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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice‬ vol.1
19/59

Episode 13 ―想いは届く―


2014年9月6日(土)


■■■■■■■■■■


「想いは届く」



何も変わらない ワケがねぇ

続けていれば必ず変わっからやっとけ後悔すっから

きっと恋もそうなんだって言ってんだ



そうだね 思い続けていれば 何か変わるかも しれないよね



※So Step by Step そうだ 君への想いなら誰にも負けはしない

Step On Now これから 始まるさ俺らのHistory Yeah!



何も変わる事はない そう思ってた自分がいたから

えっ?とかあっ?とかはっ?とかはぐらせてしまってゴメン。

って君に謝った



気付いたんだ 想いが届いたと 何も変わらない わけはないと


※repeat


■■■■■■■■■■


ブラーでのライブが始まった。今回も衣装は黒で統一する予定だったが雪乃だけはまた赤いドレスを着ている。それに関して龍司は前回の様に雪乃を責める事はしなかった。そして、今回のライブでは橘拓也が歌声を変えて歌う曲は1曲しかない。拓也・真希・龍司・春人の4人が交代で歌う曲は数曲あるが、ほとんどの曲が拓也1人で歌声を変えずに歌う選曲となっている。この選曲は前回のライブ後の様に拓也が喉を痛めないようにと真希が選んでくれた。

『選曲出来る程曲数も増えたのにはびっくり。』と真希は言った。拓也も本当にその通りだと思った。

拓也はステージ上から観客を見渡しながら歌っている。今日も雪乃のおかげで前回以上にお客さんが入っている。太田と五十嵐と結衣と凛が一番前の席に座っている。間宮と相川が忙しそうに働いている姿が見える。

(みなみの姿は……ない。)

8月20日にみなみと一緒に路上ライブを見た以降拓也はみなみと会っていない。みなみは路上ライブにも顔を出してくれなくなった。LINEで世間話はしているもののこちらから連絡を取らない限りみなみからの連絡はない。もちろん今日のライブに来てほしいと拓也は連絡を入れている。既読も付いている。しかし、返事はなく今日この場にみなみの姿はない。みなみが距離を取り始めていると拓也は悟った。

(何がダメだったのだろう…?もしかして…路上ライブデートだね。って言ったあの言葉がダメだったのだろうか?みなみはそう言った俺が気持ち悪いと思ったのだろうか?だから距離を取ろうと思ったのだろうか?

冗談交じりに言った言葉だったのにな…みなみはあの時、笑顔を見せずにうんと頷いていた。引いていたのかもしれない…俺…やっぱり気持ち悪いと思われて嫌われたのか……)

みなみの事ばかり考えていた拓也は歌詞を間違った。真希の鋭い目線を肌で感じた。

(…ライブに集中しよう。)


     *


ライブ終了後、拓也達バンドメンバーと相川、太田、五十嵐、結衣、凛の10人はルナへと向かった。

「なんだよ。またかよ。」

やれやれと言った感じで新治郎が団体で店に入って来た拓也達を見て頭を掻いていた。結衣が店の手伝いを始めて拓也達は6人掛けのテーブル席に椅子を3脚足して強引に9人で丸テーブルを囲んだ。すると凛が今日のライブを見て拓也の気持ちが伝わったのだろう。「大丈夫ですか?」と拓也に聞いて来た。するとすかさず真希が拓也に言う。

「ねぇ拓也。みなみと何かあった?」

この問いは真希が数日前から拓也に聞いて来る問いだった。みなみはしばらく路上ライブに顔を出してくれていない。真希に聞かれる度拓也は、特に何もないけど。と答えていたが今日のライブにもみなみは来なかった為、特に何もないとは言い辛くなっていたので拓也は正直に答えた。

「…わからないんだ。でも俺、みなみに嫌われる様な事を言ったのかもしれない…」

席に座った全員の視線が拓也に注がれた。

「そう…少し私探ってみてもいいかな?」

拓也が答える前に龍司が言った。

「そうだな。そうしてもらえ。じゃないとお前このまま終っちまうぞ。頼むわ真希。」

「拓也もそれでいいよね?」

「…うん。」

その様子を見ていた五十嵐が真希に対して言った。

「もし良かったら私も手伝うけど。」

「ありがとう。でも、とりあえずは私一人で探ってみる。」

「わかったわ。手伝える事があったらいつでも言ってね。」

「はいはーい。お待ちどうさまでぇ〜す。相川くん以外のルナドッグと全員分のアイスコーヒーでぇ〜す。」

結衣と新治郎がルナドッグとアイスコーヒーを持って来た為、みなみの話はそこで終った。新治郎は配膳し終えると先に帰ると全員に告げて店を出て行った。結衣は一人カウンター席に座りながら新治郎に、お疲れ新治郎。とスマホを見ながら言った。その様子を見て凛がルナドッグとコーヒーを持って丸テーブルの席からカウンター席に移り結衣の横にちょこんと座った。

「結衣ちゃん何見てるの?」

結衣はスマホを置いて凛の問いに答える。

「今ネットでオリコンランキング見てたんだけどエヴァの新曲が1位だったよ。凛エヴァ好きだったよね?ホント毎回毎回凄いなぁ〜。そう言えばさ。拓也くん前にエヴァの事何か聞いてきてたよね?あれなんだったっの?」

拓也と龍司、そして相川は結衣の言葉にはっとなって太田を見た。

「なになに?エヴァってあのエルヴァンの事?」

雪乃が興味津々といった感じで尋ねて来た。太田は雪乃だけではなくここにいる全員に説明するかの様に拓也がひなからエヴァの結成について調べる様に言われた事。太田が拓也の変わりに調べると言った事を話した。

「で、太田くんはエヴァの結成についてちゃんと調べたの?」

結衣が目を細くして太田に聞いた。

「うん。調べた。そして、わかったよ。」

どうせまだ調べてないものと思っていた拓也は驚いた。

「えっ?調べたの?しかもわかったって…どうして言ってくれなかったんだよ。」

「いや、今日話そうと思ってたんだよ。昨日やっとエヴァの事を知ってるであろう先生に話掛ける事が出来たから…」

(先生?)

