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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice vol.1.5 ~episode H.I.N.A~
24/59

Episode 1 -過去 2013春-


2013年4月8日(月) 


相沢ひなが拓也と出会ったのは2013年の春だった。出会ったと言ってもひなが体育館の前で歌っている姿を帰宅途中の拓也が見ていただけなので、ひなはこの時拓也の存在は知らなかった。


「おい。相沢。」

「……」

「おい!ひな!聞いてんのか!?」

「え?あ、なに?呼んでたん?」

「抜けたギタリストとドラムス探すんやろ。何恥ずかしがってんねん。」

同じバンドメンバーの斉藤雅弘(さいとうまさひろ)が恥ずかしそうに新入生相手にビラを配るひなに向かって怒った。ひなと斉藤はバンドメンバーを募集する為、入学式当日に新入生を勧誘していた。

「そもそもお前のせいで(あかね)祐二(ゆうじ)は辞めたんやからな!」

「わかってる…」

ひなと斉藤と今斉藤から名前を挙げられた石川(いしかわ)茜と菊池(きくち)祐二はバンド結成以来初のライブを去年の文化祭に行う予定になっていた。

ライブ会場となった体育館には大阪南夏(なんか)高校の生徒や教師、保護者、そして、他校の生徒など沢山の人がぎっしり体育館に埋まっていた。その光景を目にしたひなはステージに立つだけで体が震え緊張のあまり声も出なかった。ひなが歌わないまま曲だけが流れ体育館では何が起こっているのかとざわめき、「ボーカルがいるのに歌わないインストバンドか!」と誰かが叫び笑いが起こった。

結局一曲も歌えないまま演奏時間の15分が過ぎ、ひな達のバンドの初ライブは終った。茜は泣きながら、「こんな恥かくとは思わへんかった。」と言い祐二は「ひなにはがっかりや。親や友達の前で大恥かいたわ。」と言ってバンドを抜けた。

その後、バンドを続ける事に決めたひなと斉藤は同級生や先輩に声を掛けたが文化祭で歌えなかったボーカルひなの噂は全校生徒に広まっていてバンドに入ってくれるような人物は一人もいなかった。だからこうやって今、ひなと斉藤は文化祭の事を知らないであろう新入生をバンドに勧誘している。

「いいか。ひな?黙ってビラ配りしてても誰もビラ受け取ってくれへんやろ?声出していけ!声を!」

「わ、わかってる。」

斉藤は、だめだコイツと言わんばかりの表情を浮かべてビラ配りを再開した。


     *


「はい。お願いします。」

とだけ言ってひながビラを手渡した相手が、私、去年の文化祭で見ましたよ。と言った。

「歌声聴きたかったなぁって思ってたんです。だって、えーっと…」

少女はビラに書かれているひなの名前を見てから言った。

「相沢先輩って見た目もモデルさんみたいやし雰囲気いいし。ステージに現れた時めっちゃ様になってたもん。」

「あ、ありがと…」

「私、ちっちゃい頃からドラムやってるんですけど、どうです?」

「どうですって?」

「ドラマーとして。ドラム募集してるんですよね?」

「え?あ、ああ。え?いいの?バンド入ってくれるん?」

「その為のビラ配りされてるんですよね?」

「そうそう。そうやねんけど、こんな簡単に勧誘出来るとは思ってへんかったしびっくりしたわ…しかも女子。」

「でも、ドラムの腕はお遊び程度やから期待しんといて下さいね。」

「そっか。わかった。一応、名前と連絡先聞いといていい?」

「名前は堀川遥(ほりかわはるか)っす。」



2013年4月9日(火) 


放課後、遥をひなと斉藤の教室に呼び出した。

「これで俺のベースとひなのボーカルと遥のドラムの3人か。あとはギタリストを探そう。」

「そやな。はるカン。誰か知り合いでギターやってる子知らん?」

「はるカン?」

「こいつすぐあだ名付けるから気にせんでいいで。はるカンなんてひなにしてはまだマシなあだ名やし。」

「そ、そうなんすね…ギターやってる知り合いはいいひんなぁ。」

「そっか…」

「引き続き1年生で探すか…」

「もしくはアカンネンにバンド戻ってくれるよう頼むしかないな。」

「アカンネン?」

「石川茜。俺らのバンドを辞めたギタリスト。」

「確かにひどいあだ名…ちなみに斉藤先輩のあだ名は?」

「サイトぅー。」

「まだマシですね。」

「やろ?」

「とにかく!アカンネンにもう一度頼んでみて、あかんかったら新入生を探そう。」

「ひなの文化祭黙り込み事件が新入生に伝わる前にギタリストを加入させたいとこやし茜には早めに声を掛けよか。」

「ほな明日ウチから声掛けてみるわ。」

「ああ。頼むわ。」



2013年4月10日(水) 


昼休みに茜の教室に訪れたひなは単刀直入にバンドに帰って来てほしい事を頼んだ。茜は、緊張してライブもできひん奴とバンドをする気はない。と言った。ひなはその言葉に、ごめん。と謝る事しか出来ずに俯いた。

