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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice vol.2
36/59

Episode 2 ―Queen―

彼女が残した日記帳の次のページを捲る。

すると日記の文字よりも写真の方が先に男の目に飛び込んで来た。

沢山の写真が丁寧に切り取られ日記と共に貼られている。

1枚目は桜がとても綺麗に映った写真。

(これは…あの河川敷の桜並木の写真…)

2枚目は赤髪の男性の後ろ姿。

(…日付は?3月29日?)

「…ウソだろ。」

男は思わず声を漏らした。

3枚目は赤髪の男性と金髪の男性が会話をしている姿。

(そんな前から…俺の事知ってたのかよ…)

日記には男の歌声を聴いて綺麗な歌声だと声を出してしまった事が書かれている。

(俺達…この日、この時、この場所で…出会ってたのか…)

「どうしてこの日、俺を見た事を教えてくれなかったんだ?」

日記をじっと見つめた男はふと気が付いた。

「俺がこの日記を読む事を想定してこの事を言わなかった?この日記で教えようと思っていたのか?」


『そうだよ。君が私と出会ったと思っていた日よりもずっと前から私は君の事知っていたんだよ。』そんな声が男には聞こえた――ような気がした。



2015年4月27日(月) 


凛の話を聞き終えた時、時刻はもう午前3時をまわっていた。

姫川真希は核心を持って凛に告げた。

「白石の件だけど、断言してもいい。白石の奴は間違いなく凛が目的でおばさんと結婚したわね。」

「……そんな…まさか……そんな事あるわけがない…」

凛は震える体を両手で擦った。

「普通じゃありえないわね。でも、あいつならありえるの。間違いないわ。凛は童顔だし背も低い。あいつが好きそうなタイプだし。」

「やめて下さいっ!」

凛は叫んだ。真希が黙って凛を見つめていると凛は、ごめんなさい。と謝った後言った。

「お母さんと会話する時、あいつは私の話題でしか話さない。それに…私の入った後にお風呂に入りたがるしスマホのGPSで私の行動を把握していたり…これまであいつの行動でおかしなところが沢山あったんです…でも、そんなはずないって思いたくて…あいつはお母さんが好きでお母さんと一緒になったんだって…そう思いたかったんです。だってそうじゃなかったらお母さんが可哀想で…」

「凛のお母さんは…あいつが本当は娘が目的で自分と結婚した事にもう気付いてるんじゃない?」

「…そんな…」

「最近、お母さんと会話は?」

「…全くないです。でも、それは再婚前も同じ様な感じだったので…」

「だけど、再婚するってなった時には会話はあったんでしょう?」

「…もしかして…お母さんは私の事恨んでるのかな?」

(凛のお母さんが白石の事を本気で好きであればある程、凛のお母さんにとってはショックが大きい。そして、凛を恨む可能性もある)

「あいつのギターの演奏は?聴けばあいつの感情が凛ならわかるでしょう?」

凛は首を何度も横に振りながら震えた声で答えた。

「あいつ。ギターを置いてなくて…でもあったとしてもそんなの恐くて聴けません。」

「凛。あいつの家には帰らない方が良い。もし良かったら私の……」

「いえ。大丈夫です。私は大丈夫です…」

大丈夫ですと言う凛の表情は全然大丈夫そうではなかった。

真希はスマホを持ち歩いていない凛にLINEのIDと電話番号をメモ用紙に書いて渡そうとした。しかし、凛は真希がメモ用紙を鞄から取り出す前に「大丈夫です。私、もう帰らなきゃ。」と言って一人で歩き出した。

「凛。あなた全然大丈夫な顔してないよ。ダメな時は人に頼ればいいんだからね。」

凛の背中に真希はそう叫んだ。凛はとぼとぼと歩きながら頷いた――ように真希には見えた。

(もうダメだって顔してるくせに…あの子はどうして人に頼ろうとしないのだろう)

凛と別れた後、真希は家に帰りながら4月21日に雪乃の病室で2人きりで会話をした内容を思い出していた。


「じゃ、次ね。真希ちゃんは一体いつになったら自分の正体を明かすの?」

雪乃が真希に質問した時、真希は目を見開いて驚いた。

「Queenは真希ちゃん、だよね?」

「……気付いてたんだ…さすがね。」

「まぁね。でも今この動画を見せられてたら気付かなかったかなぁ。」

雪乃は悲しそうに俯いた。

「どうして今なら気付かないの?」

「事故に遭ってから私、耳まで悪くなっちゃったみたい。」

次は真希が俯く番だった。雪乃は「ごめん。真希ちゃん達のせいじゃないよ。そんなつもりで言ったんじゃない。」と言った後「耳が悪くなったって言っても今まで通りの耳の良さじゃなくなったってだけだし普段の生活に支障があるわけじゃないんだから真希ちゃん顔上げてよ。」と言った。雪乃は悪気があって言った言葉ではないことは充分に承知しているが、それでも真希には申し訳ない気持ちで一杯になった。

