Episode 4 ―五人目と六人目―
「4月22日…この日は…俺がバイトの面接に行った日だ…急いでルナを出て走り出した…そんなに急ぐ必要もなかったのに…俺、2日連続で君と出会っていたのに……あの時の俺は出会っている事にすら気付いていなかった……」
男はまた悔しさを募らせた。
1
2015年6月22日(月)
姫川真希の父浩一も母礼子も凛が家で生活する事を賛成してくれた。しかし、凛の話を聞いた祖母が家にやって来て凛を預かると急に言い出した。凛はこの時、西宮駅から山を登って徒歩15分くらいにある児童養護施設『奏多学園』に見学に行き施設に入る事を考えていたので祖母がそう言い出してくれた事に真希は感謝している。祖母は「真希が出て行ってから寂しくてしょうがない。西校ならうちからの方が近い。それに無愛想な浩一がいたら休まるものもやすまらないだろう。」と凛に訴えかけた。そして、凛は礼子さんの弟の娘になるのだから私がおばあちゃんとして凛を育てても問題ないだろうと付け加えた。凛と相談した結果、凛は施設に入る事をやめ真希の祖母の家に行く事を選んだ。
一方、浩一の行動は早く凛が来た次の日には白石と凛の母を呼び出して児童相談所にも足を運んで一人で話を進めて帰って来た。白石は浩一に呼び出されて大層驚いた事だろう。浩一曰く白石は土下座をして泣きながら話を聞き謝っていたらしい。その様子を思い浮かべながら真希は、ざまあみろ。と思った。龍司は白石のマンションに乗り込めなかった事を悔しがっていたが龍司が乗り込むとややこしくなる事が目に見えてわかるので真希は龍司がマンションに乗り込む事なくある程度の問題が解決して良かったと思っている。
凛の母朱里はというと凛の事をいくら浩一が聞いても心ここにあらずといった感じで口を開く事を一切しなかったらしい。
浩一は白石に朱里を精神科に通わせる事と今後凛の学費を払い続ける事を指示し、凛に一切近づくなと伝えた。
もし白石が朱里と離婚したなら凛の学費などはどうなるのだろうと真希は心配したが離婚したところで浩一が白石に凛の学費を払い続けさせるのだろうと思った。
そして、凛が祖母の家に住み始めると浩一は50万もの大金を凛に渡した。凛はそのお金を見て驚き、頂けません。と言ったが浩一は「勘違いするな。これは白石の金だ。これで服などを買いなさい。」と言った。真希は最初そのお金が浩一が用意したものだと思ったが本当に白石から凛の服代として請求してきたお金だった。
「あいつに触られた服なんてもう着れないだろう。この金を使うのも嫌かもしれないが、これは白石の金ではなく、君の金だから存分に使いなさい。それと、月々のスマホの支払いも命じた。お母さんと連絡を取るため新しいスマホを持ちなさい。そして、いくらでも使ってやれ。あいつは金だけはあるようだからな。」
浩一はそう言って真希に買い物に付き合ってあげるように告げた。そのお金で凛は一通りの服とスマホを購入した。そして凛はその足で美容院へ向かい長かった髪をバッサリと切った。ショートカットも良く似合っていたが真希は三つ編みこそが凛のトレードマークで似合っていたのになと思い少し寂しい気持ちにもなった。しかしそれは凛が心を新たにしようと決めた事なので寂しい気持ちになった事はもちろん凛には伝えていない。
凛は結衣にお願いしてルナでのバイトを始めた。家に住まわせてもらっている以上少しはお金を払いたいと言っていたが祖母は凛からお金を受け取らないであろう事は簡単に想像が出来た。
凛は祖母と気が合う様子で本当に仲良くしてくれている。真希が出て行ってから真希も祖母の家にはあまり寄らなくなってしまっていたので凛が来てくれた事に感謝をしている。その事を凛に告げても凛はあまり信じてくれない。この2週間で凛は真希の祖母の事を『おばあちゃん』と呼ぶ様になった。
「私、おばあちゃんいなかったから本当のおばあちゃんが出来たみたいで嬉しいです。」
凛は真希にそう言った。真希は「血は繋がってないけど、私のお母さんの弟と凛のお母さんは結婚したわけだから本当のおばあちゃんには変わりないよ。」と告げた。凛は「あっ、そうでした。じゃあ、真希さんは私の親戚になるのか。」と嬉しそうに言っていた。
凛が祖母の家に行ってすぐ真希は拓也達を呼び出し雪乃が凛にあげると言ったDJセットやシンセサイザーそしてオルガンを雪乃にもう一度了解を得てから祖母の家まで運んだ。
雪乃はというと先週末に病院を退院し今は海の見えるグループホームに移った。
バンドの方はというと去年のように路上ライブも毎日行うようになり、ブラーでのライブも月一で必ず行う事に決めた。他の店での演奏もそろそろ始めていこうかとは思っているが、それはまだ決まってはいない。そして、動画サイトの方は過去に太田が撮影してくれた動画が沢山あったものの新しい動画を配信していこうという事になりチャンネンルは開設したもののまだ動画は一つもアップロードしていない。
「昨日、凛ちゃん一人で雪乃に会いに行ったんだよね?」
みなみが真希の横に並んで一緒に下校しながら聞いてきた。
「うん。私も行くって言ったんだけど師匠と二人っきりにしてほしいって断られた。」
「そうだったんだ。真希が行く時、私も誘ってね。」
「もちろん。今度みんなで会いに行こう。」
「うん。凛はお母さんと会えてるのかな?」
真希は首を横に振った。
「おばさんに電話してもとってもらえなくてメールの返信もないみたい。」
「そっか。」
「ところで今日みなみはバイト休みだよね?」
