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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice vol.2
37/59

Episode 3 ―凛―

(4月21日…)

「そんな…この日も俺達は会っていた?ルナで?」

俺が知らなかっただけで俺達は既に出会っていた。俺が知る前から俺の事を知っていて気にしてくれていた。男はそう思うと悔しくてたまらなかった。

(もっと出会いが早かったらって俺ずっと思ってた…大切な時間をもっと多く過ごせたのにって…今までそう思ってたんだ……なのに…俺……俺達、早くに出会ってたんじゃないかよ……)



2015年4月27日(月) 22時


間宮が帰ったのを期に真希が凛の話を始めた。神崎龍司達は真希が話し終えるまで黙って聞いていた。そして、真希の話が終ると龍司が確認の為に真希に聞いた。

「その白石って奴が真希のおふくろの弟で、そいつがロリコンで本当は凛目当てで凛のおふくろと結婚したんじゃないかって真希は疑ってるって事だよな?」

真希はこくりと頷いた。

「そんなバカな話があるか?凛目当てでその親と結婚するなんて…」

「もちろん最初は凛のお母さんの事が好きで付き合い出したと思う。…ううん。そうだったんだと思いたい。だけど、凛のお母さんに娘がいたって事は情報として知っていたはず。母親も娘も自分のものにしたいってあいつが考えてもおかしくはない。あいつは自分の姉の娘の私にまでそういう目で見ていた奴なんだから。ロリコンで変態だから娘がいる女性を狙っていた可能性は大だと思う。」

「でもよぉ。真希の事をそういう目で見てた時って真希が小学生とか中学生の頃だろ?ロリコンつっても凛はもう高校生だぞ?」

「凛ちゃんは私達から見ても童顔で幼く見えるよ。」

みなみが龍司に強くそう言った。

「けどよぉ。凛が助けてくれって言ってこなきゃ俺らには何にもできねぇしなぁ…結衣は何か凛から聞いてたのか?」

「…なにも…でも、なんとなくだけど再婚相手の人の事を凛はあまり好きじゃないんだろうなって思ってた。けど…お母さんと会話がなくなってるなんて知らなかった…でも…変だなぁ…」

「何が変なんだよ?」

「結衣が中学の時に凛のおばさんと何度か顔を合わせたけどすっごく話し掛けて来てくれたよ。」

龍司は腕を組みながら「外っつらが良いのかもな。」と言った。

丸眼鏡のズレを直しながら春人が言った。

「それはあるね。でも結衣ちゃんにも相談してなかった事を凛が俺達に話してくる事なんてないだろうな。」

「直接俺らが聞いたところで凛が何かを答えるとも思えねぇ。」

龍司がそう言うと拓也は「じゃあ、どうすれば…」とみなみを見た。みなみはわからないと首を振るだけだった。

「よしっ!じゃ、手っ取り早く凛が今住んでるマンションに乗り込むかっ!」

「龍司。乗り込んでどうすんのよ?」

「その変態ロリコン野郎に直接聞くんだよ。お前は凛をどうしようと思ってんだって。」

「バカがっ!そんな事直接聞いてあいつが正直に答えると思う?」

「凛が住んでるあのマンションは俺の家から近いから聞いた事があるんだけど、あの高級タワーマンションはセキュリティが高いらしい。勢いよくあのマンションに入ってもエントランスから先は入れそうもない。それにエントランスには24時間警備員が常駐しているみたいだしね。」

「んじゃ、今度凛の家に遊びに行くか。」

「遊びに行く…あんた…ホントにたまに良い事言うわね。そうしましょう。」

「ヒメ?本気?」

「本気よ。」

「ヒメが行くのはやめといた方が良いだろうな。」

「どうしてよ?」

「白石が警戒する。」

「あ、そっか。久しぶりに龍司が良い事言ったと思ったんだけど、所詮は龍司ね。」

「なんだよっ!真希だって良い作戦だと思ったくせにっ!」

「うっさい!」

「ヒメ以外のメンバーで凛の家に遊びに行って白石の様子を見に行くっていうのでどうだろう?」

「お、おぉー!そうしようぜ。じゃ、明日早速凛の家に行っていいか聞いてみるわ。学校帰りに寄るとして高校が違うハルとみなみはどうする?」

「俺は帰り道に通る場所だから行くよ。」

「私も行く。絶対白石が凛を狙っている証拠を見つけ出す!」

「でも、みなみ。今回はあくまでも様子を見るだけだ。白石と凛と凛のお母さんの関係を悪化させたくないしね。」

「わかってるよ。春人君。でも、出来る事なら証拠を見つけ出して凛を助けてあげたい。」

拓也はその言葉に「俺も。」と言った。すると雪乃が「みんな。ありがとね。」と改まって言った。春人達が雪乃の方を見ると雪乃は少し泣いていた。

「凛ちゃんホントは家庭の事知られたくないんだと思う。だけど、隠して何もしなかったら凛があぶないと思うの。」

真希は雪乃に、わかってるよ。と優しく言った。

「ありがとう、みんな。それから凛ちゃんはみんなとバンド活動がしたいと思ってると思うの。」

「え?」と真希が声を出した。春人もその根拠のない雪乃の言葉を聞いて驚いた。

「雪乃?凛が俺達と一緒にバンド活動をしたいって言ってたのか?」

春人の言葉に雪乃は、ううん。と首を振った。

「私、わかるの。だって凛が作る曲は全部拓也君が歌う姿を想像して作詞してる。龍司君や春人君や真希ちゃんが演奏する事を想像して作曲してる。凛ちゃん自身それに気付いてないのかもしれないけど、だけど、凛はみんなとバンドがしたいって思ってるよ。ずっと私の後継者は凛ちゃんだって思ってた。だから、みんなが良かったらなんだけど凛を6人目のメンバーに入れてあげて欲しい。」

雪乃はそのまま前に転げ落ちるんじゃないかと思う程頭を下げた。

「タク?どうなんだよ。」と龍司が拓也に聞いた。拓也は「お、俺?」と龍司に聞き返していた。

「お前が良いと思った俺達がこのバンドに入った。メンバーを決めるのはリーダーの真希でも俺達でもねぇ。タクの役目だ。」

「そうね。拓也が凛を誘いたいって思うなら私達は凛を仲間に入れたいわ。」

真希がそう言うので春人は、

「だけど、タクがこのまま4人でって言うなら凛を誘うのはよそう。」

と言った。拓也は少し悩んでから告げた。

「俺達のピアニストは雪乃だ。新たなピアニストを迎え入れる気はないよ。」

拓也が意外な答えを出した事に戸惑いながらも春人は拓也の意見に従う事にした。真希も龍司も新たなメンバーを迎え入れない事に納得をしていたが雪乃だけは違った。

「なに言ってんの拓也君?本気で言ってんの!?」

「ああ。ごめん。雪乃。俺はやっぱりピアニストは雪乃以外考えられない。」

「じゃあ、凛ちゃんがピアニストじゃなかったら新メンバーにいれてくれるのよねっ!?」

雪乃の言葉に戸惑いながらも拓也は「う、うん。そうなるね。」と答えていた。

「良かった。じゃあ、凛ちゃんの事よろしくね。」

「ゆ、雪乃?どういう事?」

と真希が聞くと雪乃は、

「凛ちゃんはピアニストじゃなくてシンセサイザーもしくはDJだからだよ。」

と言った。拓也が「凛はピアニストだろ?」と言うと雪乃は「そうだけどそうじゃない。」と答えた。

「凛ちゃんがバンドに入ったとしても担当はDJだよ。ピアニストじゃなかったら拓也君凛ちゃんをメンバーに誘うよね?どうするの?」

「え、あ、ああ…その…DJって何をするの?俺らのバンドに必要?」

「DJは拓也君達4人のボーカル、ギター、ベース、ドラムの音以外全部を担当出来るし、凛はシンセサイザーも使いこなせる。バンドに厚みが出るよ。しかもピアノの腕も耳の良さも私以上。これ程凄い人をみすみす逃す気?」

