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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice‬ vol.1
18/59

Episode 12 ―デート―


2014年8月18日(月)12時


待ち合わせ時間ちょうどに橘拓也はルナに着いた。みなみの自転車が店の前に置かれているのを見て既にみなみはルナに到着しているのだとわかった。みなみはルナで唯一窓がある4人掛けの席にいて一人で本を読みながら拓也の到着を待っていた。おまたせ。と拓也はみなみに第一声を掛けた―つもりだが声はガラガラで自分でもなんという声だと驚いた。みなみは笑いながら、「やっぱり声まだ治ってないね。昨日のライブで相当痛めたみたいだね。」と困った顔をしながら言った。

「あれれぇ拓也くん。どうしてこんなに早くサクラちゃんと待ち合わせなのかなぁ?路上ライブ見に行くってサクラちゃんにさっき聞いたとこなんだけどそれにしては早すぎない?」

からかうように結衣はカウンターの奥で笑った。昨日みなみを家に送った後、みなみはLINEで待ち合わせ場所と時間を指定してきた。それがルナでこの時間だった。拓也自身も路上ライブを見に行くだけの予定でいたから結衣と同じ考えで早すぎるとは思った。だけど、みなみと一緒に長くいられるのならその時間でも全然良いと思った。結衣が拓也の分の水を持って来ると、「もしかして、これからデート?」と言った。拓也はわかりやすく動揺した。みなみは顔を下げて恥ずかしそうにした後、そうなの。と言いきった。そうなの?と聞き返した拓也の声はガラガラすぎてちゃんと伝わったのか不安だったが、みなみは、そうだよ。と言った言葉に拓也は驚いた。

「今日って…デートだったのか…」

とガラガラの声ではなくちゃとした声で発せられた言葉にも拓也は自分自身驚いた。

「フン。今日って…デートだったのか…ですって?失礼なオトコ。聞き返してどーすんの?そんなことしてたら龍ちゃんになっちゃうよ。」

拓也は結衣を見つめながらそれは俺だけじゃなくここにいない龍司にも失礼だぞと思っていた。

「で、お二人さん注文何にする?」

そう言われてみなみはメニュー表を見た。

「私はルナドッグとアイスコーヒーにするけど、拓也君は?」

メニュー表を差し出すみなみからメニュー表を受け取らずに拓也は一緒でいいと言う変わりに人差し指を一本立てながら3回頷いた。みなみは、一緒でいいの?と確認してきたのでもう一度頷いた。

「じゃあ、ルナドッグ2つとアイスコーヒーも2つでお願いします。」

「あいよ。」

結衣がカウンターの中に入るのを見届けてからみなみは、「もし話すのがしんどかったり喉が痛かったりする様なら昨日みたいにスマホで文字を書いて見せてくれたらいいからね。」と言った。拓也は頷いてスマホをテーブルの上に置いた。みなみの言う通りスマホでみなみと会話する事に決めた。みなみはその様子を見てにこりと笑うその姿がとても可愛らしかった。早速、拓也はスマホに文字を書いてみなみに見せた。

『何を読んでたの?』

「絵本。」

拓也は驚いて、えほん?と声に出して言った。意外とちゃんとした声でえほんと言えた。どうやら驚いた時に出る声はちゃんと出る様だ。みなみは、そう絵本。と言ってポケットサイズの絵本を見せてくれた。

『絵本好きなの?』

「絵本好きだよ。小説読んでると思った?」

こくりと拓也は頷いて、小説も読むの?と文字に書いた。今度はみなみがこくりと頷いた。

「小説は結構読むよ。推理小説が好きかな。拓也君は?」

『本を読むのは苦手かな。しんどくなるし。』

「そう。残念。」

『でも、オススメの本があるなら頑張って読んでみるよ。』

「ホント?何をすすめようかしら。」

みなみは楽しそうに笑った。その笑顔がたまらなく好きだと拓也は思った。結衣がルナドッグとコーヒーをテーブルの上に置きながら言う。

「2人仲良いよねぇ〜。」

拓也とみなみは顔を見合わせて微笑んだ。


     *


姫川真希は部屋でギターの練習をしていた。時計を見ると12時だった。一休みしようとギターを置くと同時にスマホが鳴った。

「もしもし。」

「ああ。姫川さん?エンジェルのオーナーの小野ですけど。今大丈夫?」

「え、あ、はい。」

「ごめんね急に。あ、番号は君のお父様から教えて頂いたんだ。いや、ちょっとお父さんとお会いする機会があってね。その時に君がまたバンド活動を始めたと聞いて。ライブもやったそうじゃないか。」

「はあ。あ、はい。」

「もしよければなんだが今度ライブをウチでやらないか?」

「え?いいんですか?」

「いいも何も是非ウチでライブしてほしいんだよ。」

「でも、2年前あんな騒動起こしたのに…」

「ああ。うん。でもあれは別に君が暴れたんじゃなくてあの時のバンドメンバーが勝手に暴れたんだろう?君も私の店も被害者じゃないか。」

(その暴れた龍司がまたバンドメンバーにいるって事をオーナーは父から聞かせれていないのか?)

「それに、新たなバンドにはあの長谷川雪乃が加わってるらしいじゃないか?」

(なるほど…目的は雪乃か…)

「雪乃は…正式なバンドメンバーじゃないんです。ゲストとして参加してもらってるだけで…」

「え?そうなの?でも、ライブする時は呼べるんだよね?」

「ま、まあ…」

「そうか。なら大丈夫だ。是非、長谷川さんを誘ってライブをしてほしいんだが、どうかな?ライブの日にちは空きがなくてまだ随分先になってしまうんだけどね。」

(雪乃がいなかったらエンジェルでライブはさせないって事か…みんなに一度相談した方がいいのかな?いや、エンジェルでライブなんて基本はプロじゃない限り出来ない事だ。雪乃目当てなのが気に食わないが…ここはバンドの為にもライブをさせてもらおう。)

ライブの日や時間を聞いて真希は電話を切った。電話を切った後、真希は、ふぅ〜。と大きくため息をついた。

(龍司は確かエンジェルに出入り禁止になってるはずだ。龍司がメンバーにいるという事は当日まで秘密にしておこう…まあ、雪乃さえライブに参加してくれればあのオーナーも文句は言わないだろうけど…)



ルナで朝食をとった後、佐倉みなみと拓也は映画館に向かった。見たい映画があると拓也に伝えると今から行こうと言ってくれた。

前から見たかった映画を拓也と見れる事がみなみは嬉しかった。しかし、映画も終盤に差し掛かった頃急に胸が苦しくなった。みなみは胸を抑え前屈みになった。

(苦しい…どうして…どうして今なの?)

暗闇の中、みなみは急いで鞄から薬を取り出して飲んだ。

(恐い。恐い恐い恐い。凄く恐い。)

ほんの少し前までルナで楽しく拓也と話をしていたのに、みなみの心は今恐怖心で一杯になっていた。

(早く治まって!)

