Episode 9 ―花火―
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2014年7月6日(日)
橘拓也は龍司と春人と共にに柴咲市民ホールの入口付近にいた。これから雪乃のコンクールがある。それを4人で見る約束の日なのだが真希の姿はまだない。
「おっせーな。真希の奴。」
ギプスの取れた龍司がイライラとしている。そのイライラを抑えるためか春人が龍司に話しかけた。
「龍司ギプス取れて良かったな。でも、無理しちゃダメだぞ。」
「ああ。大丈夫だよ。ちゃんとリハビリもするし、ドラムも本気では叩かねーよ。てか、まだ腕もいてぇし、筋力も弱まってるし本気でドラムを叩くのは無理だな。」
「まあ、まずは筋力を付ける事が最優先だな。ドラムは来月になったら本格的にやればいいさ。」
「そうだな。てか、タクはさっきから何見てんだよ?」
拓也は今行われているコンクールのポスターを見ていた。
「このコンクール地区大会って書いてるぞ。」
春人が拓也の横に立って一緒にポスターを見ながら言った。
「ああ。タク知らなかったのか?地区予選が終わって、今は地区大会の本選なんだよ。この本選で金、銀、銅、つまり3位までに入賞すれば次は全国大会に出場出来るんだよ。あと、ここにも書いてあるけど優秀、準優秀賞者にも出場資格がもらえる。」
「もう、予選は通過してるって事なのか…凄いな。」
興味があるのかないのかわからないような声で龍司が言った。
「なんかデカい大会だったんだな〜。」
沢山の人が足早と会場に向かう姿を見ながら拓也は言った。
「出場者も多そうだし天才と呼ばれてる人でも全国出るのは厳しいよな。」
「ああ。そうだな。でも、そんな大会で3連覇狙ってるんだから長谷川さんは凄いよ。」
春人の言葉に拓也と龍司は一緒に「3連覇!」と叫んだ。
「は、長谷川さんって…そ、そんなに凄い人だったのか…このコンクール子供から大人まで出るんだよな?そんな大会で3連覇狙ってるのか…てか、2連覇中なのか…」
「俺もそんなに興味なかったから忘れてたんだけど、去年学校に全国ピアノコンクールグランプリ受賞長谷川雪乃っていう大断幕が掲げられていた事を思い出したんだ。」
「そんな凄い奴が俺らのバンドに入ってくれるとは思えねーけどな。」
龍司の言葉に拓也も春人も、「確かに。」と答えた時、3人の後ろに一台のタクシーが止まり中から大きな花束を抱えた真希が現れた。
「ごめんね。お花選んでたら遅くなっちゃった。」
春人がスマホの時刻を確認しながら言った。
「もう始まってるんじゃないかな?」
「うん。でも、雪乃の順番はまだだから大丈夫。私、先に楽屋にこれ渡しに行って来るね。コンクールが終わったらみんなで挨拶に行こう。雪乃にもそう伝えとくからさ。あんた達は中にある椅子にでも座って待ってて。」
真希は楽屋の方へと向かい拓也達3人はホールの中にある椅子に座ってまたしばらく真希を待った。花束を雪乃に渡し終えた真希が戻って来て4人は会場の中に入ると演奏はもう既に始まっていた。4人分の席が空いている場所を見つけて拓也達はそこに座った。拓也は会場を見渡しながら左の席に座った龍司に小さな声で言った。
「大きなホールだな。」
「だな。てか、俺こういうのダメ。苦手。眠たくなってきた。」
「今席に着いたところだろっ。」
「天才ピアニストだかが出て来たら起こしてくれ。」
「なに言ってんだよ。せっかく来たんだからちゃんと見ろよな。」
拓也がそう言い終わる前に龍司は目を閉じていた。呆れた顔で拓也は目を閉じた龍司を見る。龍司の左の席に座っている春人も呆れた顔をして龍司を見ていた。拓也と春人は目を合わせてお互い首を傾げた。一番左端に座った真希は龍司に怒っているようだったが、大きな声や音を立てられない為、怒りたくても怒れないといった感じだった。
せっかく来たんだからちゃんと見ろよなと龍司に言ったものの拓也もちゃんとコンクールの演奏を聴いていたのは最初の2、3人だけだった。その後は睡魔との戦いだった。時々、春人と真希の横顔を見たが2人とも真剣な眼差しでピアノの演奏を聴いていた。
(ダメだ…俺も眠ってしまいそうだ…)
こくりこくりと気持ち良さそうに眠っている龍司を見て拓也も今眠ったら気持ち良く眠れそうだと思った。
(少しだけ目を閉じよう。少しだけ…)
拓也は目を閉じながら自分の首がガクッと落ちるのがわかった。
(ダメだ…ピアノの演奏も心地良くて一瞬で落ちてしまいそうだ…)
拓也は目を開け力一杯目を擦り必死で睡魔と戦っていてピアノの演奏をちゃんと聴くどころではなったのだが、何人目かのピアノの演奏者の音色を聴いた時、拓也の睡魔は消え去った。
(なんだ?このピアニスト…今までの演奏者とは明らかに何かが違う)
拓也は真っ赤なドレスを身にまとったピアニストの顔を見た。前髪はきっちり揃えられているにも関わらず後ろ髪は何故かボサボサで手入れされていない。そのおかっぱ頭の少女はまるで飛び跳ねる様にピアノを弾いていた。
(長谷川雪乃。あのポスターの人だ…)
しばらくの間、拓也は雪乃の演奏に見惚れていた。ふと龍司を起こさないと、と思い横の龍司に声を掛けようとした。が、眠っていたはずの龍司は鋭い眼光で雪乃の演奏を見ていた。
「起きてたのか?」
「ああ。今起きた。」
「龍司も気付いたのか?今までの演奏者とまるで違う事に。」
「ああ。目が覚めちまった。」
拓也は食い入る様に雪乃を見つめ、龍司は左手の人差し指を唇に当てて鋭い眼光で睨む様に雪乃を見つめ、春人は指でリズムをとりながら雪乃を見つめ、真希は何故か眉間にシワを寄せながら雪乃を見つめた。
「俺…この人にバンドに入ってもらいたい。」
拓也は独り言を言うように小さな声で言ったが龍司には聞こえていたようでしばらく拓也の顔を見ていた。
雪乃の演奏が終わると龍司はまた目を閉じた。拓也もそれにつられて目を閉じた。結局2人は全ての演奏が終わるまで眠っていた。
「では、次に準優秀賞の発表です。」
ステージ上ではコンクールの順位が発表され始めた頃、拓也は目を覚まして隣でスヤスヤと眠る龍司を起こした。春人と真希は最後まで演奏を聴いていたようで、やっぱりこの2人は俺らと育ちが違うんだな。と思った。
「続いて優秀賞の発表です。」
次々と受賞者が発表される中、雪乃の名前はまだ呼ばれていない。
「3位銅賞の発表を行います。3位銅賞は……」
拓也はほとんどコンクールの演奏を聴いていなかったが受賞者の名前が呼ばれるのを聞いていると何故か関係ない自分まで不安と期待でドキドキしていた。
「2位銀賞の発表を行います。2位銀賞は……」
雪乃は1位で名前を呼ばれるのだろうと思いながらも拓也の体は前のめりになっていった。
「柴咲高校3年生長谷川雪乃さん。」
「え?」
拓也は思わず声を出していた。拓也は雪乃が優勝するものだと勝手に思っていたので、あっけなく2位で名前を呼ばれた事に驚いた。拓也と同じく前のめりになっていた真希がショックのあまりか力なく椅子に深く座ったのが横目でわかった。龍司が左手で頭を掻きながら、
「連覇…ならずか…」
と小さな声で言ったのが拓也の耳にも届いた。
*
4人は演奏を終えた雪乃のいる楽屋へと向かった。
「おい真希。全国大会っていつになるんだよ?」
龍司が先を歩く真希に聞いた。
「ん?12月よ。日にちは知らないけど。どうして?」
「それまでコンクールの練習で忙しいんだろ?俺らのバンドに誘っても大丈夫なのかよ?しかも連覇が掛かっていたコンクールで2位だろ。次は本気で挑まないといけない。どう考えても俺らのバンドに入ってくれるとは思えねーんだけど。」
「連覇?ああ。全国大会ね。でも、誘うだけ誘ってみたいんだ。てか、あんたギプス取れたの?」
「気付くのおっせーよっ!」
「まあ、しばらくは無理しない様にね。あ、いたいた。」
真希は楽屋のドア越しから雪乃の後ろ姿を発見した。楽屋といっても参加者が全員使用している部屋で沢山の人がいた。後ろ姿の雪乃は今1人席に座り頭をボリボリと掻いていた。寝癖だらけの後ろ髪が余計ボサボサになってしまっている。真希は一人で先に楽屋に入り雪乃に話し掛けた。
(1位になれなかった彼女は今どんな顔をしているんだろう?真希は一体どんな声を掛けるのだろう?俺は…どんな感じで挨拶をしたらいいのだろう?)
