タガの外れた願望器
どんどんストックが消えていく……
――それってミズハが死んじゃうってこと?
私が投げかけた問いにミズハは答えない。
「どういうこと!? 説明してよミズハ!!」
掴みかからんとばかりに私が声を出してもミズハは態度ひとつ変えなかった。沈黙は雄弁、ふとそんな言葉が頭の中をよぎるがそれを頭を振って消し去る。
「なんで……なんでミズハは死んじゃうの?」
私の声は悲痛に濡れていた。
「……人を沢山殺したよ。盤上のコマとして、沢山の雑兵をどかした。そのツケが来るんだ」
――人を殺した罪はその命でしか贖えない。
きっとミズハはそう言いたいのだろう。でも私は認めたくない、そんなの認められない。
「でも……ミズハは殺したくて殺したんじゃないでしょ……?」
「同じことだよ。誰に命令されても殺したことに変わりはない。1人殺せば殺人だが1000人殺せば英雄……でも人殺しには変わりない」
ミズハは……何も喋らないけど確固な思いを持ってる。だったら別の切り口を探すしかない、よね。
「後悔は……ないの?」
「別に、奪った命のことを考えてるほど暇じゃない。また、別の戦場が待ってる」
「今は……どうなの? 考える時間は、いっぱいあったはずだよ」
「答えは、変わんないよ。向こうも僕のことを殺そうとする。だったらお互い様だ。どっちが死んでも、文句は言えない」
暖簾に腕押し、とはこのことを言うのだろう。ミズハの言うことをわかる。戦いの場所は因果応報の蔓延る世界だ、英雄なんていうのは存在しない。殺されてしまうか、殺すか、そのどっちかだ。
「どうすれば……どうすればミズハは許されるの? 誰がミズハの罪を赦してくれるの?」
「さぁ……僕が殺した人たち? 世界中の人たち? それとも皇帝かな」
私は皇族、だけど王様にはなれない。だって私にはお兄さまがいるから。私よりも先に皇位継承権はお兄さまにいく。
だったら――誰もミズハのことを赦してくれない。
「これが、望まれた僕の話」
「っ」
その言葉にはっとする。私は……ミズハに自分のことを話して欲しくて私自身の話をした。だからミズハは話してくれたのだ。その血で濡れた灰色の過去を。
辛い。聞いて後悔をしたんじゃない。むしろ聞いたからこそより一層、助けたくなった。もっとミズハのことを知りたくなった。
知らず知らずのうちに私は拳を握っていた。そしてキツく唇をかみ締めてしまう。
「私が……私が王様ならいいのに」
そうしたらミズハを赦せるのに。世界にいる誰が赦さなくても関係ない、王様ならミズハを赦してあげれる(、、、、、、、、、、、、、、、)から。
ミズハはぼんやりと私の顔を覗き込む。
「皇帝になりたいの」
「うん、そうすれば私がミズハを赦せるから。私の言葉に意味が持てるから」
今の私の言葉に力はない――でも王様になったなら話は違う。王様の命令は絶対だから。
「それは無理だよ」
「っ」
「ーーそう否定されても?」
私の夢は……国のみんなが笑える世界を作ること。その中には勿論ミズハだって含まれてる。
私は頷いてありもしない夢(、、、、、、、)を望む。
「そう」
ミズハは私の夢を嘲笑わなかった。ただ真剣に頷くだけ。
「ーーそう望むのなら」
小さく、私には聞き取れなかったけどミズハが呟く。
「ミズハ?」
様子がおかしい。目の前の少年に声をかけるとそこには先程と同じような調子の少年に戻っていた。
「ねぇ他にも行きたい所あるんじゃないの」
ミズハがそんなことを言うのがおかしくて目を丸くしてしまう。
「どうしたの」
「……いや、なんでもないよ」
ミズハが私の話に夢中になってくれてる。私が……頑張って話し続けた甲斐があったのかな……?
