Episode 6 ー大阪遠征ー
5月10日の彼女の日記には自分の病気の事が書かれていた。
男はこの日の日記の最後の部分を何度も繰り返し読み返した。
こんな私が人を好きになったりしていいのかな?
私。絶対先に死んじゃうじゃん。
悲しませるだけじゃん。
だけど……片思いだけなら誰にも迷惑かけないからいいよね?
「俺と君は…両思いだったよ…付き合う事も出来たよ…だけど迷惑だなんて思った事、一度もなかったよ…俺、本当に君が好きだったから…毎日が…毎日が本当に楽しかったよ…」
1
2015年8月3日(月)
やっと5人で路上ライブが行える日がやってきた。随分と路上ライブに参加していない橘拓也は路上ライブ前ストレッチをしながら興奮を抑えていた。
「気合い入ってんなぁ。」と龍司が言うと真希は「気合い入れ過ぎてまた喉痛めたら承知しないわよ。」と拓也に言って来た。拓也は「大丈夫。」と答えたが真希は目を細めて拓也を見つめていた。
「路上ライブでは地声しか使わないから喉を痛める心配もないし…本当に大丈夫だよ。」
龍司と春人がマイクの準備等を始めると凛が拓也と真希の側にやって来て「今日から私はコーラスにまわった方がいいですか?」と聞いて来たので拓也はどうしたらいいのかわからなくて真希を見た。今まで路上ライブでは拓也と真希のツインボーカルだった。凛がバンドに入り拓也が休んでいる間、真希がメインボーカルを担当して凛はメインボーカルとコーラスを担当していた。しかし拓也が戻って来た今、凛の担当をどうすればいいのかわからなった。
「そうね。凛にはコーラスを担当してもらおうかな。言うまでもないけど龍司と春人は今まで通りでボイスパーカッションを龍司が。ベースを春人が担当するからね。」
凛は「はい。わかりました。」と言ってその場を離れようとしたところで真希は「あと…」と言って凛を引き止めた。凛は「はい?」と返事をしてその場を離れるのをやめて真希を見た。拓也は真希がこれから言う言葉がわかった。
「いつまで敬語なわけ?」
その言葉を聞いて拓也は、やっぱり。と思った。
「す、すみません。なかなか慣れなくって…」
「そう…なら気を付けて。」
「あ。は、はい。あ。うん。」
そう返事をして凛は背筋を正していた。すると今度は「それから拓也。」と真希が声を掛けてきたので何故か拓也も凛同様背筋を正して「な、何?」と聞いた。
「ひなに拓也が16日から相沢裕紀にボイストレーニングをしてもらう為に大阪に行く事を伝えたわ。」
「ひなさんはなんか言ってた?」
「ひなは拓也が大阪に行く事知ってたよ。多分お父さんから連絡入ってたんじゃない?自由にウチが使ってた部屋を使ってくれていいって言ってたわ。」
「そっか。わかった。ひなさん達LOVELESSはデビューまだだよな?ちゃんとデビュー出来るのか?」
「ええ。ちゃんとデビューには近づいているみたいよ。今度エルヴァンと会って来るって言ってたし。」
「えっ!?エヴァ!!そ、そっか…エヴァと会うのか…凄いなぁ…」
「それから。」
「な、なに?」
「はるカンに会う機会があったら宜しく伝えといてってさ。」
「はるカン?」
「拓也に伝えればわかるってひなは言ってたけど?大阪時代にひながバンドを組んでた人なんでしょ?」
その言葉を聞いて拓也はすっかり忘れていた大阪時代の同級生堀川遥の事を思い出した。
「ああ。堀川さんか。懐かしいな。わかったってひなさんに伝えといて。」
「ひなの連絡先教えよっか?」
「いや、別にいいよ。」
拓也がそう告げると黙って話を聞いていた凛が「ところで路上ライブではこれからも楽器を使わずに歌うんですか?」と聞いて来た。拓也はまた凛が敬語になっていたので真希が指摘する前に先に敬語を指摘しようとしたのだが「そうよ。これらかも路上ライブでは楽器は使わないと思う。だから路上ライブはみんなの歌の向上を目指す感じでいてもらえたらいいわ。」と真希が答えてしまったので拓也は凛の敬語を指摘する事が出来なかった。
「わかりました。」
と凛が答えてからやはり真希は凛の敬語を指摘していた。その様子を見ているとさっきまでそこにいなかったみなみが突然拓也の横に現れて「拓也くん。」と声を掛けてきたので拓也は飛び跳ねて驚いた。
「み、みなみ!いつからいたんだ?」
「今来たところ。」
「そっか。びっくりしたなぁ。体調はどう?」
「大丈夫だよ。それよりさ。ひなさんの部屋で寝るの?堀川さんってだぁれ?」
「結構前から話聞いてたんだね…」
「ごまかさないでみなみの問いに答えなさいよ。」
拓也はごまかす気などなかったが真希がそう言ったせいでみなみは「ごまかしてるんだ。」と俯いた。
「ごまかしてなんかないよっ。ひなさんの部屋って言ってももう家具なんて残ってないだろうし。」
「どうして堀川遥って子の話題を出さないの?まさか隠してるの?」
拓也が遥の話を出す前に真希がそう言ったせいでみなみは「隠してるんだ。」とまだ俯いたままそう言った。
「隠してない。てか、隠す必要なんてないんだ。大阪時代のただの同級生でひなさんとバンドを組んでた子ってだけだし。」
拓也が焦ってそう答えると真希は「なんだ。ただの同級生か。しょーもな。」と言って、みなみは急に笑い出した。
「拓也君焦り過ぎだよ。大丈夫。冗談だから。意地悪してゴメンね。」
「そ、そうなの?」
「ふふっ。ごめん。ごめん。真希もちゃんと拓也君に謝ってあげてよ。」
「はいはい。ごめん。ごめん。」
「心の中で真希にいらない事ばっか言うなよって思ってたんだからな。」
「心の声が顔に出てたから気付いてたわよ。」
「でも、みなみホントに堀川さんはただの同級生なんだ。信じてくれ。」
「わかってる。今ので拓也君が私の事を変わらず大好きだって気持ちもよぉ〜く伝わった。」
みなみは笑いながら照れる様子も見せずにそう言ったが、言われた方の拓也は顔を真っ赤にした。
「さ、お遊びはここまでにして歌うよ。龍司と春人のとこ行って円陣組もう。みなみ。体調悪くなったら無理せずに座ってなよ。」
「うん。ありがとう真希。」
拓也は顔を赤くしたまま凛と真希と共に龍司と春人がいる方へ向かった。龍司は拓也の顔を見て「なんでお前顔真っ赤にしてんだよ。」と言ったが拓也は無言で龍司の肩に手をまわし円陣を組み始めた。
2
2015年8月9日(日)
白石凛は真希と共に浩一の車に乗り母朱里の元へと向かっていた。凛は真希の祖母の元で暮らすようになってから月に2度は白石のマンションへ通っている。凛がマンションに向かう時、必ず白石はいない。そういう約束を浩一を通してしたからだ。朱里と会っているその間はいつも真希は何も言わずただ座って横にいてくれている。これまで凛は朱里に学校生活の事や真希の祖母の家での生活の事、バンド活動を始めた事、バイトを始めた事等沢山の話を朱里にしてきたが朱里は凛が話す言葉に一度も反応を示した事はなかった。
今日もいつもの様に白石のマンションに着くと凛と真希は車の中で待機した。浩一だけが車を降りマンションの中へと入って行く。しばらくして真希のスマホが鳴って白石を外へと連れ出したという連絡を受けてから凛と真希は車を降りて朱里に会いに行った。白石がマンションにいる時はいつもこういう感じだ。
朱里は凛がやって来ても表情一つ変えず、ただ一点だけを見つめていた。それもいつも通りだ。
真希は少し距離を置いて腕組みをしたまま座る事なく朱里の様子を見ていた。凛は娘が久しぶりに会いに来たというのに何の行動も示さない朱里の横に座り優しく声を掛けた。
「お母さん。久しぶり。」
「……」
「体調はどう?」
「……」
凛の問いに何も答えてくれない朱里の様子を見て凛は俯いた。
「…お母さん。こんな所から出ない?私さ。一ノ瀬っていう名字気に入ってたんだ。また一ノ瀬に戻りたいなぁ。」
「……」
「そうだ。今日さ…私ライブするんだ。バンド活動始めた事前に話したでしょ?良かったら今晩のライブ見に来てくれないかな?」
「……」
「ね?いいでしょ?みんなも紹介したいし。」
朱里はこの時初めて凛の顔を見た。そして、ゆっくりと頷いた。何ヶ月もの間凛の言葉に反応を示さなかった朱里のその行動を見て凛は驚いた。真希も凛同様に驚いた様子で「い、今見に来てくれるって。」と凛と朱里の元へやって来て言った。凛は何度も何度も頷いた。
「お母さん。ライブ。見に来てくれるの?」
朱里はまたゆっくりと頷いた。
*
佐倉みなみは拓也達のライブが始まる前にルナに向かいバイトを2週に一度にしてもらうように新治郎に頼みに行った。本来ならバイトを辞めさせられてもおかしくはない頼み事なのだが新治郎はとてもみなみの事を心配してくれて、それでもいいからバイトは無理しない程度に入ってくれればいい。と言ってくれた。
午後6時30分にはThe Voiceのライブを見る為にブラーへ向かった。
ライブ開始30分前なのでお客さんの入りはまばらだった。その中に結衣の姿があった。結衣はすぐにみなみが店に入って来た事に気付いて大きな声で「サクラちゃ〜ん」とみなみを呼んだ。その声が楽屋にいる拓也達にも聞こえたのだろうバンドメンバー5人が楽屋から出て来てくれた。そして、凛が「今日は私のお母さんが見に来てくれてるの。紹介するね。」と言ってステージの正面のテーブル席に座っていた凛の母朱里をみなみに紹介してくれた。みなみは朱里の横の席に座り一緒にライブを見る事にした。拓也達が楽屋に戻るとみなみは朱里に声を掛けた。
「私、凛と同じ喫茶店でバイトしてるんですよ。」
朱里はその言葉を聞いて丁寧にお辞儀をした。その様子を見てみなみはにこりと笑顔を見せた。すると朱里もにこりと笑顔を見せてくれた。凛や真希の話では朱里は無表情で喜怒哀楽がないと聞いていたので朱里の笑顔を見てみなみは驚きと喜びを感じていた。
(凛のライブを見に来てくれたって事は凛のお母さんもきっと前に進もうとしているんだね。)
午後7時。ライブが始まると朱里は驚いた表情を見せ前屈みになって食い入る様にライブを見ていた。
(良かったね、凛。きっと今、お母さんに凛の気持ちや想いが伝わってるよ。)
みなみは表情豊かになっていく朱里を見てそう思った。
ライブが終ると今日は朱里が来ていた事もあり真希と凛は朱里と共に迎えに来てくれた浩一の車に乗り込んで帰って行った。真希は自分の代わりにみなみに車に乗るかと気を使ってくれたが拓也と共にバスで帰る事を選んだ。
龍司と結衣とバイト終わりの相川がルナへ向かうと言い出すとみなみと拓也の2人と共にバスで帰ろうとしていた春人が気を使って、やっぱり俺もルナへ寄って帰る事にする。と言い出した。みなみはそんなに気を使ってくれなくていいと春人には言ったが春人は、そんなんじゃないから。と言って龍司達と共にルナへ向かって行った。
「春人君気を使わなくていいのに。」
「だよなぁ。気を使い過ぎだよな。龍司が帰り道同じなら間違いなく一緒に帰ってた。」
「だね。」
みなみがバス停がある方へと歩き出すと拓也は横に並ぶ事なく声を掛けて来た。
「来週から2週間大阪だけど何か買って来て欲しい物とかある?」
みなみは立ち止まり振り向いた。
「そっか。大阪に行くのもう来週なんだね。う〜ん。お土産かぁ〜。たこ焼きがいいかなぁ。」
「別にいいけどここに帰って来るまでに冷たくなって固くなってしまうぞ。」
「だね。う〜ん。そだなぁ。お土産は…うん。心が詰まってたら何でもいいよん。それよりちゃんとボイストレーニング頑張って来てね。」
「うん。ありがとう。でも寂しくなるなぁ。」
「ふふ。たった2週間だけだよ。」
「2週間も会えないのは寂しいよ。」
「ふふ。嬉しい。」