連覇が掛かっていた雪乃が惜しくも銀賞だったという事で拓也はどんな感じで挨拶をしたらいいのか迷っていた。真希が雪乃に何かを伝えて雪乃がこちらを振り向いた。
「みんなこっちに来て。」
真希が拓也達を呼んだ。拓也達は雪乃が座る席の前にいる真希の横に一列で並んだ。
「じゃあ、私からンバーを順に紹介するね。まず、私の横にいるこの赤髪が橘拓也。西高2年。ボーカルね。」
「橘拓也です。よろしくです。」
「長谷川雪乃。よろしくです。」
雪乃は拓也と目を合わさずお辞儀をした。
「で、その横の金髪が同じく西高2年の神崎龍司。ドラムね。」
「神崎龍司。よろしく。」
「長谷川雪乃。よろしく。」
雪乃はまた目を合わさず龍司にお辞儀をした。
「で、その黒縁眼鏡が結城春人。ベースね。春人は雪乃と同じ柴校なんだよ。学年は一つ下だけどね。」
「柴校?」
雪乃は春人の顔を見ないまま首を捻り聞いた。拓也は3度とも相手と目線を合わせない雪乃を見て1位になれなかったショックで話をする気分ではないのではないかと思い始めた。
「はい。柴校です。時々学校で見ますよ。結城春人です。よろしくお願いします。」
「長谷川雪乃。よろしくお願いします。」
「昼休みに音楽室でピアノを弾いている人がいるんですけど、あれってもしかして長谷川先輩ですか?」
それまで相手と目を合わさなかった雪乃がじっと春人の顔を見ながら「雪乃」と言った。春人は困った感じで「え?」と言った。雪乃は春人に顔を近づけてもう一度春人に「雪乃」と言った。
「雪乃は呼び捨てで呼んでもらいたいのよ。」
真希が春人に説明すると雪乃はうん。うん。と言って何度も頷いた。春人はじゃあ、と言ってもう一度同じ質問をした。
「昼休みに音楽室でピアノを弾いている人ってもしかして…ゆ、雪乃?」
雪乃は体をゆらゆらと振りながら、
「う〜ん。そだよ。私友達一人もいないから…それで。」
と答えた。
「拓也も龍司も雪乃って呼び捨てで呼んでくれたらいいからね。」
「てか、連覇できなくて残念だったな。」
龍司が失礼な言葉を口にしたが、雪乃は首を捻っていた。
「連覇?」
雪乃は不思議そうな顔をしながら龍司を見つめた。
「3年連続1位が掛かってたんだろ?」
「う〜ん。そうだったっけ?去年も2位だったと思うんだけど。」
「え?2位?1位って聞いてたけど?」
龍司は春人の顔を見た。
「俺が言ってたのは全国大会の話で予選の事じゃないよ。」
春人がそう言ったので拓也と龍司は驚いた。2人とも雪乃は予選でも連覇が掛かっているものだと勝手に思い込んでいた。
「そうだったのか…俺も龍司と同じくこの予選も連覇が掛かってるものだと思ってたよ。」
拓也が言うと真希がため息をついてから言った。
「全く。なんの勘違いよ。予選ごときで連覇狙っても意味ないでしょ。それと雪乃。あなた去年は3位だったから。自分の順位ぐらい覚えといて。」
雪乃は笑顔で、そうだったっけ。と首を傾げながら言った。
「それから。」
「真希ちゃんまだあるの?」
「あるわよ。演奏中にキョロキョロしすぎよ。もっと集中して。ヘタしたら全国大会いけないかと思ってひやひやしたんだからね。」
授賞式で雪乃の名前が呼ばれた時、拓也は勝手に真希がショックのあまり前のめりになっていた体を力なく椅子に深く座ったものだと思っていたが、どうやら全国大会の出場資格を取れた事にほっとしていたのだとわかった。
「真希ちゃんどこに座ってるのか気になっちゃって探しちゃった。」
「探さなくていいの。今日は本当にミス多かったからね。」
「予選ではよくミスっちゃうんだよねぇ。困っちゃうよ。」
拓也には雪乃の演奏は完璧だと思っていたのでどこがミスだったのか全然わからなかった。
「近くのお店に入ろうか。そこで少し話さない?」
5人は市民ホールを出て近くにあるカフェに入った。
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5人が頼んだ飲み物を店員がが運んで来たところで龍司が拓也に言った。
「明日は月曜か…みなみちゃんバイト休みだよな…て、事は明日ライブ見に来っかな?」
「どうしてそれを俺に聞くんだよ。」
「さあ?」
「さあ?ってなんだよ。」
みなみはバイトがない時は路上ライブを毎回見に来てくれる様になっていた。そして、帰りはいつも拓也がみなみの自転車を押して家まで送って行くのが当たり前の様になっていた。2人の会話を聞き終えてから真希が、さっそくだけどみんな本題に入ってもいい?と確認をとってから雪乃に言った。
「LINEでも言ったけど今日は私達雪乃をバンドに勧誘しに来たの。」
雪乃は、うーん。と声を出してから、
「バンドに加わってほしいって言ってるの真希ちゃんだけじゃないの?私の演奏他の3人は聴いた事なかったよね?」
と3人の顔を見ながら言った。
「雪乃さんの…」
と拓也が話し出すと雪乃は「雪乃。」と言って拓也を睨んだ。拓也は「ああ…そうだった…。」と言ってから気を取り直して話した。
「俺はバンドに入ってもらいたいと雪乃さんの…あ、いや、雪乃の今日の演奏を聴いて思ったよ。」
雪乃はまた、うーん。と声を出した。
「だけど、長谷川せんぱ…」
と次は春人が話し出そうとしたのだがまた雪乃は「雪乃。」と言って春人を睨んだ。春人は「あ。」と言って少し咳払いをしてから話した。
「だけど、雪乃は有名なピアニストなわけで俺達みたいなまだ路上ライブしかやってない無名なバンドに入ってもらえるなんて思っていないよ。でも、真希が雪乃を誘いたいって言っていた意味がわかった。雪乃の演奏を聴いていると楽しくなれた。真希もそうだと思うんだけど、雪乃をバンドに誘っているのはダメもとで誘ってる。バンドに入りたくないなら別に俺達はそれでも構わないんだ。無理強いをするつもりはないよ。」
雪乃は3度目のうーん。という声を出した。
「それに雪乃はクラシック音楽だし、俺らはロックバンドだし、ジャンルが全然違うしな。でも、俺も今日の演奏を聴いて雪乃をピアニストとして迎い入れたいと思った。」
龍司は自然と雪乃を呼び捨てに呼んでいて拓也はさすがだなと感心した。3人の言葉を聞き終えた雪乃は何度も何度も、うーん。と繰り返し悩んでいた。
「私ね。来年。音大に入るのね。それからね。海外に留学するの。それでね。ゆくゆくはピアノの先生になるのが夢なの。」
「意外だね。ピアノの先生になるのが夢だったなんて。私、てっきり雪乃は世界で活躍するピアニストになるのが夢なんだと思ってた。」
真希の言葉に雪乃は首を振りながら言った。
「ううん。違う。先生になるの。今だってちゃんと弟子がいてピアノ教えてるんだから。」
