Prologue
主な登場人物(2015年時点)
橘拓也(18)The Voice ボーカル 柴咲西高校3年生 七色の歌声を持つ
神崎龍司(18)The Voice ドラム 柴咲西高校3年生
姫川真希(18)The Voiceのリーダー ギター(バイオリン・サックス) 栄真女学院3年生
結城春人(18)The Voice ベース 柴咲高校3年生
白石凛(16)柴咲西高校1年生 シンセサイザーDJ 特殊な耳を持つ
佐倉みなみ(18)栄真女学院3年生 拓也の恋人
霧島亮(14)中学2年生 JADE ギター 一度聴いた曲を覚える事が出来る
間宮トオル(43)ライブハウス「ブラー」オーナー・サザンクロス ギター
相沢ひかり(享年22)その恋人
相沢裕紀(46)その兄。サザンクロス ボーカル
吉田聡(44)サザンクロス ベース・音楽事務所『レディオ』エルヴァンのプロデューサー
奥田海(46)サザンクロス ドラム
黒崎沙耶(44)音楽事務所「オアシス」LOVELESSのプロデューサー 元サザンクロス ピアノ
栗山ひな(19)LOVELESS ボーカル HINA
西野弘志(19)LOVELESS ベース HIRO
郷田勉(19)LOVELESS ドラム II
赤木圭祐(19)LOVELESSのリーダー ギター KeI
相川念(18)柴咲西高校3年生
太田進(18)柴咲西高校3年生
咲坂新治郎(68)喫茶「ルナ」マスター
咲坂結衣(16)新治郎の孫娘 柴咲西高校1年生
丸岡楓(18)春人の幼なじみ 栄真女学院3年生
五十嵐智美(19)音大1年生
石原一成(19)ボーカル 音楽事務所『レディオ』所属
飯塚紀子(16)柴咲西高校1年生 和装のリーダー 三味線
中村あみ(16)高校1年生 和装 三味線
越野杏(16)高校1年生 和装 三味線
堀田瑠衣花(16)高校1年生 和装 三味線
中田佳奈(16)高校1年生 和装 尺八
堀川遥(18)大阪南夏高校3年生 ひなの大阪時代のバンド仲間で拓也の元クラスメイト ホワイトピンク ドラム
与田芽衣(18)大阪南夏高校3年生 ホワイトピンク ボーカル
赤羽サト(19)ホワイトピンク ギター
生島まどか(19)ホワイトピンク ベース
芹沢嵐(18)JADE ボーカル兼ピアノ
新川日和(18)JADE ドラム
文月響(14)オリオン ボーカル
有栖詩(14)空と蒼と詩 ベース
向井陸(14)インディアンズ ドラム
京虎一(40)週刊ビョークの記者
長谷川雪乃(19)天才ピアニスト
3度目のチャイムを鳴らした時やっと応答があった。
菜々子が自分の名前を告げるとインターホン越しの男が驚きの声を出したのがわかった。
菜々子は娘の赤い日記帳を大事そうに両腕で抱きしめながらその人物が現れるのを待った。
ドアを開け現れた娘の恋人だった男は菜々子が尋ねて来た事に驚きの表情を隠しきれていなかったが、その顔つきは覇気がなくまるで廃人のように菜々子の目には映った。
娘が日記を書いていた事を話すと彼は知らなかった様子でさらにきの表情を浮かべた。
娘の日記を途中まで読んだ事を告げ菜々子は日記帳を手渡した。
やっと、渡す事が出来たよー菜々子は心の中で今はもういない娘にそう告げた。
2015年2月14日 墓石の前にて
相沢ひかりが眠る墓石の前に間宮トオルがやって来た時、既にお花が添えられ軽く掃除もされていた。
「誰か来ていたのか?」
冬だというのにやわらかな優しい風が間宮にそよいだ。その風はまるでひかりが返事しているかのようだった。
「そうか。命日だもんな…」
間宮は手を伸ばし、ひかりのお墓に優しく触れたあと雲一つない綺麗な青空を見上げた。
2015年4月1日(水) 柴咲駅前ロータリーにて
去年の年末からThe Voiceはバンド活動を全くしていなかった。2月に一度だけ本番さながらに練習をしたもののその時、神崎龍司は演奏をしながら違和感を感じた。いや、龍司だけではなく全員が違和感を感じていたはずだ。『何かが違う』と。
雪乃が抜けて4人となったバンドは何かが変わってしまった。
しかし、4人はバンド活動を続けたいと願っている。しばらくの間はライブハウスでの演奏やバンド練習を休止する事に決めた。路上ライブだけは再開させる事になったが、それも先月になってからようやく決めた事だ。
そして、今日がその路上ライブ再開の日だ。
去年なら路上ライブを始める時間より前に人だかりが出来ていた。しかし、今、目の前には知り合いの顔しか確認できない。
4人は円陣を組み龍司以外のメンバーは龍司の顔を見つめ龍司の言葉を待った。いつもならライブ前に必ず龍司は、楽しもう。と言っていた。しかし、楽しもうという言葉は今は違うと龍司は思った。俺達がバンド活動していなかったら雪乃は事故に遭わなかったんだという想いがここで出てしまったからだ。そして、龍司が声に出した言葉は「始めよう。」だった。その言葉を聞いた龍司以外の3人は俯いて返事をした。
