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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice vol.2
45/59

Episode 10―亮―

(7月21日。花火大会に俺が誘った後すぐに書いた日記だ。)

この日までの2週間ほどは日記は書かれていなかった。

(君は俺が思っているよりもずっと前から体調の変化を感じて苦しんでいたんだね…)



2015年9月15日(火) 22時30分


エンジェルの近くにある喫茶店で亮の話しを聞き終えた龍司は自分を棚に上げて、ライブ中に喧嘩するとか最低だな。と笑いながら言っていた。その様子を睨みつけながら真希は亮に聞いた。

「その後は?ライブハウスで暴れた後はどうなったの?」

「警察が来て補導された。学校や施設に連絡された。」

「亮の事じゃなくて芹沢はどうなったの?」

「あいつは…親を呼ばれてた…けど、薬物に関しては疑いもされてなかったみたいだ…いや、もしかしたら警察も疑ってるのかもしれない。けど、芹沢の奴、相当有名な会社の御曹司みたいだ。」

「大金持ちの馬鹿息子、か。めんどくせーな。」

と龍司が呟いたのを無視して真希は話しを続ける。

「あんたは?芹沢に薬物の使用の疑いがあるって言わなかったの?」

「言えるわけないだろっ!芹沢は仲間なんだっ!」

「はっ?仲間?笑わせるわ。じゃあ、仲間ならどうして薬物を使用しているかどうかを芹沢本人に聞いてないのよっ!」

「そんな事聞ける訳ねーだろ!」

「本当の仲間なら聞けるわよっ!そして止められる!辞めさせられる!」

亮はじっと真希を睨みつけていた。ピリついた雰囲気になったのを変える為に一ノ瀬凛は、

「その後、私と出会ったのね。」

と話題を変えた。亮は頷き真希を睨むのをやめた。そして、アイスコーヒーをひと口飲み苦そうな表情を浮かべた。その表情を見て無理をしてにブラックのまま飲んだのだろうと凛は思った。

「あの時、俺のギターを聴いてあんたが感じ取った感情は間違いなかった。」

「だろうね。だけど、キミはちゃんと私の問いに答えてくれなかった。」

「悪かったよ。でも、会ったばかりの怪しげな女にそう簡単に悩みを打ち明けられるわけがねぇだろ。もう一度会えれば話しをしようと思ってたけど…あんたは施設にあの日以降やって来なかった。」

「それは…ごめん。」

「いいんだ。母親とまた暮らせる様になったんだろ。施設に入らずに暮らせるならそれが一番だ。」

「なあ、お前。両親ともし会えたらどうする?」

龍司が突然そんな質問を亮にした。

「殺す。」

亮は即答だった。凛はその答えを聞いて悲しくなった。しかし、質問をした龍司は口元を釣り上げニヤリと笑い「俺もだ。俺もお前と一緒だ。」と答えた。亮はまん丸な目をして「え?」と言った。

「俺の親父はお袋と俺を置いてある日突然いなくなった。もし、俺達を捨てた親父に会う事が出来たなら俺も親父を殺すつもりだ。」

「そうか。」

「ま、俺にはお袋がいてくれたし、お前みたいに赤ん坊の頃に捨てられたわけじゃねーけど、そんな俺でも親父を殺したい気持ちがある。お前の怒りは本物だ。その怒りを音楽に込める荒々しいお前のギター、俺は好きだ。」

「……それは、どうも。」

「けど、このままあのバンドを続けるのは君にとって良くないな。」

拓也が少し疲れが見え始めているみなみの様子を気にしながら亮にそう告げた。拓也の言葉に亮以外の全員が頷いた。

「本当に芹沢だけじゃなく新川さんまで薬物を使用しているのか?」

亮はまっすぐと凛を見つめて聞いた。凛もじっと亮の目を見つめて頷いた。

「間違いない。」

「…そっか…」

俯く亮に春人が聞いた。

「彼らのバンドにいる理由は?」

亮は顔を捻りながら答えた。

「あいつらと一緒にライブやってる時、ここが俺の居場所なんだって思えた。それに最初はあいつらから本当に才能を感じたんだ。それが偽りの才能だったわけだけど…こいつら以上のバンドはいないって思ったんだ。」

「小さな世界で決めつけちまったわけか。」

龍司がそう言うと亮は「そうなのかもしれないな。でも、俺は未だにあいつら以上のバンドを見た事がねぇ。」と呟いた。龍司はその言葉を聞いた瞬間今飲んでいるアイスコーヒーを吹き出して笑った。真希と結衣は同時に「きったないわねー!」と叫んでいた。龍司はみんなに、すまねぇ。と笑いながら答えた後、真剣な眼差しを亮に向け言った。

「あいつら以上のバンドを見た事がねぇだぁ?ふざけんなよっ!どんだけ小さな世界で生きてんだ!ウィンドウだかハンドだか知らねーがお前本気でLOVELESSと同等。いやLOVELESS以上か。そんなバンドだと思ってんのかよ!」

龍司はそう叫んだ後、まあいいや。とすぐにテンションを下げた。

「明日、俺らの路上ライブを見に来い。いつも柴咲駅前のバスターミナルでやってる。」

「……」

「返事は?」

「…わかったよ。」

「よしっ!俺らがあいつら以上のバンドが他にもいる事を教えてやるよ。」

龍司は立ち上がり店を出る準備を始めた。それにつられて凛達もゆっくりと立ち上がって帰る準備を始めた。

「ふんっ。お前らが?大した事なかったらぶっ飛ばすからなっ。」

「ガキが。お前がもし俺らの方が凄げぇと思ったんならぶっ飛ばすからな。」

結衣は、なんでそうなんのよ。と龍司に声を掛けていた。凛はそのやりとりを笑みを浮かべながら

見ていたが、ふとみなみの様子が気になった。みなみの横には拓也と真希が心配そうな面持ちで立っていた。


     *


喫茶店の帰り道、佐倉みなみは拓也と真希と3人で徒歩で帰っていた。

「もっと遅くまでバスの運行するように訴えようかな。」

真希がそう言ったのでみなみは疲れながらも笑みが溢れた。

「みなみ。歩くの疲れたらすぐに言ってくれよ。」

拓也がそう言ったので、みなみは正直に「ごめん。もう疲れた。少し休みたい。」と告げた。拓也も真希も「わかった。」と答えた。

「そこに座った方が良いわ。」

真希はみなみの腰を支えながら人が一人座るのにちょうど良い幅と高さのブロック塀の方にみなみを誘導してくれた。

「ごめんね。2人とも。」

「いいんだよ。」

「気にしないで。」

「さっきさ。龍司君が亮君にLOVELESSとJADEが同等もしくはLOVELESS以上のバンドだと思ってるのかって言ってたじゃない。」

みなみの言葉に拓也は頷き、真希は、うん。と答えた。

「龍司君の言い方だとJADEはLOVELESSより劣ってるっていう感じだったけど2人はどう思った?」

拓也が答えようとしたのを真希は遮って、みなみは?と聞いて来た。みなみは、

「正直言うとね。私、JADEはLOVELESSと同じ位才能があるって思えたよ。」

と答えた。すると拓也もみなみの言葉に賛同して、俺も。と言った。みなみは真希がJADEの演奏をどう評価しているのかが気になって真希が話し出すのを待った。

「私も2人と同じだよ。って言っても私は生の演奏じゃなくて画面越しに見てたからちゃんと彼らの技術とかは見てないけどね。でも、それでもJADEがLOVELESSより下とか劣っているとは思わなかった。きっと龍司のバカもそれは気付いているでしょう。だけど―」