「弟子…そ、そうだったの。」
「うん。一人だけだけど…」
雪乃は顔を俯かせてしばらく下を向いていたがむくっと顔を上げて真希に聞いた。
「真希ちゃんもそうだよね?」
「え?何が?」
「真希ちゃんも高校卒業したら音大に行くよね?」
「え?まあ…」
「それで2、3年したら海外に留学するよね?」
「う〜ん。それは…そうなるかも知れないんだけど…」
「真希ちゃんもそうした方がいいよ。バンドしてる時間なんてないよ。今ならまだ間に合うよ。引き返せる。バイオリンを続けた方がいい。きっと後悔するよ。」
その言葉は重たかった。拓也にも龍司にも春人にも。そして、真希本人にも。このまま真希はバイオリンを捨ててバンドをやっていて本当にいいのだろうか?バンドをする事でもしかしたら真希の人生を狂わせてしまうかもしれない。今更拓也はバンドでプロを目指す覚悟が本当に自分にあったのかと考え始めた。プロになれなかった時、自分の人生だけではなくバンドメンバーの人生も狂わすかもしれない。
(今ならまだ間に合う…引き返せる…きっと…後悔する…)
「バイオリンは続けるよ。おじ…遠藤さんと約束したし。でも、私…私達バンドでプロを目指すの。」
雪乃は泣きそうな声で言った。
「私はそれには付き合えないよ…」
「真希。もういいだろ。雪乃は諦めよう。」
龍司の言葉に真希は頷いた。そして、雪乃。と真希が真剣な眼差しで雪乃を見つめて言った。
「一緒にコンサートしたかったな。」
雪乃は真希をじっと見つめてから首を傾げコンサート?と小声で囁いた。
「私はバイオリンは続けてもプロは目指さない。私の今の夢はバンドでプロになって世界一のギタリストになる事だから。だから、プロになれなかったとしても後悔はしない。こっちの道を選ばなかった方がきっと後悔する。だから、前に雪乃が言ってくれたけど、一緒にコンサートをする事はもう出来ない。ごめんね。」
「一緒に…コンサート…。」
真希は店の時計を見て拓也達に向かって、そろそろ帰ろっか。と言ってから雪乃に、「雪乃ごめんね。今日はコンクールの後なのに付き合わせてしまって。」と言って立ち上がった。拓也も雪乃の勧誘は無理だと諦め腰を上げた。龍司も春人も立ち上がったのに雪乃は席を立たず小さな声で、一緒にコンサート。と何回か小声で言っていた。真希は立ち上がらない雪乃を置いて先に会計を済ませる為レジに向かった。
急に雪乃はテーブルに両手をついて勢いよく立ち上がった。そして、涙を流しながら叫んだ。
「真希ちゃん!私!真希ちゃんと一緒にコンサートしたい!」
真希は会計をしながら「えっ!?」と驚いていた。そして、店員にお金を払い終わってから、「もうしばらくお店にいます。」と伝えて席に戻った。
「雪乃?いいの?」
「うん。一緒にコンサートしたい。約束したし。でも…」
「でも?」
「バンドには入れない。私には私の夢があるし…」
「うん。」
「だけど、一緒にコンサートしたい。」
「じゃあ、ゲスト的な感じで私達のライブでピアノ演奏するってのでどうかな?雪乃がコンサートやコンクールがある時は無理に付き合わせないから。」
「え?それでいいの?」
「うん。みんないいよね?」
拓也達は頷いた。
「よし!決まり!」
「やったー!」
雪乃は子供の様にはしゃいだ。その後、拓也はバイトの為ブラーへと向かい龍司達3人は客としてブラーにやって来た。
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拓也のバイトが終わりバンドの練習をする前に龍司が真希に聞いた。
「雪乃はホントにゲストでバンドには入ってもらわねーのかよ?」
「しょうがないでしょ。あの状況じゃ無理よ。むしろゲストで入ってくれただけマシでしょ。でも、雪乃の夢がピアノの先生になる事ならまだバンドに入ってもらえる可能性はあるわ。」
拓也は不思議そうに真希に聞いた。
「可能性って?」
「だって、例えバンドで失敗しても雪乃の人生は狂わないでしょ。バンド活動だってピアノの先生になるのに多少は経験になるじゃん。でも、世界に羽ばたくピアニストになるのが夢なら私達のバンドに入るのはリスクが高いし、バンドの練習する暇があるならピアノの練習をもっとするだろうし。正直、私は雪乃が世界で活躍する事を望んでると思ってたから雪乃はバンドに誘ってはみるけど、ほぼバンドに入ってはくれないだろうなってちょっと諦めてた部分もあるの。だけど、どうしても誘ってみたくてさ。」
「俺も意外に感じたよ。ヒメと同じで俺も長谷川せん…雪乃は世界で活躍する事を望んでるものだと勝手に思ってたからさ。でも、ピアノの先生っていうのはなんかもったいない気がするな。もっと沢山の人に聴いてもらうような夢を持ってもいいと思ったけどな…」
春人の言葉に真希は、だよね。と答えた後、
「私達が立派になれば沢山の人に雪乃のピアノを聴いてもらえるんだけどな。」
と言った。龍司はその言葉を聞いて、
「じゃあ、真希は雪乃をゲストじゃなく正式なバンドメンバーに入れるつもりなんだよな?」
と真希に聞いた。
「もちろんよ。バンドの楽しさを私達が雪乃に伝える事が出来れば雪乃は正式にメンバーに入ってくれそうな気がする。そういう意味で可能性はまだあると思ったの。」
「で、その長谷川雪乃は今日の練習には来るのか?」
それまで黙って話の流れを聞いていた間宮が真希に聞いた。
「あ、さっきLINEで伝えたんですけど今日は誘ってなくて。コンクールもあるしどうかな?」
「そっか。そうだ拓也。ひなのライブの事は真希達に伝えたのか?」
「あ!そうだ!忘れてました。」
「ひな?あの関西弁の人?その人がライブするの?」
「ひな先輩達が8月16日にブラーでライブするんだよ。よかったら見に来てくれって。」
「そう。別に見るくらいならいいけど。」
真希がそう言った直後、龍司が嫌そうに拓也に言った。
「それ俺らにも言ってんのか?」
「ああ。龍司もハルも来てくれよ。5オクターブのひな先輩の歌声聴いたらきっと感動するって。」
拓也のその言葉に真希が驚いた声を出した。
「5オクターブ!?」
春人は不思議そうに「ひな先輩?」と拓也に聞いた。春人はひなの事を知らないので拓也は軽くひなの事や赤木の事を説明した。すると春人は、「それは是非見てみたいな。」と言った。
「俺は行かねー。」
龍司はそう言ったが、それまで大人しく会話を聞いていた相川が、「何時間かかってでも俺が強引にでもリュージを連れて来るから橘は心配するな。」と言った。拓也は心の中で突っ込んだ。
(お前もその日ここでバイトだろう!何時間もかかってどうする気だっ!)
