Episode 12―KING―
この名もなきバンドは恐ろしいバンドだ。
8月17日の日記の最後に書かれていた文章を読んで男は「ふっ。」と声を出して笑った。
「恐ろしいバンド、か。他に表現の仕方はなかったのか?」
男は優しく万年筆で書かれた文字を手でなぞった。
1
2015年10月23日(金)
真希がエンジェルのオーナー小野に柴咲音楽祭に出場する事を告げサポートメンバーも一緒に演奏してもいいのかと確認したところ正式なメンバー以外は出場する事が出来ない事を告げられた。
霧島亮はその連絡を受け落ち込んでいると真希はもう一度The Voiceの正式メンバーにならないかと誘ってくれた。しかし亮はその申し出を断った。
「俺はいつか真希さん達を越えるバンドを結成するから。」
亮はまた真希にそう告げた。もちろん正式メンバーに誘ってもらえるのは嬉しかったしThe Voiceを越えるバンドなんて自分が結成出来るだなんて今の段階では全く思ってもいない。
しかし、亮にはバンドに誘ってみたい男達がいた。彼らなら、彼らとなら、もしかしたらThe Voiceを越えるバンドを結成出来るかもしれない。しかし、彼らは現在別のバンドで活動している。
(あいつらを引き抜く事が出来れば…)
ボーカルはオリオンの文月響。ベースは空と蒼と詩の有栖詩。ドラムはインディアンズの向井陸。彼らは全員亮と同じ中学2年生で何度かライブハウスで顔を合わせ少し言葉も交わしている。亮は彼らの顔を思い浮かべながら「やってみるか。まずはオリオンの文月響からだ。」と呟いた。
2
2015年10月30日(金)
「亮の奴、この一週間ずっとしんどそうだったな。」
客としてブラーに訪れた神崎龍司はカウンター席で片腕を付き気だるそうに呟いた。もうすぐ今日のライブが始まろうという時間なのに人はまばらだ。拓也はさっきから暇そうに龍司の相手をしながらグラスを磨いている。
「ああ、あんまり寝てないみたいだ。」
「何か悩んでる事でもあるのか?それなら俺らに相談してくれれば良いのによ。」
そう言った後、龍司は急に姿勢を正して「まさか!」と少し大きな声で言った。拓也は不思議そうに「まさか、なに?」と首を捻っている。
「亮の奴、まさかまだ芹沢とモメてたりしてんのかも。」
「それはないだろう。毎日楽しそうだし。ただ寝不足が続いてるだけだろう。」
龍司は拓也のその言葉を聞いてまたテーブルに片腕を付き気だるそうに呟いた。
「だといいけどな。」
「まるで龍司は亮の兄貴だな。」
「フン。で、今日は本当にライブ始まるんだよな?」
「ああ。」
「こんなに人が入ってなくてもか?」
「ちょっと前まで俺達もそうだっただろう?」
「今日のバンドは何てバンドなんだ?」
「インディアンズってバンドだ。」
それまで黙って龍司達の会話を聞いていた間宮が、「中学生バンドだ。」と言った。その言葉を聞いて龍司は「亮と同じ中坊か。それなら連れもライブハウスには呼びにくい、か。」と言ってステージの方を向いたがここからではステージは壁で見えなかった。
「高校に上がるまで待てばライブハウスに同級生も呼べるんだろうな。」
拓也がそう言うと間宮は首を振ってため息をついた。
「今日でバンドは解散らしい。」
間宮は時計を確認し拓也に、そろそろライブ開始時間だと伝えて来てくれ。と言った。拓也が楽屋に向かうと間宮は店の音楽を止めた。龍司はあくびをしながら今日のバンドが出てくるのを待った。照明が落とされると中学生とは思えないくらいのドラムの音が店内に響き渡った。
龍司は驚きステージが見えるまで首を伸ばした。ドラムを叩く少年の姿が見える。
どうやら一曲目はドラムだけのインスト曲らしい。
「な、なんだ…あいつ…」
それは龍司すらも驚く程のテクニックだった。
「なんであんな奴がいるのにバンドを解散するんだよ…」
「ま、まあ、聴いてりゃわかるだろうよ。」
間宮の言葉の意味は次の曲に入った時には理解が出来た。インディアンズはドラムだけがやたらと上手いバンドだった。ボーカルやギターの腕は中学生以下と言ってもいいようなレベルだ。
「もったいねぇな。あんなドラムがいるのに周りがあいつに付いていけてねぇ。」
「陸は…ああ、あのドラム向井陸って名前なんだが。彼は別のバンドを新しく結成するらしい。」
「そうか。他のメンバーには悪いがその方がいいな。あれじゃ、あいつのドラムがもったいねーし。しっかし解散ライブだってのに客も少なくて寂しいな。」
*
「明日、拓也達はどうするって?」
真希は明日の文化祭の準備をようやく終え帰宅途中のバスの中で隣に座る佐倉みなみに聞いた。
「うん。みんな来るって。」
「みんなって?」
「拓也君と龍司君でしょ。春人君に結衣ちゃん凛ちゃんに相川君に太田君。それから亮君に飯塚紀子ちゃんの9人。あ、五十嵐先輩も顔を出すって言ってたから総勢10名様か。」
「忙しくなるわね。」
「大丈夫だよ。私達カフェしかしないし。しかも、コーヒーオンリー。楽だよねぇ。」
