共に一日一日、一瞬一瞬を大切に生きていかなきゃいけないと思った。だから、もし、君が、みなみと一緒にいる事が辛くなったら、まず私に伝えて。もしかしたら…最悪の場合あなたには恋人のフリでもいいから最後まで側にいてほしいと頼むかもしれない。」
みなみの母は泣いていた。拓也は何度も顔を横に振った後みなみの母に告げた。
「俺はみなみと一緒にいる事が幸せです。だから辛さより幸せを感じると思います。」
「…そう。じゃあ、私はやっぱりあなたにはみなみと別れる事をおすすめするわ。あなたはみなみが亡くなった時の事までは覚悟出来ていない。きっとこの世からみなみがいなくなったらあなたは耐えられなくなるだろうから。恋人のままでいても途中で別れたくなっても辛い。あなたがみなみを好きなままみなみが亡くなった時は…想像を絶する。」
「……」
「みなみが死ぬ事を考えていなかった?それとも考えないようにしてた?みなみが死ぬ事を考える事はみなみを信用していない事だと思った?死ぬ事を考えてはいけないと思ってた?」
みなみの母はそこまで息継ぎなしで一気に語った。その目からは涙が零れ落ちている。辛い事を言っている自覚があっての涙なのだと拓也は理解した。そして、みなみの母は今にも消え入りそうな声で拓也に告げた。
「みなみの病気が治ると信じる気持ちは私にもあるんだよ。それはあなたと同じだよ。けどね、だけどね…あなたにはみなみが死んだ時の事まで考えてほしい。あなたはその時、本当にダメになるかもしれないから。」
「みなみが…死ぬ…?俺は、みなみが生きる事を信じていたい。」
「私からすればその答えは現実から逃げてるだけよ。みなみが必ず先に死ぬって言ってるわけじゃない。普通に私よりも長生きするかもしれない。だけど、辛いかもしれないけど、あなたにはみなみが死ぬ事も含めて覚悟をして欲しい。」
(みなみが死ぬ……そんな事……)
2
2015年12月25日(金)
みなみはまだ目を覚まさない。姫川真希はこれからどうすればいいのかを考えた。
考えたが考えれば考える程答えは出て来ない。
(ここが、私達にとって最大の分岐点)
それだけは確信を持てた。
真希は身支度を整えて結城総合病院に向かった。
午後3時過ぎに病院に着くと待合室には何故か龍司と春人の姿があった。
「あんた達どうして?」
「あんっ?おう!真希!俺はみなみに会いに来たんだよ。でも会わせてくんねーんだよ。春人の親父に伝えてくれって言ってんのに取り合ってくれねぇんだ。」
「病院で龍司がうるさいから止めに来てくれって父に頼まれてね。それで俺はここにいる。」
「ハル。直接親父さんに頼んでくれたんだよな?どうして俺らが見舞いすらできねぇんだよ!」
「さすがに無理だよ。」
「てか真希、お前もみなみの見舞いに来たんだよな?ハルの親父に頼んでくれよ。真希とハルがいればハルの親父も首を縦に振るかもしんねーし。」
「バッカじゃないの!無理に決まってんでしょ!」
「じゃあ、どうしてお前ここに来たんだよ?」
「みなみが心配でじっとしてられなかったの。あんたみたいにお見舞いが出来るとは思ってないけどね。集中治療室の前まで行って帰ろうと思ったの。」
真希がそう答えると「凛の言った通りだ。3人ともいるよ。」と言う拓也の声の声が聞こえた。後ろには凛の姿もある。
「どうして3人ともここにいるんだ?」
拓也の質問に真希は今龍司に言ったばかりの言葉を拓也と凛にも告げると凛が拓也の前に出て真希に言った。
「そっか。私も同じだよ。亮を誘って一緒に来ようと思ってたんだけど亮の奴今日はダメなんだって言うから一人で来たらちょうど入口で拓也君と出会ってびっくりしたの。」
「そうだったの。みんな考える事は一緒だったのね。」
「みんなありがとう。みなみの為に。」
「実は師匠もここに来たがってたんだけど私ダメだってキツく言って止めちゃった。すっごく駄々をこねてたけどね。」
「雪乃?グループホームに帰ってないのか?」
「師匠は明日と明後日の柴咲音楽祭見に行くからって家で過ごしてるよ。」
「そうか。昨日は会わずに悪かった。」
「大丈夫だよ拓也君。師匠は気にしてないよ。」
「だと良いけど。」
「てか、ハル。みなみの容態は?」
龍司が聞いた。全員が不安そうな面持ちで春人を見つめた。春人は黙ったまま首を振った。
「きっと大丈夫。みなみは今ここに戻って来ようと必死に戦ってる。だから、大丈夫よ。」
「…ありがとう真希。それと、みんなゴメン。柴咲音楽祭前日だっていうのに練習中止にしてもらって。」
「そんな事は別に良いわ。でも、せっかく5人集まったわけだし少し打ち合わせしない?演奏順とかもちゃんとは決めてないし。」
真希の言葉に全員から明日の柴咲音楽祭に本当に出場するのかと疑問を浮かべた表情を感じ取れた。
「そ、そうだな。そうしようぜ。場所は別に病院の屋上でも良いよな?でもその前に集中治療室前に行こうぜ。」
「ええ。そうしましょう。龍司、集中治療室前で大声出したらダメだからね。」
「んな事はわかってる。」
集中治療室前で5人はしばらく黙ったまま立っていた。
みなみの両親も近くにいて5人が来てくれた事をみなみの意識が戻れば伝えておくと言ってくれた。
「拓也君。まだプレゼントは渡せてないの。ゴメンね。」
「…それは、はい。みなみの意識が戻ってからで大丈夫です。ありがとうございます。」
拓也とみなみの母との会話は何かぎこちがなかった。拓也もみなみの母もお互いに気を使っているように真希には感じた。凛が小さな鞄からメモ用紙とボールペンを出して拓也に手渡たすと拓也は驚いた表情を浮かべて凛の顔を見た。
「みなみさんに手紙書いたら?」
「あ、ああ。そうだな。ありがとう凛。」
「いえ。」
拓也が手紙を書き終えみなみの母に手渡すのを待ってから真希達は病院の屋上へと向かった。
5人は円を囲む様に座った。そして、真希が話しを始める。
「じゃあ、打ち合わせを始めるわね。まず、予選は1曲だけ。ここで失敗すれば明後日はない。曲は慎重に選びましょう。」
「持ち時間は?」
凛の質問に真希は、
「明日の予選が4分以内で明後日の決勝トーナメントは5分以内。」
と答えた。続いて龍司が、
「明後日の決勝トーナメントは何組選ばれるんだ?」
と質問してきたので真希は、
「32組よ。」
と答える。
「予選の参加数は?」
続いての拓也の質問にもまた真希が答えた。
「総勢132組。」
「そこから32組…ちょうど100組が予選落ち、か…なかなか厳しいな。」
春人がそう言ったので真希は深く頷いて「ええ。厳しいわ。」と言った後、
「けど、私達はそこで優勝する。」
と全員に告げた。龍司がニヤリと口の端を釣り上げて「もちろんだ。」と言った。
「で、衣装はどうするの?みんなで合わせる?」
凛の質問に真希は、
「この1年制服でライブをやって来たから制服にしましょう。」
と言った後、凛の顔を見つめながら「あっ。そうだっ。凛に言い忘れてた事があった。」と言った。凛は「ん?」と首を傾げながら真希を見つめた。
「柴咲音楽祭にはドラムセットとキーボードは用意されているけどギターやベースはない。もちろんDJセットとシンセサイザーは自分達で持ち運ばないといけないの。」
「私そんな事全然考えてなかった。どうしよう…」
「安心しろ凛。真希からその話しを聞いて俺のバイト先の矢野さんにその事を話したら朝一で会場まで運んでくれるって言ってくれた。だから俺達が会場に着いた頃にはもう準備されてる手筈になってる。もちろんハルのウッドベースもな。」
「ホントっ!」
「助かるよ。」
その後、真希達5人は病院の屋上で決勝まで出場する事を見越した選曲を行った。
それが終ると真希は拓也の顔を見つめた。拓也は不思議そうに真希を見つめ返して来る。
「拓也、柴咲音楽祭には必ず出場する。来年があるなんて思わないで。私達は今年優勝してプロになる。その為にはあんたの最高のパフォーマンスが必要になる。あんたには酷な言い方かもしれないけど、明日と明後日はみなみの心配よりバンドの心配をしてほしい。」
「おい真希!みなみの事をタクに考えるなって言うのかよ!そんなの無理に決まってんだろう!」
龍司がすぐに真希に突っかかって来る。それは予想通りだった。真希の拓也に対する言葉は自分がプロになりたいが為に言った言葉では決してなかったが龍司はそう捉えたのだろう。
(これはリーダーとしての役目だ。私が拓也に有無を言わせず強引に柴咲音楽祭出場を決めればもしもの時、拓也は自分を責めない。
きっと強引に柴咲音楽祭出場を決めた私を恨む。これはもしもの時の保険だ。そして、リーダーとしての勤めなのだ。)
「私は考えるなとは言ってない!みなみを想って歌うのは良い。でも、みなみの心配よりバンドの 事を考えてって言ってるの。」
「一緒だろ!」
「一緒じゃないわよっ!私だってみなみが心配だよっ!今まで沢山の分岐点があった。ああしていれば、もっとよくなった。こうしていれば今は無かった。正解もあったし間違いも一杯あったと思う。そして、今ここが私達にとって最大の分岐点になる事だってわかってる。拓也がみなみが心配で柴咲音楽祭なんかよりみなみの側にいてやりたいって言うのなら…」
真希と龍司が言い合っていると拓也は立ち上がって空を見つめ「言わないよ。」と呟いた。
「もう…限られた時間しかないのかもしれない。」
拓也のその言葉で真希と龍司は言い争いをやめた。そして、まるで世界中が静まり返ったのかと思う程の静寂が訪れた。
「真希、俺は今はみなみの側にいたいよ。」
「…ええ。わかってる。」
「だから今年の柴咲音楽祭は諦めて来年にしたいと思う気持ちもある。」
「…うん。」
「けど、俺は来年があるだなんて思ってない。今、この時を逃せばプロになれる気がしない。それに…俺にはもう時間がないんだ。こんな所で燻ぶってる暇はない。俺にとってプロになる事は最低条件になった。だから、何の迷いもない。さっさとプロになってプロになれた事をみなみに報告してデビュー日が決まればそれをみなみに報告してライブをする事が決まったならそれをみなみに報告したい。だから…俺は出来るだけ早くプロになりたい。」
その言葉から拓也はみなみの命が尽きるその日まで歌い続けようと決めているのだとわかった。
「真希はさっき最大の分岐点になるって言ったよな?」
「ええ、言ったわ。」
「確かにそうなのかもしれない。もし、みなみがこのまま目を覚まさなくて死んでしまったら…」
「おいっ!タクっ!みなみが死ぬってなんだよっ!」
「龍司。あんた少し黙ってなさい!」
「でもよ!」
「いいから黙って。」
「…わかったよ。悪かったタク。続けてくれ。」