「でも、そやなぁ。一回だけチャンスあげるわ。明日の放課後、体育館前で何か演奏してーな。その様子を見てから返事させてもらうわ。」

ひなは俯いていた顔を上げ嬉しそうに言った。

「ほんまに?」

「そこで緊張せずに歌えたらバンド戻るわ。」

「ほんまに?ほんまにそれだけでバンド戻ってくれるん?」

「ほんま。ほんま。でも、それだけの事が出来ひんかったんがアンタやからな。緊張し過ぎて文化祭の時みたいに黙り込んだらもうアウトやから。」

「わかった。ウチ頑張るわ。」

「はい。はい。」

ひなはその日のうちに斉藤と遥に明日学校で茜をバンドに迎える為の演奏を行う事を告げ、早速3人で放課後練習を始めた。初めて3人で演奏した割にそれなりの息が合った演奏が出来たとひな自身は思えた。ひなの歌声を初めて聴いた遥は練習の最初から最後まで、凄い凄いと興奮していた。

「なんでこんなに凄い歌唱力の持ち主が文化祭で歌えへんかったんですか?」

遥はひなにではなく斉藤にそう聞いていた。斉藤は、

「俺もひなが緊張しぃやとは薄々気ぃ付いてたんやけど…まさか本番で一声も発せずに終る程重症やったとは知らんかってん。」

と答えていた。遥は、緊張してあん時歌えへんかったんか〜もったいなぁ〜。と笑いながら言っていた。

自分でも去年の文化祭で緊張のあまり歌えなかったかった事にはびっくりした。ひなは決っして人見知りというわけではないのだが子供の頃から人前に立つ事が極端に苦手だった。周りが友達ばかりでも、注目されると何故か発言出来なくなってしまう。だけど、歌う事は大好きだった。少人数の前で歌う事は出来る。しかし、大人数になるとカラオケでも歌う事に緊張してしまう。

ひなはそんな自分が情けなかった。



2013年4月11日(木) 


放課後、茜を迎える為の演奏が間もなく始まろうとしていた。体育館の正面の前で演奏をする準備をしているとクラブ活動に向かう生徒や帰宅途中の生徒がひな達3人をジロジロと見ながら横を通り過ぎて行く。ひな達3人の前には今、ギターケースを背負った茜1人だけが演奏するのを待っている。

「今から一曲だけひな達が演奏するから聴いていかへん?」

茜は帰宅しようとしている生徒達を数人呼び止めていた。演奏を聴いてくれる人を集めてひなが緊張しないかどうかを確かめたいのだろう。人が集まる前に演奏を始めたかった3人だが、10数人程の生徒が茜の声で集まってしまった。少しずつひなが緊張し始めた時、斉藤が強引に曲を演奏し始めた。

演奏が始まってもなかなかひなは歌い始められなかった。茜がダメだと思って首を振っている様子がひなの目に映った。

(何やってんねん。アカンネンをバンドに誘いたいんやろ?こんな十数人の前で歌う事も出来ひんかったらあかんやろ!目の前にいる人全員カボチャやと思ったら良い事やろ!)

ひなは心の中で自分にそう言ってから小声で囁いた。

「…そうや。目の前にいる人達は人間とちゃう。カボチャや。カボチャの前でただ歌うだけや。」

ひなは人前で歌うのではなくカボチャの前で歌うのだと自分に言い聞かせると自然と歌い始める事が出来た。


     *


一曲歌い終わると沢山の人だかりが出来ていてひなは驚いた。ひなは全員カボチャだと思って歌っていたせいか沢山の人だかりが周りに出来ていた事に歌い終わるまで気が付いていなかった。集まった人達は茜を含め全員が涙を流して泣いていた。

(み、みんな泣いてる…ど、どうしたんや??)

ひなが不思議そうに泣いている茜達を見ていると、

「やっぱり私、バンドに戻るわ。」

と茜が涙声で言った。ひなはその言葉に驚いた。

「ほ、ほんまか?ええんか?」

「文化祭の時、その歌声を発揮できひんかったアンタがほんまに残念やった…けど、やっぱりアンタの歌声は好きやわ。やし、バンドに戻ってもいいかな?」

「も、もちろんやんか!」

「じゃあ、4人でなんか演奏してーや。」と集まった人達が言い出した。茜は背負っていたケースからフォークギターを取り出して急遽4人で演奏をする事になった。体育館の前にはさっきよりも人が集まりだしていた。

(全員人とちゃう。ニンジンや。目の前にいるのは全員ニンジンなんや。)

ひなはそう言い聞かせて歌い始めた。歌い始めるとすすり泣く声が聞こえた。

(みんなウチの歌を聴いて涙してる…みんなウチの歌を聴いて泣いてくれてんのに…ウチはカボチャとかニンジンの前で歌ってるつもりやった…これではあかん。聴いてくれてる人に失礼すぎるやろ!今目の前にいる人達はカボチャやニンジンとはちゃう。人間なんや。歌ってる気持ちが伝わる人間なんや。)

ひなは歌いながら曲に乗せて言った。

「ゴメン。みんなの事カボチャとかニンジンと思ってしまって!」

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