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The Voice  作者: 幸-sachi-
The Voice‬ vol.1
12/59

Episode 7 ―三人目と四人目―


2014年5月29日(木) 14時


遠藤を見送った後、姫川真希は制服を着たまま学校には行かずバスに乗りルナへと向かった。ルナに入ると新治郎がカウンター席に座り暇そうにパイプを銜えて新聞を読んでいた。

「おっ。いらっしゃい。」

そう言った後すぐに新治郎は真希が涙を溜めているのに気が付いた。

「どうした?」

「マスターには話してたかな?おじいちゃん指揮者の事。」

「ああ。真希が中学生の時に話してくれた。」

「………」

真希は黙って新治郎の横に腰掛けた。そして、先ほど妙にもらった遠藤のタクトをスカートの左ポケットから取り出してそれを見つめながら言った。

「おじいちゃん指揮者ね。亡くなったんだ。今日お葬式だったんだ。」

「…そうか。」

新治郎は立ち上がり水を真希の前に置いてからコーヒーを淹れ始めた。真希はまだ注文をしていないのに新治郎はホットコーヒーを真希に差し出した。

「飲め。コレは俺の奢りだ。アイスの方が良かったかな?」

「…ううん。ありがとう。」

「今晩、龍司達の路上ライブに顔を出すのかい?」

「そだね。そうしようかな…」

「フン。そうするつもりでココに寄ったんだろう?」

「フフッ。」と真希は元気のない笑い声を出してから、「バレちゃったか…」と言った。

「これから真希はどうするんだ?楽団を続けるのか?」

「…楽団はもう辞めた…」

「そうか…じゃあ、またバンド始められたらいいな。」

「…うん。」

「龍司達にとって今晩の路上ライブは真希をバンドに迎え入れれるかどうかテストされるって訳か。」

「そんな。テストなんて。」

「迷ってるんだろ?だから、路上ライブを見て見たいと思っている。違うか?」

「違うくはないけど…」

「真希がバンドに入れば龍司の暴走は真希が食い止められる。あいつはバカだけど真希の言う事なら必ず聞く。」

「聞かないよ。私が止めてもアイツ暴れ出したし。」

「それはもう過去の話しだ。今はきっと違うだろうよ。あいつは真希の言う事なら必ず聞くさ。前のバンドの時の様にはならんよ。それに今は拓也もいる。拓也は赤木らとはタイプが違うから大丈夫だ。」

「…そうかもね。」

(だけど…私の夢はプロのギタリストになる事。あいつらは別にプロを目指すバンドを組もうとはしていない。私がバンドに入ればその温度差が必ず出てくる…それに、橘のボーカルはどこか物足りない…)

「何も食ってないんだろう?何か食うか?」

「ううん。いい。食欲ないし。」

「まあ、そう言うな。路上ライブまではまだ大分時間がある。食欲なくても無理矢理何か口に入れておけ。」

「ありがとう。マスター。」



2014年5月29日(木) 17時55分


路上ライブを始める前に龍司は辺りを見渡して橘拓也に言った。

「真希の奴…今日も来てねーな。」

「昨日もライブ始める前に同じ事言ってたぞ。」

「そうだっけ?てか、あいつ路上ライブ見に来るって言ってずっと来ねぇ気じゃね?」

「そんな事ないって。近々来てくれるって。」

「俺はそう思わねぇけどな…あいつ詐欺師だ。路上ライブいつか見に来る見に来るって言っていつまでも来ねぇ気だ。クルクル詐欺だ。」

「…なんだそりゃ…」

「しょうがねぇ。クルクル詐欺師は放っといてライブ始めるか。」

「あ、ああ…」

「よし!楽しもう!」

拓也と龍司が路上ライブを始めるとすぐに相川と太田が見に来てくれた。2人とも昨日の路上ライブにも顔を見せてくれていて2人の顔を見ると何故か拓也は安心して笑顔で歌い始める事が出来た。1曲歌い終わり2曲目を歌い出したところで意外な人物が路上ライブを見に来てくれた。龍司のバイト先の矢野だった。矢野はバイクのヘルメットを持ち上げながら、

「お〜。龍司。橘君。頑張ってるか〜?見に来たぞぉ〜。」

と歌っている最中の拓也と龍司に向かって大声でそう言った。拓也も龍司も歌を途中で止めるわけにもいかなかったので、挨拶の代わりに拓也は片手を上げ、龍司はボイパの途中に「オッス。オッス。」という声を入れた。矢野は2人の様子を見て楽しそうに笑い頭を上下に動かしながら歌を聴き始めた。


     *


ルナで二杯目のホットコーヒーを飲み終えた姫川真希は五十嵐の事を思い出した。

(そう言えば五十嵐先輩は龍司達の路上ライブを見に行く時は必ず私も呼びなさいって言ってたな…本気で見たいと思ってるようには思えなかったけど一応誘ってみるか…)

真希はスマホを取り出して五十嵐に今日龍司達の路上ライブを見に行く事をLINEで告げた。五十嵐からは、楽しみね。学校帰りに私も行く。という短いメッセージがすぐに返信が届いて真希は五十嵐が本気で龍司達の路上ライブを見たいと思っていたんだと驚いた。

(17時55分か。)

遠藤のタクトを左ポケットにしまい、そろそろ店を出ようと立ち上がった時、

「真希さーん。お久しぶりですぅ〜。」

と屈託のない笑顔を見せて結衣が店に入って来た。新治郎が着けていたエプロンを取りながら、

「話してたかな?去年から結衣には店を手伝ってもらってるんだ。」

と説明をした。

「へぇ〜。そうだったんだ。」

「あっ。そうだ。真希さん。栄女の佐倉みなみさんって知ってますか?真希さんと同い年なんですけど。」

「えっと…。あ、知ってる。って言ってもホント最近初めて話したんだけど。どうして?」

「そのサクラちゃん。今ここでバイトしてるんですよ。今日ももうすぐしたら来ると思います。」

「そうなんだ。だけど、私もう行かなきゃ。」

真希がそう言った時、タイミングよく店のドアが開いてみなみが入って来た。みなみは真希の顔を見て何故今ここに真希がいるのかがわからない様でびっくりした顔をしたまま立ち止まっていた。

「あ。サクラちゃん。おはよー。今ちょーどサクラちゃんの話してたところなんだよ。」

「え?あ、おはよう。私の話?」

「そう。真希さんにサクラちゃんの事紹介しようと思ったんだけど、2人は知り合いだったんだね。」

「知り合いというかなんというか…姫川さんとは4日前に初めて話したところで…」

「真希でいいって。」

「あっ。そうだったね。」

「じゃあ、ちょーどいいじゃん。2人の距離を縮める為にも。さあ、2人とも座って。真希さん結衣のコーヒー飲んでってよ。サクラちゃんもまだバイトの時間まで1時間あるし。ね?」

「ごめん結衣。私今から龍司達の路上ライブ見に行かなきゃ。」

「あっ!そうだったんですねっ!龍ちゃんゼッタイ喜びますよっ!そういう事ならぜひぜひ路上ライブ見に行ってあげて下さい。」

「じゃあ、結衣。みなみちゃん。店宜しくな。俺は帰るわ。」

そう言って眠たそうにあくびをした新治郎が店を出て行こうとするのを真希は止めた。

「今から龍司達の路上ライブ一緒に見に行きますか?」

新治郎は二度目のあくびをしながら、

「また今度でいい。帰って寝るわ。」

とそっけなく言って店を出て行った。その姿を見送りながら結衣が目を細くして言った。

「新治郎は冷たい男なんだよ。」

「結衣は時々路上ライブは見に行ってるの?」

真希のその質問に結衣は頬を膨らませながら答えた。

「龍ちゃんが見に来てくれって言うまで結衣は見に行かないの。でも、真希さんが見に行くなら結衣も一緒に行きたかったな〜。あっ!サクラちゃんも7時まで時間あるし真希さんと一緒に見に行ったらいいじゃん。ね?真希さん?」

