Episode 8 -現在 2015冬-
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2015年12月14日(月)
(送別会ライブか…やってあげたらよかったなぁ。)
栗山ひなは拓也に歌を送る事も送別会をする事もしなかった。
(結局、今までウチは拓也と一緒に歌った事ないんやもんなぁ…拓也と一緒に歌ってみたかったなぁ…)
拓也が神奈川に引っ越してからひなと遥はギタリストとベーシストをなんとか捜し出し出来るだけライブ活動をするようになった。文化祭の時のように緊張のあまり歌えないという事はなくなっていたが人前に出ると緊張をするのは相変わらずだった。それなりに順調だったバンド活動は数ヶ月活動しただけで解散となった。解散の理由はプロを目指したいひなと趣味としてバンド活動をしたいギタリストとベーシストとの気持ちの相違だった。
ひなが神奈川でバンドメンバーを探すと遥に伝えた時、遥は本当に残念そうな表情を浮かべて、ひな先輩とバンドを続けたい。と言ってくれた。
遥はプロを目指そうとはしていなかったはずなのにプロを目指すひなと共にバンドを続けたいと言ってくれたのは何故だったのだろうと今更ながらひなは思う。
(はるカン…元気にしてるやろか?高校卒業したらあの子どうすんねやろう?)
CD発売まであと10日と迫ったこの日、ひな達LOVELESSの4人は黒崎に事務所に来るようにと呼び出され、今事務所の会議室にいる。ひなは黒崎が現れるまで自分達の動画チャンネルを見る事にした。
これまでひな達は動画サイトにメインチャンネルとサブチャンネルを持ち、メインチャンネルではこれからデビューするひな達4人の名前と写真を格好良く使った短い自己紹介動画を一本だけ配信している。
サブチャンネルでは郷田のツーと西野のヒロの2人がメインで動画配信を行っていて時々赤木のケイがゲスト的な感じで出演している。そして、この前初めてひながホイッスルボイスというタイトルの動画で出演を果たした。その動画が反響を呼んで1000人くらいだった動画登録者数が一気に増えて今では20万人の登録者がいる。
「やっぱ、ヒナの動画の再生数は今も伸び続けているな。この調子だと登録者数50万人突破もすぐだな。」
「ファッション雑誌で表紙を飾ってからの動画登場ってのも良かったんだろうな。」
「やるよなぁ沙耶さん。まさかファッション雑誌関係に知り合いがいるとはな。もしかしてプロデューサーとしてなかなかの敏腕だったりして。」
「俺も思った。あえてヒナを動画のサブチャンに登場させずにいて雑誌の表紙を飾った後に動画登場させるとか計算してたんだと思うと凄いよ。」
郷田と西野の会話を聞いた赤木はひなが表紙を飾った女性ファッション誌を手に取り、「これだけ見たらモデルだもんな。」と言った。ひなが調子に乗って、「そやろぉ〜。ウチもモデルなれる気がしてきたわぁ。」と言うと、赤木は、「しかし、問題はヒナの関西弁だな。」と冷めた口調で言った。郷田と西野が同時に、「だな。」と答えた。
「どういう事?」
「見た目とギャップがありすぎる。沙耶さんはヒナの関西弁を辞めさそうとしてるのか?」
「関西弁を辞めさせるつもりなん?そんなんなんも聞いてへんで。」
「だけど、動画撮影の時は関西弁禁止されてたよな?」
「確かに。」
「そう言われたらそうやったけど、それ以降は何も言われてへんで。」
「沙耶さんも関西弁をどうするか悩んでいるんだろうな…」
「自然でいいやん。自然で!せやっ!雑誌で思い出したけど、今度4人で雑誌のインタビューも受けるって沙耶さん言ってたで。他にも4人で雑誌の表紙飾れそうって言うてたし…」
「マジ敏腕!」
「ところでツー?ウチ動画サイトの事ようわかってへんねんけど、なんか有名な奴おったやん。男か女かわからんギター弾いてる奴。」
「Queenな。」
「そうそう。クイーン。そいつでどのくらいの登録者数なん?」
「確か70万人かな。」
「それって凄いの?」
「素人にしてはかなり凄い。」
「そうなんや。」
「テレビでは全く無名でも人気者になれるって事だな。」
「なるほどな。そういえばメインチャンネルでミュージックビデオを配信するって沙耶さん言ってたけど、いつ配信する予定なんか聞いてるか?」
「さあ?」
と郷田が答えると、「今からよ。」と言って沙耶が会議室に現れた。
「今日あなた達4人をここに集めたのは他でもない。ミュージックビデオを配信して仲良くみんなで見ようと思ってね。」
「それだけの為に俺達呼ばれたわけ?」
「それだけの為とは失礼ね。これも大切な事よ。だって初のミュージックビデオを4人で見てみたっていう名のサブチャン動画を撮るんだから。」
「え?俺もヒロも何も聞いてないんだけど…」
「今、ふとやろうと思った事だから。でもカメラは持って来てるから大丈夫よ。じゃ、カメラ回すわよ。ツーとヒロはいつも通り司会してよぉ。あ、あとヒナは関西弁禁止ね。話すなら標準語。じゃあ、はい。スタート!」
黒崎は強引に撮影を始めた。
「エル・オー・ヴイ・イー・エル・イー・エス・エス。ツーと。」
「ヒロです。」
「コンチワっ。えー。今日の動画はですね。今まで一本しか配信していなかったメインチャンネルがですね。とうとう新しい動画を配信されるという事で今撮影しているんですけども。」
「もうサブチャンの方が動画配信を頻繁にしているのでどっちがメインだかわからない状態ですね。」
「確かに。」
急にカメラを回されたというのに郷田と西野は何のためらいもなくいつもの動画の挨拶をし、話を進めていく姿にひなは関心した。
「ところでツーさん。メインチャンネルの新しい動画っていうのは?」
「よくぞ聞いてくれました。なんとデビューシングルのミュージックビデオです。それをラヴレスの4人で見ようと思いまして今動画を撮っているわけです。」
2人の掛け合いをしばらく聞いていた黒崎がカメラを回しながら言った。
「デビューシングルでオリコン1位になれなかった場合。バンド活動が出来なくなるっていう噂を聞いたんですけど、それって事実ですか?」
(それを動画配信で言うんかいっ!)