「俺も調べたよ。そして、俺もわかった。って言っても今さっきトオルさんに聞いたとこなんだけどな。」

と相川が言ったが、拓也には相川が何を調べて何がわかったのかがわからなかった。それは龍司も同じだった。

「は?念お前は何調べたんだよ?」

「トオルさんの件だよっ!空白の5年間を調べようってなってたのリュージ忘れてたのかよ!?」

「あっ。」

と龍司が言う前に拓也が声に出していた。

「なんだよ。橘も忘れてたのかよ…」

「なになに?今度は何のお話?」

また雪乃は興味津々といった感じだった。相川は太田と同じ様に雪乃だけではなくここにいる全員に説明する様に間宮が25歳の時サザンクロスは解散して30歳の時にブラーをオープンさせるまでの空白の5年間間宮は何をしていたのか調べていた事を話した。

「で、太田君も相川もわかったって言ってたけど何がわかったの?」

真希が質問すると相川はニヤニヤしながら、そんなに聞きてぇか愚民どもぉ〜聞きてぇならしょーがねぇなぁ〜お前ら聞いて驚くなよ。そう言って立ち上がったが真希は相川を無視して太田に言った。

「教えてくれる?太田君。」

「おいっ姫川!なんでフトダからなんだよっ!俺の話から聞いた方がわかりやすいんだって。」

雪乃も相川を無視して太田に言った。

「太田君。私も早く聞きたい。話してよ。」

相川は、なんだよぉ。と言って椅子にしょぼんと座った。それを見届けて拓也は太田に聞いた。

「エヴァの事詳しそうな人が一人いるからって前に言ってたけど、それって西高の先生だったのか?」

太田は何故か答えにくそうに、うん。と言った。

「誰だよ。その先生って。」

太田はまた答えにくそうに、倉本先生。と言った。

(倉本?)

拓也には学校でエヴァのファンらしき人を見た記憶は確かにあった。しかしそれが倉本だったのかどうかまでは覚えてはいない。

(龍司の担任倉本がエヴァの事を知ってたのか?でも、俺とはあまり面識がない。どうして俺はファンらしき人を見た記憶がだったんだ?確かに学校のどこかでエヴァのファンらしき人を見た記憶はあるんだけどなぁ…)

「誰?誰?その先生は誰?」

また雪乃は興味津々といった感じで尋ねた。その問いに龍司が答えた。

「俺の担任の女性教師だ。てか、なんだよフトダ。倉本ならすぐに俺が話聞けたのになんで言ってくれなかったんだよ。」

「だよな。リュージに最初から伝えとけばよかったのに。てか、フトダ。そもそも倉本ならすぐに話聞けたはずなのになんで話が出来たのが昨日なんだよ。倉本に話し掛けるのに時間掛かり過ぎだろう。」

さっき太田は、昨日やっとエヴァの事を知ってるであろう先生に話掛ける事が出来たから…と言った。

(やっと…話しかける事が出来た…やっと??それはつまり…)

「お前まさか倉本の事好きなんじゃねーだろうな?倉本って結構年齢いってるはずだけど…って、まさかな…わっはっはっはっ」

拓也が思った事を龍司が口にした。龍司は大声で笑っているが太田の顔は真っ赤になっている。

(マジだ…太田は倉本の事が好きだ…だから話しかけたり出来なかったんだ。だけど、倉本に話し掛けるにはちょうど良いネタだったから俺らには倉本がエヴァの事を知ってるかもしれないという事は黙っていたんだ…そういえば…一度倉本のピンクの手帳を見た事があった…まだ転校して来て間もない時期で確か龍司が停学をくらってて…

そうだ!龍司の停学がいつまでなのかを聞きに職員室に行ったあの時、俺は倉本が手にしたピンクの手帳を見た。そして…その手帳には人気ロックバンドのロゴが印刷されたシールが貼られていた。それを見てバンドのシールの事よりもいい歳してピンクの手帳持ち歩いてんのかよコイツって思った。だけど、あの時貼られていたシールはエヴァのシールだった…エヴァのファンらしき人を見た記憶があったのは倉本の手帳に貼られていたシールを見ていたからだったんだ。)

「そんな事よりぃ!太田君エヴァの結成の事話してよ。」

雪乃に急かされた太田は動揺しながら、う、うん。と返事して話し始めた。

「エヴァは音楽事務所のオーディションで選ばれた4人が2000年にバンドを結成。これまで出した曲は全てオリコン1位になってるっていうのが大半の人が知ってる情報だよね?

だけどあまり知られていない話がエヴァのバンド結成にはあったんだ。エヴァの初期からのファンかサザンクロスのファンぐらいしか知らない様な話がね。」

サザンクロスのファンという言葉が出てきて拓也は驚いたが拓也以外の全員がお前ファンだろうという目で拓也を見ていた。拓也はリアルタイムでサザンクロスの事を知っているわけではなくCDを一枚買って聴いていただけだ。そんな話知るわけがないと言うつもりで顔を横に振った。

(でも、どうしてここでサザンクロスの名前が出て来たんだ?)

「エヴァ結成のオーディション会場には一人の男が審査員としていた。その男はオーディションからバンド結成そしてプロデビューに携わった。」

「その男って?」

雪乃は太田に質問をしたが答えたのは相川だった。

「その男は1997…」

「おい!念黙れよ。ふざけて話しの腰折ってんじゃねー!ぶっ飛ばすぞ!」

龍司が相川にそう言った後雪乃も、ぶっ飛ばすぞ。と龍司の真似をして言った。

「ふざけてねぇよ。ここからは俺も知ってる話なんだ。だから話させてくれよ。」

太田が深く頷いて相川に話すのを任せた。

(どうして念が話の続きを知ってるんだ?)

「その男は1997年に解散したバンドサザンクロスのメンバーだった。」

「え?サザンクロス?」

拓也の言葉に相川は、そうだ。と頷いた。

「男はサザンクロスが解散した97年から99年のエヴァのバンド結成オーディションが行われるまでの2年間はまるで廃人のように暮らしていた。」

(まさか…)

「男は99年に音楽事務所からオーディションで選ばれる若者達のプロデューサーになってほしいと連絡を受けた。もちろん音楽事務所はプロデューサーの仕事だけを頼んでいたらしいが男はオーディションから携わりたいと廃人のような暮らしをしていた男とは思えない程前向きな言葉を告げた。そして、2000年エルヴァンはサザンクロスと同じ様にデビュー曲でオリコン1位という衝撃のデビューを果たした。エルヴァンがサザンクロスと違うのは1曲だけでは終らずヒット曲を連発した事だな。」

「たった1曲で終らなかった理由として敏腕プロデューサーと言われる元サザンクロスの男がいたからなんだとも囁かれてたみたいだよ。」

と太田が相川の補足をした。

(敏腕プロデューサー)

「そうそう。彼のようなプロデューサーがサザンクロスに付いていればサザンクロスはもっと違うバンドになっていただろうとも言われてたみたいだな。」

相川と太田が交互に話した後、結衣が大きな声で、「あっ。結衣わかっちゃったかも。」と言った。太田と相川は結衣が話し出すのを待った。

「エヴァのプロデューサーって確かサザンクロスの吉田さんだよねっ!」

「でもそれを調べろって言ったひなはどういうつもりだったんだ?」

龍司の問いには誰も答えなかった。しばらくの沈黙の後、相川が話の続きを話し出した。

「その男がエヴァのプロデューサーだった期間はたった1年。2000年から20001年までだ。」

結衣は、あれぇ?吉田さんの前にエヴァのプロデューサーがいたって事?と何故か龍司の顔を見ながら聞いていた。拓也は前に黒崎が間宮に言っていた言葉を思い出した。

(悔しくないの?あの吉田が敏腕プロデューサーって言われてんのよ!)