「8月16日か…なら俺達はその次の日にライブしようぜ。」
龍司が唐突にそう言った。真希は呆れた顔で龍司に言う。
「あんた。腕は大丈夫なの?」
「まだ一ヶ月以上もある。それまで俺はドラムは軽くしか叩かねぇようにすっから大丈夫だ。それまでに筋力も戻す。」
「でも、ライブをする曲が少なすぎるわ。」
「それも大丈夫だって。一ヶ月以上もあれば曲は作れるし練習も出来る。問題は雪乃がその日ライブに参加してくれるかだけど。」
「まあ、雪乃が参加出来なくてもライブをする感じで思っておけば問題ないよね。」
真希が話し終えるとタイミング良く真希のスマホが鳴った。
「噂をすれば雪乃からよ。」
真希は声に出してみんなに聞こえる様に真希と雪乃のやり取りを読んだ。
「私が送った文章は、毎週日曜日はブラーってお店でバンドの練習をしてるの。雪乃も参加出来る日があれば参加してねっ。で、雪乃からの返信が、私も参加したい。また誘ってほしい。だってさ」
「マジかよっ!もうほぼ雪乃はバンドメンバーに加わったと言っても過言じゃねーな。」
龍司は嬉しそうにそう言ってから、拓也と春人に聞いた。
「じゃあ、8月17日にブラーでバンドとしての本格始動ライブってのでいいよな?」
「俺はもちろん賛成だよ。」
「タクは?」
「俺も大賛成!てか、前にトオルさんとも話してたんだけど、バンドとしての初ライブは絶対ブラーでやりたいなって思ってたんだよ。でも…その日は日曜なんだよな…。」
日曜日はブラーでのバイトだ。拓也はそう思って間宮の顔を見た。拓也が間宮にその日バイトを休んでライブをしてもいいか確認をする前に相川が言った。
「橘。気にすんな。その日は俺が橘の分まで働くから大丈夫だ。」
間宮は「だ、そうだ。」と言って拓也がその日バイトを休みライブをする事を了承した。
「じゃあ、決まりね。後は雪乃がその日ライブに参加してもらえるかLINE…じゃないメールしとくね。」
真希はスマホで文章を書き始めた。龍司が、よろしくっ。と言った後、
「てか、グループに雪乃を誘ってくれよ。雪乃はゲスト参加のつもりかもしれねーけど、俺はもう雪乃をバンドメンバーだと思ってるから。」
「わかったわ。でも雪乃はスマホじゃなくってガラケーだからね…ガラケーでもLINE出来るけど…雪乃やるかなぁ…」
「ガラケー…雪乃っぽいな…」
「うん。ぽいぽい。」
「じゃあ、もしその日にライブが出来る様なら拓也。店のスケジュールに書き足しておいてくれ。じゃあ、俺はもう帰るから。戸締まりだけはよろしくな。」
間宮はそう言って店を出て行った。
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2014年7月7日(月)0時
「じゃあ次、龍司は休憩で相川ドラムに入って。」
毎週日曜のブラーでの練習は先にアカペラで路上ライブの練習を拓也と龍司と真希と春人が行い相川はそれを聴いている。その練習が終わると龍司が相川と変わり楽器を使って練習をする。それを龍司は暇そうに聴くといった感じだ。
「そうだ。ちょっと相談なんでけど、明日の…いや、もう今日になるのか…の路上ライブが終わったらしばらくバンド活動休みにしない?」
真希の言葉に驚いた龍司は、どうしてだよ?と不安そうに聞いた。
「だって来週末はもう期末試験よ。テスト勉強しないわけにはいかないでしょ?」
「俺もテスト期間中はどうするのか聞こうと思ってたとこだよ。」
と春人も真希に続いた。龍司は、
「俺らはテスト勉強しねーからバンド活動するつもりでいたよな?」
と拓也に言った。
「どうして俺もテスト勉強しない事になってんだよ。」
目を細めながら拓也が龍司に聞くと、しねーくせに。と真顔で言った。
「まあ、俺らは2人で路上ライブは続けよう。真希とハルはテスト終わってからまた再開するって感じでいいんじゃね?んで、ブラーの練習は来週だけ休む感じにしようぜ。再来週にはもうテスト終わってるし。」
「じゃあ、それでお願いね。」
真希がそう言って話が終わりそうになったので拓也は急いで龍司に言った。
「おいおいおいおい。龍司なに勝手に言ってんだよ。俺にもテスト勉強させろよ。」
「どうせしねーだろ。」
また龍司は拓也に真顔で言った。
「ど、どーせ…しないけど…。」
「で、姫川さんよ。今日はどんな曲を練習するんだ?」
「決めてないよ。新曲も誰も作ってこないしね。」
真希は相川の問いにそう答えて拓也達3人を睨んだ。そして、拓也に、「ところで拓也。あんた約束のあと2種類の声はどうなってる?」と聞いた。
「え?あっ!」
拓也の反応で真希は拓也が何も練習していなかった事を悟ったようで、更に拓也をキツく睨んだ。龍司が自販機で買っていたペットボトルのお茶を飲みながらステージ上にいる拓也を見上げながら言った。
「女性の声でもう一種類違う声出せねーのか?」
「え?女性の声で?」
「そう。今タクが出せる女性の声は細くて高い声質だろ?だから、太くて重みのある声は出せねーのかなって思って。」
「太くて重みのある…声??」
「例えば…そーだな。ゴスペルの女性歌手みたいな…そんな感じの声。」
拓也はゴスペルを題材にした有名な映画を思い浮かべて、なんとなく龍司が言う太くて重みのある声の想像が出来た。
「なる程!やってみる!」
拓也はセンターマイクを使って発声練習を始めた。そして、これまで拓也が出した事がある女性の声を出し始めた。高く透き通った女性の声。そこからどんどん声を低くしていき、それと同時に重みを出していく。声質がどんどんと変わっていく。拓也の女性の声はあっという間に太くて重みのある声へと変化していった。
「あれ?もしかして…太くて重みのある声…出せた。」
龍司、真希、春人、相川の4人は揃いも揃って口を開け驚きの表情を浮かべていた。しばらくの間、みんなが何も言わなかった為、拓也はこの声は違うのかと思い始めた。
「あれ?ダメかな?俺は6つ目の声が出せたと思ったんだけどな…」
拓也は残念そうに言った。
「6つ目の声…そ、それでいいわ。」
真希がそう言ったので拓也は嬉しそうな表情を浮かべた。
「え?本当?みんな何も言ってくれないからダメなのかと思ったよ。」
「私達は驚いてただけよ。それより、その声で歌えそう?」
「多分歌えると思う。」
全く違う声を簡単に出してしまう拓也に驚きを隠せない真希が浮ついた声で言った。
「じゃ、じゃあ…何か歌ってみましょう。み、みんな練習始めるよ。」
拓也はこの日6つ目の声を自分のものにした。
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2014年7月7日(月)20時
「マジで真希とハル路上ライブに来なかったな…」
拓也と龍司2人だけの路上ライブが終わった後、地べたに座り込んだ龍司が拓也に舌打ちをしながらそう言った。
「当然だろ?2人で路上ライブ続けるって言ったの龍司だろ?」
「そうだけどよ。少しくらいは顔出すかなって思ってたんだよ。冷てぇ奴らだ…それに念やフトダまで来てねぇーし…」
拓也も龍司の横に座り込んだ。
「龍司も太田からちゃんとテスト勉強するから今日からテスト終わるまで路上ライブは見に行けないって聞いてただろ。」
「ライブのポスターは?」
今朝、拓也が太田に8月17日にブラーでライブをすると伝えると太田は是非そのライブのポスターを自分に作らせてほしいと申し出てくれたのだった。
「それもテストが終わってから作ってくれるってさ。」
「なんだよ…」