みなみは何を聞かれるのかを察して、「うん。路上ライブ見に行くよ。」と答えた。
*
白石凛は学校の授業を終え、真希の祖母の家で着替えを済ませバイトの為にルナへと向かっている途中、昨日の事を思い出していた。
凛は雪乃が海に飛び込もうとしているのではないかと思い必死で車椅子を止めた。
「凛、何泣いてるの?勘違いだよ。私は死のうとはしてない。」
「嘘っ!嘘だっ!今崖の方に行こうとしてたっ!」
凛は雪乃の肩に両腕をまわし抱きしめた。
「…凛ちゃん。苦しいよ。」
「師匠…死なないで…」
「ごめんね。凛。」
雪乃はそう言いながら凛の腕をポンポンと優しく叩いた。
「…師匠?やっぱり今…死のうとしてたの?」
「………うん。」
「どうして?どうしてよ?もう師匠は前を向き始めたと思ってたのに!」
「ごめん。なんかさ…上手く言えないんだけど…私、行ったり来たりしてるの。」
「…行ったり来たり?どういう事?」
「うん。前を向き始められたなって自分で思っても次の日には後ろを向いてるの。死にたくなるの。でもさ、見てよ。そこには木製のガードレールがある。車椅子の私が乗り越えられるわけがないよね。ここまで一人で精一杯車椅子を動かして来たのになぁ。」
「やめてよ。死のうなんて考えないでよっ!!」
「ごめんね凛ちゃん。来てくれてありがと。私、どうかしてたよ。車椅子押してくれないかな?」
雪乃がそう言ってやっと凛の顔を見て驚いた表情を見せた。
「凛…ちゃん…か、髪…」
「思い切ってバッサリ切っちゃった。」
「とっても似合ってる。さすが美少女。」
「なんか髪切ったら心もスッキリしました。」
「うん。うん。前髪は私と一緒でパッツンだね。」
「はい。」
雪乃はさっき死のうと思っていた人とは思えないくらい普通の会話をしてきた事に凛は驚いた。
「グループホーム、案内するね。」
雪乃がそう言って一通りグループホーム内を案内してもらい雪乃が生活している部屋も見せてもらった。雪乃の部屋はベッド以外これと言って何もなかったが去年真希がウィーンでバンドメンバーに買ったというガラスで出来た白色の星形のキーホルダーが飾られていたのが印象的だった。凛は雪乃に会うまで雪乃は一人寂しくしているのではないかと心配していた。しかし、当の本人は2日ちょっとでグループホームに入居している人や職員達と打ち解けていて楽しそうにしていた。それなのにさっき雪乃は自殺を考えていた。さっき雪乃が言った様に今の体を受け入れて前へ進もうとする気持ちと以前の様に動かなくなった体を受け入れられない気持ちとの間を行ったり来たりを繰り返しているのだろう。
(もし自分が事故に遭って障害を持ってしまったら夜の暗闇を一人で越えられる自信がない。
師匠はこれから暗闇の中、上手く動かなくなった体をたった一人で乗り越えていけるだろうか?私なら一人では絶対に無理だ。私もきっとさっきの師匠のように…いや、私ならもっと前に死ぬ事を選んでいるかもしれない。)
利用者のみんなが集まるホールには雪乃が使っていたグランドピアノが寄付という形で設置されていた。そのホールはグランドピアノを置いても充分な広さがあった。雪乃が車椅子のままピアノの前まで連れて行ってと言うので凛は雪乃の指示通り車椅子を押した。
「凛ちゃん。びっくりしないでよ。私、ピアノ弾けるまでになったんだよ。」
雪乃はそう言って凛にピアノ椅子に座るように言って連弾しようと言った。
雪乃が弾き始めた曲は、ねこふんじゃった。だった。テンポは悪いが凛は雪乃がピアノを弾く姿を見た瞬間ポロポロと涙を流し始めた。事故に遭うまでの雪乃には簡単すぎる曲だが今の雪乃にとっては鍵盤を鳴らす事すら大変な事のはずなのに演奏が出来るまでになったのは物凄い進歩だ。そして、その進歩には相当な努力が必要だった事がわかる。
「師匠。いつの間に演奏出来る様になったの?」
「うん?今朝だよ。昨日は上手くいかなかった。」
「さすがですね。」
「…うん…私…不自由な体になっちゃったけど…上手く腕が動かないけど…全く動かないわけじゃない。簡単な曲ならこうやって弾く事が出来る。でも、その喜びを時々忘れて死にたくなっちゃうんだ。だからさっき……」
「…神様が生きてまだピアノを続けなさいって言っているんだよ。」
「…ふふっ。神様なんていないよ。私はもう神様なんて信じない。」
そう言って雪乃は上手とは言えないピアノを弾きながら泣いていた。凛は、ごめん。と謝った後、何か声を掛けなければと思った。しかし、そう思えば思う程言葉にはならなかった。
「…だけど、うん。全く動かなくなってもおかしくはなかった。神様はもういるなんて信じれないけど、きっと何か意味があるんだろうね。」
「…うん。絶対意味はあるよ。」
雪乃は同じフレーズを弾きながら、「さあ、早く凛も弾いて。その前に涙を拭いてね。二人揃って泣いてたらおかしいよ。」と言った。凛は涙を拭いて頷いてから雪乃にテンポを合わせピアノを弾き始めた。
「次はジャズ風に。」「次はバラード調に。」「次は楽しく。」「もっと楽しく。」
雪乃の指示通りに凛はピアノを弾いた。いつの間にか雪乃も凛も涙を流しながら笑顔でピアノを弾いていた。
「合格です。よく私の指示通りに弾く事が出来ましたね。」
演奏を終えた雪乃が改まった口調でそう言った。凛は首を捻り横に座っている雪乃を見つめた。
「もう。これ以上私があなたに教えられる事は何もありません。」
「師匠?どうしちゃったの?」
「凛。卒業おめでとう。」
「師匠?どういう事?」