「もし、みなみがこのまま目を覚まさなくて死んでしまったら…俺は柴咲音楽祭に参加した事を後悔すると思う。みなみを放って何をしてたんだって。優勝出来なかったら尚更だ。もっと自分を責める。けど、みなみは今頑張って戦ってる。生きようとしている。みなみに柴咲音楽祭の事を聞かれて、みなみが心配だったから出場を辞めたなんて言ったらみなみは絶対に怒るしショックだって受けるし自分のせいだって責める。俺は…笑顔でみなみに優勝してプロになれる事を伝えたい。そして、もちろんその時はみなみに笑顔でおめでとうって言ってもらいたいんだ。もし、ここが真希の言う最大の分岐点だと言うのなら、俺は柴咲音楽祭に出場する事を選ぶ。絶対に後悔はしない!絶対に優勝以外はあり得ない!だから、リーダー。柴咲音楽祭に出場したのはリーダーのせいにはしない。真希はもしもの最悪の事態を想定して俺に少しでも自分を責めない様に、後悔しない様にと思って柴咲音楽祭には必ず出場するってそう言ってくれてたんだろう?」
拓也は真希の考えをお見通しだった。
「リーダー。俺は大丈夫だよ。後悔もしないし、自分を責めたりなんて絶対にしない!このまま柴咲音楽祭に出場しない方がよっぽど後悔するってわかってるから。」
「よっしゃー!!なら決まりだ!!やってやるぜお前ら!歌うぞぉー!!」
龍司は立ち上がって叫んだ。真希はその単純すぎる龍司の姿に呆気に取られて何も言えなかった。
「円陣、じゃなくて歌うのか?」
春人の質問に答える事なく龍司はボイスパーカッションを始めた。
春人は龍司のリズムに合わせて頭を上下に揺らし始めた。その姿を見て真希は嫌な予感がした。
(春人…あんたまさか…歌う気?ここ、屋上とはいえ病院よ…)
春人は立ち上がった。そして、真希の嫌な予感通り春人はベースのリズムを声で奏で始めた。春人がベースのリズムを奏でると龍司はボイスパーカッションをやめラップを始めた。
「Yo!Yo!Yo!Yo!俺らの夢はただ一つプロになる事。けど個人の夢はまた別。さあ一人ずつ夢語っていこう。あぁ、トップバッター神崎龍司、俺の夢は女手一つで育ててくれた母親に楽をさせてやる事。ハハハハハハハハ。笑えるだろう?けど、それが俺の夢、母親の苦労自慢に不幸自慢、そんなのもう聞き飽きた。フンっ。俺には音楽しかねぇし他にはなんもねぇ。俺にはもうコレしかねぇ。コレしかコレしかコレしかねぇ。だからプロになって恩返しするしかねぇっしょ。」
龍司のラップが終るとすぐさま凛がラップを始めた。すると龍司はまたボイスパーカッションを始める。真希同様に呆気に取られていたはずの凛がラップを始めながら立ち上がる姿に真希はまた更に呆気に取られた。
「待って待って待って待って。私はバンドの夢と個人の夢が一緒だよ。あぁ、私の夢は一緒だよ。二番バッター一ノ瀬凛。私もお母さんに楽な生活をさせてあげたいの。2人続けて同じ事言ってごめんなさいね。私に出来る事もただ一つ。音楽しかないんだよ。私も音楽しかないんだよぉ。だから、私の夢もプロになる事。そして、私もお母さんに育ててくれた恩返しがしたいな。それを叶えられたら師匠へも恩返しになるでしょう。」
凛はラップを終えるなりリズムを取り始める。そして、今度は春人がラップを始めた。
「三番バッター結城春人。俺の夢もただ一つ。プロのミュージシャンになる事って三人連続同じ夢ってどうなんだろう?ひねりがないね。でもまぁいっか。そんな夢を持てたのはこにいるみんなのおかげで貴史のおかげ。貴史見てるか?聴こえるか?俺はお前の意志継承、イミテーションじゃない自分の意志でしょう。二分の一じゃない二倍の意志。」
春人が担当のベースに戻る。ラップを終えた龍司達3人は次はお前の番だと言わんばかりに真希を見つめリズムを出し続ける。真希は頭を激しく掻いた後、立ち上がった。
「四番バッターバンドのリーダー姫川真希と申します。私の夢は少し違うわ。もしかしたら理解不能?世界最高桁違いそんなギタリストになる事が夢ですの。プロになるのは最低条件、そんな事口にしたら大炎上系。気を付けるわねって今更感漂うよね。でもこんな私があんた達を連れて行くわ。全員の夢を叶えさせてあげるわ。だから、黙って私に付いて来なさい。ね、わかった?」
ラップを終えると凛は楽しそうに「イェーイ!リーダー。」と叫んだ。真希はリズムを取り始め次はお前だと拓也を見た。拓也は今まで全員のラップを体を揺らしながら楽しそうに聴いていたが自分の番がまわって来た事を察すると急に不安そうな表情を浮かべた。
「五番バッター橘拓也。俺の夢は、今の夢は、うん、そうだな。俺は、みなみの笑顔を見るのが大好きなんだって再確認したんだ。
だから、みなみの為に出来る事をやってやりたい。彼女が喜ぶ姿を見たい。彼女の笑顔が見たい。彼女が一番喜ぶ事、それは俺らがプロになる事。俺らがプロになる事。それが彼女への最高のプレゼント。それならやるしかないでしょ。なるしかないでしょう。あぁ、決めたよ。俺は絶対プロになってやる。限られた時間しかない事を改めて知ったから。俺は……」
拓也はラップをやめた。と同時に真希達もリズムを取るのをやめた。
「拓也……?」
「俺は、今やれる事を…精一杯やってやる!後悔しないように……一分一秒無駄にはしない。」
みなみの死を覚悟している真希は拓也からそう感じ取った。
拓也は空を見上げる。それにつられて真希達も全員が拓也と同じ様に空を見上げた。
「綺麗だね、夕焼け。」
真希の言葉に返事をする者はいなかった。
もうすぐ日が暮れる。
真希達の運命が決まる明日がもう近くまで来ている。
*
「神奈川けーん!初・上・陸!!」
新幹線を降りると遥が叫んだ。ホームを歩く人達が遥をじろじろと見ている。相沢裕紀はそんな遥の後ろから「恥ずかしい奴だ。」とぼそりと呟いて新幹線を降りた。
ホワイトピンクの4人がホームに降りると改めて相沢は4人の姿を見た。
「な、なに?ジロジロ見てどうしたん?」
「いや、違和感だらけだと思ってな。」
遥達4人は昨日、柴咲音楽祭に出る為に全員が同じ髪型と髪色にする為に美容院に行った。
「違和感だらけって髪型だけやろう?」
「…いや、ピンク色も違和感あるが何より大阪臭がする。神奈川…いや、関東には合わない気がする。」
「しっつれーい!大阪臭なんて出てへんわっ!それに髪色はピンクちゃうしっ!ホワイトピンクやしっ!バンド名に合わせた関東受けする髪色やしっ!バンド解散かプロになるかの瀬戸際やから4人揃って気合い入れたっちゅうのに変な事言わんといてっ!髪型も都会っぽいやろっ!」
「……あ、ああ、悪い。そ、そうだな。都会っぽいと言われればそうかもしれないな…」
「そやろう。それより神奈川着いたし拓也達に会いに行こか?」
「柴咲には寄らないぞ。」
「えぇ〜!なんでぇな?」
「ホテルがないからだ。まずは新横浜にあるホテルにチェックインする。」
「その後は?どうするんですか?」
与田が相沢を見上げて聞いた。
「自由行動だ。」
「ほな、拓也達に会いに行こか。」
とまた遥が言う。
「それはやめておけ。」
「だから、なんでぇな?」
「拓也の恋人が昨日倒れたらしい。今、入院しているらしいからな。」
「そ、そそそそ、そうなん?大丈夫なん?」
「大丈夫かどうかはわからない。だが、連絡はしない方がいいだろうな。それにどうせ明日会うんだ。」
「でも明日の出場者って100組越えてるんやろ?会えるんかなぁ?」
「大丈夫だ。あいつらの出番は3時ちょうどらしいからお前達の出番の2つ前だ。」
*
KINGはバンド仲間と4人でファミレスに入った。
席に着いても猫耳フードを被ったままのKINGにフードを脱げと3人はもう言って来なくなった。
バンドを結成した数ヶ月前はいつもフードを被っているKINGに3人はフードを脱げと言って来ていたが今ではもうこれがKINGのスタイルなのだと理解をしたのだろう。
「出番…3番目、か……早すぎるよな…8時には会場着かないとダメって事だよね?」
「ああ。そうなるな。」
「早起きは苦手だなぁ。」
「遅刻すんなよ。」
対面に座る2人の男がメニューを見ながら明日の柴咲音楽祭の話しをしていた。おそらく2人も何を食べるか決まっていないはずだがKINGの横に座る男が呼び出しのボタンを押した。
「おいっ!どうしてもう押すんだよっ!」
「良いだろう別に。」
「良くねーよ!俺らはまだなんだよっ。」
「俺もだよっ!」
「じゃあ、全員決まってねーだろーがっ!最低でも俺らに確認とってから押せよっ!」
「店員さん来てから決めれば良いだろう。」
「それもそうだな……って、普通は全員が頼むもん決めて、押して良いかって確認してから押すんだよっ!」
向かい合っている2人が言い争っているがKINGとKINGの目の前に座った男は2人の相手をしない。この2人はいつもファミレスに入るとこうだからだ。
「なあ?本当に決勝まで残ったら正体バラすのか?」
KINGの前に座る男が無事全員がメニューを頼んだ後一息着いてから聞いて来た。KINGはゆっくりと頷いた。
「そうか。ま、実際明後日来る人しか正体わかんねーんだし登録者のほとんどはKINGの顔も知らないままで今まで通りなんだろう?」
KINGは首を縦に振った。
「でも、動画撮られてコイツがKINGの正体だって拡散されるかもな。」
KINGが覚悟出来ていると伝える前に話題は変わった。KINGの前に座る男が、「予選突破出来るかな?」と弱気な言葉を吐いたからだ。
「当たり前だ!KINGなんかは決勝行く気満々だ!な?KING?」
KING達が頼んだ料理が運ばれて来た。KINGが猫耳フードを脱ぐと毛先だけがブルーとほんのりグリーンが混ざった髪が現れた。
3
一ノ瀬凛が久しぶりに雪乃の実家に着いたのは午後6時を過ぎた頃だった。
『久しぶりに家に来ない?』
結城総合病院を出てすぐに雪乃から電話があった。凛が拓也達がいる事を雪乃に告げると、
『5人とも一緒なら丁度良いや。みんなで来てよ。』
と言った。雪乃の家に入った事がない龍司は、行きてぇ行きてぇ。とうるさかった為拓也達も一緒に来る事となったが拓也の表情は暗かった。拓也が一緒に来たのは一人では不安で耐えられないからだったのかもしれない。そして、凛は龍司が来るなら結衣も呼びたいと言って結衣も雪乃の家に誘った。
「どうして結衣を呼ぶんだよ。」
「せっかくのクリスマスなのに龍司君は結衣ちゃんと今日会う気なかったでしょ?」
「あ、ああ。」
「イブの昨日も特に何もしてない!」
「そうだけど?なんだよ。ダメなのか?」
「ダメじゃないけどもっと結衣の事を考えてあげて!」
「考えてるよ。」
「だから、もっとよ!」
「凛、このバカにはあと100万回同じ言葉を言ってもわかってもらえないわよ。」
真希が言った言葉を聞いて凛は本当にそうなのかもしれないなと思った。
結衣と合流した6人は雪乃の家に着いた。拓也達は初めて見る雪乃の家を見上げて「こんなに大きな家とは思わなかった。」と言っていた。雪乃の母蘭が出て来て凛達はリビングに通された。リビングにはパーティーでも始めるのかと思うくらいの様々な料理が用意されていて凛達は呆気にとられた。
「し、師匠…こ、これは?」
「お母さん、私が実家に帰って来るからって張り切りすぎちゃって準備しすぎちゃったんだ。だから、みんな来てくれて助かったよ。私達3人では食べきれる量じゃないもんね。ちなみに昨日もこの量だったのよ。信じられないよね?全部食べるのに何時間掛かったか!」
(昨日はこの量を3人で食べきったって言うの!?)
