Episode 4 -現在 2015夏-
1
2015年8月15日(土)
(あん時のバンド名が柴犬ちゃうかったら拓也の事柴犬って呼んでたんやろうなぁ。それぐらいウチらに懐いてたし…週一で必ずお好み食べに行こう言うて誘いに来てたし…どんだけお好みにハマっとんねん。でも…ただの音楽好きやと思ってたけど拓也の歌声を聴いた時はほんまに驚いた。あいつの歌声を聴いたんはあれから2ヶ月後か…)
栗山ひなはLOVELESSのメンバーと黒崎と共にエルヴァンが所属する音楽事務所レディオに訪れている。今日、音楽事務所レディオに訪れた理由はただ1つ。エルヴァンのレコーディング風景を見学させてもらう為だ。
待合室に通された5人は落ち着かない様子でそわそわとしているが、ひなだけは高級そうなソファーに座り2年前の拓也との出会いを思い出していた。
「ひな?ひな?私の話ちゃんと聞いてるの?」
ひなは黒崎に話し掛けられている事に気が付いて我に戻った。
「あ、ごめん…聞いてなかった。」
「もう、しっかりしてよ…あと、ごめんじゃなくてすみませんだから!」
「しょうがねぇよ。ひなはすぐ緊張するタイプだし。あのエヴァの事務所にいるって思っただけで緊張度マックスだよな?」
「緊張してたんとちゃうわ!考え事してただけや。」
「どうだか。」
「ほんまや。」
「正直に言えよ。エヴァに会えると思って緊張してんだろう?」
「なんでエヴァに会うだけで緊張せなアカンねん。」
郷田とひながそんな言い争いをしていると以外にも西野が、
「俺は…あのエヴァが目の前に現れると思っただけでメチャクチャ緊張してる。」
と告げた。
「はぁ?西野エヴァのファンなんか?」
「ファンっていう程じゃないけど…あの国民的バンドと直接会えるんだぞ。緊張してない郷田や赤木が信じられねぇよ。」
「ウチも緊張してへんねんけど…」
「はい。ちょっと待ったあなた達。前にも言ったけど普段から呼び名はHINA・Kei・HIRO・IIで呼び合う約束でしょう?」
「ああ…悪い悪い。これから気を付けるよ。」
「赤木。悪い悪い。じゃないのよ!今から気を付けて!それからすみませんだから!」
(沙耶さん…あんたは今赤木の事をケイと呼ばずに赤木って言うたで…)
「今から私達はエルヴァンという最大の敵と会うというのに、なに気を抜いてるのよ!もっと引き締めなさい!」
赤木が呆れたと言わんばかりに、「最大の敵って…」と言って高級そうなソファーに腰を下ろした。
「最大の目標ならわかるんやけどなぁ…」
「ひな…私達にとってエルヴァンは敵よ!にっくき倒すべき存在!そんな相手を目標にしちゃダメなのよ!倒すのよ!エルヴァンを倒した後はそうね。若手筆頭のエリザね!」
沙耶がエルヴァンの所属する事務所の待合室で拳を握りしめて叫んだ時、「誰を倒すって?」と言って一人の男が待合室に入って来た。
「吉田聡…」
立ち上がりながらひなが呟いた。その言葉を聞いて吉田は大げさに額に手を当て首を振った。
「全く…これだから素人は嫌なんだよ…君ね。テレビで俺の事を見たのかもしれないが俺と君は今会ったばかりだ。馴れ馴れしく呼び捨てにされちゃあ困る。」
「あ、す、すみません…」
「聡。電話でも話したけど紹介するわ。こちらうちの事務所から今度デビューするLOVELESSのメンバー。まだプロ意識は低いかもしれないけど決して素人じゃないから。」
「はいはい。」
「で、この子がボーカルのヒナで彼がベースのヒロ。その横に立っているのがドラムのツー。で…ちょっといつまで座ってるのよ!赤木!さっさと立ちなさい!」
赤木は先ほどの吉田の言葉が気に食わなかったようで吉田を睨みつけながら偉そうにソファーに座っている。
「いい目だ。」
吉田は優しそうな表情を浮かべてそう言った。