みなみはバス停の方へと歩き出しながら拓也に、
「今日ね。ルナのバイト2週に一度にしてもらって来たんだ。」
と少し俯きながら言った。拓也は「そっか。うん。無理はしない方がいい。また体調が戻れば増やせばいいし。」と言ってくれた。その言葉が本当に嬉しかった。
バスを待つ間みなみはスマホでThe Voiceの動画を見ていた。
The Voiceのメインチャンネルは自己紹介動画を配信したまま止まっているがサブチャンネルは定期的に過去に太田が撮影した動画が更新されている。
「拓也君と龍司君が電車の中で歌った動画は配信されてないんだね。」
「ああ。あれね。5人で話し合った結果やっぱりあれはマズいんじゃないかって事になって動画サイトでは配信しない事になったんだ。」
「そらそうか。許可なしに電車の中で歌ったんだもんね。マズいよねぇ〜。でも、龍司君があの時話してた内容私は好きだけどな。ま、あの動画は本当に近しい人か電車に乗ってた人しか知らない特別な動画になったわけか。」
「そういう事。」
「そっか。私はあの動画を見た特別な存在なんだね。」
「そうだよ。そして、以前からみなみは俺にとっては特別な存在だよ。」
「何それぇ〜。言ってて恥ずかしくない?」
「全然。」
あまりにも拓也が真剣な眼差しを向けてくるのでみなみは照れ臭くなって冗談を言った。
「それはつまりプロポーズって事でいいの?」
「バカっ。俺達まだ高校生だしっ。」
「そうね。でも結婚は出来るし。」
「そ、そっか。」
「いつにする?結婚式。」
「え?あ、う〜ん。」
「冗談だよ。困ってる拓也君を見て楽しんでただけだし。」
「俺がプロのミュージシャンになって…それから――。」
「冗談だって。」
「それからみなみの夢が叶った時、かな?」
「ふふっ。そっか。」
「みなみの夢。俺まだ教えてもらってないけどな。」
「…そうだったね。うん。必ず教えてあげるから。」
「いつ?」
「さあ?そのうち。」
「なんでそんなにもったいぶるんだよ。」
「もったいぶってなんかないよん。あっ。バス来たよ。私の夢は必ず伝えるから。さあ、バス乗るよ。」
3
2015年8月16日(日)
橘拓也が大阪へ向かう朝、みなみが拓也を見送りに新横浜の駅まで一緒に来てくれた。拓也は見送りはいいと何度も断ったが「どうしても見送りたいの。」と言ってみなみは聞かなかった。新横浜に着いたのを見計らったかの様に龍司から電話が掛かってきた。
『今、どこにいる?』
「みなみと一緒に新横浜駅。今から大阪に行くの知ってるだろ?」
『ちょうど良かった。今いる場所教えろ。俺近くにいるから。』
拓也が場所を教えると龍司は、わかった。と答えて電話を切った。みなみが誰からの電話か気になっている様子だったので拓也は、龍司から。と答えた。
「龍司がこの近くにいるみたいだ。」
「そう。龍司君こんな所で何してるんだろう?」
「さあ?」
「まさかわざわざ拓也君を見送りに来てくれたのかな?」
「まさかっ。たった2週間大阪に行くだけだぞ。」
「だよねぇ〜。」
そんな話をしていると龍司が「あ、いたいた。」と言いながら現れた。
「どうして龍司こんな所にいるんだよ?」
「あぁ。俺、これから旅行行くんだわ。」
「そうなのか?」
龍司のラフな格好を上から下へと見渡すと拓也が今持っている鞄くらいかそれ以上の大きな鞄を龍司は持っていた。
「って事だから路上ライブの方は2週間程真希達3人でやっといてもらう。」
「龍司君も2週間?」
「ああ。タクと一緒だ。じゃ、俺行くわ。」
「もう行くのか?」
「ああ。タクもそろそろ新幹線乗った方がいいんじゃねーのか?」
「俺は自由席だから特に時間は問題ないけど。」
「なら俺と一緒だな。けど、そろそろ向かった方がいいんじゃねーのか?」
「まあ、そうだな。じゃあ、みなみ。そろそろ行くよ。」
「そうだね。拓也君ボイストレーニング頑張って来てね。」
「ああ。みなみもあんまり無理しすぎないようにっ!」
「うん。わかってるよ。寂しくなったら電話でもLINEでもしてね。」
「じゃあ、毎日する。」
「わかった。」
「おい。タク、早くしろよ。」
「あ、ああ。じゃ、みなみ気を付けて帰るんだぞ。」
「大丈夫。もう子供じゃないし。」
「…そういう意味じゃくって。」
「わかってるよん。じゃあ、龍司君も旅行楽しんで来てね。」
「ああ。大阪行くの初めてだし楽しみだわ。」
「えっ!?大阪!?」
とりあえず拓也は龍司と共に同じ新幹線に乗り込んだ。龍司は、初の大阪遠征楽しみだぜ。と言って雑誌を広げて目を通し始めた。
「龍司。お前何呑気に雑誌なんて読み始めてんだよ。2週間も大阪に行くって泊まる場所はちゃんと予約してんのか?」
「ああ。大丈夫だ。奥田のおっさんに頼んでもらったから。」
「何を頼んでもらったんだよ?」
詳しく話を聞くと龍司は拓也に内緒で奥田から相沢に連絡を入れてもらい大阪に行く事を事前に告げていたらしい。そして、相沢裕紀の家に拓也と共に寝泊まりさせてもらう事もちゃっかり頼んでいた。
(まったく…一緒に行くなら言っとけよな…)
「大阪で誰かと揉めたりするなよ。」
「俺を誰だと思ってんだ。」
「龍司だから言ってんだよ。ハルが一緒ならこんな事言わないから。」
「旅行中に人と揉めたりするわけねーだろ。俺はこれから世界中の人達と友達になっていくんだからよ。知ってっかタク。大阪にはアメ村っつーアメリカ人だけが住む村があるんだぜ。俺、そこで友達作るわ。」
(高校でも友達少ないくせに何言ってんだコイツ…)
「アメ村はアメリカ人だけが住む村じゃなくってアメリカンカジュアルな衣服類を売ってるアパレルショップやらの店舗が集中してる地域なんだよ。」
「マジかよっ!」
「マジだよ。」
「三角公園ってとこには黒人ばっかが集まって夜な夜な喧嘩するんだろう?」
「そんなわけないだろう!どこの情報だよそれっ!」
「なんだよっ!ガセネタかよっ!俺そこに夜な夜な通おうと思ってたのによっ!」
「夜な夜な通って何する気だったんだよっ!」
「黒人が喧嘩するなら参加するしかねーだろう。」
(何言ってんだコイツ…世界中の人達と友達になるんじゃなかったのか…)
「しょうがねぇそこに行くのはやめた。」
龍司はそう言って雑誌を放り投げた。
「で、みなみは本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ではなさそうだな…俺にはいつも大丈夫って言ってくれてるんだけど…今日だって新横浜まで来るのがしんどそうだった。」
「そっか。タクの前でこそ本当の姿を見せればいいのになぁ。」
「…うん。」
拓也はみなみが心配になってスマホを取り出し無事に家に帰っているのかLINEをした。するとすぐに既読がついて、心配いらないよ。と返事があり、続けて、ありがとうと書かれたスタンプを送信してきた。みなみと少しLINEをしている間に龍司は眠ってしまっていた。拓也は隣で眠る龍司を見た後、窓の外の景色を見つめため息を吐いた。結局龍司は新幹線に乗っている間ずっと眠っていた。新大阪の駅に着くと龍司は「久しぶりに新幹線に乗ったけど最高だったぜ。」と言った。拓也はそれは寝心地が最高だったって事かという言葉を言いかけてやめた。
龍司は行き交う人を見つめ「今あいつツッコミ入れてたぞ!大阪人ってすげーな。漫才しながら歩いてるしっ!」とはしゃいでいた。
「あれはツッコミでも何でもない普通の会話だよ。」
「そうなのか!?ツッコミだろ?漫才しながら歩いてんだろ?」
「んなわけあるかっ!」
「てか、ここからどうやってひなの家まで行くんだよ?」
「30分程電車に乗る。」
「んだよっ!また電車かよっ!その前に本場のたこ焼き食おうぜ。」
「そうだな。もう昼だしな。」
結局、拓也と龍司がひなが昨年まで住んでいた相沢裕紀の家に着いたのは午後5時をまわった頃だった。
相沢裕紀には今日行く事は伝えているが時間までは伝えていないので問題はないだろうと思い龍司と共に大阪の町並みを観光したせいでこんな時間になってしまった。
拓也はひなの家に行った事はなかったが間宮に聞いた住所を地図アプリに書き込むと迷う事なくすんなりと着く事が出来た。
「あの突き当たりのお店が相沢裕紀の楽器店だな。」
拓也のスマホを覗き込みながら龍司がそう言った。拓也は一度立ち止まりその明かりが点いた店を見つめた。
(大阪時代。俺はここからすぐ近くの家に住んでいた。こんなに近くに相沢裕紀がいただなんてな…)
「何立ち止まってんだ。俺達は寄り道をしても立ち止まる時間はねぇんだ。行くぞ。」
龍司がそう言って相沢裕紀の楽器店へと歩き出した。店に入ると一人の男が暇そうに座っていた。その姿を見て拓也は心の中で、相沢裕紀。と呟いていた。
拓也が知っている過去の写真の中の相沢裕紀は世界の全てが敵だと言わんばかりの鋭い目つきだった。動画サイトに残っていた過去の映像の中でも相沢裕紀は笑顔を見せず反骨精神が体の表面にわかりやすい程出ていた。が、今、目の前にいる相沢裕紀はとても優しい目をしている。体型は少し太ってはいるが相沢裕紀その人だとわかるくらい変わってはいなかった。
(奥田さんは過去の写真と変わってたけどトオルさんも相沢さんも歳のわりには若く見えるしそんなに変わってないなぁ。)
「こんちわ。神奈川から来た神崎龍司と橘拓也っス。」
相沢裕紀は立ち上がった。
「よく来たな。相沢裕紀だ。赤髪が拓也で金髪が龍司だな?」
「そうっス。」
「こ、これから2週間宜しくお願いします。」
相沢はゆっくりと近づいて来て、「拓也だな?」と聞いた。
「あ、はい。」
「トオルから話は聞いてる。俺達のファンだってな。」
「は、はい。」
相沢は拓也の両肩を持って、
「そんなに固くならなくていい。気軽に話せ。」
と言った。そして「疲れただろう今日から2週間使う部屋を案内する。着いて来い。」と言って店の奥へと歩き出した。
相沢の楽器店『Aizawa』は沢山の楽器が置かれていた。それを横目に奥に進むと扉があり、その扉を開けると台所とリビングがあった。そこを通り抜け相沢は2階へと向かった。2階に上がると4つの扉があった。奥にある部屋の前まで行くと相沢は、
「一人一部屋用意してあげたいところなんだが、あいにく部屋がなくってな。この部屋を二人で使ってくれ。それなりに広さがあるから男二人でも大丈夫だろう。」
と言った。龍司は他の3部屋が気になったらしく「あっちの部屋は?」と隣の扉を見て聞いた。
「ああ。あっちは別れた女房の部屋だったんだが今は歌う専用の部屋に改築して眠る場所じゃなくなってる。拓也の練習はあの部屋で行う。防音だから音漏れはないだろう。で、こっちは俺の部屋。でもう一つ部屋はあるがあっちは今は物置部屋になっているから、そこも眠れる場所じゃなくなっている。もう少し時間があれば片付けられたんだが…」
「すまえねぇ。俺、大阪行く事告げるの遅かったからな。てかさ俺達が寝る部屋ってのはもしかしてひなが使ってた部屋なのか?」
「そうだ。一応ひなには部屋を使う事は伝えてある。」
(だからひなさんは真希を通じて俺に自由にた部屋を使ってくれていいって伝えて来たのか。)
そう言って相沢がひなの部屋だった扉を開けると家具や机やベッドといったひなが使っていた物が
そのまま残っていた。その部屋の様子を見て拓也は驚きながら相沢に聞いた。
「ひなさん…家具とか全部置いて引っ越したんですか?」
「ああ。あいつ鞄一つに入る物だけ入れて出て行った。ここにある物全部いらんから捨てといてって言われたんだが捨てるのも手間だしそのままだ。一応掃除はしているがな。」