拓也が黙っていると龍司が拓也に言った。

「俺達のピアニストは雪乃だ。でもそれ意外の楽器なら迷う必要ねぇだろ?」

拓也は、「そっか。そうだよな。」と答えてから雪乃に告げた。

「雪乃。凛を新メンバーに迎え入れたいと思う。」

雪乃は笑顔になって「うん。」と答えた。

「俺達は凛を迎え入れる準備だけしとこう。あとは凛次第だな。」

と龍司が言い、春人は確認の為に雪乃に、

「だけど、凛をメンバーに誘うのは凛の問題を解決出来たらの話だ。それで良いよな?」

と雪乃に聞くと雪乃は、「うん!もちろん!凛の事よろしくね。」と答えた。その会話を聞き終えてから真希は腕時計で時間を確認して、

「とりあえず明日はあんた達に任せるわ。何かあれば連絡して。」

と春人達に言った。春人達は真希に頷いて答えた。

「じゃあ、帰ろっか。随分と遅くまでいちゃったしね。面会時間を2時間もオーバーしちゃった。」

雪乃は楽しそうに笑って言った。

「時間は心配しなくても大丈夫だよ。春人君がいるし。ね?」

春人はそんな権限は自分にないと思いつつ雪乃の言葉を笑顔で返した。



2015年4月28日(火)


昼休み。いつもの様に姫川真希とみなみが教室で昼食をとっていると2人のスマホが同時に鳴った。

「グループLINEだね。」

「凛の家に遊びに行ける事になったのかな?」

2人のスマホが同時に鳴るという事は真希達バンドメンバーとみなみ、結衣、雪乃を含めたグループLINEなのだと2人とも瞬時に悟っていた。LINEは龍司からのものだった。

-凛の家に行く計画は失敗した-

龍司のLINEを読んだ真希とみなみは同時に顔を見合わせた。

「失敗?」

「凛のマンションには遊びに行けないって事だよね?」

また2人のスマホが同時に鳴った。次は結衣からのLINEだった。

-龍ちゃんは上手く凛と遊ぶ感じに話をもっていってくれたんだけど、やっぱり人が多いと家に入ってもらいたくないみたい…-

「少人数なら遊びに行けたのかな?」

みなみが真希にそう質問したのが西高にいる拓也に伝わったのか続けて拓也がLINEを送ってきた。

-だから、なんとか結衣ちゃんだけが凛のマンションに入れる事になった-

それはいつ?と真希がLINEを送ると結衣が、今日でぇーす。と返信をしてきた。

今日か。と真希は呟いてから、結衣頼んだよ。とLINEを送った。

結衣から、任せて!と返信がきた数秒後に龍司から、俺とタクも今日凛のマンションの近くで待機しておくから心配すんな。とLINEが届いた。

「真希、私達はどうする?」

「今、雪乃は携帯を見たくても見れなくてこのLINEの内容が気になってると思う。だから私は病院へ向かうよ。みなみはバイトだよね?」

みなみが真希に、うん。と答えると真希は、みなみはバイト。私は雪乃と一緒にあんた達の連絡を待つ事にする。とLINEを送った。

しばらくして春人も拓也達と合流する事を告げてきたのでそのLINEを確認して真希とみなみはスマホを鞄に片付けた。


     *


「なんか…緊張するね。」

咲坂結衣が高級タワーマンションのだだっ広いエントランスを抜けてまわりをキョロキョロ見渡しながら告げると凛は「そうだね。私も最初はそうだった。」と答えながら前を歩いてる。2人がエレベーターに乗り込むと凛は行き先階を指定しながらカードをかざしていた。

「ねぇ?もしかしてエレベーターに乗るのもそのカードが必要なの?」

「うん。ここセキュリティが凄いんだ。」

「へ、へぇ〜。す、すっごいねぇ。」

凛はエレベーター内の階数ランプを見上げながら答えた。

「面倒なだけだよ。」

結衣も今何階まで上っているのか気になって階数ランプを見上げながら言った。

「なんか急にマンション入ってみたいなんて言ってゴメンね。」

「どうして結衣が謝るのよ。最初にこのマンションに入ってみたいって言ったの神崎さんだよ?」

「あ、うん。それはそうなんだけど…」

「みんながここへ来たがって私が困っていたのがわかったから結衣ちゃんはみんなを代表してここへ来てどんな感じのマンションなのか伝えれくれる役目を申し出てくれたんでしょ?」

「そ、そうなんだよね。龍ちゃん一度言い出したら聞かないところあるから困っちゃうよ。結衣がここに入らない限り納得しそうになかったし…」

(ごめんっ!凛っ!結衣も龍ちゃん達とグルなのっ!)

「感謝してるよ。」

(それを言われると辛い…)

25階の2502号室の前に着いた時、凛が、ここ。と言って鍵を開けた。

「なんか凛の家に来るのって久々だよね。」

「前に来た時はおんぼろアパートだったっけ?」

結衣が、うん。と答えていいものなのかどうかと悩んでいると凛はドアを開け、さあ入って。と言った。

「あ、じゃ、お邪魔しまぁ〜す。今日おじさんとおばさんは?」

「いないよ。お母さんはいつもこの時間は買い物に行ってる。」

凛は白石の事は何も言わなかったが、まだ誰帰宅していない事がなんとなくわかった。しかし、結衣が想像していた以上に部屋数が多く本当に誰もいないのかどうかはまだ判断は出来ない。

凛は一つの扉を開けて、ここが私の部屋。と言って結衣を招き入れてくれた。

「ここで待ってて。私飲み物持って来るから。」

「ああ。いいよ。そんなの。」

結衣はそう言ったが凛は部屋を出て行った。一人になった結衣は凛の今の部屋を見渡した。置かれている物はベッドと机くらいであとはクローゼットがあるくらいだった。

(殺風景だなぁ…前のアパートは物で溢れ返っててお世辞にも綺麗な部屋だったとは言えなかったけど…ここは綺麗すぎる。まだ引っ越してそんなに時間が経ってないからかなぁ…)

凛が飲み物を持って来て結衣と凛は暫く他愛もない会話を続けていた。

「あ、お母さんが帰って来た。」

と急に凛は告げた。結衣はびっくりして、え?と声に出していた。

「ああ、ドアを開ける音がしたから。」

「へぇ。結衣ぜっんぜん聞こえなかったよ。そうだ!おばさんに会うのも久しぶりだから挨拶しておこうかな?」

結衣がそう言うと凛は悲しそうな顔をしながら首を横に振った。

「いいよ。今、喧嘩してて口利いてないから。」

(喧嘩?ウソだ。真希さんが言っていた通りなんだ…でも、変だなぁ。真希さんの話では結衣とおばさんは凛が中学の頃から凛を無視する様になって会話が減っていたと言っていた。でも、結衣が凛の家に遊びに行った時、おばさんはよく話し掛けて来てくれたし凛を無視しているようには見えなかったんだけど…)

「おじさんとは…どういう感じなの?」

結衣の質問に凛は首を振るだけで何も答えなかった。暫く沈黙が続いた時、部屋をノックする音が聞こえた。

「凛?お友達が来てるの?」

凛の母、朱里の声だった。結衣は驚いて凛の顔を見た。凛も声を掛けられて驚いている様子だった。

「あ、うん。結衣ちゃんが来てる。」

凛がそう言うと、入るね。と言って朱里が部屋のドアを開けた。

「あ、お邪魔してます。お久しぶりです。」

「あらまぁ。結衣ちゃん。ホント久しぶりね。暫く見ない間に大人っぽくなっちゃって。そうだ。今晩ご飯食べて行く?今日はすき焼きなのよ。」

(やっぱり真希さんが言っていた話とは随分と違う…凛とおばさんが会話をしていない様には見えないよ…だけど真希さんは凛から直接聞いた話なわけだし凛は今確実に動揺している。ちゃんとした確かめるには丁度いい機会なのかも…)