「Queenの正体。弟子はもっと早く気が付いてたよ。」

「凛が?」

「そう。凄いよねぇ〜凛ちゃん。凛ちゃんに聞くまで私Queenの存在すら知らなくてさ。凛ちゃんにQueenの動画を見せてもらったの。右利き用のギターを使ってわざとヘタに演奏してたから私、笑っちゃったよ。」

「それっていつ?」

「いつだったかなぁ?去年の夏?ま、そんくらい。」

「夏!?私と凛が初めて会ったのが確か去年の夏のブラーでのライブよ。」

「そうそう!私達の初ライブの日!その日に真希ちゃんのギターを聴いて凛ちゃんはQueenがこんなに近くにいたんだって思ったって言ってたよ。」

「会ったその日に気付くなんて…」

「すっごいよねぇ〜。さすが私の愛弟子だよぉ。私が動画の事を知ってればもっと早く気付けたのにぃ〜!悔しいよねぇ。で、真希ちゃん。その秘密はみんなには明かさないの?」

「…悩んでいるところ。でも、そうね。太田君は気付き始めてるみたいだし。そろそろみんなには秘密を明かすかなぁ。」



2015年4月27日(月)


昼休みに入るといつもの様に屋上へ向かう為、橘拓也は鞄から弁当箱を取り出し立ち上がった。龍司と相川と太田の3人も机から立ち上がり昼食をとるために揃って屋上へ向かう。

4人とも同じクラスになったというのに教室ではなく屋上で昼食をとるのは去年のなごりだ。ある日、太田が4人とも同じクラスになったんだからこれからは教室でお昼食べてもいいよね。と言ったが龍司は屋上の方が気持ち良いだろと言って教室で昼食をとる事を却下した。雨の日以外4人は教室で昼食をとる事はない。

屋上に着くと拓也と太田は母親が作ったお弁当を広げ、龍司はコンビニのパンを袋から取り出した。相川はダイエットの為ずっと昼食をとっていなかったがこの日は鞄を持って来ている。

「なんで今日は鞄持ってきてんだよ?」と龍司が相川に聞いた。

「んっ!?ああ。今日からは少しずつだけど何か食おうと思ってよ。やっぱ朝と昼食ってなかったら倒れそうになる。夕飯もちょっとしか食ってなかったし。」

「今更かよ。」

「まあな。それに智美が充分痩せたからダイエットはもうしなくていいって言うんだよ。」

「リバウンドしないように気を付けないとね。」

太田がそう言うと相川は、それな。と言った時、屋上に結衣と凛と飯塚の3人が現れた。

「また先に食べよーとしてるぅ〜。」

結衣達3人は昼休みになると屋上に現れるようになり最近では7人で円を囲む様に座りお昼ご飯を一緒に食べている。

「まだ食ってねーよ。ほら、ちゃんと待ってただろう?」

「袋開いてんじゃん。もう少し結衣達が来るの遅かったら食べてんじゃん!」

「はい。はい。リュージと結衣は仲良し。仲良し。」

相川がそう言うと龍司と結衣は、うっせぇーと同時に叫んだ。

いつもの様に7人が円を囲んで座ると相川が鞄の中からサランラップに巻かれたキャベツ一玉を取り出した。それを見ていた拓也は、「まさかそれが昼食?」と驚いた声を出した。

「そうだけど?まさかタク。心配してくれてんのか?」

「あ、ああ。いや…」

(俺は学校でキャベツ丸ごと一玉食べる奴を初めて見て驚いてるだけだけど…)