拓也は映画に集中していてこちらの異変には気付いていない。

(良かった。見られてない)

少しずつ胸の苦しみがマシになっていった。けれど、みなみの恐怖心は映画を見ている間収まる事はなかった。せっかくの拓也との初めての映画も後半は内容が全く入ってこなかった。


     *


もうすぐ4時か。橘拓也はスマホで時刻を確認した。映画館を出た後、拓也はみなみがとてもしんどそうな表情を浮かべているのがわかった。

映画を見ている途中、みなみは胸を抑えて苦しそうにしていた。拓也は声を掛けようかと思ったのだが、みなみは拓也に悟られない様にしているのがわかったから声を掛けるのはやめて少し様子を見る事にした。拓也はみなみの異変を気付いていないフリをした。みなみは鞄から薬らしき物を取り出してそれを飲んだ。少しずつみなみが落ち着いていくのがわかった。

(テスト期間中に体調を崩していた事と今回苦しそうにしていた事とは別のものなのだろうか?いや、別のものだとしたら薬を常備しているのはおかしい。みなみは何かの病気なのかもしれない。)

拓也はもう一度みなみの顔色を見た。やはりとても疲れているように見える。

「ちょっと疲れたからまたルナに寄ってもいいかな?」

相変わらずガラガラの声だった。みなみにちゃんと伝わったか不安だったが、「そうだね。そうしよっか。」とみなみは答えてくれた。よくこのガラガラ声を聞き分けられるものだな―と拓也は感心した。

ルナに入ると結衣が、「また戻って来たの?てか、結衣に2人が仲の良い姿を見せびらかしたいわけ?」と皮肉を言ったがその表情はとても楽しそうだった。拓也とみなみはさっき座っていた4人掛けの席にまた座りまたアイスコーヒーを頼んだ。

「あの場面どう思った?あの主人公が告白する場面。」

「え?ああ…凄く良かったと思うよ。」

何故かみなみには拓也のガラガラの声が伝わる。それが不思議だったが映画の感想を聞いてもみなみは上の空だった。本当に映画を楽しんで見ていたのだろうか?前から見たかったと言っていた割には映画の感想を何回か聞いてもちゃんとした答えを返してこなかった。

「映画…つまらなかった?」

「えっ?どうして?そんな事ないよ。面白かったよ。」

(そういうふうには見えないな…)

「しんどそうだね。」

「そうでもないよん。」

そう答えたみなみは元気のない表情を浮かべている。拓也は映画館でみなみが苦しそうにしていた事を聞こうか聞くまいか悩んだ結果聞く事にした。

「みなみ…映画館でしんどそうにしてたけど大丈夫?」

みなみは「え?」と声を出して驚いた表情を浮かべた。映画館で苦しそうにしていた事に拓也は気付いていないと思っていたのだろう。

「今もしんどそうだ。」

「そ、そんな事ないよ。ちょっと疲れちゃったのかも。あ、そうだ拓也君さ。この世界そのものが仮想現実だと思う?」

みなみはあからさまに話題を変えた。拓也の質問に答える気はないようだ。

映画館で苦しんでいた事に触れないでほしい―みなみは拓也にそう言っている。

(どうして教えてくれないんだろう…余計心配になるじゃないか。)

そう思いながらも拓也はみなみが変えた話題に乗る事に決めた。

「仮想現実?そんなまさか。」

「宇宙の始まりは本当にビッグバンだと思う?何もない所からそんな現象が起こるのかな?」

「…そう言われても。」

「プログラマーの誰かがこの世界を作り上げたとしたら、この世界はシュミレーションゲーム。バーチャルワールドって事になるよね?ビッグバンで世界が産まれたって言われるよりバーチャルワールドだって言われた方がしっくりくると思わない?だってあと数年もすればこの世界のプログラマーも感情を持ったシュミレーションゲームが作れると思うの。そのシュミレーションゲームの中にいる人達はまさか自分達がゲームの世界の住人だなんて気が付かない。」

「…あの…みなみ…ちゃん?」

「あ。ごめん。ごめん。ただの都市伝説だけどね。」

「都市伝説とか好きなの?」

「うん。大好きだよ。都市伝説とかスピリチュアルだとか。」

「い、意外だね。」

「そう?」

「うん。都市伝説好きには見えなかったよ。でも、この世界は仮想現実…か。面白いね。」

みなみは楽しそうに、でしょ?と笑った。

「でも、この世界をプログラマーが作っているとして、どうして災害とか起こるのを助けてくれないんだろう?」

「う〜ん。もしかしてこの世界の経過を見届けているだけなのかもしれないね。」

「見届ける?」

「そう。あくまでも都市伝説として聞いてね。例えばこの世界のプログラマーがバーチャルワールドを作って地球の歴史を調べようとするとするでしょ?そしたらそのバーチャルワールドで起こる出来事には決して手を出さないと思うの。どうやって恐竜は絶滅したのか?どうやって人類は現れたのか?それを知る為には手を出したら調べられないでしょ?」

「それを何億年と時間を掛けて調べてたら同じだけ時間が必要になると思うんだけど…」

「早送りくらい出来るでしょう?」

「早送り?プログラマーに早送りされても仮想現実の俺達にはわからないって事?」

「そういう事。」

みなみはいつも以上に饒舌にだった。結局、みなみの話題に乗ってしまったせいで拓也は聞きたい事を聞けなくり、都市伝説ばかりを聞かされ路上ライブが始まる時刻となってしまった。

(どうして隠すんだろう…?)


     *


(あんなに見たかった映画だったのにな…)

映画館を出た後も少ししんどくて佐倉みなみは拓也が話す言葉の内容もほとんど頭に入ってこなかった。今日2度目のルナで休憩していると、「みなみ…映画館でしんどそうにしてたけど大丈夫?」とガラガラの声で拓也が聞いて来た。映画館で苦しんでいた事を拓也が気付いていた事にみなみは驚き動揺した。

(気付いてないと思ってたのに…)

「ちょっと疲れたからまたルナに寄ってもいいかな?」と拓也が言ったのはみなみの事を気遣ってくれての言葉だった。その優しさが本当に嬉しかった。

拓也はみなみが薬を飲んでいた姿も見たはずだ。きっと何かの病気なのだと気付いている。それを隠す為にみなみは拓也が心配してくれているにも関わらず話題をそらしてしまった。

どうか、その話題には触れないで―みなみは心の中で祈った。

みなみのヘタな話題のそらし方のせいで拓也は聞こうとした事を聞けなくなっていた。もしかしたら聞かない様にしてくれたのかもしれない。だけど、近いうちに拓也は病気の事を聞いて来る時が来るのだろうとみなみは悟りそして恐れた。



午後5時40分。路上ライブが始まる20分前に栗山ひなは赤木と共に拓也達がいつも路上ライブをやっているという場所に着いた。既に拓也と雪乃以外のメンバーは揃っていた。