「えぇ〜どうしよっかなぁ。すき焼きかぁ〜。いいなぁ〜。夜ご飯頂いちゃおうかなぁ。」

「是非是非。結衣ちゃんに私の再婚相手も紹介しないと、だし。それにお肉多く買い過ぎちゃったのよねぇ。」

凛は驚きの表情を浮かべて朱里を見つめている。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいまぁす。」

「そうこなくっちゃ。じゃあ、辰己さんが帰って来てから一緒に食べましょう。その間ちょっと待っててね。」

朱里は結衣と話している間終始笑顔を絶やさなかった。しかし、部屋のドアを閉めるほんの一瞬、朱里が正気のない冷たい表情を浮かべたのを結衣は見逃さなかった。


     *


橘拓也と龍司と春人の3人は学校が終ってから凛が住むタワーマンションの前で合流した。

心配そうに龍司が同じ場所をウロウロしながら腕時計を見て言った。

「おっせーな。結衣の奴…もう6時だぞ。」

春人はタワーマンションを見上げて言った。

「心配だね。結衣ちゃんも見た目は幼いしヒメが言うロリコンが好きそうなタイプだ。」

「くっそー。白石の顔さえわかりゃーここで取っ捕まえて吐かせるのによぉ。」

「白石を捕まえて何を吐かせるつもりだよ。」

と結衣を待ちくたびれた拓也が疲れきった声で答えると拓也達3人のスマホが鳴った。

「結衣からか?」

「そうだろうね。」

3人はそれぞれ自分のスマホを取り出した。予想した通り結衣からのLINEだった。

-連絡遅くなってゴメン。夜ご飯御馳走になることになった。おじさんが帰って来てから食べ始める予定だから遅くなりそう。今日は何も起こらないだろうし龍ちゃん達もう帰ってくれて大丈夫だよ。今日の様子は明日にでも直接話すね。春人くんと真希さんとサクラちゃんと雪乃さんには病院で話します。-

「どうする?」

拓也は龍司と春人を交互に見ながら聞いた。すると龍司は、

「タクとハルはもう帰れ。俺は一応結衣が出てくるのを待っててやるから。」

と答えた。きっと結衣は龍司一人が待っててくれた方が喜ぶだろうと拓也は思った。

「じゃあ、結衣ちゃんの事は龍司に任せよう。いいよなタク。」

春人も同じ事を考えていた事がその言葉でわかった。

「ああ。じゃ、龍司任せたぞ。」

拓也は結衣がマンションを出た時、龍司の姿を見つけて満面の笑みを浮かべて喜ぶ姿を想像しながらみなみと会う為にルナへと向かった。



2015年4月29日(水)


長谷川雪乃は皆が来る時間を待ちわびていた。

リハビリと食事の時間以外何もする事がない。いや、何もする事が出来ない。テレビを見る気にもなれず、ただじっと天井を見つめる時間。

(体が動くようになったら何をしよう…とりあえずピアノを弾きまくってあとは…うん。沢山の人に囲まれて演奏がしたい。)

想いだけを巡らせてはそれは叶う事が出来ないのだとすぐに現実に引き戻される。

(ダメだ…ここにいたらいつか自分をなくしてしまう。閉じこもっちゃう。私…きっと壊れてしまう…とりあえず楽しい事を考えなきゃ。そうだ。体が動くようになったら何をしよう……)

考える事はいつも体が動くようになったら何をしようだった。そして、また現実に引き戻される。

雪乃は考えるのをやめ天井をただ見つめた。

耳にうるさい程の静寂が雪乃を襲った。これ程までに静寂がうるさいものだと雪乃は感じた事がなかった。

「うるさい…うるさいうるさいうるさいっ!うるさいっ!」

雪乃が一人で叫んでしまった時、真希とみなみが病室に入って来た。

「どうしたの雪乃!」

「大丈夫?」

雪乃は叫んでいる姿を2人に見られた事が恥ずかしかった。手さえちゃんと動けば布団を被って顔を覆いたかったがそれすら出来ない事がもどかしかった。

「あ、う、うん…ちょっとストレス発散に叫んでただけだよ。」

出来るだけ雪乃は笑顔を見せて言ったが、どこまで笑顔になれたのかはわからない。

「そっか。あ、そうだ。ちょっと散歩しない?」

「散歩?」

「うん。この車椅子使っていいんだよね?」

「…うん。でも、私を車椅子に乗せるの大変だよ。」

「大丈夫だよ。みなみと2人でやれば。ね?」

「ありがとう。」

真希が雪乃の肩から手をまわし、みなみは雪乃の足を持ってなんとか雪乃を車椅子に乗せてくれた。そして真希が車椅子を押し、みなみが雪乃の横に並んで歩き「探検だね。」と言った。雪乃は探検という言葉に妙に嬉しくなって自然と笑顔が溢れていた。おそらくさっきの偽りの笑顔とは全く違う表情を浮かべていたのだろうと雪乃は自分でそう思った。


     *


-今、雪乃と病院を散歩してる。もう少ししたら病室に戻る。-

真希からバンドのグループLINEで送られて来たメッセージを読み神崎龍司と拓也はそれを結衣に伝え3人は病室で雪乃達が戻って来るのを待っていると春人が少し遅れてやって来た。

「あれ?雪乃は?」

「なんだよハル。LINE見てねぇのかよ?」

「LINE?」

そう言って春人はスマホを取り出して確認した。

「今日凛はお見舞いには来ないのか?」

「うん。結衣が念君と太田君と紀子にお願いして凛をルナに誘ってもらった。」

「飯塚さんは凛の事情知らないのによく引き受けてくれたね。」

「うん。あの子ルナにハマったみたいだから自分から行きたいって言ってくれたよ。」

真希と雪乃とみなみの3人が病室に戻って来て雪乃がベッドに入り一息着いた後、結衣は昨日の凛の様子を話してもいいかと全員に確認をした。龍司と拓也は学校で結衣からその話を聞く予定をしていたが結衣と凛は常に一緒にいる為まだ話を聞く事が出来ていなかった。

「昨日凛ちゃんの家に行ってまず変だなって思った事はおばさんの様子だった。一昨日に龍ちゃんが言った様に外っつらが良いって言葉がしっくりきたの。食事前、凛はおばさんと喧嘩をして口を利いてないって言ってたんだけど、おばさん凛にも結衣にもすっごく話し掛けて来た。凛はおばさんに話し掛けられる度に困った表情を浮かべてた。その凛の表情はホントに辛そうだった。普段は話し掛けても来ないのに友達が来た時だけこんなに話し掛けて来るなんてって凛は心の中で叫んでたと思う。」

「白石の様子は?」

龍司のその問いに結衣は首を横に振ってから答えた。

「凛の話ばかり。凛は普段どんな友達と一緒にいるのか?そこに男の子はいるのか?どんな会話をしているのか?凛のタイプの男性は?凛は今好きな子はいるのか?そんなことばかり結衣に聞いて来るの。おじさんの事何も聞いていなかったらそれは凛の事をもっと知る為の質問なんだって思って聞いてたのかもしれないけど…そうじゃなかったから異様に感じた。おじさんが質問して来る間おばさんも凛も下を向いて俯いてた。ううん。おばさんは俯きながら結衣を横目で睨んでた…それで夕食後はおばさん結衣と一言も話してくれなくなったし話し掛けても無視された…多分……」