みなみは子供の様に足をバタバタと上げたり下げたりして明日が楽しみといった感じだったが真希は憂鬱そうだった。真希にはきっと文化祭で良い思い出がないのだろう。それにみなみは今カフェだと言ったが、それは少し違う。カフェはカフェでもメイドカフェなのだ。『お帰りなさいませ、ご主人様。』と笑顔でお客さんを迎えないといけないのだ。そんな事が真希に出来るわけがない、とみなみは内心思っている。
(きっと無愛想にお客さんを迎え入れて終始笑顔がないんだろうな。)
「しんどくなったらすぐに言ってね。」
真希はため息をついてみなみに言った。
「わかってるよぉ〜。去年の文化祭もこうやってみんなを呼べば良かったなぁ。」
「絶対嫌よ!私、去年なんて演劇だったんだよ。あいつら来なくてほっんとうに良かったわ。あいつら絶対私の演技を見たら笑っただろうから。」
「真希は確か主役だったよね。」
真希は怒りながら「そうよ。」と答えた。真希が怒っているのは本当は裏方をしたかったのに投票によって主役に抜擢されたからだ。真希は相当やりたくないと言い張ったらしいが投票で決まった事だからと担任に言われ仕方なく練習をしていたらしい。
「ヒドかったでしょ。私の演技。」
「うん。めちゃくちゃヒドかったしヘタだった。もう少しマシな演技すると思ってたけど大根役者って言葉は真希の為にあるんだと思った。」
真希は鋭い目つきでみなみを睨んでいたが自分が演技がヘタなのは重々承知している様子で反論はしてこなかった。みなみは去年の文化祭で余りにも棒読み過ぎるセリフを放って演技をしていた真希の姿を思い出してつい笑い出してしまった。
真希は「まさか思い出し笑い?サイテー。」と言ったのでみなみは「つい。ゴメン。」と言って謝った。
「でも、良い思い出になったな。真希はなんでも出来る人ってイメージだったし意外な一面が見れて良かったよ。」
「…フンっ。私の中の黒歴史よ。」
「でも、見れて良かったよ。」
「みんな笑ってたもんね。」
「うん。楽しかった。」
「私の演技を見てバカにしてたんでしょっ!」
「私はしてないもん。」
「……他のみんながバカにしてたのは否定しないんだ…
ま、いっか。みなみに楽しんでもらえたのなら。それはそれで。」
「そうそう。でも、あれだなぁ。真希の演技録画しておけばよかったなぁー。そうしたらいつでも笑えるのになぁ。」
「みなみ、シバくよ!」
「冗談だよ。じょーだん。あ、そうだ。今日は路上ライブないって事は凛ちゃんとどこかライブ見に行くの?」
「うん。暁に行く。」
「暁かぁ。いいなぁ〜。」
「みなみもしんどくなかったら一緒に行く?」
「ううん。今日はもう疲れたからやめとく。」
「そっか。わかった。」
「どんなバンドのライブなの?」
「女性バンドらしいわ。まだ中学生らしいけど空と蒼と詩っていうバンドらしい。バンド名はそれぞれの名前からとってるそうよ。」
「へぇ〜。じゃあ、3人組のバンドなの?」
「そうみたい。空と蒼と詩はこの辺では結構有名らしいわ。」
「なんとなく楽しそうなバンドだねぇ。」
「うん。楽しみだよ。」
空と蒼と詩はみなみが言った通り楽しい感じの曲調が多かったらしい。しかし、今日を最後にバンドを解散するらしく真希と凛は彼女達の最後のライブを見た事となった。
3
2015年10月31日(土)
正門には『栄真女学院祭 2015』という文字が画用紙で作られた色とりどりの花の中に書かれている。
「おぉ…第三次楽園侵入大作戦が決行される日が来るとは…」
「念…学園祭なんだから侵入じゃないだろう。」
拓也が言うと相川は頭を掻いた。
「そっか。そうだよな。今回は堂々と正面から入る事が出来る…夢のようだ。俺も栄女の女神達に認められたって事か。」
「バカは放っといて先に行こうぜ。真希達が待ってる。」
龍司が先頭を切って歩き出したので結城春人もそれに続き歩き始めた。
春人、拓也、龍司、亮、相川、太田の男6人で栄真女学院に訪れたのだが正門を通るとすぐに結衣、凛、飯塚の3人と出会い、真希とみなみの教室に向かう途中で五十嵐とも出会った。元々合流する約束ではなかったが10人はあっさりと合流してしまった。
栄真女学院祭では1年生がグラウンドで模擬店を出し2年生になると体育館で演劇をし3年生になると自分の教室を使って自由に出し物が出来るという情報を五十嵐から聞くと前を歩く龍司が、
「ふーん。じゃあ、去年はみなみや真希は体育館で演劇をしたわけだ。」
と言いながら拓也の方を振り向いて「見たかっただろう?」と聞いた。拓也は残念そうに「見たかったな。」と言った。春人もみなみや真希の演技がどんなものだったのか見たかったと告げると五十嵐は何故か爆笑しながら、
「みなみちゃんはともかく真希の演技は見なくて正解よ。」
と言ったので春人達はその言葉の意味を聞いた。しかし五十嵐は「今年、みなみと真希は何をするんだろうね?」と話題をすり変えてしまった。拓也は「カフェらしいです。」と五十嵐の問いに答えていた。
校舎の中に入ると前を歩く龍司が今度は春人を見ながら振り向いた。
「ところでハル、楓とはちょくちょく会ってるのか?」