「JADEには何かが足りなくて何かがおかしい。」

拓也が真希の言葉を続けたので真希は「そう。」と答えた。

「そっか。確かに曲調とか悪く言えば普通の感じじゃなかったもんね。」

「うん。だけど、良く言えばそれは唯一無二で彼らしか作れない音楽って事になる。」

拓也がそう言うと真希は、フンっ。と鼻で笑った。

「それは薬物に頼ってない人間なら、ね。あいつらは独特の世界観を持っているわけじゃない。薬物によって支配されたクズの曲よ。」

「彼らも柴咲音楽祭に出るんだよね?審査員の人達はそこまでわかるかな?」

「みなみ。私達を誰だと思ってんの?あんな薬物を使用するような弱虫に負けるわけない。いや、負けるわけにはいかないの。今年の柴咲音楽祭ではあいつらだけじゃなくどんなバンドにも私達は負けるわけにはいかない。」

「頼もしいなぁ。真希。」

「まあね。」

「しかし龍司君は明日、亮君を路上ライブに呼んでどうする気なんだろうね。」

「さあね。ただ私達のライブを聴いてほしいだけじゃない?私達には芹沢や新川を罰する力は持ってないし通報した所で信用はされない。けど、亮を助ける事は出来るかもしれない。龍司のバカもバカなりに亮を助けようと思ってんじゃない?」

「JADEよりも凄いバンドがいるってわかれば亮君はバンドを抜けるかもしれない?」

「そう思ったんでしょうね。このまま亮があのバンドを続ければ必ず芹沢や新川は薬物を使用する様に亮を誘うわ。そうならない為にも亮はバンドを抜けなきゃね。」

「うん。そうだね。The Voiceなら亮君を助けられるね。だってJADEより凄いバンドだもん。」

「JADEより凄いバンド、か…亮の為にもそうありたいわね。」

真希がそう言った後、拓也はみなみと顔を合わせた後、

「そろそろ真希は先に帰ってくれていいよ。俺はみなみとまだ話したい事あるし。」

と言った。真希ははっとした顔を拓也に向けた。

「ああ、そうね。私2人の邪魔してたわね。」

「そんな事ないよ。でも、真希を付き合わせるのも悪いし。それに私も拓也君と話したい事まだあるから。」

みなみも拓也も決して真希を邪魔者扱いした訳ではない。その事におそらく真希も理解してくれていた。

「じゃあ、私、先に失礼するわ。」

真希が離れて行く姿を見送りながら、みなみは言った。

「あぁ。なんか疲れた…」

「ごめん。喫茶店には寄らずに2人で帰ったら良かったね。」

「あ、そんなつもりで言ったんじゃないの。みんなと一緒にいる時間、私は本当に楽しいから。

でも、しんどくなってしまった時も一緒にいたい、離れたくないって思っちゃうと後々みんなに迷惑や心配を掛ける事になるから次からはそうなる前に先に帰るようにしないとね。」

「そうだな。そうした方がいいかもな。でも、俺には一杯迷惑や心配を掛けてくれていいだよ。」

「うん。そうするね。」

みなみはそう言って笑った。すると拓也はみなみの笑みに真剣な眼差しを向けた。みなみは拓也も笑みを返してくれるものと思っていたのではっとした。その瞬間、急に拓也に抱き寄せられた。みなみは固まったまま動けなかった。

「その微笑みのなかに悲しみが滲んでるんだよ。」

拓也がそう言った瞬間、みなみの目から突然一粒の涙がこぼれ落ちた。

(どうしてだろう…どうして突然涙が出たんだろう…)

「俺は、みなみに迷惑や心配を掛けてるって思われたくないから…俺、ずっと前からみなみに言いたかった事があったんだよ。でも、言わない方がいいのかなって…ずっと迷ってて…でも、今言いたくなった。」

拓也は抱き寄せた腕をみなみの肩に置き顔が見える様にして目線を合わせて来た。急いでみなみは涙を拭った。拓也はじっとみなみを見つめている。その目線から逃れられなかったみなみは無理に微笑み「なぁに?」と震える声で聞いた。その瞬間また涙を流す気などなかったのに自然と涙がこぼれ落ち頬を伝った。みなみは微笑んだまま涙を拭いた。

「今までみなみはさ。俺に心配を掛けない為にしんどくてもしんどくないって言ってただろ?それはもうやめにしてほしい。隠さないでほしい。本当にしんどい時はしんどいって正直に隠さずに言ってほしい。俺、みなみがしんどい時はわかるからさ。嘘付いてる時もわかるからさ。だから…俺、ずっと本当の事を言ってほしいって思ってた。みなみの嘘は優しいんだよ。優しい嘘だ。でも、優し過ぎるとこっちは余計に心配になってしまうんだよ。俺はみなみが俺の事を思って嘘を付いてほしくない。俺には優しい嘘なんて必要ない。本当の言葉だけが欲しいんだ。本当は言わないでおこうって決めてたんだよ。けど…今のみなみの顔を見てたらさ。辛そうなんだよ。俺に嘘を付いてる顔が辛そうだったんだよ。辛い思いするなら…俺に本当の事だけを伝えて欲しいって思っちまったんだよ。」

また涙がこぼれ落ちた。涙を拭かないみなみの変わりに今度は拓也が涙を拭き取ってくれた。

「……わかったよ。ありがとね。拓也君。」

そして、みなみは覚悟を決めた。

「実はね。今回入院する前に私さ、ルナで倒れたんだ。」

拓也は真っ青な顔をして「えっ?」と言った後「いつ?」と聞いてて来た。みなみは「8月」と答えた。

「俺、そんな事聞いてないぞ。」

「ごめんね。拓也君には言わないでって頼んだの。」

「頼んだって誰に?真希や龍司も知ってたのか?知ってて俺に黙ってたのか?」

拓也は少し怒っていた。

「ううん。真希や龍司君はいなかった。あの場にいたのは春人君と結衣ちゃんと凛とマスターの4人だけ。結衣ちゃんが拓也君だけじゃなく真希や龍司君には言わないって言ってくれたんだ。」

「どうして俺に言わないでって頼んだんだよ?」

「ごめん。拓也君だけには言わないでほしいって頼んだのは拓也君に心配掛けたくなかったんだ。気を使われたくなかったんだ。それに嫌われたくもなかったし私といるのが重いと思ってほしくなかったんだよ。だから、私頼んだの。」

「……」

「みんな優しいよね。私の頼みを聞いてくれた。みんな約束を守ってくれた。」

「……」

「このまま私と付き合ってたら拓也君辛くなっちゃうよね?私何度も考えたんだ。このまま付き合って私が弱っていく姿を見るのは本当に辛い事だって。そして、私と付き合う期間が長くなればなる程、拓也君は私という十字架を背負う事になって私を忘れられなくなる。」

「そんな事はない。」

「そうだよね。そうなる前に私を嫌うかもしれないもんね。」

「そうじゃない!」

「わかってる。わかってるよ。今、拓也君は私を好きでいてくれているのはわかってる。私の事を好きじゃなくなるのならそれでいい。だけど…私の事を好きなままで私が先に死んだら…」

「もういい!それ以上は聞きたくない!」

みなみは顔を背けようとした拓也に向かって叫んだ。

「お願い聞いて!私ももう逃げないから。だから拓也君も逃げないでっ!」

拓也はじっとみなみを見つめた。みなみは拓也から目をそらさない。

「拓也君が私の事を好きなまま私が死んでしまったら拓也君はダメになってしまいそうで恐いの。」

「だから?」

「……」

「だから別れようと思ってるのか?」

「……」

みなみは顔を横に振った。

「それが出来れば一番良いんだろうね。だけど…私は拓也君が大好きで…このまま付き合っていたら本当に辛い思いをさせてしまうかもしれない。だけど、出来る事なら私とお付き合いを続けて欲しい。」

拓也はみなみを強く抱きしめた。

「大丈夫。大丈夫だよ。俺はこれからも変わらず、ずっとみなみの事が好きだから。」

「……そんな事言ったら…私…最後まで拓也君を離さなくなっちゃうよ……」

「それでいい。それでいいよ。」

それは今まで抱きしめられた中で一番強く、そして、優しかった。

(こんなに愛されているのは嬉しい。だけど、私が死んだ後、拓也君を助けられる人はいるのだろうか?もしいるとすれば……それは私しかいない…)