「拓也と寝癖チンチクリンピアニストはまだ来てへんのか?」

突然ひなに声を掛けられて真希は驚いていた。

「ひな…さん。見に来てくれたんですか?」

「あんた。敬語なってんで。」

「あ、そうだった。」

「で、拓也と寝癖チンチクリンは?」

「寝癖チンチクリンって…雪乃の事?」

「そうや。他におらんやろ?」

「雪乃は路上ライブには参加してなくて拓也は昨日のライブで喉やられて今週は不参加。」

「なんや。寝癖チンチクリンは路上ライブ参加してへんのか。てか、拓也は喉痛めたん?呆れるわぁ。今日はこうへんの?」

「さあ?様子見には来るとは言ってたけど来ないかもしれないよ。」

龍司がマイクをひなに手渡す素振りを見せて言った。

「タクの変わりにひなと赤木参加してくれてもいいんだぜ。」

「あんたら自分らの曲歌うんやろ?ウチ知らんし。」

じゃあ、と春人が言いながらひな達の側に来た。

「最後にサザンクロスの声を歌うってのは?」

「あれ、インテリお気楽メガネのくせに今日メガネ忘れたんか?」

「インテリお気楽メガネって…まあ、いいか…眼鏡は一本しか持ってなくてね。今朝作りに行ったんだけどレンズが間に合わなくって。それで今日は眼鏡をしてない。」

「もう眼鏡やめてコンタクトにしたら?またライブ中に落として音狂わせられるのこりごりよ。」

「すまないヒメ。今度からは眼鏡を落とさない様にバンドするから。あと、コンタクトも今度買いに行くよ。」

「是非そうしてちょうだい。

で、ひな?最後にサザンクロスの曲一緒に歌う?赤木さんも参加してくれていいよ。」

「どうする赤木?」

「俺はいい。もうボーカルはやらねぇって決めたから。歌いたいならお前一人で参加しろ。」

赤木の言葉を聞いた龍司は、冷たいねぇ〜。と言った後、「ひなはどうする?」と聞いた。ひなは少し悩んでから、わかった参加するわ。と答えた。そんな話をしているといつの間にやら人だかりが出来始めていた。その中には一昨日のLOVELESSのライブを見に来てくれていたという太田と五十嵐とブラーでバイトをしている相川がいて少し話をした。が、ひなはこの3人と昨日挨拶をしたらしいが正直その記憶はひなにはなかった。路上ライブが始まる5分前になってやっと拓也が現れた。拓也が到着するなりひなは拓也に言った。

「あんた喉痛めたらしいやんか。大丈夫なんか?」

拓也はひながいる事に驚いた表情を見せて何か言ったがガラガラの声すぎてひなには今拓也が何と言ったのか聞き取る事が出来なかった。ひなが拓也の顔に自分の顔を近づけて、なんて?と聞くと、

「ひな先輩路上ライブ見に来てくれたんですか?てか、昨日のライブ終った後、どうして挨拶もせずに帰ったんですか?って言ってます。」と拓也の隣に立っていた子が拓也の通訳をしてくれた。

「誰や?この…美少女ヒロインは?」

拓也はまたガラガラの声で横に立っている子の紹介をしてくれた。が、ひなには拓也が何を言っているのか全然わからなかったので、「え?」とひなは拓也ではなく隣にいる子を見ながら言った。

「佐倉みなみです。一昨日のライブの時にも一応挨拶させてもらったんですけど…あと、昨日の拓也君達のライブに来られていたのもチラッと見ました。」

「ああ。そういえば一昨日も拓也の横にいた子やなぁ。思い出したわ。なんや2人付き合うてんのか。」

ひなは冗談のつもりで言った一言だったが2人は予想以上にその言葉に反応し、そして否定した。

(なんや。付き合ってへんけど両思いやんか。わっかりやす。)


     *


「なんや2人付き合うてんのか。」と言ったひなの言葉に橘拓也は自分でも思っている以上に身振り手振りをして否定してしまった。そのあからさまな行動でみなみに自分の気持ちを悟られてしまったかもしれないと思った。

(今日…こんな声じゃなかったら俺…みなみに気持ちを伝えていたのかもしれないな…)


午後6時ちょうどに真希と龍司と春人の3人は路上ライブを始めた。お客さんの数は日に日に増えて来ている。拓也は3人だけで路上ライブは大丈夫なのだろうかと心配していたが最初の数分曲を聴いただけで拓也が心配する必要など全くなかった事がわかった。拓也が抜けても真希がメインボーカルを勤めるだけなのだからなんの問題もない。拓也は安心して3人の美しいハーモニーを聴いていた。

俺…こんな凄い3人と一緒に歌ってたのか―初めて第三者的な立場から路上ライブを見て拓也はそう思った。

「外から見るとやっぱり凄いってわかる?」

拓也の心を見透かしたかの様にみなみが隣で囁いた。拓也は深く頷いた。真希は45分間を歌いきると裸足のままで拓也の元に寄って来た。

「やっぱり拓也が抜けると歌に深みがなくなるね。」

拓也は、そんな事ないよ逆に3人の方が凄い様な感じがする。と言ったのだが案の定真希にも拓也の言葉は通じなかったので、横にいるみなみが拓也の言葉を通訳してくれた。

「なんだよ。橘お前喉めちゃくちゃやられてんな〜。」

相川がそう言いながら五十嵐と今日もビデオカメラを回している太田と共に拓也の元に歩いて来た。拓也は、大丈夫。とガラガラの声で答えた。ひなと赤木はこの時2人で話をしていたが2人が話し終えると真希はひなの顔を見ながら拓也に言った。

「最後の曲さ。ひなに参加してもらってサザンクロスの声を歌う予定だから。」

「へぇ〜。もしかしてぶっつけ本番?」

とこれは五十嵐が真希に聞いた。

「そうなんです。先輩今日も来てくれてありがとうございます。」

「私はあなたたちのファンになっただけだから気にしないで。」

ありがとう。と言って真希は五十嵐に深くお辞儀をした。拓也も真希同様深くお辞儀をした。なぜだか横にいるみなみも深くお辞儀をしたので、拓也はどうしてみなみがお辞儀するんだと思って笑ってしまった。みなみも同じ事を思ったらしく、「私がお辞儀する必要なかったね。ごめん。ごめん。」と謝っていた。

「じゃあ、俺はこの辺で帰るわ。うちのひなを宜しくな。」

そう言って赤木は去って行った。赤木が帰る姿を見届けた龍司も近寄って来て、「どうして赤木帰ったんだよ?」とひなに聞いた。

「あいつ今日ギターの練習するって言ってたんを無理矢理ウチがここまで案内してって誘ってん。元々45分も路上ライブ聴くつもりはなかったんちゃうかな?」

「そっか。それなら別にいいけどよ。」

春人も拓也の元にやって来て拓也と至近距離に来た所で、「ああ。タクやっぱり今日顔を出してくれたんだね。」と言った。春人は眼鏡を掛けていないとほとんど見えていないらしい。

「春人君。眼鏡掛けてない方がカッコいいね。」

とみなみが言うと春人は照れる素振りも見せずに、そう?と答えた。拓也はみなみにカッコいいと言われた春人に少し嫉妬をした。15分の休憩が済んだ後、残り45分のうち40分間3人は路上ライブを無事にこなした。そして、残り5分となった時、真希がひなを呼んだ。

「今日の最後の曲は特別ゲスト栗山ひなさんと一緒に歌いたいと思います。」

真希がそう言うとひなの事を知らないであろう観客達が何故か盛り上がり拍手をした。

「彼女はLOVELESSというバンドのボーカルです。近々ライブの予定は?」

真希は予備のマイクをひなに手渡しながら聞いた。ひなはそのマイクを手に取った。

「しばらくないなぁ。あ、でも12月27日の第一回柴咲音楽祭ってのに出演します。開催場所はエンジェルってお店です。ここら辺では有名な店なんやんな?あ、彼らのバンドも出演しますんで宜しくお願いします。」

真希はマイクを使わずに、「ちょっとひな。まだ私らは出演するかどうか決めてないの。」と言ったが、拓也のいる場所までその声は届いていた。

「もう。みんなの前で言ったし出演決定でいいっしょ。ねぇ?みんな?」

路上ライブを見に来てくれたお客さんはおー!と叫び拍手を送った。

「はい決定。みなさん12月27日は空けておいて下さいねー。」

(全く…ひな先輩…勝手な事を…でも今日のひな先輩は人前に立っても全然緊張してないなぁ…一昨日のライブで人前に立つ事に慣れたのだろうか?)