「まあまあ。みんな今日はクリスマスパーティーだと思って楽しんでくれたまえ。」
雪乃の父友一がそう言った。結衣は嬉しそうに「やったー!」と言って腕を上げた。
「あ、そうだ。みんな。さっきさ、お母さんと一緒にKINGの動画見てたんだ。」
「へぇ。」と応えながら凛は自分のスマホを取り出して動画を見ようとした。
「さすが凛ちゃん。もうスマホの準備して賢いねぇ。他の悪い子のみんなも今日のKINGの動画見ておいた方が良いよ。」
「悪い子の意味がわからないけど動画見ておいた方が良いのか?」
春人は不思議そうに聞いた。
「そう。興味深いと思うよ。みんな行儀悪いけど食べながら見て。」
雪乃の言葉に従い拓也達もスマホを取り出した。スマホを取り出さなかったのは結衣だけで、結衣は龍司のスマホを横から覗き込んでいる。
今日KINGが配信した動画は今まで同様オリジナル曲を激しく動きながら演奏をしている動画だった。拓也はさっき雪乃が言った様な興味深い内容とまでは思えなかった様子で動画を見るのをやめようとした。
「最後までちゃんと見てあげてね。」
雪乃に言われ拓也は「はい。」と答えて少し遠ざけていたスマホを近づけた。
「曲は格好良いよ。けど、興味深い内容ではないんだけどな…」
春人が言うと雪乃は「めっ!春人君、めっ!そんな事言っちゃ、めっだよ。文句言わないの。」と言っていた。
KINGの演奏が終わるとKINGは重大発表と書かれたスケッチブックを取り出して画面に見せる。
「重大発表?」
「そう。」
雪乃は楽しそうに凛達を見渡した。凛は首を傾げながらスマホを見つめた。
KINGはスケッチブックを捲り次の文字を出す。拓也はその文字を声に出して読んだ。
「動画は一人で演奏しているけど本当はバンド活動をしています?そうだったのか。」
「みたいだね。」と雪乃が答える。またKINGがスケッチブックを捲る。それを次は龍司が声に出して読んだ。
「今のバンドは今年の10月に結成したばかり。それまでは違うバンドで活動してた。へぇ。だから何だよ。」
「まあまあ、いよいよ重大発表だよ。」
雪乃は楽しそうに呟いた。
「明日、12月26日金曜日。」
真希が読む。
「うん。明日だねぇ。」
「神奈川県にある柴咲という街で行われる第2回柴咲音楽祭。」
春人が読んだ。
「うんうん。拓也君達The Voiceが出場する柴咲音楽祭の事だね。」
「な、なに?」
凛が言う。
「さあ?なんだろうねぇ?」
雪乃は答えを知っているのにわざとそう答えた。KINGが次のページを捲る。
雪乃はその文章を出すタイミングに合わせて言った。
「そこにKINGは出場します。もちろんバンドの一員として。」
凛達は揃って「えーーーー!!」と大声を出して驚いた。
「KINGが…KINGが明日の柴咲音楽祭に出るのか!?」
「そうらしいよ。」
「そうらしいって…これ本当なのか!?」
「そこに書いてるから。本人が言ってるから。」
「だよなぁ。んっ?また捲った。明日、近くの人は応援に来てね。予選でKINGだって気付いた人は話し掛けて来てね、だと。明日の予選参加者は132組だぞ。わかるわけねーだろ。」
「柴咲音楽祭の宣伝をしてくれてるんだよ。来てくれる人が増えればその分盛り上がるし。」
「それはそうだけど…」
「まだ続きあるよ。」
「え?ホントだ。明後日の決勝トーナメントで決勝戦まで残る事が出来たら。その場で正体を明かします?マジか。」
「その場に来てくれた人だけがKINGの正体を見れますよ。で動画が終るの。」
KINGがスケッチブックを捲ると雪乃が言った通りの文字が書かれていて動画が終った。
「予選突破したら明日動画は更新されるのか?」
「さあ?私KINGじゃないからわかんない。」
「そっか。そうだよな。」
「でも、凛ちゃんなら明日KINGの演奏を聴けば誰がKINGなのかわかるよね?」
雪乃がそう言うと真希は凛の顔を見ながら答えた。
「だろうね。けど、凛は演奏を終えたらすぐに家に帰らすよ。132組の演奏を聴かせたら明日だけで倒れるだろうからね。」
「そっか。じゃあ決勝トーナメントまでKINGの正体は分からず終いだねぇ。」
「そうでもないさ。雪乃がいるからね。」
「私?無理だよぉ〜。全盛期程の耳じゃないからねぇ。」
「そう言えば以前に凛に聞こうと思って聞いてなかった事があるんだけど。」
真希は凛を見ながら言った。
「なんですか?」
「凛はKINGと話してるよね?」
「え?あ、うん。話したよ。」
「って事は凛はKINGが男か女か知ってるって事だよね?」
「あっ。」
と声を漏らしたのは龍司だった。
「俺はKINGって名前だけで男と思い込んでいたけど。」
と春人が言うと結衣も「うん、うん。」と頷いてた。
「で、KINGは男なの?」
「そっか!真希達はそれすらも知らなかったんだね。KINGは女性だよ。」
「お、女……」
拓也は驚きの余りそれ以上の言葉を発しなかったし龍司は騙された訳でもないのに「騙されたー!」と叫んで春人は「思い込みって恐いね。」と呟いた。
「女性かぁ〜。良い情報をもらったよ。これで女性ギタリストの演奏を集中して聴けばKINGがわかるよ。ありがとう凛ちゃん。」
「いや、待て。女と決めつけるのはまだ早いかもしれねぇぞ。」
「龍司君どういう事?」
と雪乃が首を傾げて龍司に聞いた。龍司は拓也の顔を見ながら答える。
「タクみてぇに女性の声を出せれるヘンタイがこの世に何人もいるのかもしれねぇと思ってよ。」
「なるほどぉ〜。」
「ゆ、雪乃…何がなるほどぉ〜、だよっ!納得すんなよっ!俺はヘンタイじゃないぞっ!!」
「ところで真希ちゃん。KINGの登録者数が30万人になってたの気が付いてた?」
「おいっ!雪乃っ!無視すんなよっ!」
「ええ。前見た時は確か7万人くらいだったのに随分と増えたなって思ってた。」
「真希まで…」
そう呟いた後拓也は悲しそうに俯いていた。
「真希ちゃんのQueenがもうすぐ80万人でThe Voiceが1万人、か。」
「えっ!?俺らの登録者数ってたったそれだけなのかっ!?」
「龍司…今さら何言ってんだよ…」
「えっ?えっ?ハルは知ってたのか?」
「おそらくここにいる全員知ってたよ。」
龍司は真希達の顔を一人ずつ確認していく。龍司と目が合った者は順に頷いていく。
「マジかよ…全員知ってたのかよ…てか、1万人って少なくねぇ?」
「多い方よ。」
「多くねーよっ!俺はお前の登録者数聞いてたから俺らも何十万人もの登録者がいると思ってた!」
「龍ちゃん…比べる相手間違ってるよ…Queenと比べちゃダメだよぉ。」
「これでも随分と増えたのよ。あの相沢裕紀とあんたらが一緒に歌った動画を配信してからね。」
「相沢のおっさんの力かよ……人の力で登録者数が増えただなんて情けねぇ…」
「そんなもんよ。」
「お前は違うだろ!自分の力だけで登録者数増やしてんじゃねーかよっ!」
「そんな事より明日の話しをしよう。」
拓也がそう言うと真希も「そうね。」と答え龍司の話しを終らせた。
「俺達の最大の問題は凛だ。」
そう言って拓也は凛を見つめた。凛は驚いて拓也を見返した。
「明日だけじゃなく明後日の決勝トーナメントでも凛には極力他の人の演奏は聴かさない方が良さそうだ。」
予選を突破する事が前提で拓也はそう言った。
「そうだな。特に芹沢と新川のJADEの演奏だけは聴かせられない。」
春人の言葉に凛以外の全員が頷いた。
「イヤホンで曲を流していても会場の大音量の音は入って来るだろうしね。」
真希が困った表情を浮かべて言うのを見て凛は「なんかすみません。」とみんなに謝った。
しかし、凛は思う。問題があるのは拓也もだと。今は平気に話しをしている。だけど、ふと悲しい表情を浮かべる。今だって会話の途中途中で悲しい表情を浮かべていた。
(私達バンドの最大の問題は拓也君と私だ。バンドの中で2人も問題を抱えている事が一番の問題だ)
4
2015年12月26日(土) 13時
The Voiceの運命を決める2日間がやってきた。出演時間は午後3時ちょうど。凛以外の神崎龍司達4人は午後1時に現地で集合する予定だったが龍司と結衣以外はまだ誰も姿を現さない。
「1時ちょうどだね。みんなおっそいなぁ〜。待ち合わせ場所は野外ステージ入口で合ってるよねぇ?」
結衣が龍司が夏にプレゼントした腕時計を見つめながら言った。
「ああ。合ってる。」
結衣は毎日その腕時計を付けてくれている。それが龍司は嬉しかった。しかし、龍司はその事を言葉にする事がどうしても出来ずにいた。
(毎回その腕時計付けてくれてるな。似合ってるぞ。)
龍司がそう言葉にしようとした時、真希と春人の姿を結衣が見つけ龍司は言葉にする事が出来なかった。
「あ、来た来た。ここだよぉ〜。2人ともチコクー!」
ごめん。と言いながら真希と春人が近づいて来る。
「今演奏してるのは?」
春人が特設ステージを見ながら龍司に聞いた。
「知らねー。」
「紀子達の和装はお昼前に演奏が終ったんだって。ちょうど結衣達がここに来た時ばったり会って彼女達帰るところだった。また結果を知る為に紀子だけ夜来るって。」
「大阪のホワイトピンクは?」
「あいつらは俺らの2つ後らしい。タクが言ってた。あいつら昨日には横浜着いてホテルに泊まってたらしいし、そろそろ着くんじゃね?」
「そうか。JADEの出番は?」
「それなら調べてある。JADEの出番は俺達の一つ前だ。」
「…一つ…前…。よりによって……」
「凛はJADEの演奏を避けられねぇな。」
「全く。参ったな。」
「こうなった以上はしょーがねー。凛は辛いだろうけどやるしかねぇ。」
「そうだな。」
「てかさ、雪乃達はまだかよ?」
龍司のその質問には真希が答えた。
「雪乃はもう着いてるわよ。」
「えっ?雪乃の奴もういんのかよっ!」
「朝一でおばさんと一緒に来て今は亮と一緒にいるって。」
「はあ!?朝一で来てんのかよっ!?てか、なんで亮がいるんだよ?」
「今朝亮とはたまたま会ったらしいわ。」
「今朝!?亮の奴どうしてそんな早くからここ来てんだ?」
「さあね。太田君と相川と楓と五十嵐先輩の4人はもうすぐ来るって。ちなみにトオルさんは明日来るってさ。」
「明日?」
「私達が決勝トーナメントに残るって信じてくれているのよ。で、拓也は?」
「ああ、タクはみなみと会えないけど病院に寄ってから来るってよ。多分こっちに着くのは2時頃になるだろうってさ。」
「そう。じゃあ、3時まで時間もあるし、ちょっと寒いけど何か食べよっか。龍司達はお昼何か食べた。」
「いや、まだだ。」
「ここにいるだけで良い匂いがするから結衣は真希さん達が来る前に誘惑に負けて唐揚げ食べちゃった。でもまだまだ食べられるよ。」
「じゃあ、私と結衣はここで五十嵐先輩達の到着待ってるから龍司と春人、私達が好きそうな物買って来て。」
「真希さん。結衣は雪乃さんと亮くん探して来るよ。」
「そう?じゃあ、頼もうかな。」
「うん。任せといて。」
「じゃあ、龍司と春人よろしくね。」
龍司は「俺達を顎で使うな。」と文句を言いつつも真希の指示に従った。
5
2015年12月26日(土) 13時10分
霧島亮は雪乃と雪乃の母の3人で野外の特設ステージ真ん前の場所で演奏を聴いていた。
亮は楽しそうにステージを見る雪乃の横顔を見つめた。
(全く…どうして朝一番で来るかなぁ…)
亮は柴咲音楽祭が始まる8時前にはギターを持って会場に到着していた。
どうして亮がこんなにも早い時刻に柴咲音楽祭にやってきたのか。
それは2ヶ月前に結成したばかりのバンドで柴咲音楽祭に出場するからだ。
この事はThe Voiceのメンバーにはまだ話していない。
自分達のバンドを結成して柴咲音楽祭に出場すると何故か亮は言い出せなかった。こうなれば決勝トーナメントに進出して拓也達を驚かせてやろうと思った。予選敗退ならそのまま何も報告しないつもりでもいた。
バンドメンバーはボーカルの文月響。ベースは有栖詩。ドラムは向井陸。そして、ギターの亮の4人だ。年齢は全員中学2年の14歳。まだ中学生だが、それぞれが違うバンドで活躍していてそれなりに経験があった。ライブ等でそれぞれ面識があり亮が新しいバンドを結成しようと思うと相談をしたところ3人は既にバンド解散が決まっていた。タイミングも合い響と陸は快く誘いに乗ってくれた。詩はバンド解散後は音楽活動は辞めるつもりでいたが何とか説得をする事に成功した。そして、亮達は新たに『SPADE』という名のバンドを結成した。
午前8時15分前にSPADEが野外の特設ステージに上がり演奏を始めた。
まだ朝早くて観客席はまばらだった。
(朝早くて良かった。こんなに早く知り合いも来ないだろ……んっ?んんっ!?)