2015年9月16日(水)


昼休み橘拓也はいつもの様に龍司、相川、太田、結衣、凛、飯塚と共に屋上で昼ご飯を食べていた。

相川が中村屋のデラックス弁当を久々に買って来て美味しそうに食べながら拓也と龍司を見て言った。

「ところで姫川や田丸はちゃんと受験勉強してるのかよ?」

「はっ?どうしてあの2人だけ聞くんだよ?俺やタクにも聞けよ!」

「はっ?リュージも橘もどうせ受験勉強なんてしてないのはわかってるし。」

「失礼な奴だ。間違ってはいねーけどな。」

龍司の言葉に拓也は、確かに。と頷いた。すると結衣が、

「いくら三流の…いや、四流か。そんなレベルの低い大学を受けるからって受験勉強くらいしなさいよっ!」

と失礼な言葉を龍司の顔だけではなく拓也の顔も見ながら言った。

「四流は失礼だな。俺らが受験する大学はせいぜい三流なんだよ。バカにすんなよ。」

「龍ちゃん三流は認めるのね…でも、サクラちゃんも拓也くんと龍ちゃんと同じ大学に行く気なんでしょ?」

「そうだよ。文句あんのか?」

「ないよ…でも、サクラちゃんならもっと良い大学狙えるはずだよ。栄女はお嬢様高校ってだけじゃなく入試試験もめちゃくちゃ難しいって聞いてるし。栄女に入れた位だから大学も良い大学に入れるはずなのにもったいないなって思って。」

その言葉を聞きながら拓也が俯いていると龍司が「おい、結衣。」と注意をした。

「あ、ごめん拓也君。」

「いや、いいんだ。本当の事だし、俺もみなみにはもっと良い大学を目指すべきだって言ったんだけど…」

「みなみがタクと同じ大学に行きたいって思ってんだろう?なら俺らがいくら言っても無駄だよ。そうだろ結衣?」

「あ、うん。そうだね。サクラちゃんは拓也君と一緒の大学に通いたい。ちゃんと通いたい大学があるのは良い事だもんね。」

「その通りだ。な、拓也。」

「ああ。そうだな。」

「で、姫川と田丸は智美と同じ東京の音大だよな?フトダは東京の美大だっけ?」

相川の言葉に太田は頷いて、受かるかどうかは微妙だけどね。と答えた。

「フトダなら大丈夫だ。お前の絵には何かある。」

「神崎君ホント?」

「ああ、ホントだ。何かあるの何かってのはわかんねーけど、絶対お前の絵には何かある。」

「なんか自信が出て来たよ。ありがとう!」

(そういえば念の奴はどこの大学受けるんだ?ちゃんと聞いてなかった気がするな。)

拓也がじっと相川の顔を見ているとそれに気付いた相川は、なんだよ?と拓也に聞いた。

「念は?ちゃんと受験勉強はしてるのか?」

「ああ?俺?俺は受験しねーよ。しばらくはトオルさんの店のバイトを続ける。」

「あん?お前やりてぇ事とかねーのかよ?」

龍司が聞くと何故か相川は照れながら答えた。

「あるに決まってんだろ。その為にバイトしてそのうちトオルさんに正社員として雇ってもらうんだよ。」

「お前、ブラーの店員になりたかったのか?」

「ちげぇよっ!俺はやりてぇ仕事はねぇんだよ。けど、ブラーでの仕事は好きだ。」

「じゃあ、念のやりたい事って?」

拓也が聞くと全員が相川の答えに興味津々といった感じで前のめりになって相川の答えを待った。

「俺は…」

「俺は?」

「智美と結婚してぇ。」

その場にいる全員が相川の言葉に意表を突かれ開いた口が塞がらなかった。ヒューという風の音が拓也の頭の中で鳴っていた。



2015年9月16日(水)17時45分


路上ライブ開始の15分前に霧島亮はバスターミナル前に到着した。

「凄い人だ。なんでこんなに人が集まってんだ?」

亮は人が大勢集まる場所を避けながら拓也達の姿を探していると「亮君?」という声がどこからか聞こえて来た。声が聞こえた場所を見るとそこにはポニーテールにビッグシュシュを付けたみなみがいて手を振りながら、こっちこっち。と言っていた。隣には結衣と亮の知らない男性が二人と知らない女性が一人いた。

「こちらは私達の同級生で西高の相川念君と太田進君。で、こちらは私達の先輩の五十嵐智美さん。」

3人は亮の事を聞いているらしく気さくに話し掛けて来た。しばらくみなみ達と話してから亮は辺りを見渡し気になっている事を聞いた。

「ココ、どうしてこんなに人だかりが出来てんだよ?」

「はぁ?橘達The Voiceが路上ライブするから人だかりが出来てるに決まってんだろ。」

狭いバスロータリーは人で溢れかえっている。この人だかり全てがThe Voiceの路上ライブを待っている人達だと知って亮は驚きを隠せなかった。

「え?こんなに?」

「そうだよ。でも、ちょっと前までは色々あって人は全然集まらなかったんだよ。」

みなみがそう言うと相川がみなみに言った。

「雪乃がいた時でもこれ程集まってなかったよな?」

「うん。そうだね。」

「雪乃って?」

亮はその名前が気になってみなみに聞いた。

「亮君は知ってるかなぁ?長谷川雪乃っていう結構有名なピアニスト。」

亮はその名前を聞いてまた驚いた。

「知ってる!俺知ってるよ。その人!」

「あ、やっぱ知ってるか。有名だもんね。街中にポスターも貼られていたし。」

「長谷川雪乃。2年前に一度施設にピアノを演奏しに来た事がある。俺、あの人が演奏する曲は複雑すぎて一度聴いても覚えられなかった。一度聴いた曲を覚えられなかったのはその時が初めてだったから感動よりもただただ圧倒された。こんなに凄いピアニストがいるんだって。」

「その雪乃がThe Voiceのピアニストだったんだよ。」

「あの人が!?あんな化け物みたいな人がピアニストにいたバンドなのかよ!?け、けど、ピアニストだったって過去形なのはもうバンドを辞めちまったのか?そっか、もう大学生のはずだもんな。でも、去年までは一年も前からポスターが街中に貼られていたのに今年はまだ見てねぇのはどうしてだ?そんなに大学に行くと忙しくなるのか?」

この時、みなみが少し俯いた―ような気がしたのは間違いではなかった。

「雪乃はね。大学には行ってない。行けなかったの。去年の冬に事故にあってね。それでバンドも続けられなくなった。」

「…マジ、かよ。ピアノは?続けてるんだよな?」

みなみは顔を横に振った。亮は、マジか。と呟いた。

「…体がね、上手く動かなくなったの。それでピアノも上手く弾けなくなった。」

「…そんな。」

「でも、雪乃ならまた必ずピアノを弾ける日が来ると私達は信じてる。」

結衣は、うんうん。と言ってから、

「で、その雪乃の後継者が凛ちゃんなんだよ。凛ちゃんは雪乃からピアノ習ってたの。」

と亮に告げた。亮は驚いて「凛が?」と聞き返した。

「路上ライブではピアノを弾いてるけど本来はDJね。雪乃さんの事未だに師匠って呼んでるよ。」

「長谷川雪乃の弟子…てか、凛の奴DJなのかよ。フンっ似合わねー。」

「そう言ってられるのも今だけだ。さあ、ライブ始まんぞ。」

そう言ってから相川が前列の方に隙間をすり抜ける様に進み亮達もそれに続いた。拓也達が真ん前に見える位置まで進んだ時、路上ライブが始まった。


(なんだなんだなんだ?