「作ってもらえるだけありがたいだろ?」
「まあな…」
ひねくれた様子で龍司は答えた後、拓也の方をじっと見つめた。
「なんだよ?」
「みなみ今日はバイト休みだったよな?」
「ああ。バイトは火・木・土だけって言ってた。」
「バイトない日はいつも来てくれてたのにな…どうして今日来てくれなかったんだろうな?」
「しょうがないだろ。テスト近いんだし。」
「それ、本人にちゃんと聞いたのか?」
「なにを?」
「だから、テスト勉強するから路上ライブには来れないってみなみはタクに言ったのか?」
「いや、聞いてないよ。でも、みんなと同じで今日からテストが終わるまで来ないかなって思って。」
「じゃあ、後でみなみとLINEしとけよ。」
「どうして?」
「どうしてってお前…いつも来れる日は路上ライブ見に来てくれてた子が突然見に来なかったんだ。心配するだろう普通。だから、ちゃんとLINEしとけ。」
「だから、テスト勉強してるんだって。」
「それ、本人から聞いたのか?」
(エンドレス…)
拓也は、わかった連絡しとく。と言って話題を切り替えた。
「腹減ったし、何か食べに行こう。」
「ああ。じゃあ、ルナにでも行くか。」
龍司はそう言って立ち上がった。それにつられて拓也も立ち上がったところで「んっ?」と思った。
「なあ、龍司?いつから佐倉さんのことみなみって呼び捨てに呼ぶようになったんだよ?」
「ん?今だよ。今。いつまでもちゃん呼ばわりしてたら失礼だろ?」
(どうしてちゃん呼ばわりするのが失礼なんだ?急に呼び捨ての方が普通失礼になるだろう。)
「その感覚…わからないな。俺にはわからない。」
2人がルナに入ると結衣が一人カウンター席に座って暇そうにスマホを覗き込んでいた。客は一人もいない。
「あれ?結衣ちゃん。テスト近いんじゃないの?」
「中学生のガキはテスト終ったんじゃねーの?」
龍司の言葉に結衣は頬を膨らませた。その姿を見て龍司は楽しそうに笑っていた。
「結衣も今週末テストだから!」
「テスト近いのにスマホ見てていいのかよ。」
龍司はそう言いながら結衣の隣の席に座った。拓也も続いて龍司の横に座った。
「結衣は龍ちゃんと違ってちゃんと普段から勉強してるの。てか、今日は2人?」
「真希もハルもテスト期間中は路上ライブ休むってよ。」
「龍ちゃんも拓也くんも休んで勉強した方がいいよ。路上ライブやってる余裕がよく2人にあるものね。」
拓也は何も言い返せなかった。龍司が水を2人分用意してルナドッグとアイスコーヒーを頼んだ。結衣はいつも通り、あいよ。と答えて席を立った。
「なあ龍司?テストが終るまでに作詞しとこうと思ってるんだけど。」
「そうだな。雪乃がライブの日来れるにしても来れないにしてもこれからライブハウスでちゃんとライブしていくなら自分達の曲は必要になってくるし俺も1曲くらいは作曲しとかねーとな。それに何も曲作りしてないままだと真希絶対怒るだろうし。」
「じゃあ、俺その曲の歌詞付けるわ。」
「ああ。それでいこう。」
「じゃあ、先に歌詞作ってもいいか?」
「別に俺はどっちでもいいけど。」
「決まり。じゃあ、早速歌詞でも考えるか。」
そう言って拓也はメモ帳とペンを取り出してその場で歌詞を考え始めた。龍司はその間暇そうにタバコに火を点けた。
「ところでみなみは今週バイト入ってんのか?」
「サクラちゃん?どうして?」
「最近はバイトない日は路上ライブ見に来てくれてんだけど、今日見に来てくれなかったんだよな。」
「テスト勉強してるんでしょっ!」
と結衣は突っ込んだが少し首を捻って、「でも、おかしいんだよね。」と言った。拓也は手に持っていたペンの動きを止めた。そして、結衣と同じ様に首を捻って、「おかしいって何が?」と聞いた。
「テスト勉強したいから今週はバイト休みたいって連絡受けたんだけど…なにか声がしんどそうだった。元気がなかったんだよね。」
「中間テストの時もみなみは休んだのか?」
「休んでないんだよね。サクラちゃん中間テストの時は普通にバイト入ってくれてたの。だから、おかしいなって思って。もしかしたら体調崩してるのかも。」
「それは心配だよな。」
龍司はそう言いながら拓也の方を見て、「連絡してやらねーとな。」と言った。拓也は龍司の視線を外しながら「そうだな。」と答えた。
6
2014年7月20日(日)23時
テストが終わり2週間振りに拓也、龍司、真希、春人、相川の5人がブラーに揃った。それまでのテスト期間中は拓也と龍司だけで路上ライブを行っていた。相川や五十嵐はテスト期間中にも関わらず顔を出せる時は路上ライブを見に来てくれていた。路上ライブ事体は拓也と龍司だけにも関わらず思った以上に人が集まった。そして、みなみはというとこの1週間路上ライブには顔を出さなかった。心配になった拓也はみなみにLINEを送った。みなみは『元気だけどテスト勉強に集中したいから路上ライブ見に行きたくても行けないの』と返信が帰って来て拓也は単純にそうなのかと安心した。
一方、雪乃はガラケーだがグループLINEに入ってくれて、8月17日のブラーでのライブに参加してくれる事も約束してくれた。そして、今からのブラーの練習にも雪乃は参加してくれる。今、今、5人は雪乃の到着を待っている。
「フトダが17日のライブのポスター作ってくれるってよ。」
龍司が真希と春人に向かって言った。
「太田君が?」
「嬉しいな。あのギタリスト・ベーシスト募集のポスターも凄く良い感じだったし。」
「イラスト使うか写真を使うかどっちがいいって聞いてたけど。」
「イラストでいいんじゃない?私もメンバー募集のポスターの絵好きだし。」
「りょーかい。じゃあ、俺からLINEしとく。てか、雪乃おっせーな。テスト終って今週から夏休みだと思って浮かれてんじゃねーのか。」
スマホを片手に持って真希が、近くまでは来てるみたい。と言った時、ブラーの扉が開いた。拓也達は一斉に入口を見た。
「そこに私と交響楽団のポスターが貼ってあったよ。」
そう言いながら雪乃が入って来た。後片付けをしていた間宮が、いらっしゃい。と雪乃に声を掛けて自己紹介をした。雪乃はサザンクロスの事を知らないようでブラーのオーナーという目でしか間宮を見ていない様子だった。後から拓也があのサザンクロスの間宮トオルなんだよと雪乃に説明をしたが雪乃は案の定、首を捻ってなんの事だかわかっていなかった。
間宮と挨拶を終えた雪乃がみんなに向かって言った。
「遅くなってごめんね。途中で迷子になっちゃった。」
(高校3年生が迷子?)
拓也は心の中でそう思っても口には出さなかったが、「高3にもなって迷子って…。」と龍司が口に出した。雪乃は照れ臭そうに、エヘヘ。と笑ってた。
「じゃあ、さっそくなんだけど、来月の17日のライブの曲を練習していきましょう。テスト期間中に作った曲を中心に音合わせしてみましょう。」
真希がそう言った。テスト期間中にも関わらず真希と春人は作詞作曲した曲を今日持って来ると連絡をくれていた。拓也も数曲歌詞を書いてきていて、龍司は1曲だけ作曲をしてきていた。龍司が作曲した曲には既に拓也が歌詞も書いていた。真希はみんなが作詞作曲してきた楽譜を一つにまとめて雪乃に手渡した。
「ところで雪乃は歌は歌える?」
春人が雪乃に聞いた。雪乃は真希に渡された楽譜を見ながら震えていた。
「私ね…小さい時からね。合唱コンクールとかあってもピアノ担当だったのね。それで、私の歌声を聴いた事がある子なんて一人もいなかったのね。」
(なんの話が始まったんだ??)