「楓?いや、随分と会ってないな。前にここに侵入した時に会って、その後は5月のブラーでのライブで会ってからは会ってない。」
「第二次楽園侵入大作戦の時と5月のブラーライブか。随分前になるな。」と相川が横から言ったが龍司はそれを無視して、
「もう半年近くも会ってねーのかよ。」
と驚いた声を出した。
「しっかし第二次楽園侵入大作戦、懐かしいな。」相川はそう言ったがその言葉をまた龍司は無視して、
「連絡くらいは取ってんだろ?」
と春人に聞いた。春人は正直に全く連絡を取っていない事を告げて幼なじみなんてそんなもんだろう。と付け足した。
「ハルからの連絡待ってんじゃねーのか?」
「まさか。楓にはちゃんと大学生の彼氏がいるよ。」
「それは去年の話しだろう。もう別れてるかもしれねーぞ。」
「楓はただの幼なじみだって。」
「そーなのか?じゃあ、ハルは好きな子いねーのか?」
相川が春人の肩に腕をまわしながら聞いて来る。それを春人は振りほどいたが、
「念、お前たまに良い事聞くよな。俺も気になってたんだ。」
龍司がそう聞いて来る。よりによって拓也も「俺も気になってた。」と言うから続けて太田も「俺も。」と言ってきた。亮も結衣も凛も飯塚までもがそれに続く。春人は正直にいない事を告げると結衣が、
「春人くんもったいないなぁ〜。本気を出せばすぐに彼女なんて出来るだろうに。」
と言ったが春人には本気を出すほど好きな人がいないのだから仕方がないと思った。
「彼女がいるというより好きな人がいるみんなが俺は羨ましいよ。」
「あ、それ私もわかる。私も心から好きな人がほしい。」
と凛が春人に同意を示し「チョコレートよりも好きな人が出来たら私チョコ食べるのやめるかもしれないし」と付け足したので春人はそれとこれとは話しが別だろうと心の中で思った。
みなみと真希の教室に入ると「お帰りなさいませ、ご主人様。」とメイドの格好をしながら礼をするみなみの姿があった。拓也は驚きの声を上げて、
「えっ!?メイドカフェ?」
と言って春人達の顔を見ていた。春人もさっき拓也からカフェだと聞いていたのでカフェはカフェでもメイドカフェだとは想像もしていなくて驚いた。
「みなみ、メイドの格好もすっごく似合ってるよっ!」
拓也が嬉しそうにそう言うとみなみも嬉しそうに「ありがとう。」と言っていた。
春人が教室を見渡して真希の姿を探すと教室の隅にみなみと同じ様にポニーテールをしメイドの格好をした真希の姿があった。そして、春人は何故か真希がこちらを睨みつけている気がした。
「おー!真希!お前がポニーテールしてる姿初めて見たよ!似合ってねーな。」
龍司は地雷を簡単に踏んだ。真希は大股で龍司だけを睨みつけこちらに向かってくる。春人は龍司の耳元で「逃げろ。」と囁いたが龍司は自分が真希の地雷を踏んだ事に気付いておらず「なんで?」と呑気な返事を返していた。真希は龍司の前に立つと結衣に「ごめん。」と言った。結衣はごめんの意味を察し「いいよ。」と答えると真希は手に持っていたお盆を龍司の頭目掛けて振り落とした。
龍司は大声を上げ床にひれふした。
*
橘拓也達10人がやって来た事でみなみと真希だけではなくクラスメイトまでも一気に忙しくなってしまった。拓也は心の中でみなみのクラスメイト達に謝りながら大人しく席に着き、みなみが働く姿を遠目で見ているとみなみの周りには同じクラスメイトが入れ替わりにやって来て声を掛けている。
「サクラちゃんのクラスメイト拓也くんの方を見ながらサクラちゃんに話し掛けてる。きっとカッコいい彼氏さんだねって言ってるよ。」
「いや、俺は悪口言ってる気がするな。女子校なんてそんなもんだろう。」
相川がそう言ったのに拓也は『おいおい、ここはお前にとって楽園じゃなかったのか』と心の中で突っ込んだ。
「そんな事言うわけないじゃん!ほら、知らない子が来たよ。拓也くんサクラちゃんに恥をかかせない様にしっかり挨拶するんだよ。」
結衣が言うようにみなみのクラスメイトが3人拓也の前にやって来てみなみの彼氏である事を確認した後拓也に挨拶をしてきた。拓也は立ち上がり結衣が言うようにみなみに恥をかかせないように丁寧に挨拶をした。3人が去って行ってから結衣は、
「あの3人拓也くんを見る目が輝いてたね。心の中でカッコいいって言ってたよ。」
と言うと相川は「どうせみなみからタクを奪い取ろうと思ってんじゃねーのか」と言ったので結衣は真希が龍司を殴る前にそうしたように五十嵐に先に「すみません。」と謝ってから相川の頭をグーで殴った。さっきの龍司のようにひれふした相川の横に龍司はしゃがみ込み大声で笑った。
「お前どうしたんだ?突然女子校の悪イメージを思い浮かべ始めたよなぁ〜。」
「実はさっき校舎内をみんなで歩いてる時にすれ違った栄女の生徒と僕の肩と肩がぶつかってしまって、その子肩を手で払いながら気持ち悪いって言ったんだよ。それを相川君が聞いていて女子校の裏側を見たって言って急に女子校を嫌い始めたんだ。」
