Episode 9 ―夢―
一緒に家に帰る時間。一緒に歩く時間。一緒に彼と話す時間。私は嬉しかった。楽しかった。私は幸せな気持ちで一杯だった。
6月2日の日記に書かれていた文書を読み男は呟いた。
「俺もだよ。俺も君と一緒に家に帰る時間。一緒に歩く時間。一緒に話す時間。嬉しかった。楽しかった。幸せな気持ちで一杯だった。だけど、もっと…もっともっと君との時間を大切にすれば良かった。そう思うよ。」
1
2015年9月15日(火)
夏休み最後の日に倒れてしまった佐倉みなみは母が呼んだ救急車で結城総合病院に運ばれた。そして今月1日の朝に春人の父である結城正院長が病室に現れた。
「みなみちゃん。最近食欲の方はどうかな?」
「…食欲は…あります。」
「みなみちゃん。それは本当かな?」
「はい……いえ、ごめんなさい。本当はあまりないです。なんか…食べるのも疲れちゃって……」
「…そうか。」
結城院長のメタルフレームの眼鏡の奥の目がとても鋭くなった事にみなみは気付いた。
「みなみちゃん。以前にも話した事だが、そろそろ高校に通っている場合ではなさそうだ。長期入院をする時期だと思う。」
みなみは「いやです。」と言って必死で顔を横に振った。隣にいる母がみなみの肩を抱いた。みなみの両親も結城院長もみなみに入院する事を進めた。しかし、みなみは納得しなかった。
「お願い。もう少しだけ。もう少しだけ時間が欲しい。せめて…最低でも高校は通って卒業をしたいの。」
結城院長は顔を下げ首を振った。
「……お願いします。お願いします。もう、最後のお願いにするから!だから、お願い。最後のわがままを聞いてほしい。お願いします。もう少しだけ私に自由を下さいっ!」
何度も何度もみなみは頭を下げ「お願いします。」という言葉を繰り返した。その必死の頼みに母は「わかったわ。」と答え「あなたもいいわよね?」と父に聞いた。父は母の言葉に頷き「先生、私達もみなみの言う通りにさせてあげたい。」と結城院長に言った。結城院長は「しかし、もう…」と言った後、首を振り少し間をおいてから頷いた。
「わかりました。しかし、もうみなみちゃんが望む生活は限界に来ています。だが、そうだな……半月だけは入院をしてもらいたい。」
(もう限界…か…次こそ…本当に次こそ何かあれば長期入院は確実だ……)
「半月入院したら退院は出来る?」
「…約束するよ。しかし、それは体調が悪くなっていなかったら、だが。」
みなみは覚悟を決めて深く頷いた。
「それでお願いします。」
この半月間、拓也達The Voiceのメンバーは毎日お見舞いに来てくれて、結衣や相川、五十嵐、太田の4人も来れる時は来てくれた。そして、新治郎や間宮もそれぞれ2回お見舞いに来てくれた。
拓也は本当に心配そうな顔で毎日お見舞いにやって来るのでみなみは自分が元気な顔を見せないといけないと思ってしまって無理に笑顔を見せていたが、上手く笑顔を見せられていたかどうかはわからない。
(無理に笑顔を見せてしまっていたのは間違いだったのかな?逆に不安にさせちゃったのかな?)
2
橘拓也は1日の昼、屋上で龍司達と共に昼食をとっている時にみなみから連絡を受け昨日の晩に失神して救急車で運ばれた事、半月間入院する事を知った。
龍司と結衣と凛の3人が一緒に行くと言ったが拓也は一人で行きたいと告げ、すぐに学校を抜け出し病院へ向かった。
拓也が病室に入るとすぐに、もう体調は安定してるから大丈夫だよ。とみなみは告げたがその表情は一目見て大丈夫そうではなく無理して笑顔を見せているのがわかった。しかし、拓也は無理をして笑顔を見せてくれているみなみに、無理に笑顔を見せなくていいんだよ。と言ってあげる事が出来なかった。
みなみは病室にいたみなみの両親に拓也を紹介してくれた。
「橘拓也君。今、お付き合いしてるの。お父さん。拓也君をイジメたらダメだよ。」
そんな冗談を言って、みなみは笑っていたがその笑顔はやはりしんどそうだった。
拓也はみなみが入院して半月経った今でも、無理をして元気なフリをしなくていいんだと言うべきなのかどうか迷っている。
(俺の前でみなみは本当に体調が悪くても体調は悪くないと言う。無理をして笑顔を見せる。
俺の前では無理をして嘘をつかなくてもいいと言えばいいだけの事なのかもしれない。そう言えば、みなみの気分は楽になるのかもしれない。だけど…これは俺に不安を与えない為のみなみなりの優しい嘘だ。その優しい嘘に俺は答えるべきなのかもしれない…本当にそれが正しいのかどうかはわからない。だけど、今はまだそうしておきたいんだ。)