少し休んだら降りて来てくれと相沢は告げて下に降りて行った。拓也はひなが昨日までこの部屋にいたんじゃないかと思えるくらい生活感のある部屋を見渡していると龍司はひなが使っていたベッドに寝転んだ。
「良い匂いするなぁ。ひなの匂いがまだ残ってる。」
「おいっ。」
「俺がベッドでいいよな?ひなが今年高校卒業するまで使ってたベッドで眠ってたってみなみが知ったらショック受けるだろーし。」
「…そうだな。」
「なぁに残念がってんだよ。」
「残念がってないだろう!」
「ムキになんなよ。このベッド寝心地良いわ。良い匂いだし。」
「……」
「てか、ひなの奴鞄一つだけ持って大阪を出たのか?」
「そう言ってたな。」
「って事は服や下着はまだこのタンスの中に入ってんのか?」
「…ま、さか…」
龍司はベッドの上で座り込みタンスを見つめていた。
「おい龍司!タンス絶対開けんなよ!」
「ふははははははっ。バーカ。冗談だよ。そんな事俺がするわけねーだろ。」
拓也はじっと龍司の顔を細くした目で見つめた。
「なんだよ。何怪しんでんだよっ!!」
尚も拓也は細くした目で龍司をじっと見つめていた。
「やめろその目ムカつくなっ!」
しばらくひなの部屋で休んだ後、拓也と龍司は1階へと降りた。相沢は二人が降りて来た事を確認すると拓也に向かって「ボイストレーニングは5時から8時で考えているがそれでいいか?」と聞いてきた。拓也は一日3時間だけかと思いはしたが無理を言ってボイストレーニングを頼んだのだからこれ以上無理は言えないと思いそれで良い事を伝えた。すると相沢は、よし。と言った後、腕時計で時間を確認して、6時か。と呟いた。
「今日もこれから2時間程ボイストレーニングをするか?疲れているんなら明日から始めるのでもいいが、どうする?」
「はい!今からお願いします。」
相沢は、わかった。と答えると店を閉め始めた。
「あれ?お店閉めるんですか?」
「ああ。」
「本当はお店何時までやってるんですか?」
「8時くらいまでは開けてるが誰もいないのに店を開ける事はできないからな。」
「そんな。悪いですよ。店が閉店してからボイストレーニングを始める感じでも俺は全然いいんですけど…」
「そうなると俺が疲れる。」
「なんか迷惑掛けてるな…」
「大丈夫だ。気にするな。」
「あ、俺楽器店でバイトしてっからボイストレーニング終るまで店番しておこうか?」
「そうなのか?じゃあ、龍司に5時から8時までバイト頼んでもいいか?」
「任せてくれ。」
「ま、でもそれは明日からでいい。今日はもう店は閉める。」
「そうなのか?」
「ああ。だから今日は龍司も一緒に来てくれ。」
そう言って相沢は2階へと階段を上がって行った。拓也と龍司も相沢の後を追った。階段を上る最中、龍司は、
「相沢さんは関西弁使わないのか?」
と聞いた。相沢は階段を登りきってから立ち止まり龍司の問いに答えた。
「ああ。大阪に来てヘタな関西弁を使ってはいたが…ひなにやめろと言われてな。それからは標準語に戻した。そういや、お前ら最近ひなとは会ってんのか?」
「いいや、俺もタクもひなが柴咲音楽祭でグランプリ取ってからは会ってない。俺達のバンドのリーダーはひなの連絡先知ってっけど俺らは知らねーし。」
「そうか。同じ神奈川に住んでるんだからリーダーに頼んで会ってやってくれ。」
「デビューするまで忙しいんだろうと思って。邪魔はしたくねぇし。」
「ま、そうなのかもな。」と言って相沢は廊下を進みボイストレーニングをする部屋へと向かった。そして、ドアノブを握りしめ「そうだ龍司。」と言って龍司の顔を見た。龍司は首を捻って「ん?」と答えた。
「相沢のおっさんと呼んでもらって結構だぞ。海にはおっさんって呼んでんだろ?」
「なんだよ。奥田のおっさんそんな事まで伝えなくていいのによぉ。」
「ははは。久しく海とも会っていないが元気そうか?」
「ああ。うっせーくらいだ。」
「そうか。だが、あいつからドラムを教われるのは誇りに思え。」
「誇り?」
相沢は部屋へと入って行く。拓也と龍司は相沢の後に続いた。
「ああ。あいつがドラムを教えるなんて今まで一度もなかった。よっぽどお前に才能を感じたんだろうな。」
「…それはトオルさんが頼んでくれたからだろ?」
「一度だけ教えるならそうなのかもしれないな。だが一度きりじゃなかった。海はお前からドラムの才能を感じたんだろうよ。そして、トオルもな。」
「光栄だよ。」
「トオルが俺にボイストレーニングを頼んで来た事も今まで一度もなかった。あのエルヴァンをプロデュースしていた時だって俺にボイストレーニングを頼んではこなかった。トオルは拓也にも才能を感じたんだろうな。」
「エヴァのボーカルの持田瑠衣は相沢さんが教えるまでもなく才能があったから頼まなかったんじゃないですか?俺のボイストレーニングをトオルさんが頼んでくれたのは俺が喉をすぐ痛めるのと持田瑠衣みたいな才能がないから練習をしろって意味も含まれてるんだと思います。」
「なんだよ。めちゃくちゃネガティブだなっ。ま、今からお前の歌声を聴いて俺が判断してやるよ。トオルはお前に才能を感じ取ったのか、それとも、もっと練習をしろって意味で俺に頼んで来たのか。」
防音が施されているという部屋の中は、五線のホワイトボードが部屋の奥に置かれていてその前にキーボードとマイクが置かれていた。他にもギターやベースが置かれているが今は部屋の隅っこに追いやられている。しかし、ドラムセットは部屋の隅っこには追いやられていなかった。ドラムセットを見つめる拓也と龍司を見ながら相沢は言った。
「ドラムセットも隅に追いやろうと思ったんだが海が認めた龍司の演奏も聴いておこうと思ってな。このまま片付けずに置いてある。後で聴かせろ。」
龍司は左手で頭を掻きながら右腕を上げて了解と言った。
「じゃあ、まず拓也の7色の歌声とやらを聴かせてくれ。」
「7色?」
拓也と龍司は同時にそう言って二人で顔を見合わせた。
「ひなが去年の夏に7色の歌声を持つ奴がいるって言っててな。そいつを連れて来いとは言ったが転校をして今は神奈川にいるって言ってた。しかもそいつはトオルの店でバイトをしてると言った。そして、今、俺の目の前にいる。不思議な縁を感じてならないな。」
「そ、そんな。俺の知らない間に相沢さんは俺の事を知っててくれてただなんて。」
「まあな。電話でトオルからもどんな感じかは聞いているが実際聴いてみないとな。順番に7つの歌声を披露してくれ。」
「はい!光栄です!お願いします。」
そう言って拓也は短くワンフレーズだけだが順番に歌声を披露していった。まずは、地声のチェスト。次に女性の高く透き通った歌声。次に女性の声だが太く重みのあるハスキーな歌声。次に超高音の男性の声。次に天使の歌声と凛から言われた裏声のチェスト。次に同じく凛から悪魔の歌声と
言われた低音の効いた激しく攻撃的な歌声。そして、最後は女性の歌声と男性の歌声を同時に出すホーミー。
拓也の7つの歌声を表情一つ変えずに腕を組みながら聴いていた相沢が拓也の全ての歌声を聴いた後、驚いた。とぼそりと言った。
「鳥肌が立った。ひなやトオルが認めるだけの事はある。」
その言葉が嬉しくて拓也は深く礼をした。
「チェストに女性の透き通った声に女性の声でグローリーボイスにかなりの高音のエッジボイスにファルセットにデスボイスか。最後に出した声はなんだ?まるで2人が歌っているようだったが。」
「モンゴルのホーミーに似ているって言われたから俺らはこの2つの声を同時に出す歌い方をホーミーって呼んでるんだ。」
とこれは龍司が相沢に説明をした。
「ホーミーか。確かに似ているが、それよりも明瞭だな。ちゃんと2人の人間が歌っているように聴こえた。大したもんだ。だが、それだけ全く違う声を出すと喉の負担も大きいんだろうな。」
「…はい。7つの歌声を出して本気で歌うと1週間位は喉を痛めてしまいます。」
「歌えなくなるのか?」
「歌えなくなるって言うか話す事もままならねぇよな。話す時ガラガラ声で俺なんか何言ってるかわかんねぇもん。」
「そうか。そんなに酷くなるのか。」
「はい。だから俺歌が上手くなりたいと言うよりも前に7つの歌声を出して歌ってもそうならないようになりたいんです。」
「わかった。これから2週間は歌の向上より喉を痛めない歌い方を教えてやる。」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。じゃあ、それをする前に次は龍司の番だ。ドラムを叩いてくれ。」
「オッス。」
龍司がドラムを叩いている間、相沢は拓也の歌声を聴いていた時と同様に表情一つ変えずに腕組みをして龍司のドラムを聴いていた。そして、龍司の演奏を聴いた後も拓也の時と同じ様に、驚いた。とぼそりと言った。その様子を見て龍司は、
「本当に驚いてんのかよっ。」
と言っていた。拓也も表情一つ変えない相沢の様子に龍司と同じ感想を抱いていた。
「ああ。本当に俺は2人に驚いている。だが、そうだな。龍司のドラムは力任せって感じだな。」
「…それは奥田のおっさんにも言われたよ。」
「だろうな。だが、面白い2人がバンドを組んだもんだなぁ。」
「他にも世界一のギタリストと才能溢れるベースとDJがいるぜ。」
「ああ。トオルから聞いている。一度俺もお前らのライブを見に行きたいと思ってる。」
「是非来て下さい。」
拓也は目を輝かせながら頼む様に言った。その後、8時を過ぎるまでの2時間、拓也は相沢からボイストレーニングを受けた。拓也のボイストレーニング中、龍司も少しボイストレーニングを受けたりしていたが基本は大人しく拓也の様子を見守っていた。
ボイストレーニングが終ると相沢が、夜飯だ。と言って出してくれたインスタントのラーメンを3人で食べた。ラーメンを食べている最中に相沢は、明日からは出前でも頼もう。と言ったが拓也と龍司はこれで充分だと答えた。
食後、3人分の使用した箸とコップを拓也が洗っていると龍司がリビングの横にある引き戸が閉められている部屋は何の部屋なのかと聞いた。拓也も今日ここに来てからずっと気になっていた部屋だった。相沢はその引き戸を左から右へ開けて隣の部屋が見える様にした。拓也も急いで洗い物を済ませてその部屋を覗きに行った。10畳程はあるその部屋にはサザンクロス関連のポスターや雑誌などのグッズが綺麗に展示されていた。
「た、宝の山だ…」
拓也は目を輝かせて呟いた。
「華の…ひなの母親の名前だが、彼女が集めたサザンクロスのグッズ達だ。あいつ俺の妻の前にサザンクロスの大ファンだったんだよ。結婚する前からな。」
「手に取ってもいいですか?」
相沢がオッケーを出す前に龍司は勝手に目の前にある雑誌をペラペラと捲っていた。
「俺達実は昔のテレビの映像を動画サイトで見たんです。」
「そうか。今でも昔の映像がネットに残ってるのか。だが、テレビ出演した映像ならここに全部あるはずだ。華は全てビデオテープに録画していたからな。ま、デッキがないから今すぐ見る事は無理だがな。ま、ここにある物は自由に見てくれ。欲しい物があればひなに連絡して頂いてもいいか聞いてくれ。ここにある物は俺の物ではないんでな。」
相沢がそう言って部屋を出ようとした時、龍司が一つの写真立てを手に取って、
「この人は?」
と聞いた。相沢はその写真を見て少し悲しそうな表情を浮かべた。
「ひかりだ。相沢ひかり。俺の妹。トオルから聞いて知ってるだろ?」
拓也は龍司が持つ写真立ての中の写真を覗き込み、この人がひかりさん。と呟いた。
「なんだ写真見た事なかったのか?ま、ひかりは写真を撮るのは好きだったけど、撮られるのは嫌いだったみたいだからな。」