結衣は言葉に詰まった。その言葉の続きを春人が結衣の代わりに代弁した。

「凛のおばさんが結衣を夕食に誘ったのは白石のターゲットを凛から結衣に変えさせたかった。でも、それが出来なかったから結衣に憎悪を膨らませた。」

「…多分そうだと思う。ううん。間違いない。そうだと思う。」

「でもよぉ。結衣が来てる事を知ってとっさにそう考えたんだとしても凛から結衣にターゲットが変わったところで意味ねぇよな?ただターゲットが変わるだけで凛のおばさんの事を白石は好きじゃないままだ。」

「私、わかるな。」

と雪乃が言ったので全員が雪乃の顔を見つめた。真希が「何がわかるの?」と聞くと雪乃は「凛のおばさんの気持ち。」と答え不自由な腕を動かしながら雪乃は言った。

「おばさんの白石に対する愛情はどこかのタイミングでねじれちゃったんだよ。それで娘に白石を取られるより他人に取られた方がまだマシだって思い始めていたところに結衣ちゃんが都合良く現れたんだよ。」

「白石へのねじれた愛情…」と真希が呟きみなみが「白石は凛への歪んだ愛情…」と呟いた。

「そうであるのなら…白石も凛のお母さんも普通じゃない。凛は白石だけじゃなく母親からも離れた方がよさそうだ。」

拓也のその言葉に皆が頷いた。



2015年5月1日(日) 22時


姫川真希はバンド練習をする為ブラーに向かいながら凛の事を考えていた。

皆が凛を助けたいと思う一方で凛が何も相談をして来ない以上動けるわけもなく真希達はどう打開していけばいいのかわからなかった。


『私は凛を助けたいと思っている。だけど助けたいと思っても凛自身が相談をしてくれない限り動きようがないの。私に相談しにくいんなら結衣に相談してみてもいいと思う。』

今日の昼真希はルナに凛を呼び出し凛にそう告げたが凛の答えは、

『もうお母さんとも仲直りしたし白石さんとも上手くやっていけそうになってきました。』

という言葉だった。その後、バイトに入った結衣に凛が言った言葉を伝えると、

『どうして嘘つくんだろう?そんなはずないのに!仲直りなんか出来てるわけないのに!どうして結衣には相談してくれないんだろう?』

と悲しそうに言っていた。


練習時間の1時間前にブラーに着くと店内にはお客さん数名と間宮がいるだけでライブは行っていなかった。その数名のお客さんも真希が店に入ると一人また一人と店を出て行った。

今日は珍しくライブが入っていないと拓也から聞いていたのでお客さんがいつもより少ないだろうと踏んで真希は練習時間より1時間早くブラーへやって来ていた。

ブラーでライブがない為、拓也と相川は今日バイトは休みとなっている事も真希が早くブラーに訪れた理由の一つだ。

客が真希一人となり真希に飲み物を差し出すと間宮は暇そうにグラスを磨き始めた。真希はカウンターの席に座り真ん前から間宮をじっと見つめた。ずっと真希に見つめられているのが耐えきれなくなったのか間宮は真希に、何だよ?と言った。

「トオルさんさ……」

「……」

「………」

「…………なんだよっ!言えよっ!」

「私にギター教えてくんない?」

「…マジ?」

「マジ。」

「…………俺の事師匠と呼ぶか?」

「呼ばれたいなら呼ぶわ。」

「呼ばれたくはねぇな。雪乃じゃあるまいし。」

そう言って間宮は笑ったが真希は一切笑わなかった。その様子を見た間宮は冷静にゆっくりとグラスを置いた。そして、あからさまに動揺した。

「えっ?マジなの?本気で言ってたわけ?マジ?俺がギター教えんの?冗談だろ?」

「冗談で言うと思う?」

「ゴメン。思っちまった。」

「で?答えは?」

間宮は黙り込んで腕を組み顔を傾けた。迷っているとわかりやすいその格好に真希は笑いそうになったが表情は崩さなかった。間宮は頭を激しく掻いた。

「俺がギターを教える…?俺ギターを人に教えた事なんてないぞ。素人の拓也なら教えてもいいかなって思った事はあったけど真希を?Queenである真希を?」

「そう。教えてくれないかな?私、今のままじゃダメなんだ。もっと上手くなりたい。」

「真希の夢は世界一のギタリストになる事なんだよな?」

「そうよ。トオルさんにギターを教わればその夢にも近づける。」

「……そうか。なら聞くけどさ。世界一のギタリストだって誰が決めるんだ?」

「え?」

「世界の半分以上の人がこの人のギターが上手いと言っても残りの人達は認めてくれていない。なら世界一のギタリストだと自分で言うのか?」

「……」

「真希の夢はでかくていい。だけど、答えが出ない夢だ。」

「…そうだね。それはわかってるの。だけど私は世界一のギタリストになりたい。」

「真希。お前のギターには俺にはないものがある。お前は唯一無二の存在だよ。だから俺に教わらなくったって充分だよ。」

「唯一無二の存在?人間なんてみんなそうでしょ?トオルさんは一体何に恐れてるの?」

間宮は返答に困っていた。その姿を見て真希は囁くように言った。

「トオルさん逃げないで。」


     *


「トオルさん逃げないで。」

『トオル。逃げないで。』

真希のその言葉と同時に昔ひかりから言われた言葉が間宮トオルに聞こえた。

間宮は驚いた表情で真希を見つめた。真希はどうして間宮が驚いているのかわからず間宮同様真希もまた驚いた表情を浮かべている。

『私の夢は叶わなかったけどトオルの夢は叶うよ。だから、逃げないで。』

ひかりに言われた言葉が脳裏に浮かび間宮は首を大きく振った。真希は驚いた表情を更に驚かせて「トオルさん?」と言った。

「あ。ああ…すまない。ギターを教える、か…だが…そうだな。もし、真希。お前が有名になったら…いや、もうお前はQueenとして有名なんだが…とにかく真希が有名になっても俺にギターを教わった事は言わないと約束出来るか?」

「どうして?」

「俺の名前を出せばお前に迷惑が掛かる事になるからだ。それが約束出来るならギターを教えてやる。」

「約束するわ。だけど…」

真希の会話を最後まで聞く事なく間宮はステージに向かいながら言った。

「なら決定だ。早速始めるぞ。ステージに上がれ。」

「ちょっ。ちょっと。どうしてトオルさんの名前を出せば私に迷惑が?」

ステージに向かう足を止め間宮は真希を振り返らずに告げた。

「俺の事を許していない人物が沢山いるからだ。」

「それはどういう?」

間宮はステージに歩き出し尚も振り返らずに告げた。

「まだ拓也達が来るまで時間がある。少しひかりの事を話そう。」

(この先、真希達が有名になればなるほど俺の名前が出ると真希達の足を引っ張る事になる。真希が俺の弟子になるのなら話しておく必要がある。)


     *


午後11時。橘拓也がブラーの店の前に到着すると龍司と春人の2人が丁度入口のドアを開けるところだった。拓也は2人に声を掛け3人一緒に店内に入った。

「え?」

拓也は驚いて声を出した。ステージ上では今間宮と真希の2人がギターを持って何かを話していた。

「どういう事だ?」

春人が拓也に聞いてきたが拓也は、さあ?と首を捻ってから龍司を見た。龍司も首を捻っている。

3人がステージに近づいて行くと間宮と真希の会話がはっきりと聞こえて来る。その話の内容を聞いて拓也達は真希が間宮からギターを教わっているのだとわかった。不思議そうに拓也達3人がステージの前で2人を見上げていると真希は「今日からトオルさんにギターを教わる事にしたの」と言った。間宮は「イッシッシッ。とうとう俺も雪乃のように弟子を持ってしまった」と笑顔を見せて言った。「ほう。」と春人は声に出し龍司は「お、おぉ?」と言った。拓也は何か言葉に出す事はしなかったが笑顔で2人の様子を見つめた。