「そうだね。吹奏楽部の五十嵐さんっていう一つ上の先輩も来ると思うんだけど、それでも良かったら一緒に来る?」

「え?いいんですか?行ってみたいです。」

「みなみ?敬語になってるよ。」

「あ。ゴメン。真希。」

みなみのぎこちない話し方を結衣は楽しそうに見てから、

「いいなぁ〜。結衣も行きたいなぁ〜。」

と羨ましそうに言った。



2014年5月29日(木) 18時10分


喫茶ルナを出た佐倉みなみは真希の後ろを歩きながら聞いた。

「制服着てるけど、今日って学校に来てました?」

真希は立ち止まり、左ポケットに手を入れてみなみが横に並ぶのを待ってから答えた。

「ううん。学校には行ってない。ちょっと知り合いに不幸があって…それで。」

「あ。そうだったんだ…ごめんなさい。」

「みなみが謝る必要ないよ。さあ。行くよ。」

真希は歩き出した。みなみは真希に遅れを取らないように横に並んだ。

「路上ライブってどこでやってるんですか?」

「ん?駅前ののバスロータリーのとこ。」

「あの赤髪の人と金髪の人とは元々友達だったんですか?」

「あ。みなみ2人と知り合いだったっけ?」

「あ、いや…まあ…時々ルナでお客さんとして来てるみたいで何度か見た事はあるんですけど。」

「そう。金髪が神崎龍司っていうんだけど、あいつとは元々の友達かな。簡単に言えば中学2年の時に龍司と同じクラスになったのよ。それで一つ上の先輩達とバンドを一緒に組んだの。」

「BAD BOYですよね?」

「あれ?知ってるんだ?」

「少しだけ。4月のブラーでのライブに結衣ちゃんに誘われて一緒に行ったから。だけど、その神崎さん?があの日バンドを辞めて赤髪の人とバンドを組む事になって。私は訳がわからないなりに凄い日にライブを見に行ったんだなーって思って。」

「赤髪の方は橘拓也ね。今年、西高に転校して来たって言ってたから、私も龍司もまだ出会ってそんなに日にち経ってないの。けど、龍司は橘の歌声が凄いって絶賛してたな。」

「わかります。」

「え?」

「あ。いや。なんでもないです。橘拓也っていう名前なんですね。」

「ん?」

「あ。いや。そ、そうだ。姫川さんはよくルナには来てるんですか?」

真希はまた立ち止まり鋭い目つきとなった。

「みなみ。ちょっといい?」

「はい?」

「さっきからずっと話す時敬語だよ?タメ口でいいって。」

「あ、そうだったね…つい。姫川さん…じゃなかった真希と話すのってなんか緊張しちゃって。気を付けるね。」

真希は笑顔を見せて歩き出した。みなみも遅れを取らない様にまた横に並び歩き始めた。

「緊張?そんなの私にする必要なんてないよ…。えーと。なんだったっけ質問。」

「あ、いや、真希はよくルナに来るのかなぁ〜と思って。私がバイト始めてから今まで全然会わなかったし不思議だなぁ〜って思って。」

「ルナには1年前まではよく行ってたよ。いろいろあってこの1年間は行ってなかったけど。またちょくちょく行くと思う。ほら。着いたよ。あいつらあそこで歌ってる。」

真希が指差す方をみなみが目で追うと二人が路上ライブをやっている姿が見えた。今2人が歌っているのを立ち止まって聴いているのは西高の制服を着た2人組の男子生徒と中年の男性の3人だけだった。真希が歩き出そうとした時、横から、「真希。遅いじゃない。」と栄女の制服を着たいかにも真面目そうな生徒が真希に声を掛けて来た。

(この真面目そうだけど綺麗な人が五十嵐先輩か)

「五十嵐先輩。もう着いてたんですね。LINEくれたら良かったのに。あ。紹介しますね。こちら佐倉みなみさん。私と同い年で今制服着てないけど栄女の生徒です。」

みなみは真希に紹介をされて「はじめまして。」と頭を下げながら五十嵐に挨拶をした。五十嵐は眼鏡のズレを直しながら、

「はじめまして。栄真女学院3年。五十嵐智美です。」

と見た目通り真面目な挨拶をした。

「五十嵐先輩は吹奏楽部の部長なのよ。」

「えー!栄女の吹奏楽部って全国でも有名ですよね?そんな吹奏楽部の部長さんだなんて凄いなぁ〜。」

みなみがそう言うと五十嵐はにこりともせず真面目に、

「凄いのは部長の私ではなくそれを支えてくれる先生や周りの仲間達です。」

と答えて路上ライブをやっている2人の元へと歩き出した。真希は小声でみなみにだけ聞こえる様に、「五十嵐先輩はこんな感じで固い人だけどいい人だから。」と笑顔で言って五十嵐の後を追った。みなみもちょっと遅れて2人を追った。



2014年5月29日(木) 18時30分


橘拓也は路上ライブをやっている最中、栄真女学院の制服を着た生徒が一人険しい顔をしながら近づいて来るのを確認した。

(え?あの人は確か…五十嵐…さん…なんで?なんであんな険しい顔してこっちに来るんだ?)

拓也は歌いながら五十嵐が怒りながら近づいて来ていると思い、まだ距離があるにも関わらず何故か後ずさった。その拓也の様子を見て龍司も五十嵐が近づいて来るのに気が付いた。その時、ちょうど歌っている曲が終わった。拓也は五十嵐の顔を見ながら龍司に囁いた。

「なあ?あの人めちゃくちゃ怒ってないか?」

「ああ。めちゃくちゃ怒ってる…ま、まさか…栄女に侵入したのは2回だって言ったけど、本当は3度侵入していた事がバレたのか…」

「そんな事であれ程まで怒るのか?」

「わかんねーよ。あいつ一人でライブを見に来るはずが……」

龍司の声がそこで止まった。何故そこで言葉を止めたのか気になって拓也が龍司の顔を見ると口を開けたまま固まっていた。拓也は最初五十嵐が怒りのあまり暴れ出したのかと本気で思った。しかし、そうではなかった。五十嵐の後ろには今真希がこちらに歩いて来ている。

「そうか…あの部長…真希が路上ライブに行く日は誘ってみたいな事言ってた。」

「…そう…だったな…」

「別に怒ってた訳じゃなかったみたいだな。」

「なんだよ…紛らわしいな…どう見たって怒ってる顔だけどな…」

「てか、龍司。真希が来たぞ…どうする?なあ?どうする?あの曲歌うのか?」

「あ、そう…だな…歌おう…」


     *


姫川真希は拓也と龍司が歌う真ん前で立ち止まった五十嵐の横に並んだ。その後、みなみが遅れて真希の横に並んだ。今、路上ライブを見ているのは真希達3人と西高の制服を着た2人組と中年の男性の6人だ。拓也と龍司は真希が今いる場所に辿り着く前から何かコソコソと2人で話していた。

(こいつら…私が来たのに気付いて何かコソコソと話し始めたな。きっと何か始めようとしてる…)

真希がそう思っていると案の定龍司がマイクを使って話し始めた。

「え〜と。路上ライブの途中ですが皆さんに聴いてほしい曲があります。この曲はある人が路上ライブを見に来てくれたら歌おうと決めて俺が作曲して彼が作詞をした曲です。」

話している間、龍司は真希をずっと見ていた。真希は龍司のその視線を睨み返していた。

「じゃあ…そだな。聴いて下さい。DREAMです。」


■■■■■■■■■■■


「DREAM」

僕らなら必ず叶えられるUh さあ、一緒に手を取り踊り出そうUh

心の声 聞かせてくれ 不安に怯え恐れた声を

つまりは あなたの夢の話 Uh


○ 拳を上げろyeah !oh yeah! oh yeah!

叫び放てyeah !oh yeah! oh yeah!

【超高音】 * これが好きだと 胸はって言えるものを

これだけは誰にも 負けないってものを

あなたはちゃんと 持ってる だから 何をそんなに怯えている?

* 繰り返し

夢は叶う


目的なら必ず叶えられるUh あなたが一緒なら叶えられるUh

強い眼差し閉ざし俯く 黙ってられない見れないダメだ

つまりは 僕らの夢の話 Uh


○ 繰り返し


* 繰り返し ×2


夢は叶うyeah !oh yeah! oh yeah!

夢は叶うyeah !oh yeah! oh yeah!


【低音】

僕らは夢と希望だけ持ってるだけ で、出来るだけ踊り続けたいだけ

それが無計画にあなたに映って不安や恐れを生むんだね

【裏声】

Fu あなたとなら Hai 恐くはないAh あなたとなら Uh 恐くはない 

【女性の声】

どうせ最後はみんな死ぬんでしょう?

それならやる事 決まってくるでしょう?

いつかこの空 高くを舞う 天使に向かってキスを送ろう


* 繰り返し ×2


夢は叶えるyeah !oh yeah! oh yeah!

夢は叶えるyeah !oh yeah! oh yeah!