拓也はこの15日間、毎日みなみの病室に訪れた。拓也は精一杯不安な顔をみなみに見せない様に勤めたつもりだ。しかし、今振り返ってみるとちゃんと笑顔を見せれていたか不安になる。
(俺はみなみと会う時、不安な表情を浮かべずにいられたのだろうか?ちゃんとみなみの前で笑顔を見せられていただろうか?みなみの方が不安と恐怖で一杯なはずなのに、もしかしたら俺の方が不安と恐怖で一杯の表情を浮かべていたかもしれない…そんな顔を見せて俺は病室を訪れていたのかもしれない…)
そして、今日、みなみが退院する午後4時に拓也はみなみの病室に訪れた。
今日が来るまで拓也は本当にみなみが退院出来るのかどうかわからなかった。
担当医である春人の父は半月でみなみを退院させる気がないのかもしれないとも思ったし、みなみが半月で退院出来るという嘘をついているのかもしれないとも思った。しかし、拓也は病室で帰宅準備をしているみなみの姿を見て、本当に退院出来るんだ。と安心したのと春人の父を疑ってしまっていた事を恥じた。
「じゃあ、お母さん。荷物は宜しくね。私、拓也君とゆっくりして帰るから。」
「わかったわ。じゃあ、橘君。みなみをお願いね。あ、あと、お見舞いに来てくれた皆さんにも宜しくお伝え下さいね。」
みなみの母はそう言って深くお辞儀をして病室を出て行った。みなみは母親が出て行ったのを目で追ってから、はぁ〜。と言って伸びをした。
「あ、夏休み最後の日のライブ、動画で見たよ。めちゃくちゃ格好良かったよ。」
「ありがとう。」
「うん。じゃ、行こっか。」
そう言ってベッドから立ち上がったみなみの肩を持ちながら拓也は「歩けるか?」と聞いた。みなみは「大丈夫だよ。」と言ったそばから「イタタ。」と言って足を擦ってまたベッドに腰掛けた。
「どうした?」
「足が吊っちゃった。イタタ〜。」
「筋力が落ちてるんだな。」
「そうみたい。人間って不思議だねぇ〜。たった15日ベッドで寝てただけなのにこんなに筋力が落ちるなんて。」
「本当に。」
みなみは足を擦りながら、そうだ。と言って拓也を見上げた。
「今日って路上ライブはどうするの?」
「今日はないよ。」
「私のせい?」
「そうじゃない。凛を連れて真希達がライブを見に行くんだよ。」
「凛ちゃんは耳栓をしたら人の感情が入って来なくなったんだよね?」
凛は夏休み最後の日、百均で耳栓を買って来て、路上ライブ中ずっと耳栓をしていた。
45分程ライブをした後の休憩中に拓也が凛に耳栓を付けてる意味はあったのかと聞くと凛はいつもよりテンション高く「みんなの感情がぜっんぜん入って来なかった!」と言った。真希はこれまで沢山のライブやコンサートに行って訓練をしたのにまさか百円の耳栓で防げた事を嘆いていた。そんな真希を横目に龍司は偉そうに「だから言っただろう。耳栓でもしとけって。」と言ったので真希は「あんたは冗談で言ったんでしょ!」と頭を叩かれていた。
「まだ凛は耳栓をつけて俺達の演奏しか聴いてないから今日は知らないバンドのライブに行ってみるらしい。」
「真希達って真希と凛以外は誰が行くの?」
「龍司とハルと結衣ちゃん。」
「どこのライブ?ブラー?」
「エンジェル。」
「エンジェルならここから近いね。私達も合流する?」
「みなみが大丈夫ならどこかで時間を潰してからエンジェルに行こうか?」
「うんっ!よしっ。足も治ったから今度こそ病院出よっか。」
「うん。ゆっくり歩こう。」
「うんっ!」
3
一ノ瀬凛が真希達と共にライブハウス『エンジェル』でライブが始まるのを待っていると拓也とみなみがやって来て凛達は驚いた。
「みなみ!退院おめでとう!」
真希の言葉に続いて凛も結衣も龍司も春人も同じ言葉をみなみに言った。みなみはまだしんどそうな笑顔を見せて「ありがとう。みんな。」と言った。そして、みなみは凛の横に座り「凛、お母さんとはいつから一緒に?」と尋ねて来た。凛が「今日からです。さっきまで引っ越しを真希達にも手伝ってもらってて。」と答えると「凛ちゃん嬉しそうだね。」とみなみは笑顔で言った。
「私、今そんなに嬉しそうに話しました?」
「うんっ!満面の笑顔だったよ。あ、そうだ。今日耳栓は?」
凛は小さな鞄から耳栓を取り出しみなみに見せながら、ありますよぉ〜。と答えた。
「今日のライブ普通に楽しめたら良いね。」
「はいっ!私、ライブを普通に楽しむなんてほとんど出来ていなかったんで。」
「でもよ。耳栓なんかしてたら本当の良さが半減するよな。」
龍司がそう言うと真希は思いっきり龍司の頭を叩き結衣に向かって「ごめん。」と告げた。
「イッテーなっ!謝る相手は俺だろっ!なんで結衣なんかに謝ってんだよっ!俺に謝れっ!」