「最終試験だよ。ちゃんと凛は私の試験に合格した。もう凛は私の弟子じゃない。だから師匠と呼ぶのはもうおしまい。」
「そんな…聞いてない。」
「私の演奏聴いてどうだった?」
「師匠…」
「答えて。私の演奏は楽しんでた?」
凛は黙って頷いた。
「なんの後悔もない。新しい道を見つけたの。そう凛にも伝わったでしょう?」
凛は尚も黙ったまま頷いた。
「私はあなたにも次の道を進んでほしいと願っていた。」
「伝わってたよ。だけど…まだ師匠は死ぬ事を考えてたっ。」
「…そっか…私、死ぬ事も考えてたんだ…」
「……」
「…私、そう簡単には前を向けないみたい。だけど、前を向こうとは思ってるんだ。それは本当だよ。」
凛は深く頷いた。
「その気持ちも伝わった。師匠は生きる事と死ぬ事の狭間を行き来しているんだって。そう簡単に前を向けないのはわかった。だけど、死ぬ事は…考えないでほしい。私は師匠に死んでほしくなんかない。」
「わかってるよ。わかってるけど、突然死にたくなっちゃうんだ。こんな体で生きていてもしょうがないって思っちゃって…」
「師匠っ!」
「わかってる。もう死のうなんて思わないようにする。だからさ、凛。私に希望を持たせてよ。」
「…希望?私がどうやって?」
「凛。拓也君達のバンドに入ってあげてほしい。この前、彼らのライブの様子を動画で見させてもらった。楽しそうに演奏するようになったみたいだし安心した。だけど、彼らは私がいた時とは明らかに何かが足りなくなってる。」
「…今の彼らは4人で成り立っていると思います。」
「足りないのっ!だから彼らには凛ちゃんが必要なのっ!」
「一体あのバンドに何が足りないんですか?」
「彼らには技術がある。素晴らしいテクニックがある。楽しむ心も取り戻した。だけど、明らかに足りない物がある。それは――」
「それは?」
「表現力だよ。」
「…表現力。」
「そう。彼らはテクニックだけで人を感動させてる。それはそれで素晴らしい事だけどプロを目指している彼らにとって表現力が乏しいのは致命的だよ。自分達で作った曲だからって彼らは楽譜通り演奏しているんだと思うんだけど楽譜通りに演奏するんじゃなくってその向こう側を読み取って音にしないと。それが例え自分達で作った曲であってもその曲の世界と向き合わないと。ま、私はそれをやりすぎてアドリブで演奏しすぎちゃったんだけど。」
「師匠はそれをどうして言葉でみんなに教えなかったんですか?」
「だって私ゲストだったもん。」
「それでもあの人達の為だと思うなら…」
「それは凛が教えてあげてよ。」
「……だから私には師匠の代わりなんて無理です!」
「だからぁ!私の代わりはいらないって拓也君も言ってるしぃ!」
「それでも私は…」
「凛?何をそんなに怯えているの?正直に答えて。」
「……私…恐いんです。」
「恐い?」
「…はい。」
「なにがぁ?」
「私の耳です。感情までも聞き取ってしまう自分の耳が恐いんです。この能力はバンドには向かないです。だって大好きな人達とバンドを組んでいてもその人達の嫌な部分を聞いてしまうかもしれないんですよ。」
「うーん。それは難しい事なのかもしれないけれど、もし嫌な部分を聞いてしまったとしたらそれを口に出して注意するのが凛の役目だよ。大切な仲間なら尚更だね。凛のその能力はバンドにとってきっと役に立つ能力だよ。」
「……」
「凛。本当にやりたい事があるなら自信を持つべき。そして、行動すべきだよ。今を変えたいと望むなら尚更動かなきゃ。凛、自分の夢を信じて。」
バンドを組みたいと夢を持った自分に凛は自信がなかった。演奏を聴けばバンド仲間の感情までが聞こえてしまう事が恐くて行動できないでいた。だけど、今を変えたいと望んでいた。そんな凛の気持ちを雪乃は全てわかっていた。
「師匠。」
「だからもう師匠じゃないって。」
「師匠はいつまで経っても師匠だよ。それは変わらない!」
「そっか。じゃあ、これは師匠からの命令だよ。彼らを助けてあげてほしい。何度も言ってきたけど、これは私の代わりとかじゃない。凛は彼らの…ううん。私の生きる希望になって。」
(…師匠の生きる希望…私が?師匠は私がバンドに入る事を望んでくれている。私も出来る事なら彼らのバンドに加わりたい。だけど…私がバンドに入ったらきっと足を引っ張る事になる…私の感情まで聞き取ってしまう能力は役に立つ能力では決してないのだから…)
凛がルナに入ると新治郎が一人暇そうにパイプを銜えていた。
「おはよう。今日から結衣やみなみちゃんと一緒じゃないが大丈夫か?」
結衣もみなみも凛が慣れるまで一緒にバイトに入ってくれていたが今日からは凛一人で働く事になった。
「はい。大丈夫、だと思います。」
「なんだよ曖昧な返事だなぁ。ま、今日も路上ライブが終われば団体さんが来るだろうが、それまではきっと暇だ。」
拓也達は路上ライブが終われば必ずルナへやって来てここで反省会をする。働いている側からすれば一気に大勢の客が入って来て大変だが結衣やみなみがいれば手伝ってくれるのでその点は心配はいらないと凛は思っている。
「そうだ。暇な間にコーヒーの淹れ方でも練習すっか。」と新治郎が言ったので接客ばかりを担当していた凛は自分でもコーヒーを淹れれる様になりたかったので練習をする事にした。
*
6月に入って路上ライブは毎日行う様になったが去年の様に沢山の人はまだ集まってくれていなかった。それでも去年見に来てたんだよと言ってくれる人が時々いてくれる事はバンドメンバーにとっても嬉しい事だった。
