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東雲零斗と椎菜夜宵 追憶編①

 12月28日。

 その日は午前中の間、永遠と冷たい雨が降り続いていた。


『くそっ……何にもねぇじゃねぇか』


 台所の下に位置している、戸を開けて中を確認する。

 しかし、そこにあったのは花柄の土鍋と鍋つかみ。それと、採れた野菜などを漬けるぬかだけだった。


 俺は昨日、バスを使って実家に帰省した。

 加えて言うが、実家は東京である。中でも辺境に位置しているため自然豊かで、土地からはその地域ならではの土の匂いが漂うが東京ということに変わりはない。


『ねぇ、おにぃちゃん。なに探してるの?』


 柱に寄りかかりながら、首を傾げる紫織。

 紫織は俺の妹で今年でたしか12歳だ。


『食べられそうなものを探してるだけだ』

『食べ物……? それらな、戸口のところにきゅうり置いてあるよ』


 そう言いながら、玄関を指差す紫織。

 きゅうりは子供の頃から食べていたため、正直食べる気が起こらない。


『というか、なんでそんなお腹空いてるの? さっき食べたばっかりじゃん』

『……知らねぇよ』


 別にお腹が空いているわけではないが、胃に何かを入れないと腹心地が悪い気がしてならない。

 ……精神的に飢餓状態にあるのだろうか。


『ちょっと、出掛ける』

『えっ、外雨降ってるよ……!?』


 昔よく行ってた駄菓子屋があるからそこに行ってみようか。

 そういえば、昨日近くにコンビニができたという話を聞いたから、少し寄ってみてもいいかもしれない。

 俺は玄関に足を運び靴を履き替える。


『ねぇ、ちょっと……』


 去り際に紫織がそんなことを言っていた気もするが、特に返事はしなかった。



 ……今思えば、俺はこの時駄菓子屋やコンビニに行くことが目的じゃなかった。

 とりあえず、この家から出たかったんだ。


 瑠奈を失って、故郷に戻った俺をうちの家族は暖かく迎えてくれた。

 そんな、優しさが痛くてたまらなかった。

 だから、少し逃げてしまいたくなっていたんだ。




 玄関の外に置いてある傘立てから、昔使っていた無地の黒い傘を取り出す。

 しかし、俺のしていた行為が無駄だったことに気づいた。


『雨止んでるじゃねぇかよ……』


 俺は、元あった場所に傘を戻すと一つ、溜め息をこぼして家の門を(くぐ)る。


『っ……』


 ちょうど、そんな時だった。

 俺が木製の外壁に(うずくま)っている少女を見つけたのは。

 彼女は黒いフード付きのジャケットを羽織っていたが、雨のせいか濡れていた。


『おい』

『…………』


 ……眠っているんだろうか。


『なぁ』

『…………っ』


 よく耳を澄ますと、その子の嗚咽が聞こえてきた。


『泣くなら他の場所で泣いてくれ、ひとんちの前でうずくまられても困るんだ』


 少し辛辣な言葉だったかもしれない。


『……別に泣いてない』

『そうかい……』


 ……嘘をつく必要はないと思うんだが。


『……もう行く』

『あっ……おいちょっと待てよ』


 立ち上がり、歩き出す彼女を反射的に俺は止めていた。


『……なに』

『駅はそっちじゃねぇぞ』

『……』


 俺の忠告に対して、不機嫌な顔で答える彼女。

 フードの影で隠れていたが顔のパーツはすごく整っていた。


『知ってる。そっちから来たから』


 話して数秒しか経ってないが、俺は瞬時に理解した。

 ……こいつ、全然可愛げがねぇ。


『……じゃ、行くから』


 そう言い残して再び歩き出す彼女。

 その背中は、やけに物寂しく映った。


『……』

『…………』


『……』

『……ねぇ』


 しばらく歩いた頃だろうか。

 瞳に写る景色には、永遠にも見える田園が入り込む。


『どうしてついてくるの?』

『……俺の目的地もこっちなんだよ』

『そう』


 再び歩き始める黒フードの彼女。

 俺はなぜか彼女を放って置けなかった。

 と言っても、心配だとかそういう感情じゃない。

 彼女のその不幸な背中を見ていると、何処となく安心できた。

 ……それだけだ。


『……』

『…………』


『……なぁ』

『なに?』


『なんで泣いてたんだ?』

『……どうしてそんなこと訊くの?』


 胸に刺さるような理由なんてなかった。

 ただ、気になってしまっただけで。


 そんな俺の質問はなかったかのように歩き出す、少女。


『…………』

『……』


『……』

『…………ねぇ』


 周りの景色からは住宅が完全に消えて、田園と永遠に続くようにも見える畑道だけが視界に残る。そして、そこに12月の冷たい風が容赦無く吹きつける。

 そんな時、彼女は俺の方を振り返って告げる。


『…………もし私が人殺しだって言ったらどうする?』

『なんだ、その質問』

『……逃げる? こわい? それとも怒る?』


 冗談を含んだような言い方だが、彼女の表情はいたって真剣だった。






『人を殺したの』

『っ……』


 ……この子はなにを言ったのだろうか。

 それを理解するために数秒の時間を要した。


『私、人殺しだから』

『なに言って……』

『その人が今まで培ってきた大切な時間を奪った。幸せな人生だとしても私が全てそれをなかったことにした』


 彼女のその言葉を聞いている時、俺は瑠奈のことを思い出していた。

 瑠奈と行った水族館のこと。