このボーカリストは一体どれだけの歌声を持っている?5つ?6つ?いや、7つになるのか?こんなに自由に全く違う声を出せる人は他にはいない。それに女性の声と地声とを同時に何の違和感もなく出している…2つの歌声を同時に出せる人がいるなんて…

それにあのギタリストのテクニックは一体なんだ。こんなに創造性溢れるギタリストと今まで出会った事がない。俺のギターの遥か上の次元にいる。それにギターだけじゃなくバイオリンもサックスもプロ並みに上手い。

あのベーシストの演奏はハーモニー豊かでボーカルやギターのメロディに対して複雑に絡み合い、時には優しく寄り添い、時には荒技も繰り出す自由なプレイスタイルが彼にしか出来ない演奏だとわかる。

ドラムもちゃんとドラムセットが用意されているわけでもないのに躍動的でその腕は一目瞭然で力だけではないテクニックがある事がわかる。

そして、ピアノ。複雑な演奏を楽しそうに弾くその姿は長谷川雪乃を思わせる。いや、もしかしたら長谷川雪乃以上にも思えるその速弾は恐ろしささえ感じる。

一体なんなんだ…こんなに凄い奴らが一緒のバンドにいるなんて…

こんなに凄いバンドがこの街にいるなんて…

信じられねぇ…JADEよりも凄いバンドがいたなんて…

俺は……狭い世界で生きていたんだ……)

「彼ら凄いでしょ。」

隣にいるみなみが言った。亮は黙って頷いた。

「拓也君ステージを動き回って歌ってるけど去年まではあんなんじゃなかったんだよ。全く身動き出来ずに緊張しながら歌ってた。今じゃ信じられないけどね。」

みなみはそう言いながら拓也の姿を追っていた。

路上ライブも終盤に差し掛かった頃、真希がマイク越しに亮に呼びかけた。

「霧島亮、私達がさっき演奏したB-E-L-O-V-E-Dって曲覚えてる?」

真希が言う覚えてるという言葉の意味は演奏出来るかという事だと亮は判断して深く頷いた。

「じゃあ、こっちに来てギター弾いて。最後に一緒に演奏しましょう。」

亮は、いいのか?と言いながら真希に近寄った。真希はマイクを通さずに、もちろん。と答えた。

「じゃあ私はサックス吹くわ。亮は右利きだよね?」

亮が頷くと真希は用意されていた右利き用のギターを取り出して亮に差し出した。亮が拓也達の顔を見渡すと拓也達は全員嬉しそうな表情を浮かべて亮を見つめていた。

亮は真希の後ろに立ち、いつでも演奏出来る事を伝える為に頷いた。



■■■■■


「B-E-L-O-V-E-D」


[真] ※Yeah Yeah Yeah

Yeah Yeah Yeah Yeah


[凛] ○B-E-L-O-V-E-D [真] (Yeah)

[凛] 愛すべき友へ届け [真] (Fu)


※Repeat

○Repeat


[真] 微笑みの中に 悲しみ滲む 涙一粒

気付いてたの でも気付いてないフリをした

[凛] 言葉如きがこの悲しみを語れるものか

言葉以上の”もの”を求めて抱き寄せた


[拓] ☆笑え、その悲しみが消えるようにと祈った

少しでも不安や恐怖を取り除けるのならと

ずっと抱きしめていたいんだ


※Repeat

○Repeat


[真] 頬を伝う笑み涙2筋

[凛] 言葉足らずの震える声

[真] 君が好きだ [凛] 君が生きる今が好きなんだ


[真] あと、どのくらい

[凛] あと、どのくらい君と会える

[真] あと、どのくらいの時間が残されてる

[凛] あと、残りはどれだけ


☆Repeat

※Repeat

○Repeat


[拓 女性] 伝う涙3筋

消えてなくなってしまうよりはいい


※Repeat


■■■■■


(俺は……こういうバンドと出会いたかったんだ…こういう人達と出会いたかったんだ…こういうバンドに俺は加わりたかったんだ……俺は芹沢達なんかよりもこいつらともっと早く出会いたかった……俺は、出会う相手を間違えた……)



2015年9月16日(水)20時15分


路上ライブを終えた神崎龍司達5人はみなみ、結衣、相川、太田、五十嵐と亮を含めた11人でルナに訪れていた。新治郎は大勢で訪れた龍司達を見て、またかよ。と言いながらも嬉しそうにしていた。

「お前ら全員ルナドッグとアイスコーヒーな。」

注文をする前に新治郎がそう言ったので龍司達はそれに従った。龍司と拓也が11人分の水を新治郎の了解を得ずに用意している姿を見た亮は「勝手に水準備していいのかよ?」と驚いていた。龍司は新治郎が結衣の祖父である事やいつも水は勝手に用意している事や結衣と凛はここでバイトをしていて少し前までみなみもバイトをしていた事を亮に説明した。

龍司が亮にルナの説明をしている間に結衣と凛が新治郎の手伝いを始めたので、みなみも手伝おうと立ち上がったが「サクラちゃんはいいの。ゆっくりしといて。」と結衣がみなみを座らせた。みなみは、ごめんね。と結衣に謝っていたが結衣は、謝らなくてもいいの。と言って笑っていた。