路上ライブが始まっても去年突然路上ライブをやめてしまったバンドの周りには以前のように人は集まってくれなかった。
この日から龍司は円陣を組んでも以前のように「楽しもう」という言葉を使わなくなった。
2015年4月21日(火) Queenの部屋にて
Queenは先ほど撮影したばかりの動画の編集作業を進める手を止め曲のタイトルを考えた。
少し考えた後、最近の自分の心境を映し出しているようなこの曲のタイトルは『迷い』に決めた。
最初は英語のタイトルばかりだったが去年から日本語のタイトル曲が続いている。
動画投稿初期の段階では英語タイトルばかりをつけて日本人なのか外国人なのかわからなくするつもりでいたが去年Queenには様々な事が起こった。その影響で日本語タイトルを付けるようになってしまった。当初の目的では自分ではない別人として活動するつもりだったが辛い事が起きる度、曲には自分が出てしまう。
本来の自分ではない別人として動画サイトに動画を投稿して3年。普段の自分では作らない曲を作って演奏をして顔も名前も伏せてQueenと名乗った。
頻繁に動画を投稿しているわけではないのだが顔も性別も国籍も何もかも明かしていない事が良かったのか去年ぐらいから再生回数も登録者数もどんどんと増えて現時点で50万人を越えた。今年の年末には70万人〜80万人まで増えるかもしれない。そうなると来年には100万人も見えて来る。
正直Queenの動画がここまで有名になるなんて想像もしていなかった事だったが最初から有名になったらやりたいと思っていた事があった。だが、今はその時ではない。順番が違う。Queenが先に有名になっても意味がないのだ。
Queenは動画の配信を終えて立ち上がりダークグレイの殺風景な部屋の窓から見える景色を見てしまったと思った。今日の動画の撮影からブラインドを閉めて演奏をするつもりだったのにそれを怠ってしまっていた事に気付いたからだ。この景色にはQueenも気付かなかった場所を特定する事が出来る建物が見える。
見知らぬ誰かに正体や住んでいる場所を特定されたくない。リアルではQueenの正体に気付き始めている者も身近にいるがそれは別に問題ではない。Queenの正体に気付いた者に対して隠すつもりはないのだから。自分から人に教える事はないが、お前がQueenなのかと聞かれれば正直に答えるつもりでいる。だがそれはQueenの知り合いだった場合だけだ。全く知らない人に”今”正体を明かすつもりはない。
Queenには有名になったらやりたいと思っていた事があるのだから。
2015年6月1日(月) 結城総合病院診察室にて
診察室に通された佐倉みなみは最近の体調の具合を院長先生に話した。みなみの話を聞く院長先生のメタルフレームの眼鏡の奥の目がいつになく鋭く厳しい。
「息切れ、むくみ、動悸、疲れやすさ。それから腹水か。階段を登るのも息切れをしてしんどいんだね?」
「…はい。」
「食欲の方はどうかな?」
「食欲はあります。」
院長先生は、そうか。と答えてから暫く沈黙を続けた後言った。
「みなみちゃん。そろそろ高校に行っている場合じゃないみたいだ。もう、入院した方がいいだろうね。」
「……」
みなみと共に診察室に入っていた両親もみなみに入院する事を進めた。しかし、みなみは首を縦に振らなかった。
「外来に通うので入院だけは…まだ入院はしたくない…」
「だけどねぇ。今年に入ってからどんどん症状が進んでいる。」
「それでも学校には行きたい。大切な友達がいるの。少しでも長く一緒に過ごしたいの。出来る事なら高校は卒業したい。出来る事なら大学にも通いたい。出来る事なら…」
結婚もして子供もほしい。そう言いたかった。しかし、みなみは泣き出して言葉にする事が出来なかった。
院長先生は両親の顔を見た。
両親はこの時悲しい表情を浮かべていたのだろうが俯くみなみには2人の顔は見えなかった。
「ねぇ先生?これってわがまな事なのかな?私、わがまま言ってるのかなぁ。」
みなみはなんとか医師の許しをもらう事が出来たが、塩分制限、水分制限をする事になった。
(はぁ、次何か起こったら確実に入院だ……いや、それで済めばいいけど何かあれば私はもしかしたら死ぬのかもしれない…普通の生活を送れるのもそろそろ終わりが近づいているのかもしれない……)
2015年6月21日(日) 海が見えるグループホームにて
<海が見える場所>木の看板に書かれた文字を見つめ白石凛はその名の通りの場所だと思った。
周りには海しかない。雪乃がこのグループホームに入居したのは一昨日の事だ。まだ人にも生活環境にも慣れていなくて雪乃は寂しくしているのだろうと凛は思った。
(夜な夜な師匠は寂しくて泣いているのだろうか?)