「吉田さんがエヴァのプロデューサーになったのは2002年からだ。」

(トオルの後を継いだだけなのに。)

「2002年30歳になったその男はエヴァのプロデューサーを吉田さんに譲って自分は生まれ故郷のこの街に戻りライブハウスを始めた。」

「この街のライブハウスって…そんな…まさか…」

と龍司は声に出して驚いていた。龍司だけではない。声には出さないが拓也も含めここにいる全員が驚いている。

「これがその男の…いや、間宮トオルのサザンクロス解散からブラーをオープンするまでの空白の5年間であり、栗山ひなが調べろと言ったエヴァの結成についての話だ。」

「……」

拓也も龍司も真希も春人も雪乃も五十嵐も結衣も凛も全員が黙り込んでいる。

「まさか、ひなはバンドメンバーをトオルさんに集めてもらう事以外にトオルさんにバンドのプロデューサーになってほしいって頼みに来たって事?」

真希が誰に聞くでもなく言った。

「あいつは相沢裕紀の娘だもんな。あのエヴァのプロデューサーをトオルさんがやってたって知ってたんだよな?だからタクにエヴァのバンド結成について調べろって言ったんだよな?」

今度は龍司が拓也の顔を見ながらそう言った。

「でも、ひなはトオルさんにプロデュースしてほしいって思ってるなら、どうしてタクにエヴァのバンド結成を調べさせたんだ?もしかしたらタクに…いや、俺達にトオルさんを取られる可能性だってあるのに。」

春人がそう言ったのを受けて相川が答えた。

「トオルさんは栗山ひなと初めて会った時にバンドをプロデュースしてほしいと頼まれてたらしい。まだバンドメンバーを紹介する前にだったからそれはあっさり断ったらしい。まあ、栗山ひなは諦めない事をトオルさんに宣言して大阪に帰ったみたいだが夏休みにまたこっちに来た時はなぜかプロデュースの件は何も話さなかったらしい。」

「もしかして、ひなは自分達のプロデューサーになってもらいたいって気持ちよりもトオルさんをもう一度プロデューサーに戻したいっていう気持ちの方が強かったんじゃない?だから、ひなは拓也にエヴァの事を調べろって言った可能性があるわね。」

「トオルさんが真希さん達のプロデューサーになったとしても、か…」

結衣の独り言に真希が答えた。

「それほどトオルさんにプロデューサーに戻ってほしいんじゃないかな。」

「ひなさんは相沢さんの娘さんですよね?ひかりさんの話を出せばトオルさんはひなさん達のプロデュースをしてみようって思えたのかもしれないのになぁ…」

「ひかりさんの話はひなも出したくなかったのよ。父親が嫌いって言ってたけど、それとは別に相沢ひかりという名前を武器にトオルさんをプロデューサーに戻すような事はしたくなかったんじゃないかな?だから、相沢裕紀の娘っていうのもあえてトオルさんには言わなかったんだと思うよ。」

「そっかぁ〜。結衣がひなさんの立場なら絶対ひかりさんの名前出しちゃうなぁ〜。」

「もしかしてひなはタクならトオルさんを動かす事が出来るかもって思ってんじゃね?だから夏休みに会った時もエヴァの事調べたかって聞いてきたんだよ。」

龍司はそう言ったが拓也は自分が間宮を動かせれるとは思わなかった。

「トオルさんがプロデューサーをしていた事を知ったタクがどんな行動に出るのかをひなは楽しみにしてるのかもね。」

春人はそう言ったが拓也は別に間宮がプロデューサーをしていたと知っても何か行動しようとは思わなかった。

「龍司もハルも俺がトオルさんを動かせれると思うか?ひな先輩は俺がサザンクロスのファンだからそういう情報がある事を教えたかっただけじゃないか?」

「お前はバカか。俺らからすればトオルさんを動かせれるのはお前かひなだけだっ。お前らみたいなボーカルはなかなか見つけられるもんじゃねーよ。7つの歌声を持つ橘拓也に5オクターブでホイッスルボイスを持つ栗山ひな。お前ら2人ともすげーんだよ。」

「そうだよね〜。2人ともプロデュースするには持って来いの人材だもんね〜。」

雪乃は楽しそうにそう言った。

「とにかくひながどういうつもりでタクにエヴァの事を調べさせたのかは本人に直接聞くのが一番だな。」

春人がそう言ったのを聞いて龍司は、

「そだな。それが一番はぇ〜な。タク。ひなにLINEしろよ。エヴァの結成についてわかったっ…」

龍司は話しながら拓也がひなのLINE IDを知らない事を思い出した様で、…ってお前ひなのID知らないんだったっけ?と拓也に聞いた。

「あ、ああ。知らないんだ…」

「てか、なんで知らねーんだよ。一度はバンド組みそうになったんだろ?知っとけよ。てか、聞いとけよな。」

「私がLINEするわ。」

真希がそう言ったので拓也と龍司は驚いた。拓也達がどうして真希がひなのIDを知っているのかを聞く前に雪乃が先に話した。

「前回のブラーでのライブ前にひなからチラシもらったでしょ。そこにID書いてくれてたの。」

そうそう。と言って真希はスマホを取り出し、ひなにLINEを送っていた。どんな内容を送ったのかと龍司が聞くと真希はスマホを見ながら文字を声に出して読んだ。

「エヴァのバンド結成についてわかったよ。エヴァの最初のプロデューサーはトオルさんだったんだね。でも、ひなはこれをどういうつもりで拓也に調べさせたの?って送った。」

LINEを読み終えて真希は不思議そうな顔をして言った。

「私思ったんだけどさ。トオルさんはサザンクロスが解散した後2年間廃人のように暮らしてたんでしょ?それを引っ張り出してプロデューサーの仕事をさせた人物って一体誰だったんだろう?」

「姫川。いい質問だ。」

「え?って事は相川はトオルさんから聞いたの?」

「ああ。もちろんだ。俺もそこ気になったからな。」

「トオルさんはなんて答えたの?」

「ひかりのおかげだって答えた。」

「ひかり…さんの?」

「ああ。ひかりさんは日記をつけてたんだと。ひかりさんが日記をつけていた事をトオルさんが知ったのは随分後の事でちょうどバンドが解散した時ぐらいにひかりさんのお母さんから届けられたらしい。日記を届けられてもなかなかページを開く事が出来なくて2年間部屋の片隅に置かれていたんだとよ。で、音楽事務所から連絡を受けてプロデューサーになってほしいって頼まれて一度はそれ断ったらしいんだ。でも、ふとした拍子にトオルさんはひかりさんの日記を捲った。それを読み進めていくとひかりさんの想い一つ一つがトオルさんに届いたんだってさ。」