亮は演奏中、観客席の一番前に車椅子に座って楽しそうに演奏を聴いている雪乃の姿を見つけた。
(ど、どどどど…どうしてこんな朝早くに長谷川雪乃が来てんだよ……)
演奏後、亮は雪乃の元に駆け寄った。
「亮ちん。凄かったよ。いつバンド結成したの?」
「えっ?亮ちん?あ、ああ。え〜と。10月末くらい、かな。」
「すごぉ〜い!たった2ヶ月くらいでこのレベルはすんごいねぇ!ねぇ、お母さんもそう思うでしょう?」
「うん。凄いわねぇ。」
「雪乃さんは…ど、どうしてこんな朝早くに?」
「雪乃。」
「え?」
「雪乃っ!」
「えっ?」
「もう!雪乃さんじゃない!雪乃!」
「…雪乃。」
「そう!私は全員の演奏を見ようと思ってね。それに今日KINGがここで演奏するんだってさ。私、KINGの正体暴いてやろうと思って。」
「暴く?」
「そう。誰がKINGなのか一番にわかってやろうと思って。」
「それでこんなに早く?」
「うん。」
「あの…実は俺バンド結成した事、拓さん達には言ってないんすよ。」
「黙ってればいいの?」
「はい。決勝進出してびっくりさせてやろうと思って。」
「そっかー。それ面白いね。でも、私黙ってられるかなぁ〜。色々と喋っちゃいそう。」
「色々と?」
「うん。色々わかった気はするの。でも、確信が持てないなぁ…私の耳、やっぱり全盛期程じゃなくなってるんだなぁ。」
亮は雪乃の横顔を見ながら『色々って他に何に気が付いたんだ?』と思っていた。
「お〜い!雪乃さぁ〜ん!亮くぅ〜ん!」
「結衣ちゃんの声だ。」
「探したよぉ。って言っても雪乃さん車椅子だからすぐわかったけど。あ、おばさんお久しぶりです。」
「もう!結衣ちゃん!雪乃だってばぁ!」
「あ〜。そうそう。雪乃。じゃ、みんなここに呼び出すね。てか、2人は朝早くにここ着いてたんだよね。」
「うん。そうだよ。」
「どうして朝早くに?」
「う〜んと。え〜っと。」
雪乃がウソを付こうと必死に考えていたので亮が間に入った。
「ぜ、全員の演奏を聴こうと思ってたんだ。お、俺も雪さんも。」
「そうそうそうそう。そうだった。朝一にここに来たら亮君がステージに現れてびっくりしたよぉ。」
「ステージに??」
「そうそう。ステージ前に来たら雪さんがいてさ。俺もびっくりしたよ!」
「あ、ステージ前にかぁ。」
亮は今すぐにでもバンド結成を話してしまいそうな雪乃に不安を抱き小さな声で言った。
「雪さん話しそうになってんじゃんか!頼むから今日一日だけは言わないでくれよ!」
「言ってないでしょ!失礼しちゃうわねっ!私、Queenが真希ちゃんと知った時もみんなに言わなかったし未だにみなみちゃんに頼まれた事もナイショにしてるのよっ!だから亮君がバンドを結成した事も言わないよぉ!」
「しーっ!!」
「亮くんバンド結成したんんだ…大丈夫。結衣は口固いから。」
「あっ。」
「もー!!雪さんっ!!」
「大丈夫だって。結衣ちゃん口固いって言ってるし。」
「で、亮くんのバンドはどんなバンド?」
「う〜んとね。本格派ロックバンドって感じだね。で、そのベー…」
「ちょっと待って!どうして雪乃さんがそんな事まで知ってるの?」
「雪乃っ!」
「…あ、ああ、雪乃はどうしてそこまで亮くんのバンドの事知ってるの?」
亮は「雪さんっ!」と言ってこれ以上雪乃に話しをさせないようにしようと考えたが雪乃は話しをやめなかった。
「だってさっき私亮ちんのバンド見てたもん。」
「ちょっと!雪さんっ!!」
「さっきって…まさかここで?」
雪乃が「うん。」と答えたと同時に亮は右手で顔を塞いだ。
「亮くん柴咲音楽祭に出場してたの?」
「…あ、ああ。わりぃ。」
「龍ちゃん達にも内緒で?」
「…そうなんだ。頼むっ!この事はまだ龍さん達には秘密にしておいてほしいっ!」
「わかったよ。任せといて!それより雪乃さん。サクラちゃんに頼まれた事ってなぁに??」
「雪乃っ!」
「あ、雪乃。」
「そう雪乃。」
結衣は雪乃から続きの言葉が出てくるものだと思ったのだろう。少し黙って雪乃を見つめていたが雪乃はステージの方を見て「あの人達面白いよぉ。ほら、結衣ちゃんも見て見なよ。」と言い出したので結衣は頬を膨らませた後雪乃に言った。
「雪乃さんごまかさないでっ!サクラちゃんに頼まれた事ってなにっ!?」
「雪乃。」
「雪乃っ!!ごまかさないっ!答えるっ!!」
「……ご、ごめん。それだけは言えない…お願い!聞かなかった事にしてっ!お願いっ!」
雪乃は両手を合わせて結衣に頼み込んでいた。
6
2015年12月26日(土) 13時30分
橘拓也は集中治療室の前にいた。
この壁の向こうにはみなみがいる。そう思ってただ壁を向かいに拓也が立っていると面会を終えたみなみの両親が集中治療室から出て来た。
「今日も来てくれたのね。」
「あ、はい。」
「今日は大切なイベントがあるんでしょう?」
「はい。あ、でも3時からなので、それまでに一度ここに来ておこうと思って。」
「そう。ありがとう。」
「みなみの様子は?」
みなみの母は俯き頭を振った。
「クリスマスプレゼント。中身を開けてみなみに渡してもらえませんか?」
「え?箱から出すの?」
「はい。お願いします。」
「みなみ。自分で箱を開けたいと思うけど。」
「かもしれませんね。でも、あの中には指輪とネックレスが入っているんです。指輪だけでもみなみに渡してもらいたくて。」
「ペアリングなのね?」
みなみの母は微笑みを浮かべ問いかけてきた。拓也は照れながら「はい。」と答えた後、
「この指輪に願いを込めて歌いたいと思って。」
と自分の右手の薬指に嵌められた指輪を見つめまた照れながら言葉を付け足した。
「そう。わかったわ。次の面会時間にみなみに渡すわ。きっとあなたからの想いがみなみに届くと思う。あなたは一人じゃないし、みなみも一人じゃない。」
「ありがとうございます。」
「一人じゃないと思えれば頑張れる。」
拓也はその言葉に深く頷いた。
「ありがとね。」
「え?」
「みなみは一人じゃないと思えれば頑張れるはず。だから、拓也君。君も今日頑張って来てね。」
「はい!」
「それと、一昨日は少し言い過ぎたわ。ごめんね。昨日謝りたかったけど謝れなかった。本当にごめんなさい。」
「いえ。そんな…」
「本当にごめんなさい。ううん。違うわね。本当にありがとう。」
そう言ってみなみの母は拓也の前でまた涙を流していた。
7
2015年12月26日(土) 14時45分
一ノ瀬凛が柴咲音楽祭が行われている会場の近くに辿り着いた時、既に今演奏しているバンドの曲が聴こえて来た。
(まずいな…音楽聴いてても演奏してる曲が聴こえる…)
凛はイヤホンをして大音量で音楽を聴いているが、それでもステージで演奏されている曲が耳に届き感情が入って来る。
(…普通に感情が入って来る…これじゃイヤホンしている意味がない…)
凛は特設ステージ前にいる拓也達と合流するのをもう少し遅らせようと思った時、後ろから肩を軽く叩かれた。振り向くとそこに雪乃の母、蘭が立っていた。凛はイヤホンを外して挨拶をした。
「あ、おばさん。こんにちわ。」
「こんにちわ。みんなならステージ前にいるわよ。」
(まずいまずいまずい…)
「あ、はい。知ってます。」
「そう、じゃあ一緒に行きましょう。」
(イヤホンで音楽聴いてても感情入って来るけどイヤホン着けてないとかなり感情が入って来る)
もう少し会場に入るのを遅らせたかった凛だが今すぐイヤホンを取り付けたくて蘭の言葉に従い会場に入る事に決めた。蘭の後ろを歩きながら凛はまたイヤホンを耳に取り付けた。
凛がステージ前に到着するとThe Voiceのメンバー4人と雪乃、亮、相川、太田、結衣、楓、五十嵐の7人が揃っていた。
「あ〜凛ちゃん来たぁ!」
と結衣が言っていたようだがイヤホンで曲を流している凛にはその声は聞こえなかった。凛はちょこんと真希と春人の間に座ると春人がスマホに文字を書いて凛に手渡した。
–残念なお知らせだ。JADEの演奏が俺達の一つ前だって事がわかった–
凛はその文字を読んで「そんなぁ。」と声に出して言った。大音量で音楽を聴いている為、自分の声の大きさがわからなかったが横に座る真希が驚いた表情を見せたので相当大きな声を放っていたのかもしれない。
後ろに座っていた拓也が凛の肩をとんとんと叩いてきた。凛が振り向くと拓也も春人と同様スマホを凛に見せてきた。そこには長文が書かれていて凛が来る前に文章を用意してくれていた事がわかった。
–時間がないけど紹介するよ。まず、俺の横に座っているのはサザンクロスの相沢裕紀さん。ひなさんのお父さん。その横に髪色を白っぽいピンクに染めている女性が4人座っているだろ?それが大阪から来たバンド『ホワイトピンク』彼女達はこの日の為に髪色を変えて来たらしい。俺がこの前大阪いた時はみんな黒髪だったしね。左からドラム堀川遥で俺が大阪にいた頃のクラスメイト。ボーカル与田芽衣。彼女は俺と一緒に相沢さんからボイストレーニングを受けてた。で、ギターの赤羽サトさんとベースの生島まどかさん。