動画を撮っている時の黒崎はあくまでもスタッフとして質問をしてくる。郷田は少しためらった後答えた。
「それは…おそらく事実です。」
「おそらく。というのは?」
「はっきりと言われたわけではないので…」
「そうですか。ところでデビューシングル発売日って12月24日のクリスマス・イヴですよね?」
「はい。そうです。」
「その日って確かあのエルヴァンさんのシングル発売日じゃなかったですか?」
「スタッフさん。よくご存知で!そうなんです。ラヴレスはいきなりあのデビューから15年もの間連続でオリコン1位を獲っているエルヴァンさんとCD発売日が一緒になってしまいました。しかし、こうやって動画を配信して少しでもエルヴァンさんの売り上げに近づけるように。と思っております。
では、ヒナとケイの2人もこうやって待ってくれているので、そろそろミュージックビデオを見ようかと思います。このサブチャンではミュージックビデオを4人で見るっていう、ただそれだけの動画を配信するんですけども、ちゃんとしたミュージックビデオを見たいという方は概要欄に貼っておきますのでそちらから見て下さい。では、4人で見ますか。」
「あ、その前にラヴレスのリーダーから一言もらいますか?」
西野の言葉にひなはコメントを考えていなくて何を話そうかと頭が真っ白になったその時、郷田が、「そうですね。じゃあ、リーダーのケイ。一言お願いします。」と言ったのでひは立ち上がり驚いた。
「ちょっとたんまっ!えっ?待って。え?このバンドのリーダーってケイなん?ウチちゃうの!?」
ひなは動画を撮影している事もさっき黒崎から関西弁を禁止された事も忘れ話し出していた。
「ヒナ。お前今更何言ってんだよ?夏に俺がリーダーになるって決まっただろ?」
「うそぉ〜ん。普通ウチがリーダーやろう!だってウチがアンタらを集めたんやで!」
「集めたのはヒナじゃないだろう?」
「間宮トオルにメンバーを集めて欲しいって頼んだんはウチやでっ!」
*
この動画が出るまでのひなの印象はクールで無口といったイメージをほとんどの人に持たれていた。モデルのような見た目のひなは黙っていればクールそうで取っ付きにくい雰囲気がある。しかし、この動画で話すひなを見たほぼ全ての人がそのクールそうな印象と全く違うひなのギャップに好感度を抱いてくれた。動画のコメントでも、この人、関西弁使ってる。に始まり、見た目と関西弁のギャップにやられた。だとか、話すと印象が全然違っていい。とか、気取った感じの人だと思ってたけどこの動画で印象変わった。などなど好印象を持たれたコメントが数多く書かれていた。
黒崎沙耶がLOVELESSを売り出すうえで一番どうしたらいいかわからなかったのがひなの関西弁だった。見た目とのギャップが激しすぎる為この動画を撮るまで黒崎はひなをクールな印象で売り出そうとしていた。しかし、この動画を撮っている最中、黒崎は普段のひなの姿を出していった方がいい事に気付いた。
(この子はクールな見た目だけど、きっとクールぶるより普段通りの方が輝いてる。それにこのギャップがたまらなく可愛くて私は好きだな。私が好きだと思える事の方が大事だよね。)
ひな達は仲良さそうにミュージックビデオを見ながら話している。黒崎は4人のその姿を動画に撮影しながら微笑んでいた。
(うん。決めた。ひなには普段通り関西弁で話してもいいと伝えよう。)
黒崎が心の中でそう決めた時、ひなは動画の中に映る自分の姿を見ながら、「こいつめっちゃ気取っとんなぁ!こんな奴実際おったらいてこましたんねん!このボケがぁ!」と楽しそうに叫んだ。
「……」
(今の部分は編集でカットね…やっぱ関西弁は禁止しよう…)
*
「間宮トオルにメンバーを集めて欲しいって頼んだんはウチやでっ!」
「間宮トオルにメンバーを集めて欲しいって頼んだ…」
「間宮トオルにメンバーを集めて…」
「間宮トオルに…」
「間宮トオル…」
「間宮トオル…」
「間宮…」
「間宮…」
「間…」
京虎一は偶然見つけたその動画のその部分を何度も不気味な笑みを浮かべながら繰り返し見ていた。




