君との最後の日(クリスマスイブ)
2018年、中学三年のクリスマスイブ。
その日、俺が以前付き合っていた七瀬瑠奈という女の子が、
ーーー交通事故で亡くなった。
24日はとても冷え込んでいて、マフラーや手袋などの防寒具は欠かせないと天気予報で云われていたが、まさか雪が降るなんて誰も思わなかっただろう。
「……」
「……何か言ってもいいんじゃないか?」
「雪が綺麗ですね……?」
「違うだろ。せっかくイルミネーションを見に来たんだから、そっちに関心向けてやれよ。それになんで疑問形なんだ?」
俺はその日スカイツリーのクリスマス限定イルミネーションを見るために、地元から少し離れた押上まで足を運んでいた。
「……きっと私の感性が死んでるんです。以前、父に町内会の花見に連れて行ってもらったことがあったんですが、そこで咲いているどの桜を見てもなにも感じなかったんですから」
「花が満開じゃなかった、なんてことは?」
「いいえ。その日はもっとも桜が綺麗に見えていると、父と町会長が話しているのを聞いていましたから、そんなことはないと思います」
だったら、イルミネーションに行こうと決まった時に言ってくれればよかったのに。
心の中で、自分の選択ミスを悔やむ。
「まぁ、それでも今日は特別綺麗に見えますけどね」
「……まぁそうだな、雪が降っているし特別感はあるよな」
「そうじゃないですよ」
「だったらなんだ?」
「そういう分かってるくせに知らんぷりする癖、直した方がいいですよ?」
どうやら見透かされているようだ。
しかし、俺は言葉にしなくても伝わっているこの一体感をとても心地よく感じる。
なんというか、彼女と深いところでつながっているような感じがして、暖かくなる。
「……」
彼女が突然、俺のことを怪訝な眼差しで見つめ始める。
「今、言葉にしなくても伝わるこの感じが嫌いじゃない……なんて思いましたよね?」
「エスパー!?」
「自分の彼氏のことくらい誰だってわかりますよ」
「……そうかい」
俺は、雪とイルミネーションのコラボレーションを目に焼き付けるために、視線をタワーに集中させた。
言っておくが、断じて顔が赤くなったことを悟られないために、イルミネーションを利用させてもらったわけではない。
「……まぁ、だからって言葉にしないと伝わらないことだってあると私は思いますが」
「すみません……」
少し萎れた声になってしまった。
そんな様子を彼女は面白おかしそうに笑う。
◆ ◇ ◆
「……寒くないか?」
イルミネーションが終わった。
これから次の目的地である少し高めのレストランを目指そうと思っていたのだが、予想以上に人があふれていたため、屋根がある腰掛けでしばらく待機することにした。
「……私のことを舐めていますね?私の人より優れていることをランキングにしたとき、第二位に寒さに強いことがランクインします」
「ちなみに言うと、第一位は?」
「……内緒です」
彼女は自分の人差し指を口元にあて、頬を少し和らげる。
そんな彼女の仕草ひとつひとつが、俺には全て愛おしく、つい抱きしめてしまいたくなる。
「あの、零斗さん」
「どうした?改まって……」
座り始めて、5分くらいした頃突然彼女が真剣な面持ちで告げる。
ちなみに俺のことをさん付けするのは一応先輩ということを配慮してのことらしい。
まぁ言っても年はひとつしか変わらないんだが……。
「……10分ほどここで待っていてもらえませんか?」
「全然いいけど、どこへ行くんだ?」
「……」
そんなことを聞くと彼女は俺のことを睨みつけた。
俺はきっとデリケートな部分に踏み込んでしまったんだろうと、察した。
「……すみません」
「分かればいいんです。でも、注意が必要ですよ。あなたはそういうことに関しては、人より少し疎いんですから、私以外の人だったらすぐにふられてしまうでしょうね……」
思えばしばらくトイレに行ってなかったな、と心の中で猛省する。
それと同時に、彼女の言葉にわだかまりを覚える。
「……俺。瑠奈以外、誰とも付き合う気なんてないからな」
「ふふっ……分かってますよ、……零斗」
「……っ!」
彼女は出会った時から俺のことを『さん』付けしていた。
『彼氏彼女になったんだし、外してもいいんじゃないか?』なんて伝えたこともあったが、いくら言っても全然直す気がないようなので放置することにしていた。
だから、この不意打ちの呼び捨てに動揺を隠すことができず、右手で口角を覆うようにしてバレないように繕った。
「あっ、そうでした……」
彼女が立ち上がりながら何かを思い出したかのように、鞄の中身を探り始める。
「私からのクリスマスプレゼントです」
そう言うと、鞄の中から熊のぬいぐるみを取り出す。
「なぜ、ぬいぐるみ……」
彼女がプレゼントを用意していたことも驚きだが、その内容も仰天ものだった。
「置き物として無難だったからです。これを部屋にでも飾れば、私のことを家にいる時でも、ずっと意識できるでしょう……?まぁ冗談ですけどね……」
「冗談に聞こえないぞ……」
こう言ってはなんだが、俺は、正直プレゼントの内容がどんなものでも落ち込んだりはしなかっただろう。
俺はただ、クリスマスプレゼントを俺のために用意してくれたということだけで、たまらなく嬉しいんだ。
俺が瑠奈の方を見ると、彼女は悪い笑みを浮かべていた。
「ちなみにいうと、手縫いです」
「重っ!!」
「まぁ、半分は嘘ですけどね」
「なんだよ半分って……。というか、いらん嘘をつくな」
俺は呆れたように笑みをこぼす。
まぁでも、こういう少し虚言癖があるところも可愛げがあっていいんだよな。
あれ?少し甘やかしすぎか?