ホワイトピンクの演奏は俺らの2つ後だから、その演奏が終ったらここにいる全員でルナに行く予定だからそこでちゃんと紹介するよ-
凛は拓也にスマホを返し相沢達に軽く礼をした。相沢達は凛の特殊な耳の事を聞いているらしく礼だけをして話し掛けて来る事はなかった。
そして、14時50分になった頃「そろそろね。」と言って真希が立ち上がると拓也達も立ち上がった。遅れて凛が立ち上がると座ったままの結衣達が「頑張って!」と順に声を掛けてくれた。
最後に声を掛けてくれたのは雪乃で、
「私も亮君もステージに立てないけど、みんなと一緒に演奏してるからね。」
と言ってくれた。
「そうだ太田君。今日の演奏も録画お願いね。今日の動画はみなみに絶対見てもらいたいから!」
「うん!任せといてっ!」
「助かる。」
「よしっ!行こうぜ!」
龍司が言って凛達はステージの袖へと向かった。するとそこには次の演奏を待つ黒と赤で統一した衣装を身にまとったJADEの2人の姿が既にあった。
「よー!久しぶりだなー。元気してたか?うぅん?」
芹沢が大きな声で言って龍司に抱きつこうとしたが龍司はそれを避けた。
「なんだよお前ら衣装は制服なわけっ?いいじゃん!」
「テンション高けぇーな。」
「もうノリノリよっ!なっ日和?」
新川は芹沢から声を掛けられたというのに何の反応もせず、まるで声が聞こえていないかのようだった。そして、ずっと頭を抑え汗を拭っていた。
(こんな真冬に凄い汗…もしかして…禁断症状??まだこの2人は薬物をやめてないんだ……)
凛は芹沢と新川の2人を見て悲しくなった。
14時56分。
JADEの2人はステージに立ち左手をお腹に右手を背中へ回し丁寧にお辞儀をした。芹沢はその行動を楽しそうにしていたが新川の方はまるでやる気がなかった。その後、芹沢はピアノの元へ新川は今にも倒れそうな足取りでドラムの元へと移動した。
(そんなフラフラの体でドラムを演奏出来るの?)
凛は新川の姿を見てそう思ったが演奏が始まると新川の様子は一変した。
芹沢の狂ったピアノと新川の狂ったドラムから気持ち悪い感情が凛に襲いかかる。イヤホンから流れる大音量の音楽など無意味だった。
凛は気持ち悪くなってその場に座り込んだ。ただでさえ限界を迎えていたというのに芹沢が歌い出した事によって追い打ちを掛けられた。
(気分が悪い…狂ってる…この2人は狂ってる……この場から逃げ出したい……だけど…今日は大切な日なの…予選を通過して…私達はプロにならないと……)
そう思ったのも束の間、凛は意識をなくし倒れ込んでしまった。
8
2015年12月26日(土) 14時56分
JADEの演奏が始まった途端、凛がその場に座り出した。
真希が凛の腕を持ち「大丈夫?」と声を掛けたが返答がない。
そして、芹沢が歌い始めた時、凛は倒れ込んだ。
凛が倒れ込んでからの結城春人の行動は早かった。
凛の側に駆け寄り声を掛けた後、拓也に相川と太田の2人をここへ呼ぶように伝えた。
「大丈夫なのか?」
龍司が凛を心配して春人に聞いた。春人は「大丈夫だ。」と凛を見ながら答えた。
「だけど、ここにいては凛が持たない。どこか遠くに連れて行ってもらわないと。」
「それで拓也に相川達を呼ぶように伝えたのね。」
「ああ。」
春人は相川と太田を呼ぶように拓也に伝えたはずだが拓也が連れて来たのは相沢一人だった。不思議そうに拓也を見つめる春人を見て相沢が言った。
「あの2人には演奏を聴かせてやりたいと思ってな。俺一人じゃダメだったか?」
「あ、いえ。じゃあ、この子を何処か…そうだな。そこにエンジェルっていうライブハウスがあるんで、あの辺りまで連れて行ってもらえますか?」
「わかった。」
相沢は凛を抱きかかえ春人が指示した通りエンジェルの方へと歩き出した。その後ろ姿を春人達が見送っていると真希が「あと2分よ。」と言ったので春人達は真希の方を向いた。
「仕方ない。予選は4人で乗り切るわよ。」
真希の言葉に春人達3人が「ああ。」と答えると真希は靴だけを脱いだ。
「予選はかならず通過する。そうしないと凛は予選通過出来なかったのは自分のせいだと責めるだろうからね。」
「そうだな。全く世話が焼ける。」
龍司がそう言うと真希は演奏を続けているJADEのステージを睨む様に見た。春人もステージを見つめた。
「JADEが決勝トーナメントに残り勝ち進めば凛は演奏出来なくなる。それは俺達にとってかなりの不利だ。」
「お互い決勝トーナメントに残れれば1回戦で当たってほしいな。」
「それで私達があいつらを倒す?」
「いいねぇ。それかここで落ちろっ!」
「この演奏を聴く限り予選落ちはないだろうな。」
「私も春人に同感。」
「だよなぁ。てか、審査員は?いねーよな?」
「審査員は明日しか来ないみたいだ。今日の予選の審査はエンジェルのオーナーの小野さん一人でやっている。」
「あいつがか。で、あと何分だ?」
「1分よ。」
「よしっ!円陣組むぞ!」
4人は円陣を組んだ。春人達は龍司を見つめる。龍司は真希を見つめた。
「リーダー何か言う事あるか?」
「そうね…昨晩、ひなから連絡があったわ。」
「ひなさんから?」
「なんだよっ!今それ必要か?」
「ひなさん、なんか言ってたのか?」
「おいタク!」
「俺も聞きたいけどね。」
「ハルまで…じゃあリーダー。サクッと言ってくれ。」
「あんたら明日の予選ごとき突破出来ひんかったら承知しいひんからなって。」
「ふんっ。偉そうに。後でひなに伝えといてくれ。俺らの心配するより自分達の心配してろって。」
「それは伝えといたわ。」
「てか、あいつらオリコン1位なんて獲れんのかよ?」
「龍司、私達はひな達の心配より自分達の心配をするの!」
「あっ、そうだな。悪い。悪い。」
龍司が軽く謝ったところでJADEの演奏が終った。観客席からは盛大な拍手が起こった。春人達は円陣を組みながらステージの方を見つめた。
「演奏が終った。」
そう言って拓也が龍司を見る。
「時間だ。」
そう言って春人は龍司を見る。
「龍司お願い。」
そう言って真希が龍司を見る。
龍司は3人の顔を見てから深く頷いた。
「楽しもうっ!!」
「おぉー!」
「おぉー!」
「おぉー!」
龍司は顔を叩き気合いを入れ、真希は靴下を脱ぎ乱暴に投げ捨て春人は眼鏡を眼鏡拭きで拭いた。そして、拓也はいつもの様に「俺には出来る。俺には出来る。」と魔法の言葉を放った後、右手を空に掲げ薬指に嵌められた指輪を眺めて「行って来るよ。」と呟いた。
*
「一ノ瀬凛…いいひんかったけど凄かったな…」
与田はThe Voiceが演奏を始めた瞬間から口を開けたまま閉じていない。演奏が終わった今でも口が開いたままだ。
「拓也君と龍司君のドラム。それに一ノ瀬凛。この3人が凄いバンドやと勝手に想像してたけど…」
「そやな。拓也と龍司が凄いのは実際見て知ってた。一ノ瀬凛の話しも与田から聞いてたし凄い事は想像出来てた。けど、あの女性ギタリストとイケメン眼鏡のベースまで桁違いの上手さとは…」
そう言った後、堀川遥は与田の顔を見て告げた。
「さっさと口閉じや。夏やったらあんたの口の中虫で一杯やで。」
*
一ノ瀬凛が目覚めた時、凛の横には何故か相沢だけがいた。
「…えっ?ここは?まさか私気を失ってたんですか?」
「大丈夫だ。安心しろ。」
相沢の返答は凛の質問の答えになっていなかった。凛は起き上がり辺りを見渡した。
ライブハウス『エンジェル』近くの芝生の上に凛はいる。この距離でも充分凛の耳には曲と感情が届いて来る。急いで凛はスカートのポケットを探すがイヤホンが見当たらない。
「これか?」
相沢の手には凛のイヤホンがあった。凛は小刻みに頷いてイヤホンを手に取り耳に取り着けようとしたところで重大な事に気が付いてイヤホンを落としてしまった。
「…今……何時ですか……?」
「15時8分。丁度ホワイトピンクが演奏を始めた頃だ。」
「そ、そんな……8分間…私は気を失ってたの?」
「そうだ。」
「ヴォイスは?The Voiceは?」
「んっ?」
「私のせいで不参加になってないですよね?ちゃんと演奏終えたんですよね!?」
「大丈夫だ。安心しろ。」
相沢の最初の返答も今の返答も無事The Voiceが演奏を終えた事を意味していたのだとここで凛はわかった。
(たった8分……されど8分…私は大事な予選に参加出来なかった……もしこれで予選突破出来なかったら責任は全部私のせいだ……この8分間は重い……)
9
2015年12月26日(土) 15時12分
ホワイトピンクの演奏が終った。ホワイトピンクの曲は聴いていて元気が出来る曲だった。そして、ボーカルの与田の歌声は透明感があり曲にぴったりの声だった。
(与田芽衣…こういった元気な曲も良いけどバラードを歌ったらどうなるんだろう?)