「心配はいらねーよ。ちゃんと朝から一枚一枚洗って来た。」

「そこは特に心配してなかったけどなっ!」

「そうなのか?タクは相変わらず変な奴だな全く。」

「お前が変な奴なんだよっ!昼食にキャベツだけ食べる奴なんて俺は見た事ないぞ!」

「それは俺よりも凛の方が変な奴だって言ってんのと一緒だぞ!」

どうしてそうなるんだと言いかけた言葉を拓也は飲み込んだ。

凛は昔から昼食はチョコレートと決めていると以前に言っていた。初めてその事を聞いた時、拓也は驚いて凛の事を師匠譲りの変人だと思った。

今も凛は昼食として板チョコ2枚を鞄から取り出している。拓也と相川の会話を聞いていた結衣が凛に言った。

「いくらチョコ好きでもお昼ご飯にチョコレートっていうのはちょっとね…って中学の時からずっと結衣も思ってたの。お母さんお弁当作ってくれないの?」

凛は少し間を開けてから答えた。

「…そんな事はないけど、お弁当を作ってもらうのも悪いかなって思って…」

「そーなんだぁ。拓也くんも太田くんも何も考えずにお弁当食べてるのに凛ちゃんはお母さんにお弁当を作ってもらうのが悪いって言ってるよ。お母さん思いのいい子だね凛わぁ。」

結衣は拓也と太田の顔を見ながら言った。拓也は毎日お弁当を作ってくれる母親に心の中で感謝をした。

「もしよかったら結衣が凛ちゃんの分のお弁当作って来てあげよっか?一人分作るのも二人分作るのも一緒だし。」

「ああ。じゃあ俺の分も頼むわ。」と言った龍司の言葉は結衣に無視されていた。

「大丈夫だよ。私はこれでいいの。」

「気を使わなくっていいよ。私料理好きだし。」

「だからいいって!」と凛は叫んだ。拓也はその声や表情を見て凛らしくないなと思った。拓也の凛に対するイメージは大人しくて怒ったりしないイメージだったからだ。

凛はあからさまに怒っている。結衣が、ごめん。と言うと凛も我を取り戻してすぐさま結衣に、ごめん。とキツく当たってしまった事を謝っていた。

気まずい空気が流れた中、太田が唐突に言った言葉に拓也は驚いた。

「やっぱり僕、Queenって姫川さんだと思うな。」

「なっ!急にどうしたんだよっ?」

「やっぱりってフトダは前からそう思ってたって事かよ?」

相川の質問に太田は、うん。と言って頷いた。

「んなわけあるかよっ!」

龍司はそう言った。拓也は太田がどうしてそう思ったのか聞いたが太田はなんとなくと答えた。

「Queenって奴は右利きだぞっ。真希は左利きだ。ありえねーよ。確かに曲調は似てる部分はあるけど、あいつより真希の方がギターは上手い。」

「でも龍司君。もし、わざと右用のギターで弾いているとしたら?」

「真希が右利き用のギターを弾いている姿なんて…」

真希が右利き用のギターを弾いている姿なんて見た事ないと言いかけた言葉を龍司は止めた。

「ある。あるよな?龍司?」

「…あ、ああ…一度だけあったな…」

「橘それはいつだよ?」と相川が拓也と龍司の2人に聞いた。

「ひなさんと再会した日。」

「ひなが赤木達とバンドを結成した日だ。」

「確か去年の5月だった。」

「真希の奴、そう言えば右利き用のフォークギターをトオルさんに手渡されて俺が右利き用のギターだぞって心配したんだ。でも、あいつは問題ないって言って慣れた手つきで普通に右利き用のギターで演奏してた…」

やっぱり。と太田が言った。

「姫川さんはQueenとして演奏してるから右利き用のギターを弾く事に慣れてたんだよ。」

「でもなぁ…いや、フトダがそう言えば言う程俺はQueenが真希なんじゃねーかって思えて来た。」

「凛はどう思う?」と拓也は凛に尋ねてみた。

「そーだな。耳の良い凛ならわかんじゃねーの。」と龍司も言った。

「そ、それは…うん。直接真希さんに聞いてみた方がいいんじゃないですか?」

拓也達は凛が言う通りだなと納得した。ここで話し合うより真希自身に聞いた方が早い。夕方には雪乃のお見舞いで真希に会う。その時にでも聞いてみればいい事だ。

(だけど…凛は今どうして真希に直接聞いてみた方がいいと言ったのだろう?)