結城春人は路上ライブが終ってから真希に「動画サイトにあげる動画良かったら俺に編集作業させてもらえないかな?」と頼んだ。真希はごめんと謝ってから「どの動画を最初に公開したら良いのか迷ってて。」と答えた。春人は別に真希が動画サイトになかなか動画をアップしないからそう頼んだわけではなく以前から動画編集に興味があってやってみたいんだと真希に伝えた。真希は、そういう事なら春人に頼もうかなと言ってくれたので動画サイトの編集作業は春人が受け持つ事に決まった。
そして今日はいつも通り路上ライブが終った後にルナへと全員で向かった。本日ルナへ行くメンバーは春人達バンドメンバー4名とみなみ、結衣を含めた6名だった。多い時は太田、相川、飯塚、五十嵐、楓を含めた11名でルナへ行く時もあるので今日は少ない方だ。
ルナに入ると新治郎が「来た来た。」と笑顔で言って既に準備されていたアイスコーヒー8人分を春人達が座りきる前に凛が運び終えていた。
「今日のコーヒーは凛が淹れたんだ。」と新治郎が言って結衣がそのアイスコーヒーを味見してから「凛ちゃんが?すっごーい。ルナの味だね。」と驚いていた。春人にとって路上ライブ後にルナでこうやってみんなと話すこの時間は楽しいものだった。おそらく全員がそう思ってくれているからこそ路上ライブ後にルナへ行こうと誰かが言わなくても自然の流れでここへ足を運ぶのだろう。
新治郎が先に帰ると真希はカウンター席に移り凛に雪乃の様子はどうだったのかを聞いた。すると凛は、思った以上にグループホームの入居者さんと仲良くやってて楽しそうでした。と答えた。雪乃はグループホームという場所に馴染めないかもしれないと春人は思っていたのでその凛の言葉を聞いて少し安心した。
「俺達も今週末にでも雪乃に会いに行こうぜ。」
と龍司が言ったので今日ここにいる6名と凛を含めた7名で今週末に雪乃に会いに行く事を決めた。
*
ルナを出て橘拓也はいつもの様にみなみと一緒に歩いて帰るつもりでいたが、みなみは「今日はバスに乗って帰るね。」と告げて来た。拓也はそのまま真希達とバスに乗り込もうとするみなみを引き止めて少し話さないか?と聞いた。みなみは何かの覚悟を決めた様に深く頷いた。
コンビニ内にあるイートインスペースに二人で横に座り拓也はみなみが何かを話し出すまで待った。
「あのね…」
「…うん。」
「最近すっごく疲れやすいんだ。」
「…うん。」
「バイトは凛ちゃんが入ってくれたし私の入る日を少なくしていこうと思ってる。今すぐってわけじゃないんだけどバイト辞める事も考えてるんだ。」
「……そんなに体調悪いの?」
「体調が悪いと言うか…うん。そうだね。きっと体調が悪いんだね。家から自転車に乗ってルナに向かうのは全然疲れないの。」
「下り坂だから?」と拓也が聞くとみなみは「うん。」と頷いた。
「だけど、帰り道はすっごく疲れる。坂を上って帰るのがしんどいの。」
最近拓也は路上ライブ後、必ずルナに寄ってみなみがバイトをしていなくてもしていても一緒に帰宅をしている。その帰り道でみなみは疲れたと言ってよく立ち止まり休んでいる。拓也もそのしんどうそうに休むみなみの様子を見て心配をしていた。
「これからは自転車じゃなくってバスで通おうとは思ってるんだけどルナまで行くのがしんどくなったらバイトは辞めると思う。」
「…そっか。なら俺もバスで帰るよ。」
「そんな。いいよ。」
「俺、本来ならバスで帰るのが普通だし。」
「あ、そっか。拓也君自転車の私に付き合ってくれてたんだよね。」
「あ、いや、ま、まあそうだけど…ごめん。いらない事言った。」
「ううん。全然いらない事言ってないよ。むしろ嬉しいよ。」
「そ、そっか。」
「でも、路上ライブには今までみたいに見に行けないかも…出来るだけ見に行きたいとは思ってるんだけど…」
「うん。無理に来なくてもいいよ。」
「無理してでも目に焼き付けときたいんだけどね…」
そのみなみの言葉に拓也がどう返したら良いのかわからずに黙ってしまうと、みなみは、ごめん。と謝った。
「きっと動画サイトにアップする事になるだろうからみなみはそれを見てくれたらいいよ。」
「あ、その手があったね。便利な世の中になって良かった。」
その言葉を聞いて拓也はこのまま技術が進歩してみなみの病気も簡単に治ればいいのにと思った。
2
2015年7月5日(日)
雨が降る中、神崎龍司達7人が電車とバスを乗り継ぎ雪乃が入居した障害者グループホーム<海の見える場所>に到着したのはお昼前だった。本当は先週に訪ねる予定をしていたがみなみの体調があまり良くなかったので1週遅れて今日来る事となった。
門の前で7人が立ち止まってグループホームの建物を見上げていると、
「うわぁ〜。いい感じぃ〜。」
と言って結衣がはしゃぎながら門の中へと楽しそうに入って行った。その姿を見ながら凛が「師匠がピアノを弾いてる。」と言って歩き出した。
「この雨の中で建物の中のピアノの音が聴こえるって凄いなぁ。」
そう呟いて龍司もグループホーム内へと足を踏み入れた。
電車とバスの乗り継ぎで疲れたのだろう。みなみが息を荒くして付いて来る。その横には拓也がいて、みなみの腰辺りを心配そうに支えるような形で持っている。その後ろから真希と春人がみなみの様子を心配そうに見つめながら歩いて来る。
「早く早く〜。」
