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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice‬ vol.1
3/59

間奏曲 1 ーEPISODE Ryujiー


2014年4月22日(火曜日) 20時30分


神崎龍司は仰向けのまま涙で滲む星達を眺めていた。

口の中がやたらと鉄の味がする。

折れていた右腕はズキズキと痛む。

そして、左目は触らなくても腫れ上がっているのがわかる。

(クソっ。さみぃーし、いてぇな…)

この夜の冷たさが龍司には肌寒く気持ちをイライラさせた。

龍司は顔をゆっくりと右に向けツバを吐き出す。

そしてまたゆっくりと顔を夜空へと向ける。

「…なんて綺麗な星空だ……」

龍司は一人誰もいない暗闇の中でそう呟いた。

星を眺めているとイライラしていた気持ちが和らいでいくような気がした。

「そういえばこの場所…」

とまた龍司は声を出して呟いた。

「…タクと初めて出会った場所だ……すまねぇなタク…お前を新メンバーには加えられねぇ…

それにしても…タク……あの時……すっげー綺麗な歌声だったな……」



2014年3月29日(土曜日)


この日、龍司は暇を持て余していた。何もする事がない時は決まってこの河川敷に来ては、ただぼーっと景色を眺めたり、大の字になって眠ったりしていた。

この日の昼もそうだった。

時々バンド仲間の赤木圭祐(けいすけ)と西澤真一(しんいち)がやって来ては龍司にちょっかいを出して帰って行く時もあったが今は春休みで2人は来ない。いや、バンドメンバーが4人の頃は来ていたが1人抜けてからは来なくなった…バンドが3人体制になったのがちょうど1年前の春。

(3人になってからもう1年経つのか…4人の時は楽しかったな…今は顔を合わせればケンカばっかだ。)

別に仲が悪い訳ではない。と、龍司自身は思っている。

仲が悪い訳ではないが赤木や西澤に対してちょっとした事でイライラするようになった。

その原因も龍司にはわかっている。

1年前メンバーの一人が抜けるきっかけとなった事件があった。その事件以降龍司は赤木と西澤に対しての態度が変わってしまった。

(今思えば二人とは元々価値観が合わなかったのかもな…真希がいた時は他のバンドとモメる事もなかったし仲間同士でケンカする事なんてありえなかった。真希が価値観が合わない俺達を上手く合うようにしてくれていたんだ…真希の奴……偉大だったな……)

龍司は芝生に大の字になって目を閉じた。

子供達の遊ぶ声が聞こえる。鳥のさえずりが聞こえる。草木の葉が風に揺れて擦れ合う音が聞こえる。それらを聞いているうちに龍司は深い眠りに落ちて行く。そして、夢の中で声がする。

『よくこんな外で眠れるな。』

去年、真希に言われた言葉だ。今、実際に言われている訳ではないという事を龍司は夢の中で理解した。

『俺、どこでも寝れっから。』

夢の中で龍司は去年実際に答えた事を言った。

『…触らないで…』

場面が変わり真希が踞る姿が見える。

『すまない。すまない。』

龍司自身が真希に謝っている姿が見える。

–ラララ〜 ラララ〜–

(んっ?)

『…お前。もう二度と娘に近づくな。』

また場面が変わり真希の父親がそう言った。

暗い廊下を去って行く真希の父親の背中をただじっと見つめる龍司の姿が映る。

–咲き誇る頃は美しく ゆらゆら ゆらゆら 揺れている–

(これは…?)

『最初に暴れ出したのはテメェだろーがっ!』

これは赤木の声。

『俺は止めてた。』

これは西澤の声。

–散りゆく時は儚げで ひらひら ひらひら 風に舞う–

(女性の歌声が聴こえる…一体誰の…?)

『お前らバンドの心臓を無くしたみたいだな。』

これはトオルさんの声。

–散りゆく時に花びらは 希望に満ち溢れているのでしょうか–

(この女性が歌うこの歌は…?)

『真希を止めなかったのか?』

これはマスターの声。

『龍ちゃん一人でだいじょーぶ?』

これは結衣の声。

–それともこれが最後だと 諦めてしまっているのでしょうか–

(俺の知らない声…俺の知らない歌…)

『バンドなんてただの遊びだったけど…結構楽しかったよ。』

これは…そう。真希がバンドを辞める事を告げに来た日の映像だ。

真希はずっと笑顔だった。だけど、アイツ本当は辛かったはずなんだ…

俺は…真希を引き止められなかった。引き止められるはずがなかったんだ…

–ゆらゆらゆらゆら 揺れながら–

–ひらひらひらひら 飛んでゆく–

–これが最後の別れでしょうか–

–それとも新たな旅立ちでしょうか–



綺麗な歌声がする。これは夢の中なのか?それとも現実の世界なのか?