姫川真希はホワイトピンクの演奏を見届けてから凛がいる場所へと向かおうと思っていた。
「凛ちゃん帰って来た。ちゃんと歩いてる。もう大丈夫だね。」
雪乃が指を指しながら嬉しそうというより楽しそうにそう言った。真希が雪乃の指差す方向を見ると雪乃が言った通り凛はふらつきながらもこちらに歩いて来ていた。横には相沢がいて凛の肩を持ち体を支えている。
「ホワイトピンクの演奏も終った事だしルナに行きましょう。みんな良いよね?」
真希の言葉にここにいる全員が頷いた。
真希達The Voiceの5人と結衣、相川、太田、楓、五十嵐、亮、雪乃の7人とホワイトピンクの4人と相沢も誘い総勢17名は別れてタクシー6台に別れて乗り込んだ。タクシーの乗車に手間取っている雪乃の姿を見てホワイトピンクの与田が、
「あの長谷川雪乃が…本当に不自由な体になったんや…可哀想……」
と呟いた。真希達は拓也から与田は昔ピアノを習っていて雪乃や凛の事を知っていた事を聞いていた。与田は哀れみの目を雪乃に向けている。そして、
「可哀想」
と呟いた。その言葉に真希は腹が立った。雪乃の事を可哀想とか言うな。雪乃の事を可哀想な目で見るな。真希がそう言おうとした時、
「与田。そんな目であの人を見るな。可哀想だなんてあんたが言うな。」
と遥が真希よりも先に与田に言った。与田は、ごめん。と遥に謝った。
「与田。あんたはこれから日本の音楽界を背負ってくボーカリストになる。私はそう思ってる。そんな人が障害を持った人の事を可哀想やなんて言ったらあかん。そんな目で見てもあかん。障害があろうがなかろうがそんなもん関係ない。平等にその人を見ろ。わかったな?」
「…う、うん。ごめん。」
真希はその会話を聞いて怒りが収まった。
雪乃の母蘭が家に帰る前に連絡してくれれば雪乃を迎えに行くからと真希に告げてその場を去って行った。蘭も今の与田達の会話を聞いていたのだろう。笑顔で与田と遥の方を見つめていた。
拓也は病院の方へ向かおうと考えていたらしいが自分だけがルナに行かないのは悪いと思ったのだろう真希達と共にルナへ行く事を決めた。
凛は真希達に何度も謝まり、真希が心配した通り「これで予選通過出来なかったら私の責任だ。」と今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら言っていた。真希達は凛にそんな事はないと告げ気持ちを切り替える様に凛に告げた。
真希が乗るタクシーには凛と相沢が乗っている。
「私のせいでホワイトピンクの演奏見れなくてすみませんでした。」
今度は相沢に凛は頭を下げていた。
「謝る必要はない。ホワイトピンクの演奏はいつも聴いている。俺の役目は彼女達を無事ここに連れて来て大阪に無事届ける事だからな。」
助手席に座る真希は後ろを振り向いて言った。
「優勝させる事じゃないんですか?」
「いや。」
「…冷たいですね。」
「俺はバンド全体を教えているわけじゃない。与田のボイストレーニングしかしていないからな。トオルだって君に…真希だったか。真希にギターしか教えていないだろう?」
「そうですけど…」
「俺もトオルも優勝させるだなんて大それた事を考えちゃいねーよ。」
真希は前を向き少し俯きながら言った。
「…そっか。そうですよね。」
「勘違いするな。優勝はしてほしいし応援もしている。ただ、優勝させると言いきれる程の事は何もしていないだけだ。」
「あ、あの…会話中ごめんなさい。わ、私、あの…もしかして相沢さん…ホワイトピンクの演奏だけじゃなくって私達の演奏も聴きたかったんじゃないですか?それなのに私が倒れたせいでThe Voiceの演奏も聴けなかった…」
「……いや、まぁ、拓也と龍司のバンドがどんなものか聴きたかったっていうのはあるが別にいいさ。気にするな。」
「すみませんっ!すみませんでした!」
「また明日があるんだろう?」
「……」
「凛、大丈夫よ。私達は予選を突破する。凛がいないくらいがちょうど良いハンデになったわよ。」
真希は後ろを振り向く事なくそう告げた。
「…うん、ごめんなさい。」
しばらくタクシーが街を走ると相沢は窓の風景を眺め「少し変わったが懐かしいな。」と呟いた。そして、急に「だが、そうだな。優勝したら話しは別だ。」と言い出した。真希は何の話しをしているのかわからなくて「え?」と声を出してもう一度後部座席を振り返った。
「いや、さっきの話しの続きだ。もし、ホワイトピンクが優勝すれば俺はそれなりに覚悟を決めるつもりだ。トオルはどうだか知らないがな。」
「覚悟を…決める?」
「ああ。ルナだ。」
「ルナ?」
「到着したぞ。ここは何も変わってないな。」
「あっ、ルナ…到着したんだ。」
真希は相沢の『覚悟』の意味が気になって尋ねようと思ったが新治郎が店先に出ていて相沢がタクシーを降りた瞬間「久しぶりだな。」と声を掛けたので真希は相沢にそれ以上話しを聞く事が出来なくなった。
「いつ振りだ?」
「いつだったかな?プロになってからは来てないはずだから…まあ、随分と前だな。」
「もう!相沢さんはサザンクロス解散して何年か経った頃にルナに寄ってくれたはずよっ!」
結衣がそう言うと相沢は「そうだったか?」と首を傾げて言ったが新治郎も覚えていなかった様子で一緒になって首を傾げていた。
「なんで2人とも覚えてないのよっ!新治郎も言ってたじゃん!プロ生活の頃の話しを聞かせてくれたって。」
「はて?そうだったか?」
「そうだよっ!」
「ま、細かい事は気にするな。え〜っと。何人だ?」
新治郎は指で真希達の人数を数え始めたが「結衣合わせて総勢17名。新治郎手伝うわ。」と結衣が言うと凛も「あ、私も手伝う。」と言った。新治郎は「当然だ。」と言った後、真希達に「全員頼めるメニューはホットコーヒーだけだかんな。あと、龍司、拓也、春人の3人、なにそこで突っ立ってんだ?さっさと水を出せ水を!」と告げ店内に入って行った。かと思うとすぐに外に出て来て『本日、貸し切り』と書かれた紙を入口のドアに貼付けた。
10
2015年12月26日(土) 17時30分
拓也が店の入口近くの壁際に置かれた大きな振り子時計の針を先ほどから気にしている。
あまりにも落ち着かずそわそわしているその様子を見て神崎龍司は拓也に声を掛けた。
「タク。もう充分俺達に付き合ってくれたよ。そろそろ病院に向かったらどうだ?」
拓也はみんなの様子を見渡した後「でも。」と言った。
「でもじゃないのっ!結衣達はここで勝手に騒いでるだけだし。」
「そうそう。俺らは放ってみなみのとこに行けよ。」
「ありがとう。結果は9時に会場で発表だよな?俺は病院から向うよ。みんなはどうする?」
「リーダーの私が代表して行こうか?」
「いや、全員で行こうぜ。凛も大丈夫だよな?」
「うん。師匠は?どうする?」
「私は帰るよ。お父さんに迎えに来てもらう。結果、どうなったか教えてね。」
「結衣ももちろん行くよっ!龍ちゃんとっ!バイクの後ろ乗るんだ。亮くんも行くよね?」
「あ、ああ。もちろん。」
「じゃ、遥、私らホワイトピンクはどうする?」
「私らも全員で行こか。」
「そやな。」
「もちろん相沢のおっちゃんもやで。」
「ああ、わかった。」
「てか、タク。いくらみなみの側にいたくても9時まではいられねーだろ?どうすんだよ。」
「会場に向かって後半に出場するバンドでも見ておくよ。」
「そっか。わかった。」
龍司が告げると拓也は掛け足でルナを出て行った。その姿を見て結衣が呟いた。
「サクラちゃん。ダイジョウブかなぁ?」
「きっと大丈夫よ。」
真希がそう答えた。結衣は真希の言葉を聞いて深く頷いた。そして、顔を下げたままぽつりと言った。
「目覚めた後は…入院生活長くなるのかな?」
(多分な…)
龍司はそう思っていても声には出せなかった。そうなってほしくなかったから。
11
2015年12月26日(土) 21時10分
夜9時をまわり一段と冷え込みも厳しくなってきているというのに特設ステージまわりには沢山の人達が結果発表を聞きに訪れている。
「皆様。大変長らくお待たせ致しました。これより見事予選を通過し明日の決勝トーナメントに進出した32組のバンドを発表致します。尚、決勝トーナメント進出したバンドの代表者には発表の後にメールを送ります。今から発表する順が明日の演奏順となります。トーナメント方式ですので、ここではあえて試合と表現させて頂きます。」
特設ステージに立っているエンジェルのオーナー小野が手に持っていた二つ折りの紙を広げた。
「では、発表します。予選通過バンド。The Voiceそして、らんらん。」
橘拓也はいきなりあっけなく自分達のバンド名が出て来た事に意表を突かれて固まった。
真希達も同じ感じで喜びを表現するまでに数秒掛かっていた。
「この二組が一回戦第一試合となります。そして次に発表する二組が一回戦第二試合となります。皆様、よろしいですね?」
小野は一人頷き、発表を続けた。
「では、続きまして第二試合。ラヴィン VS サンシャイン」
龍司は「よしっ!」と言った。春人が「どうして、よしなんだ?」と聞くと龍司は「二組の演奏時間合わせれば10分あるだろう?それなら凛をここから離れさせる事が出来る。出来るだけJADEの演奏は聴かせたくねーからな。」と言ったので横で聞いていた拓也はなるほどな。と思った。
(だけど、凛は普通に感情が入って来る。優勝すればプロとなれるこの音楽祭では予想以上の感情が凛を襲うかもしれない)
尚も小野の予選通過バンドと対戦相手が発表されている。
「第四試合。和装 VS レノン。」
前回準優勝バンド和装の名が呼ばれた瞬間、おぉ〜。という声が上がった。
「って事は、拓也君達が勝ち進めば準々決勝で和装と当たるってわけか。」
ホワイトピンクの与田が拓也を見上げながら言った。
「準々決勝か。悪くないな。」
拓也がそう答えると遥が腕を組みながら指をトントンとして、
「私らのバンドはいつ呼ばれるん?」
とイライラを隠しきれなくなっていた。
「お前ら予選ぐらいちゃんと通過してんだろうな?」
龍司がそう言うと遥は鋭い目つきで龍司を睨みつけた。
「あ、すまねぇ。」
遥が龍司からステージの方へと視線を向けたがその眼差しは鋭いままだ。
(堀川さん。なんか変わったな。俺と出会った頃なんていつもひょうひょうとしてて楽観的な性格だったしプロになる事なんか興味もなかったのに。こんなに必死になってるなんて。)
「第八試合。369Mirai VS ホワイトピンク。」
「きったぁぁぁーーーーーーーっっっ!!!!!」
遥が飛び跳ねながら叫んだ。
「369Miraiって奴はどこのどいつや!ぶっ倒したるっ!」
