東雲零斗と霧ノ宮麗香 終結編①
東雲零斗と霧ノ宮麗香 Side : 1 , 2 の続き
※side2とside1の順番は、意図的に逆にしています。
身体中にハリが刺さっている気分だった。
そのハリからは鎖が伸びていて、俺をパペットのように動かす。
殺せ、殺せ、と。
見渡す限り真っ暗で、何も見えない広い部屋。
そこで永遠、自分自身と向き合う。
殺せ。殺せ。
次第に何も感じなくなっていく。
手も足も、体が一つの兵器と化していく。
何も考えなくていい。
何も思わなくていい。
ただ目の前に現れた、それを壊せばいいだけ。
もっと、
もっと、
もっと。
段々と、体が無意識のうちに動くようになった。
何も考えなくても、それを圧倒できるほどになった。
これが俺。
俺の才能だと本能的に理解した。
ある日、美しい音が俺の鼓膜を振るわす。
ヴァイオリンの音色だろうか。
真っ暗で何も見えない。
それでも俺は、その音の方へ向かっていた。
だんだんと近くなるその演奏された曲は次第に終盤に差し掛かる。
「あら、この足音。もしかして、東雲零斗さんのですか?」
人。
そこにいたのは、今まで相手にしてきたそれではなかった。
「誰……」
「ふふ、自己紹介がまだでしたね」
真っ暗で何も見えなかったが、彼女の声だけは認識できた。
とても澄んだ声をしていて、彼女の言葉はどこか毒気づくようだった。
「私はあなたと同じ最秀学科実験生ですよ。まぁ、第二ですけどね」
「……二期生」
その瞬間、今まで消えていたこの部屋の電球が一斉に光を放つ。
しょぼしょぼとする目を擦って彼女の姿を捉えようとする。
何せ、久しぶりの明かりだ。
目がうまく機能しなくてもおかしくはない。
「っ……」
だんだんと視界が晴れていって、俺の目がヴァイオリン持った一人の少女の姿をとらえる。
紫色の髪が特徴的な、俺と一緒の白い服を着た少女。
身長は俺と同じくらいだろうか。まぁ、自分の身長がどこまで伸びたのか分からないから判断するには至らないが。
そして、その背後では俺のことをここに閉じ込めた白衣を着た眼鏡の男がニヤつくように俺を見ていた。
「久しぶりだね、零斗くん。と言ってもこっちは、ずっと君のことを観察してたんだけどね」
「……そうですか」
「それでね、実験を次の段階にシフトさせようと思うんだ」
「次の段階……」
次の段階ということは、今よりも激しくなるのだろうか。
別に嫌というわけじゃない。
今の状況にも飽きていたところだ。
「これから君にはね」
勿体ぶるように、間を開ける白衣の男。
「————恋をしてもらう」
「……」
何も言えなかった。
今までは、壊せ、殺せ、奪えなどと言われてきたからだろうか。
その言葉からは違和感しか感じられない。
「恋だよ。恋愛や青春、かけがえのない日々。それくらいは知っているだろ?」
「知ってますけど……」
「さぁ立って。今から外に出るよ」
男は俺と一緒にいた少女を連れて施設内のエレベーターに入るとボタンを操作してエレベーターを動かす。
「……あの、質問してもいいですか?」
少女が俺の方を不思議そうに見つめながら訊く。
「……」
俺は小さく頷く。
「あなたは、なんのためにあそこにいたんですか……?」
なんだその質問は。
彼女も俺の才能を伸ばすためにいたことくらいわかっているはずだ。
「『なんのため』というよりかは、『誰のため』でしょうか」
誰のため。
そんなの考える必要があるのだろうか。
「分からないって顔をしていますね」
ふふっ、と笑う少女。
「じゃあお前はどうだっていうんだよ……」
「見ての通り、私はヴァイオリン奏者ですが、誰のために演奏しているかというと、やはり自分のためですね」