まぁいいか。
「……っと」
瑠奈のクリスマスプレゼントに気を取られて忘れそうになっていたが、俺もプレゼントを用意していた。
瑠奈には悪いが、この勝負俺が勝たせてもらう
俺は鞄の中から、親友であり、瑠奈の兄である祥栄と一緒に丹精込めて選んだ猫の首飾りを彼女に渡す。
「なるほど。そう言うことですね……」
すると彼女は俺が渡した首飾りを掲げ、まじまじと見ながら何かを納得したようにうなずく。
「手堅くマフラーにしなかったあたりはポイント高めです。マフラーだと冬の時期にしか使えないからですね」
俺はそんな彼女の言葉を聞いて、マフラーを選択しなかった自分を褒めてあげたくなった。
実を言うと、マフラーと首飾り、そして指輪なんかが最終候補だった。
「気に入ってくれて何よりだよ」
「何を言っているんですか?私はまだ気に入った、なんて一言も言ってないですよ?」
「え……」
「ふふっ……、すみません。少しからかっただけです。すごく可愛いと思いますよ」
本当に焦るからやめてほしい。
一瞬、指輪が正解かと思ってしまったほどだ。
まぁ流石に指輪なんて早いよな。
「では。そろそろ、行きますね」
「……ああ」
彼女はどこか別れをおしむようにして、この場を去っていった。
◆ ◇ ◆
「……遅いな」
一人、そんなことを呟きながら手元のスマートホンで時間を確認する。
19時55分。
彼女がトイレに行ってから、実に20分は経過していた。
約束にはきっちりとした性格な彼女にしては少し珍しい。
まぁでも、人口密集時の女子トイレというのは戦場みたいなものだし気に病むことでもないか……。
空から絶えず振り続ける雪を見ながらそんなことを考えていた時だった。
突然、俺の携帯が鳴り出した。
俺は彼女からの電話だと勝手に判断し、すぐさま電話に出た。
「もしも……」
「おいっ!妹が交通事故にあったってどう言うことだよ!!!!」
「な、何言ってんだよ……祥栄……」
「今、警察からうちに電話があったんだよ!!なぁっ!瑠奈は無事なのか!?」
「……えっ、」
さっきまで聞こえてきていた道ゆく人の話し声、BGMとして流れているはずのクリスマスソングメドレー、そして電話の主である親友の祥栄の声ですらもう、俺の耳にはもう届かなかった。
「くそっ……!!」
次の瞬間、俺は手に持っていた携帯を投げ捨てて彼女を探すため、走り出していた。
きっと、どこに向かって走っているかなんて一切考慮に入れてなかっただろう。
でも、俺は結果的に彼女のいる場所へたどり着くことができた。
「ぁ……はぁ……」
理由は簡単だ。
人がやけに密集している場所を見つけたからだ。
その真ん中では警察官が事情聴取をしていた。
「すみませんっ!!」
見物人を押しのけ、最前列のほうに進んだ。
しかし、そこではただ警察と一般客が会話をしているだけで何が起こったかなんて一切分からなかった。
「ここじゃないのか……」
俺はすぐさま別の場所へ移動をしようとした。その時だった、
「……ん?」
足元で何かを踏むような感触を覚えた。
俺はゆっくりと、足をずらしその物体を確認する。
「……っ!!」
俺はそれが何か、理解するのに時間を要しなかった。
だってそれは、俺が彼女にさっきあげたはずの猫の首飾りだったのだから。
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Title:自身のためなら脅迫すら厭わない二面性のあるヒロインは嫌いですか?
名前は、少し前に変更しました。