「これはいつ頃の写真ですか?」
「ひかりが高校3年生の頃だ。ひかりが一人で写っている写真は珍しくてな。お袋はこんな写真は捨ててしまおうと言ったが俺は捨てる事が出来なかった。」
どうして捨ててしまおうと言ったのかが拓也は気になったがそれを聞く前に龍司が、
「どことなくひなに似ている気はするな。」
と言ったので拓也は頷き、うん。と答えた。すると相沢は、
「血が繋がってるからな。じゃあ、俺は風呂入って来る。俺が風呂から出たら続けてどっちか入ってくれよ。」
と告げてその場を離れて行った。拓也は尚もひかりの写真を覗き込んだまま、
「この人がトオルさんの愛した…ひかりさん、か。」
と呟くと龍司は、綺麗な人だ。と呟いた。
入浴を済ませた拓也は今日の出来事をみなみにLINEで送った。メッセージを送った瞬間既読が付いたので、みなみがスマホを片手に連絡が来るのを待っていてくれたのだろうと思い連絡が遅くなった事を謝った。そして、みなみの体調の方はどうかと聞いてみたが拓也の思った通り、大丈夫だよ。という返事が返って来た。
みなみに体調の事を聞いても本当に大丈夫なのか。大丈夫ではないのに無理に大丈夫だと言っているのかの判断が出来なくて余計に心配してしまう事を伝えようとして文字にはしたが拓也は少し考えた後、その文字を消した。
(大阪から帰ったらこれは直接伝える事にしよう。)
4
2015年8月17日(月)
神崎龍司は1階の台所に置かれたテーブルの椅子に座りパンを食べながら、
「冷蔵庫見てみろよ。牛乳しか入ってねーぞ。あのおっさんいつも何食ってんだ?」
と店の開店準備の為に出て行った相沢の方を見ながら拓也に言った。朝9時30分。拓也はさっきまで眠っていて1階に降りて来たのはつい数分前だった。まだ眠たそうにしている拓也はフラフラと歩きながら冷蔵庫の前に進んだ。そして目を擦りながら冷蔵庫を開けた。
「ほんとだ。」
いつもよりテンションの低い声でそう言った。
「その牛乳だけ飲んで相沢のおっさんは出て行った。このパンも俺達が来るから買ったって言ってたし相沢のおっさん朝は何も食べねーみてーだ。それにほら台所見てみろよ。最近使った形跡がねーし。包丁すらねー。」
「昨日食べたカップ麺の置き場所は?」
「それなら大量にあの袋に入ってる。」
「料理できないのかな?」
「料理は得意だそうだぞ。さっき本人が言ってた。」
「じゃあ、料理するのが面倒なだけか?」
「そうなるよな。でも、包丁もねーのに料理が得意ってのは嘘くせぇけど。てかコーヒーもねーからタクがパン食ったら買い物行こうぜ。」
「ああ。そうだな。」
「そうだ。買い物ついでにここら辺案内してくれよ。タクが1年間通ってた高校とかも行ってみてーし。」
「ああ。いいよ。」
拓也がパンを食べ終わるのを待ってから2人は着替えを済ませ店を通って外に出た。外出前に相沢が「どこか行くのか?」と聞いたので龍司は「買い物とここら辺をタクに案内してもらってくる。昼飯も適当に食って来ると思う。」と答えた。
相沢の家を出た瞬間、夏の日差しと暑さで一気に汗が出始めた。
「あっついなぁ〜。これ神奈川の方が涼しいんじゃねーか?」
龍司の言葉に拓也は、
「大阪に着いてから俺も思ってた。」
と答えた。龍司は暑さに耐えながら拓也が大阪時代に住んでいたというマンションの前に連れて行ってもらった。自動販売機でお茶を買い、少し休んでから次に拓也が高校1年の1年間だけ通っていた大阪南夏高校に灼熱の熱さのなか歩き校門の前までやって来た時には2人とも汗だくだった。
「クラブ活動やってるな。ちょっと入ってみっか?」
「何言ってんだよ龍司。部外者が入れるわけないだろう。」
「大丈夫。大丈夫。栄女にだって潜り込む事が出来たんだし。俺、暑さで死にそうだし。」
そう言って龍司が南夏高校の校門をくぐろうとしたその時だった。
「拓也?」
と拓也の事を呼ぶ女性の声がして龍司と拓也は驚きながら声がした方向を振り向いた。
「ほ、堀川さん。」
拓也に堀川と呼ばれたその女性は小柄で髪をお団子にしていて可愛らしい印象だった。
「やっぱ拓也やんかぁ〜!久しぶりぃ〜!てか、なんでここにおんの?まさか帰って来たんかぁ?」
「いや、夏休みを利用して昨日から2週間程ひなさんのお父さんからボイストレーニングを受けてるんだ。」
「ひな先輩の?ああ。私も最近まで知らんかったんやけどひな先輩のオトンって昔有名なバンドのボーカルやったんやってな。てか、ひな先輩神奈川の大会に出て優勝してプロデビューが決まったらしいで。」
「うん。知ってる。柴咲音楽祭って言うんだけど俺達もその音楽祭見てたし。」
「あ、そっか。同じ神奈川やったな。ひな先輩と会ったりしてんねんな。ひな先輩元気してる?」
「いや、去年はちょくちょく会ってたけど今年に入ってからはまだ一度も会ってない。多分プロデビュー前って事と大学の授業とで忙しいんだと思う。堀川さんはひなさんと連絡取ってないの?」
「高校卒業したらひな先輩番号変えて連絡取れへんようになってんか。ホンマ薄情やわぁ〜。てか、ひな先輩が去年言ってたんやけど、あんた凄いメンバーとバンド組んでるらしいやんか。」
「凄いメンバー。ひなさんがそう言ってくれてたのか!そうそう、そのバンドメンバーの一人が彼、神崎龍司。」
そう言って拓也はやっと龍司を紹介して、こちら堀川遥さん。と遥を龍司に紹介した。
「俺のバンドメンバーの中にひなさんと連絡取り合ってる人がいるからIDを教えてくれたらひなさんに伝えられるけど。」
「ほんまぁ?連絡は取りたいけど…でも、やめとくわ。私にはまだひな先輩と連絡取るには早すぎるし。」
「連絡取るのが早すぎる?どういう意味?」
「そうや拓也のID教えて。拓也なら同等やし。」
拓也は遥の言葉の意味を理解出来ないまま連絡先を交換した。
「ひなさんからはるカンに会う機会があったら宜しく伝えといてって伝言で頼まれてたんだけど、まさか本当に会うとは思わなかったな…」
「そうやったんやぁ。てか拓也らはひな先輩が出場した大会出てへんのぉ?」
「あ、まあ、色々あって出場出来なかったんだ。だから今年こそ出場しようと思ってる。」
「そうなんか。ほな私らとは敵同士って事になるな。」
「えっ?どういう事?」
「私も新しいバンド組んでさ。その柴咲音楽祭?ひな先輩が優勝した大会に出て優勝してプロになったろうと思ってんねん。」
「マジか。」
と龍司が呟いた。遥は、マジや。と言った後、
「そこで優勝したらひな先輩と肩を並べられるし同等になる。そうなったら連絡先聞くわ。あ、そやそや。今から私らのバンドで練習すんねんけど見て行かへん?」
と聞いて来た。拓也は龍司の方を見て「どうする?」と聞いてきたので龍司は「見せてもらおう。」と答えた。
「ほな、付いて来て。こっち。」
「てか、堀川さんって前からプロになりたがってたっけ?」
「まさかっ。プロになりたくなったんはひな先輩がプロになるって聞いてからや。こんな近くにいる人がプロになれるんやったら私にもチャンスがあるんとちゃうかなって思ってな。」
遥が向かった先は南夏高校の体育館だった。
「学校に頼んで夏休み期間で体育館使用してへん日を使わせてもらえるように頼んでん。」
そう説明しながら遥が体育館の扉を開けるとそこにはもう女性3人がいて練習を始めていた。
「女性4人のガールズバンドや。ええやろ。華、あるやろう?」
「…う、うん。まあ…」
彼女達3人が誰なのかと龍司は拓也に聞いた。しかし、拓也は首を捻り、知らない。と答えた。すると遥はバンド練習を始めていた3人を呼び集めた。
「紹介するわ。ボーカルの与田芽衣。ギターの赤羽サト。ベースの生島まどか。与田は同級生やけど拓也とは面識ないかもな。で、サトさんとまどかさんの2人はここの卒業生で2人はひな先輩と友達なんやで。まあ、2人とも今は連絡取れへんようになったんやけど…ホンマひな先輩は薄情やわ。あ、ほんで私がドラムの堀川遥っす。
で、こちらはひな先輩がプロになろうと思ったきっかけを作った橘拓也君。」
「あ〜!知ってる!確か文化祭の日女性の声出して歌った人ですよねー!」
とボーカルの与田が叫んだ。
「ひながプロになろうと思ったきっかけを作ったって何だよ?」
龍司が拓也の顔を見ると拓也はきょとんとした表情を浮かべて、さあ?と言った後、遥に、どういう事?と訪ねた。
「なんや、やっぱ知らんかったんか。文化祭の日あんたが歌う声を聴いてひな先輩はあんたのよううに人に感動を与えるようになりたいって思ってプロになる事を決めたんやで。」
「う、嘘だ。あのひなさんが俺の歌を聴いてプロを目指すわけがない!父である相沢裕紀の影響に決まってんだろ。」
「父親の影響なんか知らんがな!私はひな先輩から直接聞いたんやから間違いないわっ!」
「それが本当ならタクっ!お前なんて化け物を生み出してんだよっ!」
「知るかっ!俺は初耳なんだよっ!」
「まーまー。落ち着いて。せっかくやからひな先輩に影響を与えた橘君に私達の演奏を聴いてもらおうよ。」
ギターの赤羽が言うと遥は「もちろんそのつもりやってん。私らの曲を聴いた後は拓也達が歌ってや。」と言った。どうして俺達が歌うんだよと龍司が言う前にベースの生島が「で、金髪の彼はだぁれ?」と聞いてきたので龍司は歌う事を拒否するタイミングを逃した。
「彼は神崎龍司君。」
と遥が龍司の紹介をした後、
「えっと楽器は何を担当してるん?」
と聞いて来たので龍司は「あんたと同じドラムだよ。」と答えた。遥は何故か嬉しそうに、イェーイ。と言ってハイタッチをして来たので龍司もついついハイタッチに答えてしまった。ボーカルの与田は、
「なんとなくギタリストなのかなって思ったけど、ドラムなんやね。意外やなぁ。」
と言った後、バンド名はなんて言うん?と聞いて来たので龍司は、
「俺達のバンド名はThe Voice。」
と答えた後「あんた達のバンド名は?」と聞いた。
「私らのバンド名は――。」
遥はそこで言葉を切った。そして、彼女達は4人揃って一斉に各々のポーズを作って「ホワイトピンク。」と答えた。龍司と拓也が唖然とした様子で4人を見つめていても彼女達はポーズを作ったまま身動き一つせずにポーズをとり続けていたので龍司は「さっさと演奏しろよ!」と彼女達に伝えた。
その後、彼女達の演奏を龍司と拓也の2人は広い体育館の中で数曲聴かせてもらった。
演奏後、遥は、どうやった?と演奏の評価を拓也に聞いていた。拓也は当たり障りのない返答をしていたが龍司は、全員の演奏がまだまだ未熟だな。と感じた。遥は龍司と拓也にステージに上がるように言って、何か演奏してみ。と言った。龍司は乗り気ではなかったが拓也がステージに歩き出してしまったのでため息をつき、
「じゃあ、最近作った曲演奏するか?」
と拓也にステージに向かって歩きながら聞いた。
「あ、ああ。か…別にいいけど、ハルが歌う箇所はどうする?」
『太陽』という曲は拓也と春人と龍司のラップで歌う曲だが今いない春人が歌う箇所をどちらが歌うかを拓也は聞いてきた。龍司は「歌声を変えてタクが頼む。」と拓也に頼んだ後「じゃ、軽く楽しもう。」と言うと拓也は「ああ。そうだな。」と答えた。
■■■■■
太陽
拓
☆目の前には青空だけが広がっていて
綺麗な希望だけしか見えないな
さあ!教室のドアを飛び出たしたなら
真夏の青空見上げてジャンプ
龍
いちに ついて飛び出した
無重力 まるで 自由な 俺らみたい
どこが上でどこが下なんて関係ねぇもんな
そう考える俺たちはいつか地に足着いて
どこが上でどこが下なのかを知っていくのか?