龍司には夢と現実のどちらなのかがわからなかった。

目をゆっくりと開けてこれは現実なのだと少しずつわかっていった。

どのくらい眠っていたのだろう。数分?数時間?やけに生々しい夢を見た。

眠りの中でところどころ耳から入る現実の歌声と夢の中の会話が混ざり合って変な感覚を覚えたのだが何故か心地良い気分でもあった。

(…で、誰が歌ってるんだ?)

龍司は上半身だけ起き上がった。するとすぐ近くに今歌を歌っている人物がいた。

こちらに背を向けて歌っている後ろ姿を見て龍司は驚いた。

(マジかよっ!女が歌ってるもんだと思ってた…)

後ろ姿を見ただけで男だとわかった。

龍司は男の背中をただ見つめながらその歌声に魅了されていた。

(驚いた…めちゃくちゃ綺麗な歌声だ…)

龍司は声をかけようとはゆっくり立ち上がった。

少し赤みがかった髪の男の身長は龍司より少し低いくらいだった。

175cmくらいかと龍司は何故か身長を確認した。

声をかけようと立ち上がった龍司だっが歌っているのを邪魔したら悪いと考え直しもう一度同じ場所に座り直した。

(歌い終わるまで待つか…)

そう思った時、赤髪の男は歌うのを辞めた。



「メロディーはともかく良い声だな。」

赤髪の男はビクっと肩を上げて驚いた。そして、凄く驚いた表情をしながらこちらを振り向いた。

突然声をかけてしまったせいでびっくりさせてしまった。

「あっ。ごめん。ごめん。すぐ後ろで寝てたの気付いてなかった?

でも、びっくりしたなぁ…女の人が歌ってんのかと思って目開けたら男だもんなっ!

いや、マジびっくりしたわ。」

「すみません。」

と何故か赤髪の男は龍司に謝った。そして、すぐにその場から立ち去ろうとするので龍司は急いで立ち上がり声をかけて引き止めた。

「ちょっと待った。あっ。俺。西高の神崎龍司。」

この時、龍司はこの赤髪の男を引き止めなければいけないと感じた。

こんなに綺麗な歌声を持つ男と出会ったのは初めてだったというのもあったが、それとは別に今この男を引き止めなければ何か大切なものを失ってしまうのではないかと本気でそう感じた。

何を失うのかは龍司自身にもわからない。

だけど、きっとこれからの未来の何か大切な物なのだと感じた。

そんな不思議な感覚だった。



拓也が同じ高校の転校生でしかも同い年とわかった時、龍司は心の中で本当に引き止めて良かったと思った。龍司には高校に入ってから友達と呼べる人がいなかったからだ。中学までは沢山の友達がいた。その友達とも高校入学と共に龍司の方から距離を置く様になっていった。

友達と距離を置くようになった原因は自分でもわかっている。

簡単に言えば大切な仲間を自分のせいで失いたくない。という事だ。

仲間を失う時の事を先に考えてしまう自分が情けなくて嫌だった。

中学の時みたいに仲間と笑っていたい。

だけど、今更どうやって友達を作ればいいのかがわからない。

他の同級生達は1年の時に友達を作るが龍司はその1年の時に友達なんていらないと思ってしまった。そして、1年が経ちこの春から高校2年となる。この1年間で龍司の心境も変わって来た。

友達がいないのは本当に寂しくて辛い。誰でもいい。仲間がほしい…



気が付けば龍司は一方的に話していたような気がする。サザンクロスの名前が出て来た時は本当に驚いた。タクとは気が合うのがこの数分でわかった。もっと話していたかったがスマホが鳴っている。