「だけど、ある日ね。雪乃ちゃんの歌声を聴いてみたいって一人の友達が言ったの。ピアノを弾きながら歌ってって。私、頼まれた通り歌ったんだ。」
雪乃はそこで俯き下を向いて続きを話し出さなかった。拓也は首を傾げた。しばらく待っても雪乃は何も話し出さなかった為、真希が聞いた。
「そしたらどうなったの?」
「…そしたらね…笑われた。それから…私、何かある度に歌えって言われて、歌ったら笑われて。また歌えって言われて…その頃から私…いじめられた…ピアノは上手いのに歌はヘタだって…そのうち友達って呼べる人がいなくなった…どうしてかな?私が歌がヘタなだけでいじめられたのは私の言動が元々少し人と違うからなのかな?友達と呼べる人がそれから今まで出来なくなった。だから、昼休みにピアノを弾いて時間を潰してる…」
雪乃の声は震えていた。その出来事がトラウマになっているのだ。
「ピアノ弾ける人はみんな歌上手いものだと思ってたって言われた。そんな音痴でもピアノが弾けるんだって笑われた。それからは…私…人前で歌うのをやめた…」
「なるほどね。わかったわ。春人が歌を歌えるのかを聞いたのは、私達のバンドはメインボーカルは拓也だけど、コーラスしたり、時にはメインで歌ったりしようと思ってるの。だから、聞いただけ。歌えないなら無理に歌わせないから安心して。」
真希の言葉に雪乃は頷いた。
「じゃあさ、作詞作曲は出来んのか?」
龍司の質問に雪乃は目を輝かせながら、うん。大好き。と言った。
「じゃあ今度なんか曲作って来てくれよ。」
「でも…私…バンドメンバーじゃないから…メンバーだけで曲は作った方がいいよ。」
龍司は雪乃のその言葉に何か言おうとしたが、それを真希が止めた。
「雪乃が私達の為に曲を作って来てくれる時がきたら、その時が私達のバンドに正式に加わってくれる日って事でいいんじゃない?」
龍司は納得していない様子だったし、雪乃も納得していない顔をしていたが、「さあ、話してる時間がもったいないから練習するよ。」と真希が話を終わらせた。
「雪乃は俺らの路上ライブ見た事ないし、まずは路上ライブをどんな感じでやってるか見てほしいな。その後は、楽器を使ってる姿も見てほしい。」
拓也の意見に雪乃を含めた全員が賛成をしてくれた。普段ならとっくに帰っている間宮も残ってくれている中、拓也達はいつもの立ち位置に立った。
立ち位置はいつの間にか自然と決まっていて、拓也の右隣は真希が立ち左隣には龍司が立ち、春人は一番左端に立っている。
それと同様にバンドとしてのステージの立ち位置も自然と決まって龍司はドラムが置かれている場所によって変わるが、真希は拓也の右側で春人は左側だ。
拓也達は路上ライブを再現するためマイクだけを持って歌い始めた。歌う曲は春人のトラとリスとウサギ。この曲は元々春人が貴史の為に作った曲だったが、これからも拓也に歌い続けてほしいと言った為、バンドの曲として使用する事になった。アカペラで歌い終わった後、客席に座っていた雪乃は立ち上がり飛び跳ねながら拍手をした。続いて龍司がステージを降りて相川と交代した。歌う曲はさっきと同じトラとリスとウサギだったのだが、演奏を聴き終えた雪乃はまた立ち上がって飛び跳ねながら拍手をした。
「凄い!凄い!」
そう言いながら雪乃はステージ上に上がり茶色いアップライトピアノに座って一人楽譜を見ずにピアノを弾き始めた。雪乃が演奏を始めた曲はトラとリスとウサギだった。今さっき聴いたばかりの曲を雪乃は自分なりのアレンジをして弾いている。途中から春人がベースを弾き始めた。それに合わせて真希もギターを弾き始める。相川は首を上下に動かしてリズムをとってからドラムを叩き始めた。拓也は4人の演奏する姿を見ていた。雪乃がピアノを弾きながら拓也をずっと見つめている。
(もうすぐ歌の出だしが来るからね。)
雪乃がそう言っている気がした。拓也はマイクを持った手に力を入れた。雪乃が体全体を上下に振りながらリズムをとり、拓也に向かって、はい。と声を出した瞬間、拓也は今日三度目となるトラとリスとウサギを歌い始めた。
演奏が終わると今度は龍司が立ち上がり軽くしか拍手が出来ない分「フゥー。」と声を出して叫んだ。
「元々綺麗な曲だけど、ピアノが入るとやっぱりより綺麗な曲になったな。」
「ホント。龍司の言う通り。この曲はライブでも披露しようよ。いいよね春人?」
「ああ。もちろんだよ。」
「じゃあ、他の曲も練習しよう。まずは作詞作曲が出来てる拓也と龍司の曲から練習しましょう。」
真希がそう言うと雪乃は本当に楽しそうにニコニコしながら頷いていた。
「で、2人に質問なんだけど歌詞の前に拓ファルとか真とか書いてるのは何?」
「ああ、それは名前だ。」
龍司は大雑把に説明をした。真希が頭を捻っているのを見て拓也が補足した。
「拓ファルって書いてある所は俺が裏声で歌って、拓ファル&龍って書いている所は俺と龍司が歌うって意味で書いたんだ。」
「そう。ファルはファルセットって事だったのね。じゃあ、私は拓&真って書いてる所を歌えばいいのね?」
「そういう事。ちなみに拓&真の所は俺は地声で歌う箇所だからファルとは書いてない。」
「わかったわ。春人もいい?」
「ああ。でも、この曲タクがメインボーカルって感じがあまりしないな。サビ以外はほとんど裏声でタクは歌うって事だろ?別に俺らが歌わなくてもタク一人で色んな声を出せるから俺らが歌う必要なんてないんじゃないか?」
春人の質問には龍司が答えた。
「俺もタクにそう言ったんだけどよ。タクは自分の声をころころと変える曲よりみんなで歌える曲を作っていきたいんだとよ。」
「みんなで歌う曲か。タクの声がもったいない気がするけど…」
「まあ、タクの声を変えて歌う曲は作詞作曲できる真希とハルが作ってやればいい。俺とタクの2人が作る曲はだいたいみんなで歌う曲になっていく感じになると思う。」
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「覚悟」
拓ファル
時々 君の 笑顔を見たくなったり
不安そうに話す姿を思い浮かべては 笑顔になってる僕がいる事に気付く
求めてるの?君の笑顔を 君の声をこんなにも
一緒に同じ景色を見たいと思い始めた
拓ファル&龍
心の中には いつも君がいて いつも笑顔で 微笑んでる
だけど本当の 君は涙に濡れてるの?