「亮、俺達のライブはどうだった?」

11人分のルナドッグとアイスコーヒーが用意されたところで龍司は亮に聞いた。亮は目を輝かせながら答えた。

「凄かったよ。マジで。」

「JADEより凄いバンドだったか?」

龍司が冗談ぽく聞いた質問に亮は真面目な顔をして頷いた。

「JADEより凄いバンドがいる事を知れた。俺は狭い世界で生きてんだって思った。」

「一緒に演奏してみてどうだったの?」

みなみの質問には亮は照れながら「楽しかったよ。」と答えた。

「で、JADEは?どうすんの?」

真希は冷めた目をしながら亮に聞いた。亮は少し考えてから答えた。

「辞めるよ。あんたらの演奏を聴いてそう思えた。」

「辞められそうか?」

春人の質問に亮は頭を振り「わからない。けど、明日には必ず辞める事を告げる。」と答えた。

「明日、あいつらと会う予定なのか?」

拓也が聞くと亮は俯いたまま頷いた。

「ああ、ライブがある。ライブの前に辞める事を伝える。」

「場所は?」

と龍司が聞いた。

「横浜のページワンって店だ。」

龍司が、ページワン、ページワン。と繰り返し呟くと、

「さ、早く食べようよ。結衣、お腹ペコペコ。」

と結衣が言った。龍司は驚いて結衣や他のみんなの前に置かれたルナドッグを見ると全員が手を付けずにいた。

「なんだよお前ら。食いながら話し聞けんだろう!食えよ!」

「なんか食ってたら悪いかなって気を使ったんだよ!」

「念のくせに気を使ってんじゃねーよ!冷めるだろうがっ!」

「よしっ!龍司!よく言った!俺とお前どっちが強いかそろそろ決着を着けようじゃねーか!」

「てめぇ。俺より弱いってまだわかってなかったのかよ。まあ、いい。お前が望むならやってやるよっ!」

龍司と相川が顔と顔を寄せ睨み合ったところで真希が2人の頭を同時に殴った。

「なんでそうなるのよっ!」


     *


ルナの帰りバスを待つ間みなみは、あ〜今日は楽しかった。と呟いた。今日のみなみは体調が良さそうでしんどそうな顔を一度もしていない。

「今日は体調良さそうね。」

一緒にバスを待つ真希がみなみに聞いた。みなみは嬉しそうに、うん。と答えた。みなみの顔色を見ながら、

「しかし、亮の奴そう簡単にバンドを辞める事が出来るのかな?」

と拓也が亮を心配して呟いた。結城春人も拓也と同じ事を考えていた。

「一悶着はありそうだね。」

「やっぱりハルもそう思う?」

「ああ。あの芹沢って男、普通じゃないからね。」

「しかし、龍司の奴、店の名前聞いてたけど、嫌な予感がするわ。」

真希の言葉に拓也は大きく頷き「俺も。」と答えた。春人も拓也同様大きく頷いてから「確かに。」と答えた。

バスが到着して春人達4人はバスに乗り込んだ。4人が一番後方の席に並んで座ると、みなみが、

「亮君、みんなとバンドしたそうだったね。」

と言った。春人はその言葉に驚いた。

「俺にはそんな風には見えなかったけど?」

「俺もハルと一緒でそんな風には見えなかったよ。確かに楽しそうに演奏はしてたけど。」

「私も一緒。どうしてみなみはそう思ったの?」

「3人とも気付かなかったの?亮君、バンドに入れてほしいって心の中で呟いてたよ。」

「凛に聞いてみればわかるわね。ちょっと聞いてみる。」

真希はThe VoiceのグループLINEで凛に亮がどんな気持ちで演奏していたのかを聞く為にスマホを取り出した。

「一緒に演奏してみて亮君のギターってどうだったの?」

「一度聴いただけで完璧に演奏したのは本当に驚いたわ。決して簡単ではないはずなのに。」

真希はスマホで文字を打ちながら答えた。春人達のスマホが一斉に鳴る。真希が凛にメッセージを送ったからだ。

「そうだよね。真希が作曲したんだもん簡単な曲じゃないよね。一回耳で聴いただけで完璧に演奏するなんて亮君凄いんだねぇ。」

みなみが関心していると真希は「それに…」と何か言いかけた時、春人達のスマホがまた一斉に鳴った。凛からの返信が届いたのだ。

「凛ちゃんは何て言ってる?」

真希が代表して凛のLINEを読み上げた。

「俺は、こいつらと一緒にバンドがしたかった、だって。」

真希はその後、ふぅ〜。と長いため息をついて真っ暗な景色を眺めていた。

春人はさっき真希が言い掛けて辞めた言葉の続きがわかっていた。きっと真希は「それに」と言った後「亮は私よりギターが上手い。」と言おうとしていたのだ。

真希は亮がギターを弾いた瞬間から顔つきや目つきがあからさまに変わった。自分よりも年下に自分よりも上手いギタリストがいる事に驚き、そして負けを認めていた。おそらく春人だけではなく真希の演奏から感情を読み取った凛も気付いているのだろうと春人は思った。

真希は今、世界一のギタリストになる夢が亮の登場によって揺らぎ始めているのだろう。


     *


一ノ瀬凛はスマホを握りしめ真希にLINEを送るかどうか迷っていた。

真希のギターはいつだって自信で満ち溢れていた。世界一のギタリストになりたいという気持ちがいつもあった。しかし、今日の最後の曲を演奏する真希からはその自信が失われていた。亮のギターを聴き真希の自信が―いや、世界一のギタリストの夢が崩れていく感じだった。

(真希…亮のギターを聴いて自分以上のギタリストがこんな近くにいる事に驚いていた。しかも、亮はまだ中学生、これからもっとギターの腕が上がっていく可能性がある。その事に恐怖を感じていた。)

凛が真希のその感情を読み取った事は真希もわかっているはずだ。しかし、真希は凛に感情を読み取ったか聞いてこない。真希が聞いてこない以上凛が一方的にLINEを送って励ますのは間違っている。真希が余計に自信を失ってしまうような気がする。凛は力一杯手に握ったスマホを膝の上に置いた。

(大丈夫。大丈夫だよ真希。真希もまだまだ成長段階なんだよ。世界一のギタリストになれるよ。こんなところで絶対に負けないでよ。)



2015年9月17日(木)


「ページワン。ここか。」

神崎龍司はスマホに映った画像と建物が同じ事を確かめて横浜市内にあるライブハウス『ページワン』の店内に入った。時刻は午後6時30分、亮達JADEのライブが始まるまで30分近くはあるが観客席はもう既に沢山の人が集まっていた。

ページワンの店内は黒で統一されていて全体的に薄暗いがまだ誰もいないステージだけはライトが当たっていて明るかった。店内の落ち着いた雰囲気とは裏腹に爆音のBGMが流れている。それが何故か気分を高揚させる。店内には大きな横長の水槽が右端にあって青い光を放ち幻想的な雰囲気を醸し出している。龍司がその横長の水槽を覗き込むと大きな魚や小さな魚が泳いでいた。水槽の奥には店員達が忙しそうに歩き回る姿が微かに見え楽屋や厨房を水槽で見えないようにしているのだとわかった。

「って事は楽屋は水槽の向かい側か。」

スタッフ以外立ち入り禁止と書かれているが龍司は気にせず亮に会う為に水槽の裏側に向かった。店のスタッフ達は忙しそうにしていて龍司に目を止めるスタッフは一人もいなかった。

楽屋らしき扉を見つけて龍司はその前で立ち止まった。すると一人の女性スタッフがその扉から出て来た。

「楽屋ってここっスか?」

龍司は爆音のBGMに負けないよう大きな声で話し掛けると女性スタッフも龍司に負けないくらい大きな声で答えた。

「あ、ここはスタッフの更衣室です。楽屋は一番奥の扉になります。」

女性スタッフは龍司がバンドメンバーの一人だと勘違いしたのだろう笑顔でそう答えた。

扉を開けようとした時、龍司のスマホが鳴った。The VoiceのグループLINEで真希からだった。

–龍司、今どこ?-

その時、爆音のBGMに負けない程のガラスが割れる音がして龍司は音の鳴った方を見た。

「やべぇ。」

龍司は、ページワン。とだけ返信して急いでスマホをポケットの中に片付け走り出した。客席側からは水槽を通して何が起こったのかと”こちら側”を覗き込む人の姿が龍司の目に入った。


     *


–ページワン–

という返信が龍司から返ってきてすぐに姫川真希は、私達も店の前に着いた。とメッセージを送ったが真希と龍司以外の3人分の既読しかつかなかった。

「あんた達3人とも今の私のLINE見たよね?」

拓也と春人と凛の3人は真希の言葉に頷いた。

「なんで龍司の奴今返信してきたくせにLINE見てないのよ!」

「それより真希、早く店に入って龍司を探そう。」

拓也が急かしたので真希は、そうね。と言って店内に入った。


     *


「俺、バンド辞めるわ。」

ライブハウス『ページワン』の楽屋で霧島亮は意を決して芹沢と新川に告げた。さっきまで芹沢と新川は楽しそうに会話をしていたがその言葉を聞いた2人は突然静かになった。そして、芹沢は亮に「はぁ?今、何て言った?」と告げて睨みつけた。

「だから、バンド辞めるわって。」

亮がそう言うと芹沢はテーブルに置かれていたコップを亮に投げつけた。亮は顔面目掛けて飛んで来るコップを腕で防いだが腕を下ろした時にはもう芹沢は目の前にいて大きく腕を振りかぶっていた。芹沢の拳を亮は防ぐ事が出来なかった。

亮は真後ろに吹き飛ばされ楽屋のドアにぶつかった。芹沢は楽屋のドアを開ける。その瞬間店内に流れる爆音のBGMが亮の耳に響き渡った。芹沢は茶色に染まった亮の髪の毛を持ち楽屋から引きづり出した。そして、亮の顔面に膝蹴りを入れ、大きな声を出しながら亮の胸ぐらを掴み片手で水槽目掛けて亮を投げ飛ばした。

ページワンの特徴的な巨大な水槽のガラスが大きな音をたてて割れ勢いよく水槽の中の水と魚が廊下に流れ出す。亮が気が付いた時には自分がその水槽の中にいて踞り水浸しになっていた。芹沢はまた亮の髪を持ち「お魚ちゃん。出て来いよ。」と薄ら笑いを浮かべ水槽の中から亮を地面に引きずり下ろした。そして、馬乗りとなって亮の顔面を何度も何度も殴り始めた。亮の顔面は血で真っ赤に染まっていく。爆音のBGMを掻き消す程の女性の悲鳴が観客席の方から聞こえてくる中、亮の意識はそこで消えた。