「さあ、歌おう。曲はサザンクロスの声です。」

と急にひなは真剣な表情を浮かべてそう言った。強引に曲紹介をして話を終らせたひなを真希はずっと睨んでいたが、その様子が見えていない春人とニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる龍司がリズムを取り出した。


ひなが歌うサザンクロスの声は圧巻だった。拓也にはこんな凄い歌い方は出来ないと思った。

「さすがこの曲を歌ってた人の娘なだけはあるね。完璧。」

横にいるみなみが拓也に聞こえるように言った。拓也はその言葉に頷いた。

(おそらく…ひな先輩の歌声は父相沢裕紀以上だ…本当にバラードを歌わせたらこの人の右に出る人はいないんじゃないだろうか…)

拓也は正直ひなのボーカルでこの路上ライブをもっと聴いていたいと思った。路上ライブを聴きに来ている人達も同じ気持ちだったようでいつもより多くのアンコールを催促する拍手が鳴った。しかし、時刻は路上ライブをやれる時間ギリギリの8時だった為、「この続きはまた12月27日のエンジェルで!って言ってもウチこのバンドのメンバーちゃうねんけどな。」とひなが冗談交じりの事を言って路上ライブを終わらせた。


「拓也。これからルナに一緒に来てほしいんだけど。あ、もちろんみなみも一緒に。」

真希が靴下と靴を履きながら拓也とみなみをルナに誘った。拓也とみなみは今日3度目となるルナに向かう事にした。

「俺らも一緒にいいか?」

相川が太田と五十嵐の2人を見ながらそう言った。

「うん。もちろん。そうだ。ひなも来るよね?昔、サザンクロスのメンバーもライブ前とかに寄ってたお店なの。」

「へぇ〜。ほなウチも行こかな。」

「オッケー。」

拓也が路上ライブの後片付けを手伝っていると、「お疲れぇ〜。」と言って雪乃が少し遠くからやって来たので真希が不思議そうに聞いた。

「あれ?雪乃?どうしたの?」

「どうしたのって。私と弟子とで路上ライブ見てたんだよぉ〜。」

「どこで?私全然気が付かなかった。」

「えぇ〜!気付いてなかったの??私結構大声出してたのにぃ〜。」

「師匠それは無理ですよぉ…距離、結構あったから…」

「凛。来てくれてありがとね。2人はどこら辺にいたの?」

「そこの少し離れた所です。私はもっと近くに行こうって言ったんですけど、師匠が人が多すぎるから嫌だって言い出して…それで。」

「そうなんだ…」

「今日は凛ちゃんが路上ライブ見に行きたいって言ってくれたんだよ。」

「そうだったんだ。ホントありがとね。」

「いえ。そんな…一度路上ライブの方もちゃんと見て見たいと思ったので。」

「なかなかいい弟子を持ったもんだな。お師匠さん。」

龍司がからかうように雪乃にそう言うと雪乃は嬉しそうに、うん。と答えていた。

「そうだ。雪乃と凛もこれからルナに行かないか?」

春人が雪乃と凛を誘うと、雪乃は嬉しそうに飛び跳ねながら、「え?ルナ?行く行く!」と答えた。その飛び跳ねるのをやめさそうと凛は雪乃の肩を抑えながら、「じゃあ、私も。」と言った。

結局、拓也、龍司、春人、真希、みなみ、相川、太田、五十嵐、雪乃、凛、そして、ひなの総勢11人の団体でルナへと向かった。



ルナには結衣とさっき拓也とみなみが寄った時にはいなかった新治郎がいた。お客さんは入っていなくて2人とも暇そうにしている時に11人の団体は店に押し寄せた。

「なんだ。なんだ。エラい団体で来たんだなぁ〜。」

「ごめんね。マスター。私も手伝うから。」

そう言ってみなみはカウンターに入って手を洗った。拓也と龍司はカウンター席に座り、残りの8人は6人テーブルに椅子を2脚足して席に座り10人分のルナドッグと11人分のコーヒーを頼んだ。ルナドッグが一つ少ないのは相川がダイエットをしている為、食べないと言ったからだ。新治郎と結衣とみなみの3人は忙しそうに動き出した。

「そこのオシャレおさげ誰なん?」

唐突にひなが凛に指を指しながら横に座った真希に聞いた。すると、真希ではなく雪乃がひなの問いに答えた。

「うちの弟子やで。名前は一ノ瀬…じゃない。白石凛ちゃん。よろしくやで。」

ひなはヘタな関西弁を使う雪乃を細い目で見つめながら言った。

「なんで急に関西弁やねん。」

雪乃は突っ込まれた。と嬉しそうにはしゃいだ。

「白石凛です。年齢は15歳です。」

「15か。ほな中学3年生?」

「はい。あのカウンターでバイトしてる子も同い年です。」

「ふ〜ん。あ、あの子ウチらのライブ見に来てくれてたような気がすんなぁ。」

「来てたよ。あの子が咲坂結衣であっちのマスターが咲坂新治郎。」

と真希が2人の名前を教えた後、雪乃が凛に聞いた。

「凛ちゃん。今日のひなちゃんの歌声聴いてどう感じた?」

「嬉しそうでしたよ。」

凛の特殊な能力を知らないひなは呆れたといった感じの表情をした。

「なんやねん嬉しそうって…普通歌声の評価するんちゃうん?」

「凛ちゃんはね。歌声とか演奏聴いたらその人の感情がわかるの。だから、嬉しそうって答えたのよ。」

ひなは口をぽかんと開けて、そうなん?と言った。

「ひなさんは真希さん達と一緒に歌えて嬉しいって感情でした。」

「それホンマなん?ホンマに感情がわかるん?」

「はい。あ、CDとかではわからないですよ。」

「で、ひなは私達と一緒に歌えて嬉しかったの?」

と真希が凛が言った言葉は正しいのかどうか確認する為ひなに聞くと、ひなは照れ臭そうに、「楽しかった。」と答えた。

「でも、それって大変ちゃうん?ライブとか行ってそのバンドの本性わかったらどうするん?嫌な部分がわかったりとかあるんちゃうん?」

「一度ありました…しかも大好きなバンドのライブ見に行った時に…」

「ホンマか?」

「はい。そのバンドは大きなツアー中だったんですけど、その人達の感情は凄かったです。女性やお金の事しか考えてないバンドでした…私、大好きなバンドだったんですけど…それ以来嫌いになりました…」