与田達も一緒に飛び跳ねていたが遥のその言葉を聞いて3人揃って遥の口を防いでいたがすぐ横にいた少女が「はーい。」と言って手を上げた。
「私が369Miraiの古川みらいです。19歳の大学生1年生です。よろしくね。」
「369Miraiってバンド?」
「ううん。一人だよ。エレクトーン弾いてるの。どうぞお手柔らかにね。」
「あ、ああ。うん。こちらこそ。」
あまりにも落ち着いた古川の話し方に遥は先ほどまでの勢いを消されていた。
「俺達にとって次の第9試合からの出場者は決勝でしか当たらないバンドって事か。」
春人がそう言うと龍司が「ああ、そうなるのか。」と納得していた。
「第十一試合。SPADE VS クロノス。」
決勝トーナメント進出者の発表と対戦相手はその後も続いた。そして、凛に一番演奏を聴かせたくないJADEは予想通り予選を通過していた。
「JADEは十三試合目か。最後の十六試合目じゃなくて良かったわ。」
真希が凛を見ながら言うと、
「最後だと何かマズかったの?」
と凛が聞いた。真希は呆れたという風に凛を見つめた後ため息を吐いた。
「凛、あんたわかってないの?最後の十六試合目が終ったらすぐに私達の演奏なのよ。」
「はっ!今日の予選と同じパターンになるところだったんだ!」
「そうよ。でもこれで一安心だわ。」
「一安心?どうして?」
「凛…まだわかってないの?」
「何が?」
「私達とあいつらが準決勝くらいまで進まない限り凛はあいつらの演奏を聴かなくて済む事になった。」
「え?そうなのっ!?ラッキー。」
「ラッキー、じゃないわよ。あんた他の演奏者からの感情に耐えきれる自信あんの?」
「…ま、まあ…ない…かも……あ、でも頑張るって決めたから…」
「でも、まあ、あいつらの演奏が一番凛にとってはキツそうだから本当に助かったわ。」
「で、でもお互い決勝に残れば嫌でもJADEの演奏を聴かないとダメになるんだよね?」
「大丈夫だよ。あいつらが決勝まで残れる訳がない。」
と亮が力強くそう言った。
「どうしたの亮?嫌に自信持って言うわね。」
「あ、嫌。そんな予感がするだけだ。」
「でも、そうね。亮の言う通り。薬に頼るような奴らが残れる程甘くないわよね。」
結衣が、そうそう。と言いながら亮の横に行って耳元で何かを囁いていた。拓也は今結衣が亮に何を言ったのかが気になってすぐに凛の元に行き「今、結衣ちゃんは亮になんて言ったんだ?」と聞いた。凛は結衣と亮を見ながら「亮くん。おめでとうって。」と答えた。
「亮におめでとう?どういう事?」
「さあ?結衣ちゃんはそれだけしか言ってなかったよ。」
拓也は亮を見つめながら凛に「ふぅ〜ん。」とだけ言った。
そして拓也は亮から夜空に視線を移した。
(何はともあれ…無事予選を通過する事が出来た。)
拓也は夜空を見上げながら右手を空に掲げ薬指に嵌められた指輪を見つめた。
(みなみ。俺達、明日絶対優勝するからな。)
月のやわらかな光が指輪を照らす。
『頑張れ!』
指輪からみなみの声が聞こえたような気がして拓也から笑みが溢れた。
(きっと俺達はこの指輪で繋がっている。そう思えるんだ。)
*
–無事、決勝トーナメント進出したよ!明日、必ず優勝するからね。–
一ノ瀬凛は師匠である雪乃にLINEを送った。数十分後、
–おうえんすてる。がんばれ?–
という返信が来た。
文字間違いがある。本当は応援してる。頑張れ!と打ちたかった事がわかる。
しかし、その文字間違いが余計に雪乃が一生懸命返信してくれた事が伝わって来る。
–私達が優勝したら次は師匠の番だからね。–
凛はそう文字にして気持ちを伝えた。
(次は師匠の番。師匠がピアニストとして動き出す番。そのきっかけを作りたい。師匠を動かす事が出来るとすれば私達が優勝するしかないんだ。だけど、今の文章で伝わったかな?きっと師匠の頭の中はハテナで一杯かも…)
さっきよりも長い時間が経ってから雪乃の返信が届いた。
–いんも春人くと同じよんなおと言うんたね–
「凛も春人君と同じような事言うんだね、か。」
凛は声にして雪乃の文字間違いを訂正して読んだ。
「春人君も同じ事を師匠に伝えてくれてたんだ…」
*
結城春人は部屋に飾られたトラとリスとウサギの3つのキーホルダーを取り外し机の上に置いた。
そして、その中からトラのキーホルダーを選び取り目線より高くして持った。
『春人?俺さ、プロのミュージシャンになりたいんだよ。』
貴史が事故に遭う前夜に目を輝かせながら言った情景が春人の脳裏に浮かんだ。
「貴史?貴史の夢は俺が受け継いだから。だから明日、一緒に夢叶えような。」
*
「ってね龍ちゃん。」
「ああん?聞こえねぇよっ!今なんつった!?大きな声を出せ!大きな声をっ!」
神崎龍司は結衣をバイクの後ろに乗せて家まで送っているところだった。
「明日、頑張ってねって言ったのっ!」
結衣は大きな声で叫んだ。龍司はアクセルを回し、
「あったりめぇーだぁー!俺はバンドの為でもなく俺自身の為でもなく結衣が優勝してくれって言うなら俺はお前の為に優勝してやるっ!」
と叫んだ。
「そんな事みんなが聞いたら怒るしショック受けるよ。」
「あぁん?聞こえねぇ!」
「…でも、そっか結衣の為、か。それなら明日は結衣の為に優勝してほしいな。」
「だからデケェ声出せよっ!ぜっんぜん聞こえねぇからっ!」
「明日っ!明日は結衣の為に優勝してよねっ!」
「あったりめぇだぁーー!!」
龍司のその言葉を聞き結衣が「ひゅー!」と叫んだ。龍司も同じ様に叫んだ。
結衣の家の前に着き結衣がヘルメットを龍司に手渡した時、
「明日、見ててくれよな。」
と龍司は結衣の顔を見ずに伝えた。
「龍ちゃん?」
結衣は龍司の名前を呼んだきり話し出そうとしない。
龍司が結衣の顔を見ると結衣は満面の笑みを見せて言った。
「龍ちゃんが結衣を見ててくれる限り結衣も龍ちゃんをずーっと見てるよ。だから、ね?明日大暴れしちゃってよ。あ、大暴れって言っても音楽でって事だよ。」
「わかってるよ。」
龍司はそう言って結衣の頭をくしゃくしゃと撫でた。結衣は「やめてよぉ。」と言いながらもその顔は笑みで溢れていた。
(明日、やってやるよ!大暴れしてやる!)
*
姫川真希は自宅の3階のベランダから光り輝く月を眺めていた。
その綺麗な月に向け遠藤のタクトを捧げた。
「おじいちゃん指揮者。私、明日、プロになってくるよ。」
*
霧島亮は決勝トーナメント進出を喜ぶと同時に拓也達に柴咲音楽祭に出場した事を黙っている自分に罪悪感を抱いていた。
「俺らが優勝しちまったら拓さん達俺を許さないかな?」
亮は頭を大きく振った。
「いや、きっと応援してくれる。俺は全力で拓さん達と戦って優勝してやるんだ。」
*
与田芽衣はホテルの一室で遥達と一緒に明日演奏する曲を選んでいた。
「ねぇ、みんな?明日優勝出来なかったら本当にバンド解散しちゃうん?」
与田は恐る恐るそう3人に聞いた。3人は与田の顔を見つめ頷いた。
(みんなの心は決まっている。私だけがバンドを続けたいと願っている。)
そう思うと与田は泣きそうになった。
「優勝出来ひんかったら私はバンドを辞める。みんなが音楽を続けたいならバンドは続ければいい。私はみんなに音楽を辞めろとは言ってへんから。」
遥がそう言うと次にサトが与田に向けて言った。
「遥がバンドを辞めたらバンドは解散や。」
続けてまどかが告げる。
「このバンドは遥のバンドやしな。」
「私、みんなとまだまだバンドを続けたいな。」
与田は泣きながらそう言った。
柴咲音楽祭で優勝出来なかったら解散。そう決まってからずっと言いたかった事を与田はやっと言えた。しかし、遥達3人は揃って首を振った。
しばらくの沈黙の後、遥が言った。
「優勝すればいいだけの事や。その為の曲、早く選ぶで。」
与田は何度も何度も頷いた。
*
「とうとう明日、か。目つきスゴワル女からの優勝報告が待ち遠しいなぁ。」
栗山ひなは自宅の窓から見える月を見つめ一人そう呟いた。
「ウチらの運命の日も近づいてる。次会う時はお互い立派になって再会しおうや。」
*
暗闇の中、芹沢嵐は大きなため息を吐いた。
目の前にはぐったりとした日和の姿がある。
「俺がコイツを誘ったせいでコイツ…壊れちまった…」
そう思うと嵐は笑いが止まらなくなった。
「わっはっはっはっ!俺がっ!俺のっ!ヒーっひっひっ!ウケる。最高だぁ!」
*
『柴咲音楽祭 決勝トーナメント出場』
そう書かれた文字だけを配信してKINGは今日の動画の配信作業を終えた。
*
21時30。今日のライブも終わり店内には数名の客だけが残っている。
間宮トオルはスマホを取り出し拓也から無事予選を通過したというメッセージを読んだ。
(そうか。お前達もプロへの道に一歩近づいたんだな。)
間宮は、おめでとう。という文字だけを拓也に送った。
それから30分程した頃、店のドアが開いた。
「すみません。あと30分程したら店閉めま……」
間宮は今入って来た男の顔を見て話すのをやめた。
「トオル。久しぶりだな。」
「…裕紀。」
「わざわざ寄ってやったよ。」
「…ああ。」
間宮は手で相沢をカウンター席に誘導した。
「何にする?」
「そうだな。ジントニックを頼む。」
「フンっ。好きだな。」
「ああ。昔からな。」
相沢はジントニックが出るまで無言のまま微動だにせず両手を組み合わせた格好のまま座っていた。ジントニックを出すとひと口飲み間宮を見た。
「拓也達。無事に予選を通過したぞ。」
「ああ、30分程前に連絡があった。あいつらの演奏はどうだった?」
「正直に言おう。普通だ。」
「…そうか。なかなか厳しい評価だ。」
「勘違いするな。ショートカットの…背の小さい子が演奏前に倒れて一人欠けた状態で予選に挑んでいた。それに拓也は声を変えていないし龍司も全力は出していない。おそらく眼鏡のベーシストもお前がギターを教えてる子も本気で演奏をしていない。5人が揃って本気で演奏すればプロ顔負けなんだろうな。」
「そういう事か。」
「しかし、本気出さずに予選通過するとは大したものだよ…なかなかそんな判断をするのは難しい。」
「真希の判断だろうな。なかなかの冒険をしたな。」
「優勝する気あるのか?もし予選落ちしていたらどうするつもりだったんだ?」
「あいつらは予選落ちなんて最初っから考えていもいないさ。優勝するつもりだから予選で本気を出さなかった。そういう事だろう。」
「確かに決勝トーナメントで拓也の声の凄さを見せつけた方が衝撃が凄いだろう。作戦的には良い…だがそんな決断をするのは難しかっただろうな。」
「だろうな。だけど作戦は成功した事になる。凛が倒れたのは予想外だっただろうがな。」
