東雲零斗と霧ノ宮麗香 接近編①
「ねぇ、零斗」
「……なんだ」
学園を出て寮の道に入ったあたりで、霧ノ宮が俺の名前を呼ぶ。
正直言うと、クラスを出てからここまで一言も話をしていなかった。
「……なんで私と付き合うことにしたの?」
「いきなりだな……」
まぁいいが。
「さっきも言っただろ、お前が彼氏になりたがっていたからだ……」
「それが意味わかんない……、あんた私のこと、なんとも思ってないじゃん」
酷い言い方だが、あってるから否定はできない。
俺は確かに彼女のことを友達の彼女以上とは思っていない。ただ今は少しだけ、
「……かわいそうだったからって言ったら怒るか?」
「同情ってことね、まぁそんなとこだとは思ったけど……」
「なんか問題あるか……?」
「ない、十分……」
そう言うと霧ノ宮は、俺の方に顔を向ける。
「……今日、あんたの部屋行くから」
「……は?!」
「勘違いしないで、手料理をご馳走してあげるだけ」
「いや、いらん……」
俺は彼女の料理を一年の時の創設祭で一度、口にしたことがある。
はっきり言ってその味は、あまりに高校生離れをして、ありえないほどに美味しかった。
だが、俺はここで誘いに乗って後でどんな報いがあるか分からないから即答した。
「……いいの、これはお礼。私にできるのはこれくらいしかないから」
「って言ってもな、寮なんだらバレるだろ……」
「え、マジで言ってんの……?こんなん、みんなやってるよ」
霧ノ宮が当然でしょ?と言う感じで告げる。
いや、俺にとって『みんなやってる』と言うワードは、ただの危険信号でしかないんだが……。
「……わかった、甘んじて受け入れることにする」
「はぁ、だったら最初からそうすれば良いのに」
「と言うか、お前。そんなに優しかったか?」
そういえば、俺は今日一度も彼女に『きもっ』と言われていない気がする。
「あっちは素じゃないの。別に、付き合うことになったんだから、取り繕う必要もないでしょ?」
いや、嘘でも結構響いてたんだぞ。
というか、あれは素じゃなかったのか?
いや、俺のことを腫れ物扱いするあの目は絶対に本物だった……はずだ。
「ねぇ、ちょっとスーパーに寄って良い?」
「無理だ。もうすぐで寮につく。ここからだと来た道を戻ることになる」
「……」
彼女が俺のことを呆れたように見つめる。
「……わかったよ」
これうまい料理を貯めるための苦行なんだ。そう思えば、悪くはない。
◆ ◇ ◆
「……で、これから何を作るつもりなんだ?」
俺たちは、寮から10分ほど離れたスーパーマーケットまで来ていた。
正直、途中から会話がなくなったのだが、それに関しては目を瞑ってほしい。
「え、チーズリゾットだけど……?」
「へー、」
リゾットか。
……良い響きだ。
「ところで、俺は何を手伝えば良いんだ……?」
「いらない。強いていうなら荷物持ちくらい……」
「それくらいなら余裕だが、」
その言葉に悪意しか感じないぞ。
確かに、プロの料理人にもなると素人を厨房に入れるな、とか言いそうだが言い方ってもんがある。
「あ、今。荷物持ちくらい、って思ったでしょ?」
「へ……?」
そう言うと霧ノ宮は、カートのある方へ歩き出す。
そして、それを2つ手に取ると、俺に、ひとつカートを渡す。
「お前、どんだけ買うつもりだよ……」
「これからの分。どうせ、あんたの冷蔵庫なんて、何も入ってないんでしょ?」
「……まぁそうだけど」
流石に、卵と牛乳と、飲み物くらいは入っている。
「それで、冷蔵庫のサイズはどれくらいなの?」
「これくらい……」
俺は、自分の身長の少し上辺りを手で示す。
「は……?そういう嘘いらないんだけど……」
「いや、嘘じゃないんだが……」
