薔薇の赤より紅く
サボった……?
× × ×
私が危ない目にあってからも私たちは色んなところに行ってたくさんのものを見た。でもさっきまでと違うのは私が無意識のうちにさっきみたいな怖い目に逢いたくないからミズハの服の袖をギュッと掴んでいること。
「さて、次はどこに行こっか」
殊更明るく私が振る舞うのをミズハは気にせずただ黙ったまま。それは行きたいところがないという意思表示なのだろうか。ミズハは自分の意見を言う時と言わない時があってまだちょっとわからない。けど話し合えばきっと分かり合える。そんな気がするのだ。
だからどこか2人でゆっくり話せる場所がいい。誰も人がいなさそうで、それでいて落ち着ける所。
「あ、そうだ。ミズハ、こっち」
頭の中にいい案が浮かぶ。私はミズハを引っ張っていく形でそこへ行った。
「……植物園?」
「そう。ここならいっぱい話せるでしょ?」
あぁ! その顔は"話すことなんてない"って顔だ。実際はただずっと無表情なのだがなんだかそう見えて仕方なかった。
私は笑ってたくさんの花が茂っているドームの中を歩く。
「ミズハはグガランナって知ってる?」
「分かるよ。殺しあい、戦争の道具でしょ?」
「……うん。最近は戦うこと以外にも使われてるみたいだけどね」
インターネットが昔そうだったみたいにね。社会の役に立ってるものは大体軍が最初に開発したものだってなにかの本で読んだ。
「あんなに大きな機械が戦ってるのは少しだけ怖い、よね」
「どんなに文明が進んでも人は戦うことをやめない。昔の戦いは総力戦が基本だった。国にある全部を使って相手を倒す、それが定石だった。でも、今は違う」
無感情に、でもどこか諭すようにミズハは続けた。
「腕のいい乗り手、グガランナの数が国力だ。グガランナは一般人には扱えない。たとえどれだけ頑張って乗り手が増えても肝心のグガランナがなきゃ意味が無い。これは……どういう事だと思う?」
ミズハからの問いかけに少し驚く、が私はその答えを理解している。いや今の言葉で理解した。
「普通の人が戦場に行くことがなくなる……だよね」
ミズハは1回頷いた。
「そういうこと。無くなりはしないだろうけど、確実に数は減る。戦いの主力が機械なら人の出番はその中の歯車だけでいい。人件費を削減した分グガランナ用の兵装を作った方が勝てるから」
ーーキミの言う笑顔に充ちた世界に近づく訳だ。
ミズハはそんなこと言ってない。だけど私の夢について話している気がしてもう少しだけ怖いけど戦いの話をした。
「グガランナは……凄いよね。確かに、戦いの道具なのは間違いないけど……ミズハの話だと戦争で死んじゃう人の数も減ってるってことだもんね」
「実際軍での|KIA(戦死者)の数は主力が人だった頃に比べて減ってる」
(ただ、その分反社会勢力の死亡数は増えているけども)
告げる必要のない真実をミズハは心の中でつぶやくがそれを私が知ることはまだない。
「ミズハは……その、乗ったこと、あるの?」
「乗り方は知ってるけど、ないよ」
「そうなんだ。お兄さまはね、グガランナに乗れるんだよ? 王様になるのにも箔が必要だーって少し前まで軍にいたんだ。一応それなりに上手かったみたい、カルレナ博士がそう言ってた」
「かるれな博士?」
「ああ! いきなりだったから分からなかったよね。ニッポンでグガランナの開発をしてる人。私がグガランナを知ってるのはこの人が色々教えてくれたからなの。わぁ見て、綺麗な薔薇だよっ」
私はたくさんの薔薇の花が咲いてるところに駆け寄った。いっぱいあるから辺り一面が薔薇のいい香りがする。
「綺麗な色だよね、ミズハ」
「……薔薇の赤が好きなの?」
「うん。鮮やかで綺麗だから。ミズハは嫌い?」
「別に、どうでもいい」
またミズハの"どうでもいい"が出てしまった。自分の意見を言ったり言わなかったりなのはどうしてなんだろう。
私はもっとミズハのこと知りたい、知った上で私は幸せにしたい。
「いい匂いじゃない?」
「そうなのかな」
「そうだよっ!ほらかがんでみて」
ミズハは私の言うとおりにしゃがみこんで薔薇の花の香りをかぐ。
「ね?」
「……落ち着く」
「でしょ?」
ミズハも薔薇の花はいい匂いと思うみたいだ。……相変わらず顔には出ないけど。いつかは、そんな氷みたいな感情も溶かせるのかな……?