春
激しい雨や風が吹くなんてこと考えもしなかった?
太陽が沈み暗闇が訪れる時、俺らは初めて自分の無力さを知る
怖いものなんてこの世にはない?
違う 俺らはそれらから目を逸らし見ないフリをしただけなんだ
拓
★さあ!太陽の光が僕らを導いている
時には悩み不安になるけれど
光目指して風に乗る
小さな世界から飛び出して
広い世界を見に行こう!
龍
さんさん 輝く 太陽が まるで 俺らを祝ったように
しのごの 悩やんだ俺たちを 風が優しく包み込んだ
それを俺は希望なのだと信じてた 俺たちはそう信じてた
春
だよな?
空を飛ぶ時は遠くを見なかったし
すぐ近くに光があると信じてた
本当は遠い光に気付きながら
不安定な風に乗り まだ進めると言い聞かせ
ただ がむしゃらに俺たちは進んだ
そこに希望があるんだと信じてね
拓
きっと僕らは自由を無くさないでしょう
いつか夢や希望を掴むでしょう
不安になりながら
負けそうになりながら
必死に食らいつくのでしょう
さあ!
拓・龍・春
☆repeat
★repeat
■■■■■
2人が歌い終わると暫くの間遥達4人は口を開けたまま驚いた表情を浮かべ誰も何も言葉を発さなかった。そして、遥達4人は同時にパチパチとゆっくり手を叩き始めたかと思うと徐々に力強く手を叩き始めた。
「おっどろいたわぁ〜。めっちゃ凄いやんかっ!柴咲音楽祭ではあんたらに勝たなあかんって事かぁ〜。全然プロになれるチャンスがあるとは思えへんくなってきたわぁ……」
その遥の言葉に龍司は、
「だよなぁ〜。俺達2人だけでもこのレベルだからなぁ。」
と付け足した。すると拓也は、あんまり調子に乗るなよ。と龍司に言った後遥に言った。
「2年前より堀川さんは成長してるよ。俺が知ってる堀川さんのドラムはもっとヘタだったし。必死に努力したのが伝わったよ。」
「なんや?励ましてんのか?その割には結構な上から目線やなぁ。」
「いや…そんなつもりは……」
「まだ柴咲音楽祭までは時間がある。それまでに急成長したるわ。」
「ああ。お互い頑張ろう。」
そう言って拓也はこれから買い物に行く事を告げると遥は夕食はみんなで食べようと言い出した。龍司は食べに行こうではなく食べようと遥が言った事に疑問に感じて、
「まさか相沢裕紀の家で一緒に食べようって言ってんのか?」
と聞くと遥は「当たり前やん。ほな、夜になったらひな先輩の家に私らも行くわな。」と言った。
「でも俺、夜はボイストレーニングがあるから。」
「だから一緒に食べようって言ってんねん。料理は作るから。サト先輩が。」
龍司はギターの赤羽サトがピースサインを出して微笑んでいる姿を見ながら遥に「お前は作らねーのかよ?」と聞くと遥は「私は料理と歌う事だけはめっちゃヘタやねん。」と答えた。龍司はため息をついてから迷惑そうに言った。
「じゃあ、料理の上手い人だけが来てくれよ。ぞろぞろと4人も来んなよ。」
「サト先輩料理めっちゃ上手いねんからなっ!私に来るなって言うんならサト先輩も連れて行かへんっ!」
「……まぁ、俺らはそれでいいんだけど。」
「そんな事言うなよ金髪!一緒に食べようやー。」
「なんでなんだよっ!?お前何企んでんだよっ!」
「企みなんかあるわけないやろっ!何言うてんねん。ただ、みんなでおいしい料理を食べようって言ってるだけやっ!」
「ムキになんなよ…」
「まあ、今日はみんなで食べるのもいいか。楽しそうだし。」
と拓也が言うと遥は、ヤッター。と言って両手でピースサインを作りピョンピョンと飛び跳ねた。その姿を見ながら龍司は「どんな喜びの表現の仕方してんだよ。」と呟いた。
「そうや拓也。夕食の買い出しは私らで行くからいいわ。その代わり…」
遥はその後の言葉を言わずに拓也をじっと見つめていた。拓也と再会してから終始ニコニコとしていた遥がこの時だけは真剣な眼差しを拓也に向けていた。
「その代わり?何?」
拓也が聞き直すと遥は、
「与田も一緒にボイストレーニングさせてあげてほしい。」
と頭を下げたが当の与田本人は驚いた表情を見せて、ちょっと遥。と言っていた。拓也は龍司と顔を見合わせてから答えた。
「どうだろう?今晩俺から頼んでみるけどボイストレーニングをしてもらえるかは相沢裕紀次第だよ。」
「おおきにぃ〜たくやん大好きぃ〜。」
遥は満面の笑みを浮かべて拓也に抱きつこうとしたが拓也は遥を軽く交わした。
「じゃあ5時から8時までボイストレーニングするから5時までにはひなさんの家にきてくれるか?」
遥は抱きつく事を諦め「わかった!おおきにやで拓也ぁ。」と言って拓也の肩を叩いていた。
南夏高校の体育館を出た龍司と拓也はブラブラと大阪の街を歩いた。拓也は「ここまだあるんだ。」とか「こんな店俺がいた頃にはなかった。」と言いながら懐かしそうなに歩いていた。
4時30分。龍司と拓也が相沢の家の前に着くと同時に沢山の食品が入った袋を持ちながら遥達4人が歩いて来る姿が見えた。
相沢は龍司と拓也の後にぞろぞろと入って来る遥達の姿を口を開けて見つめていた。
拓也が相沢に事の経緯を説明すると相沢は、食事は8時からだ。と全員に言ってから龍司に楽器店の仕事の作業を簡単に説明した。その仕事の説明を終えると拓也と与田の2人を2階の部屋へと連れて行った。2人がボイストレーニングをしているその間、龍司は店番をして遥と赤羽と生島の3人は料理を始めたが包丁やまな板がないからと言って自分の家に取りに戻ったりと忙しそうにしていた。
8時になった事を確認して龍司は店を閉め始めると2階から相沢達が降りて来て「飯にしよう。」と龍司に声を掛けた。
台所とリビングが一緒になっている部屋で7人がテーブルを囲んだ。
「さすがに7人座ると狭めぇな。」
「悪かったな狭くて。」
「いやいや、私らが急に訪ねて来たから。ほんまにすみません。与田のボイストレーニングまで頼んじゃって…」
「いや、食事の準備なんてしてないから助かったよ。」
「ところで与田のボイストレーニングは今日一回限りですよねぇ?」
と恐る恐る遥が聞くと相沢は箸を置いてから答えた。
「そうだな。」
「…そっか。ですよねぇ……」
「遥。お前これから芽衣もボイストレーニングに参加させようって魂胆でここに来たのか?」
「そうに決まってるやろ。その為やったら料理だってするしっ!」
「いやっ!お前料理してねーしっ!」
「私らホワイトピンクは今回の柴咲音楽祭に賭けてんねん!柴咲音楽祭で優勝出来ひんかったらバンドは解散。そう決めてる。」
「か、解散。」
「そうや。覚悟してる。でも、出来る事なら優勝してバンドを続けたいって思ってる。柴咲音楽祭で優勝するには与田の成長が必要やねん。与田にはセンスがあると思う。だから、もしかしたらって思って……」
暫くの間沈黙が続いた。相沢は箸を取り料理を口に入れてから呟いた。
「料理を作ってくれるなら明日も来てくれていい。」
龍司達はその言葉に驚いて一斉に相沢の方を見た。
「え?いいんですか?」
「なかなか上手いからな。」
相沢が言った上手いという言葉は与田の歌が上手いと言っているのか料理が上手いと言っているのか龍司には判断がつかなかったが遥は食事が上手いと言ったのだととったらしく、
「そうでしょ!サト先輩なんでも作れるんですよっ!サト先輩もまどか先輩も毎日食事作りに通いましょうね。」
「もちろん。与田が歌上手くなれるんやったら毎日作りに来る!」
「与田よかったなぁ〜。与田はひな先輩に憧れてたもんな。その憧れの人のオトンから歌を教われるなんて光栄やなぁ〜。」
「う、うん。ほんまに私もボイストレーニングしてもいいんですか?邪魔じゃないですか?」
「拓也がいいなら俺は大丈夫だが。」
「俺も大丈夫です。」
「だ、そうだ。それに拓也には喉を痛めない歌い方を教えているだけで歌の向上に関しては教えてないからな。君に教えるついでに拓也も歌の向上を目指せばいいさ。」
与田は何度も嬉しそうに外ハネのボブヘアをなびかせお辞儀を繰り返していた。その様子を見ながら龍司は頭を下げ続ける与田に言った。
「良かったな芽衣。お前相沢のおっさんに認められたんだよ。」
お辞儀をしていた与田は驚いた顔をしながら顔を上げた。
「え?私が?私の歌声なんか大した事ないのに…」
「そう思ってんのはお前だけかもな。」
龍司はそう言って与田の肩を叩いた。彼女達ホワイトピンクの演奏はまだまだ未熟だと龍司は演奏を聴いて思った。しかし、それと同時に自由に演奏するその姿に可能性も感じた。
(与田芽衣…相沢のおっさんの指導でどこまで成長するのか楽しみだな。)
「ひなとはまた違う雰囲気だが悪くはない。」
相沢が与田にそう言うと与田は本当に嬉しそうな笑顔を見せたかと思うと今にも泣き出しそうな表情となり目をうるうるとさせていた。
夜眠る前、龍司がベッドに寝転がっているとお風呂から上がった拓也が何かをぶつぶつと言いながら布団を敷きその上に寝転びスマホとにらめっこをしていた。
「なんだよ?みなみに送る文章でも考えてんのかよ?」
「ん?ああ。よくわかったな。」
「何悩む必要があるんだよ。今日あった事全部書けばいいだけだろ?」
「う〜ん。でも大阪の同級生達と食事を共にした事も書いていいものかどうか悩んでて。」
「書けよ。」
「そうだけど…変な疑いもたれても嫌だし…」
「何言ってんだよ。全部書くんだよ。隠す方が怪しいだろう?そんで疑われたら誤解を解いていくんだよ。」
「そうだな。」
そう呟いて拓也は長文の文字を書いていた。深夜までみなみとやり取りをしている拓也を放って龍司は先に眠りについた。
5
2015年8月18日(火)
昼の12時。橘拓也が目を覚ましてリビングに降りるとそこにいると思っていた龍司の姿が見当たらなかった。店の方を覗くと相沢が、
「よく寝る奴だな。もう昼だぞ。」
と声を掛けて来た。
「すみません。遅くまでLINEのやり取りをしてて…」
「らしいな。龍司が言ってたよ。彼女がいるんだってな。」
「あ、はい。あの龍司は?」
「出掛けたよ。しばらく拓也が起きてくるのを待っていたが待ちきれなくなったみたいだ。」
「どこ行ったんですか?」
「さあ?なんか大阪観光して土産を買って来るとか言ってたな。あの龍司でも彼女に土産を買うんだから拓也も土産くらい買って帰ってやれよ。」
「はあ…でも龍司には彼女いないんですけどね。」
「んっ?そうなのか?じゃあ、仲間にでも買うんじゃないのか?とりあえず、龍司からの伝言で今日は別行動だ。だとさ。」
(龍司が真希達に土産を買うかな?まさか結衣ちゃんに?そんなわけないか…いや、でも結衣ちゃんになら土産くらい用意するかもな…でも帰るのはまだ先だよな?さすがの龍司でもこんなに早く食べ物の土産は買わないよな?置物か何か買う気か?)