「明日が楽しみだ。トオルも明日は見に行ってやるんだろう?」
「そのつもりだ。」
その後、相沢はジントニックを全て飲み干すまで無言だった。間宮もあえて話し掛ける事はしなかった。
客が誰もいなくなった頃、「もう一杯くれ。」と言って来た。間宮がカクテルを作る姿を見ながら「トオル。お前はどうするんだ?」と相沢は問い掛けて来る。しかし、間宮はその質問の意味がわからなかった。
「どういう意味だ?」
「明日The Voiceが優勝したらお前はどうする?」
「優勝したら心から祝ってやるよ。」
「それだけか?」
「どういう意味だ?」
相沢は何も答えない。
「しかし、優勝したらって気が早いな…」
「そうでもないさ。俺は決めているからな。」
「決めている?何を?」
そう聞きながら間宮はジントニックを相沢に差し出した。相沢はゆっくりとひと口飲んでから言った。
「明日、ホワイトピンクが優勝すれば俺はあいつらのプロデューサーになる事を決めている。」
「…本気か?」
「本気だ。それを聞いた上でもう一度聞こう。The Voiceが優勝した時、お前はどうする?」
「優勝したら心から祝ってやるよ。おめでとうってな。」
「フンっ。拓也達がそんな言葉だけで満足すると思うか?トオル。お前、今日中に覚悟を決めとけよっ。」
「……」
その後、相沢は何も話さなくなった。黙ったまま酒を飲み酒がなくなった時だけ間宮に声を掛け酒を要求した。
22時30分。
そろそろ店を閉めようと外の電気を消したその時、一人の客が店に入って来た。
「お客さん。すみません。もう閉店の時間なんです。」
深く帽子を被った客は、
「いえいえ。客じゃないんすよ。」
と言って相沢から一つ椅子を空けてカウンター席に座った。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。」
「ちょっと待って下さいよ相沢さん。俺、あんたにも用があるんすよ。」
「…どうして俺を知っている?」
相沢が睨みつけながらその男の方に顔を向けた。
「嫌だなぁ〜。俺の事を忘れちまったんすか!?」
男が深く被った帽子を脱いだ瞬間、間宮は驚いた。
「…京。」
「かなどめ?」
「おぉ〜!俺の名前覚えててくれたんすか。嬉しいねぇ〜。相沢さんはピンと来ない感じっすねぇ。」
「……かなどめ…まさか記者の京っ!?」
「おぉ〜!相沢さん思い出してくれましたかぁ。嬉しいなぁ。」
「トオルを恋人殺しと嘘の記事を書こうとした記者が今更何の用だ。」
「やだなぁ〜。嘘の記事だなんて。本当の事じゃないっすかぁ。久々の再会なんですから仲良くしましょーよ。いやぁ〜しかし、何十年振りでしょうかねぇ?」
「お前何十年も会っていない間に随分と老けたな。」
「そんな挑発には乗りませんよぉ。それに老けたのはお互い様でしょうに。あの頃はお互い若かったし、昔の相沢さんならもう俺に飛びかかって来てましたよ。随分と丸くなりましたよねぇ。あ、間宮さん。俺も同じの。」
「客じゃねーんだろう?」
相沢が冷たい口調で言ったが京は「冷たいなぁ〜。」とふざけた口調で言う。しかし、その目の鋭さは間宮が知る昔の京と何ら変わりはなかった。
「わっかりましたよ。要件だけ言って帰りゃー良いんでしょう。」
「何も言わずに帰るっていうのもありだぞ。」
「まぁまぁ、相沢さんそー言わずにぃ〜。まさか相沢さんと今日ここで会えるだなんて思ってなかったから俺は嬉しいんすよ。」
「要件を言わないなら俺は帰るぞ。」
「まあ。まあ。そう焦らなくても良いっしょ。夜はまだ長いんすから。」
相沢が立ち上がろうとしたのを見て京は早口で「よ、要件を話すからっ!まあ、座って座って。話しってーのは実はLOVELESSっていうバンドの事でしてね。」と言った。LOVELESSという言葉を耳にした瞬間相沢はチッと舌打ちをして一度上げた腰を下げた。
「彼女、栗山ひなちゃん?が、動画で間宮さんの名前を出してましてねぇ。それで俺、この子が何者なのか気になって調べたんですよ。」
そういって京はニヤニヤと薄笑みを浮かべながら相沢を見た。相沢は「もう一杯。」と言って空いたグラスを間宮に振った。
「栗山ひな。いや、相沢ひな。彼女が相沢さんの娘さんだとわかった時は鳥肌ものでしたよ。で、どうりでやたらと歌が上手いわけだと納得したわけで。」
「で、ひな達をどうする気だ?」
「どうもしませんよ。間宮さんがプロデューサーを頼まれて断ったっていう情報はもう知ってるんで。ただ…今後、間宮さんがプロデューサーになるようでしたら潰しておこうとは思ってますがねぇ。で、間宮さん。今後、彼女達のプロデューサーになる気は?」
「ない。」
「即答っすね。安心しましたよ。しかし、ひなさんが相沢さんの娘さんだと知っている人は少ないみたいですねぇ。黒崎さんでしたっけ?元サザンクロスの。彼女が今プロデューサーしてるんすよねぇ。彼女が相沢さんの娘だって事を隠してるんすかねぇ?」
「俺の娘だと隠す必要があるのか?俺の名を出したところで世間が騒ぐはずがない。」
「そっか。それもそうだ。でも、エヴァのプロデューサーの吉田さんは驚くでしょう。他にも相沢さんの事を知っている業界人ならざわつくかもしれないですよぉ。あ、そうだ。そうだ。エヴァで思い出した!この記事読んでくれました?」
京は自分の鞄から雑誌を取り出してページを捲り指差した。そこにはエルヴァンの記事が大きく載っている。相沢が今出されたジントニックを一口飲んでから、
「また嘘の記事を書いたのか。」
と冷めた口調で言った。
「嘘の記事なんて書いてないっすよぉ。失礼だな。コレ真実。こいつらクズだったなぁ。しっかしやっぱ類は友を呼ぶんすねぇ。このクズ共も女の敵だしこのクズ共を世に出したプロデューサーも女の敵、いや、恋人殺しだし…グッ」
相沢が京の襟元を掴み引き寄せた。
「いい加減にしとけよクズ記者っ!エルヴァンのガキ共の事は知らねーがトオルが恋人を殺していない事を俺は知っているっ!」
「裕紀やめるんだ。」
「そうそう。相沢さんはそうじゃなくっちゃ。年取って丸くなってちゃ面白くないっすよぉ。あんた昔間宮さんに言ったそうじゃないですか。妹を殺したのはトオルだって。」
「黙れっ!」
「通夜に来た間宮さんに対して…あんた言ったんでしょ…この人殺しって!そう言ってあんたは間宮さんに通夜にも葬式にも参列させなかった!」
「黙れっつてんだろっ!!」
「裕紀手を離せ。コイツの挑発に乗るな。」
「あんたは間宮さんに最後の別れをさせなかった!」
「貴様っ!!」
「裕紀辞めるんだ。もういい。」
相沢は舌打ちをして京の襟元を激しく離した。
京は苦しそうに咳をし首を擦っていた。
「京、お前に一つ言っておく。裕紀は俺に人殺しとは言っていない。それは間違いだ。」
ひかりの通夜。その時の様子が頭の中で蘇る。
『この人殺しっ!』
そう叫んだのは相沢の母だった。
『娘を返してっ!この人殺しっ!』
間宮は頭を振り京に告げた。
「話しは終わりだ。さっさと帰ってくれ。」
京はニヤリとまた薄笑みを浮かべて、「The Voice。」と呟く。間宮は京を睨みつけた。
「あぁ〜。恐い。恐い。睨まないで下さいよぉ。」
「あいつらに何をする気だ?」
「何もしませんよぉ。俺はあんたを世に出さないようにするってだけですから。ま、The Voiceがそれ程までのバンドなら、ですけどねぇ。今日の予選の感じでは俺の勘だとプロは難しいかなって思っちまったけど。」
「今日の予選を見たのか?いや、それより柴咲音楽祭の情報まで知ってるとは…」
「記者を舐めちゃーダメですよぉ。優勝すりゃープロでしょう。間宮トオルの愛弟子、えーと。姫川真希、か。がいるんだからちゃんとチェックしてますよ。それにLOVELESSも去年の大会で優勝してちゃんとプロになってますしね。」
「で、あいつらのプロデューサーになる気ならまた嘘の記事を書いてトオルを潰すって言うのか?」
「だからぁ!相沢さん俺は嘘の記事は書かないっすよぉ。けど、そうだなぁ。The Voiceが万が一優勝して間宮さんが万が一彼らのプロデューサーになるってんなら全力で潰しに掛かる事は間違いないっすねぇ。The Voiceっていう若者達も第二のエルヴァンになる前に潰しておかなきゃいけねぇし。」
「お前ごとき3流記者がどうやって潰す気なのかねぇ?」
「おやおや、相沢さん。俺を3流記者だと思ってんすかぁ?これでも間宮トオルとエヴァを潰した男ですよぉ。俺は。」
「トオルは嘘の記事。しかも世に出ていない。エルヴァンはまだ記事が出たところでどうなるかはわかんねーだろうがっ!」
「もうエヴァは終わりだよ。俺の記事はあのクズ共に致命的なダメージを与えた。後はあんたの娘がとどめを刺せれるかどうかによるけどねぇ。」
「……。」
「俺の長年の経験が言ってますよ。あんたの娘がエヴァにとどめを刺すってね。ま、要件は以上っ。邪魔者は帰るとしますよ。明日、The Voiceが優勝したらいいっすねぇ。あ、あと相沢さんの愛弟子がいるバンドはホワイトピンクでしたっけ。そっちも楽しみにしてますよ。ま、俺の記者の目から見ればJADEってバンドが一番が気になったけどねぇ。」
京が出て行った後も相沢はずっとドアの方を睨みつけていた。
「あいつ。ホワイトピンクの事も調べたのか?」
間宮がそう言うと相沢は間宮の方を向き「そうみたいだな。」と言った。
「だが、拓也の事は知らない様子だ。」
「ああ。トオルはThe Voiceのギター姫川真希を教えていて俺はホワイトピンクのボーカル与田芽衣を教えてるだけと思ってる。まぁ、それは間違いではないがな。」
「それに奥田海の名前が出て来なかった。龍司にドラムを教えている事は知らないだろうな。」
「そうだな。しかし、あいつはどうしてトオルを狙う?」
人殺しがそう簡単に社会に戻れると思うなよ――昔、京が間宮に放った言葉だ。
「京は一度犯罪を犯した人間を許さないタイプらしい。」
「…そうか。なら、お前を狙う必要などないわけだ。」
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今、想う
11月1日
リーダーを先頭にステージに上がって行く。
その後ろ姿が私はたまらなく好きだった。
その写真がどうしても撮りたくて私は彼らのライブ前に使い捨てカメラを買った。
ちゃんと撮れてるかな?
現像してみないとわからないこのドキドキ感が好きだけど、この写真だけはちゃんと格好良く撮れていて欲しい。
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