太田が相川が変わってしまった原因を述べると五十嵐が、「ちょっと念君、私も栄女に去年まで通ってた卒業生なんですけど。」と言う。相川は「智美は別だよぉ〜。次元が違うんだから気にしなくていいんだよぉ〜。でも智美が卒業したからかな。栄女は荒んでしまった。今の栄女は智美がいた頃の栄女じゃなくなっちまった。きっとそれは姫川がここにいるからだよぉ。荒れ果ててしまったようだよぉ。」と言った。運悪く丁度その時コーヒーを持って来た機嫌の悪い真希が現れて、
「悪かったわね。五十嵐先輩がいなくなって私が残ってるせいで栄女が悪くなって。」
と言って数秒間相川を睨んでいた。相川は睨まれている間、真希から目をそらす事も身動き一つする事も出来ずに固まっていた。
拓也達はコーヒーを飲みながら春人に「丸岡さんの教室にも後で行ってみよう。」と告げると春人は「楓の教室?そうだね。」と答えた。拓也は春人のそのそっけない反応を見て本当に楓の事を恋愛対象として見ていないのだと思った。
「楓のクラスは何してるんだ?」
龍司が聞くとみなみが「お化け屋敷らしいよ。」と答えた。相川は「女子校のお化け屋敷なんて高が知れてんなぁ。」と付け足したので真希が五十嵐に「失礼します。」と断ってからさっき結衣が殴った場所と同じ場所をグーで殴った。相川がまたひれふしているのを横目に飯塚が急に席から立ち上がり、
「先輩方、その前にグラウンドに出てもらえませんか?」
と言い出した。拓也が「どうして?」と聞くと飯塚は、
「実はこの後12時からグラウンドで私達和装のライブが始まるんです。」
と答えたので拓也達は驚きの声を上げた。結衣や凛も一緒に驚いていたので2人とも飯塚からは何も聞かされていなかった事がわかった。
「どうして紀子達の和装が栄女の文化祭で演奏が出来るのよ?」
結衣の質問に飯塚は、
「今年から入った新メンバーの佳奈が栄女の1年生なのね。」
と答えた。
「え?和装のメンバーは紀子以外みんな東京に住んでるんじゃなかったの?あ、栄女なら全国から集まるし寮だってあるか…」
「新メンバーは東京じゃないの。この街の出身なうえに栄女の理事長のお孫さんなの。」
「あの理事長のっ!?」とみなみが驚きの声を上げたが拓也にはその驚きの声の意味はいまいちわからなかった。
「理事長、めちゃくちゃ厳しい人なんだよ。」
とみなみは拓也に驚きの声を上げた理由を教えてくれた。
「文化祭でライブなんて絶対に許さなさそうなのに…理事長って孫にはめちゃくちゃ甘い人だったんだねぇ。」
「可愛い孫の頼みなら大勢人が集まる文化祭の日にグラウンドで演奏をさせてあげましょうって事?」
といつの間にかポニーテールから普段のボブヘアに戻っていた真希が言うと飯塚は「その通りです。」と答えた後、少し遠慮気味に「先輩方、新しくなった私達の演奏ちょっと見に来ませんか?」と拓也達に聞いて来た。龍司が真っ先に「断る。」と言ったがすぐさま真希に後頭部を叩かれていた。
「今年の柴咲音楽祭に出演予定なんだろう?」
春人の問いに飯塚は「はいっ!もうエントリーしました。」と答え拓也達もエントリーを済ませた事を告げた。
「じゃあ、前回の準優勝バンドの成長を見させてもらう事にしましょう。」
真希の言葉に飯塚は「そうこなくっちゃ!」と言って飛び上がりながら喜んだ。
*
一ノ瀬凛達がグランドに設置された和装が演奏する為だけに作られた特設ステージ前でライブが始まるのを待っていると全員着物姿の和装の面々が現れた。
観客と呼べる者は真希とみなみが加わった凛達12人だけだ。特設ステージ前には椅子が用意されていて模擬店で買った食べ物を椅子に座って食べている人達はいるがライブの告知等はされていない為、今から何が始まるのかわからないままステージを見つめる者がほとんどだった。
ステージに立った和装のメンバーはマイクを手に取り一人一人挨拶を始めた。
「南無阿弥こと中村あみです。」
「こし餡こと越野杏です。」
「蛍イカこと堀田瑠衣花です。」
「そしてぇ〜。私はいい子ぉ〜?それとも悪い子ぉ〜?」
椅子に座っている人達がキョトンとした顔を浮かべたが飯塚は屈しない。飯塚はマイクを持っていない右手を右耳に当て返答もないのにうんうん。と頷いた。
「そう。私はいい子。和装のリーダー飯塚紀子でぇ〜す。そしてぇ〜今年から新たに和装のメンバーに加わってくれた〜。」
飯塚耳に当てていた右手を新メンバーに向ける。
「栄真女学院1年。上から読んでも中田佳奈下から読んでも中田佳奈でっす。」
凛は額に手を当てて、なんなのこのバンドはと思った次の瞬間4人の息の合った三味線の演奏が始まった。凛は息の合ったその演奏と技術に大層驚いた。
(最初の自己紹介はなんだったの!?私はてっきりしょうもないバンドなんだろうなって思ってしまっていた。それに紀子の三味線聴いた事なかったけどこんなに上手かったんだ…)
1分程経ってからようやく新メンバー中田がサビの部分で尺八を吹き始める。
(なんだなんだなんだ?めちゃくちゃ格好良い。古めかしい感じが一切しない。それどころか新しい音楽に聴こえる。それに、和装のメンバー5人からは共通して厳しい修行の成果を存分に出して演奏を楽しんでいる感情が届いて来る。ホント息ぴったりのバンドだ。)