「拓也。お前今日の予定は?」
「えっと…特に考えてないです。」
「そうか。なら、今からこの店に行ってこい。場所はスマホで探せるだろ?」
相沢はYELLOW DOORという名のライブハウスの名刺を差し出した。
「ここは?」
「その名の通り黄色いドアのライブハウスだ。行けばすぐに店はわかるだろう。今日、そこでホワイトピンクがライブをするらしい。」
「え?堀川さん達が?昨日はそんな事言ってなかったのに。」
「ああ。俺にも言ってなかったよ。ただ、このライブハウスのオーナーとは知り合いでな。ちょくちょくホームページを見てるんだわ。で、今朝ホームページを見てたら昨日の彼女達の写真があって今日ライブをする事を知った。まあ、こっそり見に行ってやれ。時間は3時からだ。ボイストレーニングの時間までには帰って来れるだろう。」
「この事を龍司には?」
「ああ。知らせてある。向こうで合流出来るかもな。」
拓也は遥達のライブを見るためYELLOW DOORへ向かう事を決めた。龍司にもLINEで知らせた後もう一度2階に向かい着替えを済ませた。そして、拓也が再び1階のリビングに降りると相沢が店から入って来て昼飯はどうするのかと聞いて来たので拓也は、外で適当に食べます。と答えて相沢の家を出た。
電車を乗り継ぎ少し迷いながらYELLOW DOORに到着したのは3時になる10分程前だった。黒一色の壁のおかげで黄色いドアが一際目立つ。しかし、黄色いドアと黒い壁以外窓すらなくここが何の店なのかは知っていなければわからない佇まいだ。ただ黄色いドアにはYELLOW DOORと書かれていた。そのドアのノブを回すとすぐに下へ向かう階段が現れた。縦長の建物なのは何となく外観からわかってはいたがまさか地下に降りるとは思っていなかった。階段を降りるとまた黄色いドアがあってそのドアを開けると中から大音量のBGMが流れて来た。
「いらっしゃいませ。」
ドアを開けると右手にレジがあり、そこには若い店員がいてキョロキョロと周りを見渡す拓也に声を掛けてきた。
「あの。この店初めてなんですけど。」
「そうなんですね。ライブ代は1800円になります。一杯目のドリンクはこのチケットをあちらのカウンターに出してもらえれば受け取る事が出来ますが2杯目からはあのカウンターでドリンクを買って下さい。」
若い店員が言ったように店の左側にはバーカウンターがあって何人かの客が飲み物を頼んでいる。拓也は財布からお金を出し若い店員に渡した。そして、おつりを待つ間、店内を見渡した。
奥にはブラーと同じ位の広さのステージがあるが客が座る椅子やテーブルといった物は置かれていない。しかし、ステージと客側には柵があって行き来できないようになっている。
(立ち見って事か。)
おつりを受け取り店内の右側の方を見ると数人の客が飲み物を片手に床に座っていた。そこに龍司がいて拓也は驚いた。龍司も拓也が店に来た事に気付いて右手を上げて立ち上がり拓也の方にやって来た。
「龍司。早かったんだな。」
「ああ。タクから連絡もらった時にはもうこの近くにいたからな。さっさとそのチケット出して飲み物もらって来いよ。」
「あ、ああ。」
拓也は飲み物をバーカウンターで頼み店内をまた見渡した。すると龍司は拓也の視線を追って、「俺ら2人入れて客は10人ぐらいだな。」と言った。
「ああ。俺達もこんな感じだな。」
「ああ。そうだな。人を集めるのは難しい。雪乃がいた頃は特別だった。」
「だな。けど、増やしていこう。今度は俺達だけの力で。」
「もちろんだ。」
「ところで土産はもう買ったのか?」
「ああ。」
「まさかだと思うけど食べ物じゃないよな?」
「食べ物買うには早すぎんだろうが。」
「だよな。一体誰に何を買ったんだ?」
急に音楽が止まり会場が暗くなってその話は途中で中断した。そして、ステージだけが光を浴び始めるとホワイトピンクの4人が現れた。拓也と龍司はステージの真ん前に移動した。すると遥達4人全員がすぐに拓也と龍司の姿に気付き、まんまるな目をして、どうしてここにいるといった表情を見せていた。そして、4人は少しの驚きを隠せないまま1曲目を歌い始めた。
数曲聴いてから龍司が少し顔を拓也に寄せて言った。
「ボーカルの与田芽衣。あいつ昨日の体育館で歌ってた時より上手くなってねぇか?」
「それ。俺も思ってた。」
「まさか昨日の相沢のおっさんの数時間のボイトレだけであいつ成長したのか?」
「そうなるよな。もしくは体育館では本気で歌ってなかったとか?」
「それはねぇよ。」
「どうしてそう言いきれるんだ?」
「さっき芽衣が歌い始めた時、遥達3人は驚いた表情を見せて芽衣を見ていた。あの3人も芽衣の成長に驚いている風だったからだよ。」
確かに最初の1曲目の歌い出しの時3人は与田を驚いた表情で見ていた様子を拓也も見ていた。
「相沢のおっさん恐るべし、だな。」
「俺はこの2週間だけだけど与田さんはこれからずっと相沢さんにボイトレしてもらえるよな?そうなったら凄い成長を見せるんじゃないのか?」
「おいタク。なぁに嬉しそうに言ってんだよ!」
「嬉しいよ。相沢さんから一緒に習った与田さんがたった1日で成長の兆しを見せてるんだから。もしかして相沢さんもあの子なら教えがいがあるって踏んだからボイトレする事を了承したのかもなぁ。」
「でも、あいつらは今年の柴咲音楽祭に出場する。そうなれば敵だ。これ以上の成長は俺達にとっては邪魔になる。よしっ!喧嘩売って潰しておくか!」
「なっ、なに言ってんだ龍司!?本気か!?本気なら怒るぞっ!」
「バーカ。大阪に2日もいてどうしてツッコミが出来ねぇんだよ。がっかりだよ。」
「あ、ボケてたのか…安心した。」
「でも、強敵になる恐れはあるな。今年の柴咲音楽祭が楽しみになってきた。」
拓也はステージを見上げ眩しい程に光を浴びる4人の姿を見つめて、「ああ。俺も楽しみでしょうがないよ。」と言った。
ライブが終ると遥達は拓也と龍司の元にやって来て、どうして今日ここでライブをする事を知ってたん?と尋ねて来た。龍司が相沢のおっさんから聞いたと答えると遥は、どうして相沢さんが知ってたん?とまた尋ねて来た。それにも龍司が、ここのオーナーと相沢のおっさんが知り合いらしくてちょくちょくホームページを見てるらしい。で、お前らが今日ライブをする事を今朝知ったって流れだ。と答えていた。龍司が遥達と話している間、拓也は与田の近くに寄って、
「たった一日相沢さんのボイトレを受けただけなのにすっごい歌上手くなったね。」
と言った。与田はその言葉に驚いて、ほんまですかぁ?嬉しいです。と言って喜んでいたが、ふと腕時計の時刻を確認して、
「橘君。もう5時だよ。相沢さんの所に戻らないとっ!」
と言った。拓也もスマホを確認して、
「多分相沢さんは今日のボイトレは5時には無理だとわかってて今日のライブに行くように言ったと思うけどな。」
と答えた後、龍司に相沢の家にそろそろ戻ろうと告げた。
「堀川さん達は今日は疲れただろうから無理に来なくても大丈夫だけどどうする?」
「帰る準備したらすぐに向かうに決まってるやん。与田がたった一日でここまでの成長を遂げるなら毎日通う価値はあるしな。」
「そっか。じゃあ、俺達は先に戻ってるよ。」
「夕食の買い出しよろしくなっ。金は後から相沢のおっさんに請求してくれ。」
電車を乗り継ぎ相沢の家に戻る途中、龍司が、昨日のみなみの様子わ?と尋ねて来た。拓也は、久しぶりにバイトに入ったらしくてとても疲れたって言ってたよ。と答えてから、
「昨日は真希と春人と凛と結衣ちゃんの4人は和装のライブを見にエンジェルに行ってたみたいだよ。」
とみなみから聞いた事を龍司に教えた。
「ああ。今朝結衣からLINEが入っててその情報は知ってる。凛の感情が入って来る耳を慣れさす事が目的なんだろ?」
「その訓練で凛の感情を読み取る耳は慣れるものなのかな?」
「さあ?何もしねーよりいいだろう。」
「まあ、そうだけど。」
「和装のライブには結衣と凛とハルの3人は遅れてしまったみたいだけど、凛の奴最後までライブを楽しめたらしいぜ。なんか俺達のライブを見るような感覚だって言ってたらしい。」
「俺達みたいな?」
「ああ。本当に音楽を楽しんでいるバンドらしい。一昨日にも柴咲交響楽団のコンサートに凛を連れて行ったらしいが、その時は沢山の人が楽器を奏でるせいかいろんな感情が入って来て途中で会場を出たらしい。」
「柴咲交響楽団なんてプロの集まりなのに耐えられないのか。上手い下手ではなくて演奏者の思いが強ければ強い程凛には耐えられなくなるのかもな。」
「多分な。演奏者が心から楽しんでいるのなら凛も一緒に楽しめるんだろう。」
電車を降りて相沢に向かう途中、何気ない会話を続けていた龍司がまたみなみの話題に話を変えた。
「昨日みなみはバイトに入れたって事は元気だって事だし良かったな。」
「そうだな。少し安心してる。」
「大阪にいる間にみなみの体調が崩れたりしたらタクはすぐに帰りそうだし。」
「みなみもそう思ってるんだろうな。みなみが体調を崩したら俺に迷惑が掛かると思って嘘をついて元気なフリをする可能性も高い。」
「だな。でも例え嘘をついたとしても真希やハルがちゃんと教えてくれるだろう?バイト先で何か起これば結衣が俺に連絡をしてくる。」
「だよな。」
「あいつらが何も連絡して来ないって事は本当に体調は良いんだろう。あいつらから連絡が来ない限りタクは安心して大阪でボイトレに望めばいい。」
「ああ。出来る限り俺、相沢さんから技術を学ぶよ。今日の与田さんの歌声を聴いて余計にそう思えた。あの人は歌を教える天才だよ。じゃないと、ひなさんのようなボーカリストは生まれなかったと思うし。」
「確かに。」
午後6時をまわった頃相沢の家に着いた拓也はすぐに相沢からボイストレーニングを受け、龍司はバイトに入った。その30分後には遥達もやって来て昨日同様、与田がボイストレーニングに参加し遥達3人は夕飯の準備を始めた。そして、昨日同様、8時には夕飯を7人で食べ終ると遥達は嵐のように去って行き拓也は龍司が入浴をしている間ひなの部屋に一人で戻り昨日と同じ様にみなみに今日一日の出来事をLINEで報告した。
6
2015年8月19日(水)
夜8時。この日も橘拓也と与田の2人がボイストレーニングを終え、相沢と共に下に降りると既に夕食の準備がされていて、ちょうど龍司もバイトを終えてリビングに入って来た。全員でテーブルを囲みながら相沢が「こうやって7人でテーブルを囲む事にも違和感がなくなったな。」と言った。その言葉を聞いて龍司は「俺達は別に違和感なんて感じてなかったけどな。」と言うと遥は「今までひなのおっちゃんは一人寂しく夕飯を食べてたんやから今の状況は違和感だらけなんや。」と言った。相沢は、「寂しくは余計だが、まあ、その通りだな。」と冷めた口調で呟いた。相沢は出会ってからずっと冷めた口調で拓也達に話し抑揚が全くない。その様子に疑問を感じて拓也は、