「その特殊能力羨ましいけど、いらん感情まで読み取りたくないなぁ。自分の意志とは関係なくその感情ってわかってしまうん?」

「はい。音楽と一緒に伝わって来ます。」

「それは辛いなぁ。」

凛の特殊な能力の話が終るのを待ってカウンター席から龍司が興味津々といった感じでひなに話しかけた。

「結衣のあだ名を付けるとしたら、どんなあだ名になる?」

「あだ名?」

「ひなはいつも誰かの事あだ名付けて呼んでんだろ?」

「そんなんしてへんわっ!」

「ウソつけっ!俺の事骨折れ金髪って言ってただろっ!」

「俺の事はインテリお気楽メガネって言ってた…」

「ほらな。あだ名付けてんだろ?」

「そう言われるとそうやな。」

「結衣だとどうなるんだ?」

「ロリロリ娘でいいんちゃう?」

「かかかっ!ロリロリ娘っ!そのまんまじゃねーかよっ!」

「ちょっと待って。もしかして私にもあだ名あるの?」

「まぎどごどばべづぎずごばるおんだっでいっでだ。」

「拓也?今なんて言ったの?」

真希は拓也に聞いたのだが、ひなは観念した様に直接真希に言った。

「目つきスゴワル女や。」

「悪口じゃん。」

「私は?私のあだ名は?」

「寝癖チンチクリンピアニストや。」

「ははっ!寝癖チンチクリンかっ!」

「雪乃…それもあだ名というより悪口だから…」

「じゃあさ。ここにいる全員あだ名つけてくれよ。まず、五十嵐さんは?」

龍司は五十嵐を指差しながら言った。五十嵐はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。

「生真面目優等生。」

龍司は、確かに。と言って笑ったがすぐに笑うのを止めた。五十嵐は少しも笑っていなかったし、その目は龍司を睨んでいたからだ。次に龍司は太田を指差して、

「フトダは?」

「ちょっとドキドキするね。」

「盗撮デブ。」

「…デブはいいけど盗撮って…」

太田はかなりショックを受けていた。龍司は次に相川を指差した。

「デブ。」

「おいっ!俺はデブだけかよっ!せめてなんとかデブにしてくれよっ!」

「僕、デブだけが良かったな…」

「俺はデブだけじゃ嫌だ。」

「お前らうるせー。俺からしたら一緒だ!あとは…みなみは?」

「美少女ヒロイン。」

「つまんねぇな。なんかそれは悪口じゃねーし。ちなみにタクにもあったんだろう?」

みんなの視線が拓也に集まった。いつの間にかみなみも結衣もひなが拓也にどんなあだ名を付けて呼んでいたのか楽しそうに待っていた。

「ひな先輩やめてくれ。」

と拓也はちゃんとみんなにわかる声でそう叫ぶ事が出来たのだがひなはやめなかった。

「山猿のクセに乙女声や。」

店内がしーんと静まった。最初に大笑いしたのは龍司だった。

「かっかっかっかっ!なんだよそれっ!めちゃくちゃおもしれーなっ!」

「拓也は女性の歌声出せるやろ?だから。」

「だからってなんで山猿のクセに乙女声になるんだよっ!」

龍司はゲラゲラと笑い過ぎてカウンターの椅子から転げ落ちた。ざまあみろと拓也は心の中で思ったが椅子から落ちてからもなお龍司は笑っていた。

「全くお前ら楽しそうだな〜。ほらよルナドッグ11人分だ。あ。1つ多いのは結衣の分だからな。結衣、みなみちゃん。コーヒー運んでくれ。もう閉店にするけど、お前らはゆっくりしていってくれればいい。俺はもう帰るから後は結衣頼んだぞ。」

「あいよ〜。」

結衣はいつもの様に返事して拓也と龍司が座るカウンター席にみなみと座った。

それから結衣を含めた12人はひなとあまり面識のない相川、太田、五十嵐、結衣、みなみ、雪乃、凛達がひなに改めて自己紹介をする事になった。こうやってルナで自己紹介をするのは何度目の事なのだろうと拓也は思った。自己紹介が終わり各自がそれぞれ話し始めた頃、真希がカウンター席に座る拓也と龍司を呼んだ。

「あのさ。今日実はエンジェルのオーナーからライブをしないかって連絡をもらってさ。」

「え?あのエンジェル?凄いじゃないか!」

春人は眼鏡を上げる素振りをして眼鏡がない事に気が付いた。

「なんだよあのオーナー。真希の父親に真希がバンド活動始めたの聞いたのか?」

「そうみたいね。だけど、今回は雪乃が目当てみたいよ。」

「なんだよそれ?」

「雪乃がいるバンドだから私に声を掛けて来たの。」

「雪乃がいなかったら俺達を呼ばないって事か…しかし、俺が言うのもあれだけど、よく俺がいるバンドなのにあのオーナー俺達を誘ったものだなぁ。てか、やっぱ雪乃って凄い奴なんだな…」

「実はまだあの店で暴れた龍司が同じバンドメンバーだって事は言ってない。」

「だろうなっ!でも、俺がいても雪乃がいればしょうがなくライブさせるつもりなんだろうよあのオーナーは。」

「きっとそうだと思う。」

「で、ヒメはオッケーしたの?」

また春人は眼鏡を持ち上げる素振りをしていた。

「断る理由はないでしょ?あんな凄いライブハウスで無名のまま2度目のステージに立てるなんて思ってもなかったし…だけど、そのライブが出来るかどうかは雪乃次第。雪乃が嫌だって言うなら私達は今回のエンジェルのライブは辞退するわ。どう?」

雪乃は、う〜ん。う〜ん。と声に出して迷ったあげく、

「いいよ。でも日にち次第かな〜。」

「あ、日にちは結構先なんだけど12月21日の日曜日。時間は夜の8時から10時。」

え〜っとね。と言って雪乃はガラケーのスケジュール表を確認した。

「大丈夫。行けるよ。私もあのライブハウス一度入ってみたかったんだよねぇ。凄いピアノが置いてあるって聞いた事あるの。」

「そう言えば雪乃。全国大会いつだった?確か12月って言ってたよね?」

「うん。12月の6日と7日の2日間だから大丈夫だよ。でも、11月くらいからはライブ活動は一度お休みした方がいいかなぁ?全国大会もあるけど、12月は去年もやった柴咲交響楽団とのコンサートもあるし…」

「お休みした方がいいかなぁ?じゃないわよっ!休みなさい。11月じゃなくって10月から雪乃はライブ活動禁止ね。全国大会とコンサートに集中して。」

「う〜ん。つまんない…」

「つまんなくないの。わかった?」

「はぁい。」

「じゃあ、そういう事で。みんな12月21日はライブだからちゃんとメモっててよ。」


帰りはいつもの様に拓也がみなみの自転車を押して2人で帰った。

みなみは何か病気なのかもしれない―心の片隅からその考えが消えない。

(今聞いてもきっと話をはぐらかすのだろう…それをされると次聞く事はできなくなる…多分、何か病気なのだとしても今聞くべきではないのだろう…)

拓也はまた別の日にみなみが今日苦しんでいた事。薬を飲んでいた事を聞こうと思った。

(だけど…そんな事聞いてもいいのだろうか…いや、聞くべきだ。みなみの事が心配だからこそ。好きだからこそ。聞くべきなんだ。)

そんな事ばかり考えていて帰り道はほとんど拓也はみなみに話しかける事をしなかった。みなみはずっと何かを話していたが拓也は上の空だった。

「ねぇ?拓也君?私の話聞いてた?」

その言葉を聞いて拓也は、はっとした。みなみの話を聞いてるのか聞いていないのかわからない返事ばかりしていた事に気が付いたのだ。拓也はガラガラの声で言った。

ごめん。ちょっと喉が痛くて。と嘘を付いた。

「声出すのしんどいよね?じゃあ、私、勝手に話してるね。」

結局その後もみなみは一人で話していたが、その内容はほとんど頭に入ってこなかった。気が付けばもうみなみの家の前に辿り着いてた。

「拓也君。今日は楽しかった。じゃあね。」

もうお別れかと思うと急にさっきまで何もみなみの話を聞いていなかった事を後悔した。

(せっかくのデートなのにどうして俺はちゃんとみなみの話を聞いてなかったんだろう…)