亮は水浸しになり水槽の中にいた。割れた水槽の中からは大量の水が一気に流れ落ち魚達もそれと同時に次々と地面に落ちている。芹沢は水槽の中で踞っている亮の髪を持ち地面に引きずり下ろし馬乗りになって亮を殴り始めた。客席からは爆音のBGMを消す程の女性の悲鳴が聞こえて来る。

「待て待て待て!芹沢やめろぉー!」

神崎龍司は叫びながら芹沢目指して駆け出した。芹沢は立ち上がり、

「誰だテメェー!」

と大声で叫び、芹沢もまた龍司の元に駆け出して来た。

龍司は芹沢の鳩尾を殴り、芹沢は龍司の鳩尾を膝蹴りした。

2人とも水浸しになった廊下に倒れ込んだがすぐに立ち上がる。

「やるじゃねーか金髪。」

「芹沢、亮はお前らみたいなバンドにはもったいねぇよ。俺達が亮を預かる。」

「あぁ?お前こないだのなんとかっつーバンドの金髪かぁ。亮は俺らよりレベルの低いバンドには行きたくねぇそうだ。」

「それは亮自身が決める事だ。」

「そんな事は俺が許さねぇ。」

「亮はバンドを辞めたいってお前に伝えたんだろう?辞めさせてやれ。」

「お前さぁ。何か亮に吹き込んだのか?許せねぇなぁ。」

「許せねぇのは俺の方だ。力ずくで亮を奪ってやるよ。」

「おもしれぇ。やってみろよ。」

その瞬間、龍司と芹沢は同時に互いの顔を殴った。


     *


結城春人がライブハウス『ページワン』に入った途端、ガラスが割れる大きな音が聞こえた。どこからその音が鳴ったのかわからず店内を見渡す春人に凛が「あっち。」と大きな音が鳴った場所を教えた。春人達はガラスの割れた場所を確認した。

「あれ?水槽の中に誰か人が……」

春人が呟いた時、芹沢が水槽の中に倒れ込んでいる人物を引きづり下ろした。

(芹沢!じゃあ、まさか今水槽の中で倒れていたのは…亮…?)

春人がみんなに今水槽の中に亮らしき人物がいた事を話そうとした時、女性の悲鳴が聞こえて来た。

「どうやら誰かが喧嘩してるみたいね。亮じゃなければいいけど。」

真希がそう言って拓也は「龍司も。」と付け足した時。春人は今さっき見た光景を話そうとした。しかし、またそれを遮るように「芹沢やめろぉー!」と爆音のBGMに負けない程の龍司が叫ぶ声が店内に響き渡った。

「龍司の声だ。」

真希が言った。春人が見た事を話す必要もなくなり春人と拓也と真希の3人は龍司がどこにいるのかを探し始めた。

「どこだ?どこに龍司はいる?」

拓也が言うと凛が「あっち。あの水槽の裏側。」と教えてくれた。

春人が龍司を見つけた時には既に水槽の向こう側で芹沢と激しく殴り合いをしているのが見えた。

「あのバカ!なんで芹沢と喧嘩してんのよ!」

「とにかく止めよう!」

春人達4人は走り出した。


     *


芹沢は神崎龍司と殴り合いを続けるうちにどんどんと笑顔になっていた。

「気持ち悪ぃな。ずっと笑ってんじゃねーよ。」

芹沢は不気味な笑みを浮かべながら首を左右に捻った。

「俺さ、喧嘩で負けた事ねーんだよ。ボクシングやってたからよ。」

「フン。そのクセに蹴り入れて来てんじゃねーよ。」

「お前、ボクシングのセンスあるな。バンドなんかよりボクシングでもやってろよ。」

「ボクシングは嫌いなんだよ。」

「人を殴るのは好きそうだけどな。」

「かもな。けど、ボクシングは嫌いなんだよ。」

(しかし…こいつに俺の攻撃は効いてんのか?全然痛そうな顔をしねぇな…)

「龍司!やめろ!」

拓也の声が後ろから聞こえた。拓也だけではなく真希と春人と凛の声も聞こえたが龍司は振り向く事は出来なかった。

「後ろ見てみろよ。お前の仲間が来たみたいだぜ。」

(目をそらしたらコイツにやられる。)

「ああ、もう時間がないみたいだ。俺、あいつらの言う事には従う事にしてるんだわ。だから時間がねぇ。次でお前をぶっ飛ばして終らせねーといけなくなった。」

「はぁ?痛くもかゆくもないお前のパンチで俺をぶっ飛ばせると思ってんのか?笑わせるぜ。」

芹沢は大声で笑った。龍司は髪を掻き上げ、終らせるか。と呟いた。


     *


橘拓也達4人が龍司目掛けて水浸しの廊下を駆け出した時、龍司は芹沢の鳩尾を殴り、膝蹴りを入れ、顔面を数発物凄い早さで殴った。その動作一つ一つが素早かった。拓也達が龍司の元に辿り着いた時には芹沢は地面に倒れ伏していて身動き一つ出来ずにいた。

「約束だ。亮は俺達が預かる。」

芹沢は精一杯の力を振り絞って立ち上がろうとしたがその場に崩れ落ち「覚えてろよ金髪。」と呟いた。


その後、店に警察官が現れ龍司と芹沢の2人は事情聴取を受ける為に警察署に向かった。

警察署に向かう前、龍司は「お前らどうしてここに?」と尋ねて来た。真希が、

「昨日あんたが亮に今日のライブハウスの場所を聞いてたから嫌な予感がして私達もここに来たのよ!まさかこんなに早くモメるとは思わなかったけどね!」

と叫んだ後、龍司の後頭部を思いっきり殴った。

「ちょっと警官、今見たよな?こいつも人を殴ったぞ!連行してくれ!連行!」

龍司の言葉を無視して警察官は龍司と芹沢を連れ去った。亮はストレッチャーに乗せられ救急車で病院へと向かった。ストレッチャーに乗せられる前に亮は拓也達に告げた。

「龍さんに助けてくれてありがとうって伝えてくれ。」

「…わかった。」

「龍さんが来てくれなかったら俺、この程度ではすまなかったよ…あんた達も今日来てくれてありがとう。」

真希が「私達は来るの遅かったし何もしてないわ。」と告げると亮は「それでも…ありがとう。俺、嬉しかったよ。」と言った。

亮が運ばれて行くのを見届けた後、凛が水槽を見つめながら呟いた。

「この水槽誰が弁償するんですかね?高そうだなぁ。」

「芹沢が弁償するでしょ。知らないけど。」

「どっかの会社の御曹司だもんね。」

拓也達は店のスタッフが廊下に落ちてしまった魚を拾い、濡れた床の水を拭き取っている姿を見て手伝う事を申し出たが店のスタッフはそれを断った。申し訳ない気持ちのまま店を出ると真希は、