「うっさい!黙れ!」
真希が怒り狂う中、拓也が春人に「今日のライブって?」と聞いていた。凛も気になって春人の方を見た。
「JADEっていうバンドでピアノとギターとドラムの3人組らしい。で、ピアノがボーカルらしい。」
そのバンド名を聞いた瞬間凛は、どこかで聞いた事があるような。と思った。
「ジェイド、か。俺達見た事あるのかな?」
「ないわ。でも、一応どんなバンドか私も軽く調べてトオルさんに聞いてみたのよ。そしたらトオルさんは去年何度かブラーでライブをした事があるバンドだって言ってたわ。」
と真希が拓也と春人の会話に入った。
「じゃあ、俺はバイト中に見てるかもな。」
「それもないわ。彼らがライブしたのは平日だったらしいし金曜日にブラーでライブをした事はまだないって言ってたから。」
「そっか。俺がバイトに入っていない日にブラーでライブしてたのか。トオルさんは?このバンドについて何か言ってた?」
「う〜ん。そうね。ボーカルとドラムの2人は私達と同い歳らしいわ。高校は横浜の方らしいから接点はないだろうけど。あ、あと、去年に新たにバンドに入ったギターの子はまだ中学2年生らしい。あっ!あと、こいつら今年の柴咲音楽祭に出るらしい。」
真希の言葉を聞いた春人が「じゃあ、和装とピンクホワイトに加えてJADEも俺達のライバルって事か。」と眼鏡の位置を直しながら言った。
「去年までこいつらプロを目指す気なんてなかったみたいなの。でも、去年の優勝バンドの演奏を聴いて、あんなのでプロになれるなら俺達にだってなれるって豪語していたらしいわ。」真希のその言葉を聞いて拓也と龍司と春人の3人は眉間にしわを寄せ非常に鋭い表情を浮かべた。
「それで今年の柴咲音楽祭に参加か、なめやがって。」
龍司がそう呟いた。
(あの栗山さん達LOVELESSの悪口を言った今日のバンドの事を3人は一瞬で嫌いになったのだろうな。そして、もちろんその言葉をトオルさんから聞いていたからこそ真希は今日のライブに私だけじゃなく龍司君と春人君も誘ったのだろう)
「許さない!あのひなさん達を小馬鹿にするなんてっ!」と何故か結衣が一番怒りをあらわにしていて凛は驚いた。
「でも、エンジェルで普通にライブが出来るって事はそれなりに凄いバンドだって事だよな?」
拓也の問いに真希と春人が同時に黙って頷き、真希は「どうせLOVELESSの足下にも及ばないだろうけどね。」と付け足した。
「そういえばヒメ、LOVELESSで思い出したけど黒崎さんに動画の編集作業やらは教えているのか?」
春人が真希に聞くと真希は「ええ、動画の撮り方や編集作業も教えたわ。黒崎さん忙しそうだから進み具合はあんまり良くないけどデビューまでには間に合うと思うよ。」
龍司は首を捻りながら、
「黒崎ってあの黒崎さんだよな?真希があの人に編集作業を教えてるのか?」
と不思議そうに聞いた。
「そうよ。トオルさんに頼まれてね。LOVELESSも動画サイトにチャンネルを持ちたいらしいわ。」
「なにしてんだよ!プロデビューしたら俺らの登録者数なんてすぐに抜かされちまうだろ!」
「そうなったらコラボしてもらえばいいのよ。そうすればLOVELESSのファンも私達の動画を見てくれるし、もしかしたら私達を応援してくれる人も現れるかもしれないわ。」
「コラボ?」
「そうよ。有名動画配信者とコラボするのが登録者数を稼ぐには一番手っ取り早いと思うわ。」
「なるほどなぁ〜。じゃあ、Queenがコラボしてくれりゃーいいのによぉ。」
「それは私達が有名になったらね。」
「それじゃあ意味ねーだろっ!ケチ!」
龍司がそう言って会話が終ったところでタイミング良く店内の照明が落とされたので凛は手に持っていた耳栓をつけてライブを聴く準備をした。
ステージに上がったJADEの3人は一列に並んで左手を腹に右手を背中へ回し、まるでダンスパーティーで見せるような丁寧なお辞儀をした後一人はステージの真ん中に置かれたグランドピアノに座り、もう一人の若そうな男はギターを持ち左端に移動し、もう一人の女性はドラムが置かれている右端に移動した。
「ドラムが女性でピアノが男性かぁ。ちょっと意外だった。どんな演奏かドキドキするね。」
凛は隣に座る真希にそう言った。真希は凛の言葉に頷いたが、その表情は険しく彼らを敵視しているのが一目瞭然だった。凛は真希からステージの方を見つめてもう一度3人の顔を確認した。
JADEの3人は服装の中に必ず赤色を入れている。
(JADEって確か翡翠って意味よね?なのにどうして翡翠色じゃなくて赤色なんだろう?)