「ひなさんがここに住んでた頃も相沢さんはそんなに冷めた口調で話してたんですか?」
と聞いた。すると相沢は、「んなわけあるかいっ!」と突っ込んだ。突然の相沢の関西弁に驚いて拓也は目を丸くした。
「ずっと関西弁で陽気にしてた。けど、ひなが高2の頃にヘタな関西弁をやめろと言って来た。それ以降は昔の俺に戻った。まあ、無理をして必死に陽気な男を演じてたんだな。俺は。」
そう言った後、相沢は、ところでお前達。と改まり全員の顔をさらっと見渡してから、
「拓也と龍司が神奈川に帰る前日の29日にここにいる全員でライブをしないか?」
と聞いてきた。
「ライブ?」と拓也が聞くと相沢は、そうだ。と答えた。次に龍司が、「全員で?」と聞くと相沢はまた、そうだ。と答え続いて遥が「ここにいる全員でって、ひなのおっちゃんもって事?」と聞いたので拓也は「そんなまさかっ。」と驚きの声を上げたが相沢は「もちろんだ。」と答えたので相沢以外の全員が「まじでー!?」と声を出して驚いた。
7
2015年8月29日(土)
大阪に来て約2週間が過ぎた。この2週間はあっという間に過ぎ明日の昼過ぎには神奈川に帰る事になっているが、その前に今日は神崎龍司と拓也と遥達ホワイトピンクの4人に相沢を加えた合計7人でYELLOW DOORのステージに立つ事になっている。
この10日間、朝は作曲活動、昼は遥達と練習、夜は龍司はバイトで拓也はボイストレーニングという繰り返しだった。
そして、神奈川にいるみなみはこの10日間、真希達と夏を満喫している様子で楽しそうにしている写真を拓也に送ってくる。龍司が頼んでもいないのに拓也はみなみから送られてくる写真を龍司に「元気そうな写真ばかりだろ。」と言って見せてきた。
しかし、海に行ったという日の写真だけは龍司が見せてくれと頼んでも見せてくれなかった。
みなみが元気そうな写真を送ってくれるようになってからの拓也は今まで以上にボイストレーニングに力が入ったように龍司には思えた。
その拓也は朝起きてすぐに今日のライブが楽しみだと言っていた。その嬉しそうな笑顔を見ながら龍司は確かに今日のライブは楽しみだと答えた。しかし、拓也が言った楽しみという言葉の意味と龍司が言った楽しみという言葉の意味は違った。拓也は相沢やホワイトピンクと共にライブが出来るという事を楽しみに思っている。しかし、龍司が楽しみにしているのはそこではなかった。この2週間でどれだけ拓也の歌声が変わり成長したのか知れる事が楽しみだった。
拓也が朝食のパンを食べ終わりスマホを操作しながら驚いた顔をした。龍司はてっきりみなみと朝からLINEのやり取りをしているものだと思っていたが、どうやらそうではない様子で驚きの表情を龍司に向けながら、
「りゅ、龍司。ちょっと見てみろよ。動画サイト更新されてる。」
と言った。龍司はインスタントコーヒーを飲みながらテーブルに置かれている自分のスマホを見つめながら「動画の更新は春人に任せてあるし何も驚く事はないだろう。」と答えた。
「それはそうなんだけど真希達が路上ライブで楽器を使ってるんだ。しかも真希はギターじゃなくてバイオリンとサックスを使ってる!」
その言葉に驚いて龍司は今口に入れたコーヒーを吹き出してしまった。拓也は龍司が吹き出したコーヒーを浴びて、きったないなー。と怒っていたが龍司は、すまねぇ。と軽く謝りながら自分のスマホを手に取りThe Voiceのサブチャンネルを確認した。昨日の晩に路上ライブの動画が配信されていて、その動画には真希達が楽器を使って演奏をしている。そして拓也が言った通り真希がバイオリンとサックスを使って演奏している姿が目に入って龍司は、マジだ。と驚いた。
「路上ライブは楽器使わないつもりじゃなかったのか?てか、真希の奴ギター以外の楽器はバンドで使う気なかったんじゃないのか?」
龍司が聞くと拓也はハンドタオルで龍司が吹き出したコーヒーを拭きながら答えた。
「だよな。俺も路上ライブで楽器を使わないと思ってたし、まさか真希がバイオリンやサックスを使うなんて思ってなかったからこの動画見て驚いたんだ。」
「真希と春人はコーラスのみでボーカルはキーボードを弾く凛か。更新日は昨日だけど、これいつの路上ライブだよ?」
「10日前の19日だよ。最初に日付が小さく書かれてた。」
「なんだよ。あいつら連絡なしかよ。」
「真希ならこういう事はちゃんと連絡入れて来るはずだし俺らにサプライズで見せようって思ってたんじゃないか?」
「そんなサプライズいらねーんだよ。よしっ!じゃあ俺達も今晩のライブ撮影して真希達には内緒だって言ってハルに動画配信してもらおーぜ。」
「それはそれで面白そうだな。多分、真希達もこういう感じで話してたんだろうな。」
「しっかし、この曲は新曲か?タイトルは…勇気一歩?」
「新曲みたいだね。歌詞からして凛が作った曲っぽいな。」
「確かに。歌詞もそうだが曲調も凛っぽい。」
朝食を食べ終えた龍司と拓也は身支度を済ませてライブ前に大阪南夏高校に向かった。龍司と拓也は20日から今日まで昼間は遥達と共に大阪南夏高校の体育館で共に練習をして、それが終ると拓也と与田が相沢のボイストレーニングを受け、その間、龍司は相沢の店でバイトという毎日を繰り返していた。大阪南夏高校に向かいながら拓也が、
「明日、帰りに駅でお土産買うからちょっと付き合ってくれよ。」
「ああ。俺もまだ土産買ってねーからそのつもりだよ。」
「んっ?龍司は前に土産買いに行ってただろ?」
「んっ?あー。あれは土産じゃねーんだ。」
「そうなのか?」
「ああ。てかさ、俺、旅行気分で来たのに結局大阪観光なんてちゃんと出来なかった。」
「付き合わせて悪かったな。また今度ゆっくり訪れよう。」
「そうだな。今度来る時は楽しむ旅行にしてやる。」
「賛成。みなみも真希もハルも凛も連れてみんなで遊びに来よう。もちろん結衣ちゃんもね。」
「ああ。そうしよう。」
大阪南夏高校の体育館に着くと遥達が既に練習を始めていた。龍司は与田の歌声を聴いて日を追うごとに上手くなっている事を実感した。与田の成長を知っているからこそ拓也が歌う時龍司はその場を離れるか軽く歌う程度にするように指示を出し拓也がどれだけ成長したのかをあえて確認する事はしなかった。今までの練習でも龍司は拓也に今と同じ様な指示を出していた為、大阪に来てから拓也の本気の歌声を龍司はまだ一度も聴いていない。
(今日のライブでタクの成長した姿をやっと知る事が出来る。)
龍司は今日のライブではドラムを叩く事はなくコーラスやラップで参加をする。ドラムの担当は全て遥に任せた。遥は交互にドラムを担当しようと言ったが「ドラムを叩いていない間お前は何をするんだ?」と龍司が聞くと遥は「コーラス。」と言った。遥の歌声を少し聴かせてもらったが音程やリズム全てがズレていていヒドいどころのレベルではなかった為、即答で遥の申し出を却下をした。
体育館でしばらく遥達と共に今日のライブの練習をしていると、邪魔するぞ。と言って相沢が訪れた。拓也は「相沢さんっ!どうして?」と驚いた声を出した。
「ああん?今日のライブに俺も参加すんのに俺は何も練習してないだろう?ライブ本番まで俺に練習をさせろ。」
「確かに相沢さんライブに参加するって言ってたけどそれ以降何も言ってこなかったから冗談だと思ってました。どんな曲を歌うのかって全然聞いてこなかったし…」
「お前らの練習の邪魔は出来ないからな。」
「そんな余裕ぶってっけど、おっさん今から練習して間に合うのか?」
「俺を誰だと思ってる。元プロなめんなよ。」
そう言って相沢は今日のライブで演奏する曲の練習を始めた。相沢は龍司や遥達のオリジナル曲を恐ろしい程の早さで曲の意味を理解し完璧に歌い始めた。その様子を見ながら龍司は拓也に言った。
「そろそろ師匠と認めてやったらどうだ?あのおっさんもやっぱすげぇーよ。」
「はっ?認める?どうしてそんな上からなんだよ?俺は相沢さんの事を師匠と思ってるよ。」
「そうなのか?その割には相沢のおっさんの事師匠とは呼ばねぇじゃねーか。」
「なんだよそれ?相沢師匠って呼ばなきゃ師匠と認めてないって思ってんのか?」
「あったりめぇーだろ。師匠と思ってんなら師匠とちゃんと呼ぶべきだ。」
「真希はトオルさんの事師匠と呼んでるか?」
「あいつは反骨精神だけで生きてる女だから師匠と呼びたくても呼べねぇだけなんだ。寂しい女だよ全く。」
「こ、殺されるぞ…」
龍司と拓也が意味のわからない会話をしていると隣にいて黙って2人の会話を聞いていた与田が
「橘君が相沢さんの事を師匠と呼ばないなら私が呼ぼっと。」
と言って相沢に向かって、師匠ー。と言いながら駆け出して行った。
「ほら、お前も師匠の元に行って来い。」
龍司は拓也の肩を押しながらそう言った。
*
午後6時50分。ライブが開始される10分前。橘拓也達7人はYELLOW DOORの楽屋で待機していた。拓也は店員に今日のライブの撮影を頼みに楽屋を出ようとドアを開けた所どうしたわけか沢山のお客さんの姿が目に入った。
「師匠。どうしてこんなに人が集まってるんですか?」
与田が相沢に聞いた。相沢は少し首を傾げて、さあ?と答えた。さっきから相沢は与田から『師匠』と呼ばれても特に変わった態度をとっていない。「師匠と呼ぶな。」だとか「弟子ではない。」だとかそういう言葉があっていいような気はするが相沢は否定も肯定もしていないものだから与田は相沢の事を普通に師匠と呼び出している。
(師匠は師匠なんだろうけど、師匠って呼ぶのもなぁ…)
拓也は師匠と呼ぶべきかどうか迷ったが、このまま相沢さんと呼ぶ事に決めた。
拓也が店員に動画の撮影を頼んで楽屋に戻って来るとスマホを片手に遥が驚いた声を出した。
「ひな先輩のおっちゃんっ!大変やっ!YELLOW DOORのホームページにおっちゃんの事載ってるでっ!」
拓也達はそれぞれ自分のスマホを取り出してYELLOW DOORのホームページを確かめた。
YELLOW DOORのホームページには相沢の写真が大々的に掲載されていて『あの伝説のバンドサザンクロスのボーカル相沢裕紀が一夜限りのライブに復活!』と書かれていた。
「勝手な真似を…まあ、客が沢山入る事は良い事だ。お前らのファンを獲得出来るチャンスにもなる。存分に暴れてやろう。」