■■■■■■■■■■■


地声で歌い出した拓也は途中でキーを上げ超高音でサビを歌い出し、後半には低音、裏声、そして、信じられない事に自然な女性の声を出して歌った。真希は拓也のころころと変わる歌声を口を開けて聴いていた。拓也の歌声は何か物足りないと思っていたのに今日の拓也の歌声は圧倒的だった。真希は自分が今呼吸しているのかしていないのかがわからないぐらい拓也の声に圧倒された。横で五十嵐が真希に何か言ったようだが真希にはその五十嵐の声が入って来なかった。今、真希の耳には拓也の歌声以外は何も入って来ない。そして、曲が終わった時、真希は頬を伝う涙に気が付いた。

(そっか…私…こいつらの歌を聴きながら泣いてたんだ…)


     *


橘拓也は必死だった。いつ真希が来ても歌える様に準備をしていたつもりだったが、いざ真希が来て急にDREAMを歌う事になると周りが見えないくらい必死になっていた。歌い終わって真希がいる場所を見ると驚いた事に真希は流れる涙も拭かずにこちらをじっと睨む様に見つめていた。龍司が真希に近寄って話しかけた。

「真希。お前タクの歌声聴いてどう思った?この前みたいに何とも思わなかったか?」

真希はただ顔を横に何度も振って何も答えなかった。龍司は尚も言葉を続ける。

「世界一を目指すギタリストにタクはどう映ったんだよ?」

その言葉で真希は顔を振るのを止めて龍司と拓也を順番に睨む様に見つめた。そして、何故かスカートの左ポケットに手を突っ込こんだ。その真希の態度はとても偉そうに拓也には映った。

「あんた達の夢は…なに?」

真希は2人にそう聞いた。拓也は龍司の横に立って真希の質問に答えた。

「それは前にも答えたと思うけどさ…俺の夢は…バンドを組む事が夢だったから…」

「違う。それはあんた個人の夢でしょ?私が聞いてるのはあんた達のバンドとしての夢を聞いてるの。」

(バンドとしての夢?)

拓也はすぐには答えられなかった。龍司は下を向いた。しばらくの沈黙の末、龍司は下を向いていた顔を上げて真希を見た。

「俺達の夢はプロになる事だっ!」

龍司が大きな声を出してそう叫んだので驚いた拓也は「えーっ!」と大声を出した。相川や太田。それに矢野までが龍司の言葉に「おーっ!」と言って拍手を送った。拓也は龍司の耳元で囁いた。

「プロ?俺達プロを目指すのか?いつ決まったんだよ?」

「今だよっ今!俺の…いや、俺達の夢は今決まった。いいよな?」

「え…あ…べ、別にいいんだけど…あれ?いいのか?」

「よし決定!」

龍司は続いて真希に言った。

「俺達の夢はプロデビューする事に決まった!真希。俺達の夢を叶える為に力になってくんねーか?俺達にはお前のギターが必要なんだ!」

「……」

真希はさっきよりも大粒の涙を流し始めた。それを拭おうとはせずに真希はずっとこちらを見つめていた。そして、ずっとポケットに閉まっていた左手を出した。その手には今タクトが握られていた。

真希は何故かそのタクトを夜空に掲げた。夜空の月とタクトを重ね合わせて見つめている真希のその姿が拓也にはとても神秘的に映った。そして、真希はゆっくりと頷いてから、

「わかった。私も仲間に入れて。」

とタクトを見上げながら言った瞬間真希の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。拓也と龍司は同時に顔を見合わせて真希の言葉に驚いた。

「マジ?」

「真希いいのか?」

真希はタクトを左ポケットにしまってからようやく流れる涙を拭いた。

「私が仲間に入れてって頼んでるの。いいに決ってんでしょ。それとも私がバンドに入ると迷惑なわけ?」

「んなわけあるかーっ!」

「そうそう。大歓迎だよ。てか、元々俺らがバンドに入ってくれって頼んでた訳だし。」

「そう。じゃあ、決定ね。」

真希はそっけなくそう言った。そして、拓也と龍司に近づき、「言っとくけど別にあんた達の曲に感動したから泣いていた訳じゃないからね。」と補足した。龍司はニヤニヤしながら真希に言う。

「なんだよ真希。いいじゃねーかよ。俺らの曲に感動したって素直に言えよ。」

真希は軽く龍司の頭を叩いて、「シバくわよ。」と、とても穏やかに笑いながら言った。


     *


拓也と龍司のバンドに真希が加わった。それが佐倉みなみには自分の事の様に嬉しかった。そして、笑顔で3人に拍手を送っていた。横にいる五十嵐も西高の2人組も中年の男性も同じ様に笑顔で拍手をしていた。

「マイクもう一本ある?」

と真希が言い出して龍司が予備のマイクを真希に手渡した。今から3人で歌い出すのだとみなみは思った。しかし、腕時計を確認すると6時45分になっていた。1曲だけ3人の歌を聴いてからルナに向かおうとみなみは思った。3人は何を歌うのか少し相談してから歌い始めた。

3人の呼吸はバッチリ合っていて初めて3人で歌い始めたとは思えないくらいだった。そして何より3人は本当に楽しそうに歌っていた。2人で歌っていたさっきまで拓也はほぼ棒立ちで歌っていたのに真希が参加したこの曲では真希につられて自然と体を動かすようになっていた。ますます成長していく彼らの姿がみなみには眩しかった。そして、楽しそうに歌う3人を見ていると自分も楽しくなって飛び跳ねながら手を叩いて曲を聴いていた。この曲が終わる頃、みなみが周りを見渡すと沢山の人だかりが出来ていた。

(さっきまで6人しか観客いなかったのに…)

みなみは腕時計を見てさっき腕時計を見た時より針が5分動いている事を確認した。そろそろルナに戻ろうとしたその時、黒縁の眼鏡を掛けた高校生が拓也達の目の前に歩み出た。

(白いカッターシャツに茶色のズボン…あの制服は柴校…)

「タク。龍司。それとヒメ。俺もバンドに加わりたい。」

黒縁眼鏡の柴校の生徒は真希の事をこの時ヒメと呼んでいた。

「マ、ママ、マジかよーっ!いいのかよーっ!大歓迎だよハルっ!」

龍司がそう叫び拓也が嬉しそうに笑った。真希は何故かずっとハルと呼ばれた黒縁眼鏡の人物を見ていた。この続きを見ていたかったが、もうバイトの時間が迫っている為横にいる五十嵐に「私、これからバイトなんでもう行きます。」と伝えてその場を後にした。

「もしかして…俺達バンドメンバー揃ったんじゃねっ?」

龍司はマイク越しにそう言ったのが路上ライブから離れて行くみなみの元にも聞こえた。みなみは一人ニコニコと笑いながら心の中で『おめでとう。』と囁いた。



2014年5月29日(木) 18時55分


橘拓也はまさか今日この場でギタリストとベーシストが揃うなんて想像もしていなかった。拓也は持っていたマイクを口元から離し春人に聞いた。

「ハル本当にバンド入ってくれるのか?」

「ああ。俺も今3人が楽しそうに歌うのを見て仲間に入りたくなったんだ。いいかな?」

「俺は大歓迎だよ。龍司もいいよな?」

龍司もマイクを口元から離して答えた。

「ああもちろんだ。」

「真希は?」

真希はさっきからずっと顔を捻りながら春人を見ていた。

「このインテリ眼鏡は誰?」

真希はマイクを口元に置いたままそう言ったので、周りからは笑い声が聞こえた。

(確かにイタリアの有名ブランドの高級眼鏡掛けてるし、柴校だし頭は良いんだろうけど…インテリ眼鏡って…)

拓也は真希に春人の事を紹介しようとしたのだが、それよりも先に真希は言葉を続けた。今度はちゃんとマイクを口元から離している。

「さっき私の事ヒメって呼んだよね?私の事知ってるの?」

「春人だよ。覚えて…ないか…よくヒメの家に家族で遊びに行ってたんだけど幼稚園とか小学校低学年の頃だったから覚えてなくても無理はないか。俺も中学になるまでヒメの事忘れてたし…」

真希は尚も首を捻ったままだ。その様子を見て龍司が言った。

「ハルは結城総合病院の息子なんだよ。お前あの病院で1日入院してただろ?ちなみにハルはベーシストだ。」

真希は龍司の言葉を聞いて「あっ。」と言った。何かを思い出したらしい。

「そういえば去年1日だけ誰かさんのせいで入院した時…」

そこでわざと真希は言葉を切って龍司を見た。龍司は「悪かったって」と小声で謝っていた。

「院長先生が昔はよく2人の息子を連れて私の家に来てたって言ってた。私は全然覚えてなかったけど、でも確かに幼稚園の頃私の事をヒメって呼んでる子がいた…」

「当時ヒメっていう呼び方をしてたのは俺くらいだったんじゃないかな?ヒメとは幼稚園同じじゃなかったけど、そういう呼び方されたの初めてだって言ってた。」

「私の事ヒメって呼ぶのはあの頃から今まであんた一人よ。そうよ。思い出したわ。あの時の春人だ!」

「おい。橘、リュージ。いつになったらライブ再開すんだよっ。早く次の曲歌わねーとみんな去って行っちまうぞ。」

相川がそう叫んだ。拓也は路上ライブの途中だった事を思い出した。しかも、今日は今まで路上ライブをやった中で一番の人が集まっているというのに4人で普通に会話をしてしまっていた。龍司は「あっ!」と大きな声を出した。