2015年5月31日(日)


The Voiceの今年初となるブラーでのライブが始まろうとしていた。柴校の茶色い制服を着たまま結城春人は楽屋で黒縁眼鏡を拭いてから眼鏡をテーブルに置いた。今日、丸眼鏡ではなく黒縁眼鏡を掛けている理由は特にない。気分で眼鏡を変えているだけだ。しかし、制服を着ているのには理由がある。前日に龍司が衣装はどうするのかと真希に尋ねた時、真希が制服でやろうと言ったからだ。「今年で制服ともお別れだからな。」と龍司が言うのを聞いて真希は「ちゃんと卒業出来たらね。」と言っていた。春人は龍司が言った今年で制服ともお別れという言葉と真希が言った卒業という言葉を聞いて少し寂しくなった。そして、制服姿でライブをする事に賛成した。もちろん拓也も賛成していた。そして、路上ライブも制服の姿のまま行う事に決めた。

春人は両手を組み目をつむりライブ開始時間が来るのを待った。

今月は充分すぎる程練習をしたがライブハウスでの演奏自体が今年初な上に雪乃がいないライブで春人は緊張と不安で一杯だった。拓也は昨日の段階から顔が白く今は足を振るわせている。

(タクは相当緊張しているようだが大丈夫だろうか?)

相川がドアをノックしてそろそろ始めてくれと言ったので春人は目を開き眼鏡を掛けた。そして春人達4人は一斉に立ち上がり円陣を組んだ。西高の紺色の学ランを着た拓也と学ランを脱ぎ水色のカッターシャツの上に紺色のカーディガンを着た龍司、深緑色の栄女のブレザーとチェックのロングスカート姿の真希。そして、柴校の茶色のブレザーを着た春人。4人は円陣を組み春人達はいつもの様に龍司を見つめた。龍司は3人の顔を見渡してから頷いた。

「はじめ…」

龍司が、始めよう。と言い終わる前に真希が「ちょっと待って。」と言って円陣を解いた。

「なんだよ真希?」

「龍司。その掛け声やめてくんないかな。やる気出ないのよね。ずっと路上ライブを見てくれているみなみが私達が楽しんでいる風には見えないって言ってた。きっと聴いてくれている人みんなに私達自身楽しんでいないのが伝わっていたんだよ。雪乃も今日のライブ凄く見に来たがってた。久しぶりの私達のライブ楽しいんだろうなって。だから私達が楽しまないと聴きに来てくれている人達も楽しめない。掛け声は今まで通りのでお願い。」

「お、おお。そうか。そうだよな。俺達が楽しまねーとライブする意味ねーもんな。よし。もっかい円陣組むぞ!」

3人は、おー!と声を出して円陣を組んだが拓也の声は小さく震えていた。

「タク。大丈夫か?」

春人が拓也の青白くなった顔を見て聞いた。

「…あ、ああ。大丈夫。雪乃から教えてもらった魔法の言葉も唱えるから。」

「そっか。なら安心だ。」

「それじゃあ、龍司。お願い。」

「よし!じゃあ、お前ら。」

龍司は3人の顔を見渡した。3人はじっと龍司を見つめた。

「楽しもう!」

「おー!」

「おー!」

「おー!」

春人は眼鏡バンドの調整をし、真希は靴と靴下を脱ぎ雑に投げ捨て、龍司は気合いを入れる為に顔をパンパンと叩き、拓也は「俺なら出来る!俺なら出来る!」と魔法の言葉を唱え楽屋を出た。


     *


客席には佐倉みなみと結衣、太田、飯塚、楓、そして、久しぶりに会う五十嵐がいる。

みなみの知らない人達も数名いるが去年雪乃がバンドにいた頃のような満席ではない。おそらく拓也達も客席がまばらなのは予想してステージに立っている。

拓也達The Voiceの演奏は自信に満ち溢れていて何より4人が楽しんでいるのがわかった。

「今日はみんな生き生きしてるね。」

と結衣がみなみの耳元で囁いた。

「うん。やっぱりこうでなくっちゃね。」

みなみはそう答えた後、そう言えば今日凛ちゃんは?と結衣に聞くと結衣は、

「今日は雪乃さんと長くいたいからライブ行くのはやめとくって。」

と答えた。みなみは、そう。と答えて拓也達が演奏する姿を見つめた。

(凛ちゃん。大丈夫かな?私達には本当に何も出来ないのかなぁ…)


     *


「The Voiceのライブ本当は見たかったんじゃないの?」

車椅子に座りながら屋上で景色を眺めていた雪乃が白石凛の顔を見上げて言った。

「別にいいんです。それより師匠。真希さんから私の事何か聞きました?」

凛は屋上の景色を見ながら雪乃にそう聞いた。

「えっ!?な、なんにも、き、聞いてなななな…ないよ。」

「橘さんも神崎さんも結城さんもみなみさんもみんな知ってるんですね?結衣ももちろん知っててそれで探りを入れる為に前にマンション来たんですね?」

「えっ!い、いやぁ〜。そ、そそそそそれはど、どどどど…どうかなぁ?」

「別に隠さなくてもいいんですよ。聞いているなら聞いているで。」

「そ、そう?」

凛は雪乃の方を向いて「やっぱり。」と言った。雪乃は焦った様子で「あっ!引っ掛けたな!」と言った。凛は俯きながら微笑んで言った。

「あの人達すっごくしつこいんです。毎日会う度にみんな私の家庭の事聞いてくるんです。」

「家庭の事、凛は知られたくないよね。不快な思いをさせたのならみんなを代表して私が謝る。私みんなに凛ちゃんを助けてってお願いしたの。みんな凛の事を心配しているんだよ。みんな凛を助けたいと思っているんだよ。」

「はい。わかってます。私、それが嬉しくって…」

「でも相談できない?」

「はい。」

「どうして?」

凛は俯きながら首を傾げた。

「白石が凛目的でお母さんと結婚したって認めたくない?」

凛は静かに頷いてから言った。

「だってまだそんな証拠ないから…」

「おかしいと思う行動はあったでしょ。」

「でも……私の気のせいかも…」

「結衣ちゃんも白石の異常さを感じ取ってたよ。気のせいなわけないよ。」

「もし、私目的であいつが結婚した事が本当ならお母さんが可哀想だよ。」

「…凛。」

凛は首を振ってから言った。

「きっとお母さんもその事に気付いてる。だけど気付かないフリをしてるんだと思う。本当の事を知るのが恐いから…だから、このままでお母さんが幸せなら…このままの生活を続けたい。」

「凛っ!ダメだよ!それはダメ!このままじゃ凛もおばさんも幸せなわけないっ!それに白石と一緒にいると凛あなたが一番危険なんだよ!」

「…私は…大丈夫ですよ。」

「大丈夫じゃない。大丈夫なわけがないよ。児童相談所に連絡をした方が…」

「ダメ!お母さんに迷惑を掛けたくないの!」

「……でも凛のお母さんは…」

「本来のお母さんは本当に優しいの。今は少し変わってしまったけど…だけど、すぐに元に戻ってくれるの!私…お母さんの事が大好きなの。」

「……凛……」


     *

■■■■■


君がいる未来


☆あなたは何に怯えているの?未来は誰にもわからないのに

どうしていつもなくす事ばかり考えるの?

未来にあなたがいる想像をすべきだよ


ずっと あなたはここにいて私を笑顔にするの

ずっと 私がここにいてあなたを笑顔にするの


※LA LA Ah Ah Ah 遠くない Ah Ah 未来を想像するんだ


ずっと私達がここにいて お互いを笑顔にするのよ

拓ファルセット

☆ repeat

ずっと あなたはここにいて僕を笑顔にさせる

ずっと 僕がここにいてあなたを笑顔にさせる

※ repeat

ずっと僕達がここにいて お互いを笑顔にさせるんだよ

ずっと笑顔でいようね?