無邪気に入口の前で呼ぶ結衣に龍司は「ちょっとはみなみのペースに合わせてやれ!」と強く言った。結衣はその言葉でわかりやすい程落ち込み、ごめん。と謝っていた。結衣の落ち込む様子を見たみなみは「こんな事ぐらいで疲れてる私が悪いんだから龍司君結衣ちゃんを怒らないであげて。」と龍司の耳元で囁いたので今度は龍司が「すまねぇ。」とみなみに謝った。
グループホームの職員らしき若い女性が玄関口に現れて「雪乃ちゃんに会いに来られた方々ですね。どうぞお入り下さい。雪乃ちゃんは今ホールでピアノを弾いていますよ。」と言った。
(凛が言った通り雪乃は今ピアノを弾いているのか…玄関に入っても俺にはピアノの音なんて聴こえねぇのに…)
凛の耳の良さを龍司は改めて感心した。
「あの。先週訪ねる予定だったんですけど急遽今日になってしまって雪乃のLINEには先週に行けなくなった事と今日私達が来る事を連絡したんですけど既読はついても返信がなくって…」
と真希がスリッパを出してくれている職員らしき女性に声を掛けた。
「ええ。私が雪乃ちゃんに頼まれて送られて来たLINEを雪乃ちゃんに見せました。返信するなら私が代わりに文字を打つよって言ったんですけど…雪乃ちゃん遠慮したのかいいって言って。もしかしたら私に雪乃ちゃんと友達の会話を見られるのが嫌だったのかもね。」
「そうだったんですね。今日来る事を雪乃が知っているのなら問題ないんです。もしかしたら今日私達が来る事を知らずにいたのなら雪乃に悪いなって思っただけなので。」
「ふふっ。年頃の女の子だもんね。さあ、どうぞ中に入って下さい。雪乃ちゃんがいるホールはこちらです。」
女性は龍司達を雪乃がいる場所へと案内してくれた。廊下を真っすぐ進みスライド式の大きな扉の前に来てやっと龍司の耳にはピアノの音が聴こえて来た。
(この曲は童謡の…大きな古時計?)
雪乃はとても遅いテンポで必死な表情を浮かべて大きな古時計を演奏していた。横1列に立った龍司達はしばらく雪乃のその演奏を黙って聴いていた。
「こんなに必死な顔してピアノを弾く雪乃の姿を初めて見たよ。」
春人がそう言うと龍司は、
「あいつ。いつもピアノを弾くときは楽しそうだったもんな。」
と答えた。すると真希は、
「私達は雪乃の為にも絶対にプロになるよ。」
と言った後「雪乃。」と雪乃に声を掛けて近寄って行った。龍司達も真希の後に続くと雪乃はピアノを弾くのをやめて振り向き龍司達を見た瞬間笑顔を浮かべた。
「みんな来てくれてありがとう。」
「ピアノ毎日弾いてるの?」
「そうだよ。弾ける時間は決まってるけどね。拓也君も毎日歌ってる?」
「うん。そうだね。」
「じゃあ、一緒だ。あ、私の部屋に来て。凛ちゃん車椅子押してくれないかな?」
先々週ここに訪れた凛は迷わず雪乃の部屋へと車椅子を押して向かった。
雪乃の部屋に入るとベッドくらいしか物はなかったが真希がバンドメンバーに渡した星形のキーホルダーが大事そうに飾られていた。
龍司達が慣れない手つきで雪乃をベッドに移動させると雪乃は「で?」と言った。
龍司達は雪乃が何を意図して「で?」と言ったのかわからず全員が全員の顔を見た。
「雪乃。何が、で?なの?」
真希が代表して雪乃に聞いた。
「真希ちゃん達のバンドに凛は入ったわけ?」
全員が凛を見つめた。凛は困った表情を浮かべて、いいえ。と答えた。
「どうしてぇ?」と雪乃は子供の様に凛に聞いた。
「先週も師匠には言ったけど…私の耳はバンドには向いてない。きっと皆さんの足を引っ張る。私の耳は知らなくていい事まで聞き取ってしまうんだもん。それに私が師匠の代わりなんて誰も認めてくれない。」
「誰もってだぁれ?」と尚も雪乃は子供の様に凛に聞いた。
「今までThe Voiceのライブを聴いてくれていた人達です。」
「それって私や結衣ちゃんの事だよね?あと五十嵐先輩や楓ちゃんに相川君に太田君。」
とみなみが結衣の顔を見ながら聞くと結衣は頷いた。
「違います。もっと近くない存在の人達の事です。友達って感じじゃなくってバンドのファンとかちょっと距離がある人達の事です。その人達にとっては急に新メンバーが入ってきたら戸惑って受け入れられないと思うんです。」
「俺達にファンなんていんのか?」
龍司が拓也や春人の顔を見て聞くと二人とも、さあ?と言って首を傾げた。
「いますよ。少なくとも私はそのファンの一人でした。私は師匠以外の人がバンドには入ってほしくはないって思います。」
「凛も近い存在だと思うけど…で、凛は?凛は私達のバンドに入りたいって思ってくれてるわけ?」
真希が腕を組みながら冷めた口調で聞いた。
「…私は…」
そう言った後、凛は黙り込んでしまった。すると雪乃は、
「凛ちゃん前に言ってくれたよね。みんなのバンドに入りたいって。みんなと一緒にバンドをする事が夢になったって。」
と言った。その言葉に拓也は驚いて、そうだったのか?と凛に聞いていた。凛は恥ずかしそうに俯きながら頷いた。
「どうしてそれを俺達に言ってくれなかったんだ?」
春人の質問に凛はまた黙り込んでしまったのでまた雪乃が言った。
「さっきの会話通りだよ。私の代わりにバンドに入るのには抵抗があったんだよね?そして、凛の特殊な耳のせいでバンドに迷惑を掛けてしまうんじゃないかっていう思いもあった。そして、彼らのファンの目も気になった。だから自分からはみんなと一緒にバンドがしたいって言えなかった。そうだよね?」
「……はい。だけど…私…本当は自信がなくて…」
真希が頭を掻いてから凛に言った。
「凛。あなたは一体何を気にしているの?一体誰の目を気にしているの?他人にどう思われようが関係ないよね?