飯塚が無邪気に、あのQueenが姫川先輩なら私サイン貰っちゃおー!と言って結衣は、いくらなんでもあのQueenが真希さんなわけないよぉ。と言っていた。太田は太田でスマホを取り出しQueenの動画を確認しながら独り言を言う様に言った。

「去年の4月21日に叫びっていうタイトルの動画を配信。そして、5月31日にさようならっていうタイトルの動画が配信されてる。その頃って姫川さんに何か起きてたのかなぁ?」

完全に太田は真希がQueenだと思っている話し方だった。まだ真希がQueenかどうか決まったわけじゃないと言いかけた言葉を拓也は飲み込んだ。

(去年の5月31日にさようならっていうタイトル?去年の5月末といえば確か真希が慕っていた遠藤(えんどう)さんという指揮者が亡くなった頃だ…まさか……)

動画登録者数50万人越えのQueenが真希?そんなまさか――そう思う一方で拓也はQueenの正体が真希だと言われてもすんなりと納得出来る気がした。


     *


昼休みとなって佐倉みなみはいつもの様に真希と2人教室で昼食をとっていた。今日の真希はずっと眠たそうにしている。

「真希眠たそうだね。昨日の練習遅くまでやってたの?」

「練習は1時くらいまでかな?でも、その後、凛と話してたら3時頃になってて…家に帰っても寝付けなくてほとんど寝てないからもう眠たくて眠たくて…」

「そっかぁ。授業中ずっと寝てるもんね。練習の方はどうだった?」

「うん。凛が言うには私達4人とも雪乃のピアノがあればって思いながら演奏していたみたい。」

「で、本当にそう思って演奏してたの?」

「…うん。」

「ライブ活動はまだしないの?」

「予定はないな。」

「バンド活動続けるよね?解散しないよね?」

「それは大丈夫よ。ただ…私達は雪乃がいなくなってやっぱりモヤモヤしてて…だけど、うん。そのうち活動は再開させる。そうしなきゃ雪乃にも悪いしね。」

「うん。でもまだしばらく路上ライブのみの活動になりそうだねぇ。あ、あと動画サイトか。」

「動画サイトに投稿するのも暫くかかるかな。だから路上ライブだけの活動になりそう。」

「そっか。」

「でも、どうしてだろう?去年は路上ライブで沢山の人だかりが出来てたのに路上ライブを再開しても人が集まらなくなった。去年聴きに来てくれてた人も前の様に何度も足を運んでくれない。」

みなみは眠気もあるのか普段より悲しそうな表情を浮かべる真希の姿を見て何も言えなかった。

「これまで沢山路上ライブを見に来てくれてたみなみからは私達どんな風に見える?私達、去年と何が変わったのかな?」

(何が変わったのか…思い当たるふしは…ある)

みなみは一度頷いてから正直に答えた。

「去年と違う点は…去年は4人とも本当に歌っていて楽しそうだった。それが見てる側にも伝わって来て一緒に楽しくなれた。でも…今の4人はただ上手く歌ってるだけの感じがする。4人が楽しんでいる風には私には見えないの…」

それまでとろんとしていた真希の目が大きく見開いたのを見てみなみは言い過ぎてしまったのかなと思った。

「確かに!みなみの言う通りよ!私達……そんな大事な事を忘れてた。そうよ。私達は楽しむ事を忘れてた…気付かせてくれてありがとう、みなみ!」

みなみはその言葉が嬉しかった。しかし、真希の次の言葉でみなみははっとした。

「みなみ手がむくんでるよ。」

みなみが会話中に無意識にむくんでいる手を擦っていたその仕草を真希は見逃さなかったのだ。

「最近むくみがヒドくって。」

とみなみは笑ったが真希は真剣な眼差しをみなみに向けていた。みなみはさっきまでの口調とは打って変わって囁く様に言った。

「急に話しを変えるよ。」

真希は返事をしないままみなみを見つめている。

「私が死んだら拓也君の事お願いね。」

真希は表情一つ変えずに真剣な眼差しをみなみに向けている。

「私が死んだら拓也君さ…」

「何勝手に話し出してんのよ。それ昼休みに言う事?私今日めちゃくちゃ眠たいの。」

「さっきまで普通に話してたでしょ?私の冗談で独り言だと思って聞き流してくれるだで良いの。私の一方的な想いを聞いてくれるだけでいいの。だから真希が眠たいくらいの時に聞いてもらうのが一番なの。」

みなみは笑顔を見せた。真希は鋭い目つきとなり「嫌だ。断る。聞きたくない。」と言った。みなみが笑顔を無くし俯くと真希は「ごめん。やっぱ聞かせて。」と言った。

みなみは、こくりと頷いて、ありがとう。と言った。

(きっと真希は今、もし私が死んであの時ちゃんと私の話を聞いとけば良かったと後々になって後悔したくないと思ってくれたのだろう)

「…拓也君。きっと私が死んだらダメになっちゃう気がする。私が死んだ時、真希達には拓也君がダメにならない様に支えてあげてほしい。」

みなみは真希が答えるまで待つつもりだったが、真希は、続けて。と言った。

「生きてる人は死んだ人を想って天国から見てくれてると思うよね?だけど…人って…やっぱり死んじゃったらそこまでだよ。死んだ人には意識も想いも何もないと思う。天国なんてない。