「わりぃ。電話。」

龍司は拓也から背を向けてスマホの画面を見る。ベースの西澤からだった。拓也から少し距離をとって電話に出た。

「龍司?明日エンジェルでライブする事になった。お前来れるよな?」

「えっ?明日かよ。急だな。」

「去年俺達が暴れた店だからな。声をかけてもらえるなんて思ってもいなかったから即答でオッケーしちまった。んで、練習しようと思うんだけど。」

「今から?」

「そう。赤木もすぐに来れるって。お前もすぐ来てくれよ。」

「ああ。わかったよ。」

「もうライブ中に暴れるなよ。今度暴れたら俺達二度とエンジェルで演奏できなくなるんだからな。」

「わかってるよ。って俺らその店で暴れたか?名前聞いてもピンとこねーよ。」

「お前ホントバカだな。」

そう言って電話を切られた。龍司はエンジェルという店を思い出そうと少し考えたが全然思い出せなかった。そして、拓也に明日ライブする事になったから興味があるなら来てくれと誘うかどうか悩んだのだが結局、龍司は拓也を誘うのを辞めた。

ここ1年。ボーカルの赤木とは顔を合わせればいつもケンカをしてしまう。

多分今日もこれからモメるのだろう。明日のライブ本番でもモメるかもしれない。だから拓也をライブに誘うのは辞めておいた。

「呼び出しかかっちまったわ。んじゃ、俺行くからまたな。春休み終わったら学校で会おうぜ〜。」

龍司は急いで柴咲駅の近くにあるいつも使っているスタジオに向かった。

スタジオに入る前に龍司はバイト先に電話をした。明日のバイト時間を5時までにしてもらうためだった。龍司のバイト先は楽器店で急なライブが入った時でも店長はいつも気にするなと言って融通を利いてくれる。今回もそうだった。


     *


「おっせーよ。何分待たせんだよ。」

その赤木の一言で龍司は頭に血が上った。

スタジオに着いたと同時に赤木に殴り掛かろうとしたのだが、西澤が龍司の目の前に立ちふさがって赤木に言った。

「そんなに待ってないだろ?練習始めるぞ。」

西澤に止められて3人は練習を始めたのだが、何度も歌詞を間違える赤木が許せなくて今度は龍司から赤木を挑発した。

「自分で書いた歌詞ぐらいちゃんと覚えとけよっ。」

「龍司っ!」

西澤はケンカになる前に止めようと龍司を制したが、赤木はマイクを床に叩きつけて後ろにいる龍司の方を振り向く。

「お前気にくわねぇんだよっ!」

赤木がそう言った後、龍司は立ち上がり戦闘態勢に入る。

西澤はなんとか二人を止めようとしたが、龍司と赤木は殴り合いのケンカを始めた。

この1年間、赤木と顔を合わせればいつもこんな感じだ。

今回もろくな練習もしないままライブを迎える事となった。


     *


龍司は暗闇の中ゆっくりと上体を起こして座った。暗闇に目が慣れているせいか少し先くらいなら月の明かりで周りが見えるようになっている。しかし、見えているのは右目だけで左目は暗いままだ。

「またあの日のように病院かよ…」



2014年3月30日(日曜日)


エンジェルでのライブ当日は夕方6時に柴咲駅集合だった。

いきなりモメるのが嫌で龍司は10分前に駅に着いていた。

5分前には西澤がやって来て6時ちょうどには赤木もやって来た。

「俺、場所わかんねーんだけどエンジェルって店どうやって行くんだ?」

龍司が2人に聞くと赤木は驚いた顔をした。

「お前マジかよ…」

西澤が続いて言った。

「お前去年も同じ様な事言ってたぞ。ここからタクシー乗って行くんだよ。場所は高級住宅街の栄女とか柴高の近くだ。」

「去年そんな店行ったか?」

「行ったよ。去年も同じ説明をしたはずだ。で、俺達その店で暴れたんだよ。電話でも伝えたが、昨日急にオーナーから電話もらって出演出来る事になった。もう出演は無理と思ってたんだけどな…赤木も龍司も頼むから暴れそうになっても我慢してくれよ。本来、俺達なんかが出演できる店じゃないんだからな。」

西澤はいつも龍司と赤木が暴れそうになったら止めに入る役割だ。この日のライブだって西澤は止めようとしてくれていた。

だけど、あのガラの悪い連中の執拗なまでのヤジに龍司は我慢が出来なかった。赤木も我慢の限界だったのだろう。いつも2人を止める西澤も決して冷静で穏やかな方ではない。龍司と赤木が喧嘩っ早いから一番に止めに入るが本来は挑発すればすぐにケンカをするタイプだ。

この店で暴れたのは2度目という事になるようだが龍司は去年もここで暴れた事なんて覚えていない。この1年間いろんなライブハウスで暴れてきたから、どこで誰とケンカしてモメたのかなんていちいち覚えていなかった。