自分のため、か。
「私は、過去の自分を無駄にしたくないんですよ。今までに経験してきたこと、味わってきた苦汁を、全て詰め込めるもの。それが、私にとってヴァイオリンの演奏だったというわけです」
「……」
「私にはヴァイオリンを演奏する才能があります。だから私は、人よりも何倍も早く上達しました。もちろん、コンサートで何度も入賞しました」
そう語る彼女の表情は何か重いものを抱えているようにも感じられる。
「……でもある時、ふと思ったんです。もしかしたら、私のせいで他のヴァイオリン奏者が入賞できなくなっているんじゃないか。私という才能が他の子たちの夢を奪っているんじゃないか、なんて」
まぁそうだろう。
選ばれるということは、そこにいるはずの誰かのポジションを奪うことと同義だ。
「だから私は、ヴァイオリンを弾き続けています。『私を差し置いて入賞したヴァイオリニストはこれほどまでに素晴らしい音を奏でられるんだ』なんてその子が自慢できるように。そして、私に才能を与えてくれた父と母に恩返しをするために」
「……恩返し」
「そう、恩返し。ヴァイオリンを弾き続けること。それが唯一私が他の誰かに与えることのできる恩恵と代償なんです」
突然、静止するエレベーター。
地上についたのだろうか。
鉄の重そうな扉が開く。
隙間から漏れ出す太陽の光が眩しい。
久しぶりの太陽。
久しぶりの景色。
そこは一面の赤や黄色の花畑が広がっていて、暖かく爽やかな風がエレベーター内に吹き込む。
俺がここに入った時は冬だったから、まさかこんな光景が広がっているなんて想像できなかった。
「もう、春なのか……」
「そうですね。厳しい冬を耐え抜いて新たな命が芽生える季節」
彼女は俺の手を引いて一面に広がる花畑へ誘導する。
「ふふっ、すごく綺麗ですよね」
「…………ああ。すごく綺麗だ」
彼女の紫色の髪が、太陽の光に照らされて仄々とした花畑に幻想的な雰囲気を与える。
「……ねぇ、君は一体」
「私ですか? ふふっ。私は七瀬です。七瀬瑠奈。初めまして、零斗さん。そして、これからよろしくお願いしますね」
この時の彼女の目は、俺を。
埋もれてしまった俺の姿を、
ありのままの姿でとらえていた。
◆ ◇ ◆
「助けてよ……零斗」
どうしてか、俺は瑠奈と出会った時のことを思い出していた。
『助ける』か。
俺は今までこの力が憎くてたまらなかった。
でも今は、少し自分の才能があってよかったと思う。
瑠奈の死を無駄にしないためだけじゃない。
誰かを助けるために、今から俺は自分を使うんだ。
だったら悪くない。
————かもな。
「おい、何笑ってんだっ!」
大きく振りかぶる腕。
その動作は、あまりに遅い。
「がぁああああっっ!」
腕を折った。
肘から手にかけての前腕を90度曲げた。
「森田っ! お前……」
いったん距離を取る残りの大柄の二人。
腕を折った方は、足元で蹲っていたので、足で踏みつけ肩を砕く。
「ぁぁっああ!!」
「テメェ!!」
「待てっ、清河っ!!」
「おい、柴波。どういうことだよ!」
柴波と呼ばれるやつは、俺のことを睨みつけながら口角を上げる。
「待て待て、俺たちは勝てない勝負をするつもりはないんだ」
そう言いながら、両手を上げて俺のいる場所から距離をとる。
「そうか……」
「だからなっ」
「……やっ」
個室に座っていた霧ノ宮の首元にナイフを突きつけ、そのまま立ち上がると、俺と対面する状況に持ち込む柴波。
「人質をとるのか……」
「勝てる勝負に持ち込む寸法さ」
「し、柴波。いいのか? そんなことをしちゃって……」
「問題ない。こいつらの目的は霧ノ宮だ」
「そ、そうか」