他人を気にしているって事は自分の夢より他人を優先しているって事。他人の考えなんて必要ないよね?夢中になって突き進めばいい。凛。自信を持って。あなたの耳は他の誰にも聞く事が出来ない音を聞く事が出来る。それはあなたにとってはまだ必要のないいらない能力なのかもしれないけど、この先必ず必要になる能力になるわ。その耳を持っていて良かったって思える日がきっと来る。だから、あなたはあなたの夢に向かってってほしい。あなたの夢が私達のバンドに入りたいという事なら私達はあなたをメンバーに加える準備は出来ている。自分を信じれなくなったら誰からも必要とされなくなるよ。」
凛はその真希の言葉に深く頷いた。
「真希さん達は私を必要としてくれますか?」
凛は真希を見ると真希は頷いた。続いて凛は拓也を見つめた。拓也も真希同様頷くと凛は次に春人を見つめた。春人が頷くと次は龍司を凛は見つめた。龍司も同じ様に頷いた。そして、凛は最後に雪乃の方を見つめた。雪乃も龍司達と同じ様に頷いてから凛に告げた。
「凛は特殊な耳を持っているから普通の人より不安は大きいと思う。だけど、その耳は悪い事ばかりじゃないはず。あなたが持っている特別な力を信じて。そして、凛は決して私の代わりなんかじゃない。私が5人目のメンバーで凛が6人目のメンバーなんだから。」
「私が6人目のメンバー?」
「…そうだよ。良かったね凛ちゃん。龍司君にイジメられたら私に言うんだよ。」
「おい雪乃!どうしてイジメんのが俺限定なんだよっ!」
「だって。だって。いつも私をイジメてたもんっ!」
「俺がいつ雪乃をイジメたんだよっ!」
「ほらっ!今だってイジメてるもんっ!」
「どこがだよっ!」
*
橘拓也は雪乃のグループホームから帰るとみなみを家まで送って行った。みなみは随分としんどそうで疲れを隠せない様子だった。みなみを送った後、拓也はそのままブラーのバイトへと向かった。
すると真希が客としてブラーに訪れて知らないバンドが演奏する今日のライブを楽しんでいた。
時々真希は拓也に声を掛けみなみの心配をしていた。
拓也は間宮や一緒にバイトに入っている相川に今日6人目のメンバー凛がバンドに入ってくれた事を報告した。間宮も相川も凛加入後のライブが楽しみだと言ってくれた。
今日のライブが終わると一人また一人とお客さんは帰って行き、真希の他に一人の客が残るだけとなった。その客はカウンターで真希と少し距離を置いて座っていて、時々間宮に声を掛けて親しそうに話している。その長髪で髭を蓄えた男性客は随分と酒好きの様子で飲み物を頼む時は間宮が側にいても必ず拓也に「おい兄ちゃん。」と声を掛けて来て酒の名前を告げて注文してくる。
(誰だろう?常連ではないはずなのに随分とこの人はトオルさんと親しそうに話してる。俺がバイトに入ってからこの人と会った事あったかな?)
それなりに歳をとっているように見えるがガタイがいいその男に興味をそそられて拓也が観察していると間宮が「拓也、念。あがっていいぞ。」と言ったので拓也達は2階へ向かう事にした。
相川もあの客の事が気になっていた様子で着替え中に「今いるお客さんってタク会った事あるか?」と聞いて来た。拓也は「いや、俺の記憶が正しければ今日初めて見た。」と答えた。
「なんかあの人ブラーのシステムをよく知ってる感じがしたんだよなぁ。飲み物は絶対バイトに頼んでくるところとか。」
「俺もそれ思った。なんか飲み方も話し方も豪快で俺バイト中あの人が気になって仕方なかったよ。」
「それな。しかしあのお客さんそれなりに歳くってる割にかなり筋肉質だったよな?」
「ああ。それも思った。」
「あれは絶対今でもドラムやってるな。」
「ドラム?」
「ああ。あれはドラマーの筋肉の付き方だ。」
「そうなのか?」
「ああ。絶対だ。じゃ、俺帰るわ。練習頑張れよ。お疲れ。」
「お疲れ。」
今日からのブラーでのバンド練習は本日メンバーに入ったばかりの凛も早速参加する事になった。拓也は相川が帰った後、持って来ていたペットボトルの飲み物を飲んでゆっくりしてから下に降りた。
ブラーの扉を開けるとステージの上で真希が間宮からギターを教わっていた。
既に龍司と春人と凛の姿もあって3人は店の真ん中でステージの方を見つめている。
「3人ともどうしてそんなとこで立ち止まってるんだ?」
拓也が3人に声を掛けた所で拓也は真希と間宮のギターの音だけではなく、そこにドラムの音が混じっている事にやっと気が付いた。
(死角になっていて見えなかったけど誰かがドラムを叩いている…)
拓也は龍司達の側まで行きステージを見るとさっき客としていた長髪の男が髪を括ってドラムを叩いていた。
(あの人、念が言った通り本当にドラムをやってる人だったんだ)
龍司は拓也の顔を見て聞いた。
「誰だよあのおっさん?」
「さ、さあ?さっきまでお客さんとして来てたけど詳しくは…」
「めちゃくちゃドラム上手くないか?」
と今日は丸眼鏡を掛けている春人が驚きながら言った。
「とっても楽しそう。あの人、間宮さんと久しぶりに演奏をして本当に楽しそう。」
凛がそう言ったので拓也は驚いて凛に聞いた。
「久しぶりに?トオルさんと過去に演奏した事があるって事か?」
「詳しくはわからないですけど久しぶりの演奏をあの方は楽しんでますよ。」
「まさか…まさか…」
「なんだよタク?何がまさかなんだよ?」