「す、凄い。凄いよ紀子ちゃん。」
凛が呟くと横にいた春人が、
「新メンバーも加わって去年より厚みが出来たな。」
と言った。その言葉を付け足す様に真希も言う。
「驚いたわ。腕も上がってる。去年の準優勝は伊達じゃない。」
「俺達も気合い入れねーとな。今年の柴咲音楽祭で優勝するのは容易くなさそうだ。」
龍司の言葉に凛達はステージで演奏する和装の姿を見ながら深く頷いた。
さっきまで興味がなさそうに遠目でステージを眺めていた人達が椅子に座り出し元々椅子に座っていた人達は前のめりになって和装の演奏を聴き始めた。たった5分程で客席は埋まった。和装の演奏には人を引きつける力がある事を凛達は実感していた。
1時間後演奏を終えた飯塚は和装のメンバーを連れて凛達の元へやって来た。
和装の5人と凛達12人は順に挨拶を済ませた。和装のメンバーは去年の柴咲音楽祭で結衣に話し掛けたらしくそれを覚えていた。今日もいつもの様にロリータファッションの結衣を見て思い出したらしい。
総勢17人となった凛達はその後、春人の幼なじみである楓の教室に向かいお化け屋敷を楽しんだり模擬店で食べ物を食べたりして過ごしていた。そして、栄真女学院祭も終盤になりかけた時、最後に体育館で2年生の演劇を見ようという事になり演劇が始まるのを待っている時、右隣の椅子に座る飯塚が唐突に「凛ちゃん最近Queenの動画見た?」と言って来たので凛はつい左隣に座る真希の方を見てからしまったと思った。紀子は真希がQueenだって事を知らないのを忘れていたからだ。しかし、左隣に座る真希は微動だにしていなかった。
「Queenの動画はちょくちょく見てるよ。どうして?」
「最近になって窓のブラインドを閉めてるのには気付いてた?」
「うん?あ、ああ。気付いてたけど、それがどうしたの?」
「私さ、前まで窓から景色が見えてたのにブラインドを閉めるようになった事が気になってブラインドが閉められる前の動画を見直したの。」
「へ、へぇ〜。な、何かわかったの?」
「Queenはこの街に住んでる事がわかった。」
「えっ?」
「ブラインドが閉められる前の動画には目を凝らして見ないとわからないけど十字架らしきものが見えるんだよ。」
「十字架?」
「そう、教会とかにある十字架。」
「それがどうしたの?」
「その十字架少し変わった形しててね。どこかで見た事あるなーって思ってたら栄真女学院のチャペルの十字架だった。」
「へ、へぇ〜。」
「あれっ?凛驚かないの?」
「お、驚いてるよ。めちゃくちゃ…」
「なんだよぉ〜。私もっと驚いてもらえると思ってた。和装のメンバーなんて驚きのあまり飲んでたジュース吐き出したのにっ!」
凛は左隣に座る真希の姿をチラッと見たが真希は相変わらず微動だにせず、ただ前だけ向いて演劇が始まるの待っていた。
「でも、最近はQueenよりもKINGの方が人気あるのかもね。」
「キング?」
凛がそう言うと何故か前の椅子に座る亮が「え?」っと言って振り向いたが、すぐに何でもないと言うように顔を横に振り前を向いた。
「そう、Queenと同じ様に顔は出さずに動画配信してる人なんだけど、すっごい上手いの。今伸びてるチャンネルだから一度見て見てよ。まあ、Queenの二番煎じというか真似というかパクリというか、そんな感じだけどね。」
「そのKINGって人もギターを弾いてるわけ?」
さっきまで話しを聞いているのか聞いていないのかわからなかった真希が飯塚に質問をした。
「そう、ギターです。Queenも男か女かわからないけど、KINGも性別わからないんです。ただ、KINGって言うからには男性なのかなって思います。って事はQueenは女性になるけど。」
(紀子ちゃん。なかなか鋭いわ。)
「KINGか。後で時間がある時見てみるよ。」
凛がそう言うと真希は「KING…どこかで聞いたよな…」と言って腕をくみ出した。すると春人も今の話しを聞いていたらしく「あの時だ。タクと龍司が大阪に行ってて俺とヒメと凛の3人だけで路上ライブをやった初日。」と言ったので凛も「思い出した!猫耳フードを被ってた人!」とつい大きな声を出してしまった。
真希は「なんの話よ?」と理解していないので説明をしたかったが今は和装のメンバーもいるので話したくても話せないでいると春人がスマホを手に持って見せてきた。春人はLINEで話せといっているのだと理解して凛は頷いた。
-3人で路上ライブをやった時、お客さんの中に真希がQueenだって気付いてた人がいたの覚えてる?3人で路上ライブをやった時の事だよ。-
–そう言えばそんな人がいたっけ。凛が言う通り猫耳フードを被ってて顔までは見えなかった。それと凛と同じ位耳が良かったんだっけ。-
–そう!その人!-
–その人が何?–
–だから、その人がKINGだよ–
–どうしてそうなるわけ?–
–だって、春人君が最後にその人に聞いたじゃない。真希がQueenだとわかったあなたは一体誰だって。そしたら、その人KINGだって答えたのよ。–