生きている人が死んだ人を想ってても何も変わらない。次に進まないとやっぱり変わんないんだよ。死んだ人をいつまでも想い続けるのは辛いだけだよ。だから、忘れろとまでは言わない。死んだ人を想いながらでもいいから新たな道に……前に……進んで欲しい。」

「だから?」

「だから……うん。それだけ……」

真希は寝不足だからなのか今の話を聞いたからなのか目を真っ赤に充血させていた。

「都市伝説やスピリチュアルが好きな人の言葉じゃないね。だけど…うん。覚えておくよ。だけど、それを拓也に伝えるのは酷だよね?それなら死ぬ前に別れてやれよって思っちゃう。」

「……だよね。」

「ま、拓也は別れ話をされても絶対別れないだろうけどね。」

「……私、やっぱり付き合うべきじゃなかったのかもね。」

「付き合ってなかったらもっと苦しかったでしょ?」

「……うん。でも、今は今で苦しいよ。」

「苦しいけど幸せでしょ?」

「うん。」

「それで良いんだよ。死んだ後の事なんて考えなくていんだよ。死んだ人には意識も想いも何もなくて天国なんてないなら死んだ後の事を考える必要なんてないよね?あんたが先に死ぬっていうなら後の事を気にする必要なんてないんだよ。今を楽しめば良いんだよ。で、もしあんたが死んだ後の事は……任せてよ。」

真希の任せてよと言った言葉はとても力強かった。

みなみは、ありがとう。と伝えてにこりと笑ったが真希の表情はまだ鋭かった。

(ごめんね。真希。私の話を聞くの辛いよね。今、私とても辛い役目を真希に頼んでしまったよね。ごめんね真希。)


     *


授業が終ると結城春人は父が院長を勤める結城総合病院へと向かった。

学校帰りに雪乃のお見舞いに行く事は誰がそうしようと言ったわけではなく自然とそうなった。

特に連絡を入れなくとも拓也と真希と龍司の3人は春人と同じく学校帰りに病院へ向かう。

春人はノックをして雪乃が返事をするまで待った。元気よく、どうぞ春人君。という声が聞こえて来たので春人は病室に入った。

「さすがだね。ノックの音だけで俺だってわかったの?」

「ううん。ただのカン。」

そう言う割に雪乃は百発百中を誇っている。春人は病室を見回して、

「今日は俺が一番乗りか。」

と言った。雪乃は笑顔で、うん。と答えるとすぐに次のドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞー。真希ちゃん。」

と雪乃が言うと本当に真希が病室に入って来た。

「また当てられた。雪乃本当に耳悪くなった?戻ったんじゃない?」

「良くはなってないと思うけど、まだ人よりは良いのかもね。」

笑顔で2人はそう話す。少し前まではこういう会話は笑顔で話す事が出来なかったと思うと春人は嬉しくなる。

「後からみなみも来るって。拓也と龍司と待ち合わせするから遅れるってさ。」

「みなみちゃん。ここで待ってれば拓也君と会えるのにね。」

「私もそう言ったけど、待ち合わせがしたいんだって。」

「少しでも早く会いたいのかぁ〜。恋する乙女だね。」

その後、拓也と龍司とみなみと結衣の4人が揃って病室に訪れた。凛の姿はない。結衣が言うには飯塚と共にルナに寄るらしくて今日はお見舞いには来ないらしい。

龍司はじっと真希を見つめていたらしく、なによ。と真希が言うと唐突に龍司は言った。

「おい真希。俺達今日の昼休みに少し話してたんだけどよ。お前ってもしかしてQueenなのか?」

(急に龍司は何を言い出すんだ。そんなわけないだろう)