みなみが家に入ろうとするのを止める為に拓也はみなみの腕を掴むつもりが手をつなぐ形になってしまった。みなみは急に手をつながれたので驚いている。

(手をつないでしまった…いや、そんな事より、またデートに誘わないと)

「み、みなみ…俺の声が聞き取れるって事はもしかして雪乃や凛みたいにみなみも耳がいいんじゃないか?」

デートを誘おうと思っていたのに拓也から出た言葉はどうでもいい言葉だった。

「えっ?い、いやぁ〜…わ、私は拓也君の声だから聞き取れるだけだよ。」

「そ、そうか…。」

「うん。そうだよ。私は決して耳が良いわけじゃない…と思う。」

「そ、そうか…。」

手をつないだまま2人はお互いの顔を見ずにただ前だけを見て横に並んでいる。拓也もみなみも何も話し出す事はなくその場から動かなかった。拓也の沈黙にみなみは付き合ってくれているのだと拓也は気が付いた。

(俺が何も言わないとみなみは家に帰れないじゃないか…勇気を出せ!俺!)

「あ…あの、また…よかったら…お、俺と…デ、デ、デ……」

「デデデ?拓也君となに?」

「…またよかったら…俺とデートしてくれませんか?」

自分で顔が真っ赤になるのがわかった。心も体もドキドキが止まらなかった。みなみは少し俯いて黙った。

(この間はなんなのだろう?最初デートと思ってなかったくせにって思っているのだろうか?いや…この間は…断る時の間なんじゃないのか?)

「……うん。是非。お願いします。」

みなみはそう言って横に並ぶ拓也を見ずにまっすぐお辞儀をした。拓也はドキドキしていた心が急に落ち着いたのがわかった。そして、みなみはすっと手を離して家に入って行った。

(こんな声じゃなかったら俺、今すぐみなみに気持ちを伝えてたんだろうな…)


     *


「…またよかったら…俺とデートしてくれませんか?」

そう拓也に言われて佐倉みなみは本当に嬉しかった。すぐにでも返事をしたかった。だけど、少し。ほんの少し考えてしまった。

(嬉しい…だけど…悲しい…だって私…私は……)



2014年8月24日(日)0時


喉を痛めてから1週間が過ぎた20日の水曜日には拓也の声はもう既に治っていたが、とりあえず来週まで歌うのは禁止。と真希と春人の2人から止められた。その為、拓也は今週の路上ライブには参加していない。だけど、路上ライブには毎日顔を出した。みなみもルナが休みの水曜日には拓也と一緒に路上ライブを見た。

「路上ライブデートだね。」

と拓也が冗談交じりにそう言うとみなみは笑顔を見せずに、うん。と頷いた。拓也はみなみが笑顔で答えてくれると思っていた為、その表情を見た瞬間不安になった。結局、拓也はみなみに気持ちを伝えられないままでいる。


今日のバイトが終ってからのブラーでの練習も龍司に帰れと言われたが拓也は残る事にした。

「もう1週間も歌を歌ってない。今日からいいだろう?」

拓也がそう言っても真希は一言、ダメ。と言って断った。拓也がスネていると相川が、「俺腹減ったからこのまま残るのキツいし帰って寝るわ。」と拓也に告げた。

「ああ。ダイエット頑張ってるんだな。てか、龍司の腕も完治したし、これからは残ってくれなくて大丈夫だから。」

「ああ。そうだったな。」

「今までありがとな。」

「ふん。気にすんなって。じゃあ、また明日。」

「ああ。お疲れ。」

「じゃあ、トオルさん。俺お先に失礼します。」

「ああ。気を付けて帰れよ。」

いつも店の片付けが終ると先に帰る間宮が店に残り、いつも練習に付き合ってくれていた相川が今日は先に帰った。

「ところでトオルさんは帰らないんですか?」

拓也はひたすら暇そうにグラスを磨く間宮を見ながら聞いた。

「ああ。帰りたいのは山々なんだが、これから知り合いが来る予定なんだ。一杯飲ませろってうるさいから俺もしばらく残るわ。」

4人が練習する間、拓也はずっと暇そうに彼らの姿をステージの目の前の席に座り見ていた。間宮は3人の練習を聴きながらカウンターの中でひたすらグラスを磨いる。深夜1時になった時、ブラーのドアが開き、拓也は入口の方を振り向いた。一人の女性が入って来るのが見えた。拓也は『こんな時間にお客さん?』と一瞬不審に思ったが、さっき間宮が言っていた知り合いだと気が付いた。その女性はカウンター席に座り間宮と仲良さそうに話し始めた。

(あの人…前にも会った事があるような…)

とその女性に気を取られているとバンドの練習が終った。練習後、真希が鞄を持って拓也が座る席に近寄って来た。

「こんな時間にお客さん?」

「トオルさんの知り合いらしいよ。あの人が来る予定だったから今日は残ってたみたい。」

「へぇ〜。そうなんだ。」

「で、真希どうして鞄なんて持ってんの?」

「みんなちょっといい?」

真希は龍司と春人と雪乃の3人にこっちに来るように呼んだ。そして、真希は拓也の目の前で鞄から星形のキーホルダー7つを取り出してテーブルにバラまいた。

「はい。選んで。」

拓也達はその綺麗なキーホルダーを覗き込むように見た。7つの星形のキーホルダーは全て同じ形だがガラスで出来た部分の色がそれぞれ違っていて、赤、青、黄、緑、紫、白、黒の7色があった。

龍司がその星形のキーホルダーを手に取り光に当てながら聞いた。

「なんだよコレ?」

「キーホルダーよ。」

「いや、見ればわかるけど…」

「ウィーンのお土産よ。一応7個あるから好きな色を選んで。」

「う〜ん。じゃあ、俺は…やっぱ赤かな…リーダーは赤って決まってっしなっ!」

(そんなのいつ決まったんだ?てか、お前はリーダーじゃないだろうっ!)