「……」
「……彼氏を疑うのか?」
はぁ、と霧ノ宮がため息をつく。
この話を長く続けるのも面倒だったため、彼氏と言うワードを使わせてもらった。
「合計で、14020円になります」
おい、そんなに買っても俺は作らないから腐るだけなんだが。
そう言いながらも俺は、財布から学園のポイントカードを取り出し、それを店員に渡す。
このスーパーでは、カードを会計の際に店員に渡す必要がある。
「あっ」
「……っ」
目の前で二つの、ポイントカードが重なり合う。
「……私が払うんだけど」
「いや、俺のために買うんだろ。だったら変に甘えない」
「私だって月に500円しかもらってない人に、奢られたくない」
「少なくともお前より、金は持ってる」
俺がそういうと、霧ノ宮は怪訝な表情を見せる。
「あんた、そうやって親のすねにかじりついて生きてるわけ?」
「ちげぇ、中等部の頃の貯金があるんだよ」
「私だって、食材の費用として15万円振り込まれてるの。気にしないで……」
いがみ合う二人。
お互いがそれぞれの思いを持っていて、どっちかには譲ろうとしない。
こういう時の対処法は大体決まってる。
「だったら、割り勘……」
「それなら、割り勘……」
どういうわけか考えが同じだったようだ。
ちなみに割り勘というのは、『割前勘定』の略だと、つい最近、とあるの5歳児に教わった。
◆ ◇ ◆
「フライパンと鍋くらいあれば、マシな方だとは思っていたけど……さすがにこれは想定外……」
俺の部屋のキッチンを見て霧ノ宮が驚いた表情を見せる。
「なんで私の部屋と同じくらいの、調理道具があるの……」
「……」
前に瑠奈から『台所に立つ男性はかっこいいものですよ』なんて言われて、次の日、料理道具一式購入したなんて、恥ずかしくて言えない。
「あんたが昔、優等生だったとは、風の噂で聞いてたけど……」
「まぁ、気にするな……。それより早くしてくれ。腹が減って今にも、そこにある蒸しパンにかじりついてしまいそうだ……」
俺は、バスケットに山積みになっている大量の蒸しパンを指で指しながら霧ノ宮に告げる。
「あんた、それ私以外の人に言ったら即アウトだからね……」
「……」
そういえば俺、『瑠奈以外と付き合う気はない』って言ってたな。
まぁ、俺は霧ノ宮のことを好きってわけじゃないし、向こうもそのつもりだから、瑠奈も許してくれるだろ。
許してくれるよな?
「30分くらいでできると思うから、テレビでも見て待ってて」
そう言うと、霧ノ宮は制服のブレザーを椅子にかけて、髪を結い、袖をまくって台所に立つ。
そして、物凄いペースでスーパーの袋から食材を仕分け冷蔵庫に収納する。
袋4つ分あった食材がいつの間にか姿を消し、キッチンには今日使うと思われる分だけしか残っていなかった。
そして、彼女が調理を開始する。
さすが才能が『料理』なだけはある。
料理の技術も言うまではない。
食材の処理から、火入れ、盛り付けまで一切のムラを感じない。
そんな姿に俺はいつの間にか見入っていた。
「はい、これ……、じゃあ帰るから」
30分後、霧ノ宮は作ったリゾットを机に置くと、玄関の方へ向かう。
「食べていかないのか……?」
「……迷惑でしょ?」
まぁ確かに一人で食べた方が気楽で良いが、
「作った感想を聞く前に帰るのはシェフとしてどうなんだ……?」
この料理を作ったのは他でもない彼女である。
「……嫌な言い方」
「で、どうするんだ?」
「…………今日だけだから」
「そうかい」
この度は、『東雲零斗と霧ノ宮麗香 接近編①』を読んでいただきありがとうございます。
今回は会話がメインだったため、比較的読みやすかったと思います。では、また次回。