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悪意を防ぐ盾

×××


「ダメだ、カリス。何度も言っているだろう?」


お兄さまのお部屋、言い聞かせるように私にそう言うお兄さまのお顔は辟易に歪んでいた。


「ですがっミズハだって人間です!! あんなに暗くて狭いところにずっと居たらおかしくなってしまいます!!」


「死ぬ? それなら結構なことじゃないか」


「お兄さまっ!! 今の言葉は取り消して下さい」


私の金切り声が静謐な屋敷に木霊した。その言葉に少しだけ真面目な顔付きになってお兄さまは言葉を紡ぐ。


「……お前は、なにも分かってないのだろう、カリス」


「何がですかっ! 私が何も知らないのはお兄さま達が教えて下さらないからでしょう!?」


「落ち着け、カリス。……こんなことはあまり言いたくはないが、あれは人間なんかじゃない。バケモノなんだ」


その言葉に私の胸の内はすっと凍った。


「冗談を言わないでください。まさかミズハが人でも食べるだなんて言わないですよね」


「……それならば、そんなことで済むならどれだけ良かったか」


苦渋に充ちたお兄さまの声。いつもお兄さまはミズハのことになるとこうだ。


「現皇帝ーーオレ達の父上からあれを預かった時はオレも父上に同じことを聞いたさ。それもお前以上の剣幕でな。……だからアレはダメだ(、、、、、、、、、)。アレは絶対に野に放っちゃいけない」


「ッだからその意味をーー」


「カリーサ(、、、、)」


一言。その一言だけで続きは言えなかった。いや、言うことが許されなかった。

お兄さまは椅子から立ち上がって私の両肩に手を置いた。


「分かってくれ。アレを解き放ったらお前はまず間違いなく後悔する、そして自分を責めるだろう。自分がとんでもないことをしてしまったとな。そんなお前をオレは見たくない。オレはそうなることを止めたいんだ。全部お前のため……と言うつもりは無い、ただオレはカリスのことだけを考えてこう言ってるんだ。だからこそ……頼む」


そう言われてしまうと悔しいけど引かざるを得ない。それでも、それでも納得できなかったから私はお兄さまが額からキザったらしく垂らしている一房の髪を思い切り引っ張った。


「痛い!? カリス、何するんだ!?」


「知りませんっお兄さまのバカッ」


そのまま逃げるようにお兄さまの部屋を飛び出した。早鐘を打つ心臓を抑え私の部屋に駆け込んで(行儀が悪いと分かってはいるが)ベッドに倒れ込んだ。

荒くなった息を必死に整えながら私は心の中で何度を確認した。


(いつも通り、いつも通り机の上に掛けてあった! 掛けてあったよね!)


それはミズハを閉じ込めている檻を開けるための鍵。お兄さまは不用心にもこの鍵を出しっぱなしにしていたのだ。


「あれさえ……あれさえあれば」


ミズハを外に出してあげられる。

ゴロリと仰向けになって天井の照明を見た。


ーーあれを解き放ったらお前は間違いなく後悔する。オレはそうなることを止めたいんだ。


ふとお兄さまさっきの言葉が脳裏をよぎる。


「あれは……どういういう意味だったんだろ……」


聞けるはずがない。第一に聞いたって答えてくれるはずがない。


でも……そんなことは関係ない。関係なんてない。


ミズハをあそこから出したらこっちのものだ。私は……あんなとこで苦しそうにしてるミズハなんて見たくない。だから私は彼を外に出す、それでたとえ私が後悔することになっても。


ーーここから、出よ。

ーー外に出てどうするの。


ミズハの人形みたいに無機質な瞳が私を射抜く。あんな顔、私はこれまで見たことがなかった。まるで瞳の奥が見えない。それが辛い。多分これまでの辛い過去がミズハをそうなるようにしてしまったのだ。


(だからね、私がいっぱい教えてあげる。そこに出て、それから2人で色んなものを見よ? そうすればミズハだって外に出て良かったって思えるんだから)