ピアノの男性はパンツが赤色でドラムの女性は靴が赤色でギターの若そうな男は帽子が赤かった。
(んっ?あの若そうな子…もしかして…そ、そうか。JADEってどっかで聞いた事のある名前だと思ってた。そっか。あの子がいるバンドだったんだ。)
突然大きなピアノの音が鳴った。その瞬間、凛は恐怖と混乱で体が震え始めた。
「なに??何が起こっているの??」
4
ライブが始まった瞬間、姫川真希は隣に座る凛の様子がおかしい事に気が付いた。
「どうしたの凛?震えてるわよ。顔つきもおかしい。」
凛は震えながら顔を振り耳を抑え始めた。
「おい、凛大丈夫か?」
龍司も凛の異変を感じて凛に声を掛けた。
「外に出よう。」
龍司が凛の肩を持ち席を立たせたその時、ドラムともう一人のギターの音が鳴り始めた。その途端、凛は気を失いそうになってバランスを崩したが龍司がなんとか凛を支えていた。拓也達も一緒に会場を出ようとしたが真希はここに残る様に告げて龍司と結衣と真希の3人で凛を連れてライブ会場から出た。ライブ会場を出る前、真希はステージで歌う男の顔を横目で見ながら会場を出た。ライブ会場から出た途端、廊下で凛は座り込んでしまい龍司がすぐ側にあった長椅子に凛を座らせ真希は凛が付けている耳栓を取った。
「どうしたの凛?耳栓は意味がなかったの?ほんの数秒ピアノが鳴っただけで様子がおかしかったわよ。」
「……ごめんなさい。みんなはライブに戻って。」
「凛は私に任せて龍司。あんたは戻ってなさい。」
「でもよぉ。」
「いいから。戻って。結衣、あんたもよ。」
「結衣は凛の側にいたい。だから龍ちゃんだけ戻って。」
結衣はそう言って凛の横に座り凛の背中を擦り始めた。龍司が会場に戻ると真希は凛に聞いた。
「教えて。これまでこんなに早くあなたの様子がおかしくなる事なんてなかった。あんな一瞬であいつらからどんな感情が伝わってきたの?」
「…あの人…おかしかった……」
「ピアノの男だよね?どうおかしかったの?」
「……わからない…」
「わからない?」
「…だけど、今まで伝わって来た人達の感情とあの人の感情は明らかに違う。おかしかった…」
「だから、何がどうおかしかったのよっ!?」
「真希さん。凛ちゃん今混乱してる。だからあまりキツく言わないであげて。」
「ごめん。でも凛、何がおかしかったのかちゃんと教えて。」
凛は小刻みに震えた体を自分で抱きしめ何度も頷いてから言った。
「……私…今まであんな感情を感じ取った事ない…あの人達の感情…恐ろしかった…どう表現すればいいのかわからないけど…とても不安定でおかしかった。」
「あの人達って?凛、あなたはピアノの音を聴いた瞬間おかしくなったのよ。他の2人からもおかしな感情が伝わって来たの?」
凛は小刻みに頭を横に振って答えた。
「おかしかったのは2人。ピアノの男とドラムの女の人…」
(さっき会場を出ようとして立ち上がった時に凛が倒れそうになったのはドラムの音からもおかしな感情が伝わって来たからなのか…)
「どう伝えたらいいんだろう…」
凛はそう言ってどういう風に感情が伝わって来たのかを真希に説明しようと考えていた。
「大量の感情が一気に溢れ出てる感じで…だけど…その感情達は不安定でいろんな感情が混じっていて……私、あの人達の音を聴いて一瞬で気持ち悪くなって恐ろしくなった…それで…それから…そう、まるで生き物が皮膚を蠢いているのが見えて実際に聞こえないはずの音や声が聞こえて来た。それから…」
「待って凛、それは感情が伝わったというより、彼らの音を聴いて凛にも生き物が蠢いている姿や実際に聞こえないはずの音や声を聞いたって事?」
真希が問いかけると凛は両手を口元に当てて今にも嘔吐しそうになりながら答えた。
「……はい。それから実際にはいないものが見えた…私、こんな事初めてで…」
「皮膚寄生虫妄想、幻聴、幻視…」
「ねぇ…真希さん、その症状って……もしかして…」
結衣がそう言って真希の方を見た。真希も結衣を見つめ、そして頷いた。
「…確かな証拠は何一つないけれど…あの2人は薬物を使用しているのかもしれないわ。」
5
橘拓也達はファーストステージが終ると廊下に出てまだ気分の悪そうな凛にもう帰ろうと告げたが拓也達に最後までライブを聴いておいてほしいと言ってきた。真希と結衣も、凛の事は任せて私達の分までライブを楽しんでと言った。楽しんでと言われても凛が心配で楽しむどころではないのは拓也だけではなかった。
「あの人達のライブはどんな感じですか?」
凛が拓也に聞いてきたので拓也は「もしかしたら和装や大阪のホワイトピンクよりも強敵かもしれない。それに何より本当に楽しそうに演奏してた。」と答えるとみなみが「特にあのピアノのボーカルの人ね。もう最後らへんは立ちながら飛び跳ねるようにピアノ弾いて歌ってたもんね。」と付け足した。
「なんか歌詞も曲もぶっ飛んでる感じがするよな。」と龍司が言って、春人はその言葉に頷きながら「3人とも凄いテクニックだ。ピアノとドラムを担当する2人は特に凄い。」と言った。春人の言葉に真希は険しい表情を見せながら、
「2人の何が凄いと思った?」
と春人に聞いた。春人は真希の険しい表情と勢いに少しひるみながら、