–ああ、思い出した。そうだ!あの時確かに凛はそう聞いたんだよね。相当距離があったけど耳の良い者同士声を聞き取れてたんだったわね。でも、その人物と動画配信している人物が一緒とは限らないよ。–
–ですよね。動画サイトの中にKINGなんて名前一杯いそうだしね。–
*
家に着いた姫川真希は部屋でスマホ片手にさっき飯塚が言っていたKINGの動画を見ていた。
KINGはQueenと同じ様に大きめの服を着て男か女かわからないようにしている。
ベッドで胡座をかいて演奏するQueenとは違いKINGは立ちながら激しくギターを弾いていた。前へ後ろに移動しながらギターを弾いているが首より上は映らないようにカメラのアングルが上手く計算されていて窓はなくQueenのように場所を特定出来るものが一切ない。
しかし、真希はKINGが近くに住んでいる気がしたし路上ライブに訪れた猫耳フードを被った人物こそが間違いなくこの動画の中のKINGと同一人物だと確信を持った。
「自分で作った曲、か。この曲のタイトルはQueen。私に対する挑戦状的な曲なのかしら?それならこの激しい曲調はまるで喧嘩を売ってるように聴こえるわ。再生回数は26192回。登録者数は7万人。動画サイトを始めたのは今年の1月か。確かに良いペースかもね。しかし…このギター…というかこの曲調どこかで聴いた気がするな…」
真希が独り言をブツブツと呟いているとスマホが鳴った。
凛からのグループLINEだった。
(バンドのグループLINEじゃないって事は凛は雪乃の意見も聞きたいって事なのかな。)
–今日、紀子からKINGっていう動画配信者の事を聞いて今何曲か聴き終わったところです。私、この人のギターは聴いた覚えがないけど曲調ならどこかで聴いた覚えがある。みんなはどうかな?-
凛も真希と同じ感想を抱いている。この曲調はKINGだからこそ出せる曲調なのだと思う。真希も凛に続いて、KINGの曲調、私も聴いた覚えがある気がする。と返信をした。
-私はこの人のギターも曲調も聴いた事ないなぁ。聴いてたら私わかると思うし–
雪乃の返信が届いて真希は首を捻った。
(Queenが私だとすぐに気付いたのだから凛と雪乃の耳は確かだ。だけど、雪乃は聴いた事がなくて凛は聴いた事があるというのはどういう事だろう?)
真希は頭の中で考えた。
KINGはQueenのように本気で演奏をしていない事がなんとなくわかる。いや、本気を出していないというよりもむしろKINGはあえて本来の演奏よりも激しく演奏している感じがする。どこかぎこちない感じがするのだ。おそらく真希がKINGの演奏をどこかで聴いていたとしても全然動画の中の演奏とは違うのだろう。
そして、凛と同じ位耳の良い雪乃がKINGの演奏を聴いた事がないという事は本当に雪乃はKINGの演奏を聴いた事がないのだろう。つまり今年に入ってからKINGの演奏を私と凛が聴いた事になる。
今年は凛と一緒に沢山のライブハウスに訪れた。その中にKINGがいたのだろうが沢山の演奏を聴いたせいでいつどこでKINGの演奏を聴いたのか全くわからない
真希が考えを巡らせていると亮から、俺はわかんないな。というLINEが送られて来た。続いてみなみと結衣からも、わからない。というLINEが送られて来た。拓也と龍司と春人の3人は全員の既読が付いているのでLINEを見ているのがわかるがまだ返信がない。おそらく今動画サイトでKINGの動画を見ているのだろうと真希が思っていると案の定龍司から、少し動画を見たが俺はこのギターを実際聴いていたとしてもわからねー。というLINEが届き、拓也と春人からも同様のLINEが届いた。
-雪乃が聴いた事がないって事はもしかすると私と凛が見に行ったどこかのライブで聴いたのかも–
真希はさっき思った事を文章にした。すると凛からすぐに、そうだったら世の中って狭いね。という返信が届いた。
–今、KINGの動画のQueenってタイトルの曲聴いてるよ。なんだか真希ちゃんに挑戦状を叩き付けてる感じだよねコレ。お前を抜かしてやるって言ってるように私には聴こえるよ。ま、実際、耳栓なしで凛が聴けばどんな感情か詳しくわかるんだろうけどね。–
雪乃からのLINEを読んで真希は、
-やっぱりか。私とKINGは今まで何度か会ってると思うの。実は夏休みに路上ライブやった時にお客さんの中に私がQueenだって気付いてた人物がいてさ。Queen…どうして今日は3人だけで路上ライブを行っていたんだいって独り言を言ってるのを凛が聞いてたの。
その人やたらと耳が良くって随分と距離があったのに私達の声が聞こえてた。凛や雪乃並の耳を持ってたよ。で、その人物に春人が一体あなたは誰だって聞いたらその人KINGだって名乗った。おそらくそのKINGと名乗った人物と動画の中のKINGは同一人物だと思う。顔はフードを被ってて見れてないんだけどね。–
と長文の返信をした。
(だけど…どうしてKINGは私に挑発を?
んっ?そんな事より凛はKINGの声を聞いている。って事は男か女かはわかってるって事よね?)
