入学式と編入生③
状況が理解できない俺は、一度椎菜と距離を置くために、広場のど真ん中に位置する(いつもならこの時間リア充のたまり場になっているであろう)噴水近くのベンチに腰をかけることにした。
「2018年の12月28日。何があったか覚えないかな?」
前置きとかそういうのを飛ばし、いきなり本題に入るらしい。
まぁ、俺もそっちの方が直接的でいいが。
「12月28日……」
ただ、西暦何年の何日に何をしていたか、なんて言われても普通なら思い出すことなんてできないだろうが、俺はその日付に、少し心当たりがあった。
なぜなら、その日は他ならぬ、七瀬瑠奈が火葬される日だったから。
まぁ、年に一度この街で開かれる新年祭の記念すべき第一日目でもあるが、わざわざ2018年と特定しているため、除外してもいいだろう。
「私はね、その日、あなたに助けてもらったの……」
「……何を言って」
「覚えていなくてもいいの……、ただ私はあの時、あなたと会ってとても救われた……、ただそれだけだから……」
言っている意味が分からない。だって、俺はあの日、一日中家にいて誰とも会ってな、
『泣くなら他の場所で泣いてくれ、ひとんちの前でうずくまられても困るんだ……』
『……別に泣いてない』
『そうかい……』
いや。確かに俺はあの日、外出をしていた。
だが、こんな髪の毛が白色で一度見たら忘れないであろう美少女に、会った記憶なんてない。
はずだ。
考えられる可能性としては、彼女の髪が黒かったことや、フードか帽子などの防寒具を頭にかぶっていた、
なんてことくらいだけど。
「……一応聞いておくが、あの日フード付きの洋服でその白い髪を隠していなかったか?」
「そうだね……、うん。確かに母に買ってもらった黒いダウンジャケットのフードをかぶっていたと思うけど……」
「黒いダウンジャケット……」
やっぱりか。ということは、あの時の女の子がこの椎菜夜宵だったのだろうか。
正直言うと俺は、瑠奈がいなくなったあの日からしばらくのこと自体をあまり思い出せていない。
でも、なぜかその時にあった少女のことは今でも鮮明に憶えている。
理由はわからない。
俺の家の前で体育座りをする形で丸くなっていた、その子の声や雰囲気から、当時の俺と同じような、おぼつかなさを感じたからだろうか。
「そういえば、椎菜はあの日……」
「あっ……!!」
なんで落ち込んでいたの。
なんていう、いかにもな質問を投げかけようとした時だった。
彼女は突然、立ち上がり俺の方を向き直すと、両の手のひらを重ね合わせた。
「……?」
「ごめん、ちょっとだけ席外すね……、『学園に着いたら電話しろ』ってヒロちゃんから言われてたのすっかり忘れちゃってたの……」
「あ、ああ……俺は全然問題ない」
「ありがとっ……!」
そう言って彼女は、携帯電話を片手に木の陰に隠れるようにポジションを構え、ヒロちゃん?という人と通話を始める。
別に、ここで電話してもよかったんじゃないか。
心の中でそんなことを考える。
いや、この言い方だと俺が彼女ともっと一緒にいたいと思われかねないから釘を打とう、俺は別に彼女と一緒に居たいないなんて雀の涙ほどにも思っていない。
もしこの場に瑠奈がいたら『なに躍起になってるんですか?』なんて言われそうだが、
明言しよう。
別に躍起になってない。
本当だ。
五分くらいだろうか。
そんなどうでもいい思案を一人でしていると、電話を終えた彼女が戻ってきた。
「あはは……、怒られちゃった……」
彼女の口調は笑いながらも少しシリアス調だった。
「怒られた……?」
「そう、学校から電話があったんだって。面談の時間になっても姿が見えない、って」
「……ちなみに聞くが、何時に待ち合わせたんだ?」
彼女は腕を下ろしたまま右手で小さくピースを作ってみせる。
「2時間前……」
「…………ぷふっ」
そんな、彼女のしおらしい態度と少し赤みがかった頬を見てつい、ふきだしてしまった。
「えぇ、なんで笑ってるの?!」
「ああ、いや、悪気はなかった。ただ、少し面白おかしくて……」
「全然面白くなんてないよ……」
彼女はあからさまに落ち込んでみせるも、そんな表情もどこか陽気で邪気を感じない。
「2時間かー、それはまずいな。早く行かないとまずいじゃねぇか、……くっ」
「なんか棒読み?!それに最後笑ったよね??」
笑っていない。
俺は断じて笑って、ない。
そんな俺の様子を彼女は疑いを孕んだ眼差しで見つめる。
「じゃあ、私はそろそろ行くね」
「……おう」
彼女はそう言い残すと、目的地である第2校舎と真逆の方向に歩き出す。
果てしてこのことを伝えた方が良いのだろうか、俺は考えていた。
「よっこらしょ……っ、と」
俺はかけていた重い腰をあげると彼女は俺の方を向き直していた。
「……あっ、さっきは取り乱しちゃってごめんね」
彼女は少し気まずそうに眉を潜めて俺に告げる。
安心しろ。