立派な建物を見上げながら凛はそう思った。
凛がグループホームの敷地に足を踏み入れると海が一望できる広場がある事に気が付いた。
凛は何故かそちらが気になり建物の中に入らず広場の方に向かった。
広場には海を眺めるためだろうか長椅子が設置されている。
その長椅子の横に車椅子に乗った雪乃の後ろ姿があった。
(師匠…どうして一人で外に?)
凛は恐る恐る少しずつ雪乃の背後に近づいた。
(一人で建物から出てここまで来たのだろうか?いや、師匠は一人で車椅子を動かす事なんて出来ない。介護者がここまで師匠を連れて来たんだ。だけど、その介護者が見当たらない)
雪乃は車椅子のタイヤをなんとか掴み車椅子を前に進めたが上手く腕が動かなくて車椅子はほんの少ししか前に進まなかった。
くそっ。と小さく悔しがる雪乃の声が聞こえた。
尚も雪乃は上手く動かない腕を使って車椅子を前に進めようとする。
今度は上手くいき車椅子はさっきよりも進んだ。
凛は歩くのを止め、雪乃のその様子を暫くの間見つめていた。
少しずつ雪乃は崖の方に向かって行く。
(まさか…まさか…)
嫌な予感を覚えて凛は走り出した。そして、車椅子のグリップを必死に握りしめ、雪乃が前に進むのを止めた。
「なにっ!?なに!?離して!」
雪乃は叫んだ。凛は力強くグリップを握りしめたまま俯き、そして泣きながら叫んだ。
「嫌だ。嫌だよ。師匠。死なないで!」
「凛…ちゃん?」
雪乃は後ろを振り向いたが凛の姿を確認出来ず右に左に振り向こうとしていた。
「師匠…死んじゃ嫌だよっ!」
雪乃は振り向いて凛を確認する事は出来ないと諦め海を見つめながら落ち着いた様子で言った。
「凛、何泣いてるの?勘違いだよ。私は死のうとはしてない。」
「嘘っ!嘘だっ!今崖の方に行こうとしてたっ!」
凛は雪乃の肩に両腕をまわし抱きしめた。
2015年8月17日(月) 喫茶「ルナ」にて
「おいっ!大丈夫か?みなみちゃんっ!!」
結城春人は大声を出してみなみが倒れている場所に駆け寄った。さっきまで3人が使っていたカップや皿は全て床に落ち粉々に割れ散乱している。そのガラスの破片を避けながら結衣も凛もみなみの側に駆け寄った。
「新治郎何が起こったの?」
「急にみなみちゃんが倒れたんだ!おいっ!みなみちゃん!聞こえているかっ?」
「救急車を頼むっ!」と春人が言うと凛が「…あ、うんっ!」と答えた。
動かないみなみの様子を見ながら春人が凛の様子を見ると凛は震える手でスマホを鞄から取り出し番号を押そうとしているが上手く押せないらしくてなかなかスマホを耳元に持っていかない。春人は自分で救急車を呼んだ方が早いと判断しポケットからスマホを取り出したその時、「待って。」とみなみが言った。春人がみなみを見ていない間にみなみは気を取り戻していた。そして、みなみは春人の手を持ちながらゆっくりと立とうとした。
「無理はしない方がいい。」
春人はそう言ったがみなみは立ち上がろうとする。その体を支えながら春人は、大丈夫か?と聞いた。みなみは、うん。と答えながらゆっくりと立ち上がった。
「マスターごめんなさい。お皿やカップ、全部割っちゃった。」
「いいんだ。そんな事より大丈夫なのか?ほら、椅子に座って。」
新治郎に言われた通りみなみはさっき春人が座っていたカウンターの椅子に座った。いつの間にかカウンターの中に入っていた結衣がお水を入れたコップをみなみの前に置いたが水分制限をしているみなみはその水を口にしなかった。
「みんなありがとう。ちょっと立ちくらみがしただけだから心配しないで。みんなライブに遅れちゃうよ。私の事は構わずに。さあ、エンジェルへ向かって。」