だけど、いつも暴れた後には後悔だけが残った。


(またやっちまった…)


「お前らまたやってくれたな。」

オーナーの男の静かな声にとてつもない怒りがこもっているのが龍司にはわかった。

そして、また静かな声で言った。

「お前ら出入り禁止な。二度と来るな。」

救急隊員がこちらにやって来る。龍司は歩ける事を伝えて救急車に乗り込んだ。

赤木と西澤は店の入口で下を向きながらオーナーの話を聞いていた。

オーナーが話す声が龍司の耳に届いた。

「1年経ったから3人は変わったはずだと言われたのに残念だよ…1年前と何も変わっていなかった…」

(変わったはずだと言われた?一体誰に?…1年前?この店…この雰囲気…あの男…)

(………そうか…ここだったのか…)

(去年この店で俺達は……俺は…真希を……)


     *


「1年経ったから3人は変わったはずだと言われたのに残念だよ…か…」

暗闇の中、龍司はエンジェルのオーナーが言った言葉を自分の口で呟いていた。

(あのオーナー誰にそう聞いたんだろう?)

「まさか…真希が?あのオーナーに?」

(そんなまさかな…でも…そうだったら良いのにな…)

あの時折れた右腕も新たに痛めた左目もどちらも痛くてたまらなかった。

「ちくしょう…」

龍司は左手で涙を拭いた。

「ちくしょう…いてぇ…腕も目も心も…全部いてぇ……」

–ゆらゆらゆらゆら 揺れながら–

–ひらひらひらひら 飛んでゆく–

–これが最後の別れでしょうか–

–それとも新たな旅立ちでしょうか–

ふいに拓也がここで歌っていた曲が頭の中で鳴り響いた。



エンジェルでモメてから赤木と西澤に龍司は会っていなかった。2人とも停学処分を受けていたはずだ。何度か連絡をしようかと考えたが停学があければどうせ学校で会うだろうと思って結局連絡はしなかった。

停学があけても龍司はまず転校生の拓也の相手をしてやらないといけないと考えていた為、赤木と西澤に会いには行かなかった。



2014年4月22日(火曜日) 18時35分


「龍司また明日な。」

「えっ。ここ帰って来ねーの?」

「ここ何時までやってる?」

「10時。」

「わかった。」

拓也が急いで店から出て行く姿を見届けながら龍司はコーヒーカップをゆっくり持ち上げて言った。

「今から面接ってなったからってあんなに焦って行く必要あんのか?ブラーなんてここからすぐだぞ?」

「フフッ。完全に舞い上がっちゃってるね。」

「で、さっきのトオルさんの話だけど大事な部分がないって何が抜けてたんだよ?」

「…ひかりさん。龍ちゃんに話したよね?」

(…ひかりさん…そうだった…)

その名前で龍司は去年結衣から聞いたトオルさんの話を全て思い出した。

「…大事な話抜けてたな……」

「でしょ。今度拓也くんには結衣から話すから龍ちゃんはもう話すのやめてね。ややこしくなるからっ!」

「はいはい。すいやせんでしたー。」

龍司が心のこもっていない謝り方をしたちょうどその時、入口のドアが開いた。それと同時に龍司のスマホも鳴った。龍司はスマホの液晶画面を確認した。液晶画面には赤木圭祐と表示されていた。

(赤木…?)

「結衣ちゃんおはよー。あっ。いらっしゃいませー。」

さっき結衣が話していた新しいバイトの子なのだろうと顔は見ずに声だけで龍司は判断した。

「龍ちゃん?さっき話したバイトのサクラちゃん。いらっしゃいませーって今言われたでしょ!

挨拶くらいしたらどうなの?」

龍司は今それどころではなかった。なぜなら赤木から連絡がくるなんてバンドを組んでから初めての事だったからだ。

(いつもバンドの連絡をするのは西澤の役目だ。なのにどうして今日は赤木から?)

「ねぇ龍ちゃん?聞いてるのっ!」

「あっ。コンチワー。」

龍司は相手の顔も見ずに挨拶をした。

その間スマホは鳴り続けている。

(嫌な予感がするな…)

「ちょっと何よその挨拶っ!失礼でしょ!