春人はそう思いながら真希の方を見ると真希は驚く表情も見せずに、

「うん、そうだよ。」

と軽く答えたので春人も拓也達も驚きのあまり声が出なかった。

数秒後、雪乃以外の全員が一斉に声を出した。

「信じられない。あのQueenが真希?」と春人。

「そ、そんな…Queen…真希が…」とみなみ。

「ウソでしょ!真希さんがQueen?」と結衣。拓也と龍司はある程度予想していたようで春人達よりかはまだ冷静だったがそれでも驚いた表情を浮かべている。

「なぜだかしっくりきた。」と拓也。

「やっぱフトダの言った通りだったか」と龍司。

口々に驚く春人達を見ながら雪乃一人だけはケラケラと楽しそうに笑っていた。

真希は「秘密にしててごめんね。」と謝ってから言った。

「だけど、Queenとバンドは別物にしたいの。これからもQueenの動画は顔出しなしで正体も伏せたい。いいかな?」

「それは良いんだけど。」と春人は言ってさっきまで笑っていた雪乃の方を見て言った。

「雪乃は知ってたのか?」

「うん。気付いてたよ。でも、真希ちゃんにその事を言ったのは最近。ねっ真希ちゃん。」

「雪乃は動画を見て気付いてたみたい。」

その言葉に龍司は驚いた。

「動画を見て気付いてたっ!?すっげぇな。」

その言葉に拓也は何度も頷きながら言った。

「俺なんか何度も見たのに気が付かなかった。」

春人は雪乃の耳の良さに改めて感心しながら、「俺もだよ。」と言った。

「でも凛ちゃんなんてもっと凄いんだよ。だって最初見たライブで真希ちゃんがQueenだって気付いたんだから。」

春人は「凛も気付いてたのか!?」と口に出して驚いた。

「そうだよ。凛ちゃんが一番最初に気付いたんだよ。もし凛ちゃんが気付かなかったら私動画を見る事なんてなかったよ。」

「凛の小娘…あいつQueenが真希だと知っていて俺達に嘘つくとはっ!あの小娘なかなかの女優だったぜ。」

と龍司が言うと拓也はすかさず、

「凛は真希に直接聞いてみた方がいいんじゃないかっていっただけで別に嘘付いてないだろう。」

と言っていた。

「その凛の事でみんなに相談があるんだ。」

真希が真剣な眼差しを春人達全員に向けて言った。結衣が、凛ちゃんの事?と聞き返した。

「そうよ。凛の家庭の事なんだけどみんなに話しておきたいの。」

「ヒメちょっと待った。それは凛にちゃんと了解を得た事なのか?」

春人の質問に真希は顔を横に振った。

「了解は得ていない。けど、きっと凛は話さないでほしいと言うと思う。」

「なら話さない方がいい。」

「凛が何かされた後ならもう遅いの。取り返しのつかない事になる。待ってられないの。」

春人は何も言えず真希の真剣な眼差しを見つめる事しか出来なかった。

「私からもお願い。凛ちゃんの今の状況をみんなに知って欲しい。もし凛ちゃんがその事を話して怒るなら私も謝るから。だから…凛ちゃんを助けてあげてほしい……ううん、話だけでも聞いて欲しい。」

雪乃はそう言った。春人達が頷くのを見て真希は凛から聞いたという話をこの場にいる全員に向けて話し出そうとした時、病院にトオルが現れて真希は話し出す事が出来なくなった。

「ト、トオルさん。急にどうしたんだよ?」

「何そんなに龍司は驚いているんだ?俺がお見舞いに来たらおかしいか?」

「あ、いや…そういうわけじゃないんすけど…」

「トオルさんね。毎週月曜日にこうやってお見舞いに来てくれてたんだよ。」

春人達はその事を知らなかったので間宮がお見舞いに来た事が珍しいと思ってしまっていた。

「えっ!?そうだったのか?俺全然知らなかったんだけど…」

と拓也が驚きながら言った。

「今日はちょっと遅くなってしまったけどな。いつもは昼頃に来てたから。」

「そうだったんすね。てか、トオルさん。実は真希の奴Queenだったんすよ。Queenてトオルさん知ってます?」

真希は急にQueenの話をし出した龍司に驚いた表情を見せて、ちょっと。と言っていたが間宮が「だろうな。」と言ったのを聞いて真希は驚いた表情を今度は間宮に向け聞いた。

「トオルさん…気付いてたの?」

間宮は軽く「ああ。薄々な。」と答えた。真希は尚も驚きを隠せない表情を浮かべながら言った。

「トオルさんはQueenの動画なんて見た事ないと思ってた。」

「まあな。だが去年強引に沙耶にこの動画見てって見せられた事があってな。その時なんとなく真希の気がしていた。」

「黒崎さんも動画見てるんだ…」

「で、実際真希のギターを聴いた時、核心をもったよ。」

「それっていつの話ですか?」と拓也が興味津々に尋ねた。

「核心を持ったのは確か…そう、去年ひな達がLOVELESSを結成する日だ。あの日、右利き用のギターで真希は当たり前の様にギターを弾いただろう?それを見た時だな。あの時、実は左利き用のギターもあったんだけどあえて右利き用を渡したんだ。すまねぇな。」