拓ファルセット

ずっと一緒にいようね?

真&拓ファルセット

ずっと 二人で生きていくんだよ Oh Oh Oh


ずっと あなたはここにいて私達を笑顔にするの

ずっと 私達がここにいてあなたを笑顔にするの

※ repeat

ずっと僕達はここにいて 一緒に笑顔でいるんだよ

Oh Oh Oh Oh Oh Oh Oh Oh Oh Oh Oh Oh

ずっと 僕達は一緒にいるんだよ


■■■■■



真希が作詞作曲した『君がいる未来』は拓也の裏声と真希の二人で歌う曲でライブの最後に演奏をした。

曲が出来た時、この曲はみなみに送る曲なのだと真希は拓也に説明をしていた。

神崎龍司も歌詞を読んでなるほどなと思った。

拓也には内緒にしているがみなみは真希によく自分が死んだ時の事をよく話すらしい。

みなみはいつも自分がいない未来を想像し拓也を心配している。

拓也がどこまでこの歌詞を理解して歌っているのかはわからないが歌い終わった後拓也の目からは一筋の涙が流れていた。


     *


看護師に手伝ってもらい長谷川雪乃は車椅子からベッドに移った。そして、看護師が病室を出て行くのを目で追ってから言った。

「しっかし今日のライブお客さん集まってないかもねぇ。みんな寂しがってるかも。」

「師匠がいた頃まではいかなくてもきっとそのうちお客さんも増える。」

「そうだね。でもバンドに凛ちゃんが入れば私は私がいた頃よりももっとお客さん増えていくと思うけどなぁ。」

「…私が?」

「うん。凛ちゃん本当はみんなと一緒にバンド活動したいってずっと前から思ってるよね?」

「…そんな事思ってません。」

「思ってるよ。凛ちゃんは思ってる。」

「思ってません!」

「思ってる。絶対思ってる!凛ちゃんは嘘ついてる。凛は私の事を気にしてるんだよね?」

「…そんなんじゃ…ないです…」

「私がバンド活動を楽しそうにしてたから余計に私の代わりに拓也君達のバンドには入れないって凛に思わせちゃったんだよね。私の事なんて気にしないでいいんだよ。そもそも私は高校を卒業すればバンドを辞めてた。それで凛に私の後継者は凛ちゃんだよって言ってたの。でも、凛にはその後継者って言葉が重くのしかかってきたんだよね?」

「…違います。」

「拓也君達はみんな私の代わりを入れようとはしてないみたい。拓也君は私以外にピアニストは考えられないって言ってくれた。」

「…なら私が入りたいって言っても無駄ですよね?」

「ううん。無駄じゃないよ。拓也君達はもう凛がバンドに入りたいって言うのなら入れるつもりでいてくれているよ。」

「…どういう事ですか?さっきピアニストは師匠以外考えられないって…」

「うん。ピアニストは私の代わりはもう必要ないみたい。だけど、凛はピアノよりシンセサイザーがやりたかったんだよね?今ならターンテーブルも使いこなせる。ピアニストとは違うよね?まあ、私よりピアノ上手かったからもったいないなぁとは思うけど。という事でDJ・シンセサイザー白石凛でバンド入ってみない?これは私の代わりじゃないよ。」

「……私、師匠がバンド活動をしてから私も師匠みたいに良い仲間を見つけてバンド活動がしたいなって思ってました。それまで夢なんてなかったけど…うん。私も夢を持った。」

「その夢ってバンドを組む事?それとも拓也君達のバンドに入る事?」

「私は…橘さん達のバンドに入りたい。だけど…バンド活動なんてしてる場合じゃない…」

「どうして?」

「お母さんと白石が二人きりになる時間を少しでも少なくしてあげないと…私がいればお母さんに直接話し掛ける事はなくても少しは白石は私を通して話掛けてくる。だけど、きっとお母さんと二人きりになればその会話すらなくなると思う。私が少しでもあの二人の間にいてあげないと。」

「今日だっておばさんと白石は二人きりだよ。凛がいなくても大丈夫だよ。」

「大丈夫じゃないっ!私がいれば白石がお母さんに話し掛けるように持って行けるのっ!今日みたいに私がいない日が続けばお母さんは悲しんで、いつか壊れてしまうのっ!」

「二人の間に凛が入ろうとすれば余計にお母さんは悲しむんじゃない?凛を通してじゃないと白石は会話をしないんでしょ?それに……」

「…それに、なに?」

「…ううん。なんでもない。」

もう凛のお母さんは壊れてしまっているよ――雪乃はそう思いながらも凛にその言葉を告げる事が恐くて出来なかった。

凛は拓也達にはバンドに入りたがっている事は絶対に言わないでと雪乃に告げ病室を出て行った。



2015年6月1日(月)


学校に向かう途中、いつも白石凛が愛用しているペンとメモ用紙を机の上に出しっ放しで鞄に入れ忘れていた事を思い出した。特に持っていなくても構わない物だったがあるのとないのとでは凛の気分は違った。凛が作詞作曲をする時は突然だ。急に頭の中に情景や物語が浮かび、その時にメモを取らないと忘れてしまう。

いつでもメモをとれるスマホを持ち歩いていた時は便利だったな。と思いながら凛は道を引き返しマンションに戻った。セキュリティが高いのは良い事だがいちいちエレベーターに乗るのにわざわざカードを出すのがこういう時は本当に面倒だった。

玄関のドアを開け自分の部屋に向かうと少しドアが開いている事に気が付いた。

(あれ?部屋のドアちゃんと閉めてなかったのかな?)

凛は耳を済ませて部屋の方から聞こえてくる音を確認した。

(音がする…何かの…引き出しを開けている音がする…)

凛は嫌な予感がして足音を立てずに部屋の前まで進んだ。

こっそりと部屋を覗くと部屋の中には白石がいてその後ろ姿を確認出来た。

ひっと声を出しそうになって凛は口元を両手で抑えた。

(どうしてあいつ私の部屋に…)

白石が凛の部屋で一体何をしているのかを確かめる為、凛はじっと白石の行動を見つめた。

(タンスの前…あの引き出しには…)

白石の行動を目の当たりにした凛は体の震えが止まらなくなった。そして、白石が振り向きそうになったのを確認して急いで部屋を覗くのをやめた。と同時に立っていられなくなりその場に座り込んでしまった。

(あいつ……)

凛は白石が今部屋の中で何をしているのかを見てしまった。

白石はタンスを開け引き出しの中から凛の下着を取り出し、鼻につけ、匂いを嗅ぎ、そして、その下着を顔に近づけほおずりをしていたのだ。

上手く呼吸が出来なくなって息が漏れる。極力音を出さないようにと凛はさっきよりも強く口を両手で押さえた。

(見つかったらマズい…早く…ここから逃げなきゃ…)

急いで外に出ようとしたが上手く体が動かなかった。凛は床を這いながら玄関へと急いだが焦っていた為這いずりする腕と床が強く当たり音が鳴ってしまった。その音に気付いて白石が部屋を出ようとする足音が凛に聞こえた。

(マズい。マズい。マズい。あいつが出てくる。ここで見つかったら何をされるかわからないっ)

派手に音を出してでも走り出さないと。と凛は思ったが上手く体が動かない。

凛の部屋のドアが開く音がした。と同時に白石の驚いた声が聞こえた。

(いる。後ろにあいつがいて私の方をきっと見ている)

凛は白石を振り向く事なくなんとか駆け出した。玄関に脱いでいた靴を両手に取り落としそうになりながらも凛は必死に走り出した。

(来ないで。来ないで。)

エレベーターは凛が使ったまま誰にも使われず25階で止まったままだった。凛はエレベーターに勢いよく飛び乗りボタンを押した。

(エレベーターが使われてなくて良かった。)

このエレベーターにはカードが必要な事を忘れボタンだけを必死に何度も押していた凛はカードが必要な事を思い出し急いでさっき鞄に入れたばかりのカードを取り出そうとしたが上手く腕が動かずカード以外の物が沢山鞄から出てしまった。凛がもたついていると白石の靴音がすぐ近くに聞こえて来る。

(急がなきゃ!急がなきゃ!)