「今、龍司が言った様にあの2人はぶっ飛んでる感じがする。」
と答えた。真希は、そう。と答えてから何か考えている様子だった。
「ヒメ?何か気がかりがあるのか?」
春人が聞くとその質問に真希ではなく結衣が答えた。
「その2人、薬物を使用しているかもしれないんです。」
龍司は予想していなかった結衣の言葉に驚いて「お前、結衣!なに言ってんだよ。」と小さな声で言っていた。
「確かな証拠は何一つないけど、凛が彼らの音から感情を読み取ったの。ううん。今回は読み取ったと言うよりも彼らと同じ風景を凛は見てしまったみたい。」
真希の言葉を聞いても拓也はぴんと来なかったし、春人もみなみも首を捻っていた。龍司は「はぁ?なんだよそれ?」と声に出していた。凛は彼らの音を聴いて大量の感情が一気に溢れ出てきた事、その感情は不安定でいろんな感情が混じっていた事、そして、生き物が皮膚を蠢いているのが見えて実際に聞こえないはずの音や声を聞き、実際にはいないものが凛にも見えた事を拓也達に告げた。
「よしっ!警察行こうぜ。」
龍司が楽しそうにそう言ったが春人は、待て龍司。と言って龍司を止めた。
「確かに薬物の中毒症状だ。だけど、ヒメがさっき言ったように何一つ証拠はないし、ただの憶測にしか過ぎないよ。凛が警察に事情を説明したところで音から感情が伝わるって事すら理解してもらえない。」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「俺達にはどうする事もできない。俺達に出来る事と言えば、このままライブを見るか帰るかだ。」
「じゃ、もう帰ろうぜ。せっかく凄い才能だと思ったのにがっかりだ。まさか薬物に頼ってるとはよ!」
「だから龍ちゃんそれは結衣達の憶測でしかないんだってば!」
「憶測?凛が言ってんだから間違いねーだろ?クズ共には興味がねぇ。もう帰ろうぜ。」
「でも、柴咲音楽祭で俺達はあいつらと同じステージに立つし実力だってある。見ておく必要はあるのかもしれない。」
拓也はそう言ったが龍司は「あんな奴らに俺らが負けるわけねぇ。クスリに頼る様な弱虫は俺らの相手じゃねー。」と言って帰ろうとしたのだが「待って!」と凛が震える声で龍司を呼び止めた。
「あのギターの子。私、知ってる。助けてあげなきゃ。今度こそ助けてあげなきゃ。あの子、助けてって叫んでる。」
真希は驚いた表情を浮かべ「今度こそ?あの若そうなギターの子を知ってるの?」と聞いた。
「私、あの子と会った事がある。あの子の事知ってる。あの子は奏多学園にいた子だ。」
「奏多学園?」
その時、セカンドステージが始まるアナウンスが流れたが拓也達は誰も会場に戻ろうとはしなかった。アナウンスが終るまで凛は話しをするのをやめていたが廊下が静かになり会場内から音が洩れ始めて来ると凛は話し始めた。
「児童養護施設奏多学園。私6月に一度その奏多学園に見学に行ったの。真希の家にずっといるのも悪いと思って。その時にあの子がいた。霧島亮、あの子が。」
6
3ヶ月前の6月。この時の一ノ瀬凛は白石のマンションを出た後、真希の実家で世話になっていた頃だった。そして、このまま真希の家にいても良いものかどうか悩んでいた頃でもあった。
そんな時、西宮駅から山を登って徒歩15分くらいにある児童養護施設『奏多学園』の存在を知り、施設に入る事を見据えて見学に行く事を決めた。その日が6月7日。霧島亮と出会った日だった。
*
2015年6月7日(日)
白石凛は施設長の佐藤祐也から施設内の案内をしてもらった後、施設の歴史や理念を聞きながら3階の廊下を歩き最初に通された1階の会議室の様な広い部屋に向かっていた。
佐藤の話しが終ると凛は長い廊下を歩きながら背の高い佐藤を見上げて言った。
「さっきからギターの音色がしますね。」
「んっ?さて?私には聴こえませんが…」
凛はどこからギターの音が聴こえるのか気になって窓から下を眺めながら歩いた。
(このギターの音色からは信じられない程強い感情が溢れ出ている…)
「ギターと言えば、亮君かな?」
「亮君?」
凛はまた佐藤を見上げた。
「いや、ギターが好きな子がいましてね。中学2年生の男の子で学校の休みの日はいつも広場でギターを弾いているんですよ。凛さんも何か楽器を?」
「はい。ピアノ等を。」
「そうですか。しかし、凛さんは耳が良いですね。私にはギターの音なんて全く聴こえませんよ。」
「あの。私、広場に向かってもいいですか?」
「ん?ああ。別に構いませんよ。最初に入った部屋の場所はわかりますか?」
「あ、はい。わかります。」
「では、私はそこで待っていますので帰り際に声を掛けて下さい。」
「はい。」
凛はギターの音色がする広場へと向かった。ギターの音からは怒りと不安とが入り混じっていて信じられない程の感情が伝わって来る。これはただ事じゃない。凛はそう思って早足から駆け足になった。広場には髪を茶色に染めた見た目からしてヤンチャそうな少年がギターを弾いていた。凛は、彼が亮君か。と心の中で呟いてからゆっくりと亮の前まで歩を進め、彼の目の前で立ち止まった。亮はギターを弾きながら凛を睨む様に見上げた。凛はさっきまで走っていたせいで息が切れ呼吸が落ち着くまで亮の前で立っていると亮から声を掛けて来た。