龍司が赤を手に取ろうとした時、雪乃が、「私があかぁ〜。」と言って先に赤色のキーホルダーを手に取った。

「おいっ!俺が先だろっ!」

「なによぉぉ〜!別にいいでしょぉぉ〜。」

「昔っからリーダーが赤なんだよっ!」

「そんなの初めて聞いた!てかリーダーは真希ちゃんだからね!」

「龍司。雪乃に譲りなさいよ。レディファーストよ。」

「そう。レディファースト。」

「なんだよっ!」

「真希ちゃんお土産ありがとねぇ〜。」

「こんなのでごめんね。」

「ううん。私すっごく嬉しい。はい。龍司君は黄色。」

「なんで雪乃が俺の色を決めるんだよっ!」

「だって金髪だし。春人君はねぇ〜。緑。」

「あ、俺青がいいな。」

「ダメダメ。春人君は絶対緑ね。はい。」

雪乃は緑色のキーホルダーを強引に春人に手渡した。春人は新しく買った丸眼鏡のズレを整えた。春人の新しい眼鏡は前に掛けていた眼鏡とは形が違うが同じブランドの眼鏡だった。次に雪乃は腕組みをしながら拓也の色を考え始めた。

「う〜ん…やっぱり拓也君は赤かなぁ…うんっ!やっぱり赤だっ!はい。赤あげる。」

雪乃は手に持っていた赤色のキーホルダーを拓也に渡した。

「雪乃赤色が良かったんじゃないのか?」

「ああ。いいの。いいの。」

「じゃあ、俺の黄色やるからタク赤色くれよ。」

「それはダメ〜。」

「なんでだよっ!」

「なんででも。じゃあ、私は…白にしよっと。残りは、青と紫と黒か…真希ちゃんは…やっぱり黒かな。」

なにがやっぱりなのか拓也達にはわからなかったが、雪乃は最後に黒色のキーホルダーを手に取り真希に手渡した。

「あと2色余っちゃったね。」

真希は残り2つのキーホルダーを鞄に直しながら答えた。

「いいのよ。色を選んでもらう為に多めに買っただけだし。それに誰かが無くした時の予備にもなるしね。」

「これってさ…。」

と春人が緑色のキーホルダーを眺めながら真希に何か聞こうとしたが真希がその言葉を遮るように言った。

「春人さ。あんたが付けてるキーホルダー大切な物なんでしょ?無くしたら大変だからさ、これと取り替えなさいよ。これは別に無くしても大丈夫だから。」

(その為に真希はキーホルダーを選んだのか…)

真希に言われた通り春人は幼なじみと作った思い出のキーホルダーを取り始めた。

「ありがとう。」

春人はキーホルダーを取り替えながら呟いた。そのありがとうという言葉は真希に言ったものなのか幼なじみのキーホルダーに言ったものなのかは拓也達にはわからなかった。その後、このキーホルダーは春人達幼なじみがそうであったように各自楽器のケースや普段持ち歩く鞄に付ける様になった。


間宮がさっき来た女性と共に近寄って来る。

「紹介する。元サザンクロスのピアニスト黒崎沙耶だ。」

拓也はサザンクロスの元ピアニストと紹介されて混乱した。

「コンバンワ。黒崎です。」

黒崎はワイン片手に挨拶した。

「この前、お客さんで前から拓也と龍司が路上ライブをやってる姿を遠目に見てた人がいてって話したの覚えてるか?それが彼女なんだ。」

拓也はこの前間宮が話してくれた内容を思い出した。確か4人になった路上ライブを見て結構人が集まる様になっていた事にびっくりして何度か目の前で聴いたと言っていた。そして、拓也の事を前は棒立ちで歌ってたのに最近は体で表現しながら歌える様になったと褒めていたとも言っていた。

「赤髪の…橘拓也くんよね?」

「あ、は、はい。」

どうして名前を知っているのかと驚いて動揺したが、ただ黒崎は以前に間宮から名前を聞いていたのだろう。

「バイト終わりにここで会ったの覚えてるかな?」

「え?」

「確か、拓也がバイトに初めて来た日だな。」

と間宮が補足したのを聞いて拓也は思い出した。

「あっ!そうだっ!どこかで会ったような気がしたんです。そっか。初日のバイトが終わった後にカウンターに座ってた人だ。あの時俺、誰だろうなって思ってたんです。」

「実はサザンクロスの元メンバーでした。あの時トオルに聞いたんだけど、橘くんってサザンクロスのファンなのよね?若いのにサザンクロスのファンてって笑ったわよ。」

「でも、俺、黒崎さんの事は知らなかったです。ピアニストがサザンクロスにいた事も知らなかった。」

「当然よ。サザンクロスがデビューする前に私バンドは辞めてたからね。」

「吉田と同い年で小学校が同じだったんだよな?」

「そう。それで吉田に誘われて一番最後にバンドに入ったの。まあ、一番最後に入ったくせに一番最初に辞めたんだけど。」

「辞めて後悔しなかったんスか?」

と龍司が黒崎に質問すると黒崎はあっさりと、ぜっんぜん。と力強く答えた。少し話した印象だが黒崎は真希のようにあっさりとした性格の持ち主だなと拓也は思った。

「黒崎さんはプロになろうとは思ってなかったんですか?」

と今度は春人が質問した。

「そうねー。もう少しバンドを続けてればプロになれたのよねー。」

そう言って黒崎は長い髪を掻き上げた後、「でも、プロになりたかったけど、続けられなかったのよ。」と答えた。続いて真希が質問する。

「それはどうしてですか?」

「だって。知らないかな?デビュー前からバンドは仲悪くなり始めてたのよ。だから、私、続けててもつまらなくてさ。続けたいと思えなくなったのよね。」

「てか、沙耶。お前は高3の夏にバンドに入ったけど高3の冬にバンド辞めただろ。デビュー前の俺らの事知らないだろう。」

「はあ?辞めたけどまた戻ったでしょ!デビュー前まで一緒にバンドやってたでしょ!」

「そうだっけ?」

「ちょっと本気で言ってんの?あんたヤバいんじゃない?」

「…そ、そうだったな…ちゃ、ちゃんと覚えてる。」

「ホントかしら…まあ、バンドを抜ける事になったのはホントは全部吉田のせいだけどね。」

黒崎がバンドを辞めた理由はバンド仲が悪かったからという理由以外にも何かありそうだったが拓也はそれには触れずに、「そっかー。サザンクロスは元々5人体制だったんですねー。」と言った。酒が回って来た黒崎は拓也の顔を虚ろな目で睨む様に見ながら、そうよぉ〜今ではサザンクロスのメンバーか栗山ぐらいしか知らないけどね。と言った。拓也は最初栗山と聞いてひなの顔を思い浮かべたが、黒崎が言う栗山とはひなの母親の事を指している事に気が付いた。

「栗山も離婚か…サザンクロスのメンバーは呪われてんのかねぇ?ろくな事がない。今順調なのは吉田だけ…か……なんかフクザツ〜。」

「複雑とは?」

虚ろな目で黒崎は春人を睨む様に見た。

「はぁ?あんた知らないの?私とアイツは付き合ってたの。で、最初私がバンドを辞めたきっかけはアイツと別れたから。で、次にバンド復活してまた辞めた理由もアイツなの。アイツが寄りを戻そうとか気持ち悪い事言ってくっから、またバンド抜けたわけ。」

黒崎はまくしたてる様に早口でそう言った後、でもね。と真剣な眼差しを見せた。

「アイツとあの時付き合っていれば今頃結婚してたのかねぇ?そうなりゃ敏腕プロデューサーの妻か…いろいろ有名人と出会えてたのかねぇ。」

「敏腕プロデューサー?」

真希の声に黒崎は知らないのと言わんばかりに「あん?」と言って真希をとろけた目で睨んだ。

「お前飲み過ぎだ。お前も有名人とは会ってんだろ?お前も順調じゃないか。」

「あんたは?トオルはこんな小さな店で満足してるわけ?悔しくないの?あの吉田が敏腕プロデューサーって言われてんのよ!トオルの後を継いだだけなのに。」

(トオルさんの後を継いだ??)