「でも、まだサンドイッチ食べ終わってないよ」
「……そうだった」
そんなミズハのお茶目にくすり、と笑いがこぼれる。私はもっとミズハの近くに寄ってタマゴサンドを差し出した。それをミズハは黙って食べていく。
「あは、ミズハ、頬にタマゴが付いてるよ?」
親戚の従兄弟に昔してあげたように私がもう1つ持っていたハンカチでミズハの頬を拭ってあげる。
「ありがと」
「ううん。気にしないで」
それから1人もぐとぐとタマゴサンドを食べ終わったミズハは袋の中にある残り一つのサンドイッチを見ていた。
「最後は、あげるよ」
ミズハがしてくれる気遣い。それはどんなものでも嬉しい。私は「じゃあ頂くね?」と私は最後の1切れにかぶりついた。甘い。イチゴとホイップクリームがサンドされたものみたいだね。
「ありがとう、美味しいよ」
「良かった」
何気ない会話をミズハとできるのが嬉しくて食べ終わった後に色々なことをミズハに喋った。侍女のフィオネのこと、お兄さまのこと、最近楽しかったことに、社交ダンスの先生が厳しいこと……何を喋ったかはあんまり思い出せないけどとにかくいろんなことをミズハに喋ったのは鮮明に覚えてる。それをミズハはただ相づちを打つだけだったけどそれでも楽しかった。
それから私たちは公園を後にしていろんな所を見て回った。それらは、普段屋敷の外に出ない私にも目新しいものばかり。
心の中にあるどこか後ろめたい気持ちをしばらく忘れ私はミズハと色々なことを楽しんだ。
× × ×
「ごめん。ちょっとお手洗い行ってくるね」
そう言い残して少女が席を立つ。待ってて、ということだろうと少年は判断してその場で棒立ちになりただずっと少女が帰るのを待つ。それでも――遅い。
(僕が気にすることじゃないかな)
だが気づいた時には既に少年は歩き出していた。
「……」
まぁ、いいか。少女が行った先は分かってる。そこまで行くのも悪くないだろう。
しばらく歩き横を向く。暗くて、湿気ている細い道だ。どうしてこんな所を行く必要があるんだろう。その建物と建物の間の細い通路を通っていく。
すると――
「あ、いた」
少女と、3人ほどの男。
「み、ミズハ!!」
目に涙を浮かべた少女を見た瞬間心の中が、鉛の心が研がれていく。鋭く、どこまでも鋭利。軽く触れただけで何もかもをバターのように切ってしまいそう。
(――こいつらは敵だ)
どことなく、戦場で磨かれた勘が頭の内から告げる。それでも少年は顔に出さない。いや、いつも通り感情が顔に出ない。
「あれぇお兄ちゃんこの子のツレぇ?」
顔の見えない敵の1人がそう訊ねる。軽薄な口調、背丈は細身で3人の中で1番背が高い。体は骨と皮ばかりで筋肉がまるでついている気配がない。
「悪いけどよ、この子今から俺らと遊っからさ」
1人目と似た口調。だけど1番筋肉が付いてるのはこいつだ。身長はそんなに高くない、が体つきががっしりしている。荒事担当、喧嘩慣れしてる雰囲気。
「そんなわけでさ坊ちゃんドタキャンくらっちゃったから」
3人目。1番影が薄い。他の2人と比べて特徴がない。どうでもいい。一番最初に殺して見せしめにしてもいい。
昔やってたような戦力分析が頭の中で勝手に行われる。その結果――負ける理由がどこにもないと少年は結論づけた。
「そうなの」
3人に向けてではない。目の前の先程まで一緒にいた少女に向けてそう声をかけると少女は涙を目にうかべたまま首を横に振った。
――じゃあ、いいかな。
素早く、弾かれたように飛び出す。狙いはさっき考えていたように1番影の薄い男。当然反応できない。右手をすくい上げるように突き出して首を掴む。
「かはっ」
一瞬で気道を絞めて意識を落とした。
手枷を一瞬鬱陶しそうに見たがそれだけ。目は既に次の獲物に向かう。
次に対処すべきは喧嘩慣れしている方。いち早く鎮圧に動こうとしている。
だけど――遅い。それでも尚少年の方が速かった。
「ッ」