僕の知らない 君の素顔が 僕の心を不安になせるの
けど素顔をもっと知りたいと思うんだよ
拓&真
だって しょうがないよなって そう諦めんのはもうやめような
悔しい思いをしたって前だけ見ていようと心に決めた
だったら弱さ見せないように 胸はって生きるだけだし
誰かと自分を重ねたって仕方ないしくだらないな
拓ファル
戻れないと ここにはもう 覚悟を決めたんだからさ
後悔だけしないようにと前に進んで行くだけ
拓ファル&龍
不安だらけで 負けそうな日々を必死に隠して 生きてきたんだ
弱さ隠すためにふざけた事ばっか言ってらんないよな
君のように ありのままの 姿見せるようにと願った
そうしたら きっと 君に近づけると
拓&真
だって 一緒にいたいんだ そしていつか一緒に笑おうな
君の後ろ姿見つめるだけのくだらない日々を生きてるんだ
だったら それ変えるために何すんだ?ってもうわかってんだろ?
心は決まってんだろ?自分に言い聞かせて
春
そう 君と出会って僕は強くなれたかな?変われたのかな?
多分そうだ 君を思えば心が和んだ
それだけでいいと満足するのはもうやめだ これからは変わるんだと
真
言って 立ち止まってられないんだもの ありのままを見せるしか
ないでしょ?なら今まで通りやってたって意味ないじゃん
くだらない日々の連続だって 繰り返し何度後悔しただろう?
それが嫌で変わろうとした 君なら 変われるだろう?今ならば
全員
だって しょうがないよなって そう諦めんのはもうやめような
悔しい思いをしたって前だけ見ていようと心に決めた
うんざりする日々に サヨナラ
目覚めて 最初に君に会えたら 全てが変わる気がする だから 明日こそ
■■■■■■■■■■
練習を終えた後、真希が拓也の横に来て、「最近、拓也ってみなみと会ってないよね?」と聞いた。拓也は唐突な質問に動揺しながら、「うん。どうして?」と聞き返した。
「みなみ。テスト期間に入った頃から学校で会ってもすぐに会話を終らせるし私を避けてる感じがするの。最初は私嫌われたのかなって思ったんだけど挨拶はしてくれる。だけど、そのみなみの顔が無理して笑顔を作ってるように見えた。」
「何かあったのかな?テスト期間中バイトも休んでたし。中間テストの時は休んだりしてなかったみたいなんだ。」
「みなみからは何も聞いてない?」
「テスト勉強に集中したいから路上ライブ見に行きたくても行けないってのはLINEで聞いたんだけど。」
「そう…」
真希は少し黙ってから言った。
「学校でね。みなみが一人でいる姿を遠くで見たの。なんか胸を抑えて凄くしんどそうだった。ううん。しんどそうというよりしゃがみ込んで苦しそうだった。急いで私が駆けつけた時にはもうそこにみなみの姿はなくって…後からじゃ聞くに聞けなくて…」
「そう…なんだ。心配だな。」
「拓也。あんたならみなみから話聞けるんじゃない?」
「え?」
「来週の日曜に花火大会あるよね?それに誘ってくれないかな?」
「花火…大会?真希が誘ったらいいじゃないか?
「誘いたいんだけど私、夏休みに入ったら家族でウィーンに行くのよ。だから来週の日曜には日本にいないんだよね。拓也からみなみを誘ってあげてくれないかな?」
「いや…俺日曜はバイトだし。てか、ウィーン行くの?いいな。」
「バイト休めないかな?」
「なになに何の話だよ。花火大会なら俺も行く!」
龍司が拓也と真希の側に近づいて来た。
「うっさいな。今の話あんた全部聞いてたでしょ!」
「聞いてたんじゃねー。聞こえたんだ。」
「花火大会?私も行きたい行きたい。」
雪乃が飛び跳ねる姿を見て真希は顔を横に振りながら頭を抱えた。
「じゃあ、みなみを誘ってみんなで行こうぜ。その方が楽しいからよ。ハルも行けるよな?」
「みんなが行くなら俺も行くよ。」
「ちょっとあんた達!せっかく私が拓也とみなみを2人きり…」
「え?俺がなに?」
「な、なんでもないわよ!」
「まあ、みんなで行った方が楽しいっしょ。」
龍司がそう言うと雪乃は「花火。花火。」と嬉しそうにはしゃいでいた。
「そうね。わかったわ。じゃあ、みなみの事みんなよろしくね。拓也。ちゃんとみなみを誘っておいてよ。」
「お前ら勝手だな…その日、俺バイトだよ。」
「休め。休め。念がその分頑張ってくれるよな?」
龍司がそう言うと相川は驚いた表情を見せた。
「え?俺も花火大会見に行くつもりだったんだけど…」
「念。助かったぜ。」
龍司はがっかりする相川の肩に手を置いたがすぐに相川は龍司の手を振りほどいてすねていた。
「あと、拓也はみなみを8月17日のライブにも誘っといてね。これはLINEとかじゃなくて直接誘ってあげて。」
「真希は学校で会うし誘えるだろう?」
「あんたが誘うの。わかった?」
「…はい。」
結局拓也はみなみが来週花火大会に来れるかどうかはわからなかったがこの日のうちに間宮に連絡を入れ、来週の日曜日はバイトを休ませてもらう事にした。
もう夜も遅かったがその後すぐにみなみに連絡を入れた。みなみはまだ起きていたみたいですぐに返信が返って来た。
–誘ってくれてありがとう。嬉しい。花火大会行ける様にするね。
7
2014年7月27日(日)6時
花火大会当日。拓也は龍司と春人と3人でルナにいた。雪乃とみなみの姿はまだない。
「雪乃はともかくみなみには6時にルナで待ち合わせってちゃんと伝えてあんだろうな?」
「ちゃんと伝えてあるよ。雪乃と一緒にルナに向かうって連絡あったから、ここに来る前に雪乃が遅刻でもしてるんじゃないのか?」
「花火は7時に打ち上げだろう?雪乃の奴それまでにちゃんと来るんだろうな…てか、あの2人会った事もないのに仲良く出来んのかよ?」
「それなら問題ないよ。真希と雪乃と佐倉さんで前にお茶したって言ってたから。」
「おお〜。そうだったのか…しっかしおせーな。」
拓也は結衣が淹れたアイスコーヒーを啜ってから結衣をちらりと見た。結衣は花火大会に誘われていない事を怒り嘆いていた。そして、今わかりやすいぐらい機嫌が悪い。淹れたてのアイスコーヒーが物凄く苦い。しかも、なまぬるい。春人も少しアイスコーヒーを飲んでむせていた。そして、春人は大きくため息をついてから拓也と龍司に言った。
「雪乃先輩…雪乃はホント時間にルーズだもんな…」
6時30分になった頃入口のドアが開き浴衣姿のみなみと雪乃が入って来た。結衣は「いいな〜。浴衣いいな〜。結衣も着たかったな〜。浴衣。」と言って龍司を睨んだ。
「あら。みんな揃ってるのね。」
悪気もなく雪乃はそう言ってカウンターに座る拓也達の横に座った。みなみが席に着きながら、「ごめんね。遅くなっちゃった。」と謝った。拓也は雪乃が遅刻したはずなのにそれを言わないみなみに好感を持った。龍司は席を立ち店を出ようとしたようだが、「私もコーヒー飲みたいなぁ。」と雪乃が言い出したので龍司はため息をつきながらもう一度席に座った。機嫌が悪くなりそうな龍司を見て春人がみなみと雪乃を見ながら言った。
「でも、2人とも浴衣とても似合ってるよ。タクもそう思うだろ?」
「あ、ああ。とっても似合ってる。」
雪乃は嬉しそうに声を出しながら笑い、みなみは恥ずかしそうに俯いた。
「ところでみなみ。最近体調悪かったのか?」
龍司の質問にみなみは驚いていた。
「え?どうして?」
「真希が言ってたぞ。何かしんどそうだったって。」