「やべぇ。ハルも歌えるんだよな?マイクの予備1本しか持って来てねぇ。」

「いや、今日は俺、ここで路上ライブ見るだけにするよ。」

春人はそう言ったが話を聞いていた矢野が「俺に任せとけっ!」とヘルメットを持ち上げながら言って去って行った。矢野はマイクを取りに店まで戻ると言っていたのだと拓也は理解した。

「あの人、俺のバイト先の楽器屋の店長な。マイク取りに行ってくれたみたいだ。それまで客としてそこにいといてくれ。マイクが届いたら一緒に歌おう。」

龍司が春人にそう言うと春人は「わかった。」と答えてさっきまで矢野が立っていた場所に移動した。

龍司は路上ライブを見に来てくれた人に聞こえる様にマイク越しに言う。

「すいません。こんなに人が集まってくれたのにお待たせしてしまって。」

龍司は頭を下げた。拓也も真希も龍司が頭を下げたのを見て一緒に頭を下げた。

「俺とこの赤髪のタクっていうんスけど。俺らはバンドメンバーを集める為に路上ライブを始めました。あ。そう。このポスターを見てもらったらわかると思うんスけど、ギタリストとベーシストを探してました。それが、なんと今日ギタリストの真希とベーシストのハルがメンバーに入ってくれて急遽バンド結成する事になりました。俺らもちょっと突然の事でびっくりしてるんスけど…そんな訳で今少し話してました。」

龍司が説明すると何処からともなく「おめでとー。」と大声で言ってくれる声があって笑いが起きた。

「ありがとうございます。」

龍司は照れ臭そうにそう言ってから「俺ら3人で歌ったのは初めてで」と言い出すと周りから「おお〜」とか「へぇ〜」だとか「初めて3人で歌ったなんて信じられない」という驚きの声まで聞こえて拓也は照れ臭そうにした。龍司は話を続けて、

「この後、マイクが届き次第4人で歌うんスけど…それももちろん初めてなんでどうなるかわかりませんが8時まで聴いて行って下さい。」

と言った。そして、最後に「あっ。強制はしません。」と言うとまた少し笑いが起きて何故か拍手まで起きた。


     *


太田進は真希がバンドに入る事に決まった瞬間も急遽3人で歌った曲も春人がバンドに入りたいと言いに来た瞬間もばっちり録画をしていた。拓也達4人が路上ライブ中にも関わらずライブを中断し何か話し出した時、一旦録画を止めると、あいつがギターの姫川真希であの黒縁眼鏡がベースの結城春人な。と横にいる相川が説明してくれた。横に春人がやって来て拓也と龍司と真希の3人が歌い始めると太田はまた録画を始めた。

曲が終わるとさっきまで横にいた中年の男性がヘルメットを被ったままマイクとスピーカーを持って現れマイクを春人に手渡した。春人はマイクを受け取って拓也の横に並んだ。4人でボソボソと少し話してから龍司が話し出した。

「では、マイクも届いたのでこっからは4人で歌います。が、さっきも言いましたがホント4人で歌うのはこれが初めてなので俺達もどうなるかわかりませんが、もし時間が許すのであればこのまま聴いてやって下さい。」

4人は本当に自然と歌い出した。龍司がボイスパーカッションをして春人が楽器同様ベースを担当して拓也と真希がダブルボーカルといった感じだった。彼ら4人はまるでボーカルグループのように綺麗にハモっていた。そして、急遽4人で歌う事になったとは思えない程素晴らしく完成度が高かった。周りからは鼻を啜る音が聞こえて来る。何人かの女性が泣いているのだと太田は思ったその瞬間、横に立っている相川がズズズズーと大きく鼻を鳴らして泣き出して、すげーよ。すげーよ。息ぴったりじゃねーか。と涙声で言っていた。

西高の制服を着た拓也と龍司。そして、栄女の制服を着た真希に柴校の制服の春人。この近辺にある3校の生徒が今路上ライブを一緒にやっている。他ではあまり見かけない光景だ。本来なら唯一の女性でありロングスカートを履いている真希が一番目立つはずなのだが、4人ともそれぞれの個性を持っているからなのか誰か一人が目立っているという印象はなかった。

太田が路上ライブをビデオカメラ越しに見入っていると、あっという間に路上ライブが終わる時間を迎えようとしていた。太田は今いる場所を移動して路上ライブを見に来ている人達の後ろ姿が入るように後ろの方へと移動しながらビデオを回した。今日の路上ライブは大盛況だ。拓也達が4人で歌い出してからこの時間まで路上ライブを聴く人は増え続けて減る事はなかった。沢山の人が今日の路上ライブを聴いているという事がわかる様に太田はビデオを右から左へと映す。最後の曲を歌い終えると龍司が呼吸を整えてから言った。

「今日は本当にありがとうございました。最後にメンバー紹介させて下さい。ちなみに俺達はボーカルグループじゃなくてバンドです。」

観客達のほとんどがボーカルグループが歌っていたのだと思っていたらしく驚きの声を出していた。

「ギター姫川真希。」

真希は一歩前に出て深々とお辞儀をした。沢山の拍手と男性陣からは「真希ちゃーん。」という声も聞こえて真希は楽しそうに笑っていた。

「ベース結城春人。」

春人も一歩前に出て深々とお辞儀をした。「春人ー。」とさっき真希を呼んだ男性の声がして今ここにいる全員が笑った。

「ボーカル橘拓也。」

拓也も真希と春人同様一歩前に出て深々とお辞儀をした。「タクー!」とこれは相川が大声で叫んでいた。拓也は拍手が鳴り止むまで頭を下げ続けていた。

「そしてドラムの神崎龍司でした。皆さん本当にありがとうございましたー。また来週の月曜同じ時間にここで路上ライブやってます。良かったらまた来て下さい。では〜。」

龍司が最後に深々と頭を下げると拓也達もまた深々と頭を下げた。4人は拍手が鳴り響くのが終わるまで頭を下げ続けていた。太田も拍手が鳴り止むまでビデオを回し続けた。



2014年5月29日(木) 20時30分


路路上ライブが終わると今日見に来てくれた人達が次々と拓也達に話し掛け始めた。これから一緒にルナに行こうと誘おうと思っていた相川念はしばらく拓也達から離れて路上に座り込み拓也達の姿を遠目に見ていた。拓也達4人は次々と話し掛けて来る人達の対応をしていた。その場を離れる事がなかなか出来きない感じだ。その様子を太田はビデオカメラを回して撮影している。

(あ〜あ。橘にルナのコーヒー奢ってもらおうと思ってたのによ…どうすっかな〜)

少し人が減ってから矢野が龍司に声を掛けた。

「今日サイコーだったよ。じゃ、龍司。俺帰るわ。また腕が治ったらバイト入ってくれよな。じゃあな。」

「店長助かった。サンキューな。春人が使ったマイクも借りといていいか?」

「ああ。もちろんだ。これからも頑張れよ。」

矢野との会話を終えるとまた一人龍司の元に話し掛ける人が現れた。その様子を見ながら相川はため息をついた。

(今晩こいつらとルナに行くのは無理か…てか、こいつらはバンドを結成したんだ4人で話したい事もあるだろうし、そろそろ帰ろうかな…)

相川が立ち上がり帰ろうとした時、長い髪の栄女の生徒が相川と同じ様に地面に座りながら拓也達の様子を遠目に見ている事に気が付いた。

(あの子は確か姫川と今日一緒に来た子…)

相川はその栄女の生徒の横に近づき声を掛けた。

「こんばんは。あいつらまだ暫く時間が掛かりそうですね。」

黒髪の栄女の生徒は相川の声を無視して眼鏡を外し眼鏡を拭き始めた。

「あの…横いいっすか?」

どうやらこの栄女の生徒は自分に声が掛かられているとは思っていないようだった。相川がもう一度同じ言葉を言うと栄女の生徒はやっと自分に声が掛けられている事に気が付いて眼鏡を掛けながら相川を見上げた。