足先に威力が乗るトーキックを男の胸にある正中線に寸分違わず打ち込む。そこはどんなに頑丈な人間でも加減次第で簡単に殺せる鳩尾。しかし殺さないように加減はした。死ぬほどに苦しい痛みが長く続くように。
そうして自らの後ろに少年は少女を庇い残り1人――こちらとの交渉役にならざるを得ない男に訊ねる。
「どう、まだやる?」
地面に崩れる惨状を横目に決断を迫る。少女が震える手で少年の服を掴む。
「こ、このガキッ!!」
怒りに身を任せた軽薄な男はポケットに忍ばせていた折りたたみのナイフを開いてこちらに向けた。
「なにそれ」
――もしかしてまだやるの。
少年に焦りはない。ただただ無感情にそう問うだけ。
「なっなんだよヒビってんのかぁ!? もう謝っても遅せぇからなぁ!?」
「? 謝るって……何を」
「このガキいいぃぃいいいいぃぃいぃいいぃ!!」
ナイフを腰だめに構え突っ込んでくる。後ろに避けてから潰そう。そう少年は考え足を1歩後ろに踏み出したところで気付く。後ろには少女がいる。
腰だめ、身長差を考えても刺されるのは腹から胸にかけてだ。
(やるか――)
刹那――甲高い金属音。それは少年が自らに課した手枷の手首に巻き付いた部分でナイフを防いだために出たものだった。
男の顔が驚愕に歪むのを興味がなさそうに見つめながら少年は足払いをかけて男を地面に倒す。それから踏み抜く勢いで男の右の膝を踏みつけ――壊す。
「――――――――ッッッ!!!!!!??????」
男の声にならない悲鳴を聞き流し少年はぎこちない動きで少女の細い手首を取って細い路地から大通りへ歩いていく。
「ま――待っ、て――待ってよ、止まって――!」
少女の懇願を聞き流しすたすたと歩き続ける。雑踏を1本の槍のように突き抜けていく。しばらくして――あの細いから大分離れた所でやっと少年は止まった。
近くにベンチがあるのを見つけ少女は倒れ込むようにベンチに座り込んだ。
「はぁ――はぁ――ミズハ……ごめん、ね」
「1人であんなとこに行くのは危ない」
一言目の謝罪をそう切り捨てる。
「……用事は済んだの?」
「それは……うん」
「そう、なら良かった」とだけ言って少年は黙る。さっきからずっとこんな調子だ。ずっと少女は少年にペースを乱され続けている。
「……ありがと、ミズハ。ミズハが来てくれなかったら私――」
それっきり少女も黙り込む。お互いが黙り込む気まずい沈黙。そして、それを切り裂いたのは意外なことに少年の方だった。
「みんなが笑える世界を作るのはいいことかもしれない」
でも、と少年は逆説の接続詞を使って少女を突刺す。
「貴方が幸せにした人の中には必ず貴方を傷つける人間がいる」
最たる例は直近のあの3人だ。願って、それが叶っても自分が笑えないなんて本末転倒にも程がある。
「それでも願い続ける? 自分が断頭台に立ったとしても思い続けられる?」
少女はハッとして何かを思い詰めた表情を浮かべる。年頃
の少女には、いやほとんどの人類には難しい問い掛けだ。自分だけの幸福か自分以外の幸福かを選ぶなんて。即答できる人間なんて偽善者だ。誰だって自分の幸福は手放したくないのだから。
少女は黙っていたがやがて少年の前でハッキリと言い切ってみせた。
「うん。私は――きっと後悔しない」
それはどれほど重い言葉だろうか。誰にも理解することは出来ないだろう。きっと誰に理解されることも望んでいないかもしれない。
少年はしばらくじっと少女のことを見つめる。今ならまだその言葉は取り消せるぞ、と言いたげに。しかし少女は取り消さない。ミズハが赦される世界のためになら何をも差し出すつもりなのか。
「――そう」
やがて短く少年がそう呟く。
「――――――なら」
「?」
さらに続いた少年の呟きを聞き届けた人はいない。いや、聞いたところでもう無駄なのだ。誰であろうと少年は止められない。少年は自分の行動理念に基づいて動き始めるのだ。
少年は願望器。願われたことをただ叶える壊れた機械なのだから。