 瑠奈と観た夏祭りの打ち上げ花火のこと。

 瑠奈と軽井沢に紅葉したカエデを見に出掛けたこと。

 瑠奈とクリスマスイブに観たイルミネーションのこと。


 ありとあらゆる瑠奈との思い出を回顧していた。


『………っ』


 それと同時に、もうその時間が二度と返ってこないことだと理解を深める。


『……それだけ』


 苦笑しながら足をさらに奥へ傾ける彼女。


『…………おい』


 そんな彼女を俺はいつの間にか引き止めていた。


『なに?』


 黒フードの少女は眉根を寄せながら半目開きで俺に尋ねる。








『……………………ざけんなよ』



 ……口をついてしまった。

 自分でもどうしてそんなことを言ったのか、よくは覚えていない。

 でも、


『……お前は絶対に報われない』

『……え?』


 頭の中に昨日、遠目に見た瑠奈の死体が頭をよぎっていた。


『……このままだったら、お前はなにも変わらない』

『突然なに?』


 怪訝な表情を浮かべる少女。


『殺したんだろ? だったらどうしてここにいるんだ?』


 俺は、この時どうして自分がこんなことを言っているのか理解した。


『………………償えよ』


 この言葉は、


『殺したんだったら、その罪を償え』


 瑠奈と初めて会ったときのこと。

 エレベーターでの会話。


『それがお前のするべきことだ』







 この言葉はきっと、今のどうしようもない自分自身に言っていたんだ。


  ◇


『……ちょっとついて来い』


 俺は彼女の前に行くと、先立つように歩き出す。


『……ぁ、ちょっと』


 ここからだいたい10分くらいだろうか。


『……どこ行くの?』

『秘密だ』


 それから俺たちの間に会話はなかった。

 それ以上彼女から何かを訊かれることも、俺から何かを話に出すことも。




『……寒いか?』


 10分後。

 2人は、山道の途中にある休憩所の椅子に座っていた。


『ねぇ、どうしてこんなとこ』

『ここからの景色。見ているとなんだか落ち着いてくるだろ』


 俺は目で彼女の視線を誘導して、景色に向けさせる。


『……確かにそうだけど』


 晴れていたら綺麗なんだけどな。

 なんて、分かっていてここまできたのに愚痴を溢す。


 それでも一年前に来たときと同じ景色がそこにはあった。


『……さっきは悪かった』

『なに?』


『少し言い過ぎたと思ってる』

『……別に』


 ここに来ると冷静になれる。

 吹き付ける特有の冷たい風のせいだろうか。


『……ねぇ』

『なんだ?』


 彼女がはぁ、と白い息を吐きながら景色に向いていた視線を俺に向ける。


『……私はこれから具体的になにをすればいいの』


 いや。

 どうして俺に訊くんだよ。


『そんなの自分で考えろ』

『……意地悪』


 小さな声でそう言うとそっぽを向く彼女。


『そういえば、俺の好きだった人は恩恵と代償があるって言ってた』

『なにそれ』


『…………忘れた』

『……なにそれ』


 俺は立ち上がって、大きく一度背伸びをする。

 それに合わせてフードの女の子も立ち上がろうとするも。


『……あっ!!』


 足を滑らせたのか、前方に倒れ込む。


『っ……たた』


 彼女が地面にぶつかる寸前のところで俺が彼女の体を支える。


『あはは……』

『笑い事じゃない』




『ちょっと、足見せてみろ』

『……なんで?』

『いいから』


 彼女は自分の履いていた黒いパンツを上げて足を見せる。

 すると、彼女のくるぶしのところが赤く腫れ上がっていた。


 ……まさかこの山道をこの足で登ってきたのか。


『すまん……』

『別に気にしないでいい』


 やっぱり俺はこういう相手の気持ちには疎いのだろうか。


『おぶってやる』

『え?』

『おんぶだよ。分からないか?』


 いやそれくらい知ってるし、という表情を作る。

 俺は腰を落とすと、彼女が乗れるようにアシストする。


『ねぇ、危ないよ?』

『安心しろ。体は丈夫な方だ』


『それって落ちたら私だけ死ぬパターンじゃん……』

『落とさないから大丈夫だって言ってんだ』


 彼女が俺の背中を跨ぐようにして寄りかかる。

 俺は彼女のももに手を回すと立ち上がる。


『……重い?』

『そうだな』


 瑠奈よりは少し重かったが、瑠奈より背中に感じる感触が柔らかい気がする。

 ……ダウンジャケットのせいか。



『それで、これからどうするんだ?』


 山道でそんなことを訊いてみる。


『東京に帰る』


 ……ここも東京だ。


『あと、今は無理だけどもう少し頑張ってみる』

『……そうかい』






————俺はどうすればいいんだろうか?


 彼女の意思の込められた強い言葉を受けて俺は今、

 一体、なにを思っているのだろう。

 俺はなにを望んでいるのだろうか。

 どうすれば、正解なんだろうか。


 いろいろ考えた。

 ただ、結局その日からしばらく結論が出ないままだった。








 入学式。

 彼女と再び巡り合ったあの日。

 この時よりも明らかに成長した彼女の姿をこの目に映すその時までは、

この度は『東雲零斗と椎菜夜宵 追憶編①』を読んでいただきありがとうございました。

今回は起承転結を意識して描いてみました。……結構大変でした。

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