「あんた誰?ボランティアに来た人?」
「ううん。違う。見学に来た人。」
「そう。」
「うん。」
「そこに立たれると気が散るからどっか行ってくんないかな?」
「あ、ごめん。」そう言って凛は亮の横に移動した。
「キミの演奏からは凄く怒りの感情と恐怖の感情が伝わって来る。それが気になって私ここまで走って来ちゃったんだ。」
亮はギターを弾くのをやめた。
「はぁ?何言ってんだお前?」
「お前じゃない。私は白石凛。今年から高校生だからあなたより年上よ。年上には敬語。習わなかった?」
亮は立ち上がり凛の頭の位置が自分の肩くらいだと背の高さを腕で表現した後、
「こんなチビだから俺と同い歳か年下かと思ったよ。」
と言ってその場から立ち去ろうとした。
「キミは何に怒りを感じてるの?何に不安を感じてるの?」
凛は必死になりながら聞いた。というのも凛に伝わった亮の感情は切羽詰まった様子だったからだ。だから凛はどうしても亮が何に対してそんな怒りと不安を感じているのかを知りたかった。
亮は立ち止まって凛の方を振り向いた。
「俺のギターからあんたは本当に怒りや不安の感情が伝わったって言うのか?」
「そうよ。」
「お前、変な奴だな。」
「うん。そうかもね。」
「俺のギターから怒りの感情が出てるんなら…それはきっと俺を産んですぐに捨てた親に対してだ。俺は親を見つけて殺してやろうと思ってるからな。」
(怒りの感情は親への復讐…なるほど。確かにそういう怒りを感じる。この子、本気で捨てた親を殺そうと思ってる。だけど、不安を感じているのは親とは違う。)
「じゃあ、何に不安を感じているの?」
「……」
亮は黙り込んだ。亮には何か人に相談出来ない悩みがあってそれが不安の元なのだと凛にはわかった。
「不安なんて誰にだってあんだろう?お前は感情が伝わるなんて言いながら適当な事を言ってるだけだ。」
「とても不安な気持ちが伝わって来たよ。どうしたらいいのかわからなくて助けてほしいって。だから私に何か力になれるなら助けてあげたいと思った。」
「だから見ず知らずの俺に声を掛けたってのか?」
「そうよ。」
「…フンっ。笑える。助けてほしい事があったとしても見ず知らずのあんたに相談すると思ったか?」
「あっ。それはそうか…」
亮は軽く笑いその場に座って「霧島亮」と自分の名前を名乗った。そして、凛にも座れと言う様に左手で地面をポンポンと叩いた。凛は亮に指示された通り横に座った。
「あんた本当に人の感情がわかるのか?」
「本当だよ。歌ってたり楽器を弾いてたりしたらわかる。だけど、テレビとかCDとかじゃわかんない。」
亮はにわかには信じられないといった感じで頭を掻いていた。
「あんたも何か楽器やってたりすんのか?」
「うん。ピアノ習ってたよ。」
「ピアノの演奏者にはその能力は邪魔なだけだ。」
「その通りだね。」
「絶対音感は?持ってるのか?」
「うん。」
「そっか。俺も持ってる…らしい。」
「らしい?」
「人に言われて知っただけだし俺は楽譜読めないから絶対音感なんて持ってても意味ねぇんだ。けど、俺は一度聴いた曲を全て完璧に覚える事が出来る。だから楽譜は読めないけど覚えられるから演奏出来る。」
「本当にぃ?」
「そんな嘘ついて何の特があるんだよ。」
「だよね。へぇ〜。一度聴いたら覚えられるのかぁ。凄いねぇ。」
「俺さ。バンドやってんだ。バンドメンバーは俺の他に2人。ピアノ兼ボーカルの男とドラムの女。2人とも横浜在住で高校3年。」
「へぇ〜。バンド名は?」
「JADE。」
「ジェイド。翡翠の事だよね。カッコいいね。」
「……ボーカルの男が最近様子がおかしいんだ。」
「どんな感じに?」
「……あんたは?どうしてここに見学に?」
「話し逸らしたな。それと、あんたじゃなくて凛、白石凛。」
「凛はどうしてここに?」
「呼び捨て…」
凛はどうしてここの見学に来る事になったのかを亮に話した。
凛が話し終えると亮が一体何に不安を感じているのか相談に乗ろうと思っていたのだが亮は最後まで凛に悩みを相談する事はなかった。しかし、JADEのボーカルの男の事で亮が不安に思っている事が凛にはわかった。
(今までいろんな人の感情が伝わって来たけど、この子の感情は今までのとは少し違う。夢や希望や野心で強力な感情を出している人は沢山いた。だけどこの子は怒りと不安が感情に大きく出ている。そして、その中には恐怖が隠れている。この子は今きっと誰かに助けてもらいたいと心底願っている。)
*
亮ともう一度会えば相談に乗る事ぐらいは出来たのかもしれないが一ノ瀬凛はその日以降、奏多学園に足を運んでいない。亮の事を気に留めながらも自分の事で精一杯で亮に会いに行こうとしなかった自分を今更ながら後悔し自分を責めた。
「あの子。助けてあげなきゃ!」
凛は真希の顔を見つめながら訴えた。真希は凛を見つめ深く頷いた。
7
「その霧島亮っつーガキからはあのボーカルのような感情はなかったんだよな?」
神崎龍司が凛に聞くと凛は大きく頷いた。
「それはなかった。」