「あ…私に声を掛けておられてたんですね。」

「…そ、そうっす。」

「あなた最初から路上ライブ見られておられましたよね?橘さんや神崎さんの同級生?」

「あ、はい。俺、西高2年の相川念です。あいつらとは友達で。」

「そうですか。私は真希の先輩にあたります。栄真女学院3年の五十嵐智美です。あ。どうぞ横お座り下さい。」

「あ、え。いいんすか?」

「あなたが横に座ってもいいかを聞いてこられたのでしょ?」

「ま、まあ…そうなんすけど…」

相川は五十嵐の横に座り拓也達を見ていた。

「素晴らしかったです。」

五十嵐も拓也達の方を見ながら言った。

「え?」

「彼らの演奏。本当に素晴らしかった。」

「あ、ああ。」

「でも、ちょっと羨ましかったな。同じ高校生としてあんなに才能がある彼らを見て。」

相川は少しの沈黙の後、俺も…あいつらが羨ましい。と言った。五十嵐が相川の顔を覗き込んで見つめたが相川はその視線を感じながらも五十嵐の方に顔を向けなかった。いや、向く事が出来なかった。

(やべぇ…この人…マジ可愛い。)

相川は五十嵐に恋をした。

「あの…五十嵐さん…いや、五十嵐先輩って呼んだ方がいいんすかね?」

「別に私はあなたの先輩ではないから五十嵐さんでいいわよ。」

「じゃあ、さ、ささ、さとみ…さんとお呼びしてもいいでしょうか?」

真っ赤な顔をしながら笑顔を見せて相川は言ったが、五十嵐は笑顔を見せる事なく、「別に構いませんけど。」と言った。

(冷たい態度…冷めた目……それに何よりこの黒く綺麗な長い髪…さ、最高だ。俺、もろタイプだ)

「さ、智美さんはあいつら…橘とリュージの事は知っておられるのですか?」

「ええ。橘さんと神崎さんとは2度程学校でお会いました。あの柴高の方は存じませんが。」

「学校って…栄女ですよね?」

「ええ。彼ら栄真女学院に侵入して来たんですよ。真希をバンドメンバーに加える為に。彼ら…願いが叶って本当に良かったですね。」」

(あいつら〜!こんな美女と会った事何一つ俺に言わなかったぞ!)

「相川さんは真希やあの黒縁眼鏡の柴校の方ともお知り合いなのですか?」

「あの柴校の生徒は結城春人って言って話した事はありますが姫川さんとはまだ話した事ないです。こっちは一方的に姫川さんの事知ってましたけどね。」

「へぇ。」

「あの神崎龍司や姫川真希は中学の時、ここら辺では結構有名だったんですよ。BAD BOYってバンド聞いた事ないですか?」

「ごめんなさい。知らないです。私、新潟から栄真女学院に入る為にこの街に来たので。」

「ああ。そうだったんですね。新潟。いいっすね〜。」

「相川さん。新潟に来られた事があるのですか?」

「いえ。一度もないんですけど行ってみたいな〜と思って。てか、念って呼び捨てにしてくれていいっすよ。あいつらからは念て呼び捨てで呼ばれてるので。」

「さっき出会ったばかりの方を呼び捨てに呼ぶなんて出来ません。」

「智美さんて見た目通り真面目ですね。」

「よく堅苦しいと言われます。」

「そんな事ないっすよ。」

相川はもう一度、そんな事ないっす。と言って黙り込んだ。そして、意を決して五十嵐に言った。

「あの…智美さん…いきなりで失礼かもしれませんが、か、か、かかかか、彼氏とかおられるのですか?」

五十嵐は目をまん丸と開けて相川を見た。五十嵐と目が合った相川は目をそらしてまた顔を赤くした。

「彼氏?そんなものはいませんが。」

「そ、そそそそ、そうですか。」

と言ってから相川は小声で、それは良かった。と言った。五十嵐は不思議そうな顔をして相川を見た。

「ど、どんな男性がタイプですか?」

「タイプ?そうですね。」

五十嵐は相川をまじまじと見つめてから言った。

「あなたのように太っていなければ…」

相川は自分の事を全否定されたように感じた。そして、それ以上五十嵐に質問をする事が出来なくなり固まってしまった。

(オワタ。このままじゃ俺は…ダメなんだ…)

この日から相川はダイエットをする事を心に決めた。


     *


午後9時。路上ライブが終わって1時間が経った頃、ようやく神崎龍司達は今日見に来てくれた人達との会話を終えた。

「今日めちゃくちゃ人集まったな。」

拓也が嬉しそうに龍司に言った。

「ああ。真希が参加してから急に人が増えた。」

龍司がそう言うと真希は少し照れ臭そうにした。

「私が来たから増えたんじゃなくて、橘が体に動きを入れて歌う様になったから人が立ち止まり始めたのよ。あんた私が参加するまでずっと棒立ちだったよ。前に私が注意したのになんであんた棒立ちで歌うのを止めてなかったのよ。バカじゃないの。」

拓也はしょぼんとしながら、

「動きを付けながら歌う練習はしてたんだけど…やっぱまだ人前で歌うのに恥ずかしさがあって…でも、真希と一緒に歌い始めて真希が歌う姿を見てたら勝手に体が動き初めて。ああ、こうやって歌えばいいんだって凄く勉強になった。ありがとう真希。」

真希は拓也の方を見ながら髪をボサボサと掻いて呆れていた。3人の会話を聞いていた春人が龍司達に言った。

「少し4人で話し合わないか?」

「ああ。そだな。じゃあ、ルナかM Studioかどっちかに行こうぜ。」

「じゃあ、ルナね。まだ閉店まであと1時間あるわ。」

真希がそう言うと拓也は、「オッケー。じゃあ、念と太田も誘おう。」と言って少し離れた所に別々にいた相川と太田を呼んび一緒にルナに行こうと誘った。五十嵐も相川と一緒にいたので真希が五十嵐もルナに誘った。特に相川はこの後ルナに行きたかった様子で凄く喜んでいた。そして、相川は拓也に、ルナに行く時奢ってくれるって前言ってたよな。と何度も聞いていた。

龍司達は7人でルナの店内に入り6人掛けのテーブル席に椅子を一つ足して座った。初めてルナに入った相川や太田。そして、五十嵐は店内を興味深そうに見回していた。龍司は結衣の代わりに7人分の水を勝手に用意しながら結衣に言った。

「すまねぇな突然大勢で来て。実はさっき真希がバンドに入ってくれた。あとあの柴校の制服を着た眼鏡掛けた奴、結城春人っていうんだけどあいつもバンドに入ってくれた。」

結衣はニコニコ嬉しそうに笑って言った。

「龍ちゃんよかったね。龍ちゃんはもう一人じゃないね。」

龍司は「だな。」と笑顔で返答した。龍司が水を7人分丸テーブルに置くと結衣と一緒にバイトに入っていた子が注文をとりにきた。その子の顔を見て龍司は、どっかで会った気がするなと思っていると五十嵐が、「あれ?佐倉さん?バイトってここだったの?」と驚きながらその子に聞いた。

「そうなんですよ。みなみがルナでバイトしてるって私も今日初めて知ったんです。」

真希がみなみのかわりに五十嵐にそう言った。

「さっき少しだけ路上ライブ見てました。4人目のメンバーが揃うところまで。私すっごく感動しました。」

とみなみが龍司達4人に向かって照れ臭そうに告げた。

「サクラちゃん。まるで自分の事みたいに嬉しそうにその様子を結衣に話してくれたんだよ。」

カウンターにいる結衣が言うとみなみは恥ずかしそうに「すみません。つい。」と言ってから気を取り直して全員の注文を聞いてまわると全員がホットコーヒーを注文した。注文を終えた後、春人が全員に向かって言った。

「俺、知らない人もいるから自己紹介をしたいと思うんだけど、いいかな?」

それには結衣が一番に反応した。

「大賛成〜!」

「なんで結衣が言ってんだよっ!お前関係ねぇーだろっ。」

龍司がそう突っ込こむと結衣は楽しそうにベロを出して微笑んだ。真希は店内をぐるりと見てから言う。

「お客さんも私達しかいない事だしルナの結衣ちゃんとみなみも含めて9人で自己紹介しましょう。」

龍司は結衣を見て「結衣なんて関係ねーじゃん。」と言うと結衣は龍司の方を睨みチッ。と皆が聞こえるくらい大きな舌打ちをした。


真希、龍司、拓也、春人、相川、太田、五十嵐、結衣の順番で自己紹介を終えて最後のみなみの番が来た。龍司はここまでの全員は知っていたがみなみの事だけは知らなかった。

みなみは目が大きく可愛らしいのが特徴的で身長は真希より低く結衣より少し高い位なので155cm以上160cm未満くらいだろうかと龍司は思った。髪型は真希より少し長いセミロングなのだろうがこの日は髪を括りポニーテールにしていた。みなみが自己紹介をしようとした時、龍司は言った。