「でしょ?まるで相沢裕紀みたいでしょ?」
「ああ。」
ひなは黒崎から父親の名前が突然出されて驚いたが黒崎はひなの方を一切見ない。
ここへ来る途中、黒崎は吉田にまだ相沢の娘がボーカルだと伝えていないがどうする?と聞いてきた。ひなは別に父親の名前を言う必要はないと答え黒崎は、じゃあ、聡には内緒でいくわ。と言ってウィンクをした。
黒崎は赤木をソファーから立たせて、「彼がギターのケイ。」と紹介した。吉田はLOVELESSのメンバー4人を順にゆっくりと見てから言った。
「早速だが付いて来てくれ。もうレコーディングスタジオにエルヴァンの4人が集まって練習をしている。」
「わかったわ。さあ、みんな付いて来て。」
吉田は長い廊下を歩きながら後ろに付いて来る黒崎と会話を始めた。
「トオルの店には顔を出してるのか?」
「ちょくちょくね。」
「そうか。元気にしているか?」
「ええ。とっても。」
「そうか。相沢や奥田とは?」
「連絡はとってない。でもトオルの店にこの前相沢君から電話がかかってきたらしいわ。」
「なに?そいつは珍しいな。」
「トオルの奴、バンド解散以来初めて相沢と会話をしたって言ってたわ。」
「どういった件で相沢は電話してきたんだろうな?」
「娘が…」
危うく黒崎はひなが相沢の娘だと言いかけていた。
「娘?」
「いや、その…離婚したらしいわ。相沢と栗山。」
「そうか。だがそんな報告の為にわざわざ相沢がトオルに電話を?」
「ホ、ホントね…何か2人で内緒の話でもしてたんじゃない?」
「いいおっさん2人が内緒の話ねぇ…」
事務所から一度外に出て吉田は、こっちだ。と言ってひな達を隣の建物の中に案内した。
「ここが今エルヴァンがレコーディングしているスタジオだ。君たちレコーディング中は静かに見学するように。いいね?」
吉田の確認にひな達4人は黙って頷いた。それを見て吉田が扉を開けようとしたが、その手を止めて黒崎に「で?」と言った。黒崎はその一言の意味がわからなくて吉田に、で?と聞き返していた。
「で、誰を倒すって?」
「え?あ?え?いや…さ、さあ?何の話かしらぁ?」
2
ひな達がぞろぞろとエルヴァンのレコーディングスタジオに入って行くとガラス越しではあるがそこにはテレビの中で見ていたエルヴァンの4人が今目の前にいた。
モンスターバンドエルヴァンのリーダー。ドラム久保隆行。
日本最高のギタリストとして海外の有名ミュージシャンとも共演しているギター藤堂永嗣。
無愛想なメンバーの中で唯一無邪気な存在のムードメイカー。ベース川島薫。
そして、その歌声は日本音楽界の宝と言われているボーカル兼ギター持田瑠衣。
彼らは大手音楽事務所であるレディオが1999年に開催したオーディションで全国から5万人もの応募者の中から見事選ばれた4人だ。そして、その選考をしていた人物が初代エルヴァンのプロデューサー間宮トオルだ。
(間宮トオルが見い出した国民的ロックバンドの4人が今ウチらの目の前にいるなんてちょっと前までは想像もできひんかったな…)
「あなた達。ちゃんと彼らの演奏見ときなさいよ。こんな機会めったにないんだからね。」
「そうだな。もう二度とエルヴァンの姿を生で見れる機会はないかもしれないもんなぁ。」
吉田が嫌味を言ったがエルヴァンの4人が既に演奏を始めていてひな達4人には吉田の言葉は届かなかった。だが黒崎の耳には届いていたらしく吉田のお尻を思いっきり蹴飛ばしていた。
「凄い…やっぱ…こいつら凄いバンドやったんや…」
「だな…2000年にデビューから今まで出す曲全てがオリコン1位はダテじゃない…」
「15年間だもんなぁ。シングル20作連続1位だもんなぁ。凄くないわけがねぇ…」