その言葉を聞いて凛が言うからには間違いないのだろうと龍司は思った。それは真希も同じだったみたいで、
「なら、ここで楽屋から出てくるのを待ってあの子に声を掛けましょう。」
と言った。龍司は壁にもたれかかり腕を組んだ。そして今ライブが行われている映像が映し出されている液晶テレビを見上げた。
「あんなクソガキを出待ち、か。」
「だけど、こんなに大人数で待ってても大丈夫なのかな?」
みなみがそう言うと拓也は「確かに。」と言った。
「じゃあ、私と凛とで待つわ。」
「おいおい真希、俺達はどうすりゃいいんだよ?」
「ライブの続きを見に行くか帰るか、になるね。」
「もうあいつらの演奏を聴きたいとは思わねーよ。」
「じゃあ、結衣を連れてどっか行ったら?」
「真希さん。結衣も一緒に待ちたいよぉ。」
「ダメよ結衣。龍司、結衣を連れて店を出て行って。」
龍司は暫く考えた後「いや、やっぱ俺もここで待つわ。」と真希に言った。
結局、7人全員で亮が楽屋を出て来るのを待つ事になった。ライブが終るまでの間、龍司と拓也と春人はずっとライブの映像が映し出されている液晶テレビを見上げていた。真希とみなみと結衣の3人はずっとしんどそうにしている凛に声を掛け話しをしていた。
ライブが終わり映像の中のライブ会場に明かりが点くと春人は「終ったみたいだな。」と呟いた。
「ここで待ってたらもっと時間が掛かっちまうな。俺があのガキ連れ出して来るわ。」
龍司がそう言ってライブ会場に走り出した。拓也が「ちょっと待て。」と呼び止めている声が聞こえていたが龍司は待つ気はなかった。
一直線に楽屋に走り龍司はノックもなしにドアを開けた。楽屋の中の3人は急に扉が開いた事に驚いた表情を浮かべていたが龍司はそんな事に構う事なく「霧島亮、ちょっとツラ貸してくんねぇーかな?」と言った。ピアノとボーカルを担当していた男が立ち上がり今にも龍司に襲いかかって来そうな勢いで「お前誰だ?」と叫んだ。龍司がその男を睨みつけ「あぁん?お前には様はねーんだよ黙ってろ。」と言った瞬間、後ろから頭を叩かれた。
「龍ちゃんっ!それじゃあ喧嘩売ってるみたいでしょ!」
結衣は必死で龍司の後を追っかけて来た様子で息を切らしている。
「急にすみません。失礼な態度を取ってしまいましたがこの人喧嘩を売りに来たわけじゃないんです。」
結衣は龍司の後頭部を抑えながら頭を下げさせて自分も頭を下げた。ピアノとボーカルを担当していた男は元の位置に座って言った。
「お前らは誰で何の用なんだよ?さっさと言えよ。」
龍司はその言葉が気に食わなくて頭を上げようとしたが、その前に結衣は龍司に頭を上げない様に
力を込めていたので龍司は頭を上げる事を諦めた。
「この人はThe Voiceってバンドのドラム神崎龍司。」
「The Voice?知らねぇなぁ。で、あんたは?」
「彼女の咲坂結衣でぇ〜す。もうヤダなぁ。それ聞いちゃいますぅ?」
「……」
「で、霧島亮君。あなたに話しがある人がいるの。あ、話しがあるって言っても平和的に、ね。」
「誰だよ?」
と亮が問う。
「同じくThe Voiceの一ノ瀬凛ってコ。」
「一ノ瀬凛?知らねーな。俺はそんな奴も知らねぇし、そのバンドも知らねぇ。」
龍司は結衣に抑えられている腕を払いのけて亮に言った。
「奏多学園で会っているはずだ。」
「もしかしたらその時は白石凛だったかも。」
結衣がそう言った瞬間、亮の表情は変わった。どうやら亮も凛の事を覚えていた様子だ。
亮はギターケースを背負い龍司と結衣を睨みながら、わかった。と立ち上がった。
「じゃ、芹沢さん。新川さん。俺、先出るわ。」
8
(白石凛…確かあの時、あいつは俺にそう自己紹介をした。今は一ノ瀬という名字に変わったって事か…)
霧島亮は凛と会った時にどうして奏多学園に見学に来たのかを聞いていた。その時に母親の再婚相手が凛に対して異常な行動があった事も聞いていた。
(無事に母親は離婚して元の名字に戻ったって事か…)
龍司と結衣が亮に自己紹介をしてきたので亮も彼らに自己紹介をしながら廊下を歩いていると凛が長椅子に座っている姿が目に入った。周りには亮の知らない男女が4人凛を囲む様に立っていた。
「連れて来たぞ。」
龍司がそう言うと凛は顔を上げて亮をじっと見つめた後立ち上がった。
「久しぶり、私の事覚えてる?」
「ああ。」
「あの時は白石だったけど、今は名字が変わって一ノ瀬凛になったの。」
「無事に元の名字に戻れたって事だよな?」
「うん。」とそこでようやく凛は笑顔を見せのだが、その笑顔はすぐに消えて真剣な眼差しを亮に向けた。
「今日は偶然JADEのライブに来たの。そこでキミの事を思い出した。」
「そうか。」
「ごめん。私…奏多学園に足を運ぼうと思ってたのに…自分の事で精一杯で…」
「奏多学園に来なくなった事は良い事だろ。」
「ううん、そういう意味じゃなくって。私、キミを助けたいと思ってたのに足を運ばなかった…」
「俺を助けたい?」
「うん。あの時、キミのギターからは怒りと不安を感じ取れた。怒りの意味は聞いた。だけど、不安の意味を聞いていなかった。」
(コイツ、まだ感情がわかるとか言ってんのかよ?)