真希がそう思ってKINGが男なのか女なのかを確かめようとした時、凛からのLINEが届いた。
–KINGと名乗ったその人物がこの動画のKINGと同一人物ならKINGはいずれ私達のライブを動画に撮影して真希がQueenなんだってバラす気かもしれないよ。–
-Queenの正体がバラされる前に自分で正体を明かすか!?-
龍司のLINEを見て真希は「フッ。」と失笑した後に返信をした。
–正体をバラされたらバラされたで構わないわ。望むところよ。–
真希は3階の自分の部屋の窓から暗闇に広がる街灯りを見渡しながら呟いた。
「この街にまだこんなギタリストがいるのか……ほんと世界って広いんだな…」
4
2015年11月1日(日)
今日はブラーで拓也達The Voiceがライブを行う日だった。佐倉みなみはバスに乗りブラーへと向かった。
ブラーに入ると結衣が楽屋に近い席に既に座っていた。みなみが結衣に近づくと、
「先に来て席とっといたよ。」
と言ってくれたのでみなみは結衣に「ありがとう。」と礼を述べて席に着いた。
「体調はどう?」
「移動で少し疲れたけど。大丈夫だよ。」
結衣は笑顔で、良かった。と言った。
「この前ね。もう9月の事なんだけどね。」
「うん?9月?サクラちゃんそれ結構前の話しだね。何があったの?」
「拓也君にルナで倒れた事を話した。」
「そっか。拓也くんの様子はどうだった?」
「少し、怒ってたかな?」
「そっか。それで?」
「うん。それで私と付き合う期間が長ければ長い程、拓也君は私という十字架を背負う事になって私を忘れられなくなるって言った。」
「そんな事はない。」
「うん。拓也君にもそう言われたよ。でも、それは本当の事だと思う。」
「別れ、切り出したの?」
「それが出来れば一番良かったんだと今でも思ってる。だけど…私は拓也君が大好きで…拓也君には本当に辛い思いをさせてしまうかもしれないし私のわがままに付き合ってもうらう事になるってわかってるんだけど、一緒にいてほしい思いの方が勝っちゃった。」
「そっか。それで良いんだよ。それで。サクラちゃんはずっとずっと拓也くんの側にいれば良いんだよ。拓也君を離しちゃ絶対ダメ。わかった?」
「うん。だけど、きっと私といると重くなっちゃうのがわかるんだ…」
「だけど、サクラちゃんは拓也くんと一緒にいたいんでしょ?」
みなみが頷くと結衣は、
「なら、何があっても絶対拓也くんを離しちゃダメだからねっ!」
と言って頬を膨らませた。
「…うん。そうだね。私の病気がひどくなって逃げ出してしまいたくなっても最後まで離さないようにするよ。」
「はははっ。そうそう。その調子。それで良いんだよ。」
「この席いいね。5人がステージに上がって行く姿が見える。」
突然みなみが話題を変えたので結衣は不思議そうに首を捻った。
「ステージに上がって行く姿?」
「うん。私、好きなんだ。みんながステージに上がって行く姿見るの。なんかさ、格好良いじゃん。ステージに上がる姿。」
「ふぅ〜ん。結衣にはピンと来ないなぁ〜。」
「じゃあ、写真撮って見せてあげる。そしたら結衣ちゃんも格好良さがわかるよ。」
「カメラぁ?壊れちゃったんでしょ?」
「ほら。」と言ってみなみはポケットから使い捨てカメラを取り出した。
「あら。随分とアナログだねぇ。サクラちゃんカメラは新たに買わないの?」
「もういいかなって思ってる。」
「そんな。もったいないよ。サクラちゃんはカメラ続けるべきだよ。才能あるしっ。」
「ただの趣味だよ。」
「趣味で終わらすにはもったいないレベルだと結衣は思うけどなぁ。」
「私の夢は他にあるから。」
「なになにぃ〜?サクラちゃんの夢気になるぅ〜。」
「あ、ライトが消えた。ライブ始まるよ。」
みなみはそう言って席から立ち上がり楽屋のドアの横に立った。亮以外の5人が真希を先頭に先にステージに上がって行く。その後ろ姿をみなみは使い捨てカメラで撮影した。
■■■■■
「ネイロ」
[龍]あぁもうくたびれちまった何もする気もしねぇし
面倒臭せぇな そんな中でも朝が来て目覚めちまうんだ
テケテケア テケテケア テケテケ
くだらねぇ人生にしたのは誰だ
[春]はいはい同じ日々を繰り返し 気付いた時には取り残されてた さっきまで横一線だったのにいつの間にこんなに距離が開いたんだ そんなにボヤッとしていたのか そんなに出遅れてしまっていたのか いつの間に いつの間に
明日が来るのが恐いんだ
Why?Why?Why?Why?
[凛]あぁそうやってダラダラダラダラとしている間に否応無しに時は進む 誰彼構わず呼び出し音が鳴る
チリチリリン チリチリリン
もう鳴るな 合わない人とはサヨナラパッパッ
[真]ああすればこうすれば
後になって後悔しても遅すぎる
こうなったらもう取り戻すしかない
今からでも充分間に合う不本意だけど 全速前進
パリラ パリラ パリラリラ パリラ パリラリラ
ここまで来たら大丈夫 そんな安心はしない
mind mind mind mind
[拓]あの頃だって僕たちは 輝いていたのにいつからなの?
今の今だって僕たちは 輝いていると思っていた
Hey,It's too late?It's too late?
Absolutely not!Absolutely not!
夢を追いかけた僕たちは 置いてけぼりをくらったの?
いつの間にか僕たちは 取り残されてしまったの?
Oh,I say,say
I don't want to think that chasing a dream is a failure
I don't want to think that chasing a dream is a failure
never never never never never never never...