「お前ら言っとくけど、こいつらに憧れるんじゃねーぞ。俺達はもう素人じゃねぇ。プロだ。なら目の前にいるこいつらは俺達にとって憧れの的じゃねぇ。」
「そう。よく言ったわ赤…いや、ケイ。こいつらは憧れでも目標でもない。倒すべき存在よ!敵よ!」
「俺は別に倒すべき存在や敵とは思っちゃいないが…」
「ははぁ〜ん。沙耶。お前。この子達を使ってエルヴァン共々俺まで倒すつもりか。」
吉田の言葉に黒崎は「ぎくっ。」と声に出して驚いた。
「そんなに俺、お前に恨みを買ったかなぁ?」
「フン。恨みがないとは言いきれないけど個人的な恨みをこの子達を使って晴らすわけないでしょ!」
「恨みあんのかよ…」
(てか…ウチらを使って恨み晴らす気満々やんか…)
「フン。15年もトップを走り続けて来てエルヴァンも疲れたでしょう?世代交代にはちょうど良い時期よ。」
「この子達にそれが出来るとでも?」
「舐めていられるのも今だけよ。」
「はい。はい。おっ。練習が終ったみたいだ。良かったら君たちをエルヴァンに紹介してあげよう。プロとして結果を残せなくても良い思い出になるだろうからね。地元に帰ったら友達に自慢してもいいんだぞー。さあ、付いて来なさい。」
3
「本番前に悪いがみんなに紹介したい子達がいる。さあ、入って来て。」
吉田に呼ばれてひな達はスタジオのブースの中へと足を踏み入れた。
「おいおい。なんだよコイツらは?」
迷惑そうにエルヴァンのリーダー久保が言ったが吉田はそれに構わずひな達の紹介を始めた。
「彼らは今度オアシスからデビューする予定のえ〜っと…」
「LOVELESSです。」と黒崎が吉田のかわりに言った。
「そうそう。LOVELESS。彼らは君たちを倒すべき存在として見ているらしくて世代交代を狙っているらしいよ。」
久保は吉田が言った言葉を気にする素振りも見せずに言った。
「悪いがこれから本番なんだ。出て行ってもらえるかな?」
「だ、そうだ。君たちはエルヴァンに相手にもしてもらえないらしい。しょうがないよな。オアシスなんて小さな音楽事務所なんて彼らが知るはずもないし、そんな事務所からデビューする新人がいきなりエルヴァンを相手にして世代交代なんて出来るはずもない。でも、まあ、エルヴァンの4人と会えた。良い思い出が出来て良かったな。地元に帰ったら存分に自慢してもいいんだぞー。さあ、出て行こうか。」
吉田は嫌味ったらしくそう言ったのが黒崎の気に触ったらしく、
「強者が負ける時って意外と無名の新人に負けるのよね。ま、実力だけで言ったらこの子達の方が上だけどね。」
と言って黒崎がブースから出ようとしたその時、ちょっと待て。と言って黒崎を呼び止めた人物がいた。
エルヴァンのボーカル持田だった。
「あんた何者?」
持田に声を掛けられた黒崎は口の端をつり上げて微笑んだ。きっと持田が話に乗って来る様に仕向けた言葉だったのだろう。
「この子達のプロデューサー兼オアシスのディレクターの黒崎。」
「よっぽど自信があるんだな。」
「そうよ。だって彼らはあなた達を発掘したあの間宮トオルが集めたメンバーだから。」
黒崎のその言葉に一番に反応したのは吉田だった。
「なに!?トオルが?」
「あら?言ってなかったっけ?」
「聞いてない!」
「あら。ごめん。ごめん。」
「レコーディングする気が失せた。今日はここまでにしよう。お前らいいよな?」
持田はエルヴァンのメンバーにそう告げた後、ひな達の顔を順に見てから言った。
「せっかくだから。その一発屋バンドの…あ、すまない。吉田さんもそのメンバーの一人だったか…まあ、その間宮トオルが集めたっていう彼らの音楽を聴かせてもらおうぜ。」
「なんやと?一発屋バンドやと!?」