「あの人…俺が見た写真の面影は全くないけど…まさか…」
拓也が驚いているとステージで演奏する音が止まり間宮が立ち上がって拓也達に言った。
「紹介する。元サザンクロスのドラム奥田海だ。」
拓也は震える声で叫んだ。
「やっぱりだぁーー!」
*
「良い機会だ。龍司。奥田にドラム教えてもらえ。今でも第一線で活躍してるミュージシャンに教われる機会なんてめったにないぞ。」
間宮の第一線という言葉に神崎龍司は首を捻った。
「第一線ってもう音楽業界から退いてて何年経ってんだよ。」
「わっはっはっはっ。威勢が良いガキだなぁ。いいからこっち来いよ。」
龍司は言われるがままステージに上った。
真希は間宮にギターを教わり龍司は奥田からドラムを教わる時間が1時間続いた。その間、拓也と春人は二人で練習をしていて凛はカウンターに座り作曲活動をしていた。
奥田は話し方だけではなく仕草まで全てが豪快だったがドラムを叩く音は繊細だった。
しかし、教え方が偉そうで龍司にはそれが気に食わなかった。
「なあ。あんたサザンクロス解散後もどっかでドラム続けてたのかよ?」
「どうしてそう思う?」
「ブランクがある様には感じねぇ。」
「そうか。お前は力任せにドラムを叩いているだけだな。」
「なにっ!」
「お前は感情に揺さぶられ過ぎだ。これからみっちり俺がドラムってやつを教えてやる。」
「なんだよおっさん。今日だけで俺にドラムをみっちり教える事が出来るのかよ?」
「バカ言ってんじゃねーよっ!俺の言う指示通りに叩かねぇお前が今日だけで済むはずがねぇだろっ!」
「じゃ、俺の為に毎週教えに来るか?」
「はあ?バカかぁ?俺は忙しいんだよ。月一だ。」
「月一で教えに来てくれるんですか!?そ、それ本当ですか!?」
真希が練習の手を止め驚いた表情を向けて奥田に言った。龍司は、
「どーせ暇なんだろうから毎週来いよな。」
と言うと奥田は豪快に笑った。真希が龍司に、失礼な言葉を使わないで。と言った後、間宮と奥田の二人に、やっぱりコイツ礼儀がなってないから本当の事を伝えてから教えないと。と言った。間宮が頷くと真希は龍司の元へやって来て言った。その様子を拓也達は遠目で見ていたしステージから凛の様子は死角となっていて見えないが凛には充分聞こえている距離だろう。
「奥田さんは今も現役の一流ミュージシャンよ。」
「はぁ?一流だぁ?サザンクロス解散後落ちぶれたんじゃねーのかよ?現役のミュージシャンだったらテレビで見てもおかしくねーのに俺は一度もこのおっさんをテレビで見た事ねーぞ。ちなみに奥田海って名前すら見た事ねぇ。」
「でしょうねっ!私もさっき聞くまで知らなかったから。」
「だろ?」
「でも奥田さんの顔や名前が出ないのには理由がある。奥田さんの今のバンド名はスーパーゴリラよ。」
「スーパーゴリラ!?なんだよその変な名……ん?スーパーゴリラ……どこかで……どこかで聞いた事があるような…」
龍司がどこかで聞いた事がある名前を思い出そうとしている間に拓也が「す、す、すすすすす…スぅーパぁーゴリラぁ〜〜!!」と大声で叫びその場に倒れ込んだ。
「なんだよタク。そんなに驚いてどうしたんだよ。」
「まさか龍司知らないのか?」
そう言って春人が奥田がいるというスーパーゴリラのバンドの説明を始めた。
スーパーゴリラというバンドはバーチャルバンドで映像のキャラクター達が演奏をするバンドだが実際にちゃんと人が演奏していてそれに映像を加えている。以前からそのバーチャルバンドの演奏をしているのは有名なアーティストではないかと噂されていたが演奏者の名前は一切公開されておらず、あくまでも映像の中のキャラクター達が演奏して歌っているという設定だ。
ライブ等も行われており、そのライブでは映像の中のキャラクターが歌っている姿がスクリーンに映し出されるらしいが同時に人のシルエットだけが映し出され顔は黒い影でしか判断出来ないが実際にその場で生バンドが演奏をしているらしい。
拓也が興奮しながら、元サザンクロスの奥田さんが今は名前を隠してバーチャルバンドのスーパーゴリラのメンバーだったなんて。と驚いていた。
「これは元サザンクロスのメンバーでもトオルと相沢しか知らない事だ。」
「黒崎さんも知らないんすか?」
「沙耶や吉田は今でも俺が落ちぶれた生活をしているものだと思ってるだろうよ。」
「で、おっさんはトオルさんに頼まれたから俺のドラムを教えに来てくれたのか?」
「ちょっと龍司失礼でしょ!」
「いい。いい。若者はこれくらいじゃねーとな。」
奥田がそう言うと真希は小さな声で、すみません。と謝っていた。
「神崎龍司っつー良いドラマーがいて技術はあるんだが力任せなところがあるから一度みてやってほしいってトオルに頼まれた。」
「一度?なのに毎月教えてくれる気になった理由は?」
「さっき決めただけだ。」
「だからどうしてだよ?」
「どうしてってお前。せっかくドラム上手いのに誰にも教わらなかったらお前そのまま成長出来ねーだろ?それにお前のそのギラギラした目を見たら教えたくなるだろーが。お前…龍司だったか。龍司は俺に教わる気はあるか?」
「もちろんだ。」
「よし。忙しい時は無理だが出来るだけ月に一回は教えに来てやるよ。」
「ああ。頼む。」
そう言った瞬間、龍司は思いっきり真希に後頭部を殴られた。
*