んで、なんで電話出ないのよっ!着信音うっさいじゃないっ!」

「ああ。悪りぃ。赤木から電話掛かってきてるからびっくりしたんだよ。」

そう言って龍司は電話に出た。

「龍司か?赤木だ。話がある。今から柴咲駅に来い。」

「あぁん?なんだよ?急に」

「いいから来い。話はそれからだ。」

一方的に電話を切られた。スマホを置くと結衣が話しかけてきた。

「なんで赤木さんから電話があってびっくりするのよ。同じバンドメンバーなんだから電話くらいするでしょ。」

「電話する程仲良くねぇからな。じゃ、そろそろ俺行くわ。タクが来たら今日はもう帰ったと伝えといてくれ。ごちそうさん。ウマかったよ。んじゃな。」

コーヒー代をカウンターに置き龍司は一つため息をついた。

(多分…これから起きる事に良い事なんて何一つもねぇな…)

龍司は覚悟を決めて店を出た。


10


2014年4月22日(火曜日) 19時


龍司はとっくに駅に着いていたが赤木の姿はなかった。

(んだよっ。今すぐ来いって言っておいてテメェは来てねぇのかよ!)

スマホで時間を確認する。

(7時か…もう充分待ったしルナに戻るか…)

龍司がルナにもう一度戻ろううかと思った時、龍司を呼ぶ声がした。

「龍司。待たせたか?」

振り向くとそこには西澤の姿があった。

「あれっ?俺赤木に呼び出されたんだけど…」

「ああ。話がある。ちょっとついて来てくれ。」

(やっぱり嫌な予感がする。嫌な予感ほど当たるんだよな…)

龍司は西澤の後に付いて行った。

(一体どこへ向かうのやら…)

「お前と赤木さ。学校で昼食う時とかはそれなりに仲良くしてるだろ?でも、バンドの練習とかライブになると必ずと言ってもいい程すぐモメるだろ?だから、エンジェルでモメた後に俺は赤木に龍司の何が気に食わねぇのか聞いたんだよ。」

「赤木はなんて?」

「音楽の価値観が違うってよ。」

「それだけじゃねぇだろ?全部気に食わねって思ってんだろ?」

「…お前は赤木の何が気にいらないんだ?」

「俺?俺は別に…」

「本当の事を言え。お前赤木の事気に入らないんだろ?」

「……」

「俺の事も。」

「……」

「その原因は真希の脱退。あれからお前は俺らに対する態度が変わったもんな。」

「あいつが喧嘩売ってくるから俺は買ってるだけだ。」

「我慢しようとかは思わないのか?」

「ムリムリ。挑発されたら我慢出来ないの西澤も知ってんだろ?」

「…そういう所だよ…龍司…」

「……」

西澤の後に付いて辿り着いた先は龍司がよく眠っている河川敷だった。

そこには今赤木が寝そべっいて夜空を眺めている。

「赤木。連れて来たぞ。」

西澤が赤木に声を掛けた。

「ああ。」

と赤木はそっけなく答えた。そして、赤木はゆっくりと立ち上がる。その様子を龍司はじっと見ていた。西澤は赤木の横に立った。赤木が龍司の左前にいて西澤は右前にいる。ちょうど3人が三角形を作る様な配置となったところで赤木が話し出した。

「あの後いろいろと西澤と話し合ってな…。」

赤木の言うあの後とはエンジェルでモメた後だ。と龍司は理解する。

「いつも俺達がライブ中に喧嘩すんのは全部お前のせいなんじゃないかって思ってな。

いつもお前が最初に暴れ出すんだ。それにつられて俺達も暴れちまうんだけどよ…

でも、お前がいなかったら俺も西澤も我慢出来ると思うんだよな。」

(今日呼び出されたのはバンド解散を告げるためなんだ…赤木から連絡があった時から俺はそう思っていた。)

「それだけじゃねぇ。作曲も作詞もしねぇお前に曲についてあれこれと言われるとイライラするんだわ。」

(だけど…違う…今日呼び出されたのはバンド解散を告げるためじゃない…)

「それに…お前の顔を見てるだけでムカつくんだよ。」

(今日呼び出されたのは…)

「2年前バンドを組んだ時、お前は曲作りに関して何も言わなかったし、素直に演奏だけしていた。それが2年経ってお前は変わった。」

(バンド解散じゃなくて…俺にバンドを辞めさせる為だ…)

それまで黙っていた龍司が話し出した。

「曲作りに何も言わなかった?それは赤木が作った曲じゃねぇからだよ。

真希がいた頃は全ての曲を真希が作ってたろーが。俺が曲作りに関して何か言うってのはその曲がダメだからだ。お前の曲が良い曲だったら俺は何も言わねぇよ。俺はただアドバイスをしてただけだ。」