とひなが言うとベースの川島が、「ありゃ?関西弁のお嬢さんはサザンクロスのファンだったのか?」と言った。続いてギターの藤堂は、「ない。ない。サザンクロスなんてこの子達が知ってるはずもない。サザンクロスにもうファンなんていねぇよ。」と言う。ひなは藤堂のその言葉にはらわたが煮えくり返った。
「せっかくやからこの綺麗なレコーディングスタジオで何か記念に演奏させてもらうわ。」
ひなはズカズカとセンターマイクがある所まで歩いて行った。赤木達3人もひなの後に続いた。その様子を目で追いながら黒崎は持田に聞いた。
「あなた達トオルと何かあったの?」
「あんた何者?」
持田はソファーに偉そうに座りながらまた同じ質問を黒崎にした。
「だから、あの子達のプロデューサーで…」
「じゃなくて。間宮トオルの事をトオルと呼び捨てにしたり吉田さんと仲良かったり。あんた何者なんだよ?」
「サザンクロスの元メンバーでバンド名の名付けの親よ。ただそれだけ。プロデューサーなんてした事もないただの素人。あなたは?どうして彼らにここで演奏をさせようと思ったの?」
「俺達を生み出した間宮トオルが何年か振りにメンバーを集めたバンドなら聴いてみる価値はあると思っただけだ。」
「…そう。」
「間宮トオルは俺達のプロデュースを突然辞めた。理由も告げずにだ。急に逃げ出した臆病者と俺らは間宮トオルを軽蔑している。それにだ、この業界ではたった一度しかオリコン1位を獲った事しかないバンドと未だに俺達は比べられる。それが俺は嫌なんだ。とっくの昔に俺達はサザンクロスを超えてるのによ。」
「じゃあ、今からウチらのオリジナル曲演奏するからお前らちゃんと聴いとけよ!タコ!」
ひながマイク越しに叫んだ。
「全くあの小娘…国民的バンドに喧嘩を売って来るとはいい度胸だ。沙耶。お前らの事務所なんて簡単に捻り潰す事だって出来る事を忘れるなよ。」
「愛しい私がいる事務所を聡が本気で潰す事なんてしないわよ。」
「……」
「惚れたあなたの負けね。でも、あの子達が生意気を言った事は謝るわ。」
「別にいいさ。」と持田が黒崎に言った。黒崎は、「え?」と驚いて持田の顔を見た。
「俺達も昔はあんな感じで…いやそれ以上に尖ってたんだ。デビュー当時は敵だらけだったし何をするにも反対された。けど、今は文句一つ言う奴がいなくなった。久しぶりに威勢のいい奴らと出会えて嬉しいよ。」
「そ、そう…」
「しっかし、あのお嬢さん…よっぽどサザンクロスが好きみたいだな。藤堂の一言でキレてるし…」
「間宮トオルに選ばれたっていうのがあるんじゃないのか?俺達も最初はそうだっただろう?」
久保の言葉に川島がにこやかな表情でそう言った時、ひな達の演奏が始まった。するとにこやかな表情をしていた川島の顔つきはみるみる固くなっていった。川島だけではない。持田も藤堂も久保も、そしてプロデューサーの吉田までもがひなの歌声を聴き、みるみる表情が険しくなっていった。
4
歌い終ったひなはストレスを発散出来てさっきよりも気分は楽になったが、持田達の表情を見るととても険しい表情を浮かべていた。
(マズっ!めっちゃ怒ってるやん!ここは謝ってさっさと逃げよう。)
「ほ、ほな。ウチらはこの辺で…」
ひなはさっさとスタジオから出ようとした。赤木達も演奏をして少し冷静になったのだろう大人しくひなの後に付いて来る。
「ちょっと待て。」
持田がレコーディングスタジオから出て行こうとするひな達を呼び止めた。
「は、はいっ!」
ひな達4人は一列に並んだ。
「12月24日だ。」
「え?」
「俺達のニューシングルリリース予定日。」
「は、はあ。」
「俺達を倒したいんだろ?なら俺達のリリース日にお前らが合わせてくるしかないよな?」
「えっ!?」
「どうやら思ってた以上にザコじゃないみたいだし。良い勝負出来るかもな。」
