入学式と編入生④
「失礼しました……」
俺は、幸仁の野郎が借りた視聴覚室の鍵を返却しに第1校舎の職員室まで来ていた。
というか、何故俺が返す羽目に。
第1校舎は中等部が学園生活で利用している場所で、俺が一昨年まで通っていた少し馴染み深い場所である。
だが、俺はこの場所があまり好きではない。
「おい、ちょっと待てくれ……」
やっぱりか……。
「……零斗。お前、どうしたんだ?高校に進学してからというもの、調子が芳しくないようじゃないか。中学の時はあんなにも真面目だっただろ?一体なにがあった……」
(こういうことになるから嫌だったんだ……)
1学年の頃に担任を務めていた、山橋健一郎という男性教師に引き止められた。
見た目の割にかなり若く、今年で29歳。
みんなからも慕われていて、顔も悪くない、なかなかの教師である。
きっと昔の俺と今の俺を比較したうえで、その落ちぶれた様を怪訝に思っているのだろう。
「い、いやー。先生……、そんなに落ち込んでいるように見えますかね?僕は全然、今でも自分のことを真面目な男子生徒だと思ってますよ……?」
事情を聞かれることは、予想がついたはずだったが特に言い訳を考えていなかったため、声が上擦ってしまった。
そんな様子を先生は椅子に座りながら、静かに見守る。
頼むからその悲しいものを見るような表情だけはやめてくれ。
「あのな……、真面目な生徒は毎日のように遅刻しないんだよ」
「…………すみません」
別に毎日、遅刻しているわけではないのだが、話が長引きそうだったので便宜上、謝罪をすることにした。
きっと毎日遅刻をするくらいの努力をしなきゃ、個人成績をあそこまで落とせないと判断したのだろう。
「……はぁ、悩みがあるなら、俺にでも相談してくれ。できることなら、なんでもサポートはするつもりだ」
「はは、その言葉かっこいいですね。人生で一度でも良いから『俺にでも相談してくれ』なんて言ってみたいものですよ……」
「おい……」
茶化すな、と俺を睨む山橋。
俺も流石に今のは、少しやり過ぎたと心の中で反省をする。
「そういえば、お前。今、個人費用の合計はどれくらいだ?」
唐突に、山橋から個人費用というちょっとディープワードが飛び出した。
「毎月合計500円ですけど……それがなにか?」
自慢じゃないが、この数値は学年で圧倒的トップを直走っているだろう。
もちろん、けつからだが。
まぁ、だからといって他の才能を伸ばそうと必死な生徒と違い、俺はなにをするわけでもないから困りはしないんだが。
「いや、俺の言い方が悪かったな……」
「……?」
どこか言い出しにくい雰囲気を出しながら、山橋は自分の頭の裏をかく。
「あー、中等部の頃のも合わせた、個人費用はいくらだ?」
「…………ああ」
中学の時、並外れた才能を持っていた俺は、将来を有望視をされていた。
だからといってはなんだが、中学の頃に得た個人費用は、10歳そこらの子供が持つにはあまりに莫大な額だった。
まぁ、高校にあがるにあたって月別個人費用は、スタート地点の50000に戻り、今では最底辺なのだが。
「まぁ、別に、言いたくないなら言わなくてもいい……ただ、気になることがあるんだ」
「気になること……」
少し、嫌な予感がした。
「この秀恵学園には、2つの学科があるのは知ってるよな?」
「一応は……」
2つというと、併設学科と秀選学科のことを言っているのだろう。
併設学科とは、才能を持たない一般の生徒たちが通う普通かのことを指し、秀選学科とは、今俺たちがいる才能を持つものたちの集まる学科のことを指す。
ただ、学園内に併設学科の校舎はない。
彼らの学舎はこことは別の場所にあるのに加え、寮もないから、毎日学校に通うために公共交通機関を利用している。
これが、他の学園にはない最も大きな至上主義だろう。
「……今、その学科を3つに増やそうという計画が上の方で持ち上がっている」
「っ……」
3つ目の学科というのに、少し心当たりがあった。
「呼称を最秀学科といい、才能を持つものたちの中でもさらに特出した中高生を対象に生徒を募るそうだ……」
「……へぇ、それはいい響きですね」
「真面目に聞け」
そう言う山橋先生の表情はさっきより少し強張っていてその顔からことの深刻さが伝わってくる。
「そこでな、俺は零斗。お前が中学3年の年にその学科の第一期実験生として、選出されていたのではないかと睨んでいる……」
「……っ」
「実のところ、どうなんだ?」
俺はしばらく沈黙し、どう答えるべきかを悩んだ。
そして、
「なに言ってるんですか、山橋先生。そんなわけないじゃないですか……。そもそも、最秀学科なんて今日初めて聞きましたし……」
ーー俺は嘘をついた。
実際は、山橋のいうことは本当だ。
確かに俺は中3の時そこで実験生をしていた。
ただ、それは別に隠すようなことでもない。
だったら、どうして言わなかったのか。
それは面倒ごとに巻き込まれたくない、なんていう単純な理由からだ。
「……ああ。そうか……、そうだよな。そんなはずないよな」
しかし、山橋は自分に何かを言い聞かせるようにしながら、何かを納得したようだった。
「んじゃあ、俺はこのあたりで……」
「おぉ、引き止めて悪かったな……。零斗、たまにはこっちにも顔出せよ?篠崎先生もお前に会いたがってたぞ?」
「そうですか。篠崎先生にあったら、よろしく言っといてください……」
というか、最後の最後に新キャラ出すなよ。
一応説明すると、篠崎由美子は2年の時の担任である。
まぁ彼女とは、あまり接点はなかったようにも思うけど。
俺はガラガラと、職員室のドアを閉める。
いらない情報かもしれないが、校舎の扉は全てスライド式だ。
だから効果音は『ガチャ』ではなく『ガラガラ』だ。
「……はぁ」
屋外へ出るとまたしてもため息をついてしまった。
別に、気がかりなことがあるわけではない。
ただ単純に、今日一日が疲れたというだけだ。
長期休み明けだからなのだろうか。
いや、それだけじゃない。
明らかに今日は、いろいろあり過ぎた。
「早く帰って寝るか……」
しかし、俺のそんな長い一日はまだ終わらい。
「……」
「……あっ」
またしても遭遇してしまった……。
「あはは、さっきぶりだね……」
彼女、椎菜夜宵という一女子生徒に。
入学式と編入生④を読んでいただき、ありがとうございました。
この話で主人公がただの捻くれキャラじゃないことを知って、ショックを受ける人もいるとは思いますが、これからも読んでいただけると幸いです。