「今日の演奏ではボーカルをしてた男への不安と恐れが強かった。そして、キミは彼を疑い誰かに助けてほしいと願っていた。」
「俺のギターからそういう感情がお前に伝わったって言うのかよ?」
「…そうだよ。」
「ふんっ。バカバカしい。音楽を聴いてその人の感情がわかる?そんな事あるわけねーだろ!誰がそんな不思議な能力を信じるって言うんだよっ!」
亮はそう叫んで店を出ようとしたが、それを遮る様にボブヘアの目つきの鋭い女が亮の前に立ちふさがった。
「私達は凛の能力を信じてるわ。あなたにも心当たりがあるんじゃない?」
「……」
心当たりはもちろんあった。そして、凛の感情を読み取る能力も以前に会った時から本当なのではないかと思っていた。亮はボブヘアの女を睨みつけた。ボブヘアの女も亮から目を離さない。そして、その女が放った一言に亮は驚いた。
「あんた、バンドメンバーが薬物を使用してるんじゃないかって疑ってるんじゃないの?」
「なっ…」
(どうして…そこまでわかってるんだ…俺はあの時、ボーカルの男が最近様子がおかしいとしか言っていないはずなのに……)
「あの2人は薬物を使用している可能性があるわ。」
「ちょっ、ちょっと待てよ。2人!?芹沢だけじゃねーのかよ?新川さんも使用してるって言うのか!?ふざけんなよっ!」
「凛が2人の演奏からそういう感情を受け取った。可能性があるとは言ったけど私は凛の能力を信じてるから本当は核心を持ってる。あいつら2人は薬物を使用している。」
「そんな…新川さんまで…そんな話し信じられるかよ!」
「だけど、その芹沢って奴にはお前も疑いを持ってたんだろう?俺も、いや、ここにいる全員が凛の能力を信じてる。だからあの2人が間違いなく薬物を使用してるって思ってる。今までは芹沢一人だけだったのかもしれねー。けど、お前の知らないところで芹沢があの女を巻き込んでしまったのかもしれねーな。」
龍司がそう言うと横で黙って話しを聞いていた黒縁眼鏡の男が告げた。
「そして、いつの日か芹沢は君にも薬物をすすめて来る日が必ずやって来る。」
まだ話していないポニーテールの女性が目の前にやって来て亮の両手を握り閉めた。
「その前に逃げなきゃ。ね?拓也君達が力になってくれるって。亮くんだっけ?みんなに相談してみるべきだよ。」
拓也とは誰なのかと思いながらも亮は全員を見渡した。亮はとりあえず全員の名前を教えてほしいと思っていた。しかし黙っている事が相談する事に決めたと受け取ったボブヘアの女が、
「場所を変えましょう。」
と告げ全員が頷いた。亮は彼らに相談する事を決め、彼らの後に続いた。
(そうだ…俺は…心の中で助けを求めていた……)
*
「トオルの夢って何?」
高校3年生の秋、ひかりが突然そんな質問をしてきた。間宮トオルはこの時既にバンドでプロになるという夢は持ってはいた。だが、それはあくまでも夢で叶うとは思ってもいなかった。だからこの時の間宮は弱々しく「夢は裕紀達と一緒にプロになる事。」と答えた。
「トオル達なら大丈夫だよ。それにお兄ちゃんも歌だけは上手いし。」
「でも、夢が大きすぎかな…」
「夢は大きい方が良いに決まってるじゃん。でも、トオルには大きな夢じゃないよ。叶える事が出来る夢だよ。」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。で、ひかりの夢って?」
「私の夢?う〜ん。そうだなぁ。やっぱりカメラかな。」
「やっぱりそうか。カメラ撮るの上手いもんな。うん。ひかりならプロのカメラマンになれるよ。ひかりが撮るカメラは他と違うし才能があると思う。」
「光栄だなぁ。才能ある人に才能があるって言ってもらえるの。」
ひかりの夢を聞いたこの時の間宮は不安で一杯になった。
なぜ不安で一杯になったのかと言うと、ひかりの夢は手を伸ばせば叶えられそうで夢を叶えられる才能をひかりは持ち合わせていた。それに比べると間宮の夢は叶いそうもない夢で、ひかりが夢を叶えた時、ひかりは遠くに行ってしまい置いていかれるような気がしたからだ。
(ただ、自分に自信がなくて…俺は素直にひかりの夢を応援する事が出来なかった……ひかりの夢を素直に俺が応援してない事、ひかりも気が付いていたんだろうな……)
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今、想う
9月1日
いつか聞いたよね?私の夢は何かって。あの時、私は本当の夢を君に言えなかった。
多分、私、直接夢を語ったら泣いちゃうから…ここに書く事にします。
私の夢、
私の夢は
何気なく
ささやかで
穏やかな日常を
普通に
出来るだけ長く
ただ送りたい。
それが君に言えなかった私の本当の夢。
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