そう思えば思う程凛の腕は震え上手く動かなかった。何とか震える手でカードを取り出しエレベーターを動かす事が出来た。エレベーターが閉まる直前に白石がエレベータのほんの少し前まで必死の形相で走って来ていた。あと少し遅かったらエレベーターのドアは開けられていた。凛はさっき見た白石の必死の形相が頭から離れず恐ろしくなって鞄から落とした物を拾う事も忘れ、ただ涙を流しながら震えていた。

エレベーターが1階に着いてドアが開くなり凛は靴も履かずに飛び出した。凛はこれまでこのマンションの非常階段を使った事がないので非常時じゃない時でも使えるものなのかどうかわからなかったが必死の形相を浮かべた白石が今階段を降りて来ているんじゃないかと想像をしていた。

マンションを出ても走り続けた凛が必死に向かっている先は結城総合病院だった。

(師匠師匠師匠。助けて。あいつが追って来る!)

凛は無我夢中で走った。そして、病院の駐車場に着いた時、走るのをやめ後ろを振り向いた。

(良かった…追って来てない…いや、ダメだ。ここで安心したらダメ。遠くで私がどこに向かうのかを見ているかもしれない。)

凛は走って来た道を見て耳を澄ませ集中をした。もしかしたら白石の足音が聞こえるかもと思ったからだった。

(色んな音が混じっててあいつの足音までは聞き取れない…とりあえずどこかに隠れよう)

凛は膝をついて荒い息が収まるまで待った。そして、靴をはかずに両手に持っていた事に気付いた。靴を履きながら凛は思った。

(これからどうしよう?あんな奴のいる場所には帰れない…私は……どこに帰ればいい?)

「凛?」

後ろから急に声を掛けられて凛はしゃがんだまま肩をびくりとさせた。

「あ、ごめん。びっくりしちゃった?急に声掛けてゴメンね。」

「みなみ…さん?」

凛は振り向く前にその声ですぐみなみだとわかった。そして、しゃがみ込んだままみなみの方を振り向いた。

「ど、どうしたの?凛?」

涙を流している凛と同じ目線にする為にみなみはしゃがみ心配した様子で凛の顔を覗き込んできた。

「凛?何があったの?」

「どうして…みなみさんはどうしてこんな朝から病院に?学校は?」

凛はみなみの質問に答えるよりその事が気になって逆にみなみに質問をしていた。

「あ、ああ。私は今日先生に呼び出しくらっちゃったの。」

「呼び出し?」

「うん。私、病気なんだ。」

凛は勢いよく顔を近づけみなみの顔を見た。みなみは凛に顔を近づけられたというのに距離を離す事なく泣いている凛を優しく見つめていた。そして、にこりと笑って言った。

「お父さんもお母さんも一緒に来てって。私、余命宣告でもされるのかもね。」

「…え?あ、え?そんなに重い病気なんですか?橘さんは知ってるんですか?」

みなみは尚も笑顔のまま答えた。

「うん。重い病気だよ。拓也君はもちろん知ってるよー。あ、真希とかもみんな知ってるよ。」

笑顔で軽く答えるみなみを凛は目をまん丸と見開いて見つめていた。

「じゃあ、今度は私からの質問。凛はどうして学校にも行かず病院にも入らず駐車場で隠れていたの?」

凛はさっき見た白石の行動をみなみに話した。優しかったみなみの表情が話を聞くに従ってどんどんと険しくなっていったのが印象的だった。凛が話し終えるとみなみは立ち上がりスマホを鞄から取り出し誰かに電話を掛けていた。

「うん。そう。じゃあ、それでよろしくね。」

電話を終えスマホを鞄に戻したみなみが言った。

「もうすぐしたら真希が来てくれるって。」

「え?」

「私、今日はゆっくり凛の話を聞いてあげられないだろうから真希に頼んじゃった。雪乃の病室で待っててって。凛。みんな凛を助けたいと思ってるよ。だから、凛。みんなに甘えなよ。」

そう言ってみなみ両手で凛の両肩を持ち「さあ。」と言って凛を立ち上がらせた。


     *


「はぁ。心配だな。」

学校に向かい歩きながら橘拓也はそう呟いた。今日みなみが診察の為病院に行く事は以前から聞いていた。しかし、みなみが春人の父である院長先生に何を言われるのかと想像するだけで拓也は不安になった。

(心配だ…学校に行ってる気分じゃない……)

拓也は元来た道を引き返し学校とは真逆の病院へ向かった。

病院への道は一直線だが上り坂のため40分位は掛かった。拓也はとりあえずみなみを待つ間、雪乃の病室にいさせてもらおうと考え雪乃の病室に入るとそこには先客がいた。

「凛。あれ?真希までどうして?」

よく見ると凛は泣いていた。

「拓也。ちょうど今皆に連絡入れようと思ってたとこ。」

真希はそう言って凛がどうして今泣いているのか、凛がみなみと出会ってみなみが真希に連絡を入れた事を説明してくれた。その後、真希はグループLINEで今拓也に話した内容をまだ知らない龍司、春人、結衣に知らせるために送った。そして、拓也と真希は既に雪乃の病室にいる事も告げた。しばらくすると龍司と結衣と春人の3人から自分達も学校を抜けて病院に向かうという返事が送られて来た。

龍司達が病室に来るまでに拓也はみなみに診察が終ったら雪乃の病室で待っている事をLINEで告げたが龍司達が病室に現れてもみなみの既読はつかなかった。

拓也が雪乃の病室に入ってから龍司、結衣、春人の3人が現れるまでずっと凛は泣き続けていた。

「凛の下着を物色するなんて…マジで変態だな!絶対今日始まったわけじゃねーだろうな!」

「龍司!」

「龍ちゃん!」

と同時に真希と結衣が怒った。龍司の言葉で凛は恐怖を感じたのだろう体を震わせ自分で自分の体を抱きかかえていた。

「すまねぇ凛。」

龍司が謝ると凛は小刻みに首を縦に振っていた。

「しかし…どうする?もう白石の元に帰るのは危険すぎる。」

「春人の言う通りね。とりあえず凛。暫くは私の家から学校に通いなさい。いい?わかった?」

真希の言葉に凛はわかったと答える代わりにまた小刻みに首を縦に振った。

「やっぱり児童相談所に話さないとね。凛は今日見た事をちゃんとおばさんにも言うべきだよ。」

凛は雪乃のその言葉には小刻みに首を横に振った。

「お母さんには話せないって言ってるの?」

真希が聞くと凛は小刻み首を縦に振り、そして震える声で言った。

「お、お母さんには言えない…」

「どうして?」

「……」

「お母さんが傷つくからだよね?」

雪乃が凛にそう聞くと凛は首を何度も縦に振った。

ふぅ〜。と大きく息を吐いてから雪乃は凛に言った。

「凛。凛はもうお母さんの事を心配している場合じゃない。凛には危険が迫ってる。凛がいくらお母さんの事を思っても今の凛のお母さんは凛の事を思ってくれていない。今の凛のお母さんは昔のお母さんとは違う。凛は以前からそれをわかってたはず。なのにそれを認める事が出来なかった。凛はお母さんの事が大好きだから。そうだよね?」