「そ、そんなぁ。まさかランキングで勝負する気?」
「そのまさかだ。」
「全シングルオリコン1位のエヴァに勝てるわけ…」
「世代交代狙ってんだろ?やってみる価値はあんだろうが。ま、デビューシングルでオリコン1位獲れなかったらサザンクロス以下のダメバンドって俺達は呼ぶけどな。」
「カッチーン!おもろい。ウチらに喧嘩売った事後悔させたるからな!」
「どっちが先に喧嘩売ってきたんだか…じゃ、俺らはこれで帰るわ。吉田さん。レコーディングは明日からするから。いいよな?」
吉田は黒崎を睨みつけながら答えた。
「ああ。仕方ない。邪魔が入ったらからな。」
黒崎は小さな声で、「す、すみません。」と言っていた。エルヴァンの4人はひな達を放って先にスタジオを出て行った。その4人の後ろ姿を睨みつけながらひなは叫んだ。
「10年後、どっちが上にいるか楽しみやわ!」
持田は振り向かずに右手を上げた。
*
「10年後、どっちが上にいるか楽しみやわ!」
ひなの叫び声が後ろから聞こえた。持田瑠衣は右手を上げて軽く相手してやったつもりでいたが体は正直なもので持田の手は震えていた。
(10年後、か…お前らが目指す先に俺らが立っていられる自信はねぇよ。)
久保が歩きながら呟いた。
「世代交代か…新しい時代はもうすぐそこまで来ているのかもな。」
藤堂は驚いた表情を浮かべて久保を見た。
「久保もそう思ったのか?」
「久保もって言う事は藤堂もそう思ったって事か。」
「まあな。」
「俺もあの子の歌声聴いてなんとなくそんな予感しちゃったんだよねぇ〜。」
川島は真剣に話す2人とは違い楽しそうにそう言った。
「でも、持田。同じ日にCD発売なんかさせるなんてどういうつもりなんだよ?」
「俺達はデビューから今までアルバムも含め全てでオリコン1位だった。だが、それはいつか終わりが来るものだと何年も前から俺は思っていた。オリコン発表の日が恐くてたまらない時もあった。けどな。初めてだよ。こいつらなら負けてもいいと思えたのは。勝ち負けじゃないのはもちろんわかっている。だが、俺達は…俺はそこにこだわりすぎた。」
「弱気だな…持田も歳とったって事か…」
「ま、あの子達にいい刺激をもらえた感じはするねぇ〜。」
「しかしまあ、4人で一緒に帰るってのも久しぶりだ。何か食って行くか?」
「いいねリーダー。4人だけで飯食うって何年振りだろう〜。」
「肉行こうぜ。肉。」
持田達が事務所を出た途端、眩い光が射した。カメラのフラッシュだ。
「あ、失礼。天下のエルヴァン様が4人揃って事務所を出て来られるなんて珍しいからついシャッターきっちゃいました。あ、はい。コレ名刺。」
持田は男から手渡された名刺をちらっと確認だけして、記者と書かれていた名刺をその男に放り投げた。
「やだなぁ。ゴミにしちゃダメですよ。ちゃんと持って帰ってね。」
男は持田の胸ポケットに放り投げた名刺をさっと入れた。
「週刊誌の記者が何のようだ?」
「そんなもんないですよー。ようはなくても記者は張ってますから今みたいな良い写真が撮れるんですよ。」
「仲の良い写真が撮れたんだ良い記事書いてくれよ。」
久保がそう言うと記者の男は満面の笑みを浮かべながら言った。
「もちろんですよ久保さん。沢山の方とお付き合いされているようですが、その記事はまだ出ませんので安心して下さい。」
「なっ!お前!」
久保は記者に飛びかかろうとしたのを持田が止め久保の耳元で囁いた。
「もう一人記者が車の中で狙ってる。少しでも変な動きをしたらやってもいない事を書かれるぞ。」
久保はチッと舌打ちをした。
「持田さん。あなたも大変おモテになられて。あなたも1人や2人じゃない。しかも全員結婚されている女性ばかり。人のモノを盗むのが好きなのかなぁ。不倫はいけませんねぇ。」