その言葉を聞いた赤木は怒りを抑えきれないといった感じだったが西澤が間に入る。

「最初の頃は俺にも赤木にも敬語で話してたよな?それがなくなったのはどうしてだ?」

「バンド仲間で敬語で話すってのもおかしいだろ?だからだったんじゃねぇの?」

「違うな。お前が俺達に敬語を辞めたのは真希が脱退した直後だ。あれからお前は俺達にあからさまにナメた態度をとるようになった。」

「……」

「お前は確かにドラムの腕は凄い。赤木は別として俺がお前についていけてるかって言われればついていけてないのは確かだ。お前は自分より演奏がヘタな俺や歌がお前よりヘタな赤木をナメ始めて真希よりもいい曲を作れないのもナメていた。」

「そのくせお前は作詞も作曲もしねぇ。出来上がった曲に文句を言うだけだ。」

「龍司。何も作らないお前の声は例えアドバイスのつもりでも赤木にとっては文句としか聞こえない。それがわからなかったのか?それともわざとそういう態度をとったのか?」

「……」

「エンジェルでモメて停学処分になった赤木と俺はお前からの連絡を待つ事にした。

もし、お前からこの件に関して謝罪があれば今まで通りバンドを続けよう。でも、連絡がなければお前には抜けてもらおうってな。」

「謝罪?俺だけが悪いワケじゃねぇーだろーがっ!」

「最初に暴れ出したのはテメェだろーがっ!」

「俺は止めてた。今回だってそうだ…」

(同じだ…あの時と全く同じだ…)

龍司は左手の拳を握りしめた。

「またかよ…お前らいつもそうなんだよ!

お前らも一緒になって暴れてたくせによっ!

俺が暴れなくてもお前ら我慢出来ずに暴れただろうがっ!

いつもいつも俺のせいにしやがって!」

(真希が辞めた時もこうやってこいつら俺のせいにしたんだ。)

「お前らに敬語を使わなくなったのも曲に関して言う様になったのもナメてたからだって?」

龍司はそこで言葉をきった。どっちから殴ってやろうかと考えていたからだ。

一対一なら負ける気はしないが今は2人を相手にしなければいけない。

その上、今は右腕が使えない。

まあいい。一発殴れればいい。あとはどっちを殴りたいかだ。

と龍司は一瞬でそこまで考えてから叫んだ。

「その通りだよ!俺はあんたらをナメてたんだよ!」

龍司が赤木に殴りかかろうとした時、横から西澤の強烈な蹴りがギプスを付けた右腕に命中した。龍司はあまりの激痛にその場に膝を着いて右腕を抑えた。

一瞬で額に汗が出てきていた。

頭を地面に付けて丸くなった龍司の前に赤木がゆっくりと近づく。

そして、赤木は左手で龍司の髪を握り、おもいっきり頭を上へと引っ張り上げた。

「お前。ここで寝るのが好きだったよな?」

そう言って赤木は龍司の顔面に強烈な膝蹴りを食らわせた。

龍司は仰向けになってその場に倒れた。

「これで俺達は終わりだ。じゃあな龍司。」

赤木はそう言った後、倒れている龍司の顔にまた強烈な蹴りを食らわせてから去っていった。

(すまねぇ…真希…俺はお前が戻る場所まで奪っちまった…)


     *


タバコをポケットから取り出し口に銜え火を着けた。

タバコを吸うと何度もむせてしまい今火を着けたばかりのタバコを横に吐き捨てた。

少し落ち着いてから夜空の星を見て龍司は思う。

確かにあの二人の事をずっとナメていたのかもしれない。

西澤は演奏がヘタだったし、赤木に関しては元々ボーカルではなかったとはいえ歌は上手いとは言えなかった。

それに、比べる相手が悪いのかもしれないが赤木の曲は真希の曲の足下にも及ばなかった。

だけど、それで二人をナメていたわけでは決してない。あの二人を軽蔑し始めたのは真希がバンドを抜けた時の二人の態度が気に入らなかったからだ。

(あいつら…このままで済むと思うなよ)

スマホをポケットから取り出し時間を確認する。赤木の膝蹴りが左目に命中したせいで右目でしか見えていない。

(23時…もうこんな時間になっていたのか…この前腕を折った時に行った病院…結城(ゆうき)総合病院だったか…でかい病院だったし夜間診療やってるよな…)

龍司は重い腰を上げてふらふらの足取りで闇の中へと消えて行った。


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