相沢がそう言うと龍司は、「よしっ!円陣組むぞっ!」と言って強引に全員で輪を作らせた。そして、龍司は全員の顔を見渡してから、
「楽しもう!」
といつもの言葉をいつも以上の声で叫んだ。拓也達はその言葉に続いて「おー!!」と力強く答えた。
楽屋を出る前、相沢は拓也に、
「思いっきり色んな声を出して歌ってみろ。俺のトレーニングでお前の喉は強くなってるはずだ。」
と告げて楽屋を出た。
*
店の中のBGMが止み、ライトが消された。そして、相沢裕紀達7人がステージに上がった。センターマイクの前に相沢が立ち目をつぶると目を閉じていてもわかる程の眩しいスポットライトの光に照らされた。そして、沢山の人の悲鳴にも似た歓声が聞こえてきた。
(この雰囲気、懐かしいな。)
相沢は少し笑みを浮かべると遥のスティックを叩く音が聴こえ最初の曲が始まった。その瞬間、相沢は閉じていた目をパッと開けた。ステージ上を眩しい光が包み込んでいる。その光に目が慣れないうちに相沢は歌い始めた。その瞬間、今度は割れんばかりの歓声がライブハウス一杯に響き渡った。
*
相沢は練習では本気を出していなかった。本番が始まってからの相沢は数時間前に体育館で練習をしていた頃の歌い方ではなかった。
(これが相沢裕紀…俺の師匠の本当の力…)
橘拓也が声色を変えて歌う度に観客席からは沢山の驚きと感動の声が上がったし与田の歌声も沢山の人を驚かせた。しかし、相沢の歌声は2人を圧倒している。拓也は相沢の横で歌っている自分自身が恥ずかしくなって歌っている最中何度も心が折れそうになった。しかし、どうしたわけか心が折れそうになる度、相沢は拓也の方を向いて手を後ろから前に振ってもっと声を出せと励ましてくれた。相沢は与田にも同じ様な素振りを見せていた。その度、拓也も与田も笑顔になり自信を取り戻す事が出来た。
(与田さんもきっと俺と同じ事を今思っているはずだ。相沢裕紀。この人は俺らとはレベルが違う。もっと練習してこの人に追いつかないとって。)
約2時間のライブはあっと言う間に終った。最後の曲を歌い終わるとアンコールの声が客席から聞こえた。楽屋に戻ってからもアンコールの声は鳴り止まない。
「どうする?アンコールなんて俺達歌うつもりもなかったし準備してねーぞ。」
そう言った龍司の言葉を聞いて拓也は相沢を見つめた。その視線に気が付いて相沢は拓也に、なんだ?と言った。拓也は緊張しながら今思った言葉を口に出した。
「相沢さん。サザンクロスの…いや、なんでもないです…」
「なんだよ拓也?最後までちゃんと喋れ。」
「こ、声を…サザンクロスの声を歌ってくれませんか?」
相沢は驚いた表情を見せて「バカな。」と言って拓也を見つめ返した。
アンコールの声はまだ止まない。
「きっとここに来ている人達は相沢さんの『声』を聴きたいと思って足を運んで来てくれた人達なんだと思います。」
拓也は勇気を振り絞ってそう告げた。相沢は楽屋のドアの向こうを見つめた。
「サザンクロスの声、か。そうだな。いいだろう。サザンクロスの声を知ってる奴は?」
拓也と龍司が手を上げた。
「よし!龍司ドラムを叩け。拓也は俺が指示するから指示した場所を歌え。」
「そ、そんな相沢さんと一緒に声を歌うなんて…」
「いいから行くぞっ!付いて来い!」
「えっ?あっ?は、はいっ!えっ!?」
「よしっ!行くぞタク!気合い入れとけよっ!俺が先にステージに上がってドラムを叩くからその間に相沢のおっさんとタクはステージに上がってくれ。じゃあ、遥達は悪いが待機で頼む。」
「うん。これは見物だね。頑張ってきてね。」
龍司が先にステージに上がりドラムスローンに腰を降ろしドラムを叩き始めると観客席からは歓声が上がった。さっきまで龍司はラップやコーラスを担当していたので観客達は龍司がドラムを叩けるとは思ってもいなかったのだろう龍司が叩くドラムを聴いて驚きの声が聞こえて来た。龍司がドラムを叩いている中、拓也と相沢の2人がステージに上がった。すると今日一番と言ってもいい程の歓声が上がった。そして、相沢はしっとりと歌い始める。その歌声は拓也が知っているCDの歌声よりもはるかに強く、そして優しかった。
(これが本物の声なんだ。)
拓也達が歌い終わると観客達は誰一人として言葉を発せずライブ会場は静まり返っていた。そして、あちらこちらから鼻を啜り泣く声が聞こえた。拓也と相沢と龍司の3人は一列に並び礼をした瞬間。静かだった事が嘘だったかのように会場全体を振るわす程の拍手が一斉に鳴り響いた。相沢は右手で龍司の左手を持ち、左手で拓也の右手を持ち大きく上に上げてもう一度礼をした。
楽屋に戻ると遥達4人の姿が見当たらなくて拓也が不思議に思っていると、
「最高やった!つい楽屋を出て客席で歌聴いてもうたがな。」
と遥が涙を拭きながら楽屋に戻って来た。遥の後に続いて楽屋に戻って来る与田達も全員が目を赤く染め涙や鼻水を流していた。その姿が面白くて拓也も龍司も腹を抱えて大笑いをした。
「さあ、打ち上げ行くぞ!」
一人帰り支度を済ませた相沢がそう言うと龍司は「打ち上げ!?俺、ホルモンがいい。」と告げ遥達も龍司の言葉に「さんせーい!」と4人が同時に告げた。
8
2015年8月30日(日)
「タク。何か話してみろ。」
朝、橘拓也が目を覚ますと龍司の顔が目の前にあって急に龍司が声を掛けてきた。普段なら驚いてびっくりしていただろうが拓也は起きたばっかりで驚きよりも眠たさの方が勝った。龍司はいつからそうしていたのか尚も拓也を見下ろし「タク。早く何か話してみろよ。」と声を掛けてくる。
「なんでだよ。俺、今起きたばっかだぞ。いい加減にしてくれよ。話すネタすら思い浮かばないよ。」
拓也は仰向けから横向けに姿勢を変えた。
「お、おおっ!いいぞっ!」
拓也は毛布を横によけて布団の上にゆっくりと座った。そして、あくびをしながら目を擦り龍司に聞いた。
「…何がいいんだよ?」
「相沢のおっさん。やっぱすげーよ。お前、昨日あれだけ声変えて歌ったってのに普通の声してんじゃん。相沢のおっさんからボイト受ける前だったら確実に今日はガラガラの声だった。」
その言葉を聞いて拓也は一瞬で目が覚めた。そして、自分の喉を擦った。
「んっ!?ほ、ほんとだ!声、普通だ。喉も全然痛くない!」
龍司の言う通り昨日のライブでは歌声を変え過ぎていたので相沢からボイストレーニングを受ける前だったら最低でも1週間は確実に喉を痛めてガラガラの声になってしまっていた。
「昨日はあれだけ沢山声を変えて歌ったってのに喉に痛みが全くない…声も今普通だよな?」
「ああ。めちゃくちゃ普通だ。普通過ぎてびっくりだ。」
「だよなっ!」拓也はそう言って駆け足で下に降りて行って相沢に声が普通な事と喉に全くの痛みがない事を伝えた。続いて龍司も拓也に変わってボイストレーニングをしてくれた事に感謝の言葉を相沢に述べていた。相沢は朝から興奮して話す拓也と龍司に圧倒されて、
「あ、ああ。そうか。それは何よりだ。」
と困った顔をして答えていた。
「俺、本気で歌う度に喉やられてたし、まともに話せなくなってたし本当に大阪に来て良かったです。俺、相沢さんの弟子になれてよかった。」
拓也がそう告げると相沢は「そうか。それは良かったな。」と感情を出さずに答えたが相沢の表情はこの2週間で見た事のない程の笑顔だった。
朝食を3人で済ませた後、ひなの部屋に戻り帰り支度をしていると相沢が部屋に入って来た。
「どうしたんだ?相沢のおっさん。」
「見送りはしないからな。ここでさよならだ。」
「ああ。それでいい。俺達を新幹線乗り場まで来て見送ったら寂しくなるだろうからな。」
「フンっ。そうだな。」
「そうだ。タクのボイトレは終ったけど、芽衣のボイトレは続けるのか?」
「さあ?どうかな?芽衣が続けてほしいと言うのであれば続けるがそれには条件が一つある。」
「条件?」と拓也と龍司は同時に首を捻って相沢に聞いた。
「遥達3人が俺の夕食の準備をする事が条件だ。」
「ふははっ!それなら決まりだな。芽衣がこれから12月までにどれだけ成長するか楽しみだ。」
「12月か。まだまだ時間はある。あいつは化けるぞ。覚悟しておくんだな。」
「相沢さん。俺、またここに来てボイトレ受けてもいいですか?」
「ああ。いつでも来い。俺はいつまでもここで待っててやるよ。」
「じゃあ、また会いましょう。」
「ああ、頑張れよ、学生。」
*
相沢裕紀は拓也と龍司が神奈川に帰って行った後、しんと静まり返った部屋の中で一人昼食を食べていた。食事の途中で相沢は箸を置き隣の部屋に入った。そして、高校3年生のひかりが一人笑顔で映る写真を見つめ「良い笑顔だな。」と呟いてからその写真を手に取った。
「ひかり。俺、久しぶりに昨日『声』を歌ったよ。」
ひかりが一人で映っている写真をこの一枚以外他に見た事がない。ひかりは写真を撮る事が好きで逆に撮られるのは苦手だったからだ。
「ひかり。この写真を遺影に使ってほしかったか?」
この写真はひかりが高校3年生の夏休み。間宮がひかりをバイクに乗せて日帰り旅行に行った際に間宮が撮った写真だった。
「でも、お袋はこの写真を遺影に使う事は許さなかっただろうな。」
相沢の母親はひかりが死んでからずっと持っていたひかりの日記を間宮に手渡す事を決め間宮の家に行った際にこの写真を間宮から受け取った。
「お袋はこんな写真は捨ててしまおうって言ったんだぜ。ひかりが唯一一人で映ってる写真なのにな。トオルが撮った写真だからっていうだけで。ホント酷いよなぁ……
んっ?そっか。俺も似たようなものだったか…昔、トオルには酷い事を言った。でも、あいつ、俺やお袋に言われた言葉の数々を覚えているはずなのに…その事に関しては何も言ってこねーんだぜ。あいつ、昔から出来た奴だったよ。お前、あいつと一緒にいて幸せだったんだよな?」
相沢は手に持った笑顔のひかりの写真を元の位置に戻した。
「その笑顔を見せれたんだ。聞くまでもない、か……
なあ?ひかり?トオルの目には今でも星が綺麗に映ってるんだろうな。あいつ…また前に進めたらいいな。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今、想う
8月9日
みんな前に歩き出した。私だけが取り残された気分になっていた。だけど、彼らの歌を聴いていたら辛い思いや悲しい気持ち全部吹き飛ばしてくれた。
私も前を見なきゃ。そう思う事が出来た。
そろそろ私も変わらなきゃ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