「おい。もうおしまいだ。」

間宮は黒崎が飲んでいたワイングラスを取り上げた。

「あ、ちょっと。なにすんのっ。」

「お前らすまないな。この酔っぱらいを送り届ける。拓也戸締まりよろしくな。」

間宮は黒崎の腕を掴み強引に店の外へ連れ出そうとした。

「ちょっと離してよ。わかった。わかったから。ちゃんともう帰るからぁ〜。あ、鞄。鞄。鞄鞄鞄…」

間宮に腕を離されて黒崎は鞄を持つのかと思ったが、鞄の中をごそごそと何かを取り出そうとした。

「何やってる。ちゃんと帰るんだろう?」

「うるはいなぁ。ちゃんと帰るわよ。帰れりゃーいいんでしょう。」

黒崎はそう言いながらチラシを取り出して近くにいた雪乃に、はいコレ。と言って手渡した。拓也達がチラシを覗き込むとそのチラシは見覚えのあるチラシだった。拓也達は顔を見合わせた。

「あれれぇ〜?もしかして君たちもう知ってた?じゃあ、話が早いわねぇ。第一回柴咲音楽祭。その日、私審査員をするのよ。」

「ほんとだ。黒崎沙耶って名前書いてる。」

「え?どこ?」

「ほらここ音楽事務所オアシスディレクター黒崎沙耶。」

「ホントだ…」

「あなた達も参加しなさいよぉ。12月27日。わかった?ぜったいよぉ!」

黒崎は間宮に連れ去られる様な形で店を出て行く。

「その音楽祭のオーディションは予選と本選があるの。あんた達予選くらい突破しなきゃ許さないからね…ちょっとトオル痛いなぁ!優勝したらプロ。プロだからね…」

バタンっと勢いよくドアが閉まるまで黒崎は話し続けていた。しばらくの沈黙の後、真希が言った。

「…で、どうする?この音楽祭…」

春人は丸眼鏡のズレを整えながら言った。

「最優秀賞はプロデビューのチャンス…か。」

龍司は雪乃からチラシを取って言った。

「なら、出るしかねーよな?俺らの夢が叶うチャンスだ。」

「確かに。こういう大会で一番になるのがプロになる一番の近道なのかもしれないな。でも…」

と言って拓也は雪乃の顔を見た。龍司も真希も春人も雪乃の顔を見る。

「27日でしょ?私は大丈夫。参加出来るよ。」

真希は龍司からチラシを強引に奪い取り雪乃の目の前にチラシをかざした。

「そうじゃなくって一番になればプロよ。雪乃の夢はプロのミュージシャンじゃないんでしょ。」

「みんながプロになるまで手伝うよ。で、みんながプロになったら私はバンドを抜ける。」

「そんな寂しい事言うなよ。」

「じゃあ、龍司君は私がピアノの先生になりたいって夢があるのにバンドでプロになったら嬉しい?私は夢が叶えられなくなったら悲しいし悔しいよ。」

「……」

「みんながプロになった時、私は笑顔で辞めるの。それが今の私の夢になった。だから、私がみんなをプロにさせてあげるよ。それでいいでしょ?リーダー。」

「わかったわ。みんなもわかった?」

拓也達は頷いた。

「じゃあ、とりあえずは拓也は凛が言ってたホーミーを練習だね。」

春人の言葉に拓也は、それならもう練習はしてる。と答えたばっかりに真希から、「練習は禁止って言ったよね?あんたの喉を休ます為にバンドの練習させてないのに何休んでる間に勝手に練習してんのよっ!あんたバッカじゃない。」と責められてしまった。

「じゃあ、そろそろ俺ら本気でプロ目指すか。」

真希も拓也もその言葉を聞いて龍司を見つめた。春人と雪乃も同じ感じだった。

「お前ら円陣組むぞ!」

「龍司?どうして円陣なんだよ?」

「はあ?タク気合い入れる時は円陣を組むって決まってんだよ。いいから。さあ早くお前ら円陣組むぞ。」

龍司が言う通りに5人は円陣を組んだ。そして、龍司以外の4人がライブを始める前と同じ様に龍司の言葉を待った。龍司は全員の視線が自分に集まっている事を確認して、おっしゃー!と叫んだ。

「俺らはこれから本気でプロを目指す!タクは7つ目の声を手に入れて俺らは更に腕を磨く!お前ら気合い入れて行くぞっ!」

「おぉー!」

「おぉー!」

「おぉー!」

「オーー!」


それから拓也は夏休み期間中に7つ目の声を自分のものにした。そして、拓也達の夏休みはブラーでのバンド練習と路上ライブで終っていった。


     *


「ねー?サザンクロスが初めて店でライブをした時の事覚えてる?」

黒崎が助手席で眠たそうに聞いて来た。間宮トオルはすれ違う車のライトに目を細め、覚えてるよ。と答えた。

「私と吉田は高3だったからトオルもひかりも高2か…若かったよねぇ。こんな歳になるなんて考えてもなかったわ。」

「…そうだな。」

「あ、ごめん。」

黒崎が謝ったのはこの歳までひかりが生きられなかったからだ。

「そういえばあの時ひかりが私達のバンドをどう評価したか知ってる?」

「さあ?それは知らないな。」

「あの時ひかりさ。私達のバンドを恐ろしいバンドだって言ったのよ。」

「恐ろしい?」

「そう。凄いとか素晴らしいなんて言葉じゃ言い表せない。だから恐ろしいバンドだって。」

「恐ろしい…か。」

「確かあの時はまだサザンクロスってバンド名は決まってなかったのよね?」

「そうだな。沙耶がサザンクロスって名前を考えた。」

「そうだったっけ?」

「そうだよ。色々と案はあったけどな。最終的に相沢が決めたのは沙耶が考えて来たサザンクロスだった。」

「そうだったか。忘れてたわ。」

しばらく沈黙が続いた。車はどんどんと距離を進む。間宮は黒崎が眠ったのかと思ってチラッと助手席に座る黒崎を見た。目はとろんとしているが黒崎は起きていると確認すると黒崎は急にさっきまでの話の続きを話始めた。

「長い人生生きてきたけどさ。あの時のライブが私の人生の中で一番のライブよ。他にあんないいライブ見た事ない。」

「沙耶。お前がそんな事言っていいのか?仕事でいろんなライブ見て来たんだろう?」

「そうよ。ライブは沢山見て来たわ。でも、あれ以上のライブを私は知らない。」

「お前本人が出てたからそう思うんじゃないのか?」

「かもね。」

と黒崎は笑ってまた静かになった。間宮がまたチラッと助手席に座る黒崎を見ると今度こそ黒崎は眠りについていた。

(あの頃は…楽しかった……)

間宮は運転中その時のライブを思い出していた。



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今、想う


8月17日


今日が彼らのバンドとしての初ライブ。

凄いライブだった。

これが彼らの本当の凄さなのだと実感した。

こんなにテクニックがあるギタリストとベーシストが一緒にステージに立っている事なんてそうそうない。

こんなに重低音が響き渡るドラムの音を今まで一度も聴いた事がない。

こんなに早くピアノが弾けるピアニストを初めて見た。

そして…照れ臭いけど、こんなに素晴らしい声を持っているボーカルは他にはいない。

素晴らしいバンドだと思った。

凄いバンドなんだとわかった。

いや、素晴らしいとか凄いとかそんなレベルじゃない。


恐ろしいバンド。


その言葉が一番しっくりくる。

この名もなきバンドは恐ろしいバンドだ。



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