夢を追いかける僕たちをね 羨ましいと言ってくれた人がいたんだよ
昨日までの僕たちはね もういなくなったんだよ
後悔する気持ちはね まだ少しは残っているんだよ
だけど僕たちはね 前を向く事に決めたんだよ
そう君の一言でね 君の一言で僕らは前を向けたんだよ
君の言葉は僕たちにとってはね 心を癒す音色のようだよ
寂しくなったり恐怖に震えたり時には怯えたりはするけどね
[真&凛] (ポッポッポッポッポッポッポッポッ)
僕らは前を向く事を選んだよ それは君のおかげだよ
[真&凛] (ポッポッポッポッポッポッポッポッ)
明日が来るのはもう恐くないよ 君が側にいてくれたおかげでね
■■■■■
*
みなみがカメラを構えて拓也達の背中を撮影している姿が見えた。
間宮トオルはみなみの持つ使い捨てカメラを見て「懐かしいな。今でも売ってるのか。」と独り言を呟いた。
みなみが楽しそうに笑みを浮かべてカメラを撮る姿を見ていると間宮はまるでひかりを見ているみたいだと思った。
ひかりは本当にカメラを撮るのが好きだった。
カメラを構えている時はいつだって笑顔だった。
もともと明るい性格で、まるでそう。太陽のような人だった。
今、目の前にいるみなみはどちらかと言うと月のような明るさだ。
どこか寂しいが輝いている。
ひかりとみなみ。太陽と月。どこか似ているが全く違う2人。だけど、みなみを見ているとひかりを見ているような気がする。以前から間宮はそう思っていた。
大学4年生。夢を諦めてからのひかりは以前の様に笑わなくなった。
全く笑わなくなったわけではない。ひかりは心の底から笑う事が出来なくなっていた。
以前のような太陽みたいに明るい人といった感じではなくなってしまった。
無理をして笑顔を見せているその姿に間宮は本当の笑顔を取り戻してあげたいと思う様になった。
その頃の間宮はというとサザンクロスのライブが好評でライブを行う日は長蛇の列が出来る程バンドは人気になっていた。ライブにはどこかの音楽事務所の関係者が来ていたとかスカウトが見に来てただとか噂だけは飛び交っていたが実際そう言った話しはバンドにはなかった。
「このままバンドを続けプロになる夢を叶えよう。」相沢達はそう言っていたが間宮はこのままライブ活動を続けるだけで本当にプロになれるとは思っていなかった。いつプロになれるのか。本当に自分達がプロになれる日が来るのかもわからないまま大学卒業が迫っていた。
大学を卒業したらバンドを辞める。間宮はその考えをひかりにだけは告げていた。
「俺、大学を卒業と共にバンドは辞めるよ。」
その言葉を聞いたひかりはとても悲しそうな表情を浮かべたのが印象的だった。
「トオル。逃げないで。私の夢は叶わなかったけどトオルの夢は叶うよ。だから、逃げないで。」
「俺は逃げるわけじゃないよ。」
間宮は精一杯の笑顔でそう言った。
「夢から逃げ出した私が言っても説得力ないか…」
「大学を卒業してバンド活動を続けたって夢を叶えられるかどうかわからない。例えプロになれたとしても売れるかどうかもわからない。それならどこかに就職してひかりと一緒に暮らしていきたい。夢を叶える事だけが幸せじゃないって…俺、わかったんだ。」
ひかりと一緒に暮らしていきたい。その言葉はある意味プロポーズだった。2人が描いたプロポーズの形とは違ったけれど間宮は本気で就職をしてひかりと結婚したいと思っていた。
「トオルがプロになるまで私は別れないからね。トオルがもう勘弁してくれって言っても別れてあげない。もちろん結婚だってしない。ずっと恋人のままいてやるっ!」
「じゃあ、プロになったら結婚してくれるのか?」
「そうよ。トオルがプロになるまで私はトオルと結婚もしなければ別れる事もしない。いーい?わかった?私と結婚、もしくは別れたかったらプロになりなさいっ!あ、でも約束ではお互いがプロにならなきゃ結婚しないんだったっけ?」
そう言った後、ひかりは心の底から笑っていた――ようにその時の間宮には思えた。しかし、ひかりは本当の笑顔を取り戻す事が出来たわけではなかった。
「…あの時、ひかりは覚悟を決めていたんだ…俺が夢を叶えた時、自分は俺から去る事を。」
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今、想う
9月16日
私は君が大好きで…この気持ちを抑える事が出来なくて…
だけど私と一緒にいると君は本当に辛い思いをすると思う。これから私の体が弱っていく姿を見るのが辛くなっていくと思う。もし、私から目を逸らしたくなったり逃げ出したくなったら私を捨ててくれても構わないの。
本当は私から別れを切り出せれば一番良いんだろうけど…
だけど…どうしても私から君に別れて欲しいとは言えなかった…
今、君と別れれば…今なら…今、別れれば。何度もそう思ったよ。君の事を思えば今が別れるべき時なんだって。今、別れてしまえば君は最低限の傷を負うだけで済むんだって。
だけど…私は別れて欲しいとは言えなかった。
本当にごめんなさい。
私、君の事が大好きだから。無理にでも元気なふりをして嫌われたくないって、一緒にいてほしいって思ってしまっていたの。
昨日、君に強く抱きしめられて言えなかった事をここに書きます。
私のわがままに付き合ってもうらうのは悪いんだけど…私にはやっぱり君が必要で。君にとっては本当に辛い事かもしれないけれど、最後の一瞬まで側にいて欲しい。
だけど、私が死んでしまった後もずっと私を愛し続ける事だけはやめてほしい。
勝手だよね。自分でも勝手な事を書いてるってわかってるんだ。
勝手で残酷な事を書いてるのはわかってる。
だけど、私は君がいないと壊れてしまう。
だから、ずっと側にいてほしいんだ。君がいるだけで恐怖が和らぐんだ。だから、人生最後の日に君と一緒にいたい。
君にはこれから私が想像している以上の辛い思いをさせてしまうのかもしれない。本当にごめんなさい。
ううん。
違うね。
本当にありがとう。
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