俺はそのことについては全く気にしてない。
俺が知りたいのは、君がなぜジャックス・フィーバーについて知っているのかだけだ。
「でも、さっき伝えたことは本当だから……」
「おう……、」
『さっき伝えたこと』というのは、”俺に助けられたという”ところを言っているのだろか。
助けられたと言われても正直覚えがないから曖昧な返事になってしまった。
「ん、それだけ、じゃあね……」
そう言うと彼女は再び歩き始めた。
俺はそんな彼女の様子を見るわけでもなく、彼女とは反対側へ一歩目を踏み出す。
実を言えば、俺がこれから行こうとしている時間を潰すにはうってつけの昼寝プレイスは彼女のサイドにあったのだが、じゃあねと言われた以上ついていくわけにも行かず遠回りをすることにした。
「あ……っ」
遠回りした挙句、やっと着いた昼寝場所に寝そべりながら思う。
第2校舎の場所を教えて、ここに最短距離で来た方がエネルギー消費すくなかったじゃん。
しかしそれに気づいた時には、俺も椎菜も目的地についた後だった。
◆ ◇ ◆
その日の放課後、薄暗い視聴覚室のホワイトボードと机の間で俺は、天舞幸仁によって正座をさせられていた。
「……で?入学式をサボってお前はあの?国民的アイドルの、みそのんとイチャイチャしていたと……」
「何度も言うがイチャイチャはしていない」
「ぅ……、ぅう」
「……う?」
「羨ましすぎるだろうがぁぁぁ!!」
うわっ、うるさっ。
ここが視聴覚室であってくれて本当に助かった。
もし、取引場所が教室とかだったら、誰かがすぐに駆けつけているほどの声量だっただろう。
ん?いや、待てよ、軟禁されているこっちの身からしたら、そっちの方が好都合だったんじゃないのか?
ちっ。
ここが視聴覚室なんて本当に運が悪い。
もし、取引場所が教室とかだったら、誰かがすぐに駆けつけて来るほどの声量だったのに。
15分ほど前、俺は例の写真集を渡すために第1校舎3階の視聴覚室まで足を運んでいた。
その時に、幸仁にどうして入学式に参加しなかったんだ?
なんて聞かれ、とっさに正直に話してしまったところ、『おい、零斗……、ちょっと正座しろ』と突然言い出して、あれこれ事情を聴取され、今に至る。
ちなみに、途中から俺が座っているのを不憫に感じたのか、幸仁も座って話すようになった。
なんなんだこの構図は……。
「なるほど……つまり、あの国民的アイドルがこの学校に編入してきたと」
「ああ、そうだ……」
「……なにもなかったんだな」
「何度も言わすな……、少し会話をしたくらいだ……」
その言葉は少し引っ掛かったが俺はここで首を縦に振らないわけにはいかなかった。
今ここで抱きつかれたことを暴露したらと思うと、寒気が走る。
「そうか……」
「そうだ……」
幸仁も、熱が覚めたのか少し声のトーンを落として話すようになっていた。
「まぁ、なんだ……疑って悪かったな……、」
その純粋な言葉に俺の心がチクリ、と心が痛む。まぁ、悪く思うな。俺もあれは故意じゃなかったと信じたい。
というか、あんなの突発的なつむじ風のようなもの、事故以外のなにものでもないだろう。
「さて、それでは本題に入ろう……」
幸仁はそう言い、立ち上がると視聴覚室の扉の鍵を閉める。
天舞幸仁は、友達の少ない俺とも仲良くしてくれるすごくいいやつである。
容姿が非常に整っていることに加え、サッカーの才能にも恵まれていて、その実力は全国の強豪校でも平気で通用するだろう。
彼にかかれば、彼女の一人や二人など、造作もなくつくれる、いわば完璧超人。
ただ、ここにひとつ重大な欠点というものが存在している。
ーーこの男、天舞幸仁は、すでにご承知のとおり重度のアイドルオタである。
彼のアイドル好きは常軌を逸している。
たとえ、今世紀最大の台風が上陸したとしても彼だけは、アイドルたちのライブに行くんじゃないかと思うほどに。
「それで、お宝はどこに眠ってる?」
「……第2体育館、ロッカーの中、番号は451だ」
俺はポケットからロッカーの鍵を取り出すとそれを投げて、幸仁に渡す。
体調を崩して日曜のライブに行けなかったかったことが相当ショックだったのだろうか、それを受け取ると彼は、子供がおもちゃ箱に見入るかのようにその鍵を見つめ始める。
それにしても、あの幸仁がライブに行くのを断念するほどの風となると少なくとも40度以上はあったはずだ。
メールが来たのは土曜の夜だったからそれを土・日曜、そして今日の朝というハイパー短期間で完治させたことになる。
化け物か、こいつ。
「おう!ありがとよっ!!」
「……」
そう言うと、彼は視聴覚室から風の如く飛び出した。
果たして俺はいつまで正座をしたままなのだろうか。
取り残された視聴覚室で、俺は一人ため息をこぼす。
入学式と新入生③を読んでいただきありがとうございました。
個人的に、主人公と美少女の仲がいいことに嫉妬する友人キャラという,少しベタなシーンを描くのが大変でした。