「俺どっかであんたと会った気がするんだよな。」

みなみは照れ臭そうだが笑顔で言った。

「神崎君と橘君とはここでもお会いした事あるし、学校でも会った事ありますよ。」

「あっ。そうだったんだ。学校でも?」

「はい。真希を探してたみたいで…どこにいるのか聞かれました。」

「あ〜っ!あの時のっ!」

と拓也は言ったが龍司は全然ピンと来なかった。

「最初栄女に侵入した時、声を掛けた子だ!真希は音楽室にいるかもって教えてくれた子だよ龍司!」

拓也がそう興奮しながら言ってやっと龍司も思い出した。

「あー!あの時の可愛かった子だ!LINEぐらい聞いとけば良かったなってタク後悔してたよなっ!」

拓也は龍司の言葉に動揺しながら言った。

「そ、そそそそ、それは龍司が言ったんだろっ!」

「そうだっけ?」

拓也がみなみの顔を見るとみなみは本当に恥ずかしそうに顔を真っ赤にして下を向いていた。

「あんた達のせいでみなみが自己紹介しにくくなったでしょ!みなみ?簡単でいいから自己紹介してくれる?」

みなみは照れ臭そうに顔を上げて、「え?あっ、わかった。」と答えて自己紹介を始めた。

「栄真女学院2年。佐倉みなみです。趣味は写真を撮る事です。」

簡単な自己紹介だった。だけど、この時のみなみは全員に自分の事を言っているとは龍司には思えなかった。というのもみなみは短い自己紹介の間ずっと拓也の方を見つめて話していたからだ。その様子に真希も気が付いていた様で龍司の方を見てにこりと笑って頷いた。

「みなみ。今日カメラ持ってる?」

「うん。持ってるけど。」

「じゃあ、今からみんなで写真撮ろうよ。」



2014年5月29日(木) 22時00分



全員で集合写真を撮り終わった後、結衣はコーヒーを全員に出した。もう閉店時間を過ぎていたが結衣は、「今日はバンド結成祝いという事でまだ店開ける事にする。」と言った。

「よーし。じゃあ、みんな手にカップを持て。」

龍司は立ち上がり自分のカップを手に持ってそう言うと皆訳がわからないといった顔をしながらも手にカップを持った。

「俺らのバンドに3人目と4人目のメンバーが入りバンド結成する事が出来た。それを祝してかんぱぁ〜いっ!」

「ちょっと待って。」

真希が龍司の言葉にストップをかけた。

「なんだよ真希。止めんなよ。」

真希は左ポケットに手を入れて何かを考え始めた。

(真希の左ポケットには今指揮者が持つタクトが入っている。それを真希は今ポケットの中で握っているのだろう。しかし、どうして真希はタクトなんか持ち歩いているんだ?)

橘拓也がそう思っていると真希はポケットから手を出して言った。

「せっかくバンド結成したと思ったところ悪いんだけど、あと一人バンドに誘ってみたいピアニストがいるの。いいかな?」

「いいも悪いもそのピアニストって誰だよ?」

「春人なら知ってるかな?柴校3年の長谷川雪乃。」

「知ってる。あの人を誘えるのか?」

龍司は一人立ったまま春人に聞いた。

「だからそいつは誰なんだよ?」

「天才ピアニストって言われてる人だ。学校でももちろん有名人だけど…」

「マジかよ。そんな有名なピアニストがいんのかよ…」

「だけど、いつも一人でいて誰かとつるんでいるイメージはないな…まあ、学年も1コ上だし詳しくは知らないんだけど。でも、なんとなく誰かと一緒にバンドを組むような人ではなさそうだけど…」

「バンドに入ってくれるかは私もわからない。だけど私は雪乃を誘ってみたいと思ったの。今年の12月に行われる柴咲交響楽団とのコンサートのポスターがよくお店とかに貼られてるから誰か見た事ない?そこに雪乃の写真が大きく載ってるんだけど。」

拓也は何度か見た覚えのあるA3サイズのポスターを思い浮かべた。オーケストラのコンサートのポスターでたくさんの楽団員が演奏をしている写真があった。そして、その写真とは別に柴校の茶色い制服を着た女性が大きく一人で写っていた。そこには確か今話題の現役女子高生ピアニストと感動の共演をと書かれていた。

「あ!俺、知ってるっ!そのポスター何度か見た覚えがある!確かブラーの階段にも貼られてた。そうか。あのポスター去年のだと思ってたけど、今年の12月のコンサートのポスターだったのか…でも、それにしてはポスターを貼るの早すぎる気はするけど。」

「去年も雪乃と柴咲交響楽団と合唱団の合同コンサートがあって好評だったからね。今年も開催される事になって力を入れてるんじゃない?だから、半年以上も先のポスターを作って宣伝してるじゃないかな。」

「で、ヒメはその雪乃さんにバンドメンバーに入ってほしいと?」

「バンドに入ってくれるかわからないけど雪乃がバンドに入ってくれれば私達はプロに近づけると思う。」

「プロ??」

と意外にも結衣が驚いた声を出した。春人も小さな声で「プロ?」と囁いて龍司の顔を見ていた。龍司は結衣を無視して春人に向かって言った。

「真希がバンドに入る直前に決めたんだけど俺らのバンドの夢はプロになる事になったんだわ。」

「プロか。わかった。」

春人は拓也が思っていた以上にプロを目指す事を簡単に受け入れたので拓也は椅子からズレ落ちそうになった。

「とにかくその雪乃って人の話は今は一旦置いておこう。コーヒーが冷めちまった。それに…俺がカップを持てって言ったせいで真希以外は全員手にカップを持ったまんまなんだよ。」

「あ、ごめん。みんなカップ置いてくれてよかったのに…」

「とりあえず、乾杯しよーぜ。」

龍司がそう言ったので拓也達はカップを持ったまま立ち上がった。龍司は軽くゴホンっ。ゴホンっ。とわざとらしく咳をしてから、「それでは皆様」と言った時、「じゃあ、かんぱーいっ!」とカウンターの中にいる結衣がカップを持ち上げて言った。龍司以外の全員が結衣に続き「カンパーイ!」と言ってコーヒーを飲んだ。龍司一人が、「おい待てよ。仕切り直させろよ。俺が乾杯するつもりだったのに何結衣勝手に言ってんだよっ!」と騒いでいたが、相川と太田と五十嵐が「おめでとー!」と次々に言って龍司の声をかき消していた。結衣とみなみもカウンターの中から出て来てわざわざ拓也達に「おめでとー。」と言いながらカップ同士を当てて祝ってくれた。龍司は気を取り直して、

「これから路上ライブはどうする?メンバー募集も兼ねて俺ら路上ライブやってたんだけど、メンバーも揃ったし、雪乃って人が参加するしないは別に本格的にライブハウスでライブ始めっか?」

と言うと真希は龍司の頭を叩きながら言った。

「あんたバカじゃないの。さっきライブが終わる時に来週の月曜同じ時間にここで路上ライブやってますって言ったでしょ!それにあんたの腕が治らない限りライブハウスで演奏なんて出来ないでしょっ!しばらくはこのまま路上ライブを続けるに決まってんでしょっ!」

龍司は真希に叩かれた頭を抱えながら言う。

「あっ。そっか。俺ドラム叩けねーんだった。」

「骨折れてる事も忘れるなんて相当なバカね。」

と真希は龍司にさげすんだ眼差しを向けて言っていた。

「じゃあ、俺が代わりにドラムやってやろうか?」

「あんた。相川だっけ?ドラム出来るの?」

「おいおいおいおい。姫川さんよ。俺さっき自己紹介の時言ったよな?すぐ解散になったけどBAD BOYのドラムやってたんだぜって。」

「そうだっけ?じゃあ、龍司は脱退で相川がドラムでいいんじゃない?それならすぐライブハウスで演奏出来るし。」

真希が真剣な顔をしてそう言ったものだから龍司は、

「ふざけんなよっ!念!お前ドラムヘタだろ!真希さん勘弁して下さい。」

と焦っていた。拓也も春人もその様子を見ながら笑っていたが、また真希が左ポケットに手を突っ込む仕草が目に入った。真希の左ポケットには何故かタクトが入っている。どうしてポケットにタクトが入っているのか気になった拓也は唐突に真希に質問した。