このまま仲間同士で揉め合ってくれれば話は早かったのだが、そうはいかないようだ。
まぁ、でも人質を取られることくらいは予想していた。
だが、
「じゃあ、要求するぞ。まずはそこで隠し撮りをしているやつ。カメラを止めてこっちへ寄越せ」
山橋の存在にまで勘付かれてしまった。
流石に、ここまで冷静にこられるとは思ってもいなかった。
柴波という男は、頭の方はよく回るらしい。
「……おい零斗、俺はどうすればいい」
後ろの壁に隠れていた山橋が姿を現し、俺に尋ねる。
「……先生。カメラを俺に渡してください」
「……わかった」
俺はカメラを受け取ると、色々と弄ったような素振りを見せる。
カメラを止めたと錯覚させるためだが、向こうも信じないだろう。
あくまで、従順に従ったフリをするだけだ。
「これでいいか?」
「俺は寄越せと言ったんだ」
「そうか。……ならこれでいいだろ」
俺は天井すれすれのところまでカメラを投げる。
その軌道は、霧ノ宮を人質にとった柴波という男の頭に確実に直撃する軌道だ。
そして、柴波も舞い上がる一眼レフカメラが自分に危機をもたらすと察しれば、対応しなければいけなくなる。
そのわずかな隙をついて、霧ノ宮を助けられるのではないかと。
そう考えていた。
普通の人なら、自分に当たると分かっているカメラを見たら、避けるかその素振りを見せるだろう。
しかし、この男はそれをしなかった。
柴波はカメラを見たのは、ほんのわずかな時間ですぐさま元の場所に視線を戻した。
正直言ってここまで頭がきれたのは想像以上だ。
だからほんと、あと一瞬速かったら危なかった。
————カラン
カメラが地面に落ちて破損するよりも、
柴波が手に持ったナイフで霧ノ宮を傷つけるよりも、
わずかに速く、
俺の手刀が柴波のナイフが握られた腕をとらえた。
そして、薙ぎ払われたナイフはそのまま、地面に落下する。
「霧ノ宮っ!」
「分かってるっ」
落下するカメラを受け止める霧ノ宮。
カメラを強く投げたわけではないため、ずっと視線を注いでいた霧ノ宮にとってそれを受け止めることは容易であることは言うまでもない。
「っが!!」
柴波の手首の甲を粉砕したため指がぶらんと垂れ下がる。
それでも反抗しようと腕を振り上げるが、俺には通用しない。
続けて、柴波の腹部に全力の蹴りを喰らわせ、後方へ飛ばす。
「ぐがはぁっ」
柴波の口から見たくもない黄色をした液体が、どばっと溢れ出る。
その様子を見てか、もう一人の仲間と思われる男はこの場から脱兎の如く逃げ去った。
「……はぁ」
正直言って、本当にギリギリだった。
カメラが壊れるリスクもそうだが、なんといっても霧ノ宮を傷つけられるリスクが大きかった。
上手くいったのは、運もあるのだろう。
「大丈夫か、きり……」
「……」
無事を確認するために振り返ると、霧ノ宮が俺の胸部に腕を回して俺のことを抱きしめる。
「おい」
「…………怖かった」
この学園の女子生徒は胸が当たっているのを気にしないのだろうか。
「……そりゃまぁ、そうだろ。誰だってあんな男たちに脅されたら怖いはずだからな」
「……うんん、ちがう」
何が違うんだよ。
「零斗たちと離れるのが怖かったの……」
「っ……」
「……ありがとね」
笑顔で微笑みかける霧ノ宮。
そんな霧ノ宮の初めて見る心からの笑みに、心打たれて顔が緩む。
「あっ、零斗。いまエッチなこと考えたでしょ……」
「黙れ」
俺は彼女の頬に手を当てて、涙を拭った。
この度は、『東雲零斗と霧ノ宮麗香 終結編①』を読んでいただきありがとうございました。
戦闘シーンを一度も描いたことがないため、ぎこちない文章になってしまいましたことお詫び申し上げます。