「試したのね。」と言って真希は間宮を睨んでいた。

「だからすまねぇって。でも、Queenってわかってもバラさなかったろ?どれだけ拓也達に話しそうになったのを我慢した事か。でも、拓也達は俺の前でQueenの動画を見ても気付く素振りもなかったのにどうやって気付いたんだよ?」

「いや、俺達はギターを聴いても全然気付かなかったんすよ。でも、フトダがQueenの動画に映ってる十字架の映像から栄女の礼拝堂の十字架だってなって、俺達調べに行って。それで話し合った結果、Queenって真希じゃね?ってなってさっき本人に聞いたらあっさり白状しやがったって感じっすね。」

「白状しやがったって龍司あんた私に喧嘩売ってんの?」

「売ってねーけど内緒にしてんじゃねーよ。」

「別に内緒にしてないわよっ!聞かれたら答えてたわよ!」

「嘘つけ!」

「嘘じゃないわよ!」

「はいはい。龍司も真希も落ち着け。ここ。病院。わかった?」

間宮の言葉で龍司と真希は興奮して大声になってきていた事を反省した。

「ま、顔も名前も性別も明かさずに演奏だけで認められるなんて凄い事だよ。しかも利き手じゃない。凄い事だよ。」

真希が間宮に褒められているのに春人は自分が褒められている気分になって嬉しかった。おそらく拓也も龍司も表情を見る限り同じ感じなのだろうと思った。

「てかさ、どうしてPrincessじゃなくてQueenなんだよ?」

「それ私も聞いたー。」と雪乃が言った。

「Princessでも良かったけど、それならすぐに姫川だってわかるでしょ!だからQueenにしたのよ。」

「わかんねーし!」

「あんたはね。だけど、太田君なら名前がPrincessだったらもっと早く私だって気付いてたわよ。太田君だけじゃない。もしかしたら春人も拓也も気付いてたかもしれない。」

「別に内緒にしてたわけじゃねーんだろ?なら気付かれても良かったんだろーが。」

「そうよ。でも簡単にバレたら面白くないでしょ!」

「なんだよそれ!バレなきゃずっと隠すつもりだったのか?」

「隠すというか自分から言うつもりはなかった。」

「それを隠すって言うんだよっ!」

「あら?そう?」

「もぉー!2人ともやめてよ!真希さん。結衣の前で龍ちゃんとイチャイチャしないでよぉ!」

「イチャイチャしてねーよ!」

「イチャイチャしてないでしょ!」

2人が同時にツッコミを入れた後、拓也が真希に聞いた。

「どうして利き手じゃない方で演奏をしようと?」

「ん?ああ。動画サイトに投稿する前にさ。私別人になりなたかったの。」

「別人?」とみなみが首を捻って聞くと真希は、そう。と答えた。

「私じゃない別人として動画サイトに動画を投稿して普段の私では作らない曲を作って演奏して。だから顔も名前も伏せてQueenと名乗った。利き手じゃない右利き用のギターを使ったのもその一環。自分ではないQueenの演奏がここまで有名になるなんて想像もしてなかったけど、最初から有名になったらやりたいと思ってた事があるの。」

「なになになぁに?」と雪乃はいかにも興味津々といった感じで質問をした。

「私自身がプロになって有名になったらQueenの動画で正体を明かすの。私が有名になる前にQueenが先に有名になったのは嬉しい誤算だったけどね。」

「それ良い!それ良いね!」

雪乃はそう言った後に、でも。と少し暗い表情を浮かべて言った。

「Queenの正体を今明かした方がライブに人が集まるよ。それはもうライブハウスがうまるくらいになるよ。でも、それをしないって事?」

「今のままじゃライブ活動をしても去年雪乃がいた時程に人が集まらないのはわかってる。私がQueenだって明かした方が人が集まってくれるのもわかってる…」

「けど真希はそれはしたくねーんだろ?」

龍司がそう聞くと真希は答えに迷っていた。おそらく真希はQueenの正体を明かしてライブ活動をした方がいいのかもしれないと迷っているのだろうと春人は思った。

「俺達はQueenの動画の力は借りずに有名になっていこう。もしかしたらQueenに頼りたくなる時もあるかもしれないけど俺は実力で這い上がりたい。そしていつかThe VoiceのギタリストがQueenだって発表して世間を…いや、世界を驚かせてやろう!」