「そうだよ。サクラちゃん中間テストの時はテスト期間だからって休まなかったのに期末テストは休んで変だったよ。電話の声もしんどそうだったし。」
「う〜ん。テスト勉強しすぎで体調壊しちゃったのかな?でも大丈夫だよ。」
「なんだよ。勉強のしすぎかよっ!勉強ばっかしてると体調崩すもんな。」
「龍ちゃんは勉強ばっかして体調壊した事なんてないでしょっ!」
「うっせーな。でもタク良かったな。」
「な、なんで俺に話を振るんだよ!」
「みなみ。タクはみなみが体調悪いんじゃないかって聞いて心配してたんだぞ。」
「おいっ!心配…してない事はないけど…その言い方…」
みなみはじっと拓也の顔を見ていた。結局それから結衣を含めた拓也達6人は時間を忘れ各々話し出してしまった。そして、しばらくしてから春人が言った。
「なあ?音しないか?」
「音?」
雪乃が首を傾げながら春人を見た。拓也は外を見ながら耳をすませた。ドンッドンッと重たい音が鳴り響いている。
「花火…上がってないか?」
「だよな?」
「マジかよっ!なんでみんな花火の時間忘れてんだよっ!チクショー真希がいてくれればちゃんと花火が打上る前に店を出ようって言ってくれたのによっ!真希以外に仕切れる奴いねーのかよっ!」
龍司が立ち上がって外に出た。つられて拓也達も続いた。ルナを出て空を見上げると大きな花火が上がっているのがそこからでも見れた。6人は一列に横に並び空を見上げた。
「ここからでも充分見れるんだな。」
「ホントだ。」
「場所ここでいいんじゃないか?」
「賛成!ここで見よう!」
「真希ちゃんにも見せてあげたかったなぁ花火。」
「じゃあ、龍ちゃん椅子運ぶの手伝って。」
「ああ。男ども椅子出すぞ。」
結衣を含めた6人は椅子に座り結衣がサービスで出してくれたコーヒーを飲みながら花火が上がるのを見ていた。
「綺麗。」
拓也の横に座っていたみなみがそう呟いた。拓也は花火を見るのも忘れてみなみの横顔を見つめていた。花火の光で時折輝くみなみの横顔は花火よりも綺麗に拓也の目に映った。
*
花火を見終えた後、拓也は1人で帰るつもりでいたのだが、「今日も送ってもらっても良いかな?」とみなみが言った。いつもは自転車があるからみなみを送っていたのだが今日のみなみは浴衣を着ているため自転車ではもちろん来ていない。
「え?いいけど。浴衣姿で歩くのしんどいんじゃないの?」
「大丈夫。そこは我慢する。」
「いや、我慢しなくてもバスの方がいいんじゃない?」
「嫌ならバスで帰るけど。」
「しんどいんじゃないかなって思っただけで佐倉さんがいいんなら俺は送って行くよ。」
「じゃあ、お願いします。」
みなみはそう言って深々とお辞儀をした。帰り道、拓也はもう一度確認の為にみなみに体調が悪かったのかを聞いた。みなみは、そんなに私しんどそうな顔をしてたんだ。と答えた後、「結衣ちゃん今日バイト休まなかったんだね?」と言った。拓也は話題を変えられてしまった感じはしたが、「今日結衣ちゃんを誘うの忘れてたんだ。」と答えた。
「私、結衣ちゃん誘ってたんだよ。」
「え?じゃあ、どうして花火大会誘ってくれなかったって怒ってたんだろう?」
「多分、龍司君に誘われるのを待ってたのかな?」
「あ、ああ。そういう事だったのか。結衣ちゃん龍司に花火大会を誘われるの待ってたんだね。」
「龍司君は結衣ちゃんの事どう思ってるのかな?」
「さあ?妹感覚な感じはするけどな。」
「そうなんだ。」
「もしかして結衣ちゃんに確認してくれって頼まれた?」
「う、ううん。頼まれてない。」
「嘘…ヘタだね。でも、俺も龍司が結衣ちゃんの事をどう思ってるのかわからないんだ。」
「そっか。結衣ちゃん。いい子なのにね。」
「そうだね。龍司にはもったいないよ。」
その言葉にみなみはふふっと笑った。そんな他愛もない話をするみなみを家まで送るこの時間が拓也には楽しくてたまらなかった。
拓也は紛れもなくみなみの事を好きになっていた。今すぐこの気持ちを伝えたいと思った。だけど、そう簡単に言葉に出来る程安っぽい言葉ではない。声に出る言葉と言えば、足大丈夫?だった。拓也はこの帰り道で何度もその言葉を口に出していた気がする。
(もうすぐ佐倉さんの家に着く。)
(楽しい時間が終わってしまう。)
(佐倉さんの家の前まで着いてしまった。)
(ああ。もう。終わりか。)
「橘君。今日も送ってくれてありがとうね。」
みなみはまた深々とお辞儀をした。
「いえいえ。今日も佐倉さんを送らせてもらって光栄でした。」
「橘君。これから拓也君って呼んでもいいかな?」
「え?あっ。全然。それがいい。うん。それがいい。実は俺も前から佐倉さんって呼んでるけど、そろそろ呼び方変えたいなって思ってたんだよ。俺も龍司みたいにみなみって呼び捨てで呼んでもいいかな?」
「うんっ!」
「あ、そうだ。それと8月17日の日曜あけといてくれないかな?」
「え?なんで?」
みなみは嬉しそうにそう聞いた。
「俺達ブラーでライブするんだ。初めてのライブハウスでのライブ。路上ライブみたいにアカペラじゃなくて、楽器を使う。バンドとしてのデビューになる日なんだ。」
みなみは力強く嬉しそうに言った。
「誘ってくれて嬉しい。ぜっーたい行くっ!」
*
店内ではライブが始まったが間宮トオルは店を相川に任せ、少し外に出るから何かあったら呼びに来てくれ。と伝えて店の外に出た。そして間宮はタバコに火を点けてから静かな夜空を見上げた。ちょうど7時になった時、何の前触れもなく急にドンッドンッと重たい音が静かな夜に鳴り響いた。
『綺麗だね。私ずっとこうやって花火を見ていたいな。』
夜空を見上げてそう言ったひかりの横顔が花火の光りに照らされて間宮はドキリとした。間宮の目には花火によって照らされたひかりの横顔がとても美しく見えたからだ。
高校2年生の花火大会。間宮は自分がひかりの事を好きなんだと気が付いた。
美しいひかりの横顔が今でも鮮明に間宮の脳裏から離れない。
タバコを一本吸い終わるまで花火を見た後、間宮は店の中に戻った。
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今、想う
6月2日
今日、私は初めて彼らの路上ライブを最初から最後まで全部見る事が出来た。4人で歌う彼らは本当に本当に凄かった。早く楽器を演奏して歌う姿が見たいと思った。
彼らが楽器を演奏している姿を想像する。
想像の中でもやっぱり彼らは格好良い。
ピアニストが入って5人体制になったらどんな感じになるんだろう?
きっとめちゃくちゃ格好良くなるよね?
凄い人だかりが出来ていた。その光景を見て嬉しかった。だけど、その一方で彼らとせっかく近づけたのに彼らは少し遠くに行った様な気がした。
いずれ、彼らは私の知らないどこか遠くに行ってしまう。
そんな予感がした。
路上ライブが終ってからルナに寄った。赤髪の彼の友達が撮ったというビデオカメラを見せてもらえた。ビデオの中で歌う赤髪の彼は本当に格好良かった。
私の家まで赤髪の彼は私の自転車を嫌な顔一つしないで押してくれた。自分の家を通り過ぎたと言うのに…一緒に帰ってくれた。
一緒に家に帰る時間。一緒に歩く時間。一緒に彼と話す時間。私は嬉しかった。楽しかった。私は幸せな気持ちで一杯だった。
私はますます赤髪の彼の事が好きになりました。
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