「お前!」
「2人の記事が出る事を伝えに来たのか?」
「いえいえ。ファンの子ばかりに手を出している藤堂さん。2人じゃないですよ。あなた方4人のお話ですよ。ファンに手を出すのも最低ですが、高校生ばかりに手を出している川島さんもヒドい。これはもう犯罪です。あなた方4人揃いも揃って相当女性遊びがひどい。何名か被害を受けた女性からたれこみがありましてね。調べている途中なんですが、その何名かの女性は警察に被害届を出したはずなんですが警察は動かなかったみたいですね。何か裏の取引とかありませんよねぇ?俺、疑っちゃうなぁ。ま、CD発売日までには記事として出せれるように頑張ります!」
「お前まさか交渉をしに来たのか?」
「まさかぁ!さっきも言いましたが特にようもなくここへ来ただけですってばぁ。でも、そうだな。今までは事務所が週刊誌に口を効いて隠蔽してくれていたみたいですがうちの会社はそういうの無理ですよ。」
「……」
記者の男の目は急に鋭くなった。そして、男は言った。
「間宮トオルがどうして君たちのプロデューサーを辞めたのか聞いているかい?」
「……いや…」
記者は、ダハァ〜。と前屈みになって叫ぶ様に言った。
「なんだよぉ!もう!聞いてないの?せっかく俺がスクープしたのに…ってまあ、あの時は大物女優が3人も立て続けに結婚したせいで国民全員が祝福モードで暗い記事なんか出してもダメだってなっておじゃんになっちまったからなぁ。記事に出てないから聞いてないのかぁ。そりゃ残念だ。」
「……どうしてトオルさんは俺達のプロデューサーを辞めた?」
男はポリポリと頭を掻きながら面倒臭そうに言った。
「あぁ。やっぱ気になるよねぇ?わりぃ。俺が間宮トオルを辞めさせちまったんだよ。記事が出れば君たちに迷惑が掛かると思ったんだろうな。それで間宮トオルは責任をとって辞めるから記事に出さないでくれって頼んで来たんだよ。でもあの時、辞めなくても記事に出なかったのになぁ。俺、あの後才能ある男を潰しちまったってしばらく後悔しちまったよ。ま、記事に出せていれば今頃君達はここにいなくて君達から被害に遭う女性もいなかったのかもなぁ。クズ共が国民的バンドになる前に潰せたかもしれねーと思うとやっぱ記事に出したかったって後悔するわ。」
「なんだと!」
久保が記者の胸ぐらを掴みかかってしまった。その瞬間を狙っていたかのようにカメラのフラッシュが光った。
(やられた…)
「はい。久保君。終わり。おしまーい。良いのが撮れたから。良い記事書くから安心してくれたまえ。だからもう離してくれよ。」
記者はポンポンと久保の腕を叩いた。
「久保。手を離せ。」
「くそっ!」
久保は記者を突き放すように手を離した。記者は苦しそうに首を摩りながら言った。
「恋人殺しのプロデューサーが選んだ4人も女性の敵だとはさすがだよ。けど、まだ死人が出ていないだけマシ、か。」
「恋人…殺し?」
「そう。彼、恋人殺してるの。今更記事にしたところで間宮トオルって誰だよって感じだし世には出ないだろうけどな。あの時、その記事が出ていれば…」
男はそこで言葉を切りさっきよりもギラギラと鋭い眼差しを持田達に向けさっきと同じような言葉を放った。
「今頃、お前らが国民的バンドと言われる前に潰せてたのによぉ!」
「……どうせ…でっち上げだったんだろう…だから記事にならなかった。」
「ま、そーゆー事にしときますかぁ。じゃ、俺はこの辺で失礼するわ。またお会いしましょうね。国民的人気バンドは女の敵だったという見出しになるであろうエルヴァンさん。」
持田は去って行く記者の背中を追いながら、くそっ。と言葉を吐いて胸ポケットに入れられた名刺を取り出した。
週刊ビョーク 記者 京 虎一
*