「拓也。それでいいの?もしかしたら今Queenの正体を明かした方がバンドとしてはいいのかもしれないよ?」

「いいじゃねーか。Queenの力に頼らずバンド活動をしたいって真希も思ってんだろ?なら迷う必要はねぇ。ハルも雪乃もそれでいいよな?」

龍司の問いに雪乃は頷き春人は、バンドの生みの親もリーダーもそう思ってるなら俺達は従うのみだよ。と答えた。

「ま、Queenは俺達の最終兵器って事だな。とにかく正体が出来るだけバレないようにする為にここにいる俺達と凛。それから世話になってるフトダと念以外には秘密にしておくか。おまえら真希がQueenだって広めんなよ。俺達が真希の正体を明かす時は俺達が有名になってからだ。わかったな?」

春人達が皆深く頷くと拓也が独り言を言う様に呟いた。

「そろそろ俺達ライブ活動復活させなきゃな。迷ってても仕方ないし動かないと…ちゃんと活動しないからズルズルと迷ったままなんだ。」

「それ言えてる。」

「じゃ、ライブいつにする?日程決めるなら今出来るが?」

間宮のその一言で春人達はライブの日程を5月31日とその場で決めた。日にちに有余を持たせたのはみっちりと練習をしたいと真希が言ったからだった。


     *


夕食の時間となって白石凛はふぅとため息をついた。

(…家族3人で仲良く夕食、か…)

夕飯時に家族が揃っている場合凛達3人は必ず揃って食卓を囲むようにしている。これは必ずそうしようと白石が最初に決めた決まり事で最初のうちは凛も楽しかった。しかし、今は楽しくもないし食事の味さえ不味く感じるようになっていた。自分達は決して普通の家族ではないと凛は思っている。母親が再婚したから普通の家族と違うと言っているわけではない。食卓を囲む凛達は異様なのだ。


凛が席に着くと白石は笑顔になって、いただきます。と言った。凛も朱里も続いて、いただきます。と言う。食事中白石は笑顔で凛を見つめて来る。その笑顔がとても恐ろしく凛は感じている。

今年に入って朱里は凛が話し掛けても完全に無視をするようになったし凛に話し掛けてこなくなった。朱里は白石には話し掛けるが白石は凛の話題が出ない限り朱里の言葉に反応しない。白石は凛にばかり話し掛けて来るが凛はいつも一言で済ませるがそれでも白石は嬉しそうにニコニコとしている。今日だって白石は凛にピアノを習いに行きたかったら行っても良いんだよと言った。凛は冷たく、結構です。と答えて会話を終らせた。なのに白石は嬉しそうに微笑みながら凛を見つめて食事をしている。

(この人に対して私が冷たく接するようになってもう何ヶ月も経った。この人自身も私に冷たくあしらわれている事に気が付いているはずだ。なのにこの笑顔はなんなの…ホントに何を考えているのかわからなくて気持ち悪い…)


     *


間宮トオルは拓也達よりも先に雪乃の病室を出た。拓也達は面会時間の20時をとっくに過ぎていたが病室にまだ残っていた。院長の息子である春人がいるから看護師達も早く帰れとは言えないのだろう。

間宮はいつもは車で病院にまで来ていたが今日は徒歩で訪れていた。

車ではなく徒歩を選んだ理由は特にない。ただ、散歩がてら歩きたかっただけだ。

行きは上り坂で家から1時間以上掛かったが帰りは下り坂でそれ程時間は掛かりそうもない。

夜空の星が良く見える。

間宮は立ち止まり星空を見上げた。

「今日も星は綺麗に輝いているよ。」

いや…今日だけじゃない…あれからずっと――と間宮は思った。

(あれからずっと俺の目には夜空の星達が綺麗に輝いて見えているよ。)

この意味。ひかりならわかるよな――間宮は心の中で今は亡き恋人に問いかけていた。



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今、想う


4月15日



彼らが路上ライブを再開させて半月が経った。

しばらくは週に2回程行うだけらしい。

私はそれでも良いと思った。

私は路上ライブを再開してくれただけで嬉しかった。

だけど…何かが違う。

去年までの彼らとは何かが違う。何かが変わってしまった。

路上ライブ前に円陣を組まなくなった。

いつもの掛け声がなくなった。

そして、彼らから笑顔がなくなった。


何が変わってしまったのか?


私が感じた事を書くと、彼らは楽しんでいない。

去年までは本当に楽しんで歌っていた。

それは聴いている私達にまで伝わる程だった。

だけど、今は違う。


この日記。きっと読んでるよね?

ごめんね。こんな事書いて。



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