「? どうしたの、ミズハ」
少しして立ち上がったミズハに首を傾げるとミズハは小さく「落ち着きたくない」と呟くだけだった。
落ち着きたくない、なんておかしなことを言うミズハにびっくりして「どうして?」と訊ねる。
「……僕の居場所は、ここじゃないから」
「ーーなっ」
なんでそんなこと言うんだろう。何を考えてそんなことを言うんだろう。
「僕が居るべき場所に、落ち着くなんていらない。一息なんて着いたら誰かに撃たれる」
「そんなとこ、ミズハの居場所じゃないよ」
前までならそんな冷たい言葉に何も返すことが出来なかっただろう。でも、今は違う。今日1日ミズハとたくさん喋って私は、私の考えはもっと固いものになった。
「ミズハは、そんなとこなんかに行かなくていいんだ。戦場は、誰も求めてなんかいない。ただみんなが勘違いして、呼ばれた気がして行くだけだよ。全部人の妄想だよ」
「たとえそうだとしても、僕は殺すことを求められてる。ーーーーすることを」
最後の部分はよく聞き取れなかったが私だって引かない。
「誰がそんなことを求めてるの? 本当にそんな人は存在するの? ……そもそも、それはミズハにしか出来ないことなの?」
洪水のように浴びせる疑問の言葉。しかしミズハは質問攻めに嫌な顔一つせず答える。
「少なくとも、他の誰もが出来ないから僕が必要とされるんじゃないかな」
「ミズハは……嫌じゃないの……? 戦うことがさ……」
「別に。それこそ"どうでもいい"よ」
今の言葉は決定的だった。今まで口にしてきたどんな"どうでもいい"よりも軽い言葉に聞こえた。
趣味嗜好を聞かれての"なんでもいい"とは違う。戦いで散ってしまうかもしれない自分の命さえも"どうでもいい"とミズハは言ったのだ。
そんなの、許せない。
「誰かに言われたからそうしてるの?」
「……どういうこと」
「ミズハは……誰かに戦い続けるように言われてるから戦い続けてるの? そうだよね、さっき言った"求められてる"ってそういうことだよね」
ミズハが答えるはずの質問を自分で答えて逃げ道を塞ぐ、まるで"そうだよね"と圧力を掛けるように。こんな人の話を聞かないようなやり方はあんまり好きじゃないけど……失敗は許されない説得。なりふり構ってられない。
ミズハはその質問ともいえないものに頷いて返す。
「そうだね。僕はーーただ命令に従って殺してる」
殺してる。
その言葉の重みは普通の人生を送ってる私には分からないくらいに重い。
その想像も出来ないくらい重い言葉に1歩引きそうになる。でも、引かない。私はミズハのその言葉が聞かたかったのだから。
「その命令をしてる人は……私より、皇族より偉い……?」
「…………」
言葉を咀嚼して、理解しようとしてるみたいにミズハは黙り込む。が、それもほんの数秒。ミズハは小さく首を横に振るだけだった。
「じゃあ、皇族のお願い。自分を殺さないで。ミズハは、誰かに命令されたことを実行するだけの機械じゃないんだよ? ミズハはミズハがやりたいことをしなきゃいけない、違う?」
ミズハは首を縦には振らない。分かってるよ、そんなことは今日1日付き合って十分に私に分かってる。だからこそのさっきの確認だ。
「軍じゃ偉い人には従わなきゃいけない、だよね。ただの皇族の私じゃあ駄目、かな」
ドーム型の植物園の中を人工的に発生させた風が吹き抜ける。それは咲いてる花を小さく揺らして、眠たくなりそうなくらいゆっくりとしてる優しい風。近くに咲いていた薔薇の花の香りを孕んだ風は私とミズハの間を通り過ぎる。
どれだけの時間が経っただろうか。吹き付けた風が止んだ頃にミズハは口を開いた。
「それが、キミの命令ならば。|皇女殿下の仰せの通りに(イエス、ユアハイネス)」
無表情のままミズハが私のお願いを受諾する。
私は、その後にこんな言葉を吐いたことを後悔する。だけど遅い。機械はもうただの少年に戻る。自分の持つ願いを叶えるに足る力を持つただの少年に。