「……」

凛は声では何も答えなかったが首を何度も縦に振っていた。

「凛のお母さんが元のお母さんに戻るまで凛はお母さんと一緒に暮らすわけにはいかない。もちろん白石と暮らすなんてもってのほか。」

「……で、でも、いつまでも真希さんの家に住まわせてもらうわけには……」

凛が震える声で言うと雪乃はそれならうちに住めば良いと言った。

「私、実は来週末には退院するんだ。で、退院したらグループホームに入居するの。だからお母さんとお父さんの二人っきりになるし。」

その場にいる全員が雪乃のその言葉に驚いて雪乃の方を見た。

「師匠。グループホームに入居するの?」

「うん。そうだよ。いつだったかな?入院してる時、無性に海が見たくなったんだぁ。それで海が近くにあるグループホームをお父さんに探してもらってたの。神奈川にあるからまだ場所は近いし。車で1時間くらいの場所。そのグループホームのホールにピアノを置いてもらえる事になったんだ。だからお父さんが家から持って行くって。私、いつかそこでピアノの演奏会を開くんだ。それが私の今の夢。」

本来、天才ピアニストと呼ばれた雪乃は今頃音大に入っていていつか大きなホールでピアノを演奏していたはずだ。それが今ではグループホームに入居してそこで演奏会を開く事が夢だと言ったその言葉に拓也は驚きと悲しさとそして少しの喜びを同時に感じてしまった。

「私がグループホームに入居すればお父さんとお母さんは寂しくなるだろうから凛ちゃんが来てくれたら二人とも喜ぶよ。」

「…でも、白石には師匠の家はバレてしまってる…すぐにあの家にやって来る。」

「なら、やっぱりうちだね。凛と私が友達だなんてあいつ知らないし姫川家まで辿り着けない。それ以前に例えうちに凛がいるって知ったとしても姫川家にいればあいつは追って来ない。あいつ私の両親には恐怖心を持ってるからね。特に私の父親には元々頭が上がらなかったし。過去に私にした事で姫川家には出禁くらってるしちょうど良いよ。」

「そっかー。それなら長谷川家より姫川家の方が安全だねぇ。あぁ〜残念。でも長谷川家ならピアノもシンセサイザーも色々楽器があるのになぁ。」

「ちょっと雪乃。物で釣らないの!楽器なら別にうちに運べばいい。それくらい置ける部屋はあるし。」

「そっかー。じゃあ、凛ちゃんが使いたいもの全部うちから持ってって。特にDJセットやシンセサイザーは私いらないからあげるよ。」

龍司が「金持ちの会話にはついていけねぇな…」と言うと結衣は「うんうん。」と声に出して頷いていた。拓也も心の中で、同感。と呟いた。

「…師匠にはDJセットやシンセサイザーなんて必要のない物だったのにそれを買い揃えたのは私の為だったんですよね?」

雪乃はにこりと笑って凛に言った。

「大切に使ってね。」


     *


佐倉みなみは診察を終え両親と別れた後、一人で病院の屋上にやって来た。設置されている椅子に座り景色を見渡した。

「綺麗な青空だね。」

そう呟いた後、何をする訳でもなくただその場所に座り景色を眺め時間だけが過ぎて行った。

そして、何時間かが過ぎた頃、みなみはスマホの電源を入れ、グループLINEや拓也からのLINEを見た。

(もう拓也君達は病院を出たのかなぁ?)

「私はここにいるよ。雪乃の病室からすぐ近くに。見つけられるかな?」

拓也のLINEからは凄く今日の診察で何を言われたのかを気にしている事が伝わった。何か返信しなきゃとみなみは思いながらもどう返信したらいいのか迷っていた。

「見つけて欲しいな。ここに来てほしいな…」

(日が暮れ始めている。そろそろ帰らなきゃ。)

みなみは立ち上がった。そして、綺麗な夕日を目に焼き付けた。

「まだこの綺麗な夕日。見られるよね?」

「見られるよ。まだ見れる。」

拓也の声が後ろから聞こえた。その声を聞いた途端みなみの目からは涙が溢れた。泣いている事を悟られたくなかったみなみは拓也の方を振り向かずに、いつからいたの?と聞いた。拓也は今来た所だと答えた。

「独り言…言ってたの。もしかして聞こえてた?」

「…全然。」

「よくここにいるってわかったね?」

「既読がついたまま返信なかったし何かあったのかと思って病院中探してた。」

「ここにいなかったらどうしてた?」

拓也が少しずつ近づいて来る。みなみは早く涙が止まってくれる事を祈った。

「家に行くつもりだった。」

「それでもいなかったら?」

「栄女に潜入して探してた。かな?」

「ふふっ。」と声に出しながらみなみは笑ったが涙は流れる一方で止まらなかった。そして、拓也はみなみの肩を持ち強引に拓也がいる方へとみなみを振り向かせた。拓也はみなみが泣いている事を想像していたのだろう。みなみの顔を見つめるよりも先に拓也はみなみを強く抱きしめた。

「診察。どうだった?」

「大丈夫だったよ。」

「…大丈夫なら泣かないよ。」

「…もう、学校に行ってる場合じゃないって言われた…」

「…そうか。」

「だけど、私、院長先生にお願いしてなんとか外来で診察させてもらうように頼んだの。」

「…そっか。」

「ここから先は…拓也君私と一緒にいても辛くなるだけだと思う。」

「……聞こえない。」

「私の事なんて…」

「聞こえないっ。」

みなみは拓也に抱きしめられている腕を払おうとしたが拓也はより強くみなみを抱きしめてみなみは拓也の腕を払う事が出来なかった。

「俺に見つけてほしかったくせに。一緒にいたいくせに。俺だってみなみと一緒にいたい。大丈夫。俺は大丈夫だから。みなみが思ってるより俺は強い。だから…一緒にいよう。」

「聞いてたんじゃん…」

そう言った後、みなみは声を上げて泣き出した。


     *


黒崎が抜けて間宮トオル達サザンクロスはライブハウスでの演奏をやめた。

路上ライブの方は時々行っていたが定期的に行っていなかった為、見に来てくれる人達は減って行った。

黒崎が戻って来るまでほとんどバンドらしい活動はしていなかった。

あの頃がサザンクロスの最初のバンド解散危機だったな。と間宮トオルは思う。

黒崎をバンドに戻してくれたのはひかりだった。


このままではせっかくこの世に生まれた素晴らしいバンドが消えてなくなってしまう。どうかもう一度だけバンドに戻って来てほしい。ひかりは黒崎にそう告げたらしい。本来なら間宮達バンドメンバーが言わなければいけない言葉をひかりが言ってくれた。

サザンクロスは一度死にかけた命をひかりに助けてもらった。

(ひかりに助けられたバンドを俺達は…いや、俺はもっと大切にするべきだったんだ…)



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今、想う


4月27日



今日、友達に私が死んだ時の事を話した。

もし、私が死んで君がこの日記を読んでいるのなら。

私の事は良い思い出として前に進んでほしい。

それが私の望み。

きっと君は私が死んだらダメになっちゃう気がする。私はそれが心配なの。

日記を読んでいる君には辛い事を書くよ。だけど、これは君の事を思って書いている事だけはわかってほしい。

私、恋人なんて作るべきじゃなかったんだって心の中でずっと思ってた。私はあなたと付き合えて本当に嬉しかったし楽しかった。だけど、どうしても私が死んだ後の事を考えると付き合うべきじゃなかったのかもって思ってしまうの。

死んだ人には意識も想いも何もないと思う。天国なんてない。だから、私はきっと天国からあなたを見守っているなんてここでは書けないの。

生きている人が死んだ人を想ってても何も変わらない。

次に進まないといけないんだよ。

死んだ人をいつまでも想い続けるのは辛いだけだよ。

だから…忘れろとまでは言わない。

言わないけれど、どうか新たな道に……前に……進んで欲しい。



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