「あいつ……去年喧嘩はしないって誓ったくせにっ!」

と龍司への怒りをあらわにしていた。

「だけど、さっき亮が言ってた様に龍司君がいなかったら亮はあれだけの傷じゃ済まなかったよ。」「凛の言う通りだよ。真希、今回は龍司を許してやろう。」

拓也の言葉に続いて凛も「うん、私も許すの賛成。亮を助けてくれた。」と続いた。真希はじっと拓也を見つめた後、大きなため息をついて「わかったわよ。」と呟いた。

「でも、龍司の奴、最後芹沢に亮は俺達が預かるって言ってたわよね?それってどういう意味だと思う?」

と龍司以外答えを知らない質問を真希は拓也達にした。拓也は、さあ?と首を捻って答えた。

「単純に考えれば喧嘩に勝った方が亮を預かるって意味だと思うけど春人君はどう思う?」

凛が春人に話しを振ったにも関わらず春人は話し出さない。拓也はそれを不審に思って後ろを振り返るとそこにいると思っていた春人の姿がそこにはなかった。

「あ、あれ?春人君がいない。」

今春人がいると思って話しを振った凛も春人がいない事に気が付き驚いている。

「ハルの奴どうしたんだ?一緒に店を出たと思ったんだけどまだ店内にいるのか?」

「ねぇ。拓也。さっき亮の顔を春人は見てたよね?」

「ああ。見てたけど。」

「大変。あいつ店の中で倒れてるわ!」

「あっ!」

真希は店内に駆け足で戻って行く。それに続いて拓也も駆け出した。

「えっ?えっ?どうして喧嘩もしてない春人君が倒れるんですか?」

春人の体質を知らない凛は何がなんだかわからないといった感じのまま拓也達に付いて来る。

「春人、血を見ただけで呼吸困難になったりするの。」

「ヒドい時は気を失ったりする。」

「えーっ!?じゃあ、今店内で倒れてて、もしかしたら喧嘩に巻き込まれて倒れてる人扱いされてるかもしれないじゃないですかー!」

凛が言った通り春人は店員からさっきの喧嘩に巻き込まれた客もしくは一緒に喧嘩をしていた客がまだ倒れていると思われていた。ただ、無傷で意識を無くしている春人の姿に店員達は困惑していた。



2015年9月18日(金)


–心配掛けたな。昨日は遅くまで警察にお世話になったが今日は無事、学校に来ている。俺がいくら芹沢が薬物をやってるって訴えても警察の奴らは俺の言葉を信用してくれなかった。あいつも無事釈放されてるんだろうよ。–

1時間目の授業が始まる前に神崎龍司はグループLINEで近況を報告した。横にいる拓也が、

「龍司、お前芹沢に亮を預かるって言ってたよな?あれどういう意味だったんだ?」

とLINEを読んだ後、質問をしてきたのでそれに答えようとした時、真希からも同じ内容のLINEが届いたので龍司は、LINEで答えるわ。と拓也に告げて文字を打ち始めた。

–亮は昨日でJADEを脱退した。これから亮は俺達The Voiceで面倒を見てやろうと思ってる。–

–私達に相談もなく何勝手な事言ってんのよ!–

真希が怒っている顔が目に浮かんだ。

–今、こうやって相談してんだろう?それにまだ亮には言ってねぇよ。ただ、俺はあいつを迎え入れてやりたいと思ってる。お前らはどうなんだ?–

「亮が入れば6人か…なんか多い気もするけどな。」

龍司のLINEを読んだ拓也が隣で呟いた。

–拓也は6人は多い気がするって言ってる。–

龍司は拓也の言葉をLINEで送った。すると凛と春人の2人から、確かに。と連続で同じ言葉が返って来た。

–私も多い気がするわ。別に亮をメンバーに受け入るのが嫌ってわけじゃないんだけど。亮がバンドにいれば私はギターだけじゃなくバイオリンもサックスも演奏しやすいし。–

–じゃあ、亮がバンドに入りたいって言って来たら真希はどうする?あいつは俺達と一緒にバンドをしたいって思ってんだろう?–

–亮がバンドに入りたいって言ってきたらまた5人で話し合いましょう。–

拓也は、賛成。と呟いたので龍司は、タクは真希の意見に賛成らしい。とLINEで送った。春人と凛も、そうしよう。と答えた。

–私達の前に現れたら、ね。–

真希は亮がもう二度と自分達の前に現れないと思っているらしい。しかし、龍司は必ず亮はまた俺達の前に現れると思っていた。


しかし、それから3週間が過ぎても亮は龍司達の前に姿を現さなかった。




2015年10月11日(日)


この日はブラーでのライブだった。橘拓也達はいつもの様に円陣を組み龍司の、楽しもう。と言う言葉でステージに上がった。ステージに上がる途中「亮の奴、今日は来るかな?」と龍司が呟く声が聞こえた。龍司はこの3週間路上ライブを行う前いつもそう呟いているが亮はまだ拓也達の前に訪れていない。

拓也がセンターマイクの前に立ち、数秒目を閉じパッと目を開けた瞬間、みなみの顔が目に入った。

そして、歌っている最中、太田と相川と結衣がみなみの横に座っているのが目に入った。そして、少し離れた席に芹沢と新川の姿が目に入って拓也は驚いた。

(あいつら…何をしに来た?まさかライブ中に邪魔をしに?きっとそうだ。芹沢の奴、龍司に覚えてろって言ってたもんな…きっと仕返しをしに来たんだ。)

ファーストステージが終った後、拓也は楽屋で芹沢と新川の2人が客として来ている事を龍司達に告げると龍司も真希も春人も凛も全員がその事に気が付いていた。

「しっかし、あんだけあいつが薬物使用してるって警官に訴えたのに捕まってないなんてな…信じられねー。何やってんだよ警察わよぉ!」

「そんな事より龍司。わかってる?何が起きても手を出したらダメよ。」

真希は龍司に告げた。龍司は「あいつらが暴れ出して怪我人が出てもか?」と真希に尋ねると真希は「その通りよ。でも、狙われるのはあんた一人だと思うけどね。」と冷めた瞳を龍司に向けた。

「じゃあ、俺は一方的に殴られ続けろって言うのかよ?」

「何も殴られ続けろとは言ってないわ。警察が来るまで避け続ければいいのよ。」

「おいおい。あいつあれでもボクシング経験者だぞ。避け続けるより倒しちまった方が早いんだよ。」

「じゃあ、殴られ続けてれば。」

セカンドステージが始まっても芹沢と新川は不気味なくらい大人しく拓也達のライブが終わるまでその場を動かずにいた。

ライブ終了後、龍司は一直線に芹沢と新川の元に駆け寄った。拓也達も龍司が喧嘩をしないように龍司の後に続いた。

「お前ら今日は何しに来た?」

「はあ?お前らのライブを見に来てやったんだよ。」

芹沢は不気味な笑みを浮かべながら言った。

「嘘つけ!何か魂胆があるんだろう?」

「んなもんあるかっ!俺らはお前らの演奏を聴いた事がねーからわざわざやって来てやったんだよ。感謝しろボケっ!」

「復讐しに来たんじゃねーのか?」

「復讐?あぁ、喧嘩の復讐にか?んなバカな事するかよ。喧嘩はお前の勝ちだ。」

「…なんか腑に落ちねーな。」

「お前、そんなに強いんならボクシングやれよな。ボクサー向いてるぜ。」

「だからボクシングは嫌いなんだよっ!死んでもやるかっ!」

「なんでそんなにボクシングを嫌うかねぇ。ま、そんな事よりさっきオーナーに聞いたんだけどよ。お前らも今年の柴咲音楽祭に出るらしいじゃねーか。俺らもそれに出場するんだわ。お前に復讐するならそこで復讐してやるよ。」

「どうやって?」

「どうやって?そんなもん決まってんだろ。俺らが優勝する。で、晴れて俺らはプロだ。お前らを簡単にはプロにはさせねぇ。平和的で屈辱的だろう?お前らはまた来年挑むといい。」

そう言うと芹沢は立ち上がった。

「じゃあ、私達は失礼するわ。邪魔をしたね。」

と龍司と芹沢が会話している間ずっと一人で何かをブツブツと話していた新川がその時だけはちゃんと龍司にも聞き取れる言葉を放って椅子から立ち上がった。新川の体は少し揺れている。その揺れを抑える様な形で芹沢が新川の肩に腕をまわし歩き始めたが、すぐに芹沢は振り返って言った。