レコーディングスタジオに残っているスタッフ達の視線を感じて栗山ひなは黒崎に言った。
「ほ、ほな。ウチらもそろそろ…」
ひな達のせいで今日予定されていたレコーディングが中止となりスタッフ達は機嫌が悪い様子でずっとひな達を睨んでいる。その中でもソファーに座っている髪を薄いピンク色に染めている男が一番怒りの目をひな達に向けていた。その怒りの視線を黒崎も感じたのだろう。
「そ、そうね。お邪魔しちゃったわね。」
と言ってひな達に外に出るように指示したその時、薄いピンク色に染めている男が叫んだ。
「お前らちょっと待てぇーい!」
(あのめっちゃ変な髪色めっちゃ怒ってるぅ〜)
「お前ら俺に挨拶なしで帰るつもりかよ!?」
郷田がその薄いピンク色に染めている男の顔を見て叫んだ。
「い、石原ぁ!テメェこんなところで何してやがるっ!」
「その前に元メンバーに会えて久しぶり。だろーが!」
「うっせー!裏切り者!なんでお前がここにいんだよ!」
石原は地面を指で刺しながら言った。
「お前ら知らねーのかよっ!俺はエヴァと同じ事務所に所属してんだよっ!やっとエヴァの4人と挨拶が出来ると思って来たのに何邪魔してくれてんだよっ!」
「なんだお前?同じ事務所に入ってんのにエヴァと話した事なかったのかよ!笑えるぜ!」
ひなはこっそり西野に聞いた。
「なあ?なあ?あのきっしょい髪色誰なん?」
「俺達と同じバンドを組んでいた石原一成。俺達を捨てて一人だけプロになった男だ。まさか、こんな大手事務所に所属していたなんて…」
赤木が横から、ひなお前覚えてないのか?と聞いてきた。
「覚えてないって何を?」
「柴咲音楽祭。」
(去年、ウチらがプロデビューを勝ち取った音楽祭?)
「そこで俺らの邪魔をしてた審査員がいただろう?」
赤木のその言葉を聞いた瞬間、ひなは石原の胸ぐらを掴んでいた。
「お〜ま〜えぇ〜!あん時はよくもやってくれたなぁ!」
「お、お前急になんだよ!離せ!」
「おっ!おっ!あの採点はないやろう!お前さっきからここいたんか?そんなきっしょい髪色してんのに存在感全くないやんけ!
おっ!おっ!あほんだらぁ!あほんだらぁ!あほんだらぁ!髪色変でも存在感なし男。ウチらになんか謝る事あるやろがいボケぇ!おっ!おっ!オォー!」
「あ、あれが俺の採点方法だったんだよっ!それでもお前らプロになれたんだ別にいいじゃねぇか!それとも名もない小さな事務所に入った事が悔しいのかよ!」
「は?それは私に喧嘩売ってるわけ?」
と黒崎が加わろうとしたところで吉田が叫んだ。
「お前らいい加減にしてくれ。そいつはこの事務所の商品だ。その商品を壊す気なら俺達はその前にお前らを壊すぞ!」
その言葉に黒崎は我に帰った。
「あ、ひ、ひなちゃん。その腕を離そうか…」
ひなが掴んでいた胸ぐらを離すと石原は、
「お前らみたいなザコを相手にするなんてエヴァの4人も落ちたもんだな。」
と言ったのでひなは「あぁーん!?」と言ってまた石原の胸ぐらを掴んだ。
「ひな。そこまでにしとけ。」
赤木がひなの腕を解きながら石原に言った。
「俺達がザコじゃねーって事を近々証明してやる。そうすりゃあのエヴァも落ちた事にはなんねーんだろう?」
石原は赤木の睨みにびびってしまい、あ、あ、ああああ。と声を上擦らせて返事をしていた。吉田が怒りの声で叫んだ。
「沙耶!もう帰るんだったよな?」
「え、ええ。そ、そうよ。帰るの。お邪魔したわね。さあ!みんな早く出て!」
吉田はひな達を睨みながら扉を開け、さっさと出て行けと無言で言っていた。ひなはドアを出る前に石バラの方を振り返って、「ウチらがザコを相手にすんのは今日で最後や。二度とお前の事相手してやらへんからな。」と捨てゼリフを吐いた。
「ひなちゃ〜ん。も、もう落ち着こうかぁ…」