「なあ?真希?さっきからその左ポケットに入れてるのが俺気になってたんだけど一体何なんだ?」

真希は「え?」と驚いた顔を見せた。

「タクトだっけ?指揮者が持つ。それ持ってたよな?」

「そう言えばさっき路上ライブでバンドメンバーに誘ってる時、棒持って眺めてたな。」

と龍司も言った。真希ははっとした顔を見せて、「あ、ごめん。無意識にタクト触ってたんだ私。」と言って折れて短くなっているタクトを左ポケットから取り出した。

「お前…無意識にそれ持って眺めてたのか?」

「そうみたいだね。自分でもびっくり。」

真希はそう言って何故タクトを持っているのかを話し出した。

真希には子供の頃から大好きだった指揮者がいておじいちゃん指揮者と呼んでいた事。その人が今年に入ってからずっと入院をしていた事。そして、今日、お葬式だった事。形見としてタクトを貰った事を真希は少し泣きそうになりながら話してくれた。そして、話の最後に、

「だから、今日泣いてたのは橘の声に感動して泣いてたわけじゃないからね。」

と言って話を終わらせた。ルナの店内が静まり返った。真希は場の空気を悪くしてしまったと思ったらしくて席を外してトイレに向かった。真希がトイレから戻って来るまで誰一人として会話をしなかった。真希が戻って来るまでに何か違う話題で盛り上がっておけば真希も今自然にその話題に入って来れたのにと拓也は後悔したが真希はもう既に席に着いていたのでそう思った時には遅かった。重たい空気が流れる中、太田がぼそりと言った。

「でも、楽しみだな。ライブ。」

続いて結衣とみなみも、

「ホント楽しみ。結衣ぜ〜ったい初ライブ見に行く。」

「私も初ライブ見に行きたい。」

と言ってくれた。それによって明るい空気が流れ始めた。真希は嬉しそうに、「太田君。結衣。みなみ。ありがとう。」と礼を述べた後、

「そうだ。ここにいる全員それぞれLINE交換しときましょ。」

と言った。龍司も「おお!それ大賛成!」と言って積極的に IDの交換を始めた。 IDの交換は龍司が一番面倒だとか言って嫌がりそうだと拓也は思っていたので龍司のこの反応は意外だった。きっと真希を思っての行動なのだろう。

龍司と結衣がLINEの交換をしているのを横目で見ながら拓也はニヤニヤして心の中で『結衣ちゃん良かったね。』と呟いていた。

「あの。橘君。私も交換して大丈夫ですか?」

みなみが拓也にそう言って来た。

「ああ。もちろん。ヨロシクです。」

拓也はみなみとLINEの交換をした。その様子を何故か今度は龍司がニヤニヤした顔でこちらを見ていた。



2014年6月1日(日) 23時00分


間宮トオルは拓也から真希と春人がバンドメンバーに入ったと3日前にLINEで知った。間宮はなんとなく真希は拓也達のバンドに入るんじゃないだろうかと予想はしていたが春人に関してはバンドに加入する事はないかもしれないと思っていた。バイトが終わり着替えを済ませた拓也と相川が店に戻って来た。

「今日もよろしくお願いします。」

「ああ。ところで、真希と春人も今日来るのか?」

「はいっ!毎週日曜はブラーで練習って伝えてあるんですけど、真希は本当に迷惑じゃないのかって心配してました。」

「フン。迷惑なわけがない。」

間宮が笑顔でそう答えた後、拓也と間宮の会話が終わるのを待っていたように相川が拓也に言った。

「LINEグループ作ったんだよな?それで連絡取り合ってるんだよな?お前ら4人だけで。俺を除け者にして。」

「除け者にはしてないけど…一応バンドメンバーだけで連絡取り合いたいって真希が言うから…」

「俺も日曜付き合うんだしバンドメンバーみたいな感じだよな?」

「ま、まあ…でも、念は本当に毎週付き合ってくれなくていいから。」

「なんだよ。橘まで俺を除け者にすんのかよ…」

相川がすね始めたところで入口のドアが開き龍司と真希が一緒に入って来た。

「おっすー。今日もよろしくっス〜。」

真希は真っ先にトオルに近寄って、

「本当にここ毎週使わせてもらっていいんですか?龍司達が無理言ってるんじゃ…」

「気にすんな真希。月曜は店開けてないから日曜のこの時間なら勝手に使ってくれていい。じゃあ、俺帰るから。拓也。戸締まりヨロシクな。」

「え?トオルさん帰るんですか?」

「ああ。もう俺は必要ないだろ?ちゃんとバンドのギタリストがメンバーに入ったんだ。」

「あ、ああ…そっか…そうなるのか…」

「橘なに残念そうな顔してんのよ。毎週トオルさんに付き合ってもらうのは悪いわよ。」

「そ、そうだな。そうだよな。」

「じゃ、そういう事で。」

間宮は軽くそう言って店を出た。


     *


間宮トオルがブラーの短い階段を上り終えると、「あれ?トオルさん帰られるんですか?」と春人の声が少し離れた所から聞こえた。間宮は声のする方に体を向けて春人が近づいて来るのを待った。

「ああ。真希が加入したからな。」

「俺もタク達のバンドに入る事にしました。」

「ああ。驚いたよ。」

少しの沈黙の後、間宮は言った。

「…よく…前に踏み出したな。」

春人は少し俯いて、

「……はい。」

と答えた。間宮は春人の肩に右手を置き静かに言う。

「あの2人もお前が前に進んだ事をきっと喜んでくれるさ。」

春人は俯いたまま泣き出しそうな声で「…はい。」と答えた。間宮は春人の後ろに回り込み両手を肩に置いてマッサージしながら言った。

「今月のライブでお前のソロ活動は終わりにするのか?」

「あ、出来ればそれキャンセルにしようかと思ってて。」

間宮は春人の肩をポンポンと2回両手で軽く叩いた。

「お前の最後のライブを拓也達3人に見せてやれよ。真希は見た事ないんだろう?」

「……。」

「よしっ!そうしよう。今月のライブもヨロシクな。」

「え?あ、はい。」

「じゃあな。」

間宮は一人夜空を見上げながら帰り道を歩いた。そして、拓也達が今路上ライブを行っているバスロータリーに辿り着いた時、歩を止めてその場所を眺めた。気が付けば間宮は過去の記憶を辿っていた。

(俺達も昔ここで路上ライブをやってたんだよなぁ)


間宮と吉田は週5日路上ライブを行っていた。2人ともボーカルではなかったが楽器を使わずアカペラで歌っていた。目的はバンドメンバーを見つける為だった。週5日路上ライブを行っても人が立ち止まってくれる様子は全くなかった。

「俺ら2人ともボーカルじゃないのに歌って人が立ち止まってくれるわけねーよな。」

吉田はライブが終わるといつもそう言っていた。

そんな日々が続く中、吉田と2人路上ライブまでの時間を潰そうとルナに入った。そこで間宮はひかりと出会った。ひかりはルナでバイトをしていたが、この日はバイトが休みで母親と一緒に買い物をした帰りにルナに寄ったのだと同じバイト仲間の子と話をしていたのを間宮は聞き、仲の良い親子でいいなと思った事を覚えている。


後からひかりに聞いた話だが、吉田と2人でルナに寄った時、ひかりはひかりで間宮と吉田が話す内容を聞いていたそうだ。「バンドメンバーを集める為に路上ライブをやっているけどバンドメンバーどころか人も集まらない。」そんな事を間宮と吉田は店内で話していたらしい。そこで同じくバンドメンバーを探していた兄の相沢裕紀と奥田海に連絡を入れ今晩路上ライブを見に行くように伝えたという。なぜ俺達の会話を聞いていたのか?そして、裕紀や奥田になぜ連絡を入れてくれたのかと疑問に思った間宮はひかりに質問をした。するとひかりは「お兄ちゃんと海君もバンドメンバー探してたしね。それにその頃、私…吉田さんの事が好きだったの。」と言った。間宮はその言葉を聞いて大変動揺した事を覚えている。そして、ひかりはこう付け足した。「2人がルナにやって来る前から私は2人を知っていた。」と。詳しく話しを聞くとひかりは春に吉田が河川敷で女性の声を出して歌っていた時、少し離れた場所にいて間宮と吉田を見ていたのだった。その時の写真を間宮に手渡しながら、「あの時、吉田さんが女性の声を出して歌う姿がなんか神秘的に見えたのよ。そのせいもあってか最初は私、吉田さんの事が好きだったの。」と、はにかみながらそう言ったひかりに間宮はまた動揺した。