私は考える。私の考えた作戦が確実に上手くいくにはどうすれば良いか。そして出て行ったあと2人でどんなことをしようか。そうでもしなければ耐えられなかった。

暗闇から彼の色褪せた瞳が覗いているような気がして。


×××


「旦那様、宜しかったのですか?」


カリスが出て行った部屋の中で傍で控えていた執事がここの主であるローラン=ローズネル=ジュラキラスにそう声をかけた。ローランは先程妹に引っ張られた髪の毛を撫でながら「何が」と問い返した。


「お嬢様に何も話さなくていいのでしょうか、あれがーー」


「話す必要は無いだろう」


すぐにそう断じた。


「カリスは何も知らなくていいんだ。アレはオレ達の罪じゃなくて父上のものだ。カリスがそのことを知って心を傷める必要は無い……そうは言ってもカリスのことだ、まず間違いなく気にするだろうが」


ローランは立ち上がって窓のカーテンを開けた。もう夕方、この時期のニホンは本国に比べて日が落ちるのが遅い。ギラつくような西陽がその姿を隠そうとしていた。


「ここはキレイになったな。前に比べて」


窓の外を眺めてそう呟くローランを執事は黙って見守る。それが今この場で求められていることだと分かっているから。


「ニホンへ侵攻して少し経った時、オレはカリスと2人でここに来たことがある。その時は酷いものだった。そこら中で人が死んでて、復興すら始まってなかった。ニホンはよく善戦したと思う…………資源に乏しくクガランナ開発だってオレ達の方が先んじているのに自力でグガランナを作ってしまうんだからな」


ローランは窓の外を見てるようでここじゃないどこかを見ているようだった。


「だからこそ父上は徹底的に潰した。もう二度と反抗できないように、な。その結果があの惨状という訳だ。ま、今更な話だな」


少し置いてから話しは始まる。


「あいつは泣いてたよ。自分たちの国がしてしまったことの重大さを幼いながら分かってたんだ」


そこでローランは固く拳を握りしめた。


「今はアレに優しくしているかもしれんが話したらどうなる……アレはあの惨状の張本人だと、このニホンを壊滅させた本人だと告げたらどうだ。今でもカリスはこの綺麗な景色の向こうーー今も何万人、何十万人と暮らしてるゲットーのことを心配してる。本当はそんな必要ないのに、カリスがそうさせた訳じゃないのに」


突然異民族が占領した土地で現地の人は前と同じように暮らせるか? 出来るわけがない。誰かが幸福を味わってる隣では必ず誰かが割に合わない目に遭ってるのだから。歴史がそれを証明してる。


「彼女の世界は優しいままでいい。来る悪意は全部オレが跳ねのける。優しい世界を保つにはアレには"可哀想な少年"を演じてもらわなきゃいけない」


「ですが……いつかは夢から醒めねばなりませんぞ」


「分かってる」


そんなことは分かってるのだ。ただ、今はその時じゃない気がする。あくまでカリスが気付かないといけないのだ。オレが言ったって意味が無い。


「それに、だ」


ローランはおどけるように笑った。


「もう少しじらせばカリスの奴はオレに会いに来てくれるからな」


「あまり焦らしすぎるとお嬢様も旦那様のことを嫌いになってしまうかもしれませんよ」


「その言葉は冗談でいいんだな?」


「……私の口からはなんとも」


「おい! そこは嘘でも冗談って言えよ!?」


執事とそんなやり取りをしながらローランはふと思う。


(なにか……嫌な予感がするんだ……杞憂ならいいのだが。とりあえず備えだけはしておくか。カリスに何かあったら大変だからな)


カーテンを閉じ薄っぺらな世界を見えなくしてからローランは椅子に深く座り込んだ。


オレはカリスのことだけを第一に生きてる。彼女を傷つけるのは誰であろうと許さない。たとえそれが父上であっても……革命の翼であったとしても、だ。

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