「みなみ…」
みなみは俯き春人に言った。
「春人君…今の事は拓也君には伝えないで。」
「でも…」
「春人君はいつも正しい判断をする人だと私は思ってる。私が倒れた事を拓也君に報告するのは正しいんだと思う。でも…お願い。拓也君には言わないで。結衣ちゃんも凛もマスターも。拓也君だけには言わないでほしい。心配掛けたくないんだ。気を使われたくないんだ。嫌われたくもないし、私といるのが重いと思ってほしくないんだ。」
「だけど…」
みなみは俯いたまま春人が話し出す言葉を掻き消す勢いで「お願いっ!お願いします。」と言った。その勢いに負けて春人は何も言い出せなくなった。
「わかったよ。サクラちゃん。春人くんも凛ちゃんも新治郎も今の事は話さない。拓也くんだけじゃなくって真希さんや龍ちゃんにも話さない。今ここにいる4人だけの秘密。それでいいよね?」
結衣のその言葉にみなみは「…うん。それでお願いします。」と顔を下げたままお辞儀をした。
2015年9月17日(木) ライブハウス『ページワン』にて
「俺、バンド辞めるわ。」
ライブハウス『ページワン』の楽屋で霧島亮は意を決して芹沢と新川に告げた。さっきまで芹沢と新川は楽しそうに会話をしていたがその言葉を聞いた2人は突然静かになった。そして、芹沢は亮に「はぁ?今、何て言った?」と告げて睨みつけた。
「だから、バンド辞めるわって。」
亮がそう言うと芹沢はテーブルに置かれていたコップを亮に投げつけた。亮は顔面目掛けて飛んで来るコップを腕で防いだが腕を下ろした時にはもう芹沢は目の前にいて大きく腕を振りかぶっていた。芹沢の拳を亮は防ぐ事が出来なかった。
亮は真後ろに吹き飛ばされ楽屋のドアにぶつかった。芹沢は楽屋のドアを開ける。その瞬間店内に流れる爆音のBGMが亮の耳に響き渡った。芹沢は亮の茶色に染まった髪の毛を持ち楽屋から引きづり出した。そして、亮の顔面に膝蹴りを入れ、大きな声を出しながら亮の胸ぐらを掴み片手で水槽目掛けて亮を投げ飛ばした。
ページワンの特徴的な巨大な水槽のガラスが大きな音をたてて割れ勢いよく水槽の中の水と魚が廊下に流れ出す。亮が気が付いた時には自分がその水槽の中にいて踞り水浸しになっていた。芹沢はまた亮の髪を持ち、「お魚ちゃん。出て来いよ。」と薄ら笑いを浮かべ水槽の中から亮を地面に引きずり下ろした。そして、馬乗りとなって亮の顔面を何度も何度も殴り始めた。亮の顔面は血で真っ赤に染まっていく。爆音のBGMを掻き消す程の女性の悲鳴が観客席の方から聞こえてくる中、亮の意識はそこで消えた。
2015年12月24日(木) ?
ゆっくりと目が開いた。
うっすらと光が滲む。
起きなきゃ。すぐにそう思った。
次に今何時だろう?という疑問が頭に浮かぶ。
いつもスマホを置いている場所に手を伸ばそうとしたが上手く腕が上がらない。
スマホを取るのは諦めて窓の方を眺めた。
カーテンはされていない。
外は真っ暗な闇。
窓の位置が違う。違和感を覚えながらも思考が止まり頭がぼーっとしてそれ以上の考えが進まない。
ただ外だけをしばらく見つめていた。
ぼーっとした頭がまわり始めた。
今日は12月24日。雪が降り積もっていて。The Voiceのコンサートで…
暗闇にも目が慣れてきたところで、ん?と疑問に思う事があった。
あんなに降っていた雪がやんでいる。
ん?とまた疑問が浮かぶ。
私はコンサートに向かう為に家を出た…そして、雪が降り積もる道を確かに歩いていた……
まさかと思い起き上がろうとしたが体が上手く動かない。
首だけで辺りを見渡す。
ここが自分の部屋でない事にそこでやっと気が付いた。そして――