真希と龍司が元サザンクロスの二人から教わるのを終えてから白石凛は真希に今まで暖めていた曲を手渡した。真希はカウンター席に座りじっと凛が書いた楽譜に目を通していた。楽譜を見つめる真希は無表情で感想すら言おうとしない。その姿を見て凛はずっと固まったまま緊張をしていた。
(なんだろうこの緊張感は…)
一言も声を発せず黙ったまま楽譜を次々と捲っていく真希の姿をただ見つめるだけの時間が数分続いた。全ての曲に目を通した真希はカウンターテーブルでコンコンと楽譜を丁寧に揃えてから凛に言った。
「この曲演奏して歌ってみて。」
真希がそう言って一番上に置いた楽譜を凛に渡した。
その曲は、最近作った虹というタイトル曲だった。凛はステージに上がり茶色いアップライトピアノの前に座った。拓也達や間宮、奥田が見つめる中、凛は目を閉じた。
(はぁ〜。緊張するなぁ。それなりにコンクールで演奏してきたけど、今はまた違った緊張感がある。それに弾く曲は私が作った曲だし…人前でピアノは弾いてきたけど、歌う事には慣れてない。このメンバーの目の前で歌うなんて…みんなめちゃくちゃ真剣な表情だし……)
凛は目を開け、上を向き、大きく息を吸ってゆっくりと息を吐いた後演奏を始めた。
凛が歌い終えると奥田が豪快に拍手をして、
「がっはっはっ!最高に可愛い曲だなぁ。声も可愛いくて透き通ってていい感じだよ。」
とこれまた豪快に言った。
「確かに奥田さんが言うように可愛い曲だけど、これは拓也が歌う様な曲調でも歌詞でもないなぁ。」
と真希が言った。凛はその言葉を聞いて、ですよねぇ。と言ったが、ボーカルである拓也は、
「それならどうしてこの曲を真希は選んだんだ?大体わかってたんだろう?」
と真希に聞いた。真希は「まあね。」と答えた後、
「拓也には合わないけど、歌わないのはもったいない曲だと思ってね。だから一応演奏を聴いてみたかった。」
「この曲は凛と真希の二人で歌えば良い。」
拓也が言うと続いて春人も、
「だね。女性陣だけが歌う曲があってもいいと俺も思う。」
と言い、龍司も、
「逆に俺達男だけで歌う曲もあってもいいしな。」
と付け加えた。
「そうね。私達では作れない曲調だしボツにするのはもったいない。この曲は私達二人で歌いましょう。」
真希がそう言ってくれたので凛は嬉しくなって笑顔で、はい。と答えた。すると龍司が、
「そうだ凛!お前いつまで敬語で俺達と話すつもりだよ?」
と聞いてきたので凛は驚いて、
「いつまでって。ずっとのつもりですけど。」
と答えた。すると真希が、
「じゃあ、今から敬語禁止ね。これはリーダー命令よ。私達バンドに年齢は関係ない。今日は凛が敬語を辞めるまで家に帰さないからね。」
と言った。凛は、「は、はあ。」と答えて真希の顔を見つめると真希は、「あ、そうだ。」と言って鞄から紫色に輝く綺麗な星形のキーホルダーを取り出し凛に差し出した。
「ようこそThe Voiceへ。」
*
拓也達が帰った後、間宮トオルと奥田はブラーに残り二人で酒を交わしていた。
「まさかトオルとサシで飲む日がやって来るとはな。」
「今までなかったか?」
「ああ。サシではなかったな。」
「そっか。すまなかった。」
「…いや、それは俺のセリフだ。今まですまなかったな。」
「……」
「トオル。お前まさかこのまま終る気じゃねーだろーな?」
「このままとは?」
「ライブハウスのオーナーのままでだよ。」
「…わからない。考えた事なかったからな。」
「あれからもう何年になる?そろそろ動き出してみねーか?」
「……」
間宮が何も答えないまま沈黙が続いた。ふと間宮は気になっていた事を奥田に聞いた。
「どうして龍司にドラムを教える気になったんだ?」
「はあ?お前が頼んで来たんだろ?」
「それはそうだが…一度きりだと思ってた。まさか月一で教えに来てくれるなんて言うとは思わなかったよ。」
「生前に…ひかりに頼まれたんだ。お前の事を頼むって。」
そう言って奥田は上方を眺めて続けた。
「いや、何気ない会話の中での言葉だったし俺も忘れてた。けど、ふとひかりの言ったその言葉を思い出してな。俺、ひかりのお願いをきいてやれなかったんだって思ってよ。そう思った時にちょうどお前から連絡をもらった。不思議だよな。まるでひかりがお前を導いて俺に昔の約束を果たせと言っている様な気がするだよ。だから俺はお前のためと言うよりひかりとの約束を果たす為にお前に力を貸してやる。」
「すまないな。助かる。」
「礼ならひかりに言ってやれ。」
「…ああ。そうだな。そうする。」
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今、想う
5月31日
今年初のライブハウスでのライブが行われた。
うん。
演奏しているみんなは凄く楽しんでた。
去年の彼らが戻って来た。
本当に良かった。
これからライブ活動を本格的にやっていくのかな?
楽しみだな。
楽しみだけど私は一体いつまで彼らを見ていられるのだろうかと不安になる。
最近、凄く疲れやすい。何をするにもすぐ疲れてしまう。
私は…いつまで彼らを…彼を見ていられるのだろう…
私は…いつまで普通の生活が出来るのだろう…
私は…いつまでこの世界にいられるのだろう…
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