「そういえば亮は今日は休みだったのか?」

「亮?あれから顔を出さねぇ。」

龍司が答えると芹沢は「そうか。」と言って背を向け歩き出した。芹沢の背中に龍司は問い掛けた。

「亮は?お前らのバンドを辞めたんだよな?」

芹沢は進む足を止めたが振り向かずに言った。

「そうだ。お前と約束した通り俺は亮を解放してやったよ。だからあれ以来亮とは会ってねーし連絡も取ってねぇ。いずれお前らの前に現れるだろう。そん時は面倒見てくれや。」

芹沢と新川が去って行く後ろ姿を見つめながら凛が言った。

「狂ってるイメージしかなかったけど…今日はなんか不気味なくらい普通の人だったね…」

「…ああ。けど、それがまた狂ってる感じに俺には見えたけどな…新川の方はずっと一人で何かブツブツ言ってたし。」

拓也は芹沢と新川の背中を目で追いながら答えた。


     *


「キャハハハハハ。今日は楽しかったわ。」

急にテンションが高くなった新川を芹沢は恐ろしげな目で見つめた。

「嵐どうしたの?」

「なんでもねぇよ。」

「しっかしライブ見る前はあいつらのライブを邪魔してめちゃくちゃにしてやるって豪語してたのに。全然暴れなかったじゃん。」

「俺、そんな事言ってたか?」

「言ってたわ。私、いつ暴れ出すのか楽しみにしてたのにつまんないの。めちゃくちゃにしてやるって言うから私あいつらの動画サイトを探してライブする日、場所、時間まで探し当てたのよ。」

「結局、俺らが何度かライブやってるブラーじゃねーかよ。」

「それは結果論でしょ!しっかし驚いたわ。ライブ見る前のあの勢いは何処へやら。めちゃくちゃ大人しいんだから。」

「そうか?」

「そうよ!…って、ま、まさか。嵐あんた…あいつらの演奏に感動した、とか?」

「……まさか。」

「ふーん。そーなんだ。感動しちゃったんだ。」

「日和、あのバンドに亮が入ったらどうなると思う?」

「…う〜ん。あの5人でもう形は出来てる感じなんじゃないの?亮の居場所はない気がする。」

「けど、あのギターの女、ギターだけじゃなくバイオリンとサックスも演奏してた。亮はあのバンドに必要な気がする。あのギターの女は相当な腕をもってるみたいだが、おそらく亮はあの女以上にギターの才能がある。」

「随分と亮の事買ってたのね。じゃあ、どうする?亮の奴、薬漬けにして私達の元から逃れられなくしちゃう?」

「……」

「なんつって。冗談よ。そんなに睨まなくてもいいでしょ。せっかくの才能潰しちゃうもんね。」

「才能を潰す、か…俺は薬で才能が開花すると思ってたよ。」

「なんか嵐さ、今日様子が変だよ…ってそれはいつもの事か。キャハハハハハ。」

「…俺、音楽であいつらと勝負したくなった。」

「で、あいつらに勝ってプロになる?」

「そうだ。」

「……笑わせるわ。嵐。あんたプロになる為にクスリやめようなんて思ってないよね?そんな事私が絶対に許さないから。少なくとも私はあんたのせいでクスリがないと生きていけなくなった。プロになるなんてもう遅いのよ!一度でもクスリに頼ったミュージシャンを世間が認めるはずがない。プロを目指すなんてバカげた事はやめにして今まで通り楽しみましょう。ね?」

「……俺は、プロを目指す。日向もう少しだけでいい。俺に付き合ってくれ。」

「私達に神様が微笑んでくれると思う?」

「俺は神なんか信じてねーよ。」

「フンっ。クスリ、今まで通り手に入れてよね。それが条件。」

「……薬、辞める気はあるか?」

「ふざけんなよテメェー!お前が私に与えたんじゃないかっ!それを辞めさすなんてふざけんじゃないわよっ!あんたが私にクスリを与えたのっ!あんたが私に特別な力を与えたのっ!わかってるわよね!あんたは私からもう逃れられなくなった。私を裏切ったらただじゃおかないからね。死ぬにしても捕まるにしても一緒だから。」

「……」

新川は手で芹沢の顔を下から上、上から下へとゆっくり撫でる様に動かした。

「今の私を作ってくれたのは、嵐、あなたなのよ。私、感謝してるんだから。いつまでも仲良くしましょうよ。い、つ、ま、で、も、ね?」


     *


「神様は本当にいると思う?」


突然、間宮トオルの脳裏にひかりが涙を流しそう聞いた時の情景が頭に浮かんだ。

(これは…確か俺達が大学4年の頃…)

間宮とひかりは高校卒業後、同じ大学に通った。ひかりならもっと良い大学に行けたはずなのに、ひかりは間宮と一緒の大学を選んだ。

ひかりと出会ってから大学4年まで別れ話一つ出る事なく2人は順調に愛を育んでいた。しかし、大学4年のこの日から2人の間の何かが変わり始めた。


「俺は…いると思う。それで必ず俺達を見ている。」

あの時、間宮はそう言った。その言葉が正しかったのかはわからない。間宮は無宗教だが神様がいると信じていていつも自分達を見守ってくれているものだとあの時は思っていた。

「……私も、そう思いたいよ。でも神様がいるんならどうして人は産まれた時から平等じゃないの?どうしていつも不平等なの?そうやって私達をイジメて楽しんでるの?」

ひかりは間宮に抱きついてそう言った。間宮は強くひかりを抱きしめた。

ひかりが泣いていたのは写真コンクールに出した写真が1次審査も通らず次々と落とされ続け今回が最後のコンクールと決めていたからだ。ひかりの撮る写真ならコンクールに出せば大賞までとは言わなくともそれなりに何かしらの賞を取るものと間宮は思っていた。ひかりもそうだったのだろう。自信があった。だからこそコンクールに沢山作品を送っていた。しかし、ひかりの撮る写真はどれも1次審査すら通過する事が出来なかった。

「今回が最後と決めつけずにまたチャレンジすればいい。」

ひかりは間宮の胸元で首を振った。

「無理だよ。もう…無理。私、今まで一生懸命頑張って来たよ…頑張って来たんだよ…もう、これ以上何をしたらいいのかもわかんないの…

夢は……思い続ければ叶うだなんて誰が言った言葉なんだろうね。夢なんて思い続けたところで叶うわけないのにね。夢は夢のまま。最初から叶うものじゃないんだよ。」

「夢が叶わないだなんて嘘っぱちだ!俺は必ず夢を叶える!だから…ひかりもまだ諦めるのは早い!俺が夢は叶うものだって教えてやるよっ!」

ひかりは首を激しく振ったその後、静かに、そしてささやく様に言った。

「落選の通知を見る度にね。お前には才能ないからもう辞めろって言われてる感じするの。お前なんかが賞なんて取れるわけがない。ましてやプロだなんて笑わせるな。さっさと諦めろ。そう言われている感じがするの。もう…無理だよ。もう、自信がないよ…私には写真を撮る才能がない……」

「そんな事ない。そんな事ないよ。俺はひかりが撮る写真が一番好きだよ。」

それは間宮の正直な言葉だった。


(ひかりの夢が叶って、俺の夢が叶ったらプロポーズしようと思ってたんだよ、俺。)

あの頃の間宮は誰もが願い続ければ夢を叶えられるものだと信じていたし才能のあるひかりは必ず夢を叶えプロのカメラマンになると思っていた。だけど現実はそう甘くはなかった。むしろ現実というものは残酷なまでに容赦がなかった。そして、夢を叶えた者が必ずしも幸せになるというわけではない事を間宮はその後、痛い程痛感した。



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今、想う


9月10日


夜、一人で静かな場所にいると壊れてしまいそうだ。

まるで床に落として壊れてしまったカメラのように…


自分で壊してしまったカメラを見つめ、私は深いため息をついた。


こうやって私は一つずつ何かを失っていくのだろう。


次に失うのは何?

学校?友達?恋人?

そう考えると恐ろしく恐い。



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