     *


間宮が店を出た後、ウッドベースを重たそうに運びながら春人が店に入って来た。背中にはベースケースも背負っていてとても重たそうだ。

「ハル。お疲れ。今、トオルさん店出た所だけど会った?」

橘拓也が春人に聞いた。

「ああ。店の前でちょうど会ったよ。」

続けて龍司が春人に質問をした。

「ハル。お前今日はウッドベースだけじゃなくエレキベースも持って来てくれたのか?」

春人はウッドベースを重たそうにステージに運びながら背中に背負っていたベースケースを置いて答えた。

「ウッドベースは必要ないとは思ったんだけど初めての練習だし、一応両方持って来る事にしたんだ。」

拓也は春人のウッドベースが入っているケースを見た。前に見た時と同様春人のベースケースには

トラとリスとウサギのキーホルダーが3つ付いている。そして、春人がライブで歌ったオリジナル曲のタイトルもトラとリスとウサギだった。その事を思い出すと拓也は春人にそのキーホルダーと曲がどうして一緒なのかが気になった。しかし、ちょうどその時相川が、「よしっ!時間ももったいねーから早速練習しよーぜ。」と言い出したのだが拓也はその言葉を遮る形で春人に質問した。

「なあハル?そのキーホルダーって何?」

春人はきょとんとした顔をして「キーホルダー?」と拓也に聞き返した。拓也はベースケースに付けられたキーホルダーを指差しながら聞いた。

「そのトラとリスとウサギのキーホルダー。」

「ああ。これか…どうして?」

「いや、なんか春人のイメージとは合わない気がして気になったんだ。それにこの前歌ったハルが作った曲のタイトルもトラとリスとウサギだったし。」

ギターを抱えた真希が拓也の側に寄って来て春人のキーホルダーを手に取って見つめ裏側に名前が書かれているのに気が付いた。

「まるおかかえで。かんだたかし。ゆうき…はると…。なにコレ?小学生が書いた文字?」

「いや、幼稚園の時に作ったキーホルダー。幼なじみでさ。3人でそれぞれ3つづつ作って分け合ったんだよ。」

「なに?まさか幼稚園の時からずっとどこかに付けてるわけ?」

「いや…付け出したのは中学の時からかな。ちょうどバンドを始めた頃だった。」

龍司も真希の後ろからキーホルダーを覗き込んだ。

「バンド?ハルお前一人でライブやってたよな?バンド組んでた時期あったわけ?」

「中一の頃から中三の中頃まではバンドをしてたんだ。」

「なんだよ。バンド辞めたのにそのキーホルダーを今でも付けてるって事はまだそのバンドに未練があんのか?」

「バンドはまだ辞めてないんだ…」

「おいおいおいおい。マジかよ。」

「龍司。別にバンドを掛け持ちするのはいけない事じゃないでしょ。でも、春人。私達はこれからプロを目指すの。中途半端にバンドを掛け持ちしてほしくないっていう気持ちはわかってほしい。」

「わかってるよ。」

「でも、さっき中三の中頃まではバンドをしてたんだって過去系で言ったのにバンドは辞めてないってどういう事なの?」

「そのバンドはもう活動はしてないんだ。だけど、解散もしていない。だから俺はタク達とバンドをもう一度始めたいと思ったんだ。」

龍司は椅子に座りタバコに火をつけた。

「バンド活動してねーのにそのキーホルダーを大切にしてるってのはなんでなんだ?幼なじみと一緒に作った物だから大切にしてるってだけじゃねーんだろ?それにタクが聴いたっていう曲のタイトルにキーホルダーのイラストの名前を使ったってのはそのキーホルダー…いや、その解散していないバンドに何かあったわけか?」

「……」

スティックを持った相川が腰を左右に大きく捻ってから言った。

「なあ?もういいだろ?練習始めようぜ。」

真希はギターを置いて相川を睨んでから拓也達に言った。

「ちゃんと春人から話を聞く必要がありそうね。今日の練習はなしでもいいよね?」

真希は拓也と龍司を順に見つめた。拓也も龍司も声には出さす頷いた。少し離れている相川は練習が出来ない事が不満そうで大きなため息をついた。真希はまた相川を睨みつけた。

「俺もちゃんとバンドを始めるならみんなに話を聞いてもらった方がいいと思ってたんだ。」

春人はそう言って自分の過去を話し始めた。


     *


間宮トオルは昔自分達が路上ライブを行っていた場所に立ち、昔見た景色を頭の中に映し出していた。

(あの日。ひかりから連絡を受けた相沢と奥田はその日のうちに俺と吉田がやっている路上ライブを見に来た。そして、その場で俺達4人はバンドを結成した。)


『お前ら高校生?』

『はい。俺は吉田っていいます。高3です。で、こいつが間宮。高2です。』

『俺、相沢。こっちが奥田。どっちも20歳。2人ともボーカルなわけ?』

『いえ、俺がベースでこいつがギターです。』

『マジ?俺らギタリストとベーシストちょうど探してたんだよ。俺がボーカルで奥田がドラム。ここで出会ったのも何かの縁だろうし俺ら4人でバンド組まね?』


(ほとんどノリだった。年の差もあるから気を使う様ならバンドなんて辞めてくれていいからと裕紀はよく言っていた。おかげで俺は一番年下にも関わらず裕紀や奥田にタメ口で友達感覚で話をする事が出来た。)

間宮は夜空を見上げた。

(懐かしいな…この感じ…)

そして、夜空を見上げたまま目を閉じた。

(サザンクロスがバンドを結成した場所…まさか、拓也達もここでバンドを結成するとはな…俺達と拓也達には数々の偶然の一致がある。まるで拓也達は俺達の運命を辿っているかのようにさえ思えてくる。これは何かの運命なのか?それとも奇跡なのか?それともただの偶然なのか?もし意味があるというのならば、それは一体どんな意味があるのだろう?)

間宮はパッと目を開けて夜空を見上げるのをやめ顔を横に振った。

(いや、意味なんてあるはずがない。ただの偶然だ。これがもし偶然ではなく何かしらの力によって俺達の運命を拓也達が辿っているのだとしたら…拓也達の結末は最悪な事になってしまうじゃないか…)



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今、想う


5月18日


今日はお母さんと一緒に買い物をした。帰りにお母さんはあなたがバイトをしている喫茶店に寄ってみたいと言うから私は悩んだ末、ルナに仕方なくお母さんを連れて行った。店に入るとゆいちゃんがバイトに入っていた。ゆいちゃんの事は何度もお母さんに話していたのでお母さんはいつも娘がお世話になっていますと言っていた。

ゆいちゃんは私とお母さんが一緒に買い物をしていた事を聞いて本当に羨ましそうに「いいなぁ。」と言っていた。ゆいちゃんには両親がいない。子供の頃、ゆいちゃんのお父さんとお母さんは交通事故にあって亡くなった。だからゆいちゃんは今、母方の祖父の家で暮らしている。その事をゆいちゃんから直接聞いていたから私はお母さんをルナに連れて行くか悩んだ末、仕方なく連れて行ったのだ。

お母さんにはこの事を話していなかったから仕方なかったんだけど、あんまりゆいちゃんの前でお母さんと仲良くする姿は見せたくなかったんだ。

しばらくするとゆいちゃんの友達がお店に入って来た。その子は赤髪の彼と金髪の人がバンドを結成したあの日のライブを一緒に見に行った子の一人だった。ゆいちゃんの友達は今日一人であのライブハウスに行くと言っていた。私はまだ一人でライブハウスに行く勇気はない。あのライブハウスに行けば赤髪の彼に会えるというのに…

そろそろ帰ろうかとお母さんが言った時、4人掛けのテーブル席でもの凄く大きな音が鳴り響いた。

私もお母さんもゆいちゃんもその友達も一斉に4人掛けのテーブル席を見た。

驚いた事にそこには、あの赤髪の人がいた。金髪の人もテーブル席で寝ている。

私はこの2人がそこにいた事に気が付いていなかったので本当に驚いた。

そして、彼らの様子を遠目で見ているととても急いでいる様子だった。

多分…少しだけ眠ろうとして深い眠りについてしまったのだろう。だから、急いで起きてテーブルに足でも当ててしまってさっき大きな音を出したのだろう。そう想像して私は心の中でクスクスと笑っていた。

見た目は凄くクールそうなのに、どうやら全然クールじゃなさそうだね。

2人は急いで店を出て行った。

ああ。また私は彼を見つめる事しか出来なかったな。



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