「それで、プロデューサーになる事を決めたのか…ひかりさんの想いはトオルさんに届いたんだね。」

真希がそう言うと雪乃は、うん。うん。いい話だね。としみじみ言った。その時、真希のスマホが鳴った。

「ひなからだ。ふ〜ん。そうだったんだ。」

真希は一人LINEを読んで納得していた。龍司は立ち上がり真希の後ろに立った。

「なんて書いてあるんだよ?声出して読めよ。」

「わかったわよ。じゃあ、ヘタな関西弁になるかもしれないけど…読むね。

エヴァの事を拓也に話した時は話してしもたって思ってん。もしかしたらこの先ウチらにとって損になるかもしれへん情報やったのになって。でも、ウチは心から拓也の声に惚れてるんや。だから拓也の声を…っていうかあんたらのバンドをプロデュースするのは間宮トオルしかいいひんと思った。出来る事ならウチらのバンドのプロデュースをお願いしたいけどなっ。

でも、そうやなぁ…ホンマのホンマは間宮トオルをもう一度プロデューサーに戻したい。

だってさ。案外私達の予想当たってたね。」

春人は拓也を見ながら言った。

「でも、一番はひなが拓也の声に惚れてたからってのが理由だったんだね。」

「間宮トオルを俺らのバンドでプロデューサーに戻してぇなぁ。」

龍司が頭の上で腕を組みながらそう言ったのを聞いて真希も、「私も同感。だけど、その前に私達にはやるべき事がある。」と言った。

「そうだね。今の俺達にはまだプロデューサーは必要ない。必要なのは…」

春人は丸眼鏡を抑え言葉を一度切ってから言った。

「プロになる事だ。」

「そうだな。プロになってトオルさんをプロデューサーに迎え入れる。それが叶えば最高だ。」

拓也がそう言うと龍司達は、オッシャー!やってやるぜ!燃えて来たぁぁー!と叫んだ。


     *


ルナからの帰り白石凛は俯きながら歩いていた。

(帰りたくないな…あんな男のいる家になんか帰りたくない…)

横を歩く雪乃が、凛ちゃんエヴァが好きだったんだね。と言った。

「え?」

「だってさっき結衣ちゃんが言ってたから。」

「ああ…ちょっと前までは好きでしたよ。」

「今は好きじゃないの?」

「ええ。どちらかというと今は嫌いです。」

「嫌い?どうして?」

「エヴァはずっと前から好きだったけどライブは行った事なかったんです。で、去年ドームツアーがあってそれに初めて行ったんですけど…」

「そっか…感情入って来たんだ。」

「はい。エヴァはお金や女性の事ばかり考えてました。ファンを楽しませようなんて感情は一切ない。最低なバンドでした。」

「そんなふうには見えないけど…でも、凛ちゃんがそう言うんなら間違いないね。」

「多分、私が言ってるのを信じてくれるのは師匠だけですよ…」

「そんな事ないと思うけどなぁ〜。もう真希ちゃん達も信じてるし。」

「演奏を聴いて心の声が聞こえるのは恐ろしいです。」

「私は凛ちゃんのその才能羨ましいな。だって演奏者の気持ちがわかるんだよ。音楽家にとっては素晴らしい才能だよ。」

「知りたくない想いまで私には届いてしまう。それは演奏を聴いていても、誰かと一緒に演奏をしていても容赦なく届いて来る。音楽家には邪魔なだけです。音楽に集中出来なくなってしまいます。」

「そっか…それは辛いねぇ…羨ましいなんて言ってゴメンね。」

「…いえ。そんな…謝らなくていいです。」

雪乃の家の前に着いた時、雪乃は言った。

「凛ちゃん。今日泊まっていく?」

「え?」

「なんか帰りたくないって言ってる声が聞こえた。私、凛ちゃんみたいに心の声が聞こえた。」

雪乃が言った事は当たっている。本当は家に帰りたくはない。だけど、凛は雪乃にいらない心配を掛けたくなくて無理に笑った。

「そんな事言ってないですよ。」

「そう?なんか帰りたくないって聞こえたんだけどなぁ。そっかぁ〜。勘違いかぁ〜。」

「お母さんが心配するだろうから早く帰ってあげなきゃ。」

(嘘だ。お母さんは私の事なんか別に心配してない…)

「そっか。わかった。」



2014年9月10日(水)


「明日から龍ちゃん達修学旅行だよね?どこに行くんだっけ?」

結衣は神崎龍司と会うと挨拶するより先にそう聞いて来た。

「ん?長崎だ。」

「いいなぁ〜。長崎いいなぁ〜。」

「てか、真希の栄女はハワイだし、ハルの柴校はオーストラリアだぞ。なんで西高は国内なんだよ。海外にしろよな。」

「いいじゃん別に。あ〜。お土産忘れないでよぉ〜。」

「なんで俺が結衣の為にわざわざお土産買って来なきゃいけねーんだよ。」

「いいじゃん別に。」

「結衣もそろそろ修学旅行だろ?」

「うん。結衣達は京都に行くよ。」

「京都か。行ってみてぇな。お土産ヨロシクっ!」

「それは龍ちゃんが結衣にお土産をちゃんと買って来てくれたらね。」

「なんだよケチッ!」

「ケチじゃないよぉ。」

「てかさ、なんで急に暁に行きたいって言い出したんだよ?」

結衣は昨日龍司に学校が終ったら商店街の中にある喫茶店暁に行きたいから連れて行ってほしいとLINEで頼んで来た。路上ライブが始まるまでなら別にいいと龍司は返信して、今さっき西宮商店街の入口で結衣と合流したところだ。

「暁って龍ちゃんから聞いてたけど今まで一度も行った事ないんだよね。だから、今日はルナ休みだし、路上ライブ始まるまでなら時間あるなぁって思ったの。」

「そっか。まあ、俺も久々に顔出しときたいしいいんだけどさ。」

「龍ちゃん今日は拓也くん達は誘わなかったんだね。」

結衣は何故か嬉しそうにそう言った。

「誘ったよ。」

「え?誘ったんだ…」

「でも、タクも念もフトダすら断ってきた。別に用事なんかないくせに用事があるの一点張りだったな。」

「拓也くん達結衣に気を使ってくれたんだ…」

「なんでタクがお前に気を使ったんだよ。」

「だってデートの邪魔になるじゃん。」

「はっ?デートじゃねーしっ。」

「デートだもん。」

「…これデートになんの?」

「…もういい。早く行こ。」

2人は商店街の中へと歩き始めた。商店街を入ってすぐ龍司の母のパート先中村屋が見えて来た。店先で母がお弁当を並べている姿が見えて結衣が声を掛けた。

「お母さん。お久しぶりでぇーす。」

「あら。結衣ちゃんお久しぶり。龍司と一緒にどこ行くの?」

「デートです。」

「違うだろっ!」

「龍ちゃんに暁に連れてってもらうんですぅ〜。」

「暁でデートぉ?ケチくさい男ねぇ。」

「それ暁にも失礼だぞ!てか、デートじゃねーしっ!」

「龍司。デート中に嫌われないようにねっ。」

「お母さん大丈夫です。龍ちゃんいい子なんで。」

「いい子って言うな。」

「結衣ちゃんを泣かせたら許さないからね。」

「泣かすかっ!」

龍司の母と結衣は楽しそうに手を振って別れた。結衣は龍司の母と知り合ってから龍司の母によく懐いている。自分の母親でもないのに結衣は龍司の母の事をお母さんと呼ぶ。しかし、結衣は龍司の母親は好きだが龍司と母を捨てて出て行った龍司の父親の事は大嫌いだ。『どうして親と一緒に暮らしたいと思う子供の気持ちがわかんないの?生きてるならいつでも会えるのにどうして会おうともしないの?』と結衣は龍司の父親の話になるとお決まりのようにそう言う。

商店街を進むと結衣が聞いて来た。

「矢野楽器店でバイトは再開したの?」

「ああ。腕治ったからな。前までは日曜だけだったけど、土曜もバイトに入ってる。まあ、毎月最初の土曜はブラーのライブ決まってっから、そこは休むけどな。」

「よかったね。順調になって来た気がするね。」

「だな。ほら。着いたぞ。」

結衣は、フムフム。と言いながら木造建築の暁を見上げていた。


     *


姫川真希は放課後みなみの教室に顔を出した。一昨日と昨日はみなみは学校を休んでいた。しかし、今、目の前にはみなみの姿がありちょうど帰る支度をしていた。

「みなみ。」

みなみは真希の顔を見て笑顔になる。その笑顔を見て真希も自然と笑顔になった。校内を一緒に歩きながら真希はみなみに聞いた。

「今日はバイト休みだよね?」

「うん。今日はお店自体お休みなの。」

「じゃあ、今日は路上ライブ見に来てくれるんだ。」

「……」

みなみの返事はなかった。真希は一歩前に出てみなみの顔を覗き込む。

「拓也と何かあった?」

「…特に…何もないけど。」

「フフッ。拓也と同じ事言うんだ。拓也はみなみに避けられてるのはわかっててもどうして避けられてるのか理由はわかってなかったよ。。」

「……」

「理由があるんだよね?」

「……」

「話…聞かせてくれないかな?あ、無理にとは言わないよ。」

「……」


     *


暁に入ると嬉しそうな声で、

「龍司君いらっしゃ〜い。久しぶりぃ〜。」

と内田が言った。そして、後から入って来る結衣の姿を見て言った。

「あれぇ?彼女?可愛いぃ〜。」

「あっ。そうです。初めまして龍ちゃんの彼女の咲坂結衣です。」

「違うだろっ!ルナの孫娘の結衣。一回暁に偵察に来たかったって言うから連れて来た。」

「ルナかぁ〜。偵察かぁ〜。」

「偵察だなんて。龍ちゃん何言ってんのっ!ただ、龍ちゃんからよく話聞いてたからホントに一度来てみたくって。それで初デートとしてここのお店を選んだだけなんです。」

「あっ。初デートなんだぁ。」

「ちげーよ。付き合ってねぇーしデートでもねー。」

「デートでしょっ!」

「デートじゃねーだろっ!」

「はいはい。お2人さん座って座って。注文は何にする?」

「じゃあ、卵サンドセット2つで。俺はアイスコーヒー。結衣は?」

「あ。結衣はホットで。」

「はぁい。ちょっと待っててね。」

しばらく待つと内田が2人分のコーヒーと卵サンドを持って来てくれた。結衣は嬉しそうにそれをスマホで撮影していた。

「そうだ龍司君。あの赤髪の彼とのバンドはどうなったの?」

「ああ。そうだ。あれから3人が増えてバンド活動も始めるようになったんだよ。」

「そうだったの!?どうして私に言ってくれなかったのよ!?うちでライブするって言ってたじゃない。」

「あ、ごめん。ごめん。忘れてた。」

「まあ、そう言ってもしばらくライブ出来なくなるんだけどねぇ…」

「え?なんで?店辞めるのか?」

「ははっ。まさかっ。違うわよ。この店古くなってきたから改装するのよ。だから。」

「そっか。俺、この木造佇まい好きだけどなぁ。」

「このまま綺麗にするだけよ。12月にはリニューアルオープンするし。」

「じゃあ、リニューアルしたら俺らにライブさせてくれよ。」

内田は、ぜひぜひ。と言って手帳を取り出した。

「ああでも、12月前半は結構うまってんのよね。12月だと21日の日曜日くらいしかないわねぇ。」

「そっか。じゃあ、それで。」

「バンドメンバーに確認した方がいいんじゃないの?」

「いい。いい。そんなの面倒だし。で、時間は?」

「7時から9時まで。」

「オッケー。」

「じゃあ龍司君のバンドってどんなのか教えてくれる?」

龍司達のバンドがどんな感じなのかを龍司ではなく横にいる結衣が内田に説明を始めた。


     *


姫川真希は、軽く何か食べようか。と言って学校近くのイタリアンの店にみなみと2人で入った。注文を済ませて真希は聞いた。

「で、拓也と会わないようにしようって思った理由はなに?」

「……」

みなみは答えにくそうに俯いたまま黙っていた。真希はみなみが何か話すまで待つ事にした。しばらくして注文をしていたマルゲリータとジュースが運ばれて来た。

「さあ、食べよっか。」

と真希は言ってマルゲリータを手に取った。みなみはマルゲリータに手を付けずに俯いたまま話した。

「私…病気なの。昨日も一昨日も体調が優れなくて学校休んでた…」

真希は驚いて口元まで運んでいたマルゲリータを食べるのをやめた。

「期末テストの時、体調が悪かったのもその病気のせいなの…」

真希はみなみが何の病気なのか聞いてもいいのか迷った。

「私…今年に入ってから症状が進んで来ている気がする…今まで病院に行っても薬なんか出なかったのに出るようになった…。」

真希は口元で止めていたままのマルゲリータをお皿に戻した。

「みなみ?聞いてもいいかな?」

「……」

「一体どんな病気なの?」

病名を聞いた所で真希にはわからないかもしれない。だけど、この時真希は病名を聞くべきだと考えた。

「……心臓の病気なの…病名は……」

涙を流しながら話すみなみの話を真希は最後まで黙って聞いていた。


みなみが小学校4年生の頃。友達と普段通り休み時間にグラウンドで遊んでいると突然呼吸が出来なくなってその場で塞ぎ込んでしまったらしい。すぐに救急車で結城総合病院に運ばれた。みなみも学校から連絡を受けて駆けつけて来たみなみの母もその時初めてみなみが心臓が悪いという事を知った。それからのみなみは体育の授業を受けれなくなった。運動をしたからと言って毎回呼吸困難になるわけでもなく、普段はいつも通り過ごす事も出来ていた。医者からは息切れしない程度の運動ならした方が良いと言われていたらしいがみなみの病名を知ったみなみの母は頑に運動をさせなかった。それは今も変わりがなく、みなみは高校の体育の授業も見学をしているらしい。

高校を栄女に選んだのも結城総合病院と自宅との距離が一番近い場所にあったからだった。

みなみの病名。それは拘束型心筋症という難病の名前だった。

包み隠さず病気の話をしたみなみは次に拓也の事を話し始めた。急に距離を取った理由も真希は聞いた。その理由を聞いて真希は真希なりに思った事を話した。


2人の話が終った時、頼んでいたジュースは氷が溶け、マルゲリータは固くなり冷めきっていた。

真希はもう一度同じ物を頼もうかと言ったが、みなみはその薄くなったジュースを飲み冷めてマズくなったマルゲリータを涙を流しながら食べ始めた。

「大丈夫。きっと大丈夫。」

真希がそう言うとみなみは真希の顔をじっと見つめた。真希は冷めて固くなったマルゲリータをひと口食べて、「まっず。」と言った。みなみは涙を流しながら微笑み、だね。と言った。

(どのくらいこの店にいたのだろう?私はちゃんとみなみの相談に乗る事が出来たのだろうか?私はちゃんと的確なアドバイスをしたのだろうか?自信は全くない。だけど、伝えたい想いは伝えた。みなみに想いが伝わったかどうかはわからない。だけど、今日の路上ライブにみなみが来てくれれば私の想いは伝わったという事になるはずだ。)



2014年9月10日(水)17時45分


路上ライブ15分前に4人は揃っていた。観客側にはもう既に沢山の人だかりが出来ていて路上ライブが始まるのを今か今かと楽しみに待ってくれている。その中に結衣や相川達の姿があった。真希が橘拓也の耳元で、ちょっといい。と言ったので拓也はバス停の方に歩く真希に付いて行った。

「昨日、一昨日とみなみ学校休んでてさ。やっと今日会えたよ。」

「…そうだったんだ…」

「あんたと距離をとってる理由も話してくれた。」

「…みなみは…な、なんて言ってた?」

「それはみなみ自身から聞きなさい。ただ…」

「ただ?」

「もしかしたら次はあんたがみなみから距離を取るかもしれない。それでもみなみはいいと思ってると思う。」

「どういう事だよ?全然話がわからないんだけど。」

「とりあえず、簡単に言うと私は今日の路上ライブに来てほしいとみなみに伝えた。もし、私の想いが届いているなら今日の路上ライブにみなみは来てくれるわ。で、次はあんたの番。もし、みなみが今日来てくれたらいつもの様にみなみを家に送りなさい。そして、どうして距離をとっていたのかを必ず聞きなさい。私から話せるのはこれだけ。」

なんとなく真希が神妙な面持ちをしている事に気付いて拓也は色々と質問をしたかったが質問をするのをやめて、「…わかった。」とだけ答えた。そして、18時ちょうどに路上ライブが始まった。拓也達の路上ライブには100人は超えるであろう人だかりが出来ている。その中から拓也はみなみを探した。しかし、みなみの姿はどこにも見当たらないままファーストステージ45分間の路上ライブが終わった。15分の休憩の間も拓也は周りを見回してみなみを探したが、みなみの姿は見当たらなかった。19時になって路上ライブを再開させて歌っている間も拓也はみなみだけを探した。

(どこにもみなみの姿は見当たらない…って事は真希の想いがみなみに伝わらなかったって事になる…って事は…どういう事になるんだ?)

路上ライブもいよいよ最後の曲となった時、やっと拓也はみなみの姿を見つけた。ずっとそこにいたのか今やって来たのかは拓也にはわからなかったが、みなみはじっと悲しそうな表情を浮かべて拓也の方を見つめていた。


     *


「お久しぶり。」

路上ライブが終了して拓也は真っ先にみなみの元へと向かい精一杯の笑顔で声を掛けた。しかし、みなみの表情は固く暗い。

「一緒に帰ろう。」

路上ライブを見に来ていた人達が拓也に声を掛けて来るのを振り払って半ば強引に拓也はみなみの手を握り人だかりから連れ出した。

「今日自転車は?」

拓也の言葉にみなみは顔を振った。バスでここまで来たのだろう。そして、拓也がもし誘わなかったらバスで帰るつもりでいたのだろう。

2人は手を繋ぎながら帰り道を歩いた。みなみは拓也の手を振りほどこうとはしない。いつ手を離したらいいのかわからずにずっとみなみの手を握ったままでいた拓也がしばらく無言のまま歩いているとみなみから話し掛けてきてくれた。

「…真希ちゃんから何か聞いた?」

「何も…でも、想いが届いてるなら今日の路上ライブに来てくれるって言ってた。」

「そっか…」

みなみはそう言ったまま黙り込んだ。拓也は何を話せばいいのかわからなくて、その後も黙ったまま手を繋ぎ帰り道を歩いた。


    *


「あれタクは?」

神崎龍司は真希に聞いた。

「みなみと一緒に帰ったわよ。」

「なんだよ。これからライブ決まった事教えてやろうと思ったのによ。」

「ライブ?」

「ああ。俺がガキの頃から通ってる喫茶店があってよ。そこで。」

「じゃあそれグループLINEで送ってくれる?どうせ今日は雪乃も来てないし。」

「そうだな。じゃあ結衣を家に送り届けたらLINEするわ。」

「えぇ〜!龍ちゃん結衣を家まで送ってくれんの?感激ぃ〜。」

「いつもお前がいる時は送ってってるだろがっ!」


     *


「そこにある公園で一休みしないか?」

ずっと難しい顔をして黙って歩いていた拓也がそう言った時、佐倉みなみは覚悟を決めて頷いた。自然と握っていた手に力が入る。2人は公園にあるベンチに座った。拓也はみなみの手を離そうとしたが、みなみは手を繋いでいてほしかったから拓也の手またを強く握った。

(今から私は病気の事を拓也君に話す。病気の事を話すのは恐い。だけど、もう逃げてられない…避けられてもいい。私は本当の事を拓也君に話さないといけない。)

「みなみは…病気なの?」

直球だった。みなみは拓也の直球すぎる言葉に戸惑った。

「初めてのデートの時さ。映画館で苦しそうだったし…それにあの時俺みなみが何か薬を飲む姿も見たんだ。きっと期末テストの時バイトを休んだりしてたのもそのせいなんじゃないかな?」

「……」

(私は病気なの…その言葉が声に出ない…真希にはちゃんと話せたのに…)

「今回もそのせい?そのせいで俺から距離をとってた?」

みなみは小さく何度も頷いた。それは拓也の言葉に頷いていたわけではなく、声を出そうとしてなかなか声が出なくてそうなった。


     *


『心臓の病気なの…病名は……拘束型心筋症…』

本当に辛そうな表情を浮かべながらそう言ったみなみの声が脳裏から離れない。姫川真希はスマホを取り出して時刻を確認した。

(拓也はみなみから全てを聞いたのだろうか?拓也はみなみの話を聞いた後、どんな言葉を言うのだろうか?一つだけわかる事はみなみが話し終わった後、2人はお互いの事を想い涙するのだろうという事。)

真希は放課後に寄った学校近くのイタリアンの店でのみなみとのやり取りを思い出していた。


『拘束型心筋症…?』

『そう。有効な治療法はまだ確立されてないの…』

『……』

『小学校4年生の時にね。友達と休み時間にグラウンドで遊んでたら突然呼吸が出来なくなってその場で塞ぎ込んでしまったの。すぐに救急車で春人君の結城総合病院に運ばれた。』

みなみは症状が出た小学4年生の頃から高校までの話を語った。

『今まではさ。何もなかったんだよ。自覚症状なんてなかったの。なのに最近になって息が苦しくなったりするようになっちゃったんだ。今まで出なかった薬も出る様になってさ…いつかこうなっていくんだろうなって気はしてた…症状が進めばこれだけじゃ済まないんだけどね…だから私、人は好きにならないようにしようって子供の頃から決めてたんだ。きっと好きな人に迷惑を掛けるから…きっと私その人より先に死ぬからって……だけど…好きな人が……出来ちゃった…』

みなみはそう言って大きな涙を流した。人は好きな人が出来たと気付いた時、普通なら喜ぶ。だけど、みなみは違う。そう思うと真希は悔しさのあまり自然と手に力が籠った。

(死ぬって薬とか手術とかでは治らないの?)

真希はそう聞こうと思った。だけど真希は聞く事をやめた。質問はみなみが全て話終ってからにしようと思ったからだ。

『私ね。拓也君が好き。それに気付いた時、片思いならいいよねって思ったのね。告白するつもりもない勝手な片思い。一方的なファン。それなら別に迷惑を掛ける事もないし…だけど…私…私の勝手な思い込みなのかもしれないんだけど…気付いちゃったの…私、拓也君の気持ちに気付いてしまったの。』

涙も拭わずに話すみなみに真希はハンカチを手渡した。

『初デートの帰り拓也君はまたデートしてくれませんか?って言ってくれたの…言ってくれたんだ…嬉しかったなぁ…』

みなみは真希が渡したハンカチで涙を拭いながら笑った。

『その後、拓也君が喉を痛めて参加出来なかった路上ライブを一緒に見に行った時、拓也君は冗談交じりだったけど嬉しそうに路上ライブデートだねって言ったの。その顔を見て私気付いちゃったの…一方的な片思いでいいと思ってたのに…もしかしたら両想いになってしまったのかもしれないって…』

そう言ってみなみは泣き崩れてしまった。

普通なら両想いと気付いた時、人は両想いになってしまったとは言わない。しかし、今みなみは両想いになってしまったのかもしれないと言った。


     *


「両…想い……?」

橘拓也は俯き泣きながら話すみなみの言葉を聞いて驚いた。

「俺達…両想い…だったのか…」

拓也がそう言った時みなみは顔を上げて拓也の顔を見つめた。そのみなみの表情は拓也よりも驚いた表情をしていた。その表情はまるで気付いていなかったのと言っているようにも思えた。

「じゃあ…どうして…どうして俺と距離をとろうと?」

「私は……」

そう言ってみなみは言葉を止め、少し頷いてから、「私は拓也君の事が大好きだから。」と答えた。

「だったら、どうして……」

「さっき言ったでしょ。きっと私が先に…。」

「死ぬかどうかなんてわからないだろっ!」

「今まで出なかった症状が出始めたの!病気は確実に進行してる!」

「…だから、距離をとった?」

「……」

「その病気になったからって死ぬって言われたのか?」

みなみは首を横に振った。

「医者は恋をするなって言ったのか?」

またみなみは首を横に振った。

「…なんだよ…なに勝手に死ぬ事前提にしてんだよ。」

みなみは話し出せない程泣き崩れてしまった。


     *


姫川真希はみなみが落ち着くのを待ってから聞いた。

『だから拓也と距離をとろうと思ったの?』

『…うん。だって……』

『だって?』

『もし、私と付き合ってしまったら……』

『付き合ってしまったら?』

『…私と付き合ってしまったらこれから私と作り上げていく思い出の全てがいつか必ず拓也君を辛く悲しくさせて苦しめてしまう。そう思うと恐いの。恐ろしいの。辛いの。だから、拓也君の為にも距離をとろうと思った…これが拓也君の為だと思って。』

『拓也の為?ふざけんじゃないわよ!みなみの本当の気持ちはどうなんのよっ!どうして先の事ばかり気にするの?どうして自分の事より拓也の事を考えてるの?どうして自分の本当の気持ちを隠すの?どうして……今の自分の気持ちを大切にしないの…』

『……』

『みなみ。あんたの本当の気持ちは?』

『…本当の気持ち…?』

『そう。拓也と両想いなんだって気付いて嬉しくなかったの?』

『…嬉しかったよ。幸せな気持ちにもなれた…恋を恐れて…恋をする事からずっと逃げてきたくせにさ…嬉しかった。だけど…悲しかった。苦しかった。悔しかった。拓也君の事は好きだけど…付き合う事は出来ないんだって思った。』

『拓也は今、どうしてみなみに距離をとられているのか理由を知らないで不安で一杯って顔をしてるよ。確かにこのまま拓也と会わなければ拓也はこの程度の傷で済むかも知れない。だけど、あんたは?みなみはずっとこの辛さを一人で抱えて生きていくの?好きな人は生きていればまた現れるよ。だけど、好きな人が出来る度そうやってみなみはまた辛さを一人で抱えて恋を諦めて生きるの?バッカじゃない?あんたは自分が先に死ぬって言ってるけど、先に死ぬかどうかなんてわかんないでしょ?なに勝手に死ぬって決めつけてんのよ!その病気になった人は全員死ぬの?なに勝手に死ぬ気になってんのよ。いつかどうせ人は死ぬんだよ。それは明日かもしれないし何十年後かもしれない。それはみんな一緒でみんなそれをわかってるよ。いつか死ぬってわかっててみんな恋をしてるんだよ。あんたは人より早く死ぬだろうからって自分の幸せを捨てるの?あんた早く死ぬって言っててさ死ななかった時どうすんの?ただのバカだよ?』

まくし立てる様に真希は一気に話した。テーブルに置かれていた水を手に取り半分ぐらい飲み干し、ふぅーっと大きく一息ついてからまた言った。

『病名を聞かされた時、症状は全くなかったのに今になって症状が出始めて、不安で恐くなったのもわかるよ。自分は病気だから先に死ぬかもって覚悟決めてるのもわかる。だけど…上手く言えないんだけど…私がみなみに言いたい事は自分自身を…自分の気持ちを大切にしてほしい。自分の幸せを一番に考えてほしい。先の事なんて考えなくていいんだから。だから…みなみ。今を生きて。悲しい。苦しい。悔しい。そんな言葉両思いって気が付いた人が言う言葉じゃないよ。』

みなみは何度も頷いていた。そして、最後に真希は言った。

『私の想いが伝わったのなら今日の路上ライブに来てほしい。そして、拓也と話をしてほしい。お願いみなみ。逃げないで。』


みなみは今日の路上ライブに来てくれた。帰宅した真希は電気も付けずに自分の部屋に入って窓を開け空を眺めた。外は星が綺麗な夜空。

(…話は終ったのだろうか?)

そういえば龍司がライブが決まったと言っていた。後でLINEで送るとも。だけど、龍司からのLINEはまだ来ないがそんな事はどうでもいい。


     *


みなみが泣き崩れた後、橘拓也はみなみが泣き終わるまで待った。そして、泣き止んだみなみは拓也と距離をとった理由は拓也の為だったと話した。

「みなみは?みなみの気持ちは?将来の俺の事なんかどうでもいい。みなみの今の気持ちを俺は知りたいんだ。」

「……」

拓也は大声で叫んだ。

「俺は!みなみの事が大好きだ!」

みなみは驚いて周りを気にしていた。もう夜も遅い。だけど、拓也はそんな事気にしなかった。拓也は立ち上がり空に向かって叫んだ。

「俺はみなみとこれから沢山の思い出を作っていきたい!そして、いつか俺が死ぬ時、必ずその思い出全てが素敵な思い出だったって言ってやる!素敵で大切な宝物なんだって言ってやる!だからぁ!」

拓也はみなみを見た。周りを気にしていたみなみも拓也の方を見つめた。拓也は叫ぶのを止めて囁くように言った。

「俺と付き合って下さい。」

一筋の涙がみなみの頬を流れた。

「……私…これから症状が進んで行くと思うの…そうなったら……私の側にいたら…しんどくなっちゃうよ。辛くなっちゃうよ。」

「……」

「それに私…拓也君にひどい態度とるかもしれないよ…」

「…わかった。」

「ひどい言葉を言うかもしれないよ…」

「わかった。」

「……私といるのが辛くなるかもしれないんだよ…」

「ならないよ。」

「…本当にいいの?私といたら……」

「俺はみなみと一緒にいたい。みなみはどうなんだよ?」

みなみに立つ様にと拓也は無言で手を差し伸べた。みなみは拓也の手をとって立ち上がり拓也の正面に立った。強い眼差しが拓也を見つめる。

「私……私も……拓也君の側にいたい…ずっと…側にいたいよぉ……」

みなみが泣きながらそう言った瞬間、拓也はみなみを強く抱きしめた。みなみの体は涙で震えていた。そして、拓也はみなみを抱きしめながら夜空を見上げた。みなみも拓也と同じ様に夜空を見上げたのがわかった。

夜空には無数の星達が輝いている。

「…綺麗だね。」

「…うん。」

瞬く星空の下、2人はキスをした。

みなみの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。それを見て拓也はこのみなみの涙は悲しみの涙ではなく喜びの涙であればいいなと思った。

「拓也君?…泣いて…るの?」

「…嬉し涙だよ…。」

みなみは自分は病気で早くに死ぬのだと決めつけている。だから、恋をしないと決めていた。病気だと知った時からずっとそう決めていた。そう思うと拓也には計り知れない程の悲しみがみなみにはあったのだと思った。

(その悲しみを俺はどれだけ和らげる事が出来るのだろう?みなみはこれから症状が進んでしまうかもしれないと怯えている。不安で不安で仕方ないのだと思う。俺は…みなみの為に…どうしていけばいい?)


     *


先日、サザンクロス解散後、ブラーをオープンするまでの5年間何をやっていたのかと間宮トオルは相川から質問された。別に秘密にしていたつもりはない。だけど相川は以前から間宮にその5年間の話を聞こうとして、なかなか聞く事が出来なかったと言った。

間宮の話を聞き終わった相川は『サザンクロスが解散した後2年間も廃人のように暮らしていたのにどうしてプロデューサーになろうって思えたんすか?』と聞いてきた。間宮は、ひかりのおかげだったんだ。と正直に答えた。プロデューサーの仕事を頼まれ一度断った時、ふいに部屋の片隅に置いていた開いた事のない一冊のノートが目に留まった。ひかりの母親が間宮を尋ねて来た時渡されたひかりの日記帳だった。


『これは?』

『生前ひかりが書いていた日記帳。途中まで読んだんだけど、どうやらこれはあなたが読む事を想定してひかりは書いていた物だと思ってね。ずっと渡したかったんだけど、どうしても私はあなたに会いたくはなかった。』

『……すみません。』

『こちらこそ。ごめんね。ひかりの日記渡すの遅くなってしまって。』


ひかりが書いた日記を読み進めるうちに間宮は廃人のように暮らしていた2年間を悔いた。

(俺のせいで生きられなかった命があったのに…生きたくても生きられなかった命があった事を一番わかっていたはずなのに…俺は…なにやってんだ……)

何もしない事が一番のひかりへの罪だった事に気付いた間宮はプロデューサーの仕事を引き受ける事を決めた。


間宮は机の引き出しからくすんだ赤色の日記帳を取り出した。パラパラとページを捲り適当なところでページを捲る手を止めた。そのページには高校2年の夏の日付が書かれていた。

(この日は確か…俺とひかりが初めてデートをした日だ…)


ひかりと初めてデートに行った場所は映画館だった。待ち合わせ場所は喫茶店ルナ。よくあるデートコースで面白みがなかったなと今更だが間宮は思う。映画を見た後ひかりは路上ライブを見たいと言った。その時の間宮は知らなかったが、この時ひかりは吉田にフラれたばかりだった。

その吉田がいる路上ライブを見てひかりはどういう心境だったのだろうと思う。

(聞きたい事は沢山ある。当たり前だけど亡くなってしまってからでは何も聞けない。後悔したってもう遅い。そんな事はわかっている。わかっているけど…)

「知りたい事、伝えたい事全部声にしとけばよかったな…」



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今、想う


8月18日


今日は初めてのデートでした。

楽しかったなぁ。

ルナで待ち合わせして、映画館に行って、またルナに行って、路上ライブを見て、またまたルナへ行って(笑)

だけど……映画の内容はほとんど覚えてない…急に胸が苦しくなった…彼にも苦しんでいた姿を見られていた…薬を飲んでいる姿も見られたのだろうか?

私が病気なのだと気付いたのだろうか?

最近になって本当に胸が苦しくなる回数が増えてきた